2018年06月05日

ブラインド・ブレイク Bahamian Songs

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Blind blake/Bahamian Songs


戦前ブルースが好きで、数少ない音盤を熱心に集めたことがある人なら、一度は『ブラインド・ブレイク問題』にブチ当たった事があるのではないかと思います。

ブラインド・ブレイクといえば、戦前アメリカで大活躍したブルースマン。





この人が戦前アメリカでどれだけズバ抜けたギター・テクニックの持ち主で、どれほどのオリジナリティのバケモノだったかという話は、以前から当ブログには書いておりますので、知らない方は上のリンク、もしくは右のサイドバーでブラインド・ブレイクを検索して読んでみてください。

そんな訳でブラインド・ブレイクの音楽をたくさん聴きたくて、とりあえず目に付いたCDは買うという事をやってましたが、ある日「大体ジャケットが一枚しかない写真(上記参照)のバリエーション」なこの人のアルバムには珍しい、バンジョーを持った人物の、割とオシャレな絵のジャケがあったんですね。

「おや?」と思いましたが「BLIND BLAKE」と買いてあるので、まぁ間違いなかろうと思って購入して聴いてみたら、あれ?何か、確かに戦前ブルースっぽいけど、何かこの人にしては珍しくジャグバンドっぽい感じにトロピカルな何かが加わったような音楽性だし、必殺超絶技巧ラグタイムが出て来ない、歌も独特のくぐもった甘めのヴォイスじゃなくて、もっと張りのある、まろやかな表情が豊かな感じ。

ん?ん?俺はブラインド・ブレイクを買ったつもりで、メンフィスかどこかのブルースマンのCDを間違えて買ってしまったのかな?でもこれいいなぁ、陽気なコーラスとかラテン・パーカッションとか入ってて、いやぁブラインド・ブレイクって、今まで聴いてきた音源ひゃもちろんゴキゲンだったけど、これは全く違うベクトルの、ハッキリと”陽”なゴキゲンさじゃないの。こういうラテン風味って、40年代にルイ・ジョーダンとかが大々的に取り入れて流行らせたんだけど、ブラインド・ブレイク凄いなぁ、その10年以上前に既にこんな感じで流行を先取りしてたんだ。つうかこのバンジョー上手いなぁ、パパ・チャーリー・ジャクソンかなぁ・・・。

とか何とか、まぁ”あのブラインド・ブレイク”とは全く違う音楽性でありながら、これはこれで凄くカッコイイから「あのブラインド・ブレイクの超初期か後期の、とにかく”いつもと違うことをやってる音源集”だ」と思ってたんです。まぁジャケットも何かいつもと様子が違いますから。


ほどなくして


「あのブラインド・ブレイクは、戦前ブルースのブラインド・ブレイクではない」

と、気付いたのは、レコード・コレクターズか何かの記事に


「バハマの伝説のシンガーでバンジョー奏者のブラインド・ブレイク」

という記述を見付けたからです。


おおぅ、ニセモノ・・・。

と、一瞬グラッとしましたが、音楽的にはこっちもホンモノです。加えて戦前アメリカ南部の”ブルース以前”を濃厚に感じさせるポップな音楽性に色を添えるラテンのリズムや各種ラテン楽器、バンド・サウンドの重要な”華”になっている見事なコーラス・ワーク、そして何よりも、ブラインド・ブレイク自身の、ルイ・アームストロングからガラガラの成分を少し抜いて、重ねられた年齢の渋さに裏付けされた力強さをプラスしたような声からジワリと滲む人生の悲喜こもごもは、決してニセモノではありません。

一瞬で気を取り直し、アタシは

「バハマにもこんなホンモノのブルースマンがいたんだなぁ」

と深く感動しました。


バハマはアメリカの南端、フロリダ半島のすぐ下にある島国です。

古くからこの地はアメリカ南部や東海岸の人々が気軽に遊びに来たり商売をしたり、他のカリブ諸国よりもアメリカとの付き合いは深く、その過程でこの地の元々の古謡のようなカリプソと、アメリカのブルースやバラッド、宗教音楽であるスピリチュアルなんかが自然と混ざり合って、独自のミクスチャー文化が早くから緩やかに花開いていたと。

アメリカとの交流がグッと深まったのは、1920年代の禁酒法の時代であります。

本国で製造や取引を禁止された酒類の取引はこの島で行われ、アメリカのマフィア達が作った一大アルコール・マーケットが出来上がり、人々の交流はいよいよ盛んなものになります。

当然盛り場も発展し、娯楽が求められるようになると、ここで現地のミュージシャン達が、当然の流れとして関わるようになってくるんですね。

ブラインド・ブレイクもそんなミュージシャンの一人で、本名はアルフォンス・ヒッグス(1915年生まれ)。

れつき盲目だった彼は若い頃からバンジョーを手にバハマ各地を巡業するミンストレル・ショウの一員として日銭を稼ぐ日々を送っておりましたが、やがて首都ナッソーで、アメリカ人がたくさん来る酒場やホテルのロビーなどで歌い、元々歌っていた古謡のカリプソを、徐々に彼ら好みの聴きやすくノリが掴みやすいものへとアレンジしながら芸を鍛えた結果、戦後50年代にはバハマを代表するシンガーとなっていったそうであります。

で、バハマにはトリニダードやジャマイカ産のカリプソとアメリカのR&Bを融合させた「グーンベイ」という独自の音楽がありますが、どうもその音楽の創始者はこのブラインド・ブレイクなんじゃないかと言われてもおります。






【収録曲】
1.Love, Love Alone
2.John B. Sail
3.Jones (Oh Jones)
4.JP Morgan
5.Consumptive Sara Jane
6.Yes, Yes, Yes
7.Never Interfere With Man and Wife
8.Gin and Coconut Water
9.The Cigar Song
10.Come See Jerusalem
11.Bahama Lullaby
12.My Pigeon Got Wild
13.Delia Gone
14.Tanneray
15.Loose Goat
16.Lord Got Tomatoes
17.Bellamena
18.Hold 'Im Joe
19.Go Down Emmanuel Road
20.Watermelon Spoilin' On the Vine
21.Oh Look Misery
22.Foolish Frog
23.Peas and Rice
24.Eighteen Hundred and Ninety One
25.Monkey Song
26.On a Tropical Isle
27.Goombay Drum
28.Better Be Safe Than Sorry



彼のスタイルは先にも言ったように、アメリカのバラッドと呼ばれるブルース以前のスタイルを軸にしたポップスがあると思ったら、キューバっぽいマイナー・チューンのラテン・ナンバーがあったり、ツッタカツッタカとリズムの激しいトリニダードのカリプソとはまた違ったのんびりした味わいのカリプソもあったり、実に多種多彩。

しかし、どんな音楽性であろうとも、その張りとユーモアとちょっとした悲哀が入り混じったフィーリング豊かな声と、どんなリズムでも巧みに表現するバンジョーの腕前でもって不思議な一貫性のあるサウンドとして聴かせてしまうんですね。この辺りがストリートや酒場なんかでずっと鍛えまくった、日本風にいえばプロの流しみたいな芯の強さを感じさせ、ますますのめりこんでしまう魅力に溢れています。

そんな彼の人気は50年代、バハマ本国にとどまらず、遠く(いや、近いけど)アメリカのピート・シーガーやジョニー・キャッシュ兄貴、ジョッシュ・ホワイトらに絶賛され、何と人気絶頂だった世界的なアイドル・バンド、ビーチボーイズにも楽曲がカヴァーされるなど、ブルースマンのブラインド・ブレイクに劣らぬ人気を獲得するに至りました(その後はやはりライ・クーダーが高く評価して、今もラテンやアメリカン・ルーツ・ミュージック好きの間での人気は衰えません)。

本日オススメで挙げたアルバムは、絶頂期だった1950年代初頭に率いていたバンド付きの音源集。

この後どんどんジャズ系のサウンドにも接近して、亡くなる1980年代までひたすら音楽性を拡げながら真摯に芸を磨いてきたホンモノのシンガーによる、基本中の基本とも言うべきスタイルで、ゴキゲンなバハマ・サウンドが楽しめます。

ちなみに戦前ブルースのブラインド・ブレイクはバハマにほど近いフロリダの生まれです。

もしかして戦前に交流があったか、アメリカで人気だったブレイクの名前をしれっと拝借したのかは永遠の謎ですが、もしかして交流があったのかなぁなんて考えながら古い時代に思いを馳せてみるのものなかなかに楽しいものでございます。













『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月03日

カリプソ・ローズ ファー・フロム・ホーム

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カリプソ・ローズ/ファー・フロム・ホーム
(Because/Pヴァイン)


はい、気温も順調に真夏日の軌道に乗ってきましたので、今日は皆さんが大好きなカリプソでございます。

カリプソってなぁに?

と、よく訊かれますね。えぇ、アタシも2ビートのスッタンスッタンのビートに乗って、ゴキゲンなパーカッションやらが鳴り響いてトロピカルな旋律とメロディが聞こえたら「あ、カリプソ♪」と、よく意味もわからんまま言っておりました。

カリプソってのはアレですね、一言でいうと「カリブ海の島々の音楽」です。

南北のアメリカ大陸があって、その丁度真ん中付近の右側のところがカリブ海ですね。

そこにはいろんな島がありまして、ざっと有名な所だけ挙げてもキューバやジャマイカ、ドミニカ、バハマ、トリニダード、トバゴとか、ひとつの島とかいくつかの島も合わせて独立国となっているのも多いです。

ここはコロンブスがアメリカ大陸を発見してから「ヨーロッパからの船団が最初に立ち寄る停泊地」として開発され、入植がなされました。

そして、この島々は奴隷貿易の拠点でもあったんですね。

大陸各地に送られる奴隷達もたくさんおりましたが、ここで形成された大規模なサトウキビ畑(植民地政策に砂糖は欠かせないものでした)で働く労働力として、たくさんの黒人奴隷が働かされておった訳です。

元々住んでいる人達が少ないものですから、カリブの島々は人口に対する黒人の割合というものがとても多くなります。

そこで彼らの故郷であるアフリカの音楽的な特色が色濃く残ったまま発展していったのが徐々にカリプソという音楽になりました。

アフリカの音楽的特色というのは、色々ありますが一番大きなのが様々なパーカッションを使って繰り出される独特のリズムです。

アメリカでは黒人奴隷に対してパーカッションやアフリカの宗教などはとにかく危険と見なされて、徹底的に禁止されておりました。

が、カリブはそこのところが比較的ユルかった。一説によるとカリブの島々はフランス植民地だった所が多く、フランスはイギリスと比べて色んな意味でユルかったようで、奴隷達が太鼓でコミュニケーションを取ることも「まぁよかろう」と禁止しなかったから、カリプソにはアフリカ音楽の伝統が色濃く残っているとも言われております。

確かに、アメリカのブルースがああいったどこかやるせない感じの音楽なのに対し、カリブの音楽は陽気で横揺れの心地良いグルーヴなのには、その昔の政治的な事情もろもろが影響しているだろうとは思います。


さてさて、一口に「カリプソ」と言っても、その中身は実に多種多様、一言で「これがカリプソだ!」と即答するのは実に難しいんですが、今日はカリプソを代表するシンガーとして、1950年代から活躍する女王、カリプソ・ローズをご紹介して、カリプソをまだよく知らない方への参考にして頂きたいと思います。

カリプソ・ローズはトリニダード・トバゴに1940年に生まれ、60年代にはもう既に同地の国民的シンガーになりましたが、その人気は周辺諸国だけにとどまらず、アメリカやフランス、イギリスなどの国でもヒットを飛ばし、世界中に「カリプソ」という音楽を広めた人でもあります。


トリニダード・ドバゴといえば、ちょいと詳しい人なら「あ、あのスティール・パンの国だ」とすぐ反応してくださることでありましょう。そう、スティール・パン、またはスティール・ドラムと呼ばれるあのドラム缶で出来た、独特の涼しげな音を出す不思議な楽器の本場です。

トリニダードは、他の南米諸国と同じようにカーニバルが盛んな土地で、スティール・パンもズラッと並んでトラックの荷台の上でパレードしながら演奏するという、何とも賑やかな使い方をされておりますね。

カリプソという音楽そのものも、実はこのトリニダードのカーニバルから発展して拡がっていったんだという話があるように、ここはカリプソの本場も本場。

「チャカスッチャカ、チャカスッチャカ」という駆けるようなテンポのリズムが忙しなく鳴らされる、カリプソならではの独特のリズムが、後にソウルや他のラテン諸国のメロディーなども絡めて「ソカ」と呼ばれる音楽へと進化して行きます。カリプソ・ローズがデビューして人気を博していった時代は、正にトリニダード・トバゴの、カーニバルの時に演奏される”お祭り騒ぎの音楽”であったカリプソが、ホールでの演奏にも対応出来るように、どんどんポップス化していった正にその過渡期であります。




【収録曲】

1.Abatina
2.I Am African
3.Leave Me Alone (Feat. Manu Chao)
4.Far from Home
5.Calypso Queen
6.Zoom Zoom Zoom
7.Trouble
8.Love Me or Leave Me
9.No Madame
10.Woman Smarter
11.Human Race
12.Wah Fu Dance!



実はカリプソという音楽は、アメリカのジャズやR&Bにも多大な影響を与えていて、たとえばルイ・ジョーダンやボ・ディドリー、ソニー・ロリンズなんか聴いておりますと、特にリズム面において「あ、これはカリプソ!」とバッチリ分かる曲や演奏があったりして、どっちも知るととても楽しいのです。

カリプソ・ローズの昔の演奏を聴いていると、アメリカのポピュラー音楽やジャズなんかを、陽気で激しいカリプソにアレンジし直してカヴァーしています。

その背景には「アメリカのミュージシャンがアタシ達の音楽やってるのを、逆にこっちが歌ったら面白いかもね♪」という、ちょっとキュートないたずら心がチラッと見えたりしてカッコイイんです。そう、このカリプソ・ローズという人は、レジェンドでありながら、そしてカリプソの根っこにあるソウルを常に熱くたぎらせながら、今風のアレンジにも全然ひるむことなくチャレンジし続け、そして世界でのカリプソ人気をどんどん不動のものにしていってる、本当にカッコイイおばちゃんなんですよ。

2016年にリリースされた『ファー・フロム・ホーム』は、正にそんなローズおばちゃんの根っからのパワフルさと、骨太さを保ちながら美しく進化してきたカリプソの集大成です。

何と、このアルバムでは元マノ・ネグラ、現在はミクシチャー・ロックのカリスマとして多くの世代から支持を集めるスペイン系フランス人ミュージシャン、マヌ・チャオとガッツリ組んで、極上のラテン〜カリプソの、楽園のような音楽を聴かせてくれます。

いやもうこれ、凄いですよ。カリプソの「チャカスッチャカ」の強靭なビートに、ラテンの哀愁のメロディーも乗れば、サンプリングされたコーラスも実に渋くキマッてるし、何よりローズ自身の声が、とても御年70ン歳の妙齢のご婦人の声とは思えないほど明るく張りがあって、聴くだけで元気が出てくる、ジャンルなんざ関係ねぇ!ってなるぐらい突き抜けたアルバムです。いやほんと、凄いよなぁ、スカまでやってるんですけど、それが全然取って付けたような不自然さはなくて、むしろ「あぁ、スカのルーツってやっぱりカリプソだよ」と思わせてくれるこの説得力。

よくある「ワールド・ミュージックの現代版アレンジで聴きやすい」とか、そういう作為は全く感じません。むしろ素直に楽しく聴いてるうちにローズの声のパワーにすっかりノックアウトされて、カリプソという音楽を、気付けばより深く楽しめる一枚。つうかもうカリプソ入門用として、持っておいても全然良いです。色々と音楽的に特色ある部分を挙げればもっともっと魅力を語れそうな気もしますが、こういうのは理屈より先に楽しむことが大事だよ、ということで。










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2018年05月19日

アルゼンチンのタンゴ

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アルゼンチンのタンゴ
(Naxos)


クラシック・ギターの音色が好きです。

「パラン」と「ポワン」の絶妙な中間、あの美しくふくよかな弾力でコーティングされた、どこか遠くへ連れて行ってくれそうな、静かな哀愁を湛えた音。

いわゆる鉄弦のアコースティック・ギターとはまた違って、ナイロン製の柔らかい弦だからこそのこの音色、これがいいんですよね。

その昔は”ガット”と呼ばれる羊の腸を弦としていたことから”ガットギター”とも呼ばれるこの楽器は、エレキやアコギも全部ひっくるめて「ギター」と呼ばれるものの最初の形だそうです。

その原型はインドやペルシャ方面から、徐々にその形を変えてイベリア半島、つまり今のスペインにやってきて、長い時間をかけてギターという楽器になって行ったと。

ちょっと歴史的な事になりますが、スペインっていう所は、今でこそバリバリのヨーロッパで、バリバリのキリスト教国でありますが、その昔はイスラム教徒が支配していた時期も結構長くて、北アフリカ経由で今で言うアラブ諸国やインドからの移民も多く、彼らがギターの原型をこの地で生み出し、フラメンコなどの音楽も作って、独自の文化を育んできたんですね。

クラシックギターが、旋律の中でその豊かな余韻を伸ばす時、こちらの心の中にも郷愁がきゅ〜んと伸びて、何とも胸を締め付けられる感覚になりますのは、その音色が出来上がるまでの悠久の歴史みたいなものが、知らず知らずのうちにこっちの心に響くからなんだろうなぁとか、勝手に思っております。

そんなクラシックギターの音色、存分に楽しめるものとしては、もちろんクラシックの、特にスペインの作曲家の作品なんかがとてもいいんですが、近年になって『クラシックギターで聴くアルゼンチン・タンゴ』というものが密かに盛り上がっていて、えぇ、これが大体ギター1本とかで演奏されているのが多いので、ギターをじっくり聴きたいという方には、とってもオススメできるんですよ。

え?クラシックなのにタンゴ?タンゴってあのバンドネオンとか使ってやるやつでしょ?それに何だか社交ダンスのイメージがあって、ギターで演奏するってのはあんまり想像できないんだけど大丈夫かぁ?

と、お思いの人は多いと思いますし、アタシも最初はそんな風に思っておりましたが、これが大丈夫なんですね。

タンゴという音楽は、元々アルゼンチンの酒場で生まれた、娯楽音楽です。

当初タンゴの大きな目的は、もちろんその場にいる人達を踊らせることでありましたが、徐々に進化するにつれて、ホールでの鑑賞にも耐えうる芸術音楽として世界に認知されるようになりました。

その最大の功労者は、クラシック理論も極めたタンゴ・マエストロ、アストル・ピアソラであります。


ピアソラが作った、リズムとハーモニーの粋を尽くして作りこんだ楽曲は、1990年代以降クラシック演奏家達の愛好するところとなって、ヨーヨー・マやクレーメルらによる『プレイズ・ピアソラ』系アルバムがリリースされると、これが好評を博し、今やクラシックのコンサートでは、盛り上げるに欠かせないレパートリーとして、タンゴ曲が演奏されるなんてことが当たり前になりました。

ヴァイオリンやチェロ奏者が録音したタンゴが世界的に受け入れられているのを見て「これはいいな!」とやる気を起こしたのが、クラシック界のギター奏者達なんです。

何でかというと、クラシックの重要レパートリーといえば、ほとんどがオーストリアやドイツなど、交響楽が発達した時代の有名作曲家達のものです。

そこにギターが入り込む余地というのはほとんどなく、レパートリーに出来るものといったらやはり最初からギターのために作られたスペインの作曲家の曲か、ルネッサンス期の主にイタリアの音楽、そしてバッハぐらいのものという選択肢の少なさに、ギター界(ってあるのかな?)は悩まされておったんですね。


ピアソラの曲やタンゴの曲は、ギターでも演奏出来るし、その哀愁溢れる楽曲は、クラシックギターの音色とピッタリの相性です。

それに元々スペインの植民地で、タンゴを作った人達もスペイン系移民ということで、これはもうタンゴとクラシックギターの親和性というのはナチュラルに高い訳でありますよ。







【収録曲】
1.凧が飛ぶ夢(ブラスケス)
2.決闘のミロンガ(モスカルディーニ)
3.最後のグレーラ(ピアソラ)
4.リベルタンゴ(ピアソラ)
5.想いのとどく日(ガルデル)
6.帰還(ガルデル)
7.ミリタリー・タップ(モレス)
8.メランコリコ(フリアン・プラザ)
9.ノスタルヒコ(フリアン・プラザ)
10.南(トロイロ)
11.ティリンゴたちのために(モスカルディーニ)
12.アディオス・ノニーノ(ピアソラ)
13.ブエノス・アイレス午前零時(ピアソラ)
14.ハシント・チクラーナ(ピアソラ)
15.勝利(ピアソラ)
16.ラ・レコータ(コセンティーノ)
17.わが愛のミロンガ(ラウレンス)
18.ミロンガ・デル71(ビターレ)

(演奏:ビクトル・ビリャダンゴス)


クラシックギターの良質な音盤を、素晴らしく掘り下げた深い内容で世に出しているレーベルといえば、香港の”Naxos"です。

セールス的には大丈夫かと思ってしまうぐらい、マイナーな作曲家のものなんかも惜しげなくリリースしてくれるこのレーベルはクラシックギター好きには実に有難く、かつ「有名/無名に関係なくいい音楽聴きたいぞ」というシビアな欲求も満たしてくれる、本当に素敵なレーベルなんですが、ここが「クラシックギターで聴くアルゼンチンタンゴ」の決定盤ともいえるアルバムを出しております。

はい、粋なジャケットに『アルゼンチンのタンゴ』というまんまなタイトルが付いたこのアルバム。

完全にギター1本で、アルゼンチンのタンゴがたっぷり楽しめる。しかも、演奏しているのはアルゼンチン生まれアルゼンチン生まれのクラシックギター奏者、ビクトル・ビリャダンゴス。地元でタンゴという音楽の空気や意味が、骨の髄まで染み込んでいることはもちろん、それを理論も技術もしっかり極めたクラシックギターのやり方で聴かせてくれる名人が弾いておりますから、これはもうギター好きにとっては願ったり叶ったりな内容でないはずがございません。

アタシは正直最初「うん、お目当てのピアソラの”リベルタンゴ”が入ってるから買ってみたけど、ピアソラ以外の作曲家ほとんど知らんなぁ、いいのかな、大丈夫かな」とかなり不安だったんですが、これがピアソラに一切劣らない、狂おしい抒情に溢れた名曲揃いで、個人的にこのアルバムをきっかけに、ピアソラ以外のアルゼンチン・タンゴの(日本では)あんまり知られていない素晴らしい作曲家達を知ることに繋がりました。

演奏は、タンゴの情熱を上質な”憂い”に仕立て上げてじっくり聴かせる素晴らしいものです。

ビリャダンゴスは、流石に名手と呼ばれるだけあって、感情に流されず、奥底にあるエモーショナルを旋律の深いところに込めて弦を弾くことに関しては余人の及ばない領域ですね。「しっとりと聴かせる」の幅をまずしっかりと定めて、その中でヒリヒリとしたタンゴならではの感情の高ぶりを無駄のない、後から余韻がじんと染みる表現で丁寧に聴く人の耳と心に染み込ませてくれるので、聴いてて疲れないし、どの曲も飽きません。









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2017年10月11日

ペドロ・サントス クリシュナンダ

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ペドロ・サントス/クリシュナンダ
(CBS/Mr.Bongo)

で、10月になって10日以上が経過しておるんですが、相変わらず汗ばむ陽気が、ここ奄美では続いております。

まーなんだかねー、こんなクソ暑いのに選挙まで始まったんじゃあうるさいし暑苦しいことこの上なくてたまんないよねー。

とかいうのが、街で会う友人知人らとの共通の挨拶のようにもなっております。

あぁ、ほんともう・・・。

と、暗くなってもしょうがないので、どうせだからまだ何となくほにょほにょしてる、この夏っぽい空気を楽しむ方向に持っていきましょう。

ブログでは久々のブラジル音楽です。

ブラジルといえば、ボサ・ノヴァが圧倒的人気を誇る昨今ですが、ボサ・ノヴァが誕生した1960年代というのは、ブラジル音楽全般でも、あらゆるところで様々な新しいサウンドが生まれ、面白い作品がたくさん残されているんです。

ボサ・ノヴァを生み出したブラジル音楽といえばやはりサンバ、そしてヨーロッパ音楽のルーツを色濃く残すショーロでありますが、そのサンバから、よりポップで活きのいいビートを強調した音楽としてMPBというのが生まれました。

1960年代、ブラジルの若者達は、洒落たバーやカフェでボサノヴァを楽しみ、更にもっと砕けたカジュアルな遊び場で、最新のMPBに合わせて踊るライフスタイルを謳歌しておりましたが、1964年にクーデターによる軍事政権が誕生し、歌詞にちょっとでも反体制的と見られるものがあったら発売禁止や投獄など
厳しい弾圧を行い、そのためボサ・ノヴァの主だった歌手や作曲家は、次々に海外へ亡命、特にアメリカへ渡った人が多く、ボサ・ノヴァは本国を離れて、アメリカでブームが起きて、やがてそれが世界的な流行へと拡大していった訳なんですね。

で、本国に残されたミュージシャン達はどうしたか?

彼らは

「おい、うっかり政府批判みたいなこと歌ったりしたらえらいこっちゃで、でも楽しみたいからノーテンキな音楽やるんやで」

と、サンバの繊細な悲壮感やボサ・ノヴァのメッセージ性をなるべく思い出させないような、イギリスやアメリカのロックなどに影響を受けた、メッセージも何もない、ただ「踊ろうぜ!楽しもうぜ!」(暴動を連想させる「騒ごうぜ」はアウト)と、ひたすら快楽的な音楽をやるようになったんですね。

この中から徐々にアメリカのサイケデリック・サウンドに影響された連中が、快楽的なサウンドに土着的な要素やサウンドコラージュなどのエフェクト音をまぜこぜにした音楽をやるようになり、これが「ブラジリアン・サイケ」として、後年愛好家やコレクターの間でカルトな人気を得るようになるんですが、その頃は軍事政権が厳しく音楽家の出入りを禁じていましたものですから、このテの音楽はリアルタイムでは外に流れず、主に国内だけで消費されて盛り上がっておったのです。

え?じゃあなんでアメリカやイギリスの音楽はブラジルでガンガン流行ったの?って?そこはほれ、あんまり大きな声では言えませんが、軍事独裁政権というのは、当時世界的な流行だった左翼革命政権とか、考え方が社会主義に近い政府が南米に出てくることに危機感を持ったアメリカがこっそり支援してたからなんですよ。

はい、大人の事情わかりました?というわけで、今日はそんな”ブラジリアン・サイケ”の面白いアルバムを皆さんにご紹介いたしましょう。




【収録曲】
1.Ritual Negro
2.Ague Viva
3.Um So
4.Sem Sombra
5.Savana
6.Advertencia
7.Quem Sou Eu?
8.Flor De Lotus
9.Dentro Da Selva
10.Desengano Da Vista
11.Dual
12.Arabindu


パーカッション奏者、ペドロ・サントスによる、1968年リリースの、これは何といえばいいのか、トロピカルに打ち鳴らされるパーカッション、B級映画のサントラのような、壮大なのかチープなのかよくわかんない、ゴージャスなホーン・セクションが入ったファンクっぽい音楽なのかなーと思ったら、妙ちきちんなアナログシンセによる効果音に、必殺仕事人の音楽みたいなエレキギター、テープの回転数をいじって作られた、空間系ならぬ”空間歪み系”のエフェクトの数々・・・。

さながらこれは、アマゾン川流域の、すごーい奥地にある幻のリゾートホテル(結局奥地すぎて客がこなくなって倒産した)の廃墟で行われる、原住民と原住民化したヒッピーによる、トロピカル盆踊りといったところでしょうか。

ただ、欧米のサイケはファズギターとオルガンなんかがメインですが、こちらは余りにも多様な音が絶妙に入り乱れている上に、土着の楽器や土着の臭いをふんだんに散りばめた楽曲ゆえに、サイケと意識しなくてもナチュラルにサイケな音楽になっているというところがミソなんです。

最初は「すげぇ、こんな音楽聴いたことねー!」でびっくりしますが、聴いているうちに不思議な中毒性にジワジワやられて「あひゃひゃひゃ〜、これすろくいいよえー」とか言いながら聴いてしまうようになってしまいます。

とりあえず”サイケ”つってもそんなにエグくないし激しくないし、いい感じのカフェでBGMでかかっていても、シャレたDJイベントで流れてても全然おかしくないぐらいクールですが、緩やかに効いてくるほんわかした猛毒が込められている音楽ですので、良い子はぜひ聴きましょう

それにしてもこの辺の南米サイケの音盤って、昔はCD化はもちろんされていなくて、LPはン万円もするオリジナル盤を探し回ってやっと入手できるかできないかだったのに、今はCDで聴けるし、最発盤のアナログ↓も出ております。

時代は変わりましたのぅ。。。









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2017年06月22日

アタウアルパ・ユパンキ 1936-1950

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アタウアルパ・ユパンキ/1936-1950 En Sus Primeros Anos
(Take off)

先週からタンゴについて考えたり感動したりしております。

その絡みで「アルゼンチンの音楽」を集中的に聴く時間を設けておりますが、アルェンチンといえばタンゴともうひとつ、忘れてはならない音楽としてフォルクローレでありますね。

フォルクローレというのは、読んで字の如く、英語の”フォーク(Folk)”と同じで、この言葉は「民謡」を意味しておりまして、ザックリといえばフォルクローレというのはアルゼンチンに限らず、ペルーとかチリとかメキシコとか、中南米の広い範囲で古くから歌われてきた先住民のインディオ達の民謡や、それらを元にした音楽のことでございます。

はい、南米という地域は、元々住んでいた先住民と、途中からスペインやポルトガルから入植してきた白人、そして彼らが奴隷として連れてきたアフリカ系住民。この3つの民族の系統の文化が複雑に入り乱れて、それぞれの民族の文化風習を色濃く残す音楽が次々と生まれてきたという歴史があります。

そういうことを少しでも頭に入れて中南米の音楽を聴けば、たとえばブラジルのボサ・ノヴァやサンバ、キューバ音楽とかも「なるほどそういうことか!」と理解が深まってなかなか楽しめたりしますが、今日はとりあえず南米を代表する民族音楽のフォルクローレですね、そちらをご紹介しましょう。

アルゼンチンには、タンゴの神様としてカルロス・ガルデル、その革命家としてアストル・ピアソラという世界的な巨人がおりますが、実はフォルクローレの神様と呼ばれる人も出ておりまして、その人がアタウアルパ・ユパンキという人です。

深みのある優しい声で、アンデスの大自然、人々の暮らし、それにまつわる悲喜こもごもを、何とも切なく時に軽妙な語り口のギターを爪弾きながら唄うその表現は、何と言うか”うたの根源”を、自然と心に印象付ける、詩的な叙情に溢れたものであります。

「フォルクローレ」といえば小学校の頃学校で習った「コンドルは飛んでゆく」あのどこか遠くへ連れ去られそうな切ないメロディーをアタシは覚えてて、で、大人になって上京してからは、インディオの民族衣装を着て木製の笛や太鼓などを4,5人で演奏するストリート・ミュージシャンの人らがよく駅前にいたりして「あぁ、こんな感じなんだろうな」と、何となくしか意識していなかったのではありますが、ある日アルゼンチン出身のジャズマン、ガトー・バルビエリが「トゥクマンの月」という、何とも切ない曲をエモーショナルにサックスで吹いてカヴァーしているのを聴いて、胸を打ち抜かれたんですね。

「この切ないメロディーは一体何だ!?」

と。

すっかりこの曲に心を鷲づかみにされて、これはてっきりガトーのオリジナル曲だろうと思っていたら、いや、これはユパンキという人の曲なんだと知って、あちこち探すまでもなくその曲が入ってるベスト・アルバムを買ったら、ガトーの激しく切ないジャズ・ヴァージョンと違って、歌とギターで優しく語りかけながら物語を紡いでゆくようなユパンキのヴァージョンに、全く別種の衝撃を受けたわけです。

元々先住民の家(母親はスペインのバスク系移民)で育ちながら、古い民謡を弾き語ることが好きだったユパンキは、アルゼンチン全土を放浪しながら唄い歩くことを若い頃に思い立ち、その放浪の旅の中でインディオのリアルな生活、その中に息付く古謡の数々をレパートリーとして体に染み込ませていった彼の歌とギターには、ブルースマン達のブルース・フィーリングに近い独特の奥深さが乗っていて、その優しく哀しげな声や音の精妙な”震え”が、インパクトをすり抜けて人の心の根っこの部分にそっと触れる度に、アタシは今でも切ないような懐かしいような、そんな特別な感情で穏やかに満たされた気持ちになります。



【収録曲】
1.インディオの道
2.マングルジャンド
3.夜が明けそめる
4.風よ、風よ
5.石と道
6.オニナベナの花
7.さすらい人
8.牛追い
9.広野
10.わたしは鉱夫
11.年経たサンバ
12.ポルテスエロの想いで
13.貧しいサンバ
14.パンピーノの歌
15.ビダーラ
16.インディオの牧歌
17.バグアーラ
18.マランボ
19.おやすみネグリート
20.熟れたトウモロコシの踊り(ウアフラ)


さて、フォルクローレの神様としては実は日本でも熱狂的な人気があったユパンキ、国内盤のベストも色々出てますが、今回のオススメは、素直にアタシが実際聴いて「これは本当に素晴らしい!!」と感動しまくった、初期音源集です。

1936年に28歳でデビューしたユパンキの、声とギターによる純粋な弾き語りを中心とした、フォルクローレの”うた”の部分の真髄がギュッと詰まった一枚です。

アンデスの人や風景、月の光、太陽の陽射し、冬の厳しさ、春の穏やかさ、果てしない山道をひたすら歩く馬車、牧場に木霊する牛追いの歌・・・そんな大自然と一体化した生活のあれこれが詩的に、もちろんスペイン語が分からなくても声と音を聴けば脳裏に広がる。美しい、本当に美しい。

ユパンキのフォルクローレは本当に、人間の根本にある大事な何かを思い出させてくれる音楽であります。



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2016年07月05日

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

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V.A/Buena Vista Social Club
(Nonesuch)


焼けるようなカンカンな日差しの中、車をかっ飛ばしながら聴くとすこぶる気分がアガるのが灼熱のラテン・ミュージック。

特にキューバはよろしいですね〜♪ メロディー自体はマイナースケールで、どちらかというと哀愁漂う感じなのに、コンガやボンゴ、その他諸々のパーカッション打ち出すコテコテの横ノリグルーヴが、何だか底抜けに陽気で、しみったれたことを考える余地をイイ具合に与えません。

特に「くー、たまらんなぁこれ」 「カッコイイべ、もうゴッキゲン♪」と、アタシのやや夏バテ気味の気持ちを元気にして余りあるのが、これはもう”キューバ音楽の代表的名盤中の名盤”「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」です。

1997年にリリースされたこのアルバムは、当時ワールド・ミュージックとしては異例の大ヒットとなりました。

メジャー・レーベルであるノンサッチがワーナーと組んでリリースして、それなりに宣伝もしたというのもありますし、世界中のルーツ音楽を心から愛する男、いや”漢”であるライ・クーダー師匠がプロデュースしてるというロック・サイドに対するデカいアプローチもあったでしょうが、それ以上に、このアルバムに参加しているキューバの大ベテラン・ミュージシャン達が、本気の色気をむせんばかりに放出したそのセクシーな音楽のカッコ良さが、当時世界中の”ホンモノ”を求める人達の心と激しく感応し、

「ライ・クーダーが参加してるキューバのアレ、いいよね」

「おぉ、俺もすげーなって思った。ラテンやばいね!」

と口コミが口コミを呼ぶ形で、日本でも気合いの入った音楽好きの心に届いたんだと思います。





【収録曲(メイン・ミュージシャン)】
1.Chan Chan(エリアデス・オチョア)
2.De Camino a La Vereda(イブライム・フェレール)
3.El Cuarto De Tula(ライ・クーダー)
4.Pueblo Nuevo(ルーベン・ゴンザレス)
5.Dos Gardenias(イブライム・フェレール)
6.¿Y Tú Qué Has Hecho?(コンパイ・セグンド)
7.Veinte Anos(オマーラ・ポルトゥオンド)
8.El Carretero(エリアデス・オチョア)
9.Candela(イブライム・フェレール)
10.Amor De Loca Juventud(コンパイ・セグンド)
11.Orgullecida(コンパイ・セグンド)
12.Murmullo(イブライム・フェレール)
13.Buena Vista Social Club(ライ・クーダー)
14.La Bayamesa(マニュエル・リセア)

ここでその素晴らしい声や楽器演奏を披露してくれているキューバのミュージシャン達は、この時点で既に80歳越えの、スーパーじいちゃん達なんです(紅一点のオマーラ・ポルトゥオンドですら67歳!)。

で、彼らはキューバの首都ハバナにある会員制クラブ「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の常連ミュージシャンで、すなわち「現役バリバリのライヴ・アーティスト」なんですが、このブエナ・ビスタというクラブがまたいいんですよ。

”会員制クラブ”って言うと、何だか金持ちのセレブ限定みたいなイメージがあるんですが、ブエナ・ビスタの入会条件は

「礼儀正しいこと」

「道徳心において優れていること」

の2点のみ。

南国キューバらしいこのおおらかさ(!)

実際にブエナ・ビスタの会員の人たちは、別に金持ちでもない、どっちかというと貧しい人も多く、でも、週末になると彼らの音楽を聴いて楽しく踊るためにとびっきりのオシャレをしてウキウキで集まるんだそうです。

その様子は、2000年に公開されてアカデミー賞にもノミネートした映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で素晴らしく描かれてますが、70、80のじーちゃん達がスーツにハットでキメて、葉巻吹かして笑顔で踊ってて、で、やっぱり”モテること”とか考えてるんですよ。

もーカッコイイ!これぞブルースです、うんうん。

このアルバムはもちろんスタジオ録音なんですが、どこまでもおおらかにそして窮屈さを一切感じさせないゴキゲンな演奏が、何というかとてつもなくライヴ感を醸し出しております。

いやしかし、どの人のプレイも色気色気、色気ありますな〜♪ 

こういうジジイに早くなりたい!




(最近の”ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”のアツい雰囲気♪)



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2016年06月17日

ノエル・ローザ ヴィラの詩人

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ノエル・ローザ/ヴィラの詩人
(ライス・レコード)

ショーロの巨人、ピシンギーニャを紹介したら、やっぱりこの人を紹介しないわけにはいかんでしょう。

黎明期サンバの大物にして、ブラジル音楽におけるシンガーソングライターの先駆け、ノエル・ローザ(正確には”ノエル・ホーザ”ですが、ここではCDの表記に従います)。

1910年生まれ、20代にして既に200曲以上のレパートリーを持ち、戦前のブラジル大衆音楽は、正に彼の色に染められておったと言っていいでしょう。

1937年に、病のために26歳の短い生涯を閉じた彼でありますが、その楽曲は若き日のジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンといった後にボサ・ノヴァを生み出すことになるアーティスト達に多大な影響を与えました。

ブラジル音楽の第一線を生きてきたアーティスト達は口々に言います。

「ノエール・ローザがいなくても、サンバはサンバとして歌われていただろうが、それは恐らく今のサンバよりももっと陳腐で薄っぺらいものになっていたであろう」

と。

サンバは元々ブラジルにやってきたアフリカ系移民の音楽をルーツに持つ音楽でした。

今、ほとんどの人が”サンバ”といえば思い浮かぶ、あのリオのカーニヴァルのサンバのように、その構造は実にシンプルで力強いリズムと、覚えやすい(つまり歌にするとメイン・ヴォーカルに対してコーラスを付けやすい)メロディが主軸でした。

サンバの歴史は古く、17世紀にはその大まかなスタイルが固まっていたとも言います。

やがて18世紀、19世紀になってきて、サンバという音楽が元々の土着の「手を叩き、足を踏み鳴らし」というスタイルを軸に、メロディのある歌が付き、それを伴奏する楽器(主にギターなどの弦楽器)を従えるようになると、これが街で独自の進化を遂げていわゆる流行歌みたいになります。

20世紀になると、逞しくもどこか哀切を漂わすサンバの調べは、アフリカ系の人々のみならず、ポルトガル系の白人達をも魅了するようになります。

そんなこんなで1920年代、南米はまだまだ差別などがあったものの、奴隷解放後のアフリカ系/ヨーロッパ系の人々は、世界的な大恐慌の嵐が吹き荒れる中、貧困の中で互いに接近し、労働の場や酒場などで比較的すんなり苦楽を共にするようになります。

ノエル・ローザは、そんな世相の中、膨大な自作曲とどこかアンニュイで物憂げな声をひっさげて、街の酒場で唄うようになります。

「白人初のサンビスタ(サンバを唄う人)」

として、彼はたちまち有名になりましたが、そんなことよりも何よりも、彼のポップで覚えやすい楽曲を作る才能、恋や日常の他愛のないことをつぶやくように唄いつつも、その歌詞の根底には人間が抱える悲喜こもごもの真に迫る哲学のような概念、そしてさり気なく鋭い社会批評も短い歌詞の中にまとめ上げる詩人としての才能、さほど力強く訴えている訳でもないのに、一度耳にしたら不思議とずっと離れない天性の声の魅力と、才能を3拍子も4拍子も揃えたその圧倒的な存在感に、全ブラジルの全ての人種の老若男女があっという間に熱狂しました。




【収録曲】
1.天国のフェスタ
2.何を着てゆくの?
3.臆病なマランドロ
4.愛すべきドモリ
5.拝啓
6.遊び好きなムラータ
7.時間のせいで
8.けっしてそうじゃない
9.女の嘘
10.ぼくたちの物
11.不快な女
12.誰がもっと払う?
13.心臓
14.踊らない人は
15.ジャシントさん
16.言い回しを思いついた
17.正直さはどこに?
18.夜明けを眺めて
19.実証主義
20.居酒屋の会話
21.ジョアン・ニンゲーン
22.十万レイス
23.スカートの飾り
24.さんざん試したよ
25.行きたければ行きなよ
26.笑顔が最高



ちょっと上の楽曲を聴いていただければ分かると思うんですが、彼の作風は非常に軽やかで洗練があり、実にブラジルらしい(このスタイルが後のボサ・ノヴァになってゆくことが容易に想像できる)のですが、アレンジは当時最先端だったジャズのエッセンスをふんだんに取り込み、一枚も二枚も上の”上質”を感じさせます。

日本の良心レーベル「ライス・レコード」からリリースされたこのベスト・アルバムは、後に色んな人がカヴァーすることになる楽曲を中心に、じっくり聴けばどこまでもその深みにハマること請け合いのオススメの一枚です。

「ボサ・ノヴァは知ってるけどブラジル音楽にはそんなに興味ない」という人にこそ、コレと先日ご紹介したピシンギーニャのアルバムは聴いていただきたいです。世界が豊かに広がりますよ〜♪





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2016年06月12日

ピシンギーニャ ブラジル音楽の父

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ピシンギーニャ/ブラジル音楽の父
(ライス・レコード)

今日ご紹介するのは、ブラジル音楽の、これはもう源流におる巨人と言っていいでしょう。”ショーロの神様”ピシンギーニャのアルバム「ブラジル音楽の父」でございます。

はい、タイトルの通りピシンギーニャという人は、今現在のボサ・ノヴァやサンバを辿ってゆきますと必ずその名前に突き当たる人であり、戦前に現在にまで通じるブラジルポピュラー音楽の基礎を作った人であり、作曲家/アレンジャーとしてもフルートとサックスの演奏家としても大きな足跡を残した人でありまして、最近になってまたブラジル音楽界隈では「ピシンギーニャの曲を演奏すること」が、とてもオシャレでカッコイイという風な素晴らしい盛り上がり方をしているんです。

さて、ブラジル音楽の源流には「ショーロ」という音楽があります。

これはポルトガル語で「泣く」という意味を持つ言葉なのですが、文字通り旋律の中にたっぷりの哀愁を滲ませている音楽で、これは主にポルトガルから移民してきたヨーロッパ系の人達が好んで演奏していたものが、大体19世紀頃にそう呼ばれるようになったといわれております。

編成の基本はフルートとギター、そしてカバキーニョと呼ばれるウクレレと似た弦楽器なんですが、楽曲のバリエーションがどんどん増えるに従って、ピアノやサックス、アコーディオンなど、一般的に知られる楽器もどんどん加わり、また、楽曲もノリが良いものやコミカルなものなども増え、ブラジルではほとんど同時代のジャズと同じように、大衆に愛される音楽となっていきました。

ちなみに、ショーロは即興演奏というものを非常に大切にする音楽で、演奏の中にアドリブを使ったということにおいては、実はジャズよりも先であります。

ピシンギーニャは、丁度そんなショーロがラジオやレコードといった新しいメディアに乗って更に多くの人々の耳に届くようになった時代、具体的に言えば1920年代から30年代に大活躍した人であります。

10代の頃既に優れたサックス/フルート奏者として(演奏力だけでなく、そのメロディアスな即興演奏のセンスが何よりズバ抜けていた)ショーロの世界に新風を吹き込んでいたピシンギーニャは、バンド・リーダーとなってからは、より高度なオーケストラ・アレンジで楽器同士を豊かに響き合わせ、更に楽曲の奥深さをより聴く人にダイレクトに伝えるオーケストレーションを大成させました。




【収録曲】
1.焼肉
2.バラ
3.オス・オイト・バトゥータス
4.ウルブー・マランドロ
5.辛抱しなよ、フルジェンシオさん
6.彼をつかまえろ
7.人生とは穴ぼこのようなもの
8.ウルブーと荒馬
9.ラメント
10.絶望
11.カヴィオーン・カルスード
12.起きなさい、あなた
13.ご主人様は猫を捕まえる
14.アー・ウー・ラオー
15.黒人の会話
16.覚えているよ
17.俺は戻ってくる
18.フレーヴォを語るルジア
19.街のスルルー
20.カリニョーゾ
21.5人の仲間たち
22.手をつかんで
23.ヤオー
24.ウルブー・マランドロ


さて、この「ブラジル音楽の父」は、そんなピシンギーニャの全盛期、1930年代に録音された、どれも小粋で切なさたっぷりのインスト楽曲ばかり24曲も入った、彼の音楽やショーロという音楽を聴くにはこれ以上、これ以外のものは考えられないベストです。

アタシの場合は何事も「良いと思ったらそのルーツの方をとことん聴いてみないと気がすまない」という性質からショーロ、そしてピシンギーニャに辿り着いた訳なんですけれども、コレを聴いてボサ・ノヴァやブラジリアン・ポップスを聴く楽しみがグッと拡がったし、何よりも戦前の古い音質が、心の中をゆらゆらしている郷愁の部分にキューンときて、時間も日常の忙しないあれこれも素敵に忘れさせてくれるんですよねぇ。






(「ラメント」滑らかなサックスの旋律が本当に美しい)



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2016年04月21日

アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ” われらの時代

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アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ”/われらの時代
(CBS/ソニー・ミュージック)

はい、うららかな春のこの佳き日に、アタシはすっかり「アルゼンチン・タンゴしか聴きけない病」にかかってしまったようでございます。

で、ピアソラです。

前回の「タンゴ・コンポラネオ」の記事中で、アタシは確か、ピアソラはメジャーのCBSに何枚かアルバムを残しているよ、と書きましたが、本日はその肝心要の記念すべき第一弾となったアルバムをご紹介いたしましょうね。

その前に、アタシがここで勝手に「ピアソラ、ピアソラ」とはしゃいでムハーッとなってることに、多くの読者の皆さんは「?」だと思いますので、アストル・ピアソラが「新しいタンゴ(タンゴ・ヌエボ)を生み出す前」の経歴についてちょこっと解説して、皆さんに「へー、ピアソラってそんな人だったんだねー」と、少しばかり知っていただきたいと思います。

アストル・ピアソラは1921年、アルゼンチンの港湾都市マル・デル・プラタにて、イタリア系移民の三世として生まれます。

ちなみに同年生まれのミュージシャンといえば、ローウェル・フルスン御大、並木路子、チコ・ハミルトン、ジョニー・オーティスなどがおります。この中にジャズマンでありながらピアソラと同じように、クラシックからの深い影響を音楽のエッセンスとして取り入れたチコ・ハミルトンがいることに、何かしら奇縁みたいなものを感じますね。

アルゼンチンの国民音楽タンゴの大家であるピアソラなので、幼い頃よりドップリとタンゴ漬けだったのかと思いきや実はそうではなく、4歳の頃からニューヨークに移住して、そこで10代の頃まではジャズに夢中になっておったようです。

この、ピアソラのニューヨークでの原体験こそが、様々な音楽とタンゴを客観的に、或いは純粋に音楽的に比較対象して、独自のものを創造するピアソラの姿勢を育みました。

「芸術表現を味わうためには、それが古いものでも現代的なものでも、必要なのは感受性だけだ」

と、ピアソラは60年代にインタビューで語っておりますが、この徹底して客観的かつクールな視点に、彼の音楽性や音楽遍歴の全てが凝縮されているように思います。

で、ティーンエイジャーだったピアソラが「タンゴ(つまり母国アルゼンチンの音楽)をやろう!」と思ったきっかけは、16歳(だったはず)の時に再びアルゼンチンに舞い戻り、そこで1930年代末の時点で最高に先鋭的といわれたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聴いたことでありました。

ピアソラが最初に感銘を受けたエルビーノ・バルダーロ楽団の音楽は、自身もヴァイオリン奏者として、それまで「バンドネオンの補佐役」であったヴァイオリンその他の弦楽器を、時にメロディアスなソロでフィーチャーして、時によく練り上げられたアレンジの中で、美しいアンサンブルでも聴かせるといったものであります。

ピアソラはバルダーロに影響を受け、本格的な音楽理論を勉強しながら、自身もバンドネオン奏者として「オーケストラみたいな高濃度で広がりのあるタンゴ、つまりレコードでの鑑賞にも十分に応えられる新しいタンゴを作ってやろう!」との意気込みに燃えておりました。タンゴの新曲やクラシック曲などをガンガン作曲しておりましたが、1940年代の半ば、ちょうど第二次世界大戦が終わった辺りの頃に、タンゴ表現に限界を感じ、1954年には一旦タンゴを捨て、クラシックの作曲家となるためにヨーロッパへと移り住んでおりますが、その時師事した、20世紀を代表する音楽教育の巨匠、ナディア・ブーランジェの許でバッハ、特に平均律クラヴィーアを徹底して仕込まれます。

後のピアソラのスコアにバッハ的な対位法(2音以上の主旋律が互いのメロディとつながりながらひとつのメロディーになっているようなアレ)が出てきて、それがピアソラ聴きにとっては最高のカタルシスのひとつでもあるんですが、それはきっとこの時代に培われたものでありましょう。

ブーランジェ師匠には、自分がタンゴのミュージシャンであることなどを一切隠して真面目にクラシックの音楽生として通していたピアソラではありますが、ある日

「ピアソラ君、ちょっといい・・・?」

「はい先生、何でしょう」

「あなたの音楽性は・・・なんていうかなぁ、とっても独自の、他の人にない情熱があって・・・う〜ん・・・あなたはそれを今必死で隠そうとして、クラシックに没頭しているような気がするんだけど、気のせいかしら?」

「先生、私は今までクラシックしか好んだことがありませんし、これからも情熱は全てクラシックに捧げるつもりでありますが・・・」

「うん、わかる。それはそれで素晴らしいことよ。私はクラシックの教師だし、アナタには今のところクラシックの理論と表現法しか教えられない。でもね、それがもどかしく感じる時がね、ふとあったりするのよ。」

「先生・・・もう隠してもしょうがないから言いますが、実は私はアルゼンチンでタンゴをやっておりました」

「そうでしょう」

「でも・・・タンゴには限界があります。どんなに高度な技法を凝らしてスケールの大きな音楽を生み出そうが、大衆はそれを求めていない。」

「ほんとうにそうかしら?」

「えぇ・・・先生。だから私は失望しました。私の音楽は酒場やクラブハウスで一時の熱情に身も心も捧げる聴衆よりも、ホールできちんと聴く姿勢で聴き、いつまでも心に残してくれる人々に届けたいと。タンゴにはそれが出来ない。どうしても出来ないのですよ・・・」

「話を変えますアストル。バッハやベートーヴェンは、自らの何に従って曲を作り、そして演奏したと思いますか?」

「それは・・・情熱と感性です」

「そうです。ではアストル、あなたの情熱と感性はどこから生まれてきていますか?」

「それは・・・」


と(ぜーんぶ想像ですが)、つまり「自分自身の原点であるタンゴを演奏し、新しい音楽の地平をタンゴで切り開くべき!」と諭され、タンゴの世界へ戻り、長く果てしない戦いに身を投じることを決意するのであります。

そんなこんながありまして、アルゼンチンに戻ってからのピアソラは「世間のことなど知らん!」とばかりに、次々と大胆な試みを行います。

まずは1955年、タンゴのバンドとしては初の”エレキギターの導入”に踏み込みます。

とはいっても当時のエレキギター(フルアコ)はあくまで「生ギターでは出せない音量を稼ぐため」というのと、フルアコ独特の甘い音色でもって、自身のバンドネオンやヴァイオリンなどのメロディ楽器のパートを補うために、ピアソラはエレキギターを弾く演奏家をバンドに雇いました。つまりバンドに対する電気楽器の導入は、ピアソラにしてみればあくまで「常識内」のことであります。

にも関わらず、まだよくエレキギターというものを分からない保守的なファンからは、これはタンゴへの冒涜である!けしからん!と顰蹙を買うばかりではなく、ピアソラ自身脅迫状を送り付けられたり、実際不穏な人物に尾行されるなど、結構ガチでヤバい目に遭ってはいるんですが「タンゴに情熱の全てを捧げる、たとえ全世界を敵に回しても」という意志を持ったピアソラはめげません。

50年代のピアソラは、何枚かアルバムをレコーディングして、それらは賛否両論。でも確実にわずかな「賛」の声がピアソラを支えました。

50年代後半に1年ほどニューヨークへ滞在して、そこでジャズとタンゴを融合させた実験的な音楽を演奏し、ニューヨークで、ピアソラの名声は確実に高まっておりました。

「そうだ、古いタンゴのあり方に固執するアルゼンチンでウケなくても、音楽に対して、いや、新しく、そして鮮烈なものに正直な反応を示すニューヨークの人々が私の音楽を理解してくれている。ならばこのまま自分の信じる表現を究めて、それに対するリアクションを私は世界に求めるべきだ。世界が認めればアルゼンチンのタンゴもきっと変わる」

ピアソラは次々と”賭け”に出ました。

そんなピアソラに目を付け

「面白いじゃないか、それならぜひレコードで思いっきりやってみたらいい」

とオファーしてきたのが、当時の大メジャーレーベル、CBSだったのであります。

で、ようやくアルバムの紹介に移れます(汗)





【収録曲】
1.天使へのイントロダクション
2.天使の死
3.悲しいミロンガ
4.帰りのない旅
5.イマヘネス 676
6.われらの時代
7.バラの河
8.シンプレ
9.すべては過去
10.酔いどれたち
11.フイモス (昔のふたり)

”アストル・ピアソラ”関連記事

はい、1962年に製作された、タイトルもそのものズバリの「われらの時代」は、ピアソラの記念すべきCBS第一作でありまして、同時に「タンゴ・ヌエボ(新しいタンゴ)」あるいは「タンゴ・コンポラネオ(現代タンゴ)」を提唱するピアソラが、全世界へ向けて発信した、真に新しいタンゴの”粋”がギッシリ詰まった超大作であります。

ピアソラのファンにとってはすっかりおなじみの「天使の死」「天使のミロンガ」などの名曲も入っているというのがまず嬉しいのですが、このアルバムは、作品一枚がひとつの組曲のような、壮大なスケールの作品です。

ピアソラの”試み”としては、フーガ(対位法)を演奏の中でふんだんに、何の遠慮もなしに「これでもか!」と取り入れて、ひとつの曲の中で何度も何度も訪れる狂おしきカタルシスに、聴いてるこっちはハマり込んで「くぅぅ・・・!」とならずにはおれません。

メンバーには、この後もピアソラのよき相棒となるアントニオ・アグリ(ヴァイオリン)とオスカル・ロペス・ルイス(エレキギター)そしてBFHJで澄み切った芯のある魅惑のテノールでもうトロットロにしてくれるエクトル・テローサスがピアソラの音世界をガッツリと、本当に彼らひとりひとりがピアソラの分身であるかのように、音の化身となって創造しております。

楽曲のひとつひとつをじっくり解説したいのですが、私はもう何百回も聴いておりながら、この壮絶に美しく、そしてむせるような哀愁と典雅なハーモニーと激情やるかたないリズムが渾然一体となって響きあう音楽の前に、まだうまく言葉が出ないでおります。

とりあえず「ヴォーカル入りのタンゴ」としては、歴史を変えてしまった名演のBだけでも聴いて、そしてピアソラという人の「ドラマ作りの神ぶり」に浸っていただきたいなと。






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2016年04月18日

アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート タンゴ・コンテンポラネオ

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アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート/タンゴ・コンテンポラネオ
(CBS/ソニー・ミュージック)

ロコ高柳(高柳昌行)を、ここ数日ずーっと聴いていたら、良い感じに”タンゴ熱”が上がってきております。

アタシがピアソラを聴く時はアレです。

「とにかくタンゴを、特にピアソラの狂おしさのメーターが最初からぶっちぎりの”スーパー哀愁”を浴びるように聴きたい!」

という、実にキケンなテンションになって、自宅にあるピアソラのCDを片っ端から聴きまくります。

それにも日によって”順番”というのがあるんですな。

テンションが上り詰めている時は、緊張感ほとばしる後期、特に”アメリカン・クラーヴェ”の3部作「タンゴ・ゼロ・アワー」「ラ・カモーラ〜情熱的挑発の孤独」「ラフ・ダンサーズ・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」このへんが最高なんですが、高柳師やカルロス・ガルデルらの古典タンゴを聴いて、ジワジワと気持ちが盛り上がってからピアソラに突入する時は、割とサラッとしたピアソラ。特に1960年代前半にメジャーのCBSにて録音されたアルバム群がとても良いようです。

CBSにはピアソラの”実験精神の発露”といわれる意欲的なアルバムが何枚かありますが、本日ご紹介いたしますのは、その中でとりわけ爽やか(それでも胸締め付ける哀切な感情の含有量は他の音楽の数億倍ではありますが)、都会的な仕上がりを見せた八重奏団による「タンゴ・コンテンポラネオ」でございます。



【収録曲】
1.ロ・ケ・ベンドラ (来るべきもの)
2.ディバガシオン (さまよい)
3.英雄と墓へのイントロダクション
4.ノポセペ (知らないよ)
5.悲しい街
6.天体
7.ある悪漢へのレクイエム
8.ボヘミアンの想い出〜ミロンギータ


ピアソラは「タンゴの革命児」と呼ばれておりますように、その作曲や演奏、楽器編成などにおいて「それまでになかった様々なこと」に、生涯かけて果敢に挑んでおりますが、このアルバムでは、さっきも言ったように「八重奏」という編成でタンゴしております。

普通タンゴといえば、四重奏か五重奏というのが鉄板です。内訳はバンドネオンにヴァイオリン、そしてコントラバスというのが基本でありますが、戦後はこの基本編成にギターとピアノが加わりました。

ピアソラも「バンドネオン+ヴァイオリン+ピアノ+ギター+コントラバス」という編成で多くのアルバムを吹き込んでおりますが、ピアソラには「酒場で躍るための音楽」であったタンゴを、もっとこう芸術的に高い表現の音楽・・・たとえばクラシック、そして彼がリアルタイムでアメリカで体験したジャズなんかみたいにしたい!というもくろみがありました。

ここでみなさんに気をつけて頂きたいのは、ピアソラの「革新」や「前衛」というのは、あくまでタンゴにジャズやクラシックの様式美を取り入れて、タンゴ本来の躍動感はそのままに音楽性を高めようとしたものであって、”音楽”としての枠を乱暴に逸脱するもんじゃあございません。

例えばこのアルバムの八重奏という演奏形態も、バンドネオンやヴァイオリン、コントラバスといった「タンゴの演奏には絶対に必要な楽器」は省いておらず、基本編成にエレキギター(音色からおそらくフルアコ)、フルート、チェロ、パーカッションなどを加え、アレンジをものすごく綿密に施したものであります。

ここでアタシがとても親和性を感じるのは、やっぱりクラシック音楽です。

特にこの盤では素晴らしい活躍をしているホルヘ・バトーネのフルートとピアソラのバンドネオン、そしてアントニオ・アグリのヴァイオリンによる、どこまでも生めかしくて官能的でありながら、荘厳で美しい主旋律の絡みをまずはじっくりと聴いて頂きたいのであります。また、ところどころでヴォーカルや詩の朗読も入っていて、これがまた作品にとっていいアクセントとなり、また、このアルバムならではの独特なストーリー性を高めております。

ライナノーツによりますと、イタリア系移民をルーツに持つピアソラが、イタリアオペラやカンツォーネなどにオマージュを捧げた面も出ている。とのことであります。アタシなんかはシャープなアレンジと上モノのスリリングな美メロのやりとりに、ジャズ的なカタルシスをもう感じまくっておるのですが、もしクラシックに造詣の深い方が聴いたら、また違った方面の楽しみもあろうかと思います。

多分経済的な理由から、たった1枚(本作です)のアルバムしか残さなかったピアソラの新八重奏団ではありますが、この作品で厳しく追究した「リズムの躍動感とメロディの透明感の調和」というものは、この後70年代、80年代、そして90年代と、段々と色濃くなっております。そいでもってすっかりピアソラ中毒のアタシは、年代をさかのぼっては追いかけて、また浴びるように何枚もピアソラを聴きまくってしまうのです。

でもいい、ピアソラの音楽って「あ、ちょっと危ないな・・・」と思いながらも没入して聴くもんですよ♪




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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 19:53| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする