2016年06月17日

ノエル・ローザ ヴィラの詩人

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ノエル・ローザ/ヴィラの詩人
(ライス・レコード)

ショーロの巨人、ピシンギーニャを紹介したら、やっぱりこの人を紹介しないわけにはいかんでしょう。

黎明期サンバの大物にして、ブラジル音楽におけるシンガーソングライターの先駆け、ノエル・ローザ(正確には”ノエル・ホーザ”ですが、ここではCDの表記に従います)。

1910年生まれ、20代にして既に200曲以上のレパートリーを持ち、戦前のブラジル大衆音楽は、正に彼の色に染められておったと言っていいでしょう。

1937年に、病のために26歳の短い生涯を閉じた彼でありますが、その楽曲は若き日のジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンといった後にボサ・ノヴァを生み出すことになるアーティスト達に多大な影響を与えました。

ブラジル音楽の第一線を生きてきたアーティスト達は口々に言います。

「ノエール・ローザがいなくても、サンバはサンバとして歌われていただろうが、それは恐らく今のサンバよりももっと陳腐で薄っぺらいものになっていたであろう」

と。

サンバは元々ブラジルにやってきたアフリカ系移民の音楽をルーツに持つ音楽でした。

今、ほとんどの人が”サンバ”といえば思い浮かぶ、あのリオのカーニヴァルのサンバのように、その構造は実にシンプルで力強いリズムと、覚えやすい(つまり歌にするとメイン・ヴォーカルに対してコーラスを付けやすい)メロディが主軸でした。

サンバの歴史は古く、17世紀にはその大まかなスタイルが固まっていたとも言います。

やがて18世紀、19世紀になってきて、サンバという音楽が元々の土着の「手を叩き、足を踏み鳴らし」というスタイルを軸に、メロディのある歌が付き、それを伴奏する楽器(主にギターなどの弦楽器)を従えるようになると、これが街で独自の進化を遂げていわゆる流行歌みたいになります。

20世紀になると、逞しくもどこか哀切を漂わすサンバの調べは、アフリカ系の人々のみならず、ポルトガル系の白人達をも魅了するようになります。

そんなこんなで1920年代、南米はまだまだ差別などがあったものの、奴隷解放後のアフリカ系/ヨーロッパ系の人々は、世界的な大恐慌の嵐が吹き荒れる中、貧困の中で互いに接近し、労働の場や酒場などで比較的すんなり苦楽を共にするようになります。

ノエル・ローザは、そんな世相の中、膨大な自作曲とどこかアンニュイで物憂げな声をひっさげて、街の酒場で唄うようになります。

「白人初のサンビスタ(サンバを唄う人)」

として、彼はたちまち有名になりましたが、そんなことよりも何よりも、彼のポップで覚えやすい楽曲を作る才能、恋や日常の他愛のないことをつぶやくように唄いつつも、その歌詞の根底には人間が抱える悲喜こもごもの真に迫る哲学のような概念、そしてさり気なく鋭い社会批評も短い歌詞の中にまとめ上げる詩人としての才能、さほど力強く訴えている訳でもないのに、一度耳にしたら不思議とずっと離れない天性の声の魅力と、才能を3拍子も4拍子も揃えたその圧倒的な存在感に、全ブラジルの全ての人種の老若男女があっという間に熱狂しました。




【収録曲】
1.天国のフェスタ
2.何を着てゆくの?
3.臆病なマランドロ
4.愛すべきドモリ
5.拝啓
6.遊び好きなムラータ
7.時間のせいで
8.けっしてそうじゃない
9.女の嘘
10.ぼくたちの物
11.不快な女
12.誰がもっと払う?
13.心臓
14.踊らない人は
15.ジャシントさん
16.言い回しを思いついた
17.正直さはどこに?
18.夜明けを眺めて
19.実証主義
20.居酒屋の会話
21.ジョアン・ニンゲーン
22.十万レイス
23.スカートの飾り
24.さんざん試したよ
25.行きたければ行きなよ
26.笑顔が最高



ちょっと上の楽曲を聴いていただければ分かると思うんですが、彼の作風は非常に軽やかで洗練があり、実にブラジルらしい(このスタイルが後のボサ・ノヴァになってゆくことが容易に想像できる)のですが、アレンジは当時最先端だったジャズのエッセンスをふんだんに取り込み、一枚も二枚も上の”上質”を感じさせます。

日本の良心レーベル「ライス・レコード」からリリースされたこのベスト・アルバムは、後に色んな人がカヴァーすることになる楽曲を中心に、じっくり聴けばどこまでもその深みにハマること請け合いのオススメの一枚です。

「ボサ・ノヴァは知ってるけどブラジル音楽にはそんなに興味ない」という人にこそ、コレと先日ご紹介したピシンギーニャのアルバムは聴いていただきたいです。世界が豊かに広がりますよ〜♪





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2016年06月12日

ピシンギーニャ ブラジル音楽の父

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ピシンギーニャ/ブラジル音楽の父
(ライス・レコード)

今日ご紹介するのは、ブラジル音楽の、これはもう源流におる巨人と言っていいでしょう。”ショーロの神様”ピシンギーニャのアルバム「ブラジル音楽の父」でございます。

はい、タイトルの通りピシンギーニャという人は、今現在のボサ・ノヴァやサンバを辿ってゆきますと必ずその名前に突き当たる人であり、戦前に現在にまで通じるブラジルポピュラー音楽の基礎を作った人であり、作曲家/アレンジャーとしてもフルートとサックスの演奏家としても大きな足跡を残した人でありまして、最近になってまたブラジル音楽界隈では「ピシンギーニャの曲を演奏すること」が、とてもオシャレでカッコイイという風な素晴らしい盛り上がり方をしているんです。

さて、ブラジル音楽の源流には「ショーロ」という音楽があります。

これはポルトガル語で「泣く」という意味を持つ言葉なのですが、文字通り旋律の中にたっぷりの哀愁を滲ませている音楽で、これは主にポルトガルから移民してきたヨーロッパ系の人達が好んで演奏していたものが、大体19世紀頃にそう呼ばれるようになったといわれております。

編成の基本はフルートとギター、そしてカバキーニョと呼ばれるウクレレと似た弦楽器なんですが、楽曲のバリエーションがどんどん増えるに従って、ピアノやサックス、アコーディオンなど、一般的に知られる楽器もどんどん加わり、また、楽曲もノリが良いものやコミカルなものなども増え、ブラジルではほとんど同時代のジャズと同じように、大衆に愛される音楽となっていきました。

ちなみに、ショーロは即興演奏というものを非常に大切にする音楽で、演奏の中にアドリブを使ったということにおいては、実はジャズよりも先であります。

ピシンギーニャは、丁度そんなショーロがラジオやレコードといった新しいメディアに乗って更に多くの人々の耳に届くようになった時代、具体的に言えば1920年代から30年代に大活躍した人であります。

10代の頃既に優れたサックス/フルート奏者として(演奏力だけでなく、そのメロディアスな即興演奏のセンスが何よりズバ抜けていた)ショーロの世界に新風を吹き込んでいたピシンギーニャは、バンド・リーダーとなってからは、より高度なオーケストラ・アレンジで楽器同士を豊かに響き合わせ、更に楽曲の奥深さをより聴く人にダイレクトに伝えるオーケストレーションを大成させました。




【収録曲】
1.焼肉
2.バラ
3.オス・オイト・バトゥータス
4.ウルブー・マランドロ
5.辛抱しなよ、フルジェンシオさん
6.彼をつかまえろ
7.人生とは穴ぼこのようなもの
8.ウルブーと荒馬
9.ラメント
10.絶望
11.カヴィオーン・カルスード
12.起きなさい、あなた
13.ご主人様は猫を捕まえる
14.アー・ウー・ラオー
15.黒人の会話
16.覚えているよ
17.俺は戻ってくる
18.フレーヴォを語るルジア
19.街のスルルー
20.カリニョーゾ
21.5人の仲間たち
22.手をつかんで
23.ヤオー
24.ウルブー・マランドロ


さて、この「ブラジル音楽の父」は、そんなピシンギーニャの全盛期、1930年代に録音された、どれも小粋で切なさたっぷりのインスト楽曲ばかり24曲も入った、彼の音楽やショーロという音楽を聴くにはこれ以上、これ以外のものは考えられないベストです。

アタシの場合は何事も「良いと思ったらそのルーツの方をとことん聴いてみないと気がすまない」という性質からショーロ、そしてピシンギーニャに辿り着いた訳なんですけれども、コレを聴いてボサ・ノヴァやブラジリアン・ポップスを聴く楽しみがグッと拡がったし、何よりも戦前の古い音質が、心の中をゆらゆらしている郷愁の部分にキューンときて、時間も日常の忙しないあれこれも素敵に忘れさせてくれるんですよねぇ。






(「ラメント」滑らかなサックスの旋律が本当に美しい)



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2016年04月21日

アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ” われらの時代

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アストル・ピアソラとキンテート”ヌエボ・タンゴ”/われらの時代
(CBS/ソニー・ミュージック)

はい、うららかな春のこの佳き日に、アタシはすっかり「アルゼンチン・タンゴしか聴きけない病」にかかってしまったようでございます。

で、ピアソラです。

前回の「タンゴ・コンポラネオ」の記事中で、アタシは確か、ピアソラはメジャーのCBSに何枚かアルバムを残しているよ、と書きましたが、本日はその肝心要の記念すべき第一弾となったアルバムをご紹介いたしましょうね。

その前に、アタシがここで勝手に「ピアソラ、ピアソラ」とはしゃいでムハーッとなってることに、多くの読者の皆さんは「?」だと思いますので、アストル・ピアソラが「新しいタンゴ(タンゴ・ヌエボ)を生み出す前」の経歴についてちょこっと解説して、皆さんに「へー、ピアソラってそんな人だったんだねー」と、少しばかり知っていただきたいと思います。

アストル・ピアソラは1921年、アルゼンチンの港湾都市マル・デル・プラタにて、イタリア系移民の三世として生まれます。

ちなみに同年生まれのミュージシャンといえば、ローウェル・フルスン御大、並木路子、チコ・ハミルトン、ジョニー・オーティスなどがおります。この中にジャズマンでありながらピアソラと同じように、クラシックからの深い影響を音楽のエッセンスとして取り入れたチコ・ハミルトンがいることに、何かしら奇縁みたいなものを感じますね。

アルゼンチンの国民音楽タンゴの大家であるピアソラなので、幼い頃よりドップリとタンゴ漬けだったのかと思いきや実はそうではなく、4歳の頃からニューヨークに移住して、そこで10代の頃まではジャズに夢中になっておったようです。

この、ピアソラのニューヨークでの原体験こそが、様々な音楽とタンゴを客観的に、或いは純粋に音楽的に比較対象して、独自のものを創造するピアソラの姿勢を育みました。

「芸術表現を味わうためには、それが古いものでも現代的なものでも、必要なのは感受性だけだ」

と、ピアソラは60年代にインタビューで語っておりますが、この徹底して客観的かつクールな視点に、彼の音楽性や音楽遍歴の全てが凝縮されているように思います。

で、ティーンエイジャーだったピアソラが「タンゴ(つまり母国アルゼンチンの音楽)をやろう!」と思ったきっかけは、16歳(だったはず)の時に再びアルゼンチンに舞い戻り、そこで1930年代末の時点で最高に先鋭的といわれたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聴いたことでありました。

ピアソラが最初に感銘を受けたエルビーノ・バルダーロ楽団の音楽は、自身もヴァイオリン奏者として、それまで「バンドネオンの補佐役」であったヴァイオリンその他の弦楽器を、時にメロディアスなソロでフィーチャーして、時によく練り上げられたアレンジの中で、美しいアンサンブルでも聴かせるといったものであります。

ピアソラはバルダーロに影響を受け、本格的な音楽理論を勉強しながら、自身もバンドネオン奏者として「オーケストラみたいな高濃度で広がりのあるタンゴ、つまりレコードでの鑑賞にも十分に応えられる新しいタンゴを作ってやろう!」との意気込みに燃えておりました。タンゴの新曲やクラシック曲などをガンガン作曲しておりましたが、1940年代の半ば、ちょうど第二次世界大戦が終わった辺りの頃に、タンゴ表現に限界を感じ、1954年には一旦タンゴを捨て、クラシックの作曲家となるためにヨーロッパへと移り住んでおりますが、その時師事した、20世紀を代表する音楽教育の巨匠、ナディア・ブーランジェの許でバッハ、特に平均律クラヴィーアを徹底して仕込まれます。

