2018年04月27日

ホロヴィッツ ザ・ラスト・レコーディング

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ホロヴィッツ/ザ・ラスト・レコーディング

(Sonny Crassical/SMJ)



ホロヴィッツ晩年のコンサート名盤『モスクワ・ライヴ1986』を聴いていたら、ホロヴィッツ晩年の音源の素晴らしさについてもうちょっと書
いてみたくなりました。

ちょっとコレはアタシの持論でありますが、クラシックでもジャズでもロックでも、あらゆる分野にそれぞれの巨匠とかレジェンドとか言われる人達がいて、その人達はもちろん自分の分野を究極に極めているんだけど、フッと拘りが抜けたように、ジャンル的な垣根を超えた自由を感じさせる演奏をすることがあって、それをアタシは晩年のホロヴィッツに凄く感じてしまいます。

若い頃は超絶技巧と指をペターっと鍵盤にくっつけた独自のタッチから生み出される、演奏の圧倒的なダイナミズムで聴く人を圧倒してきたホロヴィッツ。

しかし、極端に神経質な性格と、それに起因する様々な心身の不調に死ぬまで悩まされ、常に内なるものとの戦いに生きてきた人であります。

恐らく若い頃は、不調を力づくで克服して、全盛期の煌めきを取り戻そうと躍起になって不調にもぶつかって行ったでしょう。でも、歳を取ってから、特に80を過ぎた最晩年の演奏を聴くに「あ、もうダメなものはダメなんだ。しゃーない。じゃあ得意な部分を活かした演奏を、俺は更に磨くわ」という爽やかな開き直りが功を奏した穏やかさの中に、程良い緊張感と研ぎ澄まされた精神の美をかいま見ることが出来るのです。


1989年、ホロヴィッツが86歳の時に録音された『ザ・ラスト・レコーディング』は、先日紹介したモスクワ・コンサートと共に、それまでの音楽人生の陰と陽が見事な調和で混ざり合い、その完璧な深みを宿した音楽の絶妙なコントラストを見せてくれます。

内容的な解説をする前に、この時のホロヴィッツはどんなだったかというと、感情の起伏が極端に激しく、ちょっとでも機嫌を損ねると当たり散らしたり、演奏中だととんでもなく乱雑に弾いて周囲を困惑させたりすることもしばしばだったようです。

あれ?このワガママっぷりってもしかして若い頃と全然変わってない?

いえ、逆に悪化してるんですね。単純に人として見れば、元々の気難しさが爺さんになって更に面倒臭くなった、実に困った人です。実に困った人であるんですが、純粋に音楽に向き合える良い環境で、静かに集中してピアノに向かえば、この世のものとは思えない美しいメロディ感覚と、老人とは思えないほどの恐ろしく粒の揃った力強い音色で、まるで聖人が弾いているかのような音楽を生み出す。

実際『ラスト・レコーディング』は、ホロヴィッツの自宅に録音機材を持ち込んで録音されました。一流の機材が揃ったスタジオではなく自宅での公式作品の録音にしたのは、第一に86歳のホロヴィッツの体力的な事に配慮してのこととは思いますが、やはり慣れた環境でリラックスした演奏をしてもらうことで、ホロヴィッツの良い所を最大限に引き出そうというレコード会社の中の”分かってる人”の上手な気配りの優しさも感じられます。




【ハイドン】
1.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第1楽章 アレグロ
2.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第2楽章 アダージョ・エ・カンタービレ
3.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第3楽章 フィナーレ : テンポ・ディ・メヌエット
【ショパン】
4.マズルカ第35番ハ短調 作品56-3
5.ノクターン第16番 変ホ長調 作品55-2
6.幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
7.エチュード変イ長調 作品25-1
8.エチュード ホ短調 作品25-5
9.ノクターン第17番ロ長調 作品62-1
【リスト】
10.バッハのカンタータ第12番 「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」 による前奏曲
【ワーグナー】
11.「トリスタンとイゾルデ」 より 「イゾルデの愛の死」


この、自宅レコーディングは結果的に大成功。ハイドン、ショパンとお得意の小品から、リスト編のバッハとワーグナー(つまり演奏者のセンスと技巧と相当な集中力が試される曲)の選曲は、恐らくホロヴィッツ本人の強い希望によるものでしょう。演奏を聴いてビックリしたんですが、このアルバムからは遺作というと連想される、暗い死の影なんかは全然感じられなくて、若い頃と全然変わらないイケイケで、特有の凛とした芯の強さの音色と、周囲の空気をもごっそり揺さぶるダイナミズムに溢れた演奏を武器に、ホロヴィッツは果敢に楽曲に挑みまくっておるんです。


言っても86歳、そりゃちょっとしたミストーンが出たり、テンポが一瞬ぐらついたりするところもあったりしますが、いやむしろそういうマイナス要素があっても「それがどーした!」と挽回し、逆にカッコ良く聴かせてしまうところがもう最高です。特にショパンの即興曲とかエモーショナルの極みな『イゾルデ愛の死』なんかでは、譜面にはない即興も入れて、かなり大胆に攻めてるんですよ。

冒頭で「ジャンルを超えたカッコ良さ」と書きましたが、そうそう、それはこういうところ。他のジャンルの音楽を取り入れるとか、そういう上っ面じゃなくて、クラシックならクラシックをとことんやって極めた音を出して向こう側へ突き抜ける。その突き抜けっぷりが聴き手の意識にあるジャンルやカテゴライズの壁を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるんです。

ここでホロヴィッツが披露している即興も、変に演奏を崩すためのものではなくて、楽曲を効果的に美しくするために、恐らくは厳選と試行錯誤を重ねた音を弾いているんでしょう。むしろ学問としての側面が巨大になり、楽譜や作曲家の権威が高まって固定された20世紀以前のクラシックの空気を知っている最後の世代だから出来る(ホロヴィッツ自身は20世紀の生まれですが、彼が師事した人達は19世紀の自由な空気を知っていた人達です)、これは正しく洗練されたオシャレと言うべきでありましょう。

レコーディングは1989年の10月20日と11月4日の2回に渡って行われました。

2回目のレコーディングを終えた後もホロヴィッツはとても上機嫌で、更に収録を増やす予定でもあったと言います。

が、その日のうちに急に容態が悪化して食事中に急逝。

技巧的な面で彼より上手い演奏家は、恐らく結構いると思いますが、こんなにも演奏そのもので聴かせる人は今後出てくるかどうかと思ってしまいます。

もし興味を持たれた方がいらっしゃるなら、このアルバムぜひじっくり聴いてください。何度も言っている音そのものの澄み切った美しさと、独自のタッチから繰り出される圧倒的な強靭さを誇るグルーヴが、若い頃から変わらないこの人の魅力ですが、晩年の”間”の取り方は、更に輪をかけて凄いです。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月23日

ホロヴィッツ モスクワ・ライヴ1986


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ホロヴィッツ/モスクワ・ライヴ1986

(Deutsche Grammophon Gesellschaft /ユニバーサル)



体調絶賛不良中でございますので、ピアノものしか聴けません。

という訳で、ここ数日はバド・パウエルを聴きまくり、そこからジャズやクラシックのピアノを穏やかに聴いております。

ん?「穏やかに」というのはちょっと違いますねー。


カッコいいピアニストってのは、もちろん「うぅぅっ」ってくるぐらい耽美な音を奏でるんですが、その耽美の中にどうしようもない哀しみだとか、ふとした狂気の部分を感じさせてくれる人が多い。っていうかそういう部分がないと、ただの「綺麗でお上手なピアノね」で終わってしまって思い出に残らない。

これ、アタシだけかなぁと思ったら、周囲のピアノ好きの意見を聞いたり、ネット好きな人のブログレビューなんか読んでおりますと「あ、この人も狂気感じているなー」と思って安心します。

うん、安心していいもんだろうかとちょっと思いますが、そういうもんです。そういうもんらしい。

で、今日はクラシック。

ウラジミール・ホロヴィッツといえば、20世紀を代表する巨匠として、クラシックの世界ではもうレジェンド中のレジェンドであります。

バロックからロマン派、近現代音楽までそのレパートリーは幅広く、どんな時代の曲だろうが、その澄み切って豊かに鳴り響く音色で見事に演奏してしまう。

しかも余りにも独自の解釈で(例えば古典をロマン派っぽく弾くとか)自分流に演奏してしまうので「ホロヴィッツの演奏は、作曲した音楽家でなくホロヴィッツ聴くための演奏なんじゃね?」と皮肉られたりとか、あるコンサートで指揮者と意見が合わず「いや、オレはぜってーこのテンポじゃなくてもっと速くこうだ!」と、演奏中にマイ・テンポに設定変えしてしまい、結局オーケストラも巻き込んでノリノリに仕立て上げ、聴衆からやんやの喝采を受けたとか、また、極度の神経過敏で、そのために体調を崩してしまうこともしばしばで、演奏にはその調子のムラが出てしまうこともあったり、病院から大量に処方された薬を飲みながら、お酒も好きでガンガン飲んでしまい、フラフラになったままコンサートを行ったりと、まぁなかなかにパンクな人です。

もちろんホロヴィッツという人を、アタシはアタシなりに、そういった「天才とか巨匠ならではの破天荒エピソード」で決定的に好きになった訳ですけれど(えぇ、ミーハーです)、そのもっと前、そんなエピソードを知らない時に、アタシはやっぱりその澄み切った、豊かに響く音色の魅力にヤラレてしまいました。

最初に聴いたのは、やはり定番のシューマン『子供の情景』だったと思いますが、ここでびっくりしたのが、音が消え入りそうなほど小さく弾いた時に掠れない。言うまでもなくピアノの音の大小というのは、タッチでの指の力の強弱なんですね。つまり大きな音を出そうと思ったら指に力を入れて、小さく出そうと思ったら指の力を抜いて鍵盤を叩く。

で、当然小さな音を出す時は力を極力抜いている訳ですから、音の輪郭は音量相応に微かな響きになるんですよ。でも、ホロヴィッツの小さな音は、音量は限りなく小さいのに、その音には芯があるどころか凛として粒が立っているんです。

まるで録音時に機械の方をいじって、音量レベルだけを落としたような音ですが、普通に考えて演奏の途中で何回もそんな絶妙な演出を、しかも昔の演奏家がする訳がありません。

本当に不思議なんですが、これ、ホロヴィッツ独自の”技”のようで、どんなに名人と言われるピアニストも、限りなく小さな音でこれほどしっかりと音を響かせることは出来ないんだということを後で知って、もう完全にこの人すげぇとなった訳です。





【D.スカルラッティ】
1.ソナタ ホ長調 K.380(L.23)
【モーツァルト】
2. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第1楽章: Allegro moderato
3. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第2楽章: Andante cantabile
4. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第3楽章: Allegretto
【ラフマニノフ】
5. 前奏曲 ト長調 作品32の5
6. 前奏曲 嬰ト短調 作品32の12
【スクリャービン】
7. 練習曲 嬰ハ短調 作品2の1
8. 練習曲 嬰ニ短調 作品8の12
【シューベルト/リスト編】
9. ウィーンの夜会 (ヴァルス・カプリース 第6番)
【リスト】
10. ペトラルカのソネット 第104番 (巡礼の年 第2年≪イタリア≫から)
【ショパン】
11. マズルカ 嬰ハ短調 作品30の4
12. マズルカ へ短調 作品7の3
【シューマン】
13.トロイメライ (≪子供の情景≫から)
【モシュコフスキ】
14.火花 作品36の6
【ラフマニノフ】
15.W.R.のポルカ


演奏:ウラディミール・ホロヴィッツ(p)


晩年は衰えたとか、指が動かなくなったとか、色々細かいことを言われてはおりますが、アタシにとってはそんなことはどうでも良くて、要はこの人の豊かな音色が堪能出来る盤だったら、もう何でもいいんです。

という訳でこの人の「音の凄さ」は、コンサートでの生演奏を録音したアルバムでリアルに聴くことが出来ます。

このモスクワ・コンサートは、ホロヴィッツ83歳の時にモスクワで行った、演奏もお客さんの反応も最高の一枚。

ウクライナ生まれで、ずっとアメリカを拠点に活動していたホロヴィッツが、久々に故郷(当時ウクライナはソビエト連邦)に錦を飾る形となったこのコンサート。当然本人は気合いが入ってますし、お客さんにしては「ソビエト圏の伝説の英雄が来る」という期待感でもう胸がいっぱいだったでしょう。

跳ねるように闊達なスカルラッティのソナタから始まって、モーツァルト、ラフマニノフ、スクリャービン、ショパン、シューマンと、過去に名演を残した得意の作曲家のナンバーを総動員してお客さんの期待に応え、それに対するお客さんの拍手や「ブラボー」のやりとりが本当に心温まるんですが、このコンサート、特にモーツァルト以降のホロヴィッツの没入の仕方がもうハンパないんです。

ラフマニノフの前奏曲(嬰ハ短調)からスクリャービンの練習曲が、感情炸裂(でも、音は乱れない)の凄まじいハイライトが、やっぱり名演と言われておりますし、事実名演極まりないぐらい、聴いてるこっちの意識まで根こそぎ持って行きます。

で、そんな根こそぎ持って行かれたままの感情に追撃をかけるようなショパンのマズルカ、切ない!あぁ切ない!!

・・・はいすいません、興奮し過ぎました。もうね、何と言えばいいんでしょう、クラシックとか巨匠のとか、このアルバム聴く時は一切そんなもん頭から外して聴きましょう。音楽です、超音楽です。

ハァハァ、こんな感情丸出しなのに、こんなに美しく乱れないピアノって、もうね、もう何と言えばいいんでしょう。


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2017年09月20日

バッハ:無伴奏チェロ組曲(マイスキー)


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バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲(マイスキー)
(ユニバーサル)


あのー、よくロックとかブルースで

「ギターは顔で弾く」

というのがありますね。

つまり、ギタリストというのは、ソロを弾いてる時にどんだけ顔に感情を込めるかが命なんだ。キュイーンとチョーキングをかましたら、そん時ゃ顔でも「キュイーン」と言ってなきゃいけない。そういうやつです。

あ、今日は久々にクラシックの紹介なのに、いきなりそんな話をしてすいませんねぇ。でも、この話しないと今回は先に進まないんですよ。

で、本日ご紹介するミッシャ・マイスキーです。

現代クラシックにおいては、もうチェロの凄い人ですよね。

その凄い人なんですが、アタシはテレビで最初にこの人の演奏を観て聴いた時に、凄まじい衝撃を受けましたというお話であります。

まぁ顔ですよ、見て下さい。

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顔全体に生やした見事なお髭と、万遍なくフサフサしている天然カーリーヘア、そして胸元が大胆に開いたルネッサンスかロココ調かというオッシャレーなシャツという出で立ちのこの人を観て、アタシは

「あ、コレはカッコイイ。そんじょのマジメーなクラシックの人と違って、何かロックを感じる。きっと凄い演奏をしてくれるはずだ」

と、期待してテレビの前で何故か正座してました。

演奏が始まると、やはり期待通り、いや、期待以上にこの人は、大きなアクションで、ロマンスのオーバードーズとも言いたくなるぐらいに情熱のこもった素晴らしい音色とフレーズをチェロから放ち、もうアタシのハートはまっすぐに貫かれた訳なんですが、それ以上に顔です。

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彫の深〜い、実に男らしい見事な髭をたくわえた、まるでどこかの王様のような威厳のある顔が、演奏中はもう何か目一杯ウットリしてて、とろけるような顔で弾いてるんですよ。

ちょっと今、googleの画像検索で「ミッシャ・マイスキー 顔」で検索したんですけど、やっぱりリアルタイムの演奏中の顔には敵いません。アレはそれぐらい衝撃がデカかった。

アタシはもう感動やら楽しいやらで「顔!顔!あぁああーー!!」と、テレビの前で笑い転げながら歓喜の声を上げておったんですが、これ、バカにしてるんじゃないですよ。友川かずきを最初に聴いた時もそうだったんですけど、人間というのは、自分の理解を遥かに超えたカッコイイものに出会った時は、あらゆる感情を突き破った”笑い”が出てくるんですよ。

いや、ホント、こん時のマイスキーは最高にカッコ良かった「クラシックにもこんなぶっ飛んだ人いるんだ」と、生まれて初めて思いました。






(Disc-1)
1.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第1曲:Prelude
2.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第2曲:Allemande
3.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第3曲:Courante
4.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第4曲:Sarabande
5.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第5曲:Menuet I/II
6.無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007 第6曲:Gigue
7.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第1曲:Prelude
8.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第2曲:Allemande
9.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第3曲:Courante
10.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第4曲:Sarabande
11.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第5曲:Bourree I/II
12.無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010 第6曲:Gigue
13.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第1曲:Prelude
14.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第2曲:Allemande
15.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第3曲:Courante
16.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第4曲:Sarabande
17.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第5曲:Gavotte I/II
18.無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011 第6曲:Gigue

(Disc-2)
1.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第1曲:Prelude
2.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第2曲:Allemande
3.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第3曲:Courante
4.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第4曲:Sarabande
5.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第5曲:Bourree I/II
6.無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009 第6曲:Gigue
7.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第1曲:Prelude
8.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第2曲:Allemande
9.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第3曲:Courante
10.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第4曲:Sarabande
11.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第5曲:Menuet I/II
12.無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008 第6曲:Gigue
13.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第1曲:Prelude
14.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第2曲:Allemande
15.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第3曲:Courante
16.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第4曲:Sarabande
17.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第5曲:Gavotte I/II
18.無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012 第6曲:Gigue


この人すっかり気に入って、これはぜひCDを買わんといかんと思ったアタシ、早速名前をメモして色々と調べましたら、やっぱり凄い人だったんですね。

ソビエト連邦のラトビア共和国に生まれ、10代でソビエト連邦の音楽賞とかチャイコフスキーコンクールとか、とにかく有名な賞で次々と良い成績を獲得して、その時チェロの神様と言われていたロストポーヴィッチに「君、私の弟子になりなさい」と誘われて、才能をメキメキ伸ばすんですが、マイスキー家はユダヤ人の家系。自由のないソ連でのキツい生活に耐えかねたお姉さんがイスラエルに亡命してしまい、そのとばっちりを喰らってミッシャも逮捕され、強制収容所に送られることになります。

22歳の青年マイスキーに課せられたのは18ヶ月の強制労働でした。

これが終わってさぁ音楽の世界へ戻ってチェロが弾けるぞと思っていましたが、当局から「出所したら兵役だ」と言われます。

「これは二度とチェロを弾かせないつもりだ、この国にいる限りは俺は音楽の世界に戻れない」

と悟ったマイスキーは、同じユダヤ系のお医者さんに相談。「この人は精神病です」という診断書をまんまと書いてもらって兵役を回避できます。

ここら辺り、タダモノではないですね。その後、あらゆるコネやツテを使って、何と海外移住の正式な許可を獲得して、まずはアメリカへ、そしてイスラエルへと脱出。タダモノでないぶりを存分に発揮して、音楽の世界に復帰するどころか、師匠のロストボーヴィッチも「あの人は凄いよ」と認める伝説的なチェロ奏者グレゴール・ピアティゴルスキーに弟子入りし、更に若手で最も注目されていた天才ピアニスト、マルタ・アルゲリッチとコンビを組んで、一気に世界的な人気を獲得しております。

アルゲリッチといえば、この人も凄まじい情念を、そのピアノ演奏に叩き付けることが出来る稀有の才能であります。この人の演奏と対等に渡り合えて、かつ高度な技術で共に最高のハーモニーを奏でることが出来るのは、やはりマイスキーしかおらんかったのでしょう。

この話を知って

「あ、この人はますます間違いない」

と思ったアタシ、とりあえずこの人は色々やってるけど、バッハの演奏においては特にすげぇよ、個性的だよという情報を入手して、バッハといえばの「無伴奏チェロ組曲」を最初に買いました。

結論からいえば、もうホント凄かったです。

バッハの無伴奏チェロ組曲といえば、定番中の定番であるパブロ・カザルスとか、重厚な雰囲気でこの曲の作品としての価値を決定付けたヤーノシュ・シュタルケルとか、名盤がたくさんあります。

その中で「どれが一番」というのはとても決められないぐらい、どの人の演奏も気合いが入っててカッコイイのですが、その中でも”個性的”という意味でマイスキーの演奏は、最初に映像を観た時のインパクトが全く削がれないぐらいの、見事な際立ちっぷりを見せて(聴かせて)くれました。


「バッハの音楽には人間のあらゆる感情が詰まってる」

というマイスキー、その言葉通りにシンプルなだけに底無しの奥深さを持つバッハのチェロ組曲の中に、本当にあらゆる感情を見出して引き出しているんじゃないかというぐらい、豊かな情感に満ち溢れた演奏です。

とにかくその、キリッとした鳴りの音色で、速いところは速く、緩やかなところはそれ以上遅くしたら演奏がダレてしまうギリギリを見極めた絶妙な間合いで、激しく緩急を付けて弾いていますが、この独特の緩急が、聴いているこっちの意識も大きく揺らして回してしまうぐらいの、ヤバいグルーヴを生み出しております。

アタシは常日頃

「バッハはグルーヴ」

と思っています。

バッハの完璧な構造の楽曲から、優れた演奏家は聴く人の意識をどこか高い次元に連れ去ってくれるグルーヴを生み出してくれるんですが、マイスキーの感情のオーバードーズなチェロ組曲は、まずバッハとかクラシックとかそんなよく分からん人にも、聴いて「これやっべぇ!」という陶酔が満ち溢れてます。

ちなみにこの「バッハ:無伴奏チェロ組曲」は、彼が移住後の初期の頃(1984年と85年)の録音で、99年には更に進化した2度目の録音を残していて、どっちもカッコイイです。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年01月05日

J.S.バッハ ピアノ作品集(アルゲリッチ)

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J.S.バッハ/ピアノ作品集(アルゲリッチ)
(Grammophon/ユニバーサル)

ピアノをやっている人に話を聞くと

「もー、バッハやってる時が一番辛かった!」

と言います。

何でもバッハを弾く時は、もちろん間違えちゃダメ、その上で感情を込めないのはダメ、かといって感情を込め過ぎるのもダメ、譜面の支持通りに弾かないとピッチリ正確なリズムと強弱で作られた楽曲がてんでバラバラに聞こえてしまうからダメ。

・・・と、もうほんとに「ダメダメ尽くし」で大変なんだそうです。

バッハの何が大変かというとですね、聴いていると何となく分かるしさっきもチラッと言ったんですが、軸となる音符の長さがピッチリ均等に近いんですね。

しかも対位法といいまして(合ってるかしらん)、例えば右手がメインのフレーズをタラララと弾いている時に、左手は和音で伴奏じゃなくて、いわるゆ”ハモり”のフレーズを弾かにゃならん。

それも単純に均等にハモればいいというんじゃなくて、鳴っている音に対して均等に鳴らす時、駆け足で先導する時、やや遅れて輪唱みたいに絡まなければならない時・・・と、色々ありまして、もう読んでるだけでイヤでしょ?アタシも書いててやんなっちゃいます。

バッハの曲というのは、それだけ演奏する人によっては苦行なことこの上ない音楽なんですが、でも、だからこそ後の時代のクラシック全ての理論的な基礎となった訳ですし、ヘタすりゃジャズやロックに与えた影響は宇宙的だし、それより何より聴いていてこう特別なカタルシス、つまり今風の言葉で言えばちょっと特別なトリップ感とかトランス感とか、そういうのがいっぱい詰まった音楽の、これはもう最高峰に近いものなんですね、バッハは。

特にクラシック好きな訳でも何でもない人が「あ★*p×うぇ、バッハやばい・・・」と、中毒になってゆく生々しい現場をたくさん見てきているアタシとしては、全世界の「音楽聴いてぶっ飛びたい!」と思っている方には、こらもうハッパなんかよりバッハを・・・と、常日頃思っておりますが、あらいけないちょっと話が別の方向に行っちゃいそうだわということで話を強引に引き戻します。

バッハの、特にピアノ曲なんていうのは、それこそ本当に、例えばリストやらベートーヴェンやら、バッハよりもずっと後の時代の、構造的にとても複雑になった曲を弾く人達にとっても「とても難しい、ニュアンスを踏まえてエッセンスを出さねばならない」と、頭を抱えさせるものであるようで、特にバッハを弾くことに特化した「バッハ弾き」なる分野のピアニスト達がよく登場します。

有名どころではアンドラーシュ・シフ。この人はとても澄み切った音色と、スラスラと流れるような”正しい”演奏の中にしっかりと情感の味わいを感じさせる、いわば「誰も文句の付けようのないバッハ」を弾く人です。

一方でファンの多いのは、おなじみのグレン・グールド。この人の弾くバッハは、もう尾頭微々”独自の解釈”といっていいほど独創的で、でもアタシなんかはこの人のバッハの解釈というのは、ピアノが発明されていないバッハが実は本当にやりたかったことを天才ならではの洞察力と真面目な探究心で先読みして再現したのかなぁと思っております。

しばらくはアタシはこの両巨頭のピアノに親しみながら、バッハという素晴らしい音楽家の世界に浸ってのめり込んでトランスしてトリップしておりました。

といえばカッコイイのですが、実はあんまりクラシックに詳しくもないというのもあり、最初でいきなり「究極」を感じさせる2人の演奏を聴いてしまったので、他の人が弾くバッハは、ちょっと想像できなくて、手を出すのが正直怖かったというのはあります。

アルゲリッチのバッハを知ったのは”たまたま”でした。

アルゲリッチといえば、まずは何といってもショパンで、そのロマンティシズム溢れる楽曲に、相当な質量の情念をブチ込んで引きずり回すその壮絶な演奏に惚れていたアタシは、ある日何気に見たアルゲリッチのバッハのCDを見て「うわぁ、どんななんだろう・・・」と、しばらく想像を膨らませます。



【演奏】
マルタ・アルゲリッチ(p)

【収録曲】
(J.S.バッハ)
1.トッカータ ハ短調 BWV911
2.パルティータ 第2番 BWV826 Sinfonia
3.パルティータ 第2番 BWV826 Allemande
4.パルティータ 第2番 BWV826 Courante
5.パルティータ 第2番 BWV826 Sarabande
6.パルティータ 第2番 BWV826 Rondeau
7.パルティータ 第2番 BWV826 Capriccio
8.イギリス組曲 第2番 BWV807 Prelude
9.イギリス組曲 第2番 BWV807 Allemande
10.イギリス組曲 第2番 BWV807 Courante
11.イギリス組曲 第2番 BWV807 Sarabande
12.イギリス組曲 第2番 BWV807 Bouree I/II
13.イギリス組曲 第2番 BWV807 Gigue

サウンズパルでしばらく売れ残っていたCD、恐る恐る購入してみました。

はい「アルゲリッチが弾くバッハ」に関しては、あのバッハの楽曲を、アルゲリッチがガンガンに弾き倒す図しか想像できません。

更に恐る恐るCDをプレーヤーに入れてスタートボタンを押しました。


姐さん大変です・・・。


アルゲリッチ姐さんのバッハは、全く想像通りの「情念てんこ盛りのバッハ」。

しかし、その鍵盤にガンガン込められた激しい感情の質量は、アタシの予想なんざ軽く超えた、それはもうしばらく言葉を失うぐらいに凄まじいもの。

「これ・・・パンクだ・・・」

クラシック好きな方が聞けば怒られてしまうような言葉かも知れませんが、当時も今も、アルゲリッチ姐さんのこのバッハの演奏を表す言葉は、これしか知りません。

バッハの楽曲が、演奏家泣かせの完璧な構造を持つ”鬼”ならば、それに完全に真正面から挑みかかり、やや前にガッツンガッツン突っかかるようなアクセントでありながら、リズムや流れを一切乱すことなく、美しく狂おしい情感に満ちた右手と、容赦なく鍵盤に叩き付ける左手で、イメージを壮絶に塗り替えてゆくアルゲリッチ姐さんの演奏は、まるで美しい悪魔であります。

例えばピアノを先生に習ってる人がこんな風にガンガンに感情込めて弾いたらきっと怒られるでしょう。当然”習ってるレベル”の人がこんなことをやったら、感情に両手がついていかなくなって、演奏はたちまち破綻してしまうからです。

でも、アルゲリッチの演奏は破綻しません。バッハの時代はピアノがなく、ハープシコードのサスティンのない音で、平坦な演奏に、どうしてもなっていましたが、想像をたくましくすれば、もしもバッハの時代にピアノがあったなら、彼は秘めた感情を、ピアノを使ってこのように表現したかも知れない。そう思わせるぐらいに強靭な説得力がこの演奏にはあります。

それにしても聴く人を引きずり込んで話さない、魔力に溢れた演奏です。





(冒頭を飾るトッカータ ハ短調。これほんとに凄いんです・・・)



”アルゲリッチ”関連記事



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2016年11月09日

ドビュッシー:海(デュトワ)


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海、牧神の午後への前奏曲、夜想曲、遊戯 デュトワ&モントリオール響

(DECCA/ユニバーサル)

やっぱり海に近い所で生活している訳ですから「海」をテーマにした音楽や文学には、どこか本能的に惹かれたりします。それは単純に”海が好きだから”というのとはちと違う、その美しさも壮大さも、或いは恐ろしさも・・・、諸々の芸術というものが、それをどう表現しているのだろう?という、根っこからくる気持ちによります。

「海」がテーマの曲をアタシが聴くときは、単純に「わー、綺麗だねー」というのではなく、作者があの巨大で底なしで、とことん美しく、でも得体の知れない不可思議なものとどれだけ真剣に対峙して、海というものをどれだけ心の目をガッチリ見開いて見ているか?それに尽きる訳です。

で、ドビュッシーの「海」です。

ドビュッシーは近代フランスの作曲家で、先輩格に当たるチャイコフスキーやショパンから、繊細で優美、そして文学的で相当にロマンチックかつドラマチックな作風を受け継いでおり、更にそこにより多くの音階を駆使した技法で、実に抽象的で幻想的な世界を築き上げ、世間的には「音の印象派」とか呼ばれております。

凄い作曲家なんですが、実はコノ人、クラシック以外のジャンル・・・例えばマイルス・デイヴィス以降のモダン・ジャズとか、プログレッシブ・ロックとか、その辺に凄く影響を与えてもおりまして、最近では椎名林檎嬢なんかが「ドビュッシー最高!」とか言ってたのを何かで読んだことありますね。えぇ。。。

それはそうとして、ドビュッシーです。

ピアノ曲が有名なドビュッシーですが(元々ピアニスト志望だったというのもあるからでしょう)、実は交響曲や管弦楽曲など、いわゆるオーケストラ音楽でも優れた作品を残している人なのです。

「海」は、管弦楽曲の最高傑作と評価の高い曲です。が、そのことはアタシは大分後になって知りました(汗)。

「お、この前ピアノもの聴いて良かったドビュッシーだ。しかもタイトルが”海”かぁ・・・何かよくわからんが聴いとこ♪」

ぐらいの軽い気持ちで買った「海」これが実によくわからんかったのですが、実に良かったのですよ。

”わからんかった”というのは、ドビュッシー独特の、掴めそうで掴めない、繊細でめまぐるしい曲展開、”良かった”のは、だからこそのはっきりとした音階や”形”で浮かんでくるのではなく、もっと幻想的な”光”や”影”で脳裏に浮き上がってくるイメージの美しさです。

解説書を読むと「夜明けから日暮れまでの海の移り変わりを描写した楽曲」と書かれておりましたが、ハッキリ言って最初に聴いていきなりそこまでは分かりませんでした。でも、海の、特に海原の”動いてないようで
実は大きく動いている表情”というのは、とてもリアルに音楽で描かれているなと思いました。

その後、ドビュッシーをあれこれ聴いて思うのは「水辺での光の戯れ」という言葉です。ハッキリと捉えられる形はないけれども、そこに何か本質的なものが確かにある。そういう存在を光の乱反射とその反対側にある影で感じさせてくれる音楽。どんなタイトルが付いていようが、ドビュッシーの音楽は本質的に”それ”だと思います。

このアルバムは、他にもバレエ音楽も入ってます。

特に注目なのが、1曲目に収録されている「牧神の午後」。


(牧神の午後)


この曲は、元々バレエ音楽として書かれたものではなかったんだけど、文学界とバレエ界に凄まじいインスピレーションを与え、伝説の天才ダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーが主演/振り付けでバレエ「牧神の午後」を発表し、その前衛的なパフォーマンスは、賛否両論大いに物議を醸し、その後のバレエの歴史を変えたというエピソードがありますが、そこらへんはアタシがどうこう言うよりも、大リスペクトする山岸凉子先生の漫画で「牧神の午後」という大傑作がありますので、ソチラを読んでください。





ヒジョーにとっちらかった解説ですいませんが、ドビュッシーの「海」という作品、そしてこのアルバムに収録されている楽曲の数々は「音の印象派」というのが、なるほどこういうものなのか!と、ちょいと感性のアンテナが敏感な人にはすごくビンビンくる素晴らしい作品群です。えぇ、それこそジャズやロックが好きな人、音と音との知的で有機的な交感というものに惹かれる人は聴いてみて損はないと思います。




【演奏】
シャルル・デュトワ(指揮)
モントリオール交響合唱団
モントリオール交響楽団

【収録曲】
1.牧神の午後への前奏曲
2.海-3つの交響的スケッチ 第1曲: 海の夜明けから真昼まで
3.海-3つの交響的スケッチ 第2曲: 波の戯れ
4.海-3つの交響的スケッチ 第3曲: 風と海との対話
5.バレエ≪遊戯≫
6.夜想曲 第1曲: 雲
7.夜想曲 第2曲: 祭り
8.夜想曲 第3曲: シレーヌ(海の精)


指揮者はドビュッシーと同じくフランス出身のシャルル・デュトワです。

一時期NHK交響楽団の指揮者で「N響アワー」なんかにもよく出ておりましたので、知っている人は多いと思うんですが、アタシはこの人の事は「どんな音にも抒情を含ませることが出来るおじさん」と呼んでいます。

一見掴みづらいドビュッシーの音楽に、オーケストラを駆使して鮮烈さを保ちつつ、どこか儚げな抒情を演奏に「ふわっ」とコーティングするその指揮ぶりは素敵です。

実はドビュッシーの「海」はもうひとつ、恐ろしいぐらいに透明な美しさを放つピエール・ブーレーズ指揮の名盤もありますが、それはまた別の機会に。。。









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2016年08月19日

デュ・プレ 白鳥(チェロ名曲集)

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デュ・プレ/白鳥(チェロ名曲集)
(ワーナー・ミュージック)

音楽といえば、ほとんどアタシはガソリンのように耳から心に投入し、落ち込んでいる気持ちを奮い立たせたり、テンションをアゲたりするために聴いています。

でも、全部が全部そんなだとキツい、たとえば魚にとっての水のように

「あって当たり前だけど、ないと生きていけないもの」

として音楽に相対する気持ちを大事にしたいです。


クラシックは、パンク小僧・ロック小僧だったアタシにとっては長年「何か学校で教えられるタイクツな音楽」でしたが、実はそう思っていたのは、ツッパリたい年頃特有のよくあるポーズだったわけで、密かにバッハとかいいなと思って聴いてたりしました。

「いいものはいい」

なんて陳腐をぶっこくつもりは毛頭ございませんが、ロックだろうがブルースだろうがジャズだろうがクラシックだろうが、人間が喜怒哀楽をメロディやリズム、或いは歌詞に託して、魂を注入して作り上げた音楽に変わりはないわけです。

つまり

「カッコイイものはパンク!」

この精神で音楽をどんどん聴いてどんどん感動すれば、ジャンルなんてちっとも怖いものでもややこしいものでもない、ましてや「クラシック=難しい」なんてのはそれこそ20世紀より前の、もうとっくに化石になりつつある考え方なんじゃないかと思っております。

そう思わせてくれたきっかけをアタシにくれたのが、ジャクリーヌ・デュ・プレでした。

何かの雑誌で

「夭折の女性チェリスト」

とか書かれていたものを見て、まぁ似てはおりませんが、何か写真で見たその顔の表情に、何となくジャニス・ジョプリンに通じるものを勝手に感じて、少し気になってたんです。

そんなある日、テレビでたまたま彼女の映像を目にしました。

曲に合わせて体がゆらゆらと、次第に大きく激しく揺れて、その美しいチェロの音に、彼女が揺れるごとにどんどん情念が上乗せされるような、それは衝撃的な映像でした。


「パンクだ・・・」

この表現が適切かどうかはわかりませんが、とにかくアタシはそう思いました。何てことだ、クラシックにあんなに激しい音楽をする人がいたんだ、すげぇや、と一人で勝手に興奮して「ほれみろ、やっぱりジャニスと同じ種類の人だったじゃないか」と勝手に納得したわけです。

彼女の本当の魅力に目覚めたのは、CDを買ってからです。




【演奏】
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)@〜EI
ロイ・ジェスン(オルガン)F
オージアン・エリス(ハープ)G
ジョン・ウィリアムス(ギター)H

【収録曲】
1.シチリアンヌ(シチリア舞曲)*パラディス
(2〜4:3つの幻想小曲集 作品73)*シューマン
2.T.優しく表情を持って
3.U.快活で、軽やかに
4.V.速くて熱情を持って
5.無言歌 ニ短調 作品109 *メンデルスゾーン
6.エレジー ハ短調 作品24 *フォーレ
7.アダージョ(トッカータ、アダージョとフーガ ハ短調 BWV.564より)*J.S.バッハ
8.白鳥〜《動物の謝肉祭》より *サン=サーンス
9.ホタ〜《スペイン民謡組曲》より *ファリャ
10.コル・ニドライ 作品47 *ブルッフ


これも”たまたま”だったんですが、ある日ふと「そうだ、ジャクリーヌ・デュ・プレってすごかったな」と思い出し、どれでもいいからとCDを適当に選んだんですが、これが大当たり。

映像で見た時に耳に入ってきた彼女のチェロは、もう最初から最後まで激烈な情念の渦で、そういうのを覚悟してましたが、実際に音盤で聴いてみると、そのチェロの音は情念そのままに、より深い優しさや、繊細な感情のつづれおりを見せてくれます。

このアルバムは、メンデルスゾーンとかシューマンとかバッハとか、聴けば「あ、これか!」となる曲もたくさん入ってるし、ピアノでサポートしているジェラルド・ムーアのプレイもとても優しくて、余分なアレンジもないし、聴き易いです。

デュ・プレのチェロの、何というか情熱と慈愛が完全に諸刃状態でひとつの音の中にヒリヒリと溶け込んでいるあの音を聴くと、・・・いや、何度聴いても胸がいっぱいになります。





(本編とは関係ありませんが、ダニエル・バレンボイムとの素敵なセッション)


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2016年07月02日

ムーンドッグ More Moondog

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Moondog/More Moondog
(Prestige/OJC)

今日も脱力&脱水でムーンドッグをお届けしております。

「6番街のバイキング」「元祖ミニマリスト」「サン・ラーと並んで宇宙とコンタクト出来る人」とか、まぁムーンドッグに関して色々と知れば知るほど面白い逸話とか、そういうのがたくさん出てきて面白い。そして、彼が残した音楽も、実に自由で奇妙なんだけれども、とても風通しの良い、心地良いものであるんだよと前回の記事で書きました。

彼が活動を始めた1950年代のニューヨークは、それこそジャズマンにビートニク、画家やパフォーマー、その他諸々の前衛芸術家が、街に路上に溢れておりました。人種もそれこそ白人、黒人、中南米、アジア系などなどとにかく様々な人々が入り乱れておりまして、ムーンドッグの音楽には、独特のユルさがありながらもそんな当時のニューヨークの路上の空気感をリアルに感じさせてくれるものでもあるんだなぁと思います。

さて、ニューヨークジャズの名門レーベル”Prestige”は、ムーンドッグの初期の音楽の”そのまんま”を見事にレコーディングして「Moondog」というアルバムを出しましたが、プレステイジには更にラフで”そのまんま”な「More Moondog」という素敵なアルバムが出ております。





【収録曲】
1.Duet: Queen Elizabeth and Bamboo Pipe
2.Conversation and Music at 51st St. And 6th Ave. (New York City)
3.Hardshoe (7/4) Ray Malone
4.Tugboat Toccata
5.Autumn
6.Seven Beat Suite (3 Parts)
7.Oo Solo (6/4)
8.Rehearsal of Violetta's "Barefoot Dance"
9.Oo Solo (2/4)
10.Ostrich Feathers Played on Drum
11.Oboe Round
12.Chant
13.All Is Loneliness
14.Sextet (OO)
15.Fiesta Piano Solo
16.Moondog Monologue
17.Up Broadway
18.Perpetual Motion
19.loving It
20.Improvisation
21.Ray Malone Softshoe
22.Two Quotations in Dialogue
23.5/8 in Two Shades
24.Moondog's Theme
25.In a Doorway
26.Duet
27.Trimbas in Quarters
28.Wildwood
29.Trimbas in Eighths
30.Organ Rounds


いきなり30曲というボリュームにビビりますが、ご安心を。

この時期のムーンドッグの曲はどれも「小唄」と言って良いぐらいの、短くてシンプルな曲ばかりなので、聴いていても全然疲れません。

より”まんま”と書きましたが、このアルバムは1曲目から街の雑踏の音や人の声、動物の鳴き声などが入ってます。そして、前回は自作打楽器にピアノやチェロなどがメインだった演奏も、より自作楽器(パーカッションはもちろん、琴や琵琶みたいな音の出る不思議な楽器も多い)の占める比重が増えて、より無国籍&やさしいカオスのムードがアルバム全体から漂ってきて実にゴキゲンです。

転がるように繰り返されるリフとコード主体のピアノがカッコイイCとか、気持ち良い7拍子がジワジワくるパーカッションのための組曲E、中世ヨーロッパの古学みたいな異世界感がたまんないJなどなど、つくづくこれだけ多彩な楽曲の数々が、一人のアーティストの創り出す世界として、ユルいけれどもキチンとした統一感を持って響くって凄いなぁと思います。

そんなことよりムーンドッグは、夏の何にもしたくない暑気の中でダラダラ聴くのに最高の音楽なんですよ。聴いたことない方はぜひお試しくださいな。人間が優しくなれますよ♪


(動画をサーフィンしてたらこんな楽しそうな映像が♪)


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2016年06月29日

ムーンドッグ Moondog(Prestige)

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MOONDOG
(Prestige/OJC)


今日も暑いので脱力気味でいきます、体が弱っている時は胃腸に優しいものしかお腹に入らなくなると言いますが、耳だってそうです。この読者の皆さんならお分かりかと思いますが、アタシはコッテコテのギトギトな音楽が好きです。

しかし今年は夏バテ本格的にヤバイ感じで「よし、ここはひとつ朝から豪快なブルースで気合いを入れるのだ!」と思ってバディ・ガイかけてみたら、ちょっとヘロヘロになってしまいました。彼の気迫に全然体が追い着けない・・・。

そんなアホな〜・・・とセレクトを変えてみたのですが、ブルース、ロック、ハードなジャズ・・・どれもだめで、本当に泣きそうな気持ちでプレイヤーにセットしてみて「あぁ・・・これだ・・・・」とようやくホッとできたのがムーンドッグのナチュラルにアウトデラックスなユルユルの初期音源集「MOONDOG」でございます。

ムーンドッグは、1940年代からニューヨークの路上を中心に活動していた詩人でありパフォーマーであり、作曲家であり楽器発明家。

北欧神話にインスパイヤされた世界観を持ち、常にバイキングの格好をして路上で演奏や詩の朗読などを行っておりました。

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こんなのがいきなり大都会ニューヨークの路上に立ってるんです(!)

見た目で言えばハッキリと変人ではありますが、実は独学で点字を通じて音楽理論を学んでおり(彼は幼い頃に事故に遭い、失明しております)、言動も極めて紳士的で街の人やミュージシャン達から「6番街のヴァイキング」と親しまれて、いわゆる「名物おじさん」的な感じであったようです。

その音楽は、自作の打楽器をチャカポコ叩きながら、まるで童謡のようにシンプルで耳に馴染み易いメロディーを、時にインドや東洋、北欧やアフリカなどの世界の民族音楽から受けた影響を織り交ぜながら、独自のゆったりしたビートとメロディ、時にそれに乗る言葉などが不思議と柔らかな一体感を伴ってユル〜く流れてゆくものであり、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスといったミニマル・ミュージックの大物達に絶大な影響を与えてもおります。

そんなニューヨークの心優しい吟遊詩人、ムーンドッグが(どういうわけか)ジャズの名門インディーレーベル”PRESTIGE”からリリースした、1956年の脱力作「MOONDOG」これ、本日のオススメでございます。



【収録曲】
1.Caribea
2.Lullaby
3.Tree Trail
4.Death, when you come to me, may you come to me swiftly; I would rather not linger, not linger
5.Big Cat
6.Frog Bog
7.To a Sea Horse
8.Dance Rehearsal
9.Surf Session, in 3 parts, quartet
10.Trees against the sky, fields of plenty, rivers to the sea: this, and more, spreads before me
11.Tap Dance
12.Oo Debu
13.Drum Suite
14.Street Scene


基本。パーカッションが心地良く鳴って(つまりけたたましくない)て、それにピアノやヴァイオリン、曲によってはヴォーカルなんかが入る、ややモンドがかったラウンジ・ミュージックと申しましょうか。

とかくムーンドッグといえば「変人」の代名詞的に、一時期音楽界隈でも採り上げられたことがありましたが、音楽的には一見実にマトモであり、例えばFのピアノなんかを聴けばエリック・サティとゴンザレスが混ざり合う丁度その中間点にあるような、実にセンスのいい、そしてどこか郷愁すら感じさせてくれる(彼の言葉でいえば”神話的音楽”)音は、心のけばだったところにスーッと優しく作用して、気持ちよくほぐしてくれます。

AとCで、いきなり日本語の朗読(Aは赤ちゃんに「かわいいね〜」と語りかける女の人の声で、Cはポエトリー・リーディング。一瞬ボカロかと思ったけど、何で50年代にボカロあんねん!と思って正気に帰りました)が出てきたり、東洋っぽい曲の限りなく無国籍な中華サウンド感なんか、いかにもモンドであり、上質なサイケも感じます。

フツーに心地良いんだけど、よくよく聴いたら実際は色んな意味で”先取り”の多いサウンドであり、確かにムーンドック天才だと思います。いや、でも、このユルユル、純粋にこれが気持ちええんです。。。



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2016年06月16日

古楽のたのしみ

160616_224445.jpg古楽というのはヨーロッパの古い伝統音楽であります。

詳しい定義はよぉ分かりませんが、いわゆるクラシックのバロックと呼ばれる音楽以前の、主に中世に作られた音楽やその時代に作られた楽器を使って演奏するものが、クラシックの中で「古楽」のカテゴリに分類されておるようです。


楽器で言えば有名なものはまずバクパイプ、次いでリュートやリコーダー。

その他今のフルートの原型であるルネサンス・フルート、Jの字に曲がった笛のクルムホルン、角笛のゲムスホルン、琴みたいだけど弓で弾くこともあるプサルテリー、よく吟遊詩人が奏でている絵なんかで見るマンドーラ(マンドリンの先祖か)など、聴くだけでなく楽器を見てるだけで楽しく想像力を刺激するのが古楽なんです。

この素晴らしい音楽と最初に出会ったのは、我が国の古楽合奏団『コンセエル・ノヴァ』の一枚のCDでした。

もちろんこのCDは今は廃盤ですが、古楽についてはいつかじっくり書きたいと思います。
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2016年05月14日

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』、第9番『クロイツェル』、第8番(シェリング、ルービンシュタイン)

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ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』、第9番『クロイツェル』、第8番(シェリング、ルービンシュタイン)

「春らしい一枚を」

ということで、今日は昨日までのギトギトとは打って変わって爽やかな音楽を紹介したいと思います。

今、彼方から「お前ちっともさわやかじゃないがな!」という声が聞こえたような気がしましたが気にしない、気のせいです。

ベートーヴェンといえば「運命」とかの壮大な交響曲とか、或いはピアノソナタのイメージ・・・いや、写真や伝記のイメージで、どうもこう「苦悩の作曲家」と言われたり書かれたりすることが多く、なるほど彼の波乱万丈の生涯や楽曲の数々をじっとこう真剣に聴いていると、彼が創り出した「美」の根幹には、実に人間らしい苦悩や葛藤がたゆたっているなとは思うのですが、ある盤を耳にしてその先入観はほろほろと優しく崩れ去りました。

それが、本日ご紹介するヴァイオリン・ソナタ「スプリング」と「クロイツェル」です。

「何かショパンでも聴きたいなぁ〜」と、何気なく買ったショパンのワルツ集がとても素晴らしくて、アタシはリーヴィンシュタインという人が好きになった訳なんですけど、ある日激安セールのワゴンの中に、このアルバムを見付けました。




【演奏】
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)

【収録曲】
1.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第1楽章 アレグロ
2.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第2楽章 アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ
3.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第3楽章 スケルツォ:アレグロ・モルト
4.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第4楽章 ロンド:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
5.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第1楽章 アレグロ・アッサイ
6.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第2楽章 テンポ・ディ・メヌエット、マ・モルト・モデラート・エ・グラツィオーソ
7.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
8.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第1楽章 アダージョ・ソステヌート:プレスト
9.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第2楽章 アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
10.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第3楽章 フィナーレ:プレスト

「お、ルーヴィンシュタインがベートーヴェン弾いてるのか〜、珍しいのぉ」

ぐらいの本当に軽〜い気持ちで、セール特価¥500でラッキー♪という本当に俗な気持ちで入手して、自宅で聴いてたんですけれどもね、いや、これが実にいいんです。

「スプリング」も「クロイツェル」も、浅く想像していたベートーヴェンの曲とは全然違う雰囲気の、明るくて軽やかな感じの小品。

ルーヴィンシュタインのピアノを一言で言えばズバリ「気品」。

優しいタッチで鍵盤から導き出される音たちのひとつひとつが、えもいえぬ優雅な響きを宿しながら、大気中にふわふわといい香りを漂わせているような演奏であります。

気品に満ち溢れているとはいっても、決して聴き手を寄せ付けないような完璧無比のものではなくて、どこかいい感じに”隙”があるんです。

「よし、今日はクラシックを聴くぞ!ピアノがないとだめなんだ俺は、ぬがー!!」という時に聴く演奏家は、アタシの大好きなグールドやアルゲリッチを筆頭にたくさんおりますが、ルーヴィンシュタインはそういった時と場所を選ばずに聴けるからいいんです。

そしてヘンリク・シェリングの、繊細で軽やかな中に、秘めた哀愁を感じさせるそのヴァイオリンの音色、実はこのアルバムの主役なのに、ピアノの音と細やかに一体化しながら「ツツーー・・・」と、余韻を引きながら伸びてゆく旋律の、何と美しいことか。

ライナノーツによると、シェリングはユダヤ系ポーランド人で、第二次大戦の時にメキシコへ渡り(連合国軍への慰問の旅の最中だったと云います)、そこでそのまんま帰化してメキシコ人になったんですね。

メキシコではプロの演奏家としての仕事はせずに、とりあえず教師として生計を立てていたシェリングでしたが、1956年のある日、コンサートツアーでメキシコを訪れていたルーヴィンシュタインの前で演奏をしたところ「何て素晴らしい!君は音楽の世界へ戻ってくるべきだ!」との絶賛を受けただけでなく、音楽界のあらゆる関係者へとシェリングを紹介し、そして一緒にレコーディングまで行います。

この、1958年にニューヨークで録音されたアルバムは、正に”その時”の記念すべき作品であり、今や世紀を代表する名ヴァイオリニストとまで称されることになったシェリングの、その”再スタートの第一歩”が記録された歴史的名盤でもあるのです。

しかし、そんな凄い盤であるにも関わらず、二人の名手はこのジャケットのまんま、ニコニコと顔を見合わせながら軽〜く演奏して、美しい音楽を奏で合ってる。そんな心暖まる一枚です。

余談ですが、アタシは数年前までセキセイインコを飼ってました。

インコって音楽に反応して、一緒にさえずってとてもカワイイんですが、彼の一番のお気に入りがこのアルバムでした。やっぱり鳥さんはわかるんですね(^^



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