2016年06月29日

ムーンドッグ Moondog(Prestige)

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MOONDOG
(Prestige/OJC)


今日も暑いので脱力気味でいきます、体が弱っている時は胃腸に優しいものしかお腹に入らなくなると言いますが、耳だってそうです。この読者の皆さんならお分かりかと思いますが、アタシはコッテコテのギトギトな音楽が好きです。

しかし今年は夏バテ本格的にヤバイ感じで「よし、ここはひとつ朝から豪快なブルースで気合いを入れるのだ!」と思ってバディ・ガイかけてみたら、ちょっとヘロヘロになってしまいました。彼の気迫に全然体が追い着けない・・・。

そんなアホな〜・・・とセレクトを変えてみたのですが、ブルース、ロック、ハードなジャズ・・・どれもだめで、本当に泣きそうな気持ちでプレイヤーにセットしてみて「あぁ・・・これだ・・・・」とようやくホッとできたのがムーンドッグのナチュラルにアウトデラックスなユルユルの初期音源集「MOONDOG」でございます。

ムーンドッグは、1940年代からニューヨークの路上を中心に活動していた詩人でありパフォーマーであり、作曲家であり楽器発明家。

北欧神話にインスパイヤされた世界観を持ち、常にバイキングの格好をして路上で演奏や詩の朗読などを行っておりました。

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こんなのがいきなり大都会ニューヨークの路上に立ってるんです(!)

見た目で言えばハッキリと変人ではありますが、実は独学で点字を通じて音楽理論を学んでおり(彼は幼い頃に事故に遭い、失明しております)、言動も極めて紳士的で街の人やミュージシャン達から「6番街のヴァイキング」と親しまれて、いわゆる「名物おじさん」的な感じであったようです。

その音楽は、自作の打楽器をチャカポコ叩きながら、まるで童謡のようにシンプルで耳に馴染み易いメロディーを、時にインドや東洋、北欧やアフリカなどの世界の民族音楽から受けた影響を織り交ぜながら、独自のゆったりしたビートとメロディ、時にそれに乗る言葉などが不思議と柔らかな一体感を伴ってユル〜く流れてゆくものであり、スティーヴ・ライヒやフィリップ・グラスといったミニマル・ミュージックの大物達に絶大な影響を与えてもおります。

そんなニューヨークの心優しい吟遊詩人、ムーンドッグが(どういうわけか)ジャズの名門インディーレーベル”PRESTIGE”からリリースした、1956年の脱力作「MOONDOG」これ、本日のオススメでございます。



【収録曲】
1.Caribea
2.Lullaby
3.Tree Trail
4.Death, when you come to me, may you come to me swiftly; I would rather not linger, not linger
5.Big Cat
6.Frog Bog
7.To a Sea Horse
8.Dance Rehearsal
9.Surf Session, in 3 parts, quartet
10.Trees against the sky, fields of plenty, rivers to the sea: this, and more, spreads before me
11.Tap Dance
12.Oo Debu
13.Drum Suite
14.Street Scene


基本。パーカッションが心地良く鳴って(つまりけたたましくない)て、それにピアノやヴァイオリン、曲によってはヴォーカルなんかが入る、ややモンドがかったラウンジ・ミュージックと申しましょうか。

とかくムーンドッグといえば「変人」の代名詞的に、一時期音楽界隈でも採り上げられたことがありましたが、音楽的には一見実にマトモであり、例えばFのピアノなんかを聴けばエリック・サティとゴンザレスが混ざり合う丁度その中間点にあるような、実にセンスのいい、そしてどこか郷愁すら感じさせてくれる(彼の言葉でいえば”神話的音楽”)音は、心のけばだったところにスーッと優しく作用して、気持ちよくほぐしてくれます。

AとCで、いきなり日本語の朗読(Aは赤ちゃんに「かわいいね〜」と語りかける女の人の声で、Cはポエトリー・リーディング。一瞬ボカロかと思ったけど、何で50年代にボカロあんねん!と思って正気に帰りました)が出てきたり、東洋っぽい曲の限りなく無国籍な中華サウンド感なんか、いかにもモンドであり、上質なサイケも感じます。

フツーに心地良いんだけど、よくよく聴いたら実際は色んな意味で”先取り”の多いサウンドであり、確かにムーンドック天才だと思います。いや、でも、このユルユル、純粋にこれが気持ちええんです。。。



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2016年06月16日

古楽のたのしみ

160616_224445.jpg古楽というのはヨーロッパの古い伝統音楽であります。

詳しい定義はよぉ分かりませんが、いわゆるクラシックのバロックと呼ばれる音楽以前の、主に中世に作られた音楽やその時代に作られた楽器を使って演奏するものが、クラシックの中で「古楽」のカテゴリに分類されておるようです。


楽器で言えば有名なものはまずバクパイプ、次いでリュートやリコーダー。

その他今のフルートの原型であるルネサンス・フルート、Jの字に曲がった笛のクルムホルン、角笛のゲムスホルン、琴みたいだけど弓で弾くこともあるプサルテリー、よく吟遊詩人が奏でている絵なんかで見るマンドーラ(マンドリンの先祖か)など、聴くだけでなく楽器を見てるだけで楽しく想像力を刺激するのが古楽なんです。

この素晴らしい音楽と最初に出会ったのは、我が国の古楽合奏団『コンセエル・ノヴァ』の一枚のCDでした。

もちろんこのCDは今は廃盤ですが、古楽についてはいつかじっくり書きたいと思います。
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2016年05月14日

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』、第9番『クロイツェル』、第8番(シェリング、ルービンシュタイン)

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ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番『春』、第9番『クロイツェル』、第8番(シェリング、ルービンシュタイン)

「春らしい一枚を」

ということで、今日は昨日までのギトギトとは打って変わって爽やかな音楽を紹介したいと思います。

今、彼方から「お前ちっともさわやかじゃないがな!」という声が聞こえたような気がしましたが気にしない、気のせいです。

ベートーヴェンといえば「運命」とかの壮大な交響曲とか、或いはピアノソナタのイメージ・・・いや、写真や伝記のイメージで、どうもこう「苦悩の作曲家」と言われたり書かれたりすることが多く、なるほど彼の波乱万丈の生涯や楽曲の数々をじっとこう真剣に聴いていると、彼が創り出した「美」の根幹には、実に人間らしい苦悩や葛藤がたゆたっているなとは思うのですが、ある盤を耳にしてその先入観はほろほろと優しく崩れ去りました。

それが、本日ご紹介するヴァイオリン・ソナタ「スプリング」と「クロイツェル」です。

「何かショパンでも聴きたいなぁ〜」と、何気なく買ったショパンのワルツ集がとても素晴らしくて、アタシはリーヴィンシュタインという人が好きになった訳なんですけど、ある日激安セールのワゴンの中に、このアルバムを見付けました。




【演奏】
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)

【収録曲】
1.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第1楽章 アレグロ
2.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第2楽章 アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ
3.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第3楽章 スケルツォ:アレグロ・モルト
4.ヴァイオリン・ソナタ第5番へ長調 作品24「スプリング」 第4楽章 ロンド:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
5.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第1楽章 アレグロ・アッサイ
6.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第2楽章 テンポ・ディ・メヌエット、マ・モルト・モデラート・エ・グラツィオーソ
7.ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調 作品30-3 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ
8.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第1楽章 アダージョ・ソステヌート:プレスト
9.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第2楽章 アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
10.ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調 作品47「クロイツェル」 第3楽章 フィナーレ:プレスト

「お、ルーヴィンシュタインがベートーヴェン弾いてるのか〜、珍しいのぉ」

ぐらいの本当に軽〜い気持ちで、セール特価¥500でラッキー♪という本当に俗な気持ちで入手して、自宅で聴いてたんですけれどもね、いや、これが実にいいんです。

「スプリング」も「クロイツェル」も、浅く想像していたベートーヴェンの曲とは全然違う雰囲気の、明るくて軽やかな感じの小品。

ルーヴィンシュタインのピアノを一言で言えばズバリ「気品」。

優しいタッチで鍵盤から導き出される音たちのひとつひとつが、えもいえぬ優雅な響きを宿しながら、大気中にふわふわといい香りを漂わせているような演奏であります。

気品に満ち溢れているとはいっても、決して聴き手を寄せ付けないような完璧無比のものではなくて、どこかいい感じに”隙”があるんです。

「よし、今日はクラシックを聴くぞ!ピアノがないとだめなんだ俺は、ぬがー!!」という時に聴く演奏家は、アタシの大好きなグールドやアルゲリッチを筆頭にたくさんおりますが、ルーヴィンシュタインはそういった時と場所を選ばずに聴けるからいいんです。

そしてヘンリク・シェリングの、繊細で軽やかな中に、秘めた哀愁を感じさせるそのヴァイオリンの音色、実はこのアルバムの主役なのに、ピアノの音と細やかに一体化しながら「ツツーー・・・」と、余韻を引きながら伸びてゆく旋律の、何と美しいことか。

ライナノーツによると、シェリングはユダヤ系ポーランド人で、第二次大戦の時にメキシコへ渡り(連合国軍への慰問の旅の最中だったと云います)、そこでそのまんま帰化してメキシコ人になったんですね。

メキシコではプロの演奏家としての仕事はせずに、とりあえず教師として生計を立てていたシェリングでしたが、1956年のある日、コンサートツアーでメキシコを訪れていたルーヴィンシュタインの前で演奏をしたところ「何て素晴らしい!君は音楽の世界へ戻ってくるべきだ!」との絶賛を受けただけでなく、音楽界のあらゆる関係者へとシェリングを紹介し、そして一緒にレコーディングまで行います。

この、1958年にニューヨークで録音されたアルバムは、正に”その時”の記念すべき作品であり、今や世紀を代表する名ヴァイオリニストとまで称されることになったシェリングの、その”再スタートの第一歩”が記録された歴史的名盤でもあるのです。

しかし、そんな凄い盤であるにも関わらず、二人の名手はこのジャケットのまんま、ニコニコと顔を見合わせながら軽〜く演奏して、美しい音楽を奏で合ってる。そんな心暖まる一枚です。

余談ですが、アタシは数年前までセキセイインコを飼ってました。

インコって音楽に反応して、一緒にさえずってとてもカワイイんですが、彼の一番のお気に入りがこのアルバムでした。やっぱり鳥さんはわかるんですね(^^



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2016年03月09日

ミトロプーロスのシェーンベルグ

160309_230505.jpgディミトリ・ミトロプーロスといえば知る人ぞ知るウィーン楽派を得意とするアメリカの名指揮者(出身はギリシア)です。

中でも彼の指揮する重厚なシェーンベルクは圧巻です。

1945年録音のこのCDは、録音の粗さがかえって緊張感を高めてていいんですよ〜。真夜中に聴くとグッときます。グググッとな♪
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2016年01月12日

アルヴォ・ペルト Alina

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Arvo part/Alina

(ECM)

「沈黙する詩人」と呼ばれる北欧エストニア出身の現代音楽の作曲家、アルヴォ・ペルト。

そのペルトが1995年にレコーディングしたアルバム「アリーナ」は、アタシが今まで聴いてきたクラシック音楽の中で最も静かな衝撃を与えた作品です。

この作品とアルヴォ・ペルトを知ったきっかけというのは、何と言っても「ECMからリリースされているクラシックのしかも新作」というのと「現代音楽の知らないけど何か良さそうなやつっぽい」という、実に単純なミーハーな心の動き方をしたからなんです。

ECMは、ドイツのレーベルであります。

ジャズファンにはキース・ジャレットやチック・コリア、はたまたダラー・ブラントといった、独特の”クセ”と”透明感”を持つピアニスト達の奏でる「ピアノ」の本質を、物凄く繊細な録音で、鍵盤の糸の震えまで再現している、その徹底してクリアな、いかにもヨーロッパといった感じの”キリッ”とした音でおなじみです。

オーナーでありプロデューサーであるマンフレートアィヒヤーが「音の質感」というものにとことんこだわって、徹底して生身の”美しさ”を求めたそのサウンドカラーは「ECMサウンド」と呼ばれ、例えばアメリカのBLUENOTEなどとは好対照としてよく語られますが「美しい音」に目覚めたら、まぁ一度はこのレーベルのお世話になるもんですね。

アタシもキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」と、立て続けに聴いたヨーロピアン・カルテットの諸作品の美しさにヤラれたのを皮切りに、このECMからリリースされている作品を、とりあえずレーベル買いしていた時期があったんです。

「レーベル買い」の肝というのは、これは何と言っても「名前の知らないアーティストの盤を掘るべし!」なんですが、まー流石にECMは非英語圏のレーベルだけあって、名前も知らない、どころか何て読むのか全く判らない人達のアルバムがゴロゴロありました。

俄然燃える訳です。

そんな時に「知らんけど買っちゃえ!」と勢い買いしたのが、ケティル・ビヨルンスタの「海U」と、ヤン・ガルバレクとヒリヤード・アンサンブルの「オフィチウム」でした。

その静謐で、どこか心に重たいものを残して余韻がいつまでもエンドレスでリピートする音世界にアタシは「何!?何何これ!?ジャズじゃない・・・どっちかっつうとクラシックみたいなんだけど、くはぁ参った!!」と、思わぬ方向からドハマり致しました。

丁度その頃勤め先にはプログレとかユーロロックに詳しい先輩がいたので

「ECMのクラシックっぽいアルバム買ったんですけど、あぁれヤバいっすねぇ」

と言ったら、その先輩いわく

「ECMはクラシックのヤツこそヤバいんだぞ!つーか現代音楽にこんなに真面目に取り組んでいるレーベルなんてそんなにねぇぞ」

ということをアツく教えてもらい

「現代音楽」

という、当時フリー・ジャズ中心にジャズを斜め聴きしているアタシの心をキュンとくすぐるワードに程よく打ち抜かれて

「ほれじゃあ自分ECMのクラシックのやつ買い集めますわー」

と、宣言して意識しました。

それなりに意識をして都内のクラシックフロアのある大きなCDショップへ足を運んでみると、結構どの店にも良い感じにECMのアルバムは揃えてあって助かりました。

んで、アルヴォ・ペルトの「アリーナ」です。

編成を見れば、ピアノとヴァイオリンかチェロという、非常にシンプルなものでしたので、割と軽い気持ちで購入。

で、帰宅する途中の電車の中でウォークマンに突っ込んで聴いてみたのですが・・・


「これは・・・・いい!!!!」

あのですね「現代音楽」という言葉から単純にイメージしていたのは無調の、意味なんてないかあっても分からなくても良い系の、聴き手を冷たく突き放すような音楽でしたが、これに収録されている「アリーナのために」は、ピアノが穏やかな長調の和音のアルペジオ(たっぷりと空白に余韻を沁み込ませた)を、ゆっくりとしたテンポで弾く上を、ヴァイオリン(またはチェロ)が、動いても3音ぐらいの全音符を「スーーッ」と弾き続けて、これがとても美しいんです。

ペルト自身はとてもストイックな作曲家として知られ「音楽には余計は音が多すぎる。私は一切の無駄な音を譜面の中から消し去った音楽をしたい」という姿勢を貫いている人ですが、そう「現代音楽」と言いながらもペルトのそれは、ピアノとヴァイオリンの奏でる旋律から余計な装飾音の一切を削ぎ落として、バッハ以前のクラシック音楽の”美の根源”みたいなものに直接コミットしているかのように私は感じました。

ピアノ曲の「鏡の中の鏡」はもっと”響き”の美しさへの探求への一途さが感じられて、アタシは勝手にエリック・サティやビル・エヴァンス、または当時好きで聴いていたブラッド・メルドーといった、詩形を感じさせるピアニスト達の音と比較して、そのどこまでも骨格的な美しさを醸す「間」にうっとりしていました。

これはもう「クラシック」とか「現代音楽」とか、そういったカテゴリすら要らないような気がします。

何というか、今も例えば短歌を書く時とか、文学作品を読む時や、集中して何かを仕上げたい時に好んでペルトを聴いて、意識をその幽玄の中に泳がせているのですが、全ての美しい音楽から無駄を省いていったら、多分どんな音楽も、ここに収録されている「アリーナのために」か「鏡の中の鏡」のような形になるんじゃないかと思います。




【作曲】
アルヴォ・ペルト

【演奏】
ウラディミール・ピヴァコフ(ヴァイオリン,@D)
セルゲイ・ベズロードヌイ(ピアノ,@D)
ディートマル・シュヴァルク(チェロ,B)
アレクサンダー・モルター(ピアノ,ABC)

【収録曲】
1.Spiegel Im Spiegel(「鏡の中の鏡」ヴァイオリンとピアノによる)
2.Pärt: Für Alina(「アリーナのために」)
3.Spiegel Im Spiegel(「鏡の中の鏡」チェロとピアノによる)
4.Pärt: Für Alina(「アリーナのために」)
5.Spiegel Im Spiegel(「鏡の中の鏡」ヴァイオリンとピアノによる)



『私の音楽は、あらゆる色を含む白色光に喩えることができよう。プリズムのみが、その光を分光し、多彩な色を現出させることができる。聴き手の精神が、このプリズムになれるかもしれない』

−アルヴォ・ペルト





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