後のピアソラのスコアにバッハ的な対位法(2音以上の主旋律が互いのメロディとつながりながらひとつのメロディーになっているようなアレ)が出てきて、それがピアソラ聴きにとっては最高のカタルシスのひとつでもあるんですが、それはきっとこの時代に培われたものでありましょう。

ブーランジェ師匠には、自分がタンゴのミュージシャンであることなどを一切隠して真面目にクラシックの音楽生として通していたピアソラではありますが、ある日

「ピアソラ君、ちょっといい・・・?」

「はい先生、何でしょう」

「あなたの音楽性は・・・なんていうかなぁ、とっても独自の、他の人にない情熱があって・・・う〜ん・・・あなたはそれを今必死で隠そうとして、クラシックに没頭しているような気がするんだけど、気のせいかしら?」

「先生、私は今までクラシックしか好んだことがありませんし、これからも情熱は全てクラシックに捧げるつもりでありますが・・・」

「うん、わかる。それはそれで素晴らしいことよ。私はクラシックの教師だし、アナタには今のところクラシックの理論と表現法しか教えられない。でもね、それがもどかしく感じる時がね、ふとあったりするのよ。」

「先生・・・もう隠してもしょうがないから言いますが、実は私はアルゼンチンでタンゴをやっておりました」

「そうでしょう」

「でも・・・タンゴには限界があります。どんなに高度な技法を凝らしてスケールの大きな音楽を生み出そうが、大衆はそれを求めていない。」

「ほんとうにそうかしら?」

「えぇ・・・先生。だから私は失望しました。私の音楽は酒場やクラブハウスで一時の熱情に身も心も捧げる聴衆よりも、ホールできちんと聴く姿勢で聴き、いつまでも心に残してくれる人々に届けたいと。タンゴにはそれが出来ない。どうしても出来ないのですよ・・・」

「話を変えますアストル。バッハやベートーヴェンは、自らの何に従って曲を作り、そして演奏したと思いますか?」

「それは・・・情熱と感性です」

「そうです。ではアストル、あなたの情熱と感性はどこから生まれてきていますか?」

「それは・・・」


と(ぜーんぶ想像ですが)、つまり「自分自身の原点であるタンゴを演奏し、新しい音楽の地平をタンゴで切り開くべき!」と諭され、タンゴの世界へ戻り、長く果てしない戦いに身を投じることを決意するのであります。

そんなこんながありまして、アルゼンチンに戻ってからのピアソラは「世間のことなど知らん!」とばかりに、次々と大胆な試みを行います。

まずは1955年、タンゴのバンドとしては初の”エレキギターの導入”に踏み込みます。

とはいっても当時のエレキギター(フルアコ)はあくまで「生ギターでは出せない音量を稼ぐため」というのと、フルアコ独特の甘い音色でもって、自身のバンドネオンやヴァイオリンなどのメロディ楽器のパートを補うために、ピアソラはエレキギターを弾く演奏家をバンドに雇いました。つまりバンドに対する電気楽器の導入は、ピアソラにしてみればあくまで「常識内」のことであります。

にも関わらず、まだよくエレキギターというものを分からない保守的なファンからは、これはタンゴへの冒涜である!けしからん!と顰蹙を買うばかりではなく、ピアソラ自身脅迫状を送り付けられたり、実際不穏な人物に尾行されるなど、結構ガチでヤバい目に遭ってはいるんですが「タンゴに情熱の全てを捧げる、たとえ全世界を敵に回しても」という意志を持ったピアソラはめげません。

50年代のピアソラは、何枚かアルバムをレコーディングして、それらは賛否両論。でも確実にわずかな「賛」の声がピアソラを支えました。

50年代後半に1年ほどニューヨークへ滞在して、そこでジャズとタンゴを融合させた実験的な音楽を演奏し、ニューヨークで、ピアソラの名声は確実に高まっておりました。

「そうだ、古いタンゴのあり方に固執するアルゼンチンでウケなくても、音楽に対して、いや、新しく、そして鮮烈なものに正直な反応を示すニューヨークの人々が私の音楽を理解してくれている。ならばこのまま自分の信じる表現を究めて、それに対するリアクションを私は世界に求めるべきだ。世界が認めればアルゼンチンのタンゴもきっと変わる」

ピアソラは次々と”賭け”に出ました。

そんなピアソラに目を付け

「面白いじゃないか、それならぜひレコードで思いっきりやってみたらいい」

とオファーしてきたのが、当時の大メジャーレーベル、CBSだったのであります。

で、ようやくアルバムの紹介に移れます(汗)





【収録曲】
1.天使へのイントロダクション
2.天使の死
3.悲しいミロンガ
4.帰りのない旅
5.イマヘネス 676
6.われらの時代
7.バラの河
8.シンプレ
9.すべては過去
10.酔いどれたち
11.フイモス (昔のふたり)

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はい、1962年に製作された、タイトルもそのものズバリの「われらの時代」は、ピアソラの記念すべきCBS第一作でありまして、同時に「タンゴ・ヌエボ(新しいタンゴ)」あるいは「タンゴ・コンポラネオ(現代タンゴ)」を提唱するピアソラが、全世界へ向けて発信した、真に新しいタンゴの”粋”がギッシリ詰まった超大作であります。

ピアソラのファンにとってはすっかりおなじみの「天使の死」「天使のミロンガ」などの名曲も入っているというのがまず嬉しいのですが、このアルバムは、作品一枚がひとつの組曲のような、壮大なスケールの作品です。

ピアソラの”試み”としては、フーガ(対位法)を演奏の中でふんだんに、何の遠慮もなしに「これでもか!」と取り入れて、ひとつの曲の中で何度も何度も訪れる狂おしきカタルシスに、聴いてるこっちはハマり込んで「くぅぅ・・・!」とならずにはおれません。

メンバーには、この後もピアソラのよき相棒となるアントニオ・アグリ(ヴァイオリン)とオスカル・ロペス・ルイス(エレキギター)そしてBFHJで澄み切った芯のある魅惑のテノールでもうトロットロにしてくれるエクトル・テローサスがピアソラの音世界をガッツリと、本当に彼らひとりひとりがピアソラの分身であるかのように、音の化身となって創造しております。

楽曲のひとつひとつをじっくり解説したいのですが、私はもう何百回も聴いておりながら、この壮絶に美しく、そしてむせるような哀愁と典雅なハーモニーと激情やるかたないリズムが渾然一体となって響きあう音楽の前に、まだうまく言葉が出ないでおります。

とりあえず「ヴォーカル入りのタンゴ」としては、歴史を変えてしまった名演のBだけでも聴いて、そしてピアソラという人の「ドラマ作りの神ぶり」に浸っていただきたいなと。






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2016年04月18日

アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート タンゴ・コンテンポラネオ

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アストル・ピアソラとヌエボ・オクテート/タンゴ・コンテンポラネオ
(CBS/ソニー・ミュージック)

ロコ高柳(高柳昌行)を、ここ数日ずーっと聴いていたら、良い感じに”タンゴ熱”が上がってきております。

アタシがピアソラを聴く時はアレです。

「とにかくタンゴを、特にピアソラの狂おしさのメーターが最初からぶっちぎりの”スーパー哀愁”を浴びるように聴きたい!」

という、実にキケンなテンションになって、自宅にあるピアソラのCDを片っ端から聴きまくります。

それにも日によって”順番”というのがあるんですな。

テンションが上り詰めている時は、緊張感ほとばしる後期、特に”アメリカン・クラーヴェ”の3部作「タンゴ・ゼロ・アワー」「ラ・カモーラ〜情熱的挑発の孤独」「ラフ・ダンサーズ・アンド・ザ・シクリカル・ナイト」このへんが最高なんですが、高柳師やカルロス・ガルデルらの古典タンゴを聴いて、ジワジワと気持ちが盛り上がってからピアソラに突入する時は、割とサラッとしたピアソラ。特に1960年代前半にメジャーのCBSにて録音されたアルバム群がとても良いようです。

CBSにはピアソラの”実験精神の発露”といわれる意欲的なアルバムが何枚かありますが、本日ご紹介いたしますのは、その中でとりわけ爽やか(それでも胸締め付ける哀切な感情の含有量は他の音楽の数億倍ではありますが)、都会的な仕上がりを見せた八重奏団による「タンゴ・コンテンポラネオ」でございます。



【収録曲】
1.ロ・ケ・ベンドラ (来るべきもの)
2.ディバガシオン (さまよい)
3.英雄と墓へのイントロダクション
4.ノポセペ (知らないよ)
5.悲しい街
6.天体
7.ある悪漢へのレクイエム
8.ボヘミアンの想い出〜ミロンギータ


ピアソラは「タンゴの革命児」と呼ばれておりますように、その作曲や演奏、楽器編成などにおいて「それまでになかった様々なこと」に、生涯かけて果敢に挑んでおりますが、このアルバムでは、さっきも言ったように「八重奏」という編成でタンゴしております。

普通タンゴといえば、四重奏か五重奏というのが鉄板です。内訳はバンドネオンにヴァイオリン、そしてコントラバスというのが基本でありますが、戦後はこの基本編成にギターとピアノが加わりました。

ピアソラも「バンドネオン+ヴァイオリン+ピアノ+ギター+コントラバス」という編成で多くのアルバムを吹き込んでおりますが、ピアソラには「酒場で躍るための音楽」であったタンゴを、もっとこう芸術的に高い表現の音楽・・・たとえばクラシック、そして彼がリアルタイムでアメリカで体験したジャズなんかみたいにしたい!というもくろみがありました。

ここでみなさんに気をつけて頂きたいのは、ピアソラの「革新」や「前衛」というのは、あくまでタンゴにジャズやクラシックの様式美を取り入れて、タンゴ本来の躍動感はそのままに音楽性を高めようとしたものであって、”音楽”としての枠を乱暴に逸脱するもんじゃあございません。

例えばこのアルバムの八重奏という演奏形態も、バンドネオンやヴァイオリン、コントラバスといった「タンゴの演奏には絶対に必要な楽器」は省いておらず、基本編成にエレキギター(音色からおそらくフルアコ)、フルート、チェロ、パーカッションなどを加え、アレンジをものすごく綿密に施したものであります。

ここでアタシがとても親和性を感じるのは、やっぱりクラシック音楽です。

特にこの盤では素晴らしい活躍をしているホルヘ・バトーネのフルートとピアソラのバンドネオン、そしてアントニオ・アグリのヴァイオリンによる、どこまでも生めかしくて官能的でありながら、荘厳で美しい主旋律の絡みをまずはじっくりと聴いて頂きたいのであります。また、ところどころでヴォーカルや詩の朗読も入っていて、これがまた作品にとっていいアクセントとなり、また、このアルバムならではの独特なストーリー性を高めております。

ライナノーツによりますと、イタリア系移民をルーツに持つピアソラが、イタリアオペラやカンツォーネなどにオマージュを捧げた面も出ている。とのことであります。アタシなんかはシャープなアレンジと上モノのスリリングな美メロのやりとりに、ジャズ的なカタルシスをもう感じまくっておるのですが、もしクラシックに造詣の深い方が聴いたら、また違った方面の楽しみもあろうかと思います。

多分経済的な理由から、たった1枚(本作です)のアルバムしか残さなかったピアソラの新八重奏団ではありますが、この作品で厳しく追究した「リズムの躍動感とメロディの透明感の調和」というものは、この後70年代、80年代、そして90年代と、段々と色濃くなっております。そいでもってすっかりピアソラ中毒のアタシは、年代をさかのぼっては追いかけて、また浴びるように何枚もピアソラを聴きまくってしまうのです。

でもいい、ピアソラの音楽って「あ、ちょっと危ないな・・・」と思いながらも没入して聴くもんですよ♪




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2016年04月15日

ロコ高柳とロスポブレス エル・プルソ

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ロコ高柳とロスポブレス/エル・プルソ
(JINYA DISC)

高柳昌行といえば、戦後日本のジャズ黎明期から活躍し、60年代から70年代の過渡期に即興演奏の可能性を厳しく追究すべく、フリー・インプロヴィゼーションの世界へと飛び込み、晩年には一人で多数のギターを駆使した”アクション・ダイレクト”によって、我が国におけるフリー・ジャズやノイズ・・ミュージックの第一人者として、または彼を尊敬して止まないサーストン・ムーア(ソニック・ユース)、ジム・オルークといった海外のアーティスト達からのアツい再評価によって、先鋭ロックを好む若いリスナーにも知られておるところであります。

長いキャリアの中で、例えば阿部薫との壮絶な一騎打ち盤である「解体的交感」や「集団投射」「暫時投射」、はたまたグループで緊張感溢れるスリリングな演奏を記録した「フリー・フォーム組曲」「ラ・グリマ〜涙」(三里塚幻夜祭での素晴らしいライヴ)「ライヴ・アット・メールス」とか、アクション・ダイレクトの「カダフィのテーマ」とか、理屈じゃなくて感覚そのものを壮大に刺激して、意識をかっさらうような名盤はたくさんあります(いわゆるフリー・フォームのね)。


はい、はい。アタシもいいかげんミーハーなもんで、高柳師に興味持ったのはサーストン・ムーアの発言がきっかけだったと思うんですが、丁度タイミングよくフリー・ジャズ”から”ジャズまっしぐらになって、んで、モダンでもスウィングでも何でも聴いてやろうと思った時にですね、高柳昌行という人の本当の凄さを、いわゆる”フリーじゃない方の演奏”で思い知って

「これはトンデモナい人だ」

と衝撃を受けて、んで、好きになると本でも雑誌の記事でも何でもかき集めて、インタビューだとか音楽に対する姿勢とかそういうものを知りたくなるでしょう。

スウィングジャーナルとかのバックナンバーとかを、もう読み漁って高柳昌行の発言も、それこそ夢中で読んでたんですが、まーこの人の発言がことごとく「パンク」でした。

今、絶版になってないかな?このブログの読者の皆さんには、彼の発言やレビューをまとめた「汎音楽論集」という痛快な本がどこかで売ってると思いますので、これはぜひ読んでください。ぶっちゃけ高柳昌行知らん人が読んでも全然楽しめる内容であります。


(いちおアマゾンのリンク貼っておきますね)

高柳師の基本姿勢は「メッタ斬り」です。

生ぬるい批評、シャバダバな評論家、妥協したミュージシャンなど、とにかくロックオンしては容赦なく紙面で粉砕しているんですが、読んでいて全然不快じゃない。いちゃもんでも屁理屈でもないし、どの発言にもキッチリと筋が通ってるんです。

ほうほうと思いましたね。

というのも、アタシは最初で高柳昌行という人の音楽を知ってから文章を読んでるんです。

だから、彼の音楽というものが、自分自身を演奏家としても表現者としてもとことん追い詰めて追い込んだ末に出来上がってゆく類のものであることを、まぁその、アタマ悪いながらも何となく感じられたし、何より他を厳しく批評するにしても、その発言の倍ぐらい、この人の厳しい思想の槍というのは自分に向けている訳です。

フリー・フォームにしてもただデタラメのイッちゃってるテンションでやるんでなしに、キチンとした理論的なものを踏まえた上で「ここでこう外す、それはどういうことか?」ということを、激烈な演奏の渦中にあればあるほど、この人は冷静に、そしてとても厳しく精査しながら音を繰り出している訳なんです。

そんな高柳師が、フリー・フォーム、クール・ジャズ(レニー・トリスターノ楽派)と共にライフワークとして心血を注いでいたのがアルゼンチン・タンゴでありました。

今でこそ、タンゴといえばある種のトレンドで、クラシックやジャズの人たちがピアソラの「リベルタンゴ」なんかを。オシャレでカッコいいアレンジで聴かせてくれたりするんですが、それらは(たとえどんなにクオリティが高くても)あくまで”余技”であります。演奏内容が凄ければ凄いほど、どうしても”その演奏家のもの”として聴いてしまう。

それにはタンゴという音楽の難しさというのがあると思うんです。

それは、タンゴをタンゴたらしめているあの強烈なリズムにあります。

以前ギタリストの笹子重治さんという人が奄美を訪れてライヴした時、一瞬お話をする機会があって、タンゴの話になったんですが、その笹子さんが言うには

「いや。タンゴだけはどうしても難しい。アレは一旦出来上がったものを全部グシャってしてリズムとメロディを完璧に再構築しなきゃいけない。それも一曲の中でやらないといけないから、他の音楽とは勝手が違うんです」

と。

えぇえ!?笹子重治さんといえば、ブラジル音楽を極めて、我が国では中南米ギターの神様みたいな人なのに!と衝撃ではありましたが、なるほどタンゴを聴けば聴くほど、そしてタンゴという音楽を知れば知るほど、その言は重みを増して響いてきます。

もし、ミュージシャンが”タンゴ風”じゃないモノホンのタンゴを演奏したいと思うなら、それまで培ってきた演奏ノウハウや理論的なことを一旦全部クリアにして、リズムを血肉としなければ演奏出来ないでしょう。

おっと、話が大分横道に逸れましたが、高柳師は「本気」です。

タンゴとくれば大量のレコードを集めて聴き込み、楽譜も可能な限り取り寄せて多方面から解析しつつ、ギターでもってとことん弾き込む。特にジャズとは全く違うアクセントの箇所は何度も何度もプレイを繰り返して、文字通り”血肉化”しています。

と、アタシが断言出来るのも”ジャズ・ギタリスト高柳昌行”ではない、完璧にタンゴのギタリスト/マエストロとしての”ロコ高柳”で、素晴らしくホンモノなアルバムをちゃんと出しているからなんです。






【ロコ高柳とロスポブレス】
高柳昌行(g)
藤敏夫(g)
池田正治郎(7string-g)
松岡昭(g)
丹羽英俊(g)
坂本堪亮(g)
宮崎伸一(g)
井野信義(Contrabass)

【収録曲】
1.LEGUISAMO SOLO
2.MURMULLOS-tango
3.SILENCIO
4.MILONGA DEL 900
5.ATANICHE
6.AY,AURORA
7.INTIMAS
8.MI BUENOS AIRES QUERIDO
9.DOS AMIGOS
10.MARGARITAS
11.VOLVER
12.SOL TROPICAL
13.AMEMONOS
14.AUSENCIA
15.CAPRICHOSA
16.MEDALLITA DE LA SUERTE
17.EL TANGO ES AZUL


「ギター7人にコントラバス」という編成がまず本気なら、選曲も本気です。

採り上げられている曲はいずれも、我が国ではよほどじゃないと知らないであろうタンゴの古典的名曲ばかり。たとえばカルロス・ガルデルのBCG、ピアソラのHぐらいはかろうじて分かる。

しかしエルネスト・ポンシオが1900年頃(!)に作曲したDとか、もう本当にアルバム一枚が、そのまま古典タンゴの名演集であり、当然「ジャズ」な感じは一切ありません。ガットギターの音色から(ピアソラのHだけあえてエレキ)、ちょっとしたフレーズの隅々に至るまで、どこをどう聴いても完全に血肉化された、熱情と狂おしさと、切なさに溢れたホンモノのアルゼンチン・タンゴの空気が恐ろしいほどにみなぎっておるのです。

恐らくは今の日本、いや、本場アルゼンチンでも、これほどまでに伝統的なタンゴをガッツリやっているアルバムはないんじゃなかろうかと思います。

「ちょっと本気でタンゴ聴いてみたい」

という人には、アストル・ピアソラの代表的なアルバムと一緒に聴いていただきたい。少なくともピアソラと並べてもタンゴ・ミュージシャンとしての高柳は全然劣らないと思います。


最後に、このアルバムの演奏は、渋谷ジァンジァンと新宿ピット・インでのライヴ録音です。

凄まじい緊張感と音の鮮明さ&迫力に「これはきっとスタジオで相当に根を詰めて録音されたアルバムに違いない」と思っていたら曲の後に観客の拍手が・・・。いや、こんな完璧で精密な演奏でライヴって・・・。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/

posted by サウンズパル at 20:38| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする