2017年10月11日

ペドロ・サントス クリシュナンダ

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ペドロ・サントス/クリシュナンダ
(CBS/Mr.Bongo)

で、10月になって10日以上が経過しておるんですが、相変わらず汗ばむ陽気が、ここ奄美では続いております。

まーなんだかねー、こんなクソ暑いのに選挙まで始まったんじゃあうるさいし暑苦しいことこの上なくてたまんないよねー。

とかいうのが、街で会う友人知人らとの共通の挨拶のようにもなっております。

あぁ、ほんともう・・・。

と、暗くなってもしょうがないので、どうせだからまだ何となくほにょほにょしてる、この夏っぽい空気を楽しむ方向に持っていきましょう。

ブログでは久々のブラジル音楽です。

ブラジルといえば、ボサ・ノヴァが圧倒的人気を誇る昨今ですが、ボサ・ノヴァが誕生した1960年代というのは、ブラジル音楽全般でも、あらゆるところで様々な新しいサウンドが生まれ、面白い作品がたくさん残されているんです。

ボサ・ノヴァを生み出したブラジル音楽といえばやはりサンバ、そしてヨーロッパ音楽のルーツを色濃く残すショーロでありますが、そのサンバから、よりポップで活きのいいビートを強調した音楽としてMPBというのが生まれました。

1960年代、ブラジルの若者達は、洒落たバーやカフェでボサノヴァを楽しみ、更にもっと砕けたカジュアルな遊び場で、最新のMPBに合わせて踊るライフスタイルを謳歌しておりましたが、1964年にクーデターによる軍事政権が誕生し、歌詞にちょっとでも反体制的と見られるものがあったら発売禁止や投獄など
厳しい弾圧を行い、そのためボサ・ノヴァの主だった歌手や作曲家は、次々に海外へ亡命、特にアメリカへ渡った人が多く、ボサ・ノヴァは本国を離れて、アメリカでブームが起きて、やがてそれが世界的な流行へと拡大していった訳なんですね。

で、本国に残されたミュージシャン達はどうしたか?

彼らは

「おい、うっかり政府批判みたいなこと歌ったりしたらえらいこっちゃで、でも楽しみたいからノーテンキな音楽やるんやで」

と、サンバの繊細な悲壮感やボサ・ノヴァのメッセージ性をなるべく思い出させないような、イギリスやアメリカのロックなどに影響を受けた、メッセージも何もない、ただ「踊ろうぜ!楽しもうぜ!」(暴動を連想させる「騒ごうぜ」はアウト)と、ひたすら快楽的な音楽をやるようになったんですね。

この中から徐々にアメリカのサイケデリック・サウンドに影響された連中が、快楽的なサウンドに土着的な要素やサウンドコラージュなどのエフェクト音をまぜこぜにした音楽をやるようになり、これが「ブラジリアン・サイケ」として、後年愛好家やコレクターの間でカルトな人気を得るようになるんですが、その頃は軍事政権が厳しく音楽家の出入りを禁じていましたものですから、このテの音楽はリアルタイムでは外に流れず、主に国内だけで消費されて盛り上がっておったのです。

え?じゃあなんでアメリカやイギリスの音楽はブラジルでガンガン流行ったの?って?そこはほれ、あんまり大きな声では言えませんが、軍事独裁政権というのは、当時世界的な流行だった左翼革命政権とか、考え方が社会主義に近い政府が南米に出てくることに危機感を持ったアメリカがこっそり支援してたからなんですよ。

はい、大人の事情わかりました?というわけで、今日はそんな”ブラジリアン・サイケ”の面白いアルバムを皆さんにご紹介いたしましょう。




【収録曲】
1.Ritual Negro
2.Ague Viva
3.Um So
4.Sem Sombra
5.Savana
6.Advertencia
7.Quem Sou Eu?
8.Flor De Lotus
9.Dentro Da Selva
10.Desengano Da Vista
11.Dual
12.Arabindu


パーカッション奏者、ペドロ・サントスによる、1968年リリースの、これは何といえばいいのか、トロピカルに打ち鳴らされるパーカッション、B級映画のサントラのような、壮大なのかチープなのかよくわかんない、ゴージャスなホーン・セクションが入ったファンクっぽい音楽なのかなーと思ったら、妙ちきちんなアナログシンセによる効果音に、必殺仕事人の音楽みたいなエレキギター、テープの回転数をいじって作られた、空間系ならぬ”空間歪み系”のエフェクトの数々・・・。

さながらこれは、アマゾン川流域の、すごーい奥地にある幻のリゾートホテル(結局奥地すぎて客がこなくなって倒産した)の廃墟で行われる、原住民と原住民化したヒッピーによる、トロピカル盆踊りといったところでしょうか。

ただ、欧米のサイケはファズギターとオルガンなんかがメインですが、こちらは余りにも多様な音が絶妙に入り乱れている上に、土着の楽器や土着の臭いをふんだんに散りばめた楽曲ゆえに、サイケと意識しなくてもナチュラルにサイケな音楽になっているというところがミソなんです。

最初は「すげぇ、こんな音楽聴いたことねー!」でびっくりしますが、聴いているうちに不思議な中毒性にジワジワやられて「あひゃひゃひゃ〜、これすろくいいよえー」とか言いながら聴いてしまうようになってしまいます。

とりあえず”サイケ”つってもそんなにエグくないし激しくないし、いい感じのカフェでBGMでかかっていても、シャレたDJイベントで流れてても全然おかしくないぐらいクールですが、緩やかに効いてくるほんわかした猛毒が込められている音楽ですので、良い子はぜひ聴きましょう

それにしてもこの辺の南米サイケの音盤って、昔はCD化はもちろんされていなくて、LPはン万円もするオリジナル盤を探し回ってやっと入手できるかできないかだったのに、今はCDで聴けるし、最発盤のアナログ↓も出ております。

時代は変わりましたのぅ。。。









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2017年06月22日

アタウアルパ・ユパンキ 1936-1950

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アタウアルパ・ユパンキ/1936-1950 En Sus Primeros Anos
(Take off)

先週からタンゴについて考えたり感動したりしております。

その絡みで「アルゼンチンの音楽」を集中的に聴く時間を設けておりますが、アルェンチンといえばタンゴともうひとつ、忘れてはならない音楽としてフォルクローレでありますね。

フォルクローレというのは、読んで字の如く、英語の”フォーク(Folk)”と同じで、この言葉は「民謡」を意味しておりまして、ザックリといえばフォルクローレというのはアルゼンチンに限らず、ペルーとかチリとかメキシコとか、中南米の広い範囲で古くから歌われてきた先住民のインディオ達の民謡や、それらを元にした音楽のことでございます。

はい、南米という地域は、元々住んでいた先住民と、途中からスペインやポルトガルから入植してきた白人、そして彼らが奴隷として連れてきたアフリカ系住民。この3つの民族の系統の文化が複雑に入り乱れて、それぞれの民族の文化風習を色濃く残す音楽が次々と生まれてきたという歴史があります。

そういうことを少しでも頭に入れて中南米の音楽を聴けば、たとえばブラジルのボサ・ノヴァやサンバ、キューバ音楽とかも「なるほどそういうことか!」と理解が深まってなかなか楽しめたりしますが、今日はとりあえず南米を代表する民族音楽のフォルクローレですね、そちらをご紹介しましょう。

アルゼンチンには、タンゴの神様としてカルロス・ガルデル、その革命家としてアストル・ピアソラという世界的な巨人がおりますが、実はフォルクローレの神様と呼ばれる人も出ておりまして、その人がアタウアルパ・ユパンキという人です。

深みのある優しい声で、アンデスの大自然、人々の暮らし、それにまつわる悲喜こもごもを、何とも切なく時に軽妙な語り口のギターを爪弾きながら唄うその表現は、何と言うか”うたの根源”を、自然と心に印象付ける、詩的な叙情に溢れたものであります。

「フォルクローレ」といえば小学校の頃学校で習った「コンドルは飛んでゆく」あのどこか遠くへ連れ去られそうな切ないメロディーをアタシは覚えてて、で、大人になって上京してからは、インディオの民族衣装を着て木製の笛や太鼓などを4,5人で演奏するストリート・ミュージシャンの人らがよく駅前にいたりして「あぁ、こんな感じなんだろうな」と、何となくしか意識していなかったのではありますが、ある日アルゼンチン出身のジャズマン、ガトー・バルビエリが「トゥクマンの月」という、何とも切ない曲をエモーショナルにサックスで吹いてカヴァーしているのを聴いて、胸を打ち抜かれたんですね。

「この切ないメロディーは一体何だ!?」

と。

すっかりこの曲に心を鷲づかみにされて、これはてっきりガトーのオリジナル曲だろうと思っていたら、いや、これはユパンキという人の曲なんだと知って、あちこち探すまでもなくその曲が入ってるベスト・アルバムを買ったら、ガトーの激しく切ないジャズ・ヴァージョンと違って、歌とギターで優しく語りかけながら物語を紡いでゆくようなユパンキのヴァージョンに、全く別種の衝撃を受けたわけです。

元々先住民の家(母親はスペインのバスク系移民)で育ちながら、古い民謡を弾き語ることが好きだったユパンキは、アルゼンチン全土を放浪しながら唄い歩くことを若い頃に思い立ち、その放浪の旅の中でインディオのリアルな生活、その中に息付く古謡の数々をレパートリーとして体に染み込ませていった彼の歌とギターには、ブルースマン達のブルース・フィーリングに近い独特の奥深さが乗っていて、その優しく哀しげな声や音の精妙な”震え”が、インパクトをすり抜けて人の心の根っこの部分にそっと触れる度に、アタシは今でも切ないような懐かしいような、そんな特別な感情で穏やかに満たされた気持ちになります。



【収録曲】
1.インディオの道
2.マングルジャンド
3.夜が明けそめる
4.風よ、風よ
5.石と道
6.オニナベナの花
7.さすらい人
8.牛追い
9.広野
10.わたしは鉱夫
11.年経たサンバ
12.ポルテスエロの想いで
13.貧しいサンバ
14.パンピーノの歌
15.ビダーラ
16.インディオの牧歌
17.バグアーラ
18.マランボ
19.おやすみネグリート
20.熟れたトウモロコシの踊り(ウアフラ)


さて、フォルクローレの神様としては実は日本でも熱狂的な人気があったユパンキ、国内盤のベストも色々出てますが、今回のオススメは、素直にアタシが実際聴いて「これは本当に素晴らしい!!」と感動しまくった、初期音源集です。

1936年に28歳でデビューしたユパンキの、声とギターによる純粋な弾き語りを中心とした、フォルクローレの”うた”の部分の真髄がギュッと詰まった一枚です。

アンデスの人や風景、月の光、太陽の陽射し、冬の厳しさ、春の穏やかさ、果てしない山道をひたすら歩く馬車、牧場に木霊する牛追いの歌・・・そんな大自然と一体化した生活のあれこれが詩的に、もちろんスペイン語が分からなくても声と音を聴けば脳裏に広がる。美しい、本当に美しい。

ユパンキのフォルクローレは本当に、人間の根本にある大事な何かを思い出させてくれる音楽であります。



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2016年07月05日

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

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V.A/Buena Vista Social Club
(Nonesuch)


焼けるようなカンカンな日差しの中、車をかっ飛ばしながら聴くとすこぶる気分がアガるのが灼熱のラテン・ミュージック。

特にキューバはよろしいですね〜♪ メロディー自体はマイナースケールで、どちらかというと哀愁漂う感じなのに、コンガやボンゴ、その他諸々のパーカッション打ち出すコテコテの横ノリグルーヴが、何だか底抜けに陽気で、しみったれたことを考える余地をイイ具合に与えません。

特に「くー、たまらんなぁこれ」 「カッコイイべ、もうゴッキゲン♪」と、アタシのやや夏バテ気味の気持ちを元気にして余りあるのが、これはもう”キューバ音楽の代表的名盤中の名盤”「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」です。

1997年にリリースされたこのアルバムは、当時ワールド・ミュージックとしては異例の大ヒットとなりました。

メジャー・レーベルであるノンサッチがワーナーと組んでリリースして、それなりに宣伝もしたというのもありますし、世界中のルーツ音楽を心から愛する男、いや”漢”であるライ・クーダー師匠がプロデュースしてるというロック・サイドに対するデカいアプローチもあったでしょうが、それ以上に、このアルバムに参加しているキューバの大ベテラン・ミュージシャン達が、本気の色気をむせんばかりに放出したそのセクシーな音楽のカッコ良さが、当時世界中の”ホンモノ”を求める人達の心と激しく感応し、

「ライ・クーダーが参加してるキューバのアレ、いいよね」

「おぉ、俺もすげーなって思った。ラテンやばいね!」

と口コミが口コミを呼ぶ形で、日本でも気合いの入った音楽好きの心に届いたんだと思います。





【収録曲(メイン・ミュージシャン)】
1.Chan Chan(エリアデス・オチョア)
2.De Camino a La Vereda(イブライム・フェレール)
3.El Cuarto De Tula(ライ・クーダー)
4.Pueblo Nuevo(ルーベン・ゴンザレス)
5.Dos Gardenias(イブライム・フェレール)
6.¿Y Tú Qué Has Hecho?(コンパイ・セグンド)
7.Veinte Anos(オマーラ・ポルトゥオンド)
8.El Carretero(エリアデス・オチョア)
9.Candela(イブライム・フェレール)
10.Amor De Loca Juventud(コンパイ・セグンド)
11.Orgullecida(コンパイ・セグンド)
12.Murmullo(イブライム・フェレール)
13.Buena Vista Social Club(ライ・クーダー)
14.La Bayamesa(マニュエル・リセア)

ここでその素晴らしい声や楽器演奏を披露してくれているキューバのミュージシャン達は、この時点で既に80歳越えの、スーパーじいちゃん達なんです(紅一点のオマーラ・ポルトゥオンドですら67歳!)。

で、彼らはキューバの首都ハバナにある会員制クラブ「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の常連ミュージシャンで、すなわち「現役バリバリのライヴ・アーティスト」なんですが、このブエナ・ビスタというクラブがまたいいんですよ。

”会員制クラブ”って言うと、何だか金持ちのセレブ限定みたいなイメージがあるんですが、ブエナ・ビスタの入会条件は

「礼儀正しいこと」

「道徳心において優れていること」

の2点のみ。

南国キューバらしいこのおおらかさ(!)

実際にブエナ・ビスタの会員の人たちは、別に金持ちでもない、どっちかというと貧しい人も多く、でも、週末になると彼らの音楽を聴いて楽しく踊るためにとびっきりのオシャレをしてウキウキで集まるんだそうです。

その様子は、2000年に公開されてアカデミー賞にもノミネートした映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で素晴らしく描かれてますが、70、80のじーちゃん達がスーツにハットでキメて、葉巻吹かして笑顔で踊ってて、で、やっぱり”モテること”とか考えてるんですよ。

もーカッコイイ!これぞブルースです、うんうん。

このアルバムはもちろんスタジオ録音なんですが、どこまでもおおらかにそして窮屈さを一切感じさせないゴキゲンな演奏が、何というかとてつもなくライヴ感を醸し出しております。

いやしかし、どの人のプレイも色気色気、色気ありますな〜♪ 

こういうジジイに早くなりたい!




(最近の”ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”のアツい雰囲気♪)



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2016年06月17日

ノエル・ローザ ヴィラの詩人

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ノエル・ローザ/ヴィラの詩人
(ライス・レコード)

ショーロの巨人、ピシンギーニャを紹介したら、やっぱりこの人を紹介しないわけにはいかんでしょう。

黎明期サンバの大物にして、ブラジル音楽におけるシンガーソングライターの先駆け、ノエル・ローザ(正確には”ノエル・ホーザ”ですが、ここではCDの表記に従います)。

1910年生まれ、20代にして既に200曲以上のレパートリーを持ち、戦前のブラジル大衆音楽は、正に彼の色に染められておったと言っていいでしょう。

1937年に、病のために26歳の短い生涯を閉じた彼でありますが、その楽曲は若き日のジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンといった後にボサ・ノヴァを生み出すことになるアーティスト達に多大な影響を与えました。

ブラジル音楽の第一線を生きてきたアーティスト達は口々に言います。

「ノエール・ローザがいなくても、サンバはサンバとして歌われていただろうが、それは恐らく今のサンバよりももっと陳腐で薄っぺらいものになっていたであろう」

と。

サンバは元々ブラジルにやってきたアフリカ系移民の音楽をルーツに持つ音楽でした。

今、ほとんどの人が”サンバ”といえば思い浮かぶ、あのリオのカーニヴァルのサンバのように、その構造は実にシンプルで力強いリズムと、覚えやすい(つまり歌にするとメイン・ヴォーカルに対してコーラスを付けやすい)メロディが主軸でした。

サンバの歴史は古く、17世紀にはその大まかなスタイルが固まっていたとも言います。

やがて18世紀、19世紀になってきて、サンバという音楽が元々の土着の「手を叩き、足を踏み鳴らし」というスタイルを軸に、メロディのある歌が付き、それを伴奏する楽器(主にギターなどの弦楽器)を従えるようになると、これが街で独自の進化を遂げていわゆる流行歌みたいになります。

20世紀になると、逞しくもどこか哀切を漂わすサンバの調べは、アフリカ系の人々のみならず、ポルトガル系の白人達をも魅了するようになります。

そんなこんなで1920年代、南米はまだまだ差別などがあったものの、奴隷解放後のアフリカ系/ヨーロッパ系の人々は、世界的な大恐慌の嵐が吹き荒れる中、貧困の中で互いに接近し、労働の場や酒場などで比較的すんなり苦楽を共にするようになります。

ノエル・ローザは、そんな世相の中、膨大な自作曲とどこかアンニュイで物憂げな声をひっさげて、街の酒場で唄うようになります。

「白人初のサンビスタ(サンバを唄う人)」

として、彼はたちまち有名になりましたが、そんなことよりも何よりも、彼のポップで覚えやすい楽曲を作る才能、恋や日常の他愛のないことをつぶやくように唄いつつも、その歌詞の根底には人間が抱える悲喜こもごもの真に迫る哲学のような概念、そしてさり気なく鋭い社会批評も短い歌詞の中にまとめ上げる詩人としての才能、さほど力強く訴えている訳でもないのに、一度耳にしたら不思議とずっと離れない天性の声の魅力と、才能を3拍子も4拍子も揃えたその圧倒的な存在感に、全ブラジルの全ての人種の老若男女があっという間に熱狂しました。




【収録曲】
1.天国のフェスタ
2.何を着てゆくの?
3.臆病なマランドロ
4.愛すべきドモリ
5.拝啓
6.遊び好きなムラータ
7.時間のせいで
8.けっしてそうじゃない
9.女の嘘
10.ぼくたちの物
11.不快な女
12.誰がもっと払う?
13.心臓
14.踊らない人は
15.ジャシントさん
16.言い回しを思いついた
17.正直さはどこに?
18.夜明けを眺めて
19.実証主義
20.居酒屋の会話
21.ジョアン・ニンゲーン
22.十万レイス
23.スカートの飾り
24.さんざん試したよ
25.行きたければ行きなよ
26.笑顔が最高



ちょっと上の楽曲を聴いていただければ分かると思うんですが、彼の作風は非常に軽やかで洗練があり、実にブラジルらしい(このスタイルが後のボサ・ノヴァになってゆくことが容易に想像できる)のですが、アレンジは当時最先端だったジャズのエッセンスをふんだんに取り込み、一枚も二枚も上の”上質”を感じさせます。

日本の良心レーベル「ライス・レコード」からリリースされたこのベスト・アルバムは、後に色んな人がカヴァーすることになる楽曲を中心に、じっくり聴けばどこまでもその深みにハマること請け合いのオススメの一枚です。

「ボサ・ノヴァは知ってるけどブラジル音楽にはそんなに興味ない」という人にこそ、コレと先日ご紹介したピシンギーニャのアルバムは聴いていただきたいです。世界が豊かに広がりますよ〜♪





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2016年06月12日

ピシンギーニャ ブラジル音楽の父

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ピシンギーニャ/ブラジル音楽の父
(ライス・レコード)

今日ご紹介するのは、ブラジル音楽の、これはもう源流におる巨人と言っていいでしょう。”ショーロの神様”ピシンギーニャのアルバム「ブラジル音楽の父」でございます。

はい、タイトルの通りピシンギーニャという人は、今現在のボサ・ノヴァやサンバを辿ってゆきますと必ずその名前に突き当たる人であり、戦前に現在にまで通じるブラジルポピュラー音楽の基礎を作った人であり、作曲家/アレンジャーとしてもフルートとサックスの演奏家としても大きな足跡を残した人でありまして、最近になってまたブラジル音楽界隈では「ピシンギーニャの曲を演奏すること」が、とてもオシャレでカッコイイという風な素晴らしい盛り上がり方をしているんです。

さて、ブラジル音楽の源流には「ショーロ」という音楽があります。

これはポルトガル語で「泣く」という意味を持つ言葉なのですが、文字通り旋律の中にたっぷりの哀愁を滲ませている音楽で、これは主にポルトガルから移民してきたヨーロッパ系の人達が好んで演奏していたものが、大体19世紀頃にそう呼ばれるようになったといわれております。

編成の基本はフルートとギター、そしてカバキーニョと呼ばれるウクレレと似た弦楽器なんですが、楽曲のバリエーションがどんどん増えるに従って、ピアノやサックス、アコーディオンなど、一般的に知られる楽器もどんどん加わり、また、楽曲もノリが良いものやコミカルなものなども増え、ブラジルではほとんど同時代のジャズと同じように、大衆に愛される音楽となっていきました。

ちなみに、ショーロは即興演奏というものを非常に大切にする音楽で、演奏の中にアドリブを使ったということにおいては、実はジャズよりも先であります。

ピシンギーニャは、丁度そんなショーロがラジオやレコードといった新しいメディアに乗って更に多くの人々の耳に届くようになった時代、具体的に言えば1920年代から30年代に大活躍した人であります。

10代の頃既に優れたサックス/フルート奏者として(演奏力だけでなく、そのメロディアスな即興演奏のセンスが何よりズバ抜けていた)ショーロの世界に新風を吹き込んでいたピシンギーニャは、バンド・リーダーとなってからは、より高度なオーケストラ・アレンジで楽器同士を豊かに響き合わせ、更に楽曲の奥深さをより聴く人にダイレクトに伝えるオーケストレーションを大成させました。




【収録曲】
1.焼肉
2.バラ
3.オス・オイト・バトゥータス
4.ウルブー・マランドロ
5.辛抱しなよ、フルジェンシオさん
6.彼をつかまえろ
7.人生とは穴ぼこのようなもの
8.ウルブーと荒馬
9.ラメント
10.絶望
11.カヴィオーン・カルスード
12.起きなさい、あなた
13.ご主人様は猫を捕まえる
14.アー・ウー・ラオー
15.黒人の会話
16.覚えているよ
17.俺は戻ってくる
18.フレーヴォを語るルジア
19.街のスルルー
20.カリニョーゾ
21.5人の仲間たち
22.手をつかんで
23.ヤオー
24.ウルブー・マランドロ


さて、この「ブラジル音楽の父」は、そんなピシンギーニャの全盛期、1930年代に録音された、どれも小粋で切なさたっぷりのインスト楽曲ばかり24曲も入った、彼の音楽やショーロという音楽を聴くにはこれ以上、これ以外のものは考えられないベストです。

アタシの場合は何事も「良いと思ったらそのルーツの方をとことん聴いてみないと気がすまない」という性質からショーロ、そしてピシンギーニャに辿り着いた訳なんですけれども、コレを聴いてボサ・ノヴァやブラジリアン・ポップスを聴く楽しみがグッと拡がったし、何よりも戦前の古い音質が、心の中をゆらゆらしている郷愁の部分にキューンときて、時間も日常の忙しないあれこれも素敵に忘れさせてくれるんですよねぇ。






(「ラメント」滑らかなサックスの旋律が本当に美しい)



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2016年04月21日

アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ” われらの時代

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アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ”/われらの時代
(CBS/ソニー・ミュージック)

はい、うららかな春のこの佳き日に、アタシはすっかり「アルゼンチン・タンゴしか聴きけない病」にかかってしまったようでございます。

で、ピアソラです。

前回の「タンゴ・コンポラネオ」の記事中で、アタシは確か、ピアソラはメジャーのCBSに何枚かアルバムを残しているよ、と書きましたが、本日はその肝心要の記念すべき第一弾となったアルバムをご紹介いたしましょうね。

その前に、アタシがここで勝手に「ピアソラ、ピアソラ」とはしゃいでムハーッとなってることに、多くの読者の皆さんは「?」だと思いますので、アストル・ピアソラが「新しいタンゴ(タンゴ・ヌエボ)を生み出す前」の経歴についてちょこっと解説して、皆さんに「へー、ピアソラってそんな人だったんだねー」と、少しばかり知っていただきたいと思います。

アストル・ピアソラは1921年、アルゼンチンの港湾都市マル・デル・プラタにて、イタリア系移民の三世として生まれます。

ちなみに同年生まれのミュージシャンといえば、ローウェル・フルスン御大、並木路子、チコ・ハミルトン、ジョニー・オーティスなどがおります。この中にジャズマンでありながらピアソラと同じように、クラシックからの深い影響を音楽のエッセンスとして取り入れたチコ・ハミルトンがいることに、何かしら奇縁みたいなものを感じますね。

アルゼンチンの国民音楽タンゴの大家であるピアソラなので、幼い頃よりドップリとタンゴ漬けだったのかと思いきや実はそうではなく、4歳の頃からニューヨークに移住して、そこで10代の頃まではジャズに夢中になっておったようです。

この、ピアソラのニューヨークでの原体験こそが、様々な音楽とタンゴを客観的に、或いは純粋に音楽的に比較対象して、独自のものを創造するピアソラの姿勢を育みました。

「芸術表現を味わうためには、それが古いものでも現代的なものでも、必要なのは感受性だけだ」

と、ピアソラは60年代にインタビューで語っておりますが、この徹底して客観的かつクールな視点に、彼の音楽性や音楽遍歴の全てが凝縮されているように思います。

で、ティーンエイジャーだったピアソラが「タンゴ(つまり母国アルゼンチンの音楽)をやろう!」と思ったきっかけは、16歳(だったはず)の時に再びアルゼンチンに舞い戻り、そこで1930年代末の時点で最高に先鋭的といわれたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聴いたことでありました。

ピアソラが最初に感銘を受けたエルビーノ・バルダーロ楽団の音楽は、自身もヴァイオリン奏者として、それまで「バンドネオンの補佐役」であったヴァイオリンその他の弦楽器を、時にメロディアスなソロでフィーチャーして、時によく練り上げられたアレンジの中で、美しいアンサンブルでも聴かせるといったものであります。

ピアソラはバルダーロに影響を受け、本格的な音楽理論を勉強しながら、自身もバンドネオン奏者として「オーケストラみたいな高濃度で広がりのあるタンゴ、つまりレコードでの鑑賞にも十分に応えられる新しいタンゴを作ってやろう!」との意気込みに燃えておりました。タンゴの新曲やクラシック曲などをガンガン作曲しておりましたが、1940年代の半ば、ちょうど第二次世界大戦が終わった辺りの頃に、タンゴ表現に限界を感じ、1954年には一旦タンゴを捨て、クラシックの作曲家となるためにヨーロッパへと移り住んでおりますが、その時師事した、20世紀を代表する音楽教育の巨匠、ナディア・ブーランジェの許でバッハ、特に平均律クラヴィーアを徹底して仕込まれます。

後のピアソラのスコアにバッハ的な対位法(2音以上の主旋律が互いのメロディとつながりながらひとつのメロディーになっているようなアレ)が出てきて、それがピアソラ聴きにとっては最高のカタルシスのひとつでもあるんですが、それはきっとこの時代に培われたものでありましょう。

ブーランジェ師匠には、自分がタンゴのミュージシャンであることなどを一切隠して真面目にクラシックの音楽生として通していたピアソラではありますが、ある日

「ピアソラ君、ちょっといい・・・?」

「はい先生、何でしょう」

「あなたの音楽性は・・・なんていうかなぁ、とっても独自の、他の人にない情熱があって・・・う〜ん・・・あなたはそれを今必死で隠そうとして、クラシックに没頭しているような気がするんだけど、気のせいかしら?」

「先生、私は今までクラシックしか好んだことがありませんし、これからも情熱は全てクラシックに捧げるつもりでありますが・・・」

「うん、わかる。それはそれで素晴らしいことよ。私はクラシックの教師だし、アナタには今のところクラシックの理論と表現法しか教えられない。でもね、それがもどかしく感じる時がね、ふとあったりするのよ。」

「先生・・・もう隠してもしょうがないから言いますが、実は私はアルゼンチンでタンゴをやっておりました」

「そうでしょう」

「でも・・・タンゴには限界があります。どんなに高度な技法を凝らしてスケールの大きな音楽を生み出そうが、大衆はそれを求めていない。」

「ほんとうにそうかしら?」

「えぇ・・・先生。だから私は失望しました。私の音楽は酒場やクラブハウスで一時の熱情に身も心も捧げる聴衆よりも、ホールできちんと聴く姿勢で聴き、いつまでも心に残してくれる人々に届けたいと。タンゴにはそれが出来ない。どうしても出来ないのですよ・・・」

「話を変えますアストル。バッハやベートーヴェンは、自らの何に従って曲を作り、そして演奏したと思いますか?」

「それは・・・情熱と感性です」

「そうです。ではアストル、あなたの情熱と感性はどこから生まれてきていますか?」

「それは・・・」


と(ぜーんぶ想像ですが)、つまり「自分自身の原点であるタンゴを演奏し、新しい音楽の地平をタンゴで切り開くべき!」と諭され、タンゴの世界へ戻り、長く果てしない戦いに身を投じることを決意するのであります。

そんなこんながありまして、アルゼンチンに戻ってからのピアソラは「世間のことなど知らん!」とばかりに、次々と大胆な試みを行います。

まずは1955年、タンゴのバンドとしては初の”エレキギターの導入”に踏み込みます。

とはいっても当時のエレキギター(フルアコ)はあくまで「生ギターでは出せない音量を稼ぐため」というのと、フルアコ独特の甘い音色でもって、自身のバンドネオンやヴァイオリンなどのメロディ楽器のパートを補うために、ピアソラはエレキギターを弾く演奏家をバンドに雇いました。つまりバンドに対する電気楽器の導入は、ピアソラにしてみればあくまで「常識内」のことであります。

にも関わらず、まだよくエレキギターというものを分からない保守的なファンからは、これはタンゴへの冒涜である!けしからん!と顰蹙を買うばかりではなく、ピアソラ自身脅迫状を送り付けられたり、実際不穏な人物に尾行されるなど、結構ガチでヤバい目に遭ってはいるんですが「タンゴに情熱の全てを捧げる、たとえ全世界を敵に回しても」という意志を持ったピアソラはめげません。

50年代のピアソラは、何枚かアルバムをレコーディングして、それらは賛否両論。でも確実にわずかな「賛」の声がピアソラを支えました。

50年代後半に1年ほどニューヨークへ滞在して、そこでジャズとタンゴを融合させた実験的な音楽を演奏し、ニューヨークで、ピアソラの名声は確実に高まっておりました。

「そうだ、古いタンゴのあり方に固執するアルゼンチンでウケなくても、音楽に対して、いや、新しく、そして鮮烈なものに正直な反応を示すニューヨークの人々が私の音楽を理解してくれている。ならばこのまま自分の信じる表現を究めて、それに対するリアクションを私は世界に求めるべきだ。世界が認めればアルゼンチンのタンゴもきっと変わる」

ピアソラは次々と”賭け”に出ました。

そんなピアソラに目を付け

「面白いじゃないか、それならぜひレコードで思いっきりやってみたらいい」

とオファーしてきたのが、当時の大メジャーレーベル、CBSだったのであります。

で、ようやくアルバムの紹介に移れます(汗)





【収録曲】
1.天使へのイントロダクション
2.天使の死
3.悲しいミロンガ
4.帰りのない旅
5.イマヘネス 676
6.われらの時代
7.バラの河
8.シンプレ
9.すべては過去
10.酔いどれたち
11.フイモス (昔のふたり)

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はい、1962年に製作された、タイトルもそのものズバリの「われらの時代」は、ピアソラの記念すべきCBS第一作でありまして、同時に「タンゴ・ヌエボ(新しいタンゴ)」あるいは「タンゴ・コンポラネオ(現代タンゴ)」を提唱するピアソラが、全世界へ向けて発信した、真に新しいタンゴの”粋”がギッシリ詰まった超大作であります。

ピアソラのファンにとってはすっかりおなじみの「天使の死」「天使のミロンガ」などの名曲も入っているというのがまず嬉しいのですが、このアルバムは、作品一枚がひとつの組曲のような、壮大なスケールの作品です。

ピアソラの”試み”としては、フーガ(対位法)を演奏の中でふんだんに、何の遠慮もなしに「これでもか!」と取り入れて、ひとつの曲の中で何度も何度も訪れる狂おしきカタルシスに、聴いてるこっちはハマり込んで「くぅぅ・・・!」とならずにはおれません。

メンバーには、この後もピアソラのよき相棒となるアントニオ・アグリ(ヴァイオリン)とオスカル・ロペス・ルイス(エレキギター)そしてBFHJで澄み切った芯のある魅惑のテノールでもうトロットロにしてくれるエクトル・テローサスがピアソラの音世界をガッツリと、本当に彼らひとりひとりがピアソラの分身であるかのように、音の化身となって創造しております。

楽曲のひとつひとつをじっくり解説したいのですが、私はもう何百回も聴いておりながら、この壮絶に美しく、そしてむせるような哀愁と典雅なハーモニーと激情やるかたないリズムが渾然一体となって響きあう音楽の前に、まだうまく言葉が出ないでおります。

とりあえず「ヴォーカル入りのタンゴ」としては、歴史を変えてしまった名演のBだけでも聴いて、そしてピアソラという人の「ドラマ作りの神ぶり」に浸っていただきたいなと。






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2016年04月18日

アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート タンゴ・コンテンポラネオ

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アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート/タンゴ・コンテンポラネオ
(CBS/ソニー・ミュージック)

ロコ高柳(高柳昌行)を、ここ数日ずーっと聴いていたら、良い感じに”タンゴ熱”が上がってきております。

アタシがピアソラを聴く時はアレです。

「とにかくタンゴを、特にピアソラの狂おしさのメーターが最初からぶっちぎりの”スーパー哀愁”を浴びるように聴きたい!」

という、実にキケンなテンションになって、自宅にあるピアソラのCDを片っ端から聴きまくります。

それにも日によって”順番”というのがあるんですな。

テンションが上り詰めている時は、緊張感ほとばしる後期、特に”アメリカン・クラーヴェ”の3部作「タンゴ・ゼロ・アワー」「ラ・カモーラ〜情熱的挑発の孤独」「ラフ・ダンサーズ・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」このへんが最高なんですが、高柳師やカルロス・ガルデルらの古典タンゴを聴いて、ジワジワと気持ちが盛り上がってからピアソラに突入する時は、割とサラッとしたピアソラ。特に1960年代前半にメジャーのCBSにて録音されたアルバム群がとても良いようです。

CBSにはピアソラの”実験精神の発露”といわれる意欲的なアルバムが何枚かありますが、本日ご紹介いたしますのは、その中でとりわけ爽やか(それでも胸締め付ける哀切な感情の含有量は他の音楽の数億倍ではありますが)、都会的な仕上がりを見せた八重奏団による「タンゴ・コンテンポラネオ」でございます。



【収録曲】
1.ロ・ケ・ベンドラ (来るべきもの)
2.ディバガシオン (さまよい)
3.英雄と墓へのイントロダクション
4.ノポセペ (知らないよ)
5.悲しい街
6.天体
7.ある悪漢へのレクイエム
8.ボヘミアンの想い出〜ミロンギータ


ピアソラは「タンゴの革命児」と呼ばれておりますように、その作曲や演奏、楽器編成などにおいて「それまでになかった様々なこと」に、生涯かけて果敢に挑んでおりますが、このアルバムでは、さっきも言ったように「八重奏」という編成でタンゴしております。

普通タンゴといえば、四重奏か五重奏というのが鉄板です。内訳はバンドネオンにヴァイオリン、そしてコントラバスというのが基本でありますが、戦後はこの基本編成にギターとピアノが加わりました。

ピアソラも「バンドネオン+ヴァイオリン+ピアノ+ギター+コントラバス」という編成で多くのアルバムを吹き込んでおりますが、ピアソラには「酒場で躍るための音楽」であったタンゴを、もっとこう芸術的に高い表現の音楽・・・たとえばクラシック、そして彼がリアルタイムでアメリカで体験したジャズなんかみたいにしたい!というもくろみがありました。

ここでみなさんに気をつけて頂きたいのは、ピアソラの「革新」や「前衛」というのは、あくまでタンゴにジャズやクラシックの様式美を取り入れて、タンゴ本来の躍動感はそのままに音楽性を高めようとしたものであって、”音楽”としての枠を乱暴に逸脱するもんじゃあございません。

例えばこのアルバムの八重奏という演奏形態も、バンドネオンやヴァイオリン、コントラバスといった「タンゴの演奏には絶対に必要な楽器」は省いておらず、基本編成にエレキギター(音色からおそらくフルアコ)、フルート、チェロ、パーカッションなどを加え、アレンジをものすごく綿密に施したものであります。

ここでアタシがとても親和性を感じるのは、やっぱりクラシック音楽です。

特にこの盤では素晴らしい活躍をしているホルヘ・バトーネのフルートとピアソラのバンドネオン、そしてアントニオ・アグリのヴァイオリンによる、どこまでも生めかしくて官能的でありながら、荘厳で美しい主旋律の絡みをまずはじっくりと聴いて頂きたいのであります。また、ところどころでヴォーカルや詩の朗読も入っていて、これがまた作品にとっていいアクセントとなり、また、このアルバムならではの独特なストーリー性を高めております。

ライナノーツによりますと、イタリア系移民をルーツに持つピアソラが、イタリアオペラやカンツォーネなどにオマージュを捧げた面も出ている。とのことであります。アタシなんかはシャープなアレンジと上モノのスリリングな美メロのやりとりに、ジャズ的なカタルシスをもう感じまくっておるのですが、もしクラシックに造詣の深い方が聴いたら、また違った方面の楽しみもあろうかと思います。

多分経済的な理由から、たった1枚(本作です)のアルバムしか残さなかったピアソラの新八重奏団ではありますが、この作品で厳しく追究した「リズムの躍動感とメロディの透明感の調和」というものは、この後70年代、80年代、そして90年代と、段々と色濃くなっております。そいでもってすっかりピアソラ中毒のアタシは、年代をさかのぼっては追いかけて、また浴びるように何枚もピアソラを聴きまくってしまうのです。

でもいい、ピアソラの音楽って「あ、ちょっと危ないな・・・」と思いながらも没入して聴くもんですよ♪




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2016年04月15日

ロコ高柳とロスポブレス エル・プルソ

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ロコ高柳とロスポブレス/エル・プルソ
(JINYA DISC)

高柳昌行といえば、戦後日本のジャズ黎明期から活躍し、60年代から70年代の過渡期に即興演奏の可能性を厳しく追究すべく、フリー・インプロヴィゼーションの世界へと飛び込み、晩年には一人で多数のギターを駆使した”アクション・ダイレクト”によって、我が国におけるフリー・ジャズやノイズ・・ミュージックの第一人者として、または彼を尊敬して止まないサーストン・ムーア(ソニック・ユース)、ジム・オルークといった海外のアーティスト達からのアツい再評価によって、先鋭ロックを好む若いリスナーにも知られておるところであります。

長いキャリアの中で、例えば阿部薫との壮絶な一騎打ち盤である「解体的交感」や「集団投射」「暫時投射」、はたまたグループで緊張感溢れるスリリングな演奏を記録した「フリー・フォーム組曲」「ラ・グリマ〜涙」(三里塚幻夜祭での素晴らしいライヴ)「ライヴ・アット・メールス」とか、アクション・ダイレクトの「カダフィのテーマ」とか、理屈じゃなくて感覚そのものを壮大に刺激して、意識をかっさらうような名盤はたくさんあります(いわゆるフリー・フォームのね)。


はい、はい。アタシもいいかげんミーハーなもんで、高柳師に興味持ったのはサーストン・ムーアの発言がきっかけだったと思うんですが、丁度タイミングよくフリー・ジャズ”から”ジャズまっしぐらになって、んで、モダンでもスウィングでも何でも聴いてやろうと思った時にですね、高柳昌行という人の本当の凄さを、いわゆる”フリーじゃない方の演奏”で思い知って

「これはトンデモナい人だ」

と衝撃を受けて、んで、好きになると本でも雑誌の記事でも何でもかき集めて、インタビューだとか音楽に対する姿勢とかそういうものを知りたくなるでしょう。

スウィングジャーナルとかのバックナンバーとかを、もう読み漁って高柳昌行の発言も、それこそ夢中で読んでたんですが、まーこの人の発言がことごとく「パンク」でした。

今、絶版になってないかな?このブログの読者の皆さんには、彼の発言やレビューをまとめた「汎音楽論集」という痛快な本がどこかで売ってると思いますので、これはぜひ読んでください。ぶっちゃけ高柳昌行知らん人が読んでも全然楽しめる内容であります。


(いちおアマゾンのリンク貼っておきますね)

高柳師の基本姿勢は「メッタ斬り」です。

生ぬるい批評、シャバダバな評論家、妥協したミュージシャンなど、とにかくロックオンしては容赦なく紙面で粉砕しているんですが、読んでいて全然不快じゃない。いちゃもんでも屁理屈でもないし、どの発言にもキッチリと筋が通ってるんです。

ほうほうと思いましたね。

というのも、アタシは最初で高柳昌行という人の音楽を知ってから文章を読んでるんです。

だから、彼の音楽というものが、自分自身を演奏家としても表現者としてもとことん追い詰めて追い込んだ末に出来上がってゆく類のものであることを、まぁその、アタマ悪いながらも何となく感じられたし、何より他を厳しく批評するにしても、その発言の倍ぐらい、この人の厳しい思想の槍というのは自分に向けている訳です。

フリー・フォームにしてもただデタラメのイッちゃってるテンションでやるんでなしに、キチンとした理論的なものを踏まえた上で「ここでこう外す、それはどういうことか?」ということを、激烈な演奏の渦中にあればあるほど、この人は冷静に、そしてとても厳しく精査しながら音を繰り出している訳なんです。

そんな高柳師が、フリー・フォーム、クール・ジャズ(レニー・トリスターノ楽派)と共にライフワークとして心血を注いでいたのがアルゼンチン・タンゴでありました。

今でこそ、タンゴといえばある種のトレンドで、クラシックやジャズの人たちがピアソラの「リベルタンゴ」なんかを。オシャレでカッコいいアレンジで聴かせてくれたりするんですが、それらは(たとえどんなにクオリティが高くても)あくまで”余技”であります。演奏内容が凄ければ凄いほど、どうしても”その演奏家のもの”として聴いてしまう。

それにはタンゴという音楽の難しさというのがあると思うんです。

それは、タンゴをタンゴたらしめているあの強烈なリズムにあります。

以前ギタリストの笹子重治さんという人が奄美を訪れてライヴした時、一瞬お話をする機会があって、タンゴの話になったんですが、その笹子さんが言うには

「いや。タンゴだけはどうしても難しい。アレは一旦出来上がったものを全部グシャってしてリズムとメロディを完璧に再構築しなきゃいけない。それも一曲の中でやらないといけないから、他の音楽とは勝手が違うんです」

と。

えぇえ!?笹子重治さんといえば、ブラジル音楽を極めて、我が国では中南米ギターの神様みたいな人なのに!と衝撃ではありましたが、なるほどタンゴを聴けば聴くほど、そしてタンゴという音楽を知れば知るほど、その言は重みを増して響いてきます。

もし、ミュージシャンが”タンゴ風”じゃないモノホンのタンゴを演奏したいと思うなら、それまで培ってきた演奏ノウハウや理論的なことを一旦全部クリアにして、リズムを血肉としなければ演奏出来ないでしょう。

おっと、話が大分横道に逸れましたが、高柳師は「本気」です。

タンゴとくれば大量のレコードを集めて聴き込み、楽譜も可能な限り取り寄せて多方面から解析しつつ、ギターでもってとことん弾き込む。特にジャズとは全く違うアクセントの箇所は何度も何度もプレイを繰り返して、文字通り”血肉化”しています。

と、アタシが断言出来るのも”ジャズ・ギタリスト高柳昌行”ではない、完璧にタンゴのギタリスト/マエストロとしての”ロコ高柳”で、素晴らしくホンモノなアルバムをちゃんと出しているからなんです。






【ロコ高柳とロスポブレス】
高柳昌行(g)
藤敏夫(g)
池田正治郎(7string-g)
松岡昭(g)
丹羽英俊(g)
坂本堪亮(g)
宮崎伸一(g)
井野信義(Contrabass)

【収録曲】
1.LEGUISAMO SOLO
2.MURMULLOS-tango
3.SILENCIO
4.MILONGA DEL 900
5.ATANICHE
6.AY,AURORA
7.INTIMAS
8.MI BUENOS AIRES QUERIDO
9.DOS AMIGOS
10.MARGARITAS
11.VOLVER
12.SOL TROPICAL
13.AMEMONOS
14.AUSENCIA
15.CAPRICHOSA
16.MEDALLITA DE LA SUERTE
17.EL TANGO ES AZUL


「ギター7人にコントラバス」という編成がまず本気なら、選曲も本気です。

採り上げられている曲はいずれも、我が国ではよほどじゃないと知らないであろうタンゴの古典的名曲ばかり。たとえばカルロス・ガルデルのBCG、ピアソラのHぐらいはかろうじて分かる。

しかしエルネスト・ポンシオが1900年頃(!)に作曲したDとか、もう本当にアルバム一枚が、そのまま古典タンゴの名演集であり、当然「ジャズ」な感じは一切ありません。ガットギターの音色から(ピアソラのHだけあえてエレキ)、ちょっとしたフレーズの隅々に至るまで、どこをどう聴いても完全に血肉化された、熱情と狂おしさと、切なさに溢れたホンモノのアルゼンチン・タンゴの空気が恐ろしいほどにみなぎっておるのです。

恐らくは今の日本、いや、本場アルゼンチンでも、これほどまでに伝統的なタンゴをガッツリやっているアルバムはないんじゃなかろうかと思います。

「ちょっと本気でタンゴ聴いてみたい」

という人には、アストル・ピアソラの代表的なアルバムと一緒に聴いていただきたい。少なくともピアソラと並べてもタンゴ・ミュージシャンとしての高柳は全然劣らないと思います。


最後に、このアルバムの演奏は、渋谷ジァンジァンと新宿ピット・インでのライヴ録音です。

凄まじい緊張感と音の鮮明さ&迫力に「これはきっとスタジオで相当に根を詰めて録音されたアルバムに違いない」と思っていたら曲の後に観客の拍手が・・・。いや、こんな完璧で精密な演奏でライヴって・・・。





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2016年03月01日

ギリェルミ・ジ・ブリート 幻のファースト・アルバム

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ギリェルミ・ジ・ブリート/幻のファースト・アルバム
(ライス・レコード)



ボサ・ノヴァが普通にポップスとして聴かれるようになって、そこからブラジル音楽の奥深い魅力にハマッてゆく人が、年々静かに増えているようでございます。

お店に来ていたお客さんが口々に言うには

「最初は心地良くて癒しの音楽だと思ってボサノバ聴いてたんだけど、だんだん聴いてるうちに何かこう切なくなってね〜」

なのです。

うん、わかる。すごくわかる。

ボサ・ノヴァの心地よく、軽やかな雰囲気は、あくまで表面を優しくコーティングする「外側」の部分です。

しかし、その奥底にあるどうしようもなくヒリヒリするような切ない味わいというのがあって、これは独特の深さがあり、一度好きになった人にとってはかけがえのないものになってきます。

アタシもそうだったんですが、大体ボサ・ノヴァにハマるのは順序があって、まずは小野リサさん、それからジョアン・ジルベルトとかアントニオ・カルロス・ジョビンとかの有名どころを聴いて・・・おっといけない、ジャズ好きとしてはスタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトが組んだ歴史的名盤「ゲッツ/ジルベルト」を忘れちゃいけない。

90年代以降はNaomi&GoroとかBophanaとか、日本のグループで本当に上質なブラジル音楽を聴かせてくれるグループも次々出てきましたね。もちろんそれらの音盤も素晴らしい。

で、一通り聴いたところでほとんどの人が辿り着くのがサンバです。

え?何であんな柔らかく穏やかなボサ・ノヴァ聴いててあんなにぎやかなサンバに行くの?

はい、大抵の人はそう思うでしょう。

でもね、皆さんが良く知るあの”サンバ”は、ブラジルでは「カーニバルのサンバ」といって、サンバのごくごく一部分なのですよ。実はサンバというのは、ブラジルの地でポルトガルから白人が持ってきたヨーロッパ音楽にアフリカからつれて来られた黒人達の音楽が融合して、独自のリズム(シンコペーション、2ビートなど)が哀愁溢れる美しいメロディで紡がれる、ブラジルの古典ポピュラー音楽として人々に長く親しまれてきた音楽なんですね。

サンバの原型となるダンス音楽がブラジル内陸部のバイーア地方で誕生したのが17世紀、それから自由なリズム音楽だったサンバに徐々にメロディーが絡むようになって、白人音楽からの影響が強い”ショーロ”を取り込む形で洗練を増していったのが、19世紀の奴隷解放後のことと言われております。

んで、アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、ルイス・ボンファといった、ボサ・ノヴァの生みの親達は、みんなそれぞれ若い頃に”サンビスタ”と呼ばれたサンバの歌い手に憧れて音楽の道に入ります。

戦前のサンビスタ達は、ギターを爪弾いたりしながら情感たっぷりに哀愁のある唄を酒場やホールで聴かせ、大いに人気を博しておりました。中には(というよりもほとんどの女性は)その歌の世界を通じてオシャレで憂いある声の歌手に恋をして、それがまた新たなサンバを生む・・・というような感じだったようです。

そんな戦前から活躍するサンビスタの中でも、現代のボサ・ノヴァの原型に最も近いソフトなサンバを聴かせてくれるのが、ギリェルミ・ジ・ブリートです。




【収録曲】
1.俺を忘れておくれ
2.私の平穏
3.花ととげ
4.私の孤独
5.私のディレンマ
6.詩人の涙
7.生きてるうちに優しさを
8.荒野のバラ
9.心のない女
10.架け橋
11.枯れ葉のサンバ
12.愛しいおまえ

1922年生まれ、戦前から地道な活動を続けており、一旦衰退していたサンバに戦後新たな命を吹き込んだ人であり、60年代ボサ・ノヴァ・ムーヴメントの影響をさかのぼってゆくと必ずこの人に当たるという巨人であります。

しかし、それほどの凄い人でありながら、とても繊細な性格であり、ちゃんとしたアルバムが製作されたのは、何と1980年のこと。

その音源も彼が亡くなるまで陽の目を見ていなかったので、これは文字通り「幻のファースト・アルバム」です。

もうやがて60になろうかというギリェルミの声はどこまでも深く、慈愛に溢れ、バックのシンプルな弦楽器を中心とした切ない切ない伴奏もまた胸の深いところにどこまでもしみてゆきます。

これを聴いている時は言葉もなく、ただもう「あぁ、上質な音楽だなぁ・・・」と思うのです。実際「よし、ギリェルミのレビュー書こう!」と思ってから今日まで、実に1年近く経ってしまいました。この素晴らしいアルバムの魅力を伝えるには、まだまだ言葉が足りないと思うのですが、続きは皆さんがそれぞれ聴いてみて補ってください。それだけの価値がある一枚です。

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2015年10月17日

カルロス・ガルデル〜Best of

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Best of Carlos Gardel
(EMI)


タンゴといえば1997年にキョーレツな”ピアソラ体験”をして以来、すっかり中毒になってしまったアタシなんですが、ピアソラをある程度聴いているうちに

「ちょっと待て、ピアソラが影響を受けたタンゴが聴きたいぞ」

と、思うようになりました。

あのですねアタシ、音楽聴く上でとっても大事なことって

「好きなアーティストが影響を受けたアーティストをどんどん掘ってゆく」

ってことだと思うんですよ。

ミーハー心でいいんです「これカッコイイ!」と思ったバンドなりミュージシャンなりが一言でも「誰々が好きで聴いてた」というのを目にしたり耳にしたら、ソッコーでメモってその音楽を聴いてください。

でも、まぁそん時は「これの何に影響受けたんだろう」「今イチわからん」とアナタは思うかも知れません。

でもね、それでいいんです。

そういう音楽ってある日突然”クる”んですよ。

「何だこれ!こんなにカッコ良かったか!?」

と、ぶっとぶほどの衝撃を受ける日が、必ずきます。

その時が、アナタの感性が”広がった”瞬間です。

感性が広がると、色んなものがカッコ良く聴けるようになります。えぇ、ジャンルとかカンケーなく、音楽聴くのが楽しくて楽しくてしょうがなくなるんですよ。とっても豊かになれるんですよ♪

おっと、話が大分横道に逸れました(汗)

で、ピアソラよりも古い時代のタンゴのCDを探して

・・・とはいっても、最初は本当にどのアーティストを聴けばいいのか全然分かりませんでしたし、大体大型CDショップに行っても「タンゴ」ってほとんどない。

だからオムニバス盤とか、クラシック・ギターの演奏家がタンゴをやっているのを中心に買いました。

その作曲者の中で、頻繁に目にするようになったのが「カルロス・ガルデル」という名前です。

「わが愛しのブエノス・アイレス(Mi Buenos Aires Querido)」という曲




は、そういえばタンゴとか洋楽とか全然知らない時から、何となく耳にしていた曲だったので

「えぇ!?これ、タンゴだったんだー」

とびっくりすると共に

「よし、カルロス・ガルデルという人をちょいと聴いてみよう」

と思ってCDを買いつつ、バイオグラフィ的なものも、調べてみました。

ガルデルは、1910年代から35年にかけて活躍したタンゴの歌手、作曲家でありますが、その活動は音楽には収まらず、端正なマスクと持ち前の美声を活かし、何と俳優としても人気を博し、単なるスターを越えた「アルゼンチンの国民的英雄」として、今も語り継がれる程の偉大なアーティストです。

その人気も、単に華やかな成功とカリスマにあったものでなく、しっかりとした音楽的な才能と革新性に裏付けられたものでありました。

タンゴ関連の資料に目を通せば、よく「タンゴは港で生まれ、ガルデルが育て上げた」みたいなこともよく書かれております。

事実ガルデルが世に出る前(1890年代頃から1900年代初頭)まで、タンゴという音楽は単なる「酒場で踊るための音楽」でしかなく、曲も単調で歌が入ってもそれは演奏の添え物的なものの域を出ない、他愛もない内容のものがほとんどだったようです。

タンゴを生んだアルゼンチンのブエノス・アイレスという街は、絶えず人が流動する港町です。

タンゴが生まれた時代にアルゼンチンに集まってきた人々の多くは、スペインやイタリアから新大陸へ一攫千金を狙ってやってくる移民達や、海に出たらば明日の命など知る由もない船乗り達やそれに関わる海千山千の商売人達でした。

いずれも「生きてくためにあんまり深いことは考えない」ような人達であったことは想像に難しくありません。タダでさえ陽気でアツいラテン気質の民族ですから、「ひとつの音楽の芸術性を高めるために、深く追究する」ようなことにはあまり興味がなかったのかも知れません。

ガルデルもそんな中で民謡や俗歌などを中心に唄うシンガーの一人でしかありませんでしたが、
「Mi Noche Triste(我が悲しみの夜)」 で、独自の哀愁を帯びた曲調と豊かな声量と表情豊かな声でもってタンゴの歌唱法を確立。

それが瞬く間にラテン・アメリカ諸国で空前の大ヒットを記録し、本格的な作曲活動に踏み出すと共に、南米からニューヨーク、パリなどの国際的なツアーを行い、世界的な成功を収めるに至りました。

ガルデルの海外での成功が、アルゼンチン国内でタンゴを見直す動きに拍車をかけたのでしょう。

酒場やダンスホールでしか演奏されなかったタンゴは、ちゃんとしたホールや演劇場で”鑑賞音楽”として演奏されるようになり、そこでまたガルデルの作った楽曲の質の高さに注目が集まることになります。

更に、無声映画からトーキーの時代への転換期が重なって、アルゼンチンの映画では、ガルデルが役者として演じて唄うシーンがあれば、その映画は大ヒットという具合に、メディアもガルデルの魅力を多くの人に伝える追い風になり、人々の心にタンゴという音楽はキッチリと焼きつくことになりますが、絶頂期の1935年、ガルデルは不慮の飛行機事故により、44歳という若さで伝説となってしまいます。

ところがガルデルの残した楽曲は、今もタンゴでは欠かすことのできない重要なレパートリーとして演奏され、クラシックでもよく採り上げられるほどになっております(さっきも言ったように、オムニバスやクラシック・ギターものとかには絶対というぐらい入ってる!)。

と、ダラダラと「カルロス・ガルデルってばこんなにも凄いんど!」ということを書いてきましたが、ガルデルの魅力=「タンゴという音楽が正に産声を上げて形になってゆくその過程」であります。







【収録曲】
1.Mi Buenos Aires Querido
2.Melodia de Arrabal
3.Leguisamo Solo
4.Tomo y Obligo
5.Silencio
6.Golondrinas
7.Por Una Cabeza
8.Sus Ojos Se Cerraron
9.Volver
10.Rubias de Nueva York
11.Dia Que Me Quieras
12.Cuesta Abajo
13.Madreselva
14.Amargura
15.Estudiante
16.Soy Una Fiera
17.Buenos Aires
18.Arrabal Amargo
19.Volvio una Noche
20.Lejana Tierra Mia

とは言っても、ガルデルのCDはなかなか出回ってません。

その中にメジャー・レーベルEMIから、値段よし選曲よしのベストが出ているのは、天佑と言っていいと思います(つまり出ているうちに買っといた方が良いということ)。

個人的には土着のフォルクローレや、フランスのシャンソンからの影響、同じくラテン圏の音楽であるファドとの類似点なんかを、この時代(戦前)のガルデルの音源から感じることが出来て深い感慨に浸っております。


単純に「戦前録音のノスタルジックな音楽を聴きたいな〜」という軽い気持ちで耳にしてもガルデルは心地良く酔わせてもくれますよ〜♪




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