2020年03月14日

イラケレ

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イラケレ
(Colombia/SMJ)

今日はちと寒いのですが、これからの季節のためにちょいとホットで気合いの入るラテン音楽の極上なヤツをひとつご紹介していこうと思います。

はい、1970年代にキューバで結成され、その後「知る人ぞ知るスーパーバンド」として密かな人気をずーーーっと持ち続けているイラケレ。キューバといえば、例のライ・クーダー・プロデュースの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』のブレイクによって一気に世界に知られるようになり、すっかり「オシャレなちょいワルな大人の音楽」と思っている方もたくさんいらっしゃると思います。

確かにキューバの1950年代からの時代を生きてきたベテラン勢達は粋でオシャレでダンディでちょいヤクザなカッコ良さが、演奏からもその風体からもムンムン匂ってきてカッコイイことこの上ないんですが、実はキューバの音楽は「それ以後」も十分アツい進化を遂げていてカッコイイんです。

ということを、イラケレを聴くとしみじみ思います。

ちょいと小難しい事をいえば、アメリカの南に浮かぶ島国キューバの音楽は、やはり戦前からアメリカの音楽と深い関係がありました。

創世記のジャズは、ニューオーリンズで産声を上げたその時既に、すぐ対岸に点在するカリブの島々の黒人たちのリズムをもうその演奏の中に取り入れていたと言いますし、そうでなくともジャズやR&Bは、常にキューバをはじめとするカリブ海に浮かぶ島々のリズムを「コレが新しいリズムだ!」と、1920年代から40年代、50年代にかけて取り込んで進化していきます。

そんなアメリカの最先端な音楽であるジャズを、今度はキューバのミュージシャン達が聴いて「カッコイイ!オレ達もこんなオシャレな音楽やるべ!!」とジャズを学び、土着の演奏をその洗練で研ぎ澄ませていき・・・といった風に、相互に影響を与え合って進化してきた訳です。

しかし、1959年にキューバで革命が起き、社会主義政権が誕生すると、今度は資本主義陣営のリーダーであるアメリカ政府とキューバ政府との間が険悪になり、思って立った交流というものがなくなってしまうんです。

ところが今度は亡命してきたキューバの人達がニューヨークとかでコミュニティを作り、隣接する黒人地区やその他の移民の人達と草の根の交流が生まれ、ジャズやR&B、ポピュラー音楽の中に、キューバの音楽の要素がよりダイレクトに入ってくるようになって、1960年代後半にはもうラテン・ジャズとかアフロ・キューバンなんて言葉はジャズの中では当たり前になって、今度は「ラテン」という言葉すら使わなくても良いぐらいに最初からラテン音楽のリズムやメロデイが入っているフュージョンなんて音楽も生まれてくるようになります。

一方でR&Bから発展したファンクが大ブームとなり、アメリカのラジオを受信出来るキューバでは、流行の最先端であるフュージョンやファンクを聴いて

「おぉ、カッコイイ!オレ達もこんなのやりたいぜ!!」

と、思ってバンドを結成する若者達が70年代に出てくるんですね。

はい、ちょいと回りくどい前置きになってしまいましたが、イラケレというバンドは、そんなこんなで70年代に出てきた、全く新しい感性を持った、キューバオリジナルのフュージョン&ジャズファンク・バンドなんです。

1973年に、ピアノ/キーボードのチョーチョ・ヴァルデスが中心になって結成され、基本編成がピアノ(キーボード)、サックス、トランペット他ホーン・セクション、エレキギター、エレキベース、ドラムス、パーカッション複数という大所帯で、音楽的な部分の多くをジャズ・フュージョンにインスピレーションを得てファンキーでグルーヴィーな演奏を展開しておりますが、アメリカのフュージョンと明らかに違う所はやっぱりアレンジの中にラテン・パーカッションが織りなす複雑で多様性に富んだリズムを大胆にぶっ込んだところでありましょう。

フュージョンっていえば何となく軽やか爽やかバカテクみたいなイメージがありますが、イラケレはバカテクの上にむせるような熱気とリズムの強烈なアフロ・ニュアンスがもんわり匂ってこれがこれがまー凄まじい勢いで聴く人をひたすら圧倒してきます。



イラケレ +3(期間生産限定盤)

【収録曲】
1.フアナ・ミル・シエント
2.イリア
3.アダージョ
4.ミサ・ネグラ(ブラック・マス)
5.アグアニーレ
6.シオマラ*
7.ポル・ロンペール・エル・ココ*
8.バイラ・ミ・リトモ*

*ボーナストラック



さあ、もうこういう音楽にごちゃごちゃ理屈はいらんでしょう。たとえばジャンルは違えどフェラ・クティとかのアフロビートとか、サンタナとかのアツくたぎるラテン・ロックのあの感じとか、初期ウェザーリポートのめちゃくちゃにファンキーでドロッとした感じとか、踊れるジャズファンクとか70年代以降のファラオ・サンダースとかのスピリチュアルなあの雰囲気とか好きな人には、イラケレが持つグルーヴのすさまじさ、その大所帯バンドが一丸となってグイグイとフロアを沸かして聴く人を腰から引き込む魅力にメロンメロンになって頂けるんじゃあないかと思います。

オススメは1980年に何とグラミー賞を取っちゃったライヴ・アルバム『イラケレ』。これは正にグループの活動がキューバで軌道に乗って、東西冷戦の隙間を上手いことすり抜けてその人気をちゃっかり世界的にしてしまった1970年代後半のアメリカとヨーロッパでのライヴを集めたもの。

のっけからパーカッションが作るリズムの洪水から、ブ厚いホーンセクションのリフにジャコパスも真っ青のうねりまくるベースラインが心に火を点けてたまらんのですが、熱いグルーヴを維持しながら中盤から後半に向けて美しいメロディをじっくり聴かせる展開があったり、ただのノリと勢いだけでなく、音楽的に素晴らしく深いキューバン・ミュージックの真髄が味わえます。











『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年10月15日

トロピカル・スウィンギン! キューバ 楽園のギタリストたち

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V.A./トロピカル・スウィンギン! キューバ 楽園のギタリストたち
(アオラ・コーポレーション)


10月になると本土の皆さんは、もうすっかりめっきり秋を感じておられることと思います。

秋になるとすっかり気温も下がって、陽が落ちるのも早くなって、何だかこう切ないというか淋しいというか、ちょっぴりセンチな気持ちになってきて、まぁアタシもビル・エヴァンスなんか取り出して「あぁ・・・このピアノ切ない!やっぱり秋はエヴァンスだわ」とか、一丁前に分かったような口を利いている訳なんでございますけれどももね、あのねぇ、奄美ぜんっぜん秋めいてこないんですよ!!(怒)

このやろー!このやろー!今日も暑いんじゃー!と、10月になってからほぼ毎日言ってます。

しかしまぁ、あんまり「暑い、嫌だ」とばかり言ってても、しょーもない人間になって終わりっぽい気がしたので「よし、これはひとつ気候のこういう不快な夏っぽさを心地良さで上回るゴキゲンなサマー・ミュージックを聴いて、徳の高い人間になってやろう」と、ほぼやけくそに思い立ちました。アタシ偉い。

ゴキゲンなサマー・ミュージックといえば皆様、やっぱりラテンですよね。

情熱的なサルサやマンボのリズムに乗って、エモーショナルなヴォーカルにサックスにトランペット、ほいでもってトロピカルなギターとかピアノが鳴り響く。どうですこれ、良いですよえぇ。

特にアタシは個人的に、今の最新技術でのクリアな録音より、どこかこう粗くてあったかみのある、例えば屋外のラジオとかから流れてくるような音質の、つまりは古い時代のラテン音楽に、たまらない魅力を感じるんです。

なので、今日は1960年代に最も面白かったキューバ音楽のシーンで活躍したギターの名手達を集めた日本独自規格のオムニバス『トロピカル・スウィンギン!キューバ楽園のギタリストたち』を聴きつつ、これすごく良いよと皆さんにご紹介したいと思います。

はい、キューバといえば、1990年代の後半に、ライ・クーダー監修の映画とそのサントラ盤『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』で、多くの人々に知られるようになり、今じゃたとえばロックやジャズやブルース聴いてる人達の間でも「キューバいいよね」という話題が当たり前に出るようになりました。

アタシも「ブエナ・ビスタ」に感激して、そこに参加しているアーティスト達の作品を聴きながら、少しづつキューバ音楽を知っておりましたが、ここへきて2018年に、そこからさらに突っ込んだこういう内容のコンピが出るのは凄く嬉しいし、聴き続けてもうかれこれ20年近くになりますが、ちっとも深まらないアタシのキューバ知識の補充にも物凄く役に立ちます。えぇ、有難いですね。




トロピカル・スウィンギン! キューバ 楽園のギタリストたち


【アーティスト/収録曲】
1.ウィルソン・ブリアン/南京豆売り
2.ウィルソン・ブリアン/第三の男
3.ウィルソン・ブリアン/ブルース
4.セネン・スアレス /私はカンペシーノ
5.セネン・スアレス/ベリンダ
6.セネン・スアレス/ソン・デ・ラ・ロマ
7.フアニート・マルケス/Llavimaso ジャビマソ
8.フアニート・マルケス/ヒタ・ノバ
9.フアニート・マルケス /トゥンバオNo.1
10.カルロス・エミリオ・モラレス /君は愛をわかっていない
11.カルロス・エミリオ・モラレス /デスカルガを楽しめ
12.カルロス・エミリオ・モラレス /ワン・ミント・ジュレップ
13.マヌエル・ガルバン/私の悲しみ
14.ホセ・アントニオ・メンデス/マンボのテーマ
15. ニーニョ・リベーラ /モンテ・アデントロ
16.アルセニオ・ロドリーゲス/ソン・パチャンガ
17.パピ・オビエド/ラ・ブローチャ
18.パピ・オビエド/トレスを弾いてくれ
19.パブロ・カノ/デスカルガ・ア・ロ・ロジェール
20.パブロ・カノ/アンダルシア
21.パブロ・カノ/イパネマの娘



さてさて、このコンプレーションなんですが、「最近ズバ抜けて攻めてる楽器専門誌」としてギター弾き以外のハートも射抜きまくっているギターマガジン監修で、我が国では屈指のカリプソ・ギタリストのワダマコトさん(カセットコンロス)解説のコンピであります。

内容は、主に50年代から60年代にかけて活躍した、キューバやカリブ諸国では伝説の巨匠としてかの地の音楽史を語る上でも、ラテンのギター演奏を語る上でも超絶有名な人達の名演を「これでもか!」というぐらいの質量で収録してあるスグレものです。

キューバという国は、地理的にはアメリカのすぐ下にあって、かつ同じ島の中にアメリカの中の自治領というかなり特殊なプエルトリコという国があり、古くからアメリカとの関わりが深いんです。キューバが社会主義国となって、アメリカとは敵対関係になってからも、移民としてニューヨークに住むキューバ人は多く、例えば大都市ニューヨークなんかでは、キューバやプエルトリコから来た人々が、独自のコミュニティを作って、大きな文化圏を作ったりしております。

だもんで、ここで聴かれる60年代キューバの音楽というのは、昔からの土着のリズムやパーカッション・アレンジの中でソロを取るギターやアレンジの中で主要な位置を占めるホーンセクションなんかは、実はかなりアメリカのジャズやR&Bの影響を受けてるんですね。それらは周波数をいじくれば流れてくるアメリカのラジオ放送からダイレクトに受けたものでもあり、またはアメリカに居る同胞達からもたらされた、新鮮な”生”の情報だったりしていた訳で、そんな中でアメリカとキューバ、互いに影響を受け合い与え合いしていたものが、くんずほぐれつでそれぞれの新しいサウンドを生み出していた、ちょうどそんな時代の、混沌とした活力が、名手達のギター・プレイにはピュアな形で反映されております。

たとえばジャケットに写ってるコンラード・ステン・ウィルソン・ブリアン。ジャマイカ出身のこの人のプレイなんかは、タイトルに偽りナシのトロピカルなムードの中、ジャンプ・ブルース系の実に鋭くアグレッシヴなソロでいきなり異彩を放っております。

それぞれに実に個性的で「誰が誰だかハッキリと違いが分かるぐらいに個性の塊」のプレイヤー達の中で、最もテクニカルなモダン・ジャズのマナーに斬り込んだプレイを聴かせてくれるファニート・マルケスのべらぼうに速く滑らかなフィンガリングなんかも「キューバ=のんびりでヨイヨイな感じ」をイメージしていたアタシには寝耳に落雷ぐらいの衝撃でした。解説によるとキューバでいち早くエレキギターを手にし、近年はプロデューサーとしても大活躍とか。

ごった煮の魅力が終始満載のアルバムのラストで、見事なボサ・ノヴァを披露してれるパブロ・カノの、クールで知的なプレイも実にジャズ的な洗練を感じますね。特にちょっとしたフレージングの歌わせ方には、単純にボサ・ノヴァとかキューバとか、地域性では括れないフィーリングの深さがあるような気がしてなりません。


しかしこの、今の綺麗な録音と違って、それぞれの楽器がガッチャガッチャ鳴ってる全体にもわんとエコーがかかってる録音がとてもよろしいですな。家で聴いててもキューバの街の露店にあるラジオから聞こえてくるようなこの空気感も演奏同様クセになります。







(↑特集記事が素晴らしいギターマガジンもぜひ)























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2019年06月14日

ジョアン・ジルベルト AMOROSO(イマージュの部屋)

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ジョアン・ジルベルト/AMOROSO(イマージュの部屋)
(ワーナー)


恐らくは体調の問題だとは思うのですが、夏になると大体いつも頭がボーッとなって、耳に入ってきてしっかり届く音楽とそうでない音楽の境界というものが曖昧になってきます。

えぇ、いきなり「何を言ってるんだ?」「お前は大丈夫か?」とお思いの方すいません。要するに頭がボーッとするんです、そいでもっていつもは「あぁいいな」って思って聴いている音楽が、何だか遠くでボワボワ鳴っているように思えてしまう。

例えばロックの熱狂も、ジャズの享楽も、陽炎の彼方でゆらゆらと揺れて、その中に飛び込んで行こうとすれば遠ざかる。そんな感じ。うん、よくわかりませんね。

もっと簡単に言えば「感動するために音楽を聴いているのに、何かこう感動の手前で自分の感覚が淡くなってしまって感動出来ない」という状態とでも言いましょうか、人にこんな話をしたら「そりゃお前、軽い鬱だよ」と言われることうけあいですが、あぁそう言われてみればそうかも知れません。

とにかく由々しき事態ですので、急遽普段好きで聴いている音楽から「ボーッとしてても耳にガツンと入って来なくても、心がおのずと淡い感動で潤うような音楽」をチョイスして処方しております。

そんな都合のいい音楽なんてあるのかお前と言われそうですが、これがあるんです。

ボサ・ノヴァです。

あぁそうね、ボサ・ノヴァって心地良いし、軽くてオシャレだし、サラッと聴けるよね。

違います。

何というかボサ・ノヴァっていう音楽は、アタシにとっては凄い切実なもので、かつ「今聴いとかないとヤバイ気がする!」っていう危機感を、心地良く麻痺させて、その麻痺の隙間からジワジワと快楽を送り込む、ヒジョーにヤバい音楽なんです。

とりわけジョアン・ジルベルトです。

ジョアンについてはもう何をか言わんや、アントニオ・カルロス・ジョビンと並ぶ、ボサ・ノヴァの生みの親であり、戦後のブラジリアン・ミュージックを代表するシンガーソングライターであり、彼の周囲から一気に「オシャレで爽やかで心地良いボサ・ノヴァ」というのが、今なお生まれては増殖を繰り返しておるのでありますが、その輪の中心のコアの所に居るこの大御所が持つ、得体の知れない程のディープな存在感というのが、いまなお少しも薄れてゆく気配すらない、その歌や音楽の表面的な佇まいは、あくまで知的で穏やかのに、一度その魅力の深い所にはまり込んだ聴き手に対しては、何かこう絶対的な畏怖に近い感情で、グァ〜っと五感を圧迫してくる。

えぇ「ジョアン・ジルベルトの歌が気持ちいい」というのは、その圧迫によって完全に麻痺させられた五感と六感と阿頼耶識が覚える快楽でありまして・・・アタシは一体何を言ってるんでしょうねぇ。




AMOROSO(イマージュの部屋) <BRASIL SUPERSTAR 1200>


【収録曲】
1.ス・ワンダフル
2.夏のうた
3.チン・チン・ポル・チン・チン
4.ベサメ・ムーチョ
5.波
6.十字路
7.トリスチ
8.白と黒のポートレイト


ジョアンに対してはもう「偉大なる〇〇」とか「ボサ・ノヴァの立役者」とかいった陳腐な賛美の言葉など、何ら無力のような気も致します。4の5の言わずにその作品に収録された、独白のような柔らかな声の底無しの魅力に憑かれてしまいましょう。

今日はバックに配されたストリングス・アレンジの美しさも相俟って、ジョアンの歌声がどこかアタシ達の住んでいる世界とは根本的に違う次元でゆらいでいる、1977年リリースのアルバム『AMOROSO』であります。

1960年代にアメリカでブレイクした事がきっかけになったボサ・ノヴァ人気は70年代になっても衰えを知らず、むしろジャズ、フュージョン、AORなどのアメリカ音楽の最先端を取り込んで消化しながら、その表現領域をどんどん拡げていきます。

ボサ・ノヴァは元々ジャズ・テナーサックス奏者のスタン・ゲッツとジョアンの共演盤『ゲッツ/ジツベルト』で世界に知れ渡った訳ですが、それは土着のブラジル音楽であるサンバをもっと洗練させたいと願った当事者達の意識と、ヨーロッパ系アフリカ系、原住民系の血が複雑に入り混じるブラジルという土地柄の宿命が必然を呼び起こして生まれた音楽としての在り方を現すものだったのかも知れません。

さて、このアルバムでは、ジョアンの声を幽玄で彩るストリングス・アレンジを、クラウス・オガーマンという人が取り仕切っております。

クラウス・オガーマンという人はですね、50年代からジャズ/ポピュラーの歌手やバンドのバック・アレンジをこなしつつ、60年代にはビル・エヴァンスの『ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』や、ウェス・モンゴメリーの『テキーラ』、更には80年代に空前の大ヒットとなったジョージ・ベンソンの『ブリージン』などでオーケストラやストリングスの指揮とアレンジをキメ、関わる多くの作品を「名盤」の仲間入りさせた凄い人です。

この人のアレンジの特徴は、バックそれのみで聴いてもうっとりするほど美しい情感に溢れた綿密かつ躍動的なところなんですね。

で、60年代にブラジルに行き、そこでボサ・ノヴァという新しい音楽を試行錯誤の末形にしていたアントニオ・カルロス・ジョビンと出会い、その音楽的な完成度の高さとリズムの繊細さ、楽曲の美しさに感動し「よし、アンタのアルバム作るんだったらオレもいっちょう貢献してやるぞ」と賛同してボサ・ノヴァを代表する1枚『波(Wave)』が後に生まれたりしたんです。

で、ジョビンとの仕事などでボサ・ノヴァの仕組みみたいなのをしっかりと熟知したオガーマンと、存在そのものがボサ・ノヴァみたいなジョアンとの共演でありますから、これが悪くない訳がない。

大体音楽は、他のジャンルと接触する過程でそっちに寄りつつ進化して行くのでありますが、ボサ・ノヴァ、特にジョアンのそれは美しく他ジャンルと溶け合いながらも本質を一切変えず、歌という形で悠久の響きをそこに生じさせておるのです。

そう、経験と楽理と全神経と全感情を総動員して、ジョアンの音楽をバックアップしようと、これまでになく研ぎ澄まされた幻想美で彩られたオガーマンアレンジのオーケストレーションに対し「余計な音などいらない、俺は俺でいい」とばかりに、淡々と一定の距離を置きながら内へ内へと沈み込んでゆくジョアンとの、緊張感に満ちた交感が、ただの””気持ち良さ”に終わらない、冷たくも美しい幽玄の世界を淡く描いております。

これが夏の暑い日に聴くと、もう大変なんです。温度すら存在しないかのような世界へ意識はふわっと飛ばされます。ジョアン・ジルベルト、本当に麻薬です。






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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年11月26日

アストル・ピアソラ ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽第2集

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アストル・ピアソラ/ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽第2集

(RCA/BMGジャパン)


アタシには持病があって、そのうちのひとつが

「特定の周期でアストル・ピアソラしか聴けなくなる病」

なんです。

えぇすいません、何事かと思ったらそんなことかと思われた方がほとんどだと思いますが、いやしかし、そんぐらいアストル・ピアソラって人の音楽の中毒性ってのは、ちょっと比類するものを見ないぐらい激しいもんなんですよ。


アストル・ピアソラという人は、アルゼンチン・タンゴの巨匠であります。

タンゴという音楽は、最初その原型はスペインのあるイベリア半島で生まれ、やがてそのスペインの植民地であったアルゼンチンの首都である港町、ブエノスアイレスで大いに発展した音楽です。

何よりも娯楽が求められた港町の酒場や娼館で、人々を踊らせ、時にしみじみと感動に浸してくれる音楽がタンゴであり、その躍動感溢れるリズムと旋律は、独自のダンス文化となってアルゼンチン全土に広まって、やがて国民的な音楽として老若男女問わず親しまれるようになりました。

で、ピアソラなんですが、この人はアルゼンチンの国民的な音楽であるタンゴを、もっともっと芸術として優れたものにして、例えばヨーロッパのクラシックや、アメリカのジャズにも負けないような、高度な理論に基づいた複雑な構造を持つ、ダンスと鑑賞の両方が高い次元で調和した音楽にしようとしていた。

ピアソラがタンゴと関わるようになったのは、1940年代。若手の優れたバンドネオン奏者で作/編曲家でもあったピアソラは瞬く間に頭角を現し、すぐに自分の楽団を結成します。

ところが、せっかく誰もが憧れるマエストロ(タンゴの楽団のリーダー)になったものの、ピアソラは「タンゴという音楽に限界を感じる、このままではタンゴはダメになる」と失望して楽団を解散。その後は裏方として伴奏やアレンジや作曲の仕事などをこなしながら、本格的なクラシックを学ぶため、ヨーロッパへ渡航するチャンスをひたすら待つ日々でありました。

1954年に念願の「クラシックの学生」としてフランスに留学、そこらへんのいきさつは下のリンクに詳しく書いてありますが





そこで初めてピアソラは「自分の魂の原点はやはりタンゴだ!タンゴを全く新しいものに生まれ変わらせることこそが自分の使命だ!」

と開眼して、翌年アルゼンチンに帰ってからは、それまでの「定型化した娯楽音楽のタンゴ」に真っ向から挑みかかるような大胆な手法で作られた(ジャズやクラシックの技法をふんだんに取り入れております)曲を発表したり、で、そんな斬新な曲を演奏するために、エレキギターなどのタンゴでは”ふさわしくない”とされていた楽器などを導入したりと、かなり革新的なことを次々とやりましたが、当時は家に脅迫状が来たり、ピアソラ自身歩いてる時に尾行されたり、激しい抵抗に遭いました。

最初は、そんな感じでピアソラのタンゴは

「あんなのはタンゴじゃない」

「踊れない、楽しくない」

「音楽の破壊者だ、いや、アイツは悪魔だ」

と、散々にののしられました。そして、ピアソラはそんな物騒なアルゼンチンにいるよりはとニューヨークに移住して、そこで評価され、彼の前衛的なタンゴは、世界で「アルゼンチンのタンゴ」として、初めて正しく評価されてゆくのです。

世界でピアソラの実力が認められ、それまでアルゼンチンのローカル音楽に過ぎなかったタンゴもまた世界で認知されたことによって、それまで批判的だったアルゼンチンでの評価も変わります。

「アイツのタンゴは、確かにクラシックみたいな難しいことをやってはいるが、タンゴの大事な部分は壊してないよな」

「よく聴けばちゃんと踊れるような曲じゃないか」

と、それまでロクに聴きもしないで批判していた人達も、ピアソラの音楽に改めてじっくりと耳を傾け、その複雑な構造と過激な抒情性に彩られた楽曲の中に、熱くたぎる本質的な”タンゴ”の魂を認め、ピアソラのタンゴは現代タンゴの代名詞とまでなったのでありました。

はい、ちょいと前置きが長くなりましたが(いつものことですいませぇん)、では「ピアソラのタンゴ」というのは何なのか?何故アタシのような人間が「これしか聴けないぐらい」の中毒になってしまうのか?という話なんですが、つまりはピアソラは、元々スーパー哀愁なタンゴという音楽に、クラシックの構造美とジャズのスリルを加えることによって、その哀愁を過剰なまでの密度と質量を持つ、つまり”ハイパー哀愁”に変えた、と言ってもいいでしょう。

さっきに説明したような、タンゴの歴史だの音楽のがちゃがちゃしたあれこれだのわからんでも、とにかくピアソラの作る曲ってのは、激しくて切ない。えぇ、もうとにかく神羅万象あらゆる事象の中にあるスピリッツの中から激しさと切なさだけを選んでもぎ取って、それを聴く人の胸に直接ねじり込んでくるような、そんな美しい過激なのでありますよ。





ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽 第二集

1.バルダリート
2.あるヒッピーへの頌歌
3.オンダ・ヌエベ
4.ブエノスアイレスの夏
5.バイレス 72
6.ブエノスアイレス零時
7.エル・ペヌルティモ *
8.ジャンヌとポール *
9.平穏な一日 *


*ボーナストラック



さて、そんなピアソラの作る曲はいずれもハイパー哀愁の極みなんでありますが、今日はその中でも特に

「これ!すごっ!!」

と最初に聴いて声も出なかった曲を紹介します。

『あるヒッピーへの頌歌』

です。

1972年にリリースされた『ブエノスアイレスの現代ポピュラー音楽』というシリーズがありまして、このシリーズは第1集も第2集も、ピアソラの渾身の名曲と、9重奏団というちょっとした管弦楽団規模の編成で綴られた渾身のアレンジが聴ける力作として愛されているアルバムですが、この第2集の2曲目です。


曲自体は、ピアソラがこの時世界を席捲していたロックへの回答のような曲を作ろうと意欲に燃えて作曲したと言われております。ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ピアノが見事に狂おしい抒情を敷き詰める波のうねりのようなアレンジに、切々としたメロディーをこれでもかとたたみかけるピアソラのバンドネオンと、ファンクのような裏打ちのフレーズを、クラシカルなアレンジに何の違和感もなく、しかも全体を引き締めるインパクト十分な響きで溶け合うギター(オスカル・ロペス・ルイスですよ、アントニオ・アグリと共にピアソラの両腕と言われる最高のギタリストです)、全ての音が「ここ!」というところで炸裂して際立って、そして胸にくる。あぁもう言葉なんてこんな凄い演奏の前には無力っていう陳腐しか吐けない自分に腹が立つぐらい素晴らしい演奏です。

アルバム全体としても、とにかくピアソラの真骨頂であるアレンジの綿密さをとことん追求できるスモール・オーケストラ編成の中で、それぞれの楽器がそれぞれの奏でる旋律に絡み合う官能的ですらある音の溶け合いと響き合いに、どこまでも心打たれます。

ピアソラのバンドネオンと同じぐらい前に出て、ガンガン主旋律を奏でているアントニオ・アグリのヴァイオリン、大事な時に必ず印象的なフレーズを決めてくれるオスカル・ロペス・ルイスのギター、そしてジャズで培った即興力ともしかしたらピアソラ以上にタンゴに対しては斬新で挑戦的なアプローチを企てていたであろう鬼才、オズバルド・タランティーノのピアノ(3曲目『オンダ・ヌエベ』のイントロからのアドリブは鳥肌ものです)と、ピアソラの演奏には欠かせないメンバー達の個性もしっかりと光っております。

たとえばピアソラのバンドネオンが、ある切ないメロディーを弾くと、それに上の誰かが必ず応えるようなフレーズで絡んでくる。すると別の誰かがまたそのフレーズにスッと入ってきて、更にバックのバイオリンやチェロやコントラバス、パーカッションが津波のようにリフをかぶせてくるんです。

「良い曲」っていうとまず美しいメロディーが分かりやすく独立してて・・・ってなりますけど、ピアソラの場合はそれぞれ限度を超えた哀愁で固められた別々の楽器の音がひとつの空間で同時に鳴って「ぐわしゃっ!!」ってなるところに、えも言えぬカタルシスがあるんです。聴かないと分からない部分かと思いますが、聴けばわかります。こういった正しい発狂には、ぜひとも多くの人に悶えて頂いて、ぜひ中毒になって欲しいと思います。






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2018年06月05日

ブラインド・ブレイク Bahamian Songs

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Blind blake/Bahamian Songs


戦前ブルースが好きで、数少ない音盤を熱心に集めたことがある人なら、一度は『ブラインド・ブレイク問題』にブチ当たった事があるのではないかと思います。

ブラインド・ブレイクといえば、戦前アメリカで大活躍したブルースマン。





この人が戦前アメリカでどれだけズバ抜けたギター・テクニックの持ち主で、どれほどのオリジナリティのバケモノだったかという話は、以前から当ブログには書いておりますので、知らない方は上のリンク、もしくは右のサイドバーでブラインド・ブレイクを検索して読んでみてください。

そんな訳でブラインド・ブレイクの音楽をたくさん聴きたくて、とりあえず目に付いたCDは買うという事をやってましたが、ある日「大体ジャケットが一枚しかない写真(上記参照)のバリエーション」なこの人のアルバムには珍しい、バンジョーを持った人物の、割とオシャレな絵のジャケがあったんですね。

「おや?」と思いましたが「BLIND BLAKE」と買いてあるので、まぁ間違いなかろうと思って購入して聴いてみたら、あれ?何か、確かに戦前ブルースっぽいけど、何かこの人にしては珍しくジャグバンドっぽい感じにトロピカルな何かが加わったような音楽性だし、必殺超絶技巧ラグタイムが出て来ない、歌も独特のくぐもった甘めのヴォイスじゃなくて、もっと張りのある、まろやかな表情が豊かな感じ。

ん?ん?俺はブラインド・ブレイクを買ったつもりで、メンフィスかどこかのブルースマンのCDを間違えて買ってしまったのかな?でもこれいいなぁ、陽気なコーラスとかラテン・パーカッションとか入ってて、いやぁブラインド・ブレイクって、今まで聴いてきた音源ひゃもちろんゴキゲンだったけど、これは全く違うベクトルの、ハッキリと”陽”なゴキゲンさじゃないの。こういうラテン風味って、40年代にルイ・ジョーダンとかが大々的に取り入れて流行らせたんだけど、ブラインド・ブレイク凄いなぁ、その10年以上前に既にこんな感じで流行を先取りしてたんだ。つうかこのバンジョー上手いなぁ、パパ・チャーリー・ジャクソンかなぁ・・・。

とか何とか、まぁ”あのブラインド・ブレイク”とは全く違う音楽性でありながら、これはこれで凄くカッコイイから「あのブラインド・ブレイクの超初期か後期の、とにかく”いつもと違うことをやってる音源集”だ」と思ってたんです。まぁジャケットも何かいつもと様子が違いますから。


ほどなくして


「あのブラインド・ブレイクは、戦前ブルースのブラインド・ブレイクではない」

と、気付いたのは、レコード・コレクターズか何かの記事に


「バハマの伝説のシンガーでバンジョー奏者のブラインド・ブレイク」

という記述を見付けたからです。


おおぅ、ニセモノ・・・。

と、一瞬グラッとしましたが、音楽的にはこっちもホンモノです。加えて戦前アメリカ南部の”ブルース以前”を濃厚に感じさせるポップな音楽性に色を添えるラテンのリズムや各種ラテン楽器、バンド・サウンドの重要な”華”になっている見事なコーラス・ワーク、そして何よりも、ブラインド・ブレイク自身の、ルイ・アームストロングからガラガラの成分を少し抜いて、重ねられた年齢の渋さに裏付けされた力強さをプラスしたような声からジワリと滲む人生の悲喜こもごもは、決してニセモノではありません。

一瞬で気を取り直し、アタシは

「バハマにもこんなホンモノのブルースマンがいたんだなぁ」

と深く感動しました。


バハマはアメリカの南端、フロリダ半島のすぐ下にある島国です。

古くからこの地はアメリカ南部や東海岸の人々が気軽に遊びに来たり商売をしたり、他のカリブ諸国よりもアメリカとの付き合いは深く、その過程でこの地の元々の古謡のようなカリプソと、アメリカのブルースやバラッド、宗教音楽であるスピリチュアルなんかが自然と混ざり合って、独自のミクスチャー文化が早くから緩やかに花開いていたと。

アメリカとの交流がグッと深まったのは、1920年代の禁酒法の時代であります。

本国で製造や取引を禁止された酒類の取引はこの島で行われ、アメリカのマフィア達が作った一大アルコール・マーケットが出来上がり、人々の交流はいよいよ盛んなものになります。

当然盛り場も発展し、娯楽が求められるようになると、ここで現地のミュージシャン達が、当然の流れとして関わるようになってくるんですね。

ブラインド・ブレイクもそんなミュージシャンの一人で、本名はアルフォンス・ヒッグス(1915年生まれ)。

れつき盲目だった彼は若い頃からバンジョーを手にバハマ各地を巡業するミンストレル・ショウの一員として日銭を稼ぐ日々を送っておりましたが、やがて首都ナッソーで、アメリカ人がたくさん来る酒場やホテルのロビーなどで歌い、元々歌っていた古謡のカリプソを、徐々に彼ら好みの聴きやすくノリが掴みやすいものへとアレンジしながら芸を鍛えた結果、戦後50年代にはバハマを代表するシンガーとなっていったそうであります。

で、バハマにはトリニダードやジャマイカ産のカリプソとアメリカのR&Bを融合させた「グーンベイ」という独自の音楽がありますが、どうもその音楽の創始者はこのブラインド・ブレイクなんじゃないかと言われてもおります。






【収録曲】
1.Love, Love Alone
2.John B. Sail
3.Jones (Oh Jones)
4.JP Morgan
5.Consumptive Sara Jane
6.Yes, Yes, Yes
7.Never Interfere With Man and Wife
8.Gin and Coconut Water
9.The Cigar Song
10.Come See Jerusalem
11.Bahama Lullaby
12.My Pigeon Got Wild
13.Delia Gone
14.Tanneray
15.Loose Goat
16.Lord Got Tomatoes
17.Bellamena
18.Hold 'Im Joe
19.Go Down Emmanuel Road
20.Watermelon Spoilin' On the Vine
21.Oh Look Misery
22.Foolish Frog
23.Peas and Rice
24.Eighteen Hundred and Ninety One
25.Monkey Song
26.On a Tropical Isle
27.Goombay Drum
28.Better Be Safe Than Sorry



彼のスタイルは先にも言ったように、アメリカのバラッドと呼ばれるブルース以前のスタイルを軸にしたポップスがあると思ったら、キューバっぽいマイナー・チューンのラテン・ナンバーがあったり、ツッタカツッタカとリズムの激しいトリニダードのカリプソとはまた違ったのんびりした味わいのカリプソもあったり、実に多種多彩。

しかし、どんな音楽性であろうとも、その張りとユーモアとちょっとした悲哀が入り混じったフィーリング豊かな声と、どんなリズムでも巧みに表現するバンジョーの腕前でもって不思議な一貫性のあるサウンドとして聴かせてしまうんですね。この辺りがストリートや酒場なんかでずっと鍛えまくった、日本風にいえばプロの流しみたいな芯の強さを感じさせ、ますますのめりこんでしまう魅力に溢れています。

そんな彼の人気は50年代、バハマ本国にとどまらず、遠く(いや、近いけど)アメリカのピート・シーガーやジョニー・キャッシュ兄貴、ジョッシュ・ホワイトらに絶賛され、何と人気絶頂だった世界的なアイドル・バンド、ビーチボーイズにも楽曲がカヴァーされるなど、ブルースマンのブラインド・ブレイクに劣らぬ人気を獲得するに至りました(その後はやはりライ・クーダーが高く評価して、今もラテンやアメリカン・ルーツ・ミュージック好きの間での人気は衰えません)。

本日オススメで挙げたアルバムは、絶頂期だった1950年代初頭に率いていたバンド付きの音源集。

この後どんどんジャズ系のサウンドにも接近して、亡くなる1980年代までひたすら音楽性を拡げながら真摯に芸を磨いてきたホンモノのシンガーによる、基本中の基本とも言うべきスタイルで、ゴキゲンなバハマ・サウンドが楽しめます。

ちなみに戦前ブルースのブラインド・ブレイクはバハマにほど近いフロリダの生まれです。

もしかして戦前に交流があったか、アメリカで人気だったブレイクの名前をしれっと拝借したのかは永遠の謎ですが、もしかして交流があったのかなぁなんて考えながら古い時代に思いを馳せてみるのものなかなかに楽しいものでございます。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 18:46| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする