2018年06月14日

ギロッポン あ

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ギロッポン/あ
(呑福盤印)


え、いや、マジで!?(泣)

という具合に、先日ご紹介したサウスブロウ10年ぶりの復活アルバム『STAIN』の記事への反響がとても大きくて暖かくて、アタシはこの数日涙もろくなっております。

今日もちょっと前半に思い出話をしますんで、すいませんが悪しからずお付き合いくださいね。

まずアタシは、今このパソコンをカタカタやってる場所の近くで、親父とサウンズパルというお店をやっておりました。

2006年頃からの急激な売り上げの落ち込みと、道路拡張による立ち退きが決定的となって一旦閉じてしまったんですが、幸いな事に島の本当に音楽が好きなお客さんに支えられて、お店が無くなってもCDやレコードの注文を頂きますし、ブログもこうやって書き続けることが出来ております。

若いお客さんには「いやぁ、色々教えてもらったよ」と言われたりするんですが、よくよく思い返してみれば、アタシはどっちかというと人にものを教えるのは苦手で「あ、この人とは音楽の話が出来そうだな」という人を見付けては声をかけ「これ、いいよ。一緒に聴こう♪」と、ただ遊んでいただけのような気がします。いや、多分きっとそうです。

そんなアタシと遊んでくれたみんなというのは、1999年から2011年までの中学生高校生、そして20代の若い人達だったんですけど、まぁ素晴らしかった。

何が素晴らしかったかというと、特にバンドとか音楽やってる人達は、アタシが「いいよ!」というのはもちろん聴いてくれて「いいね!」と言ってくれたりくれなかったり、それぞれグッとくる反応を貰ってたんですが、アタシが「いいよ!」という前に、この人達の中でしっかりと「自分はこれが好き!」というのが、確固としてある人達ばかりだったんです。

皆さんご存知のように奄美は田舎です。

でも、その田舎な街で、J-POPが好きな人もいれば海外のロックが好きな人もいる、レゲエ、ヒップホップ、テクノ、プログレ、ブルース、ジャズ・・・。音楽好きそれぞれが、全員「みんなが好きなもの」の方向を向く訳でなく、良い意味で好き勝手自分好みの音楽を探して、それととことん向き合っている、お店では毎日そんな素敵な光景を目にすることが出来ました。

そんな素敵な感性を持っている若い人達は、やっぱり人間としても非常に魅力的で、その言葉や所作、ファッションのちょっとした所に至るまで、確実に「自分なり」のポリシーが滲み出て、そういうところも「おぉ、カッコイイな」と思って見ておりました。

カッコイイ人は、やっぱり高校を卒業して都会に行ってもカッコ良くて、更にそのカッコ良さを磨いてるんです。

で”あの時”の高校生で最高にインパクトがあった人として、現ギロッポンのチンギス君がおります。

第一印象を一言で言えば

「もう本当に顔が怖かった」

と、言うことに尽きるでしょう。

や、イカツい若者は、それまでもいっぱいいたし、その頃もいっぱいいたんですよ。

でも、この人の顔は他の人とは何かが違う、奥行きのあるイカツさだった。

実際喋ってみると、好きな音楽も、言葉のひとつひとつもピシャッと筋が通っていて(高校生です)、年上にはとても礼儀正しく、後輩や女子供お年寄り、小動物には常に優しい笑みとソフトな対応を忘れずに、とっても優しかった。それが余計に”ホンモノ”っぽくて(高校生です)、この人がお店に現れるようになってから、アタシの日常には最高に心地良い緊張感が漂うようになりました。

音楽の話、もちろんたくさんしました。特に印象深いのは、当時若い人に人気だったいくつかのバンドのことについて語った時、「音」「歌詞」ということにしっかりとした軸を置いて、鋭く分析した的確な評をしていたことです。

アタシがちょいとピンとこないバンドでも、この人の言葉を思い出しながら聴くと結構納得してツボにハマれる事がよくあって、そこでアタシの音楽の幅も拡げてもらったこと、今でも感謝しかありません。

バンド活動もこの頃からやっていて、それは今ギロッポンでやっていることと、基本姿勢はほとんどというか全く変わっておりません。

ヘヴィな音を突き詰め、その突き詰めたサウンドをどう響かせるのか、突き詰めた先にどのような言葉を放てばいいのか、イカツい顔をますますイカツくしながらピュアに語る表情は、ミュージシャンというよりも修行僧、もっとわかりやすく言えば鎌倉時代とかの荒法師のそのストイックさをヒリヒリと感じさせる、実に哲学的な表情でありました(高校生です)。







【収録曲】
1.明けの鴎
2.或いは、赤く
3.歩けども-take2-
4.虚-take2-


チンギス君は、そんな鎌倉時代の荒法師フィロソフィーなオーラを纏いながら上京し、共に島から上ったドラマーのトム君と”ギロッポン”を結成。

えぇと、確かあれは2006年だったから、今年は結成12年目ですね。

メンバーチェンジを経て、現在は

チンギス(Vo,g)
マエカワラクニオ(b)
シゲちゃん!!!(ds)

の3ピースで、八王子を拠点に暴れております。

ちょくちょく「今、こんな感じでやってます!」と、デモ音源を送ってくれたり、帰省した時はその度に耳や顔に穴が増えてたり辮髪とかモヒカンになってたり、第一印象の「もう本当に顔が怖かった」を「もう本当に顔が怖い」の見事な現在進行形に進化した雄姿を見せてくれたんですが、アタシは分かりました。会う毎にサウンドをゴンゴンヘヴィなものにして、その歌詞をギリギリまで尖らせて優しく光らせてきたであろうことが。

去年音源を聴かせてもらって、そのヘヴィ極まりない音と、嘘みたいな調和で満たされた美しい言葉が凄まじい圧力で炸裂しているその曲に、もうアタシの胸はドキドキが止まらなかったんですが、その時「あぁ、ギロッポンは10年だよ。10年ずっとずっとひとつのアツいものと壊れそうなものを磨いて叩いて燃やして練って、ここまで音楽美しくしたんだな」と、これは何て言えばいいんでしょう、もちろん個人的にすごく知っている人の、これまでも昔の音源から最近のライヴ映像とかでずっと聴いてきて、その音楽のコアな部分はまったく変わってない、安直な「ハードコア」とか「ヘヴィネス」という言葉では決して語れない硬派なバンドということは十分に知っていたはずなんですが、ここへきていきなりギロッポンが「今まで知らなかったけど聴いたらヤバイぐらいに衝撃を受けた未知のバンド」みたいに感じられて、それはもう言葉では言えない高まりが、ヴォーカルの絶叫や耳をつんざくギターの轟音や、腹にクるベースの爆音や、重厚なドラムのリズムと共鳴して激しく踊り出して、で、今、彼らの初の全国流通となった4曲入りミニアルバム『あ』を聴きながら、そんな高まりを確信へと昇華させています。


今日もちょっと奄美のこととか、一人の友人としてのチンギス君のアツい話とか、クドクドしましたが、アタシが究極的に素晴らしいと思ったのは、音楽というのは徹底的に”個”に帰属するもので、アタシが知っているはずの”チンギス”という人と”ギロッポン”というバンドが、その音楽を10年かけて未知の領域まで来た事で、アタシは完全に個としてギロッポンの音楽に興奮したり感動したりすることが出来てそれが嬉しいです。


この『あ』の音源でPVが公開されている『歩けどもtake2』という曲があります(youtubeでも試聴できますのでぜひ聴いてください)。

行き場のない気持ちを抱えながら途方に暮れる訳ではなく”行き場がないことそのもののエネルギー”みたいなものが、思考しながら生きている人間には常にあって、そういった重たいといえばすごく重たいテーマを、小細工とか理屈とか一切こねくり回さずに、もがいたりのたうち回ったりしながら”音”として吐き出してるギロッポンはカッコイイんです。ギロッポンはカッコイイバンドなんです。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月12日

サウスブロウ STAIN

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SOUTH BLOW/STAIN
(BLACK JACK RECODS)


生きていると嬉しいことがありまして、あの、今日はもう何かいきなり個人的なこと全開で、多分最後まで個人的バリバリで行くと思いますんで、そこだけご了承くださいね。

えぇ、生きてると嬉しいことがあるんですよ。

サウンズパルは名瀬市(現奄美市)の街の真ん中、末広町という所でやっていたお店です。

1988年に、アタシの親父が勤め人を辞めて一念発起して始めた小さなCDショップだったんです。

時代はレコードからCDに移り変わる時で、これが良かったんですね、元々の親父のキャラもあって人気のお店になって、で、99年にアタシが東京から帰って来て一緒にやっておりまして、そこでまぁ色んな人達と心を通わせながら音楽というものの素晴らしさを発信出来るお店になれたらなぁ、なんて思いながらお店に来る、主に中学生や高校生の子達と「あれが面白い」「コレがカッコイイ!」という話に毎日花を咲かせながら、90年代から2000年代までを楽しくやっていました。

それがおかしくなったのは、2006年頃ぐらいからでしたね。大体学年に5人ぐらいは「みんながまだ注目してないアーティストを先に聴いてやるぞ!」と意欲に燃える子が居て、その子の影響で1週間後ぐらいからその子が買っていったCDの問い合わせがたくさん来るというのがあったんですが、ある年代から若い子達が急に「島の外の事に興味ない」感じになってきまして、徐々にロックバンドやる人は少数派、洋楽とか昔の音楽とか聴く人はもっと少数派みたいになってきて、そこから文化に関してはなかなか素晴らしいものがあるなぁと誇りに思っていた奄美がどんどん精神的な田舎になって行って、CDも売れなくなってお店も閉じて今に至ります。

私は今でも正直状況に落ち込んでいる訳ですが、そんな状況下でも「音楽って素晴らしいんだよ」と発信して行くためにこのブログをやっているようなもんであります。

嬉しいのは、やっぱりサウンズパルを好きでいてくれる音楽好きの人達が今も居てくれて、アタシ個人にCDやレコードを注文してくれたり「ブログ読んでるよ、アレの記事面白かった」と、ばったり会った時に声をかけてくれる事があることです。

それで、もっと嬉しい事といえば、昔アタシが点頭に立っていた時に正に高校生とか中学生とかで、お店でたくさん色んな音楽に出会ってバンドを組んで、そして卒業して島を離れてからも好きな音楽をずっと愛しつづけていたり、バンドや表現活動を続けてるよという話を聞く事です。

ちょうどアタシが島に帰って来た時高校生だったのが、碩真也(せきしん)君と長村創(はじめ)君。

せきしん君はとっても明るくて素直な人で、聴いてる音楽もその性格にピッタリ合った元気が出るようなロックや、ポップスでもなかなかセンスのいいバラードを歌うシンガーのCDなんかをサッと見付けて「これいいっすよね」と好んでおり、はじめ君に至ってはその頃から同世代では「ズバ抜けてギターが上手いヤツ」と評判で、その上聴いている音楽の幅広さといったらもうアタシが「ほぉぉ、凄い」と思うほど幅広く、かつ一貫したセンスを感じさせてくれました。

卒業する前には「で、卒業したらどうすんの?バンドやるの?」みたいな話はもうこの時毎年恒例みたいになってて、アタシはバンドやってる人にはほぼ全員に訊いてました。

その時迷いなく「やるっす!」と即答してた人達は、東京や大阪に上ってすぐに活動を始めて、インディーズの雑誌なんかにすぐ載って、有名ライヴハウスなんかであっという間にワンマンとか張れたり、全国区で人気のバンドのオープニングとか務めたり、そういうのを見てアタシはそりゃあもう自分の事のように嬉しかったですね。

それから時が経ち、バンドやってた若い人達も30を超える年齢になり、それぞれ仕事をしたり家庭を持ったりで音楽から離れていった人もおります。そして、好きな音楽をひたすら頑張って続けてる人ももちろんおります。

そういった人達の「頑張ってるよ!」の便りが来ると、アタシも「うぉぉ!俺も頑張るからね!!」と、なれるんです。

せきしん君とはじめ君は、もちろん「やるっす!」の即答組で、大阪ですぐメンバーを見付け、サウスブロウというバンドを結成しました。

卒業から2年ぐらいで自主製作盤をひっさげて関西各地のライヴハウスで精力的な活動を展開し「ライヴがめっちゃいいバンド」みたいな感じで紹介されるようになったらすぐにインディーズデビュー、ラジオ各でのタイアップ決定。奄美サウンズパル限定で出した¥500シングルも全国から問い合わせが殺到して、おぉぉ凄い凄い言ってるうちにビクター(SpeedStar)からメジャー・デビュー。

彼らの音楽は常に純粋で真っ直ぐで、気持ちがいいほどストレートなロックでした。


インディーズからメジャーになっても、音楽性が全く変わらない、ただガンガンに疾走するコードカッティングに、吐くべき言葉を何の装飾もなくポジティヴに発声するヴォーカルは、その当時の日本のロックには”ありそうでない”という奇跡のバランスでキリッと爽やかに屹立していた訳です。

丁度この時期が、先程言った2005年から2006年。

音楽人口(って言い方はどうも不自然であんまり使いたくはないですが)が一気に下降線を下るその時期に、彼らのメジャーでの奮闘は、アタシが思ってるよりきっと大変なことだったと思います。

2007年にセカンド・フルアルバムをリリースして、活動はスローペースで”それぞれ”になって行きました。

せきしん君はアコースティック・ユニット”あおみどり”で、そしてはじめ君は音楽と演劇が融合した不思議なバンド”モーレン(mollen)”での活動を始め、それまでサウスブロウで熱く発散していたエネルギーを、共に内側でじっと温めながら熟成させていくような、それはそんな音楽活動に思えました。


その間、アタシは彼らのブログも読んでいて、上手く言葉には出来ない、どうにも”ひしひしとした気持ち”で音楽を懸命に模索している様子を、切実に感じ取っておりました。






STAIN

【収録曲】
1.月の向こう
2.その自画像
3.願い
4.都会
5.おやすみ
6.長い夜
7.最後の言葉
8.人間交差点
9.LIFE
10.THE SUN



そんな彼らからの嬉しい便りが、およそ10年ぶりのサウスブロウ完全復活(!)

いやもう嬉しかったですよ、そして復活したサウスブロウの音を聴いてもっと嬉しかった。


まずサウンド面から言えば、そのストレートでまっっっったく装飾やあざとさのないストレートなロックサウンドがまっっっったく変わってなかったんです。

あおみどりとモーレンで、音楽的には全く違う事をやっていて、そこで培った”幅”は相当なものだったと思いますが、この人達は得たものを表面にベタベタコーティングするような、そんなチャラいことはしません。「関係ないよ、サウスブロウの音楽やろ」とでも言わんばかりのふっ切れたサウンド。

でも、はじめ君のギターの音は、クリーントーンでもディストーションかましたトーンでも、何というか奥行きが出ていて、それは単に技術的な事ではきっとなくて、もっと根本的な情感の部分での凄い成長なんだろうなと(むしろレコーディング機材は以前よりシンプルになっているはず)、深く感じ入りました。

そしてせきしん君のヴォーカルも、これもう爽快さと声の整った太さは全く変わってなくて、思わず嬉しくて笑ってしまったんですが、歌詞に乗っているそのメッセージ性が凄く心に響く力を増していて、アタシは引き込まれました。

本当に、音楽やめようと思ったことも、アタシにも何度もあったし、報われないこと全部を誰かのせいにしたい事もあったし、一人の部屋で悶々と悩んだ事もこの10年ありました。でも、そういったネガティヴも全部一旦引き受けて力強い言葉にして、吐くべき声で吐いている真っ直ぐで表裏の全くない歌いっぷりにアタシは勇気付けられましたし、このバンドのこの歌を聴いて歌詞を心に入れたらきっとちょいとばかりは救われる人は多いんじゃないかと正直思います。

あと、ずっとサポートメンバーとしてリズムを支え、遂に正式メンバーになったヨコタダイスケさんの、このアルバムでのベースの存在感素晴らしいですね。やっぱりロックバンドには、こういう太い音でブイブイ言うベースですよ。

さて、余りにも個人的な感情を絡めて色々と褒めちぎってきましたが、アタシは最初からサウスブロウは奄美出身だからとか、お店の常連だったからとか、実際イイ奴だからとか、そういう気持ちで褒めているのではありません。彼らの正直過ぎてハラハラするぐらい正直なロック、これは日本のロックシーンには絶対必要・・・違う!ロックシーンなんかいらん!俺個人的にぶっちゃけ救われたから!以上!!


・・・あ、乱暴に終わるのはちょっとアレですので彼らのホームページへのリンク貼っておきます。

アタシが感動した復活作の『月の向こう』のPVも試聴できますんでぜひ観て聴いてくださいね。良いよ。






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2018年05月24日

戸川純 私が鳴こうホトトギス


戸川純 私が鳴こうホトトギス


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戸川純 with Vampilla/私が鳴こうホトトギス
(Virgin Babylon Records)


今日は柄にもなく恋について話してみたいと思います。

恋って何でしょうね?

もう40も過ぎたオッサンが真面目に考えてみて・・・、いや、涙も枯れた中年だからこそ、冷静に考えられるんじゃないだろうかと考えた結果

「それは、自分自身の全く知らなかった価値観を感情に与えてくれた人への感謝と感動」

なんじゃないかと思うに至りました。


これはもう昭和の頃の話なんですが、アタシが初めて恋をしたのは、大好きだった映画『グーニーズ』の主題歌を歌うシンディ・ローパーです。

確か小学校の3年か4年生の頃だったと記憶しています。

とても心が荒れていて、何をするにも気分が悪かった時にたまたまテレビで見たシンディ・ローパーが、真っ赤に染めた髪の毛を振り乱して歌う姿に自由と解放の喜びを始めて感じました。

それから十代になり、出会ったのが戸川純でした。


更に”荒み”をこじらせていた厄介な思春期に、今度は自由だけじゃない、あの複雑な表情の中に抱える重たくて暗いものを感じさせながらも、トロ〜ンとした気だるい雰囲気と口調からは想像出来ない、キュートだったり激しかったり、または純粋に(それは不純なものがないという本来の意味で)、綺麗だったり、もう聴いているこっちの感覚がまるで付いていけないほど心を揺さぶってうち震えさせてくれる歌唱に、それまで抱いたことのない感情を無理矢理開かされた、そんな気持ちになりました。

戸川純という人は、その頃(80年代)のひとつの象徴みたいな人で、可愛くて整ったアイドルがたくさん出てきて、それがオニャン子クラブでもう破裂しかけていた時に、少なくともアタシには、たった一人で壊れてしまいそうな程不安定な存在感と、いわゆるウケやその他を狙ったアイドルとはまったく逆の、内側から溢れる知性や感受性とかそういったものの力だけでテレビに出ているのを見て、密かに「この面白いお姉さんカッコイイなぁ」とは思っておりました。

それが”特別”に変わるまでには、少し時間があったかも知れません。

一丁前に音楽に目覚めてから、ミュージシャン/アーティストとしての戸川純を知ってからは、それはもう、まごうことなき”恋”でありました。

歌の話に戻りますが、戸川純の歌はぶっ飛んでいます。

ソロ名義の鋭くポップな作品や、大正昭和の頽廃ムードの溢れる”ゲルニカ”や、パンク/ニューウェーブの”はっちゃけ”が哲学的な歌詞と混然一体となったヤプーズ、どれも戸川純ですが、まぁどれも見事に芸風から歌い方まで違う。

違うけど、歌詞もパフォーマンスも、歌声も、全体的に狂気、それもただ暴力的で攻撃的なものではない、言葉にすると妙だけど、優しくて純粋な狂気を感じさせるという面では、この人の表現は一貫しています。

好きである余り行き過ぎてしまう、純粋であるがゆえにはみ出してしまう、その行き過ぎてはみ出した部分が彼女の声を離れてこちらの胸の奥底に届く時、ヒリッとした痛みを感じるんですね。

痛みなんてものは痛いに決まってるんですが、この痛みは不思議とその頃のアタシの心の中の痛い部分に優しく染み込んで切なく溶けてゆく、そういう決して前向きではないんだけど、美しい痛みだと感じておりましたし、今も感じております。

ここら辺の細かいところは、これからこの人の過去の作品をレビューする上で、もっと細かくしつこく書いて行こうと思います。

大切なのは今現在であります。

まぁそれから色々あって、音楽も色々聴きまくって、戸川純という人のことは、美しい思い出になりかけてたんですが、2016年のある日、たまたまラジオを聴いていて、相変わらずトロ〜ンとした独特の声を聴いて、アタシはラジオのボリュームを目一杯上げました。

あの、夢中になっていた時期と何っっにも変わっていない戸川純!今もライヴしてて、しかも番組内で視聴者からのお便りが、10代とか20代とか、そういう若い人達のばかり(!)

あぁそうだったんだ、今もこの人の歌は、痛みを抱えている若い人達の心に届いて、そして多分その人達に生きて行く勇気を与えてるんだなぁと思って、そしてそのラジオ番組を聴いているアタシも、あの夢中になっていた時期と何っっにも変わらない気持ちで、彼女の話す一言一言をじっと聞きながら、感動と感謝を噛み締めておりました。







【収録曲】
1.赤い戦車
2.好き好き大好き
3.バーバラ・セクサロイド
4.肉屋のように
5.蛹化の女
6.12階の一番奥
7.諦念プシガンガ
8.Men’s Junan
9.わたしが鳴こうホトトギス
10.怒濤の恋愛


新作のアルバムを出していたんですよ。

Vampilla(ヴァンピリア)というバンドに頼み込んで、バックを務めてもらって過去のセルフカヴァーと、新曲(タイトル曲)も含めたアルバムを作ったから、ぜひ聴いてくださいね。昔の曲やってるけど、もうヴァンピリアのアレンジが凄く凄くてカッコイイからと、戸川純に言われたらそりゃ聴かない訳ないじゃないですか。

で、聴きました。

あぁ・・・! これ!!!!

ヴァンピリアというバンド、ほんっとに恥ずかしいことに知らなかったんですが、この人達はノイズからテクノからハードコアからメタルからアンビエントまで、幅広いとかいう言葉では言い尽くせない知性と凶暴性で呑み込んで独自の「世界」を音楽で作ってきたバンドです。

凄く大所帯なんですが、プロフィールを見たら元ボアダムスの吉川豊人とか、ルインズの吉田達也とかが絡んでいるバンドじゃないですか。

サウンドの方は、例えば過去の作品では、割とカッチリしたバックの上で、戸川純の変幻自在で詩情とエモーションを絶えず繰り出すヴォーカルが、グングン浮き上がる感じだったのが、ヴァンピラは、編曲自体が思いも寄らぬ伸縮ぶりを発揮して、彼女のヴォーカルとピッタリ呼応している感じです。

ビートもちょっと普通じゃないし、ロック、クラシカル、民族調、エレクトロニカと、様々な成分がそれぞれ寄り添ったり煽ったり、あるいは同時に炸裂したり、本当に生き物みたいな生々しさを持ってます。

これ聴いて、時代がやっとこの人の独自の表現と、それによって創り出される世界と寄り添えるようになったんだというのが、とりあえずシンプルで正直な感想。

多分これだけじゃ読者の方はよく分かんないと思うので、無理矢理たとえを持ってくると、文学性とパンクスピリッツを増幅させたビョークですよ。や、ビョークだけじゃないし、決して”似てる”というのじゃないけれど、どちらも痛みと共に声を表出するけれども、聴く人に不思議な浄化作用をもたらしてくれるという意味で、共通するシンガーなんじゃないでしょうか。


それぞれの楽曲に関しては、過去のアルバムを紹介しながらじっくり書いていきたいので、まずは聴いて頂きたいとしか書けないのですが、このアルバム、凄いですよ。「昔有名だった人が、セルフカバーで懐メロやってる」とかそういうのとは真逆です。

80年代に異才として輝いたワン・アンド・オンリーの表現者が、あの時の衝動そのまんまに、2010年代に更に深く、更に鋭く尖った感性で今の音楽シーン(とかホントどうでもいいんですが)に殴り込んでことごとくぶっ潰せるぐらいの強さを持った新作です。

そして、聴く人の心には、歌詞と歌唱から来る”美しい痛み”が素晴らしく染みます。

心を揺さぶる真実の感動を求めている方価値観に、それまでなかった感情を与えてくれることでしょう。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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ラベル:パンク 戸川純
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2018年04月01日

高田漣 ナイトライダース・ブルース

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高田漣/ナイトライダース・ブルース
(ベルウッド)

またも久々の更新でございます(汗)

前回ライ・クーダーについて書いてから、いろいろと”ナチュラルで心地の良い音楽”について考えておりました。

ブルースやカントリー、フォークなんかを核にして、その周辺にハワイアン、カリプソ、レゲエ(ルーツ・レゲエ)などなど、世界中の音楽のエッセンスを散りばめててゆくといえば、言うはたやすいが実際にやってみるとなると、演奏テクニックはもちろん、扱う全ての音楽に対する深い理解や愛情がないととても自然には出来ないものでございます。

唐突に高田漣のことを思い出したのは、彼もまたスライド・ギターの名手であり、これまでリリースしてきた作品の中ではブルースにカントリー、ハワイアン、テックス・メックス、R&B、アイリッシュなどなど、世界中のありとあらゆる音楽が豊かに響きあってひとつのコンセプトを形成しているというところが、ライと実に共通する、というだけではありません。

やはりこの人もまた。ライと同じようにコアとなる大好きな音楽(音楽体験)があって、それを心の中で大切に大切に持ちながら、聴いてきた世界中の音楽にもその気持ちを伝達させて自分自身の表現に取り入れている。

何だか難しい言い回しになりましたが、つまり音楽が心から大好きな人達なんです。

高田漣は、フォークシンガーの高田渡の息子として生まれ、10代の頃からギタリストとして活動していました。

2世の人といえば、偉大な親の存在を意識し過ぎて壁を越えられないという共通の苦しみがあったりしますが、この人の場合は「親父は親父、俺は俺」と、早い段階から気持ち良くサックリ割り切っていて、お父さんもまたお父さんで「倅は倅、俺は俺」とまた好き勝手やっていたんです。

早い段階からペダル・スティール・ギターをメイン楽器に、色んな人のセッションで、まずはバック・ミュージシャンとしてキャリアを積んだ高田漣。スティール・ギターといえば「ハワイアンの楽器」として知られておりましたが、この人のサウンドはナチュラルな心地良さがありながら、どこかニューウェーブやエレクトロニカに通じる表現の”新しさ”みたいなものがありました。

で、2002年に待望のソロ・デビュー・アルバム『LULLABY』をリリースしましたが、70年代の名曲達をシンプルな編成とペダル・スティール・ギターの魅力でじっくり聴かせるこれが素晴らしい作品で、実力派としての評価を不動のものとしました。

その後も色んなミュージシャンのツアーやレコーディングのサポート、映画音楽の制作や、高橋幸宏、高野寛、原田知世らとのユニット”pupa"など、それこそジャンルを股にかけた幅広い活動を重ね、音楽的にそれぞれ違ったカッコ良さに彩られたソロ・アルバムもコンスタントに制作しております。




【収録曲】
1.ナイトライダー
2.ハニートラップ
3.Ready To Go ~涙の特急券~
4.Take It Away,Leon
5.Sleepwalk
6.ハレノヒ
7.ラッシュアワー
8.文違い
9.思惑
10.バックビート・マドモアゼル

そして2017年にリリースされた『ナイトライダース・ブルース』です。

これがもう何というか、実に素晴らしい。音楽的にはタイトルにある通り”ブルース”が軸になっているし、高田漣のスティール・ギター、ギター(エレキとアコギ両方)、バンジョーの見事な弾きっぷりは堪能出来るし、ブルースを中心に、ロックンロール、カントリー、R&B、ロカビリー、ジャンピン・ジャイヴ、セカンドライン、ハワイアンなどの、アメリカのルーツ音楽の豊かな響きが曲ごとじゃなくて、いろんなトラックの中でごくごく当たり前に溶け合っている。

で、そんな感じの、何というか「音楽の深いとこ」を上質にまろやかに、サウンドで表現してはいるんだけど、その鳴り方が「洋楽聴かない人おことわり」みたいな敷居の高い感じでは全然なくて、むしろごくごく日常のことをサラッとユーモアやホロッとした切なさを交えながら歌われる歌詞(これがブルース!)と張り上げない優しい声の効果で、ブルースとかアメリカン・ルーツ・ミュージックとか、そんなもん全然わかんなくても「これは良い日本語の音楽!」と、誰が聴いても心和む仕様になっているのが、もう何というか本当に素晴らしいんです。

「かわいいあのコに、気がつきゃカードも判子も渡しちゃった〜」

と、軽やかな曲調で歌われるもんだからつい「あらあら(^^;」となってしまう『ハニートラップ』、ジャンプ・サウンドにスティール・ギターか絡んで独自のウエスタン・スウィング×ハワイアン・スウィングみたいですこぶるカッコイイ『Take It Away Leon』(原曲はレオン・マッコーリフの超ご機嫌なウエスタン・スウィング・ナンバーなの〜♪)、セカンドラインの陽気なリズムに乗って満員電車と道路渋滞を歌う、ちょいと切ない『ラッシュアワー』が特にオススメですが、どの曲も良いよ、良いのよ〜♪






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年02月02日

ウェルカム・バック!ズボンズ

1.jpgズボンズ/Welcome Back Zoobombs
(クアトロ)

「日本のロック」と聞いて、「これ!」というバンドがいくつかあります。

アタシ個人のことで大変に恐縮ではありますが、大体音楽とかロックとかいうものを聴いてカッコイイと思うようになったのは小6から中1にかけての時期で、その頃(1980年代末)というのは日本全国を席捲していたバンドブーム、それがもう終わりの頃でありましたが、個性的なバンドやアーティストが次々と出てきて

「次はどんな連中が出てくるんだろう、どんな音楽を聴かせてくれるんだろう」

と、ワクワクしてテレビの音楽番組にかじりついたり、ラジオでロックをやる番組を探しては夜中こっそりカセットテープに録音したり、雑誌の中から活きのいいバンド情報などを、一文字でも見逃すまいと必死で読んで、それこそ青春の全てを捧げる・・・訳ではないけれども、それぐらいの勢いで音楽を探しておりました。

音楽というのはその頃のアタシを、学校とか日常とかそういうとても狭くて息苦しい空間の泥沼から強引に引きはがしてくれる刺激であり、違う世界に意識を放り投げてくれる力そのものでありました。

三つ子の魂百までとは言いますが、オッサンになった今でも、どこかで音楽というのはそういうもんであると思っております。学生時代はとうの昔に過去になってしまいましたが、大人になったら学校より強烈な、プランテーションみたいな世間とか社会とかいうものがあり、何だかよくわかんないけれど、あぁこういうのとは戦わんといかん、そう思ってもうかれこれ20年は経っています。

戦って勝てる訳ではなかろうし、そもそも自分が何と戦っているのか、それすら定かではないのですが、バカは死んでも治らないと言いますから、アタシは多分死ぬまでこのスタンスでありましょう。

で、アタシが大人になってすぐの頃、まるで中学生の頃のようにワクワクドキドキさせてくれるたくさんのバンドと出会いました。

その”3大ワクワクバンド”といえば、ギターウルフ、ゆらゆら帝国、そしてズボンズです。

どのバンドも音楽性は違う。反体制的なメッセージを具体的に歌詞に入れていた訳でもない、でも、彼らが放つ「音」そのものの、もう笑っちゃうぐらいの強さ、そして突き抜けてオリジナルな世界観そのものが、これはもうしっかりとパンクであると。つまりアタシにとっての”戦う音楽”であるなと一方的に惚れて作品をおっかけておりました。

今日はズボンズをご紹介するんですが、いやもうズボンズ、ズボンズですよ。最初に出会ったのは確かタワーレコードかどこかの大きなCDショップの試聴機コーナーで、ズボンズというマジなのかフザケてんのか分からないバンド名と、子犬がじゃれあっている何かかわいいジャケットに「何だこれ」と思ったのが出会いの始まりでありました。



【収録曲】
1.ドント・ディドレイ
2.ブラック・インク・ジャイヴ
3.ジャンボ
4.フラット・トップ
5.スワンプ
6.N.R.
7.ビルボーン・ブルース
8.ノー・ライン
9.ブラック・インク・ジャム


「どーせそのへんのオシャレバンドじゃろ〜」

と、からかうつもりでヘッドフォン装着してスタートボタンを押したら


「!?」

「!!!!!!!!!!」

きったなく歪んだギターの音に、やたらトンガった、その辺にあるものを全部吐き捨てるようなヴォーカル、ゴリゴリうるさいベースにバシャバシャうるさいドラム、そうこれはアレだ、自分が思う”パンク”という音楽でありしかもその中でもとにかく荒削りなガレージとかそういうヤツだ。

粗い

汚い

エグい

カッコイイ

でも

カッコつけてるヤツの音楽じゃない

つまり血がたぎる!!

アルバム「ウェルカムバック・ズボンズ」を聴いて1ヶ月ぐらは、その初期衝動の塊そのものな、ひたすら磨かれず削られているサウンドを、ひたすら60年代型のガレージパンクだと思って聴いてました。

でも、よくよく聴いてゆくと、一見荒削りなサウンドの中に16ビートファンクのリズムが散りばめられてたり、ブルース、しかもいわゆる王道の”渋いブルース”ではない、タフで荒々しい南部のエレクトリック・パンクなブルースを思わせるスライドギターのフレーズが飛び交ってたり、ハモンドオルガンとギターのアドリブっぽい掛け合いが、ガレージではなくサイケデリック・ロックのそれと同じトリップ感を醸していたり、まぁよくもよくもこれだけシンプルでまっすぐに暴走しているかのような音楽性の中に、色んなルーツ・ミュージックの興奮作用を、しかもヤバイ方の原液だけを抽出して混ぜ込んだなぁと、頭の方もしっかり感心させてもくれるんです。

90年代といえば、いわゆるミクスチャーロックが花開いた時代です(ズボンズのこのアルバムは97年)。

でも、その頃”ミクスチャー”といえばヒップホップとハードロックを掛け合わせたやつをすればミクスチャーだろうとかいう、やや安直に考えてもそれが出来るぐらいに、スタイルというものが確立されておりました。

ズボンズの音楽って、よく聴いたらガレージとサイケとブルースとファンクの濃厚なミクスチャーだったりするんですが、この力強いサウンドには、そんな安直を蹴り飛ばして笑いながら踏みにじれるリアリティがあります。当たり前だけど今聴いても鼻血が出そうになるぐらい興奮します。もうカテゴリ的なアレは「いつまで経っても鼻血が出そうになるぐらい興奮するやつ」でいいんじゃないかと。







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月17日

友川かずき 桜の国の散る中を

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友川かずき/桜の国の散る中を
(キング/SHOWBOAT)


洋楽はもちろん大好きですが、時折息を吸うように日本語の歌を心身に取り入れたい時があります。

アタシはどちらかというと言語というのは、活字で取り込むタイプです。

しかし相当に飢えてしまいますと、もう取り込むなんて生易しい方法では何もかも足りないという時がある。

そういう時は、まるでピストルから撃ち放たれた弾丸のような、剥き出しの痛みや激しさを孕んだ言葉、そのどうしようもない”強さ”を持った歌を聴きます。

で、友川かずき(現:友川カズキ)です。

この世のあらゆる抒情と憤怒と悔恨を呑み込んで、それを血ヘドのように吐き出す強烈なヴォーカル、そして、それと同等かそれ以上の破壊力を持つ彼の言葉。

その歌からは、何かを表現したいとか、こういう音楽をやりたいとか、そういった前向きな欲求に基づく衝動ではなく、もっと何かこうどうしようもない内側と外側の衝動に潰される寸前の自我が、まるで断末魔の悲鳴を挙げているような、そんな”ギリギリ”をずっと感じております。

あのね、カッコイイもの、価値観を粉砕してくれるもの、窮屈な意味から良い感じに外れてしまっているものを、アタシは割と簡単に”パンクだ”と言いますが、そういう条件からも友川かずきの音楽を棲家としている情念ははみ出してしまう。

1975年にフォークシンガーとしてデビューした人ですが、当然流行の青春フォークのカテゴリに当然入るはずもなく、現在に至るまでこれはずっと”孤高のパンクシンガー”だと。

色んな音楽聴いてきて、それぞれにグッと感動してきたんだけれども、この人ほど「これは○○だね」と、ジャンルで括れない人はいないし、だからといって無節操に色んなサウンドを観に纏ってきている人でもない。むしろサウンドに関しては自らが激しく掻き鳴らすアコースティック・ギターを中心としたシンプルなもので、その時々で編成が変わるだけです。でもパンク、ゆえにパンク。




【収録曲】
1.口から木綿
2.おどの独白
3.赤子の限界
4.問うなれば
5.点
6.闇
7.犬
8.桜の国の散る中を(会田哲士君の霊に捧ぐ)
9.囚われのうた


今現在も精力的な活動をしていて、出してるアルバムは結構な数になりますが、ハッキリ言ってこの人の作品はどれを聴いても衝撃です。

本日アタシが聴いていたのは、1980年リリースの5枚目のアルバム『桜の国の散る中を』。

1970年代後半に友川は、現在も共に音楽活動をやっている頭脳警察のドラム&パーカッション奏者、石塚俊明と出会って意気投合。そのサウンド表現をより先鋭的なものにしつつ、深く関わっていた演劇の世界からも多くのインスピレーションを得て、作品や楽曲の完成度を高めており、この作品は正にそんな時期に作られたアルバムです。

プロデュースは石塚俊明で、バックにはギター、ピアノ、ベース、ドラムを中心に、コーラスや和楽器(尺八等)など、様々な音を配した、非常に日本土着の”地の感じ”の強いサウンドであります。

そこに乗り、中心で炸裂する友川自身の声、歌、歌詞がもう何と言いますか、残酷で美しい。

特に中盤からの『問うなれば』『闇』『犬』『桜の国の散る中を』『囚われのうた』からの怒涛の展開は、もう何度も何度も耳から叩き込んで脳裏に埋めて、心で何度も噛み締めました。春、花、死、海、そういった根源的なものがどうしようもなく日本的なものを生々しい鮮やかさで描くイメージと、寄せては返す冬の荒波のような音・・・。

勢いレビューが感覚的な文体になってしまっているのは、かれこれ20年以上前に友川から受けた死んで生き返ってしまうほどの衝撃を、まだ上手く消化出来ないでいるからです。


”友川かずき”関連記事



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2018年01月12日

レイ・ハラカミ Unrest

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rei harakami/unrest
(Rings)


当時はアタシもリリースされる新しい音楽や古い音楽を、ただ夢中で追っかけてすげーすげー言ってただけでしたが、今になって考えてみると1990年代というのは、新しい手法で作られる音楽も、伝統的な手法への回帰を高らかに謳う音楽も、皆「今のリアルな音」というのもを表現の芯の部分に持ちながら、それぞれのジャンルが試行錯誤と切磋琢磨の程良い緊張感に満ちていたと思います。

だから自分がハマって購入するジャンルというものはあっても、その周辺で、例えば仲の良い友達とかがハマッているジャンルの音も聴かせてもらっては刺激をもらうというのは、音楽を聴く上でごく当たり前のことだったんですね。

とりわけアタシの周囲は、テクノに強烈にハマッてる人が、どこに行っても一定数おりました。

テクノに関しては

「何かアレだろ?打ち込みの繰り返しリズムの上で、電子音がピコピコ言ってるようなやつだろ?」

ぐらいに思っておりましたが、友達から

「いや違うよ、コレ聴いてみろよ!」

と言って聴かされたものがいっぱいあって、その中で

「なるほど、これはちょっと並の感性じゃないかも知れない。つうかテクノとかどうとかじゃなくて普通にカッコイイ音楽として聴けるぞ」

と思ったアーティスト達の中から、エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャー、ケン・イシイの名前を覚えました。

これも今にして思えば、なのですが、80年代は音楽が中身の質の部分はとにかく、出来るだけ新しく、いろいろ出来る機材を導入して、最先端の音を作ろうという考えの元に、テクノロジーを使った音楽というものが、シーンの表舞台で華やかに鳴り響いていたような気がしますが、これが90年代に入ってくると、進化というものに留意しつつ、その中で「新しい音楽」を奏でるために敢えて最先端よりも個性を確立することを選ぶアーティストが、ぼちぼち表舞台にも出てきた時代だったのだと思います。

で、テクノ・シーンの話になるんですが、外から見たら単なる”無機質な打ち込み音楽”でしかなく、恐らく中で音楽を作ってる本人達も「あぁそれで結構だよ」という意識があったのかも知れません。

テクノやハウスといった音楽は、あくまでクラブ・カルチャーの中の現場でその音を浴びて踊る人達のための音楽という認識があり、世に出される作品というのは、アナログレコードにジャケットすらない白とか黒とかの愛想のないプロモ盤のようなものばかりであり、事実それらは「今度クラブでこういう音楽流すから」というアーティスト達の無言の意思表示でもありました。

ところが90年代以降、この流れに変化が起こります。

世界でも日本でも”実力派”と呼ばれる、ポップスでもクラブでもファンを持つシンガー達によって、テクノ出身のアーティスト達が作成したトラックが使われたり、また、シングルのカップリング曲でリミックスと呼ばれるDJの録音アレンジが施されたものが、ポップスファンにも普通に鑑賞されるようになり、徐々に「生音楽(って言うのか)と電子音楽」を隔てる壁が薄くなってくるという現象が常時あちこちで起こっていたんですね。

今日ご紹介するレイ・ハラカミという人なんですが、この人はそんな時代を代表する電子音楽家で、もしかしたらこの人が生み出した音楽こそが、そんな時代を先頭きって切り拓いていったのかも知れません。

電子音だけど非常に繊細で透明で、その抽象的な表現の中にしっとり切ない”歌”を持っている。

この人の音楽を一言で言い現わすとこんな感じになります。

テクノと呼ばれるジャンルの中でも、リズムに特化せず、メロディというよりも”音と音との響き合いの隙間”に浮かび上がるフレーズを軸に音楽を展開し、特種な浮遊感の中でそれを泳がせるような、いわゆるアンビエントな質感で出来た音楽のことを『エレクトロニカ』と呼びますが、この人はその分野の世界的なアーティストです。

1996年に、ケン・イシイの変名ユニット『Flare』に収録されているリミックスを手掛けたことによってデビューしましたが、この時既に独特の”間”のある心地良い電子音で個性を発揮して、テクノ界隈のみならず、日本のロックやポップスのミュージシャン達の間で「京都から凄い人が出てきた!」と話題になっていたようです。

レイ・ハラカミは、後に矢野顕子、くるり、UA、ナンバーガール、GREAT3などなど、J-POPの名だたるバンドやシンガー達から依頼を受け、プロデュースやバックトラックの作成、リミックスなどで多くの名曲名演奏を生み出すことになります。

そのバックトラックは、敢えて旧式のMIDI機材を中心としたシンプルなサウンドを、逆再生という非常に古典的な手法で使うというスタイルを軸にした、電子音なのにどこかぬくもりのある質感を大事にしたもので、加えて過度に音を詰め込まない、モコモコしたアナログな音質、主旋律のどんなメロディにも美しく絡むメロディアスなトラックなどが「これはもうテクノとかエレクトロニカとか言うよりも、21世紀のポピュラー音楽の主流になる音なんじゃないか?」と各方面で絶賛され、レイ・ハラカミという名は世界的にも稀代のトラックメイカーとして知られることになるんです。

残念ながら活動が絶頂にあった2011年に40歳の若さで急逝してしまうんですが、それでも彼が作り出した”最先端よりも遥かなもの”であるところの音楽は、時代によりかからない、孤高の優しさと深さに満ち溢れているんです。






【収録曲】
1.on
2.more elbow
3.dessert
4.wreck
5.rho
6.pass
7.vice versa
8.code
9.after bonus (bonus track of this reissue album)
10.objective contents
11.bioscope
12.unrest

個人的にはUAの『閃光』とか矢野顕子とのユニット"yanokami"とか、くるりの『ばらの花』のリミックスとか、J-POPのズバ抜けた名曲が多い人ですが、レイ・ハラカミのソロ名義でその原点のサウンドが聴けるのが、このファースト・アルバム『Unrest』です。

彼のアルバムの中では最も”テクノ”と言っていいかも知れないこのアルバムの音楽は、基本王道といっていいミニマルな打ち込みが主となっております。楽曲そのものはどれも抽象的で幻想的ですが、独自の、いや、ワン&オンリーといっていい、ヒュッと胸をかすめて消えてゆくようなペーソスがふんだんに盛り込まれた音の質感、これが繰り返し聴いているうちに、本当に意識の奥底にジワジワと染み込んで、そして時折思い出したように切なくさせてくれて、これがとてもいいんです。

よく日本人が作るこういったエレクトロニカな音楽は、禅とか俳句とかに喩えられたりしますし、確かにレイ・ハラカミの音楽が持つ独自の情緒とか、和の音階じゃないのに和な感じのするトラックは、そういう風に評価されてなるほどと思いますが、静謐でメロディアスだからといって、決して内側に小さく入り込んでいるだけじゃないんですね。どんなに哲学的でもその音が持つ可憐な明るさみたいなものは、確実に外に向かってると思います。

そういうところがポップスと上手く溶け合ったんですよね、というよりこの人は最初からポップスを作っていたのかも知れません、使った機材がたまたま電子機器だっただけで。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年11月19日

INU メシ食うな

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INU/メシ食うな
(徳間ジャパン)


みなさんこんばんは、気温も寒くなって機嫌が良いので、今日は”そもそも”についてお話しようと思います。

考えてみればそもそもアタシが音楽にハマッたきっかけは、小学校6年の頃に聴いたブルーハーツです。

音がどうとかスタイルがどうとか、アタマの悪い小学生にはそもそもそんなことは分かりません。

ただ、歌詞が良かったんですね。

そもそも思春期だったんです。

思春期といえば、友達関係とか異性のこととか、そういう事に思考がのめり込む時期で、アタシも一丁前にそういうことで悩み始めておりました。

そもそもアタシのいけないところは、手前のクダラナイ悩みにも、すーぐ世の中という、手前には手に負えないスケールのことを持ち出して、必要以上に深刻になってしまうことでありまして、ええ、最初にそういったことを具体的に思考に絡めて、よせばいいのに悩み苦しんでおったのが実に小学校から中学校に上がるか上がらないか、そのぐらいの時期だったんじゃないですかね。

その時に聴いたブルーハーツの歌詞というのが、アタシにとっては救いであり天啓であり、キリスト教徒にとっての聖書とか、中国共産党員にとっての毛沢東語録とか、アントニオ猪木ファンにとっての赤いバスタオルとか、猫にとってのマタタビとか、そういうものだったんですね。

で、親父に

「この音楽は一体何ていう音楽だ?」

と訊いたら、親父は

「パンクだ」

と言うのです。

そもそもパンクというのは、世の中の体制みたいなものにノーを唱えるメッセージみたいなもんが必要なんだ、と。

アタマの悪い小学生ながら、ほほぉと思いまして、アタシはパンクにのめりこんで行く訳です。

パンクロックというのは、1970年代のイギリスで誕生したんだと言われ、イギリスのパンクも聴きたかった訳なんですが、そもそもブルーハーツの歌詞に感動したお子様なので、英語の歌詞は分からないからとりあえず日本語のパンクを聴かせてくれやと、オススメされるままにアナーキーとかスタークラブとか、ラフィンノーズとかもよぉ聴いとりました。

その頃丁度バンドブームというのがあって、ラフィンノーズは2コ上とかの先輩達が「ゲット!ゲット!ゲットグローリー!」とか言って盛り上がってました。

アタシもその中に恐る恐る混ざってみたりしたこともありましたが、いやちょっと待て、そもそもこの”パンクロック”というのは、みんなで仲良く一緒にをーをー言う種類のパンクロックだ。そもそもアタシが好きなのは、何かこうもっと個人的なアレのヒリヒリしたところにチクッとくるようなものが欲しいんだ。と思いまして、田舎ということもあり「パンクロックは家で一人で聴く音楽」に、早々と認定してしまい、それについて学校とかではっちゃけることはあんまなかったです。

そもそもアタシは暗い人間です。

学校を適当に切り上げて、ウキウキで家に帰ってきたら自転車で街に出てCDとジュースとお菓子を買って、家で聴く。たまに友達と街で会えば、そりゃ遅くなるまで適当なことで盛り上がったりもしましたが、そもそも心はいつも我が家の自室のCDラジカセと共にあるよーなクソガキでした。

例えば夜の10時とかに帰ってきても、サッとメシ喰って、ジャッと風呂浴びて、部屋に籠って爆音で音楽を聴くと。

それを面白がって見ていたのが母親で「これを聴きなさい」とオススメしてくれたカセットテープには、スターリン、レピッシュ、PINK、BUCK-TICK、筋肉少女帯、そして町田町蔵のバンド”INU”なんかが入っておりました。

そもそも母親は、そういうカセットにしれっと遊佐未森なんかを入れるヒドい人なんでありますが、この人の「これ、パンクよ」と言うバンドやアーティストの曲は、大体どれも「仲間ををーをー言わない歌詞/音楽」だったりして、非常に好感が持てたのですが、特に「これがいいの!」と熱を上げていたのがスターリンと町田町蔵です。

今は作家の町田康として、素晴らしい小説や随筆をたくさん書いておられる人なんですが、そもそもこの人はパンクロッカーで、高校時代からもうバンド組んで関西では名の売れた人だったんですよ。



【収録曲】
1.フェイド アウト
2.つるつるの壷
3.おっさんとおばはん
4.ダムダム弾
5.夢の中へ
6.メシ喰うな!
7.ライト サイダーB(スカッと地獄)
8.インロウタキン
9.305
10.メリーゴーラウンド
11.気い狂て


INUですねぇ。

このアルバムは町蔵が”INU”としてリリースした唯一のアルバムです。はい『日本のパンクロックの黎明期の名盤』と呼ばれております。

名前がそもそも『町田町蔵』なんていうイカツい名前でパンクロッカーと言うんですから、アタシはてっきり何か物凄いゴツい声の、坊主頭で人相も凶悪で、上半身裸のプロレスラーみたいな人を想像していたんですが、ご本人のルックスは非常に端正なお兄さんで、ヴォーカル・スタイルも思ってたより全然ゴツくない、ついでに言えば音楽的にも拳振り上げて全力疾走する、いわゆるパンクロックというよりも、その後のニューウェーブの、物凄い硬派なヤツみたいな感じで、音楽的な完成度みたいなものが、あ、これは高いなと、そもそも音楽的な完成度とかそういう高度なことは分からなかったくせにそう思ったんです。

メンバーはとても流動的だったようですが、北田昌宏の緊張感溢れるギターが凄くて、町蔵の内へ内へと沈み込んで爆発する狂気のヴォーカルがギットギトに描く世界観と異常な親和性でリンクして、もう怖いぐらいなんですよ。

そう、このアルバムの「凄いなこれ」と思わせるところには、特有の”怖さ”というものがあります。

町蔵の歌詞は、この時代から(確かこれ書いた時はまだ十代だったと思う)実に文学的でやぶれかぶれで、内から湧き出るむき出しの言葉を、音程とか共感すらもどうでもいい、そんな潔さで聴き手の意識にぶつけてきます。

そもそも一人称が”俺達”になりがちな(言葉としてではなく態度として)ロックにあって、終始一貫して一人称”俺”なんですよ。


沢山の人間が居て 俺はその中の一人
定まらぬ視線の中で みんなお互い窒息寸前
ええ加減にせんと気い狂て死ぬ



大衆、世の中、世間・・・まぁ何でもいいんですが、そういった実に曖昧でやたら大きなものに、ガリガリの上半身を曝して包丁握って自爆しに行く。仲間なんぞいらん、勝手にやらかして勝手に死んだるわい!どの歌詞からも、そういったヒリヒリしたメッセージがガンガン飛んできて、あぁ、これはパンクだなと、納得なんか出来なくても、叫び、振り絞り、呻き、呟く町蔵のヴォーカルには、安直な”みんなでがんばろう”みたいなものを、吹き飛ばして切り裂いて、足で踏みつけてグチャグチャにする、凄まじい呪詛として、アタシの脳裏には写りました。

そもそも凄まじいネガティヴの力です。でもこのINUのサウンドと町蔵の怨念ヴォーカルには、クールでスタイリッシュなUKパンクから、そのまんま影響を受けた”パンク”にはない”パンク”を感じてしょうがないんですよ。

そもそも音楽に必要なものって、こういう正当な怒りなんじゃないかと、大人になってどうでもいい物分りの良さを身に付けたつもりのアタシは、今冷静に思っています。



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2017年11月10日

渦 ジャズとペプシ

昨日はちょいとお昼に時間があったので、窓を開けて寝ておりましたら、日差しが強くて何か顔がジリジリ熱い!というので目が覚めてしまいました。

・・・ほんとにね、もうね、11月ですよ奄美。

そんなことはどうでもよろしい、アタシは今日もそんなバテバテにめげずにグッド・ミュージックを紹介います。

ここんとこアレですね、秋なので感傷モードに入ってしまってピアノばっか聴いておりましたら、心の中に「あぁぁ!ロック聴きてぇ!!」という衝動が湧き上ってまいりました。いいぞいいぞ、で、何聴くよ?

と自問してみたら、導き出された答え

「うん、ロックつっても60年代とか70年代のクラシックスからちょいと離れて、最近の日本の、活きのいいバンドが聴きたいな。何つうか、こう青い勢いがあるような、そういうイカシたやつ」

ほうほう、青い勢いですかぁ。普段ロクなこと言っていないアタシですが、たまにはいいことを言うもんですな。

そんな感じで自分に感心しながら、最近のインディーバンドの音源などを「あれもいいこれもいい」と鑑賞していた折、特に心にグッときたのがコレ



あの〜”エモい”って言葉あるじゃないですか。

その言葉、今どんな意味で使われてるか、おじちゃんはよくわからんのですが、多分アタシの解釈では

「エモーショナルで内省的な、そこはかと哀愁漂うことがら」

だと思っとるんですね。

それって、そのまんま日本のロック、特に2000年以降のロックバンド達が出す音そのものだと思うんです。

で、今日ご紹介するのは”渦”というバンドです。

2015年に都内で結成されて、翌年に5曲入りミニ・アルバム『ジャズとペプシ』をリリースして、さっきの動画は今年、つうかつい来週の11月12日に(注:2017年現在)にリリースされる予定の4曲入り『ゴーグル2』
より最新の曲(「トレイラー」)なんですが、これ、いいですよ。シングルコイルのキラキラした鳴りの2本のギターが幻想を淡く紡いでゆく、パステルなサウンドカラーに繊細なヴォーカル、粘りのある音でキッチリビートを提供しながら、でもしっかり小技を効かせているベース、そして演奏の中心にドッシリあって、素晴らしくパワフルな、芯の座った音のドラム。

ほとばしるのは、淡く甘酸っぱい空気と、音楽が好きでたまんなくなって演奏をやっているその勢い。あぁ、いいねぇ、音楽ってこうだよねぇと、ジャンルやスタイルとかそういうもの以前にクッと胸が熱く押されるあの感じ。



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【収録曲】
1.ソーリー
2.愛しのインディーガール
3.ドルフィン
4.ジャズとペプシ
5.オバケは走る


実はアタシ、去年この「ジャズとペプシ」を入手して以来、ジャズを聴いてブルースのCDをセットするまでの合間に、60年代から90年代の洋楽ロックを聴いてる合間に、そう、合間合間に挟んでよく流していました。

ピュアな衝動と、優しい歌詞の世界観が、どの音楽ともすごく合うことに、ちょいとビックリ♪

”渦”現在都内中心にライヴもガンガンやっております。

イベントの情報やCDのご案内はコチラ↓の公式ページからどうぞ!
https://banduzu.jimdo.com/














『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年06月13日

憂歌団 Complete Best 1974-1997+LIVE アナログ

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憂歌団/Complete Best 1974-1997+LIVE アナログ
(フォーライフ)


ブルースが好きです。

いや、ブルースのない人生は考えられない。音楽だけでなくても、日常生活の中で何かしら切なくてホロ苦いブルースなものやブルースなことと不意に出会ったら、何故でしょう切なくてホロ苦いのにどこか心が不思議と安らいで、何だか今日も頑張って生きていこうとそんな風に思ってしまう。

こういうのおかしいですか?うん、おかしな話だとアタシも思います。でも、音楽を好きになる気持ちが深まって、音楽を愛してしまってたまんないという風になるというのは、もしかしたらこういうことなのかも知れません。

で、ブルースです。

ブルースという音楽は、アタシが言うまでもなく、アメリカの黒人さんが生み出した音楽なんですが、日常の中での世知辛かったりしょっぱかったりする出来事を感じて嘆いたり悲しんだり、でもソイツを何とか明るく陽気に笑い飛ばしたりしようぜって心はアタシら庶民の中には万国共通でございます。

ね、元はブルーでどうしようもない気分とか因果とか、そういったヤツでもゴキゲンな音楽に乗せりゃあハッピーになれる、聴いた人もハッピーになる。

そういった”心意気としてのブルース”を、日本で演奏してきたバンドがおりまして、このバンドは憂歌団というんですが、そうそう妖怪人間みたいな顔のぺちゃっとした関西弁のおっちゃんが、キュートなダミ声で唄ってね、グラサンかけたギターの人がソロ弾くんだけどピッキングもスライドもめちゃくちゃ上手くて味があって、ベースとドラムもずんちゃかずんちゃか、こらもう聴いてるだけでウキウキしてくるようなスカーンとしたリズム刻んで・・・というあのバンドでございます。

あ、はい、ここまで読んで「誰だそいつら?」と思った人もいいから憂歌団ってのはそういう人達なんだーって一旦思っといてくださいね。

大体アレですよ、ブルースバンドってのは、何だか渋い曲をエレキギターをキュイーンと泣かせてやってるもんみたいなイメージがあるでしょうが、憂歌団はちゃいま(←エセ関西弁)。アコースティックな、戦前スタイルのズンチャカで軽快なバンドなんです。

戦前スタイルとは何ぞや?というご質問には、細かく答えておりますとヒジョーに長くなりますので、そこらへんは当ブログの「ブルース」のカテゴリをヒマな時呼んでくださいますようお願いしますとして、そんなヒマねぇよという方に、あぁそうですかいと乱暴に説明すれば、エレキギターキュイーンでオーイェになる前のブルースは、明るく疾走したり、みんなでワイワイ歌えるような曲がいっぱいあったんです。

実はアタシが本格的に洋楽なるものを聴いて、ブルースも親父に聴かされて「ほほぅ、何かわからんけどいいね」と思ったアタマの悪い中学1年生の時、奄美で生まれて初めて行ったブルースのライヴ。これが憂歌団のライヴだったんですよ。

ある日いきなり親父が

「オゥ、今度の土曜日は名瀬公民館に憂歌団観に行くからお前空けとけぇ」

と言うので

「ゆうかだん?何それ?」

と思いながらも、まぁ何かコンサートだろうと思って、本当に何もわからんまま行ったんですが、その時のライヴがまー初めて体験した「ホンモノ」いやもうホントすごかった。

酒をガンガン飲みながら曲の合間合間にガラガラの関西弁で喋ってる、これ絶対ミュージシャンじゃなきゃその辺の盛り場で朝潰れてるよーなおっさんなんだけど「ほないこか」と言って唄いはじめた時の木村充揮のその凄まじい声の威力と引力ときたら・・・。

そいでもってギターはサングラスかけて正直見た目怖い人っぽいけど、もうギター小僧志望のクソガキのアタシが見ても「あぁ、このギターはやべぇ、並じゃねぇ。いや、プロなんだからんなもん当たり前なんだけど、その中でもかなりハンパねぇ部類の人だ」と分かるぐらいの凄腕の内田勘太郎。

そしてクールにビシャっとリズムを刻む、こっちは見た目も出す音も実に渋い花岡献治のベースと島田和夫のドラムスの完璧なコンビネーション!

いや、バンドのことなんか、ブルースのことなんか全然わからなかったですよ。でも分からない子供のアタシでも、気が付いたら席を立って、手を叩きながら足で一緒にリズム取ってたんですよ。

ライヴ終わった帰りに、車の中で親父に質問攻めでした。あのヴォーカルの人はすごい声だったけど、どうやったらあんな声になるのか、ギターの人は何か指にビンみたいなのはめて弾いてたけど(ボトルネックね)、アレはなんなんだ、そもそもあんなジャンルの音楽はテレビとかで聴いたことないけどアレは一体何ていう音楽だ。と。

そしたら親父、ライヴの興奮冷めやらぬような感じのデカい声で

「アレがブルースよ!」

と、もうザックリ答えてくれました。


まぁブルースですね。色々考えてアタシが誰かに同じ質問されてもそうとしか答えられません。


【収録曲】
(Disc-1)
1.嫌んなった
2.キィ・トゥ・ザ・ハイウェイ
3.おそうじオバチャン
4.はんか街のはんぱ女
5.サマータイム
6.イフ・アイ・ディドゥント・ラブ・ユー
7.10$の恋
8.パチンコ~ランラン・ブルース
9.当れ!宝くじ
10.ALL OF ME
11.スティーリン
12.渚のボード・ウォーク
13.嘘は罪
14.Boy,My Boy
15.ザ・エン歌
16.ア・イ・シ・テ・ル
17.Midnight Drinker
18.シカゴ バウンド

(Disc-2)
1.大阪ビッグ・リバー・ブルース (Album Mix)
2.胸が痛い
3.かぞえきれない雨
4.心はいつも上天気
5.Good time’s rollin’, bad time’s rollin’
6.キスに願いを
7.You are my Angel
8.夢
9.SLOW BOAT TO CHINA
10.オンリー・ロンリー・ジャマイカ
11.君といつまでも(ステイ・ウィズ・ユー・フォーエバー)
12.家に帰ろう
13.ちっちゃなダイヤモンド
14.ファンキー・モンキー・ベイビー
15.WOO CHILD
16.あれからゾンビ
17.風のうわさに

(Disc-3/DVD)
1.Midnight Drinker
2.ドロボー
3.おそうじオバチャン
4.シカゴ バウンド
5.大阪ビッグ・リバー・ブルース
6.胸が痛い
7.嫌んなった
8.パチンコ
9.Stealin’
10.キスに願いを
11.君といつまでも(ステイ・ウィズ・ユー・フォーエバー)



もちろん憂歌団は音楽的にもちゃんとしたブルースです。

大体日本人でブルースっつったら妙に黒人っぽさを出そうとかそういう意識が働きがちですが、憂歌団はあくまで音楽的なブルースを演奏の基礎に置きながら、スピリッツの部分はどこまでも日本人、つうかとことん"大阪のおっちゃん"を極めようというベクトルがあって、それがサウンド、演奏スタイル、そして歌詞とでピタッと合致して他にはない味になってる。

彼らの有名な曲で「おそうじオバチャン」とか「パチンコ」とか、いうすこぶるゴキゲンなナンバーがあるんですが、歌詞凄いんですよ。

「私はおそうじオバチャン」と軽快なリズムに乗ってあぁおばちゃんが楽しく掃除してるんだなぁと思ったら

「1日働いてたったの¥2000!」

と、ズバッと悲哀を投げつけるし、「パチンコ」もあぁパチンコ楽しいんだなと思ったら、いや待てこれはアカンぞ、ギャンブル中毒者の歌だぞと「パチンコパチンコ!」とパンキッシュな絶叫の繰り返しの奥にじっとり潜む狂気をぶん投げてくる。

でも、憂歌団はそういう悲哀とか狂気とかを歌の表面に塗りたくったりはしません。明るく楽しく、そして難しくないシンプルな言葉で、大袈裟にいえば本質を歌い上げるんです。これがブルースでなくて一体何でしょう。

もちろんそういう歌以外にも、音楽的な幅は意外と広くて「胸が痛い」や「数えきれない雨」みたいな擦り切れるようなエモーショナルなバラードは、後になってRCサクセションやブルーハーツなんかに受け継がれるスタイルの原型のようでありますし、日本語でカヴァーされている古いブルースも、今そこの飲み屋で出来た曲みたいな親近感がありますな。

ご紹介したアルバムは、とりあえずで聴いてみたい方へ、間違いなく「とりあえず」以上の愛聴盤になること請け合いの2枚組フルボリュームのベストです。限定盤には初期の貴重な映像がたっぷり入ったDVDも付いててコレが凄いんだ。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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posted by サウンズパル at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする