ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年05月12日

シュギー・オーティス フリーダム・フライト

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シュギー・オーティス/フリーダム・フライト
(ソニー・ミュージック)

世の中には「早すぎた人」というのがおります。

才能やセンスに溢れまくっていて、独創性も影響力も十分すぎるほどにあったけれども、何故か主流になれず「その筋の者」への絶大な人気はあれど、広く一般には知れらていない。いや、知られるきっかけは色々あったけれども、本人の意思と時代のいたずらの両方の原因でもって、そこには乗らなかった或いは乗ることができなかった、眠れる偉人のことでございす。

例えば60年代にキャリアをスタートさせ、現在も”伝説のギタリスト”として活動しているシュギー・オーティスという人がいて、コノ人はそれこそ

「ローリング・ストーンズのツアーメンバーとして誘われてたけどそれを蹴った」

とか

「あのアメリカを代表するヒットメイカー、クインシー・ジョーンズがぜひプロデュースをと言ったが”いや、自分でやりますんで”と、これもあっさり蹴った」

とか

そういう伝説にはいとまがありません。

1953年に”R&Bのゴッド・ファーザー”と言われていたジョニー・オーティスの息子として生まれ、早くからギターの天才ぶりを発揮。

その後父の楽団で演奏しながらも、ブルースを出発点に、R&B、ファンク、ロック、ジャズなど、ありとあらゆる音楽を呑み込んだ、自由なプレイスタイルで多くのファンやアーティストを魅了。

また、全ての楽器を自ら演奏し、自宅にあるレコーダーで多重録音でもって作品を作ったりと、今で言う宅録の先駆けみたいなこともやっておりまして、基本的にそういった手法で作られたアルバムは、独特のポップさとブラック・ミュージックの濃さとロウファイなアナログ感がないまぜになった味があるんです。

昭和の時代にB級少年誌に載っていたSFとか近未来モノのような味わい、といえばちょっとは伝わるべか。とにかく、大スターの息子に生まれながら、天才ギタリストとして華やかなキャリアをスタートさせながら、本人はそんなこと知らんよとばかりに、セッションで裏方を喜んでやったり、自宅に篭って黙々と「自分の音楽」を一人で作っていた。そんな人です。

ですが、彼のプレイや、その宅録やセルフプロデュースという新しい手法にインスピレーションを受けたアーティストはいっぱいおります。

プリンス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのスライ・ストーン、トッド・ラングレン、レニー・クラヴィッツ、ジム・オルークなど、これも枚数にいとまがありません。

で、そんな人でありますから、自然と音楽性は幅広いものとなって、彼の付き合いはブルースやR&Bを越えたものになっていきます。

最初にシュギーに「一緒になんかやろうぜ」と声をかけたのが、1960年代末当時、気鋭のロック・ミュージシャンとして名を売っていたアル・クーパーとフランク・ザッパ(!)

1969年にはアル・クーパーの双頭セッション・アルバム「クパー・セッション」(何とあのマイク・ブルームフィールドとの「フィルモアの奇跡」の翌年の作品!)、そしてフランク・ザッパのサイケな名盤「ホット・ラッツ」に参加して話題になり・・・というより既に「ジョニー・オーティスの息子」ということで話題になってたんでしょうが、コレに目を付けた大手エピック・レコードがソロ契約を結んで、同年「ヒア・カムズ・シュギー・オーティス」でソロ・デビュー。

1作目では洗練されたR&B感覚で得意のブルースを、凄まじいテクニック(もちろん指が動くだけでなく”聴かせるテクニック”のことデス)で披露しました。

そして翌1970年の、ソロとしてはセカンドのアルバムが、本日ご紹介する「フリーダム・フライト」



(ギター・レジェンド・シリーズ)

【収録曲】
1.Ice Cold Daydream
2.Strawberry Letter 23
3.Sweet Thang
4.Me and My Woman
5.Someone's Always Singing
6.Purple
7.Freedom Flight


コレがソウル/ファンク、ジャズ、ブルースが、独自のやや内向的なシュギー独特の感覚で、トロンと溶け合った名盤なんです♪

参加メンツの中心に、当時ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズ、そしてヤードバーズ脱退直後のジェフ・ベック・グループのドラマーを経験し、世界的な評価を高めつつあったエインズレー・ダンバーと、70年代後半からのディスコブーム時大活躍したスーパー・キーボーディスト、ジョージ・デューク(この時はまだ全然無名のジャズ志望の若きピアノ/オルガン奏者)がおるんです。そしてバラード名曲「ストロベリー・レター23」では、御大ジョニー・オーティスも参加して、大いに盛り上げております。

まずはのっけからアレンジのセンスと、乾いたビートにのっかってのゴキゲンなファンク・ナンバー「アイス・コールド・デイドリーム」から、何ともポップでたまらないノリです♪

「ストロベリー・レター23」も、熱唱系ソウル・バラードではなくて、ビートルズ辺りからの影響を強く感じさせるソフトな雰囲気で、続く「スウィート・サング」は、また空気をガラッと変えて、粘るビートにアコースティックなスライドギターがすこぶる渋く、4曲目「ミー・アンド・マイ・ウーマン」は、スモーキーなムードの中、情感豊かなギターがすすり泣く、洗練を極めたアーバン・ブルース。

後半はまったりしたオルガンと、暖かな歌声、そして爽やかなギター・カッティングからのハートウォームなソロが心地良いソウル・バラードの「サムワンズ・オールウェイズ・シンギング」そして7分以上に及ぶ渾身のスロー・ブルース(インスト)の「パープル」から、流れは一気にラスト・ナンバーのタイトル曲「フリーダム・フライト」へ。

アルバムとしては「ブラック・ミュージックと同年代のロックの要素を取り込んだ色んな音楽やってるよ、聴き易いよ♪」という、人懐っこい空気が漂ってきております。そう、シュギーの音楽性のすばらしいところは、とにかく音楽が好きで、流行とかスタイルとか関係なく、単純に「好き」というだけで色々やってるんだけど、何というかこの人ならではのマイルドな一貫性があるところなんです。

で、ギターを中心に聴いてみると、そんなマイルドなキャラクターの影に隠れた演奏者としてのストイックな姿勢がかいま見られる、相対する実に硬派でトンガッた姿勢すらも感じさせる。

とにかく一筋縄ではいかない、そして一言では語れない深みを持ったアーティスト、それがシュギー・オーティスト。この4年後にエピックからのラスト・アルバム「インスピレーション・インフォメーション」をリリースして、プイッと表舞台からいなくなり、何と再びソロ・アルバムをリリースしたのが2013年というから、いやはや本当に一筋縄ではいかない人であります。



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2017年01月23日

マーヴィン・ゲイ ミッドナイト・ラヴ

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マーヴィン・ゲイ/ミッドナイト・ラヴ
(CBS/ソニー・ミュージック)

60年代後半から70年代にかけての「ソウル」の代名詞、マーヴィン・ゲイであります。

マーヴィンが「Love」の一言を、その甘く切ない声と旋律に乗せて発する時、恐らくそれを耳にしているアタシ達の心の中にも、多くの体験から「あぁ、あれは確かにそうだったな・・・」と、追想と共に巡る同じような「Love」が、胸を焦がしてもうどうしようもなくなります。

さて、そんなマーヴィンといえば、60年代のデトロイトで誕生し、ブラック・ミュージックを究極的に洗練させて誰が聴いてもクオリティの高い上質なポピュラー・ミュージックにしたと言われるモータウン・レコードの看板シンガーでした。

彼の端正で豊かな拡がりのあるヴォーカルは、モータウン特有の、生バンドにストリングスやホーン・セクションを贅沢に配したゴージャスなサウンドと共鳴し、このレーベルでマーヴィンは「ホワッツ・ゴーイング・オン」をはじめとする数多くの名盤を次々とリリースし、それこそ音楽の歴史そのものを刻んでゆくのであります。

しかし、そんなマーヴィンの全盛も、モータウン・レコードの栄光も、1970年代をピークに斜陽に向かうことになります。

ひとつの時代を象徴するものを築いたら、今度は別のところから出てくる新しい時代の波に、古いものは呑み込まれてゆく。これは仕方のないことですが、マーヴィンにはモータウンとの金銭トラブル、私生活での2度の離婚に関わる泥沼の調停問題や破産、そして薬物への傾倒など、プライベートでの不幸な出来事が重なり、遂に70年代後半には身も心もズタボロになってしまいます。

失意のマーヴィンは、ヨーロッパやハワイで、まるで何かから逃げているかのような隠遁生活を送りますが、かつてデビュー前に同じドゥー・ワップ・グループで唄っていたハーヴィ・フュークワと、CBSコロムビアの副社長であり、ソウルの敏腕ディレクターとして有名だったラーキン・アーノルドという人達が献身的に彼を支援します。

特にラーキンは弁護士でもあり、この頃のマーヴィンを苦しめていたモータウンとの契約を切ってCBSに迎えるために、あれこれ必死で走り回って、契約の問題から元妻達への慰謝料など、ひとつひとつを的確にクリアーしていき、ようやくボロボロになっていたマーヴィンを迎えることに成功するのです。

とはいえ、この時のマーヴィンには、再び人前に出て唄えるかが心配なほど精神的に消耗しておりましたし、何より作品を作ったり音楽活動を行うための資金を持ち合わせておりませんでした(一説によると友人がマーヴィンの住んでいるアパートを訪れた時、彼は現金を10セントも持っていなかったと言われております)。

ラーキンとマネージャーは「麻薬をやめてクリーンになること、再び音楽で復活して、新しく契約するレーベルに利益をもたらすこと」を条件に、早速マーヴィンのアルバムを作ることを約束するのです。



【収録曲】
1.ミッドナイト・レディ
2.セクシャル・ヒーリング
3.ロッキン・アフター・ミッドナイト
4.この瞬間を愛して
5.愛の交歓
6.サード・ワールド・ガール
7.ジョイ
8.燃える情熱

そんなこんなの苦難の中から生まれたのが「セクシャル・ヒーリング」です。

1981年、世間ではもうマーヴィン・ゲイは「落ちぶれた元シンガー」でしかなく、予算もあまり取れない中、スタジオではかつて使っていたゴージャスな生バンドの代わりに、シンセサイザーやリズムマシーンといった機材を懸命に使いこなして楽曲やアレンジを試行錯誤するマーヴィンの姿がありました。

今でこそ打ち込みやサンプリングを使って、生バンドに劣らない程度のクオリティの楽曲を作ることは出来ますが、当時の機材は一番高価なものでも今(2010年代)の機材にはとても及ばないぐらいのサウンドしか出せませんでした。

しかし、マーヴィンはやります。

粗末とは言えないまでも、決して高価ではない機材を使い、心血を注いだ最高の作品を作り上げます。

もう一度言います『最高の作品』です。

様々な苦難を経験して、歌詞や声に、自己の内面を投影し、それをほぼ自分自身の手によるアレンジでギュッと音に詰め込んだこのアルバムは、マーヴィンの数ある作品の中で最も深く内側へ斬り込んだものと言えるでしょう。

でも、このアルバムはそういった作品特有の重さ、暗さがない。むしろチープな打ち込みや軽やかなシンセやギターのカッティングに彩られたサウンドは静謐でどこまでも優しく、マーヴィンの声も悲哀を秘めつつ、ふんわりと至福の時間の彼方へと聴く人の耳も心も誘います。

よく「このチープさが逆にいい」と言われるアルバムですが、アタシはむしろマーヴィンが意図してなかったところでチープな音が上質な輝きに変換されて、声と相乗効果で響き合っているように思います。

考えてみたら80年代後半から90年代のR&Bは、打ち込みやサンプリングによるトラックが主流で、それらは決して妥協の産物ではない独自のシルキーな味わいを宿しておりました。

その、流れを作ったのがこのアルバムだと思います。

シングルカットされた「セクシャル・ヒーリング」は大ヒットし、83年のグラミー賞も獲得。マーヴィンは苦境を乗り越え完全な復活を勝ち取ります。

ところが翌84年、些細なことから口論となった両親の仲裁に入り、激昂した父親が放った銃弾が胸に当たり、そのまま帰らぬ人となってしまいマーヴィンはそのまま帰らぬ人となると共に、永遠の伝説となってしまうのでした。


「もし、マーヴィンが生きていたら・・・」と考えると想像は尽きませんが、その音楽的な遺伝子は、ディアンジェロ、ブライアン・マクナイトをはじめ、特に80年代後半から90年代を経て今に至るブラック・コンテンポラリー・ミュージックの中に、しっかりと生命を宿らせて生き続けております。


(「セクシャル・ヒーリング」名曲ですねぇ、アレンジの爽やかさと共に歌声が染みます。。。)



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2016年12月11日

サム・クック ナイト・ビート

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サム・クック/ナイト・ビート(RCA/ソニー・ミュージック)


サム・クック

どこにでもいそうなアメリカ人の男性の名前ですが、この言葉を聞く時、私の胸の内には言いようのないアツく切ないものがこみ上げます。

彼こそはアメリカン・ミュージックの歴史の中で"特別の中の特別"なシンガーであり、1950年代後半から60年代の中盤、音楽も社会全体も大きく震え、変革する中で、最も多くの人々の感動の象徴であり、また、希望そのものでありました。

16歳の頃からゴスペル・グループのリード・ヴォーカルとして活躍し、やがてR&Bの世界へ進出。世俗の歌を唄っても、教会で福音を歌ってた頃と全く変わらぬ高揚と多幸感に満ち溢れた歌声で、聴く人の魂そのものを、彼は救済し続けました。

そう、サム・クックの声、その激烈シャウトと限りなく甘い囁きが奇跡の調和を保つ、全ての感情を揺さぶっては癒し、癒してはまた揺さぶるその歌声に包まれた時の聴く側の心の状態は、正に「救済」と呼ぶ他に、私は適切な言葉を知りません。

彼のヴォーカルが素晴らしいのは、もちろん天性の声に恵まれたのもあるでしょうし、幼い頃からゴスペル・グループの歌い手として、鍛練を重ねた結果でもあるでしょう。

けれどもそれ以上に、彼の歌は「上手い/カッコイイ」を飛び越えてどうしようもなく響くのです。

何故か?

それは分かりません、考えたって恐らく永遠に答えは出ないでしょう。

だから敢えて「偉大」とか「天才」とかいったありきたりの言葉でアタシはサム・クックを語りたくありません。

「お前はそこまで絶賛するけどサム・クックなんて本当にいいの?どうせ古い音楽なんだろ?」

という方には反論はしません、ただ黙ってサム・クックのアルバムを、何でもいいから聴いてごらんなさい。これは最高のソウルだしR&Bだしゴスペルだしロックだし、何より音楽だよ。

と、言うより他ありません。




【収録曲】
1.ノーバディ・ノウズ・ザ・トラブル・アイヴ・シーン
2.ロスト・アンド・ルッキン
3.ミーン・オールド・ワールド
4.プリーズ・ドント・ドライヴ・ミー・アウェイ
5.すべてを失くして
6.ゲット・ユアセルフ・アナザー・フール
7.リトル・レッド・ルースター
8.ラーフィン・アンド・クラウニン
9.トラブル・ブルース
10.ユー・ガッタ・ムーヴ
11.フールズ・パラダイス
12.シェイク・ラトル・アンド・ロール


