2018年07月08日

トキノマキナ メカノフォリア

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トキノマキナ/MECHANOPHILIA
(時野機械工業)


今更言うまでもないことですが、このブログは皆様に音楽をご紹介するブログです。

記事を書いてツイッターやフェイスブックにリンクをえいやと貼ってつぶやけば「いいねぇ」「これカッコイイよね」と、お蔭様で多くの音楽好きの方々から反響を頂きます。

いいですねぇ、嬉しいですねぇ。

はい、ほぼ更新すると何らかの有難いリアクションがありますので、夏バテしながらも何とか続けております。

皆さんからの反響の中で一番嬉しいのが

「これは知らなかった」

「聴いてみたくなった」

という反応ですね。


そう、音楽への感動というのは、知らない素敵な音に初めて触れた時の感動、コレがデカい。

アタシももういいトシでありますので、若い頃からむさぼるように色々な音楽を聴いてきました。

人はこれを知識と言うのかも知れませんが、いやいや、アタシは欲深いので、常に「もっともっとカッコイイ音楽、素敵な音楽があるはずだ!」と、毎日格闘&葛藤です。

読者の方から「これ聴いてみたい!」という言葉を頂けば、アタシはその言葉を発した方の気持ちになって「こういう風に未知の音楽と出会いたい」となるのです。

そこへいくとインターネットというものはやはり便利です。

「あ、ちょっと気になるなぁ」

という音楽のことを誰かがつぶやいてたら、それを覚えておいてすぐ検索をかけると音源が聴けたりしてしまいます。

で「これ好きぃ!」となったやつに関してはやっぱりCDでも何でもいいから、自分だけの音源をいつでも聴けるように手元に置いておきたい。

で、今日ご紹介する音楽はトキノマキナです。

このグループは、現在大阪を拠点に活動する、エレクトロニカ・ユニットですね。

知るきっかけとなったのはツイッターで、フォロワーさんがライヴの告知をリツイートしてたからなんですけど、そもそものきっかけは「音」じゃなくて「名前」だったんです。

「東大阪にある有限会社時野機械工業が開発したアンドロイドと、それを整備する社員(係長)による音楽ユニットとして結成されたトキノマキナ。メンバーは、アンドロイドの野中比喩(ヴォーカルと電子楽器)と、技術課整備係の岡係長(トラック制作)」

ヴォーカルの方の名前が”比喩”(!!)

ちょっとここで、アタシの中の音楽の人の脳とは別の部分の、ことばの人としての脳がピピピーンと反応しましてですね、えぇ、もう何て素敵な名前なんだろうと思い、もう一気に気になってしまったんです。

調べてみたら、この野中比喩さん、元々アイドルとして活動をはじめ、特殊メイクアーティスト、ヴォーカリスト、ノイズアーティスト、コスプレイヤーなどなど、様々な活動をこなす本当の意味でのアーティストと言っていいぐらいの人。

こういう人の音楽は、きっとカッコイイに違いないと思ってトキノマキナ聴いたら、コレが「期待通り」と「予想外」2つのカッコ良さにヤラレる素晴らしい音楽だったんです。


テクノやエレクトロニカというと、どちらかというと爆音でドッコンドッコンな重低音リズムとキラキラした刺さるような上モノが飛び交うダンスミュージックを想像する人も多いかと思いますし、実際アタシもそう思いがちなんですが、トキノマキナのトラックは、総じて電子音に繊細な感情があるかのようにヒリヒリしていて、そのヒリヒリした部分が心の何かこう弱ってるところにも優しく浸透していくような優しい悲哀があり、その音と完全に融合している野中比喩さんのウィスパーヴォイスも本当に染みるんです。




MECHANOPHILIA

【収録曲】
1.A-LIFE
2.LOOP
3.MODE SLEEP
4.NEURONOGRAM
5.RE-PLAY
6.reboot
7.SLAVE-世界が軋む音-
8.TRONSCAPE
9.yuria TYPE-D


アルバム『MECHANOPHILIA』は、2018年リリース、トキノマキナ初となる全国流通CDです。


内容は確かにエレクトロニカと呼べる、全編淀みなき電子音で綿密に構成されたトラックで演奏されておりますが、曲調の多彩さ、ギュッと中身が詰まった、ストーリー性のある歌詞もろもろ含めて「作品」と呼ぶに相応しい(つまり飽きない)CDです。

すごくすごく個人的にそのまんま感じたことを書きますと、エレクトロニカ、つまり電子楽器やサンプリング等の機材を使って製作した音楽というのは1970年代のジャーマン・クラウト・ロックから始まって、そこからアメリカに行ってディスコ文化と融合して、ダンスミュージックとしてのテクノが生まれ、そこから「如何に最先端であるか」というのが、この音楽の命題のようなものだったと思うんです。

で、21世紀になってパソコンで生演奏のような音楽まで全部作れるようになり、極め付けはヴォーカロイドの登場で、ある種の高みを極めた状態になり、さてこれから「人間が作って人間が演奏するエレクトロニカってどうなるんだろう?」と思ってたことの回答みたいなサウンドが、トキノマキナの、この”電子”の質感を最大限に活かしながら、切なかったり優しかったり、そしてどこか懐かしかったりする人間らしい感情をみっしり詰め込んだ音楽だと、アタシはしみじみ感じながら聴いております。

アタシの好きな曲で『SLAVE-世界が軋む音-』という曲がありまして、ビートはドラムンベースっぽく、そしてヴォーカルはエフェクトがかかり、クールな質感がとてもイカシてるんですが、これよく聴くと非常に美しい3拍子で、たとえばアコギ一本でやったら、アイルランドとかその辺の民謡みたいになるんじゃないでしょうか。

何が言いたいのか自分でもよく分かっておりませんが、そんな感じでトキノマキナの音楽って、今の最先端だけど、本質的に”記憶”の深いところに響く、それは聴く人個人のっていうより、もっと気の遠くなるような遺伝子レベルの・・・とか、あぁまた聴きながら一人で色々と心を遠くに飛ばしてエライことになってますが、ほら皆さん、ゲーム音楽とか聴いて「あ、これは何か懐かしい感情が湧いてくる曲だ」ってのありませんか?アレのああいう感じです、ぜひとも聴いて確認してみてください。

そして、今ドキわざわざCDで入手して聴いて欲しいというのには、曲とか内容とかだけじゃない、もうひとつの電子音楽ならではの大きなオマケが付いてるからなんです。

あのですね、このCDには

『ヘッドフォンで聴くと音楽が3D化されるように聞こえる、世界初の画期的な試み』

が、成されてるんです。

これは、トラック制作の岡係長という人が実は凄い人で、アーティスト音源だけでなく、アミューズメントパークの音楽なども実は手掛けている人で、つまり音楽の”効果”のスペシャリストなんです。

で、トキノマキナのアルバムの音響で、まるで映画やアトラクションみたいに、音が「動いてる」ように聞こえる仕組みを施そうとして、施したんですね。

アタシもいい加減機械音痴なんで、こんなヘタクソな説明でアレなんですが、そんな機会音痴のアタシがこんなにしどろもどろになりながら説明してるってことは、それだけにこの音響効果が実際凄いということを言いたいからなんです。

まず、音響効果で最も基本的なものといえばモノラルとステレオですね。モノラルというには録音の最も原始的な形態で、ひとつのスピーカーから音がまとまってズンと聞こえてくるやつです。

これに対してもっと臨場感とか出そうぜって開発されたのがステレオ。

2つのスピーカーからそれぞれ別々に楽器が聞こえるような録音調整が可能になり、これで得られるようになったのが”奥行き”と”拡がり”です。

で、今回は更にそのステレオを細かくして、音が拡がったり空間に奥行きが出来たりとかだけじゃない、ひとつひとつの音が分離したり融合したり、低い音だけが中心で力強く鳴って、上を飛ぶ高音域が頭の周りをヒュンヒュン飛び回ってたりするかと思えば、ヴォーカルが更にその前にフッと出てきて、本当に隣の耳元でささやいているかと思えばふわぁ〜っと空間に拡散して、飛び回ってる音と集合したりする・・・。

最初にアルバムの宣伝でこういう効果についての説明を読んでも

@「どうせお前、高級ヘッドフォンとかじゃないと大して違わないんじゃないのぉ?」

とか

A「3Dってアレだろ?映画のDVDとかみたいな、車酔いしそうな音響効果だろ?うぅ〜んどうかなぁ」

とか思ってたんですが、まず@については、我が家の安物ミニコンポと安物イヤホンとヘッドホンという組み合わせでもフツーに音響効果バリバリです。

で、それがどんな効果だったんだということがAなんですが、いわゆる”臨場感”だけを追求したような、妙に脳にダイレクトすぎる3Dとは、まず別物だと思ってください。


音はキッチリ分離して、まるで聴いているこっちが音空間の一部になってるような、凄い感覚になりますが、それがリアル過ぎてキツいとか、三半規管が疲れるといったことは全くないです。

よくよく聴いたら分離する音は細かく分かれてるんですが、それ以外のわざわざ分けなくてもいい音はしっかりと中心に残してあって、脳が「どの音を追えばいいか分からない」というパニックを起こさないんです。つまり何でもかんでもリアリティな音作りじゃなくて、しっかりと「聴く人がどれだけ感情移入出来て快適な音か」というところまでちゃんと考えて作られている。

トキノマキナのこのアルバム、色んな意味で音楽の革命じゃないかとアタシは心底思っています。

いつか音楽も3Dが当たり前になった時に、このアルバムの価値はきっと高く評価されるとは思いますが、それ以前にこのアルバムに収録されている音楽は、簡単に消費されてなくならない、しっかりとした音楽です。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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2018年06月14日

ギロッポン あ

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ギロッポン/あ
(呑福盤印)


え、いや、マジで!?(泣)

という具合に、先日ご紹介したサウスブロウ10年ぶりの復活アルバム『STAIN』の記事への反響がとても大きくて暖かくて、アタシはこの数日涙もろくなっております。

今日もちょっと前半に思い出話をしますんで、すいませんが悪しからずお付き合いくださいね。

まずアタシは、今このパソコンをカタカタやってる場所の近くで、親父とサウンズパルというお店をやっておりました。

2006年頃からの急激な売り上げの落ち込みと、道路拡張による立ち退きが決定的となって一旦閉じてしまったんですが、幸いな事に島の本当に音楽が好きなお客さんに支えられて、お店が無くなってもCDやレコードの注文を頂きますし、ブログもこうやって書き続けることが出来ております。

若いお客さんには「いやぁ、色々教えてもらったよ」と言われたりするんですが、よくよく思い返してみれば、アタシはどっちかというと人にものを教えるのは苦手で「あ、この人とは音楽の話が出来そうだな」という人を見付けては声をかけ「これ、いいよ。一緒に聴こう♪」と、ただ遊んでいただけのような気がします。いや、多分きっとそうです。

そんなアタシと遊んでくれたみんなというのは、1999年から2011年までの中学生高校生、そして20代の若い人達だったんですけど、まぁ素晴らしかった。

何が素晴らしかったかというと、特にバンドとか音楽やってる人達は、アタシが「いいよ!」というのはもちろん聴いてくれて「いいね!」と言ってくれたりくれなかったり、それぞれグッとくる反応を貰ってたんですが、アタシが「いいよ!」という前に、この人達の中でしっかりと「自分はこれが好き!」というのが、確固としてある人達ばかりだったんです。

皆さんご存知のように奄美は田舎です。

でも、その田舎な街で、J-POPが好きな人もいれば海外のロックが好きな人もいる、レゲエ、ヒップホップ、テクノ、プログレ、ブルース、ジャズ・・・。音楽好きそれぞれが、全員「みんなが好きなもの」の方向を向く訳でなく、良い意味で好き勝手自分好みの音楽を探して、それととことん向き合っている、お店では毎日そんな素敵な光景を目にすることが出来ました。

そんな素敵な感性を持っている若い人達は、やっぱり人間としても非常に魅力的で、その言葉や所作、ファッションのちょっとした所に至るまで、確実に「自分なり」のポリシーが滲み出て、そういうところも「おぉ、カッコイイな」と思って見ておりました。

カッコイイ人は、やっぱり高校を卒業して都会に行ってもカッコ良くて、更にそのカッコ良さを磨いてるんです。

で”あの時”の高校生で最高にインパクトがあった人として、現ギロッポンのチンギス君がおります。

第一印象を一言で言えば

「もう本当に顔が怖かった」

と、言うことに尽きるでしょう。

や、イカツい若者は、それまでもいっぱいいたし、その頃もいっぱいいたんですよ。

でも、この人の顔は他の人とは何かが違う、奥行きのあるイカツさだった。

実際喋ってみると、好きな音楽も、言葉のひとつひとつもピシャッと筋が通っていて(高校生です)、年上にはとても礼儀正しく、後輩や女子供お年寄り、小動物には常に優しい笑みとソフトな対応を忘れずに、とっても優しかった。それが余計に”ホンモノ”っぽくて(高校生です)、この人がお店に現れるようになってから、アタシの日常には最高に心地良い緊張感が漂うようになりました。

音楽の話、もちろんたくさんしました。特に印象深いのは、当時若い人に人気だったいくつかのバンドのことについて語った時、「音」「歌詞」ということにしっかりとした軸を置いて、鋭く分析した的確な評をしていたことです。

アタシがちょいとピンとこないバンドでも、この人の言葉を思い出しながら聴くと結構納得してツボにハマれる事がよくあって、そこでアタシの音楽の幅も拡げてもらったこと、今でも感謝しかありません。

バンド活動もこの頃からやっていて、それは今ギロッポンでやっていることと、基本姿勢はほとんどというか全く変わっておりません。

ヘヴィな音を突き詰め、その突き詰めたサウンドをどう響かせるのか、突き詰めた先にどのような言葉を放てばいいのか、イカツい顔をますますイカツくしながらピュアに語る表情は、ミュージシャンというよりも修行僧、もっとわかりやすく言えば鎌倉時代とかの荒法師のそのストイックさをヒリヒリと感じさせる、実に哲学的な表情でありました(高校生です)。







【収録曲】
1.明けの鴎
2.或いは、赤く
3.歩けども-take2-
4.虚-take2-


チンギス君は、そんな鎌倉時代の荒法師フィロソフィーなオーラを纏いながら上京し、共に島から上ったドラマーのトム君と”ギロッポン”を結成。

えぇと、確かあれは2006年だったから、今年は結成12年目ですね。

メンバーチェンジを経て、現在は

チンギス(Vo,g)
マエカワラクニオ(b)
シゲちゃん!!!(ds)

の3ピースで、八王子を拠点に暴れております。

ちょくちょく「今、こんな感じでやってます!」と、デモ音源を送ってくれたり、帰省した時はその度に耳や顔に穴が増えてたり辮髪とかモヒカンになってたり、第一印象の「もう本当に顔が怖かった」を「もう本当に顔が怖い」の見事な現在進行形に進化した雄姿を見せてくれたんですが、アタシは分かりました。会う毎にサウンドをゴンゴンヘヴィなものにして、その歌詞をギリギリまで尖らせて優しく光らせてきたであろうことが。

去年音源を聴かせてもらって、そのヘヴィ極まりない音と、嘘みたいな調和で満たされた美しい言葉が凄まじい圧力で炸裂しているその曲に、もうアタシの胸はドキドキが止まらなかったんですが、その時「あぁ、ギロッポンは10年だよ。10年ずっとずっとひとつのアツいものと壊れそうなものを磨いて叩いて燃やして練って、ここまで音楽美しくしたんだな」と、これは何て言えばいいんでしょう、もちろん個人的にすごく知っている人の、これまでも昔の音源から最近のライヴ映像とかでずっと聴いてきて、その音楽のコアな部分はまったく変わってない、安直な「ハードコア」とか「ヘヴィネス」という言葉では決して語れない硬派なバンドということは十分に知っていたはずなんですが、ここへきていきなりギロッポンが「今まで知らなかったけど聴いたらヤバイぐらいに衝撃を受けた未知のバンド」みたいに感じられて、それはもう言葉では言えない高まりが、ヴォーカルの絶叫や耳をつんざくギターの轟音や、腹にクるベースの爆音や、重厚なドラムのリズムと共鳴して激しく踊り出して、で、今、彼らの初の全国流通となった4曲入りミニアルバム『あ』を聴きながら、そんな高まりを確信へと昇華させています。


今日もちょっと奄美のこととか、一人の友人としてのチンギス君のアツい話とか、クドクドしましたが、アタシが究極的に素晴らしいと思ったのは、音楽というのは徹底的に”個”に帰属するもので、アタシが知っているはずの”チンギス”という人と”ギロッポン”というバンドが、その音楽を10年かけて未知の領域まで来た事で、アタシは完全に個としてギロッポンの音楽に興奮したり感動したりすることが出来てそれが嬉しいです。


この『あ』の音源でPVが公開されている『歩けどもtake2』という曲があります(youtubeでも試聴できますのでぜひ聴いてください)。

行き場のない気持ちを抱えながら途方に暮れる訳ではなく”行き場がないことそのもののエネルギー”みたいなものが、思考しながら生きている人間には常にあって、そういった重たいといえばすごく重たいテーマを、小細工とか理屈とか一切こねくり回さずに、もがいたりのたうち回ったりしながら”音”として吐き出してるギロッポンはカッコイイんです。ギロッポンはカッコイイバンドなんです。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年06月12日

サウスブロウ STAIN

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SOUTH BLOW/STAIN
(BLACK JACK RECODS)


生きていると嬉しいことがありまして、あの、今日はもう何かいきなり個人的なこと全開で、多分最後まで個人的バリバリで行くと思いますんで、そこだけご了承くださいね。

えぇ、生きてると嬉しいことがあるんですよ。

サウンズパルは名瀬市(現奄美市)の街の真ん中、末広町という所でやっていたお店です。

1988年に、アタシの親父が勤め人を辞めて一念発起して始めた小さなCDショップだったんです。

時代はレコードからCDに移り変わる時で、これが良かったんですね、元々の親父のキャラもあって人気のお店になって、で、99年にアタシが東京から帰って来て一緒にやっておりまして、そこでまぁ色んな人達と心を通わせながら音楽というものの素晴らしさを発信出来るお店になれたらなぁ、なんて思いながらお店に来る、主に中学生や高校生の子達と「あれが面白い」「コレがカッコイイ!」という話に毎日花を咲かせながら、90年代から2000年代までを楽しくやっていました。

それがおかしくなったのは、2006年頃ぐらいからでしたね。大体学年に5人ぐらいは「みんながまだ注目してないアーティストを先に聴いてやるぞ!」と意欲に燃える子が居て、その子の影響で1週間後ぐらいからその子が買っていったCDの問い合わせがたくさん来るというのがあったんですが、ある年代から若い子達が急に「島の外の事に興味ない」感じになってきまして、徐々にロックバンドやる人は少数派、洋楽とか昔の音楽とか聴く人はもっと少数派みたいになってきて、そこから文化に関してはなかなか素晴らしいものがあるなぁと誇りに思っていた奄美がどんどん精神的な田舎になって行って、CDも売れなくなってお店も閉じて今に至ります。

私は今でも正直状況に落ち込んでいる訳ですが、そんな状況下でも「音楽って素晴らしいんだよ」と発信して行くためにこのブログをやっているようなもんであります。

嬉しいのは、やっぱりサウンズパルを好きでいてくれる音楽好きの人達が今も居てくれて、アタシ個人にCDやレコードを注文してくれたり「ブログ読んでるよ、アレの記事面白かった」と、ばったり会った時に声をかけてくれる事があることです。

それで、もっと嬉しい事といえば、昔アタシが点頭に立っていた時に正に高校生とか中学生とかで、お店でたくさん色んな音楽に出会ってバンドを組んで、そして卒業して島を離れてからも好きな音楽をずっと愛しつづけていたり、バンドや表現活動を続けてるよという話を聞く事です。

ちょうどアタシが島に帰って来た時高校生だったのが、碩真也(せきしん)君と長村創(はじめ)君。

せきしん君はとっても明るくて素直な人で、聴いてる音楽もその性格にピッタリ合った元気が出るようなロックや、ポップスでもなかなかセンスのいいバラードを歌うシンガーのCDなんかをサッと見付けて「これいいっすよね」と好んでおり、はじめ君に至ってはその頃から同世代では「ズバ抜けてギターが上手いヤツ」と評判で、その上聴いている音楽の幅広さといったらもうアタシが「ほぉぉ、凄い」と思うほど幅広く、かつ一貫したセンスを感じさせてくれました。

卒業する前には「で、卒業したらどうすんの?バンドやるの?」みたいな話はもうこの時毎年恒例みたいになってて、アタシはバンドやってる人にはほぼ全員に訊いてました。

その時迷いなく「やるっす!」と即答してた人達は、東京や大阪に上ってすぐに活動を始めて、インディーズの雑誌なんかにすぐ載って、有名ライヴハウスなんかであっという間にワンマンとか張れたり、全国区で人気のバンドのオープニングとか務めたり、そういうのを見てアタシはそりゃあもう自分の事のように嬉しかったですね。

それから時が経ち、バンドやってた若い人達も30を超える年齢になり、それぞれ仕事をしたり家庭を持ったりで音楽から離れていった人もおります。そして、好きな音楽をひたすら頑張って続けてる人ももちろんおります。

そういった人達の「頑張ってるよ!」の便りが来ると、アタシも「うぉぉ!俺も頑張るからね!!」と、なれるんです。

せきしん君とはじめ君は、もちろん「やるっす!」の即答組で、大阪ですぐメンバーを見付け、サウスブロウというバンドを結成しました。

卒業から2年ぐらいで自主製作盤をひっさげて関西各地のライヴハウスで精力的な活動を展開し「ライヴがめっちゃいいバンド」みたいな感じで紹介されるようになったらすぐにインディーズデビュー、ラジオ各でのタイアップ決定。奄美サウンズパル限定で出した¥500シングルも全国から問い合わせが殺到して、おぉぉ凄い凄い言ってるうちにビクター(SpeedStar)からメジャー・デビュー。

彼らの音楽は常に純粋で真っ直ぐで、気持ちがいいほどストレートなロックでした。


インディーズからメジャーになっても、音楽性が全く変わらない、ただガンガンに疾走するコードカッティングに、吐くべき言葉を何の装飾もなくポジティヴに発声するヴォーカルは、その当時の日本のロックには”ありそうでない”という奇跡のバランスでキリッと爽やかに屹立していた訳です。

丁度この時期が、先程言った2005年から2006年。

音楽人口(って言い方はどうも不自然であんまり使いたくはないですが)が一気に下降線を下るその時期に、彼らのメジャーでの奮闘は、アタシが思ってるよりきっと大変なことだったと思います。

2007年にセカンド・フルアルバムをリリースして、活動はスローペースで”それぞれ”になって行きました。

せきしん君はアコースティック・ユニット”あおみどり”で、そしてはじめ君は音楽と演劇が融合した不思議なバンド”モーレン(mollen)”での活動を始め、それまでサウスブロウで熱く発散していたエネルギーを、共に内側でじっと温めながら熟成させていくような、それはそんな音楽活動に思えました。


その間、アタシは彼らのブログも読んでいて、上手く言葉には出来ない、どうにも”ひしひしとした気持ち”で音楽を懸命に模索している様子を、切実に感じ取っておりました。






STAIN

【収録曲】
1.月の向こう
2.その自画像
3.願い
4.都会
5.おやすみ
6.長い夜
7.最後の言葉
8.人間交差点
9.LIFE
10.THE SUN



そんな彼らからの嬉しい便りが、およそ10年ぶりのサウスブロウ完全復活(!)

いやもう嬉しかったですよ、そして復活したサウスブロウの音を聴いてもっと嬉しかった。


まずサウンド面から言えば、そのストレートでまっっっったく装飾やあざとさのないストレートなロックサウンドがまっっっったく変わってなかったんです。

あおみどりとモーレンで、音楽的には全く違う事をやっていて、そこで培った”幅”は相当なものだったと思いますが、この人達は得たものを表面にベタベタコーティングするような、そんなチャラいことはしません。「関係ないよ、サウスブロウの音楽やろ」とでも言わんばかりのふっ切れたサウンド。

でも、はじめ君のギターの音は、クリーントーンでもディストーションかましたトーンでも、何というか奥行きが出ていて、それは単に技術的な事ではきっとなくて、もっと根本的な情感の部分での凄い成長なんだろうなと(むしろレコーディング機材は以前よりシンプルになっているはず)、深く感じ入りました。

そしてせきしん君のヴォーカルも、これもう爽快さと声の整った太さは全く変わってなくて、思わず嬉しくて笑ってしまったんですが、歌詞に乗っているそのメッセージ性が凄く心に響く力を増していて、アタシは引き込まれました。

本当に、音楽やめようと思ったことも、アタシにも何度もあったし、報われないこと全部を誰かのせいにしたい事もあったし、一人の部屋で悶々と悩んだ事もこの10年ありました。でも、そういったネガティヴも全部一旦引き受けて力強い言葉にして、吐くべき声で吐いている真っ直ぐで表裏の全くない歌いっぷりにアタシは勇気付けられましたし、このバンドのこの歌を聴いて歌詞を心に入れたらきっとちょいとばかりは救われる人は多いんじゃないかと正直思います。

あと、ずっとサポートメンバーとしてリズムを支え、遂に正式メンバーになったヨコタダイスケさんの、このアルバムでのベースの存在感素晴らしいですね。やっぱりロックバンドには、こういう太い音でブイブイ言うベースですよ。

さて、余りにも個人的な感情を絡めて色々と褒めちぎってきましたが、アタシは最初からサウスブロウは奄美出身だからとか、お店の常連だったからとか、実際イイ奴だからとか、そういう気持ちで褒めているのではありません。彼らの正直過ぎてハラハラするぐらい正直なロック、これは日本のロックシーンには絶対必要・・・違う!ロックシーンなんかいらん!俺個人的にぶっちゃけ救われたから!以上!!


・・・あ、乱暴に終わるのはちょっとアレですので彼らのホームページへのリンク貼っておきます。

アタシが感動した復活作の『月の向こう』のPVも試聴できますんでぜひ観て聴いてくださいね。良いよ。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年05月24日

戸川純 私が鳴こうホトトギス


戸川純 私が鳴こうホトトギス


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戸川純 with Vampilla/私が鳴こうホトトギス
(Virgin Babylon Records)


今日は柄にもなく恋について話してみたいと思います。

恋って何でしょうね?

もう40も過ぎたオッサンが真面目に考えてみて・・・、いや、涙も枯れた中年だからこそ、冷静に考えられるんじゃないだろうかと考えた結果

「それは、自分自身の全く知らなかった価値観を感情に与えてくれた人への感謝と感動」

なんじゃないかと思うに至りました。


これはもう昭和の頃の話なんですが、アタシが初めて恋をしたのは、大好きだった映画『グーニーズ』の主題歌を歌うシンディ・ローパーです。

確か小学校の3年か4年生の頃だったと記憶しています。

とても心が荒れていて、何をするにも気分が悪かった時にたまたまテレビで見たシンディ・ローパーが、真っ赤に染めた髪の毛を振り乱して歌う姿に自由と解放の喜びを始めて感じました。

それから十代になり、出会ったのが戸川純でした。


更に”荒み”をこじらせていた厄介な思春期に、今度は自由だけじゃない、あの複雑な表情の中に抱える重たくて暗いものを感じさせながらも、トロ〜ンとした気だるい雰囲気と口調からは想像出来ない、キュートだったり激しかったり、または純粋に(それは不純なものがないという本来の意味で)、綺麗だったり、もう聴いているこっちの感覚がまるで付いていけないほど心を揺さぶってうち震えさせてくれる歌唱に、それまで抱いたことのない感情を無理矢理開かされた、そんな気持ちになりました。

戸川純という人は、その頃(80年代)のひとつの象徴みたいな人で、可愛くて整ったアイドルがたくさん出てきて、それがオニャン子クラブでもう破裂しかけていた時に、少なくともアタシには、たった一人で壊れてしまいそうな程不安定な存在感と、いわゆるウケやその他を狙ったアイドルとはまったく逆の、内側から溢れる知性や感受性とかそういったものの力だけでテレビに出ているのを見て、密かに「この面白いお姉さんカッコイイなぁ」とは思っておりました。

それが”特別”に変わるまでには、少し時間があったかも知れません。

一丁前に音楽に目覚めてから、ミュージシャン/アーティストとしての戸川純を知ってからは、それはもう、まごうことなき”恋”でありました。

歌の話に戻りますが、戸川純の歌はぶっ飛んでいます。

ソロ名義の鋭くポップな作品や、大正昭和の頽廃ムードの溢れる”ゲルニカ”や、パンク/ニューウェーブの”はっちゃけ”が哲学的な歌詞と混然一体となったヤプーズ、どれも戸川純ですが、まぁどれも見事に芸風から歌い方まで違う。

違うけど、歌詞もパフォーマンスも、歌声も、全体的に狂気、それもただ暴力的で攻撃的なものではない、言葉にすると妙だけど、優しくて純粋な狂気を感じさせるという面では、この人の表現は一貫しています。

好きである余り行き過ぎてしまう、純粋であるがゆえにはみ出してしまう、その行き過ぎてはみ出した部分が彼女の声を離れてこちらの胸の奥底に届く時、ヒリッとした痛みを感じるんですね。

痛みなんてものは痛いに決まってるんですが、この痛みは不思議とその頃のアタシの心の中の痛い部分に優しく染み込んで切なく溶けてゆく、そういう決して前向きではないんだけど、美しい痛みだと感じておりましたし、今も感じております。

ここら辺の細かいところは、これからこの人の過去の作品をレビューする上で、もっと細かくしつこく書いて行こうと思います。

大切なのは今現在であります。

まぁそれから色々あって、音楽も色々聴きまくって、戸川純という人のことは、美しい思い出になりかけてたんですが、2016年のある日、たまたまラジオを聴いていて、相変わらずトロ〜ンとした独特の声を聴いて、アタシはラジオのボリュームを目一杯上げました。

あの、夢中になっていた時期と何っっにも変わっていない戸川純!今もライヴしてて、しかも番組内で視聴者からのお便りが、10代とか20代とか、そういう若い人達のばかり(!)

あぁそうだったんだ、今もこの人の歌は、痛みを抱えている若い人達の心に届いて、そして多分その人達に生きて行く勇気を与えてるんだなぁと思って、そしてそのラジオ番組を聴いているアタシも、あの夢中になっていた時期と何っっにも変わらない気持ちで、彼女の話す一言一言をじっと聞きながら、感動と感謝を噛み締めておりました。







【収録曲】
1.赤い戦車
2.好き好き大好き
3.バーバラ・セクサロイド
4.肉屋のように
5.蛹化の女
6.12階の一番奥
7.諦念プシガンガ
8.Men’s Junan
9.わたしが鳴こうホトトギス
10.怒濤の恋愛


新作のアルバムを出していたんですよ。

Vampilla(ヴァンピリア)というバンドに頼み込んで、バックを務めてもらって過去のセルフカヴァーと、新曲(タイトル曲)も含めたアルバムを作ったから、ぜひ聴いてくださいね。昔の曲やってるけど、もうヴァンピリアのアレンジが凄く凄くてカッコイイからと、戸川純に言われたらそりゃ聴かない訳ないじゃないですか。

で、聴きました。

あぁ・・・! これ!!!!

ヴァンピリアというバンド、ほんっとに恥ずかしいことに知らなかったんですが、この人達はノイズからテクノからハードコアからメタルからアンビエントまで、幅広いとかいう言葉では言い尽くせない知性と凶暴性で呑み込んで独自の「世界」を音楽で作ってきたバンドです。

凄く大所帯なんですが、プロフィールを見たら元ボアダムスの吉川豊人とか、ルインズの吉田達也とかが絡んでいるバンドじゃないですか。

サウンドの方は、例えば過去の作品では、割とカッチリしたバックの上で、戸川純の変幻自在で詩情とエモーションを絶えず繰り出すヴォーカルが、グングン浮き上がる感じだったのが、ヴァンピラは、編曲自体が思いも寄らぬ伸縮ぶりを発揮して、彼女のヴォーカルとピッタリ呼応している感じです。

ビートもちょっと普通じゃないし、ロック、クラシカル、民族調、エレクトロニカと、様々な成分がそれぞれ寄り添ったり煽ったり、あるいは同時に炸裂したり、本当に生き物みたいな生々しさを持ってます。

これ聴いて、時代がやっとこの人の独自の表現と、それによって創り出される世界と寄り添えるようになったんだというのが、とりあえずシンプルで正直な感想。

多分これだけじゃ読者の方はよく分かんないと思うので、無理矢理たとえを持ってくると、文学性とパンクスピリッツを増幅させたビョークですよ。や、ビョークだけじゃないし、決して”似てる”というのじゃないけれど、どちらも痛みと共に声を表出するけれども、聴く人に不思議な浄化作用をもたらしてくれるという意味で、共通するシンガーなんじゃないでしょうか。


それぞれの楽曲に関しては、過去のアルバムを紹介しながらじっくり書いていきたいので、まずは聴いて頂きたいとしか書けないのですが、このアルバム、凄いですよ。「昔有名だった人が、セルフカバーで懐メロやってる」とかそういうのとは真逆です。

80年代に異才として輝いたワン・アンド・オンリーの表現者が、あの時の衝動そのまんまに、2010年代に更に深く、更に鋭く尖った感性で今の音楽シーン(とかホントどうでもいいんですが)に殴り込んでことごとくぶっ潰せるぐらいの強さを持った新作です。

そして、聴く人の心には、歌詞と歌唱から来る”美しい痛み”が素晴らしく染みます。

心を揺さぶる真実の感動を求めている方価値観に、それまでなかった感情を与えてくれることでしょう。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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ラベル:戸川純 パンク
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2018年04月01日

高田漣 ナイトライダース・ブルース

1.jpg
高田漣/ナイトライダース・ブルース
(ベルウッド)

またも久々の更新でございます(汗)

前回ライ・クーダーについて書いてから、いろいろと”ナチュラルで心地の良い音楽”について考えておりました。

ブルースやカントリー、フォークなんかを核にして、その周辺にハワイアン、カリプソ、レゲエ(ルーツ・レゲエ)などなど、世界中の音楽のエッセンスを散りばめててゆくといえば、言うはたやすいが実際にやってみるとなると、演奏テクニックはもちろん、扱う全ての音楽に対する深い理解や愛情がないととても自然には出来ないものでございます。

唐突に高田漣のことを思い出したのは、彼もまたスライド・ギターの名手であり、これまでリリースしてきた作品の中ではブルースにカントリー、ハワイアン、テックス・メックス、R&B、アイリッシュなどなど、世界中のありとあらゆる音楽が豊かに響きあってひとつのコンセプトを形成しているというところが、ライと実に共通する、というだけではありません。

やはりこの人もまた。ライと同じようにコアとなる大好きな音楽(音楽体験)があって、それを心の中で大切に大切に持ちながら、聴いてきた世界中の音楽にもその気持ちを伝達させて自分自身の表現に取り入れている。

何だか難しい言い回しになりましたが、つまり音楽が心から大好きな人達なんです。

高田漣は、フォークシンガーの高田渡の息子として生まれ、10代の頃からギタリストとして活動していました。

2世の人といえば、偉大な親の存在を意識し過ぎて壁を越えられないという共通の苦しみがあったりしますが、この人の場合は「親父は親父、俺は俺」と、早い段階から気持ち良くサックリ割り切っていて、お父さんもまたお父さんで「倅は倅、俺は俺」とまた好き勝手やっていたんです。

早い段階からペダル・スティール・ギターをメイン楽器に、色んな人のセッションで、まずはバック・ミュージシャンとしてキャリアを積んだ高田漣。スティール・ギターといえば「ハワイアンの楽器」として知られておりましたが、この人のサウンドはナチュラルな心地良さがありながら、どこかニューウェーブやエレクトロニカに通じる表現の”新しさ”みたいなものがありました。

で、2002年に待望のソロ・デビュー・アルバム『LULLABY』をリリースしましたが、70年代の名曲達をシンプルな編成とペダル・スティール・ギターの魅力でじっくり聴かせるこれが素晴らしい作品で、実力派としての評価を不動のものとしました。

その後も色んなミュージシャンのツアーやレコーディングのサポート、映画音楽の制作や、高橋幸宏、高野寛、原田知世らとのユニット”pupa"など、それこそジャンルを股にかけた幅広い活動を重ね、音楽的にそれぞれ違ったカッコ良さに彩られたソロ・アルバムもコンスタントに制作しております。




【収録曲】
1.ナイトライダー
2.ハニートラップ
3.Ready To Go ~涙の特急券~
4.Take It Away,Leon
5.Sleepwalk
6.ハレノヒ
7.ラッシュアワー
8.文違い
9.思惑
10.バックビート・マドモアゼル

そして2017年にリリースされた『ナイトライダース・ブルース』です。

これがもう何というか、実に素晴らしい。音楽的にはタイトルにある通り”ブルース”が軸になっているし、高田漣のスティール・ギター、ギター(エレキとアコギ両方)、バンジョーの見事な弾きっぷりは堪能出来るし、ブルースを中心に、ロックンロール、カントリー、R&B、ロカビリー、ジャンピン・ジャイヴ、セカンドライン、ハワイアンなどの、アメリカのルーツ音楽の豊かな響きが曲ごとじゃなくて、いろんなトラックの中でごくごく当たり前に溶け合っている。

で、そんな感じの、何というか「音楽の深いとこ」を上質にまろやかに、サウンドで表現してはいるんだけど、その鳴り方が「洋楽聴かない人おことわり」みたいな敷居の高い感じでは全然なくて、むしろごくごく日常のことをサラッとユーモアやホロッとした切なさを交えながら歌われる歌詞(これがブルース!)と張り上げない優しい声の効果で、ブルースとかアメリカン・ルーツ・ミュージックとか、そんなもん全然わかんなくても「これは良い日本語の音楽!」と、誰が聴いても心和む仕様になっているのが、もう何というか本当に素晴らしいんです。

「かわいいあのコに、気がつきゃカードも判子も渡しちゃった〜」

と、軽やかな曲調で歌われるもんだからつい「あらあら(^^;」となってしまう『ハニートラップ』、ジャンプ・サウンドにスティール・ギターか絡んで独自のウエスタン・スウィング×ハワイアン・スウィングみたいですこぶるカッコイイ『Take It Away Leon』(原曲はレオン・マッコーリフの超ご機嫌なウエスタン・スウィング・ナンバーなの〜♪)、セカンドラインの陽気なリズムに乗って満員電車と道路渋滞を歌う、ちょいと切ない『ラッシュアワー』が特にオススメですが、どの曲も良いよ、良いのよ〜♪






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