1963年、サム・クックが亡くなる前年に発表した8枚目のアルバム「ナイトビート」を今日は皆さんに紹介します。

サム・クックといえば、以前も紹介した「ライヴ・アット・ザ・ハーレム・スクエア」や「ツイストで踊り明かそう」などの、その強烈に胸の透く力強い歌声が、ノリノリのゴキゲンな楽曲と共に炸裂して、感極った時にドコーン!とバラードがくる作品が人気で、再発される時もやっぱり注目を集めるんですが、サムの表現者としての底無しの凄味は、シャウトをグッと抑えて、優しい声で切々と唄う時により迫ります。

そう、このアルバムは、サムの深遠なるバラード・アルバム。

唄われているのはほとんどがブルースやゴスペルのカヴァーで、バックもしっとり落ち着いた小編成のバンドです。

この時代にずば抜けた人気をモノにしたサムには、度々レコード会社から「ポップスを唄わないか」と打診が来るようになりました。

というのも、R&Bで人気が出た黒人歌手は、次のステップとして、白人聴衆も購買層にすべく、いわゆる「黒っぽさ」を抑えたポップ・シンガーになることが、この時代望ましいとされていました。

何だかとても差別的に思えるかも知れませんが、この時代はブルースやR&Bの地位は驚くほど低く、音楽業界でもこういった考えは当たり前だったんです。

ところがサムは、デビューしてすぐにアーティストの著作権を正しく保護するための出版社を設立したり、マルコムXら公民権運動の指導者達とも非常に近しい関係にあり、自らも人種問題や政治的議論にも積極的に加わるほど、公民意識の高い人でありました。

レコード会社からの申し出はもちろん受け入れるのですが、彼が作った「ポップスなアルバム」は、シャウトは控え、ファンキーな"盛り上がるノリ"も抑えているにも関わらず、いや、それがかえって彼のルーツの最も深い部分にあるゴスペルの、荘厳な祈りのパートをポピュラー音楽の皮に包んで、リアルに鳴らすことに見事成功した、最高に質の高い、まごうことなきブラック・ミュージックの結晶がここには刻まれております。







(「ゲット・ユアセルフ・アナザー・フール」このピアノのイントロから唄、ギター、オルガンがゆっくり立ち上がる瞬間がもう・・・)



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2016年12月10日

オーティス・レディング オーティス・ブルー

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(Atlantic/ワーナー)

冬になるとオーティス・レディングが聴きたくなります。

彼の魂の奥底から「ぶわぁぁあああ!!」と感情を吐き出すシャウト、ザラつきつつもたっぷりのぬくもりを孕んだその声には、そんじょの暖房器具よりも心理的な保温効果がありますな。

短い生涯の中で彼がリリースした作品は少なく、しかしそのどれもが名盤、必聴に値する良質なものであることは、これはもうオーティスのアルバムを1枚でも所有して愛聴されておられる方ならば、誰もがそう思うことでありましょう。

その中でも「あぁ、今日はオーティスの歌声にじっくりと酔いしれたい、彼のバラードを心身に染み込ませて、心地良い憂いの中でまどろみたい」と思う時、アタシが聴くのは、1966年にリリースされたアトランティック3作目の「オーティス・ブルー」。

このアルバムは、特にバラードでのオーティスの歌唱の素晴らしさをじっくりと味わいながら聴くには、もう最高のアルバムなんですね。デビュー時からバックを務めるブッカーT&ザ・MG'sの、骨太で粘るグルーヴとのコンビネーションも、ここではもう完全に”一体”と言っていいぐらい見事なものです。




【収録曲】
1.オール・マン・トラブル
2.リスペクト
3.チェンジ・ゴナ・カム
4.ダウン・イン・ザ・ヴァレー
5.愛しすぎて
6.シェイク
7.マイ・ガール
8.ワンダフル・ワールド
9.ロック・ミー・ベイビー
10.サティスファクション
11.恋を大切に

さてさて、何から話そうか。。。

「バラードが素晴らしいアルバム」と、先ほど言いましたが、その中でも特に出色は、先行シングルとして大ヒットした「愛しすぎて」と、サム・クックのカバー「ザ・チェンジ・ゴナ・カム」であります。

サム・クックといえば、オーティスが登場する前のソウル/R&Bの大スターであり、そりゃもうアタシらが想像する以上の国民的人気をダントツで誇っていた時代の象徴なんですね。

しかし、ご存知のように彼は1964年、シンガーとしてアーティストとして絶頂を極めていたその年に、不幸な事件によってこの世を去ってしまった。

音楽シーン全体の喪失感は、大変なものでした。

それ以上に、サムを敬愛するこの時代の若いシンガー達にとっては肉親の死よりもショッキングなことであり、彼のようなスターになることを夢見ていたオーティスにとっても、それは非常に胸を痛める出来事だったことでしょう。

そんなことを思いながら「ザ・チェンジ・ゴナ・カム」を聴いてみましょう。

もうダメかも知れない そう思った時もあった

だけど今は 続けることが出来るように思える

ここまで来るのには とても長い時間がかかった

だけどわかるんだ 変化の時は来ている 来るんだ


この曲は、高まる公民権運動の熱気の中、サム・クックが周囲の反対を押し切って「反人種差別」のメッセージを「時代は変わるよ」というポジティブヴな歌詞に乗せて書いた曲です。

この歌詞のインスピレーションの源となったのは、言うまでもなくボブ・ディランの「風に吹かれて」であります。

炸裂するエネルギーの起伏に合わせて繊細な表現を滲ませるサムの歌唱とは良い意味で対照的な、感情をグッと溜めに溜めて一気に吐き出すオーティスの歌唱には、この曲に込められたメッセージ、サム・クックというシンガーへのリスペクト、または音楽そのものへの凄まじいほどの敬意が切なさと共に込められている。そう思います。

サム・クックの歌はもう一曲「ワンダフル・ワールド」です。

コチラはミディアム・テンポのとっても明るい曲で、サムの代表曲としてはもしかしたら現代の音楽ファンには「チェンジ・ゴナ・カム」より馴染みがあるかもです。ブ厚いホーン・アンサンブルと、放たれるオーティスの声との絡みが高揚しますね♪

その他、B.B.キングの「ロック・ミー・ベイビー」や、「ソウル側からのロックへの回答」として語り継がれているローリング・ストーンズの「サティスファクション」のノリノリなカヴァーなど、話題に事欠かない名曲/名カヴァーは多いですが、やっぱりタイトルに”ブルー”とある通り、最初から最後まで聴けば聴くほどに、上質なバラードがグッと胸にきて、その深い味わいを広げてくれます。聴きましょう。



(サム・クックのカヴァー、これはもう歌い出しから素晴らしい)


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2016年11月12日

マヘリア・ジャクソン ニューポート1958

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マヘリア・ジャクソン/ニューポート1958
(Columbia/ソニー・ミュージック)

早いものでもう11月も中盤。

毎年この時期から「あぁ、もうすぐクリスマスだな・・・」と、心が一足先に師走モードになってしまうのですが、クリスマスといえばアレですね。やっぱりブラック・ミュージック・ファンとしてはゴスペルのことが頭をよぎります。

で、ゴスペルといえば、色々なシンガーやグループがいて、それぞれ本当に素晴らしいんですが、アタシの中で揺ぎ無い、どこかこう絶対的なものとして存在しているのは、これはもうマヘリア・ジャクソン。

「不世出のゴスペル女王」とか「比類なき天才シンガー」とか、彼女を讃える言葉はそれこそ枚数にいとまがありません。「いやいやそんな、いくらマヘリアがゴスペルの中でもズバ抜けて有名であっても、肩を並べるシンガーぐらいはいるだろ?」と思ってあれこれ聴いても

・・・おりません。

たとえば「好き」という意味では、アタシはゴスペル・シンガーの中では圧倒的にシスター・ロゼッタ・サープおばさんが好きなんです。ジャンカジャンカ景気のいいギターと共にパワフルに放たれるシャウトを聴きながら「うぉうおぅ♪」となることこの上ないんですが、マヘリアの場合は、その「好き」とか「嫌い」とかを遥か下の次元に追いやって、聴く人の意識をその究極的な”声の力”で、何かこう凄い世界に誘ってくれるんです。

いや、アタシなんかはそれこそ信仰とかとは全く無縁な、それこそ初詣で神社行った時に「あー、金持ちになれますようにー」とお願いするぐらい罰当たりな人間なんですが、そんなチンピラうをして

「うぉぉ、マヘリアすげぇ。天国ってホントにあるかもしんねー」

と思わせてしまうぐらいの物凄い説得力があるんです。

さてさて

ジャズファンの皆さんは「真夏の夜のジャズ」という映画をご存知でしょう。

ご他聞に漏れず、アタシがマヘリアを知ったのはこの素晴らしい映画(&ライヴ映像)です。

お目当てのエリック・ドルフィー(チコ・ハミルトンのグループにいた初期の頃ですね〜♪)、セロニアス・モンク、アニタ・オデイ、そしてチャック・ベリーの素晴らしいライヴ・パフォーマンスを、鼻息荒くしながらフンフンと観ておった訳なんですが、真夜中の大トリで、司会の

「紳士淑女の皆さん、日曜の朝になりました。ここで世界最高のゴスペル・シンガー、マヘリア・ジャクソンさんをご紹介します」

という粋なアナウンス(アメリカでは「日曜の朝=教会に行く時間」という意味です)からマヘリア登場するんですが、荘厳なオーラをたたえてステージに出てきて、ノリノリの2曲を一気に唄いきった後に笑顔で言ったマヘリアのMCがまたいい

「You make me feel like a Star(まるでスターになったみたいね)」

はい、ゴスペルの人達というのは、どんな人気シンガーでも「自分はあくまで教会で唄ういち信徒である」という謙虚な気持ちを持っておりました。マヘリアは黒人コミュニティの中では当時押しも押されぬ大スターであり、レコードも凄まじく売れていたのにこの一言。日本で言うとアレですな、超大御所の落語家の師匠が人気のバラエティ番組に出て「アタシゃタダの噺家だから・・・」と、謙虚にふるまうようなもんですな。あ、ちょっと違うかもしれんけど、まぁいいか。



これが「真夏の夜のジャズ」でのステージです。

心から「すげぇな・・・」と思ったのは、このフェスに来ているお客さんは、ほとんど白人なんですよ。

ゴスペルというのは黒人社会ではもう「当たり前」の音楽だったけど、1958年当時はまだ白人と黒人が聴く音楽は完全に区別されていた時代です。リアルタイムでチャック・ベリーがロックンロールで若者の間にあった垣根をようやく取っ払ったぐらいで、そもそも白人聴衆はブラック・カルチャーの最深部にある”ゴスペル”なんて知りもしなかった時代に、聴衆がノリノリになって、終いには熱狂して踊り出してしまっているんです(!)

そして座って聴いてる人達の、マヘリアが唄ってる時の恍惚とした表情・・・。

正直唄がどうとか曲がどうとか、そういう細かいことじゃなく「唄うマヘリア、恍惚とする聴衆」の、この全体の雰囲気に、アタシは心揺さぶられました。音楽で「言葉が出ないぐらい感動した」という経験は、そうそうあるもんじゃないですが、マヘリア初体験は先入観ナシで正にそんな経験でした。




【収録曲】
1.イントロ~夕べの祈り
2.天国と呼ぶ町
3.私の道を
4.たやすいこと
5.雨が降ったよ
6.御手に世界を
7.聖者の行進
8.歌のように生きよう
9.キープ・ユア・ハンド・オン・ザ・プラウ
10.主の祈り
11.神の国を歩もう
12.ジェリコの戦い
13.ジーザス・メット・ザ・ウーマン・アット・ザ・ウェル
14.主の眼は雀に注がれん



その「真夏の夜のジャズ」でのステージを、映像では拝めなかった曲まで完全収録したのがCDの「ニューポート1958」です。映像ではただただ感動していただけでしたが、CDだと画がない分それが余計に深まります。


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