2018年02月02日

ウェルカム・バック!ズボンズ

1.jpgズボンズ/Welcome Back Zoobombs
(クアトロ)

「日本のロック」と聞いて、「これ!」というバンドがいくつかあります。

アタシ個人のことで大変に恐縮ではありますが、大体音楽とかロックとかいうものを聴いてカッコイイと思うようになったのは小6から中1にかけての時期で、その頃(1980年代末)というのは日本全国を席捲していたバンドブーム、それがもう終わりの頃でありましたが、個性的なバンドやアーティストが次々と出てきて

「次はどんな連中が出てくるんだろう、どんな音楽を聴かせてくれるんだろう」

と、ワクワクしてテレビの音楽番組にかじりついたり、ラジオでロックをやる番組を探しては夜中こっそりカセットテープに録音したり、雑誌の中から活きのいいバンド情報などを、一文字でも見逃すまいと必死で読んで、それこそ青春の全てを捧げる・・・訳ではないけれども、それぐらいの勢いで音楽を探しておりました。

音楽というのはその頃のアタシを、学校とか日常とかそういうとても狭くて息苦しい空間の泥沼から強引に引きはがしてくれる刺激であり、違う世界に意識を放り投げてくれる力そのものでありました。

三つ子の魂百までとは言いますが、オッサンになった今でも、どこかで音楽というのはそういうもんであると思っております。学生時代はとうの昔に過去になってしまいましたが、大人になったら学校より強烈な、プランテーションみたいな世間とか社会とかいうものがあり、何だかよくわかんないけれど、あぁこういうのとは戦わんといかん、そう思ってもうかれこれ20年は経っています。

戦って勝てる訳ではなかろうし、そもそも自分が何と戦っているのか、それすら定かではないのですが、バカは死んでも治らないと言いますから、アタシは多分死ぬまでこのスタンスでありましょう。

で、アタシが大人になってすぐの頃、まるで中学生の頃のようにワクワクドキドキさせてくれるたくさんのバンドと出会いました。

その”3大ワクワクバンド”といえば、ギターウルフ、ゆらゆら帝国、そしてズボンズです。

どのバンドも音楽性は違う。反体制的なメッセージを具体的に歌詞に入れていた訳でもない、でも、彼らが放つ「音」そのものの、もう笑っちゃうぐらいの強さ、そして突き抜けてオリジナルな世界観そのものが、これはもうしっかりとパンクであると。つまりアタシにとっての”戦う音楽”であるなと一方的に惚れて作品をおっかけておりました。

今日はズボンズをご紹介するんですが、いやもうズボンズ、ズボンズですよ。最初に出会ったのは確かタワーレコードかどこかの大きなCDショップの試聴機コーナーで、ズボンズというマジなのかフザケてんのか分からないバンド名と、子犬がじゃれあっている何かかわいいジャケットに「何だこれ」と思ったのが出会いの始まりでありました。



【収録曲】
1.ドント・ディドレイ
2.ブラック・インク・ジャイヴ
3.ジャンボ
4.フラット・トップ
5.スワンプ
6.N.R.
7.ビルボーン・ブルース
8.ノー・ライン
9.ブラック・インク・ジャム


「どーせそのへんのオシャレバンドじゃろ〜」

と、からかうつもりでヘッドフォン装着してスタートボタンを押したら


「!?」

「!!!!!!!!!!」

きったなく歪んだギターの音に、やたらトンガった、その辺にあるものを全部吐き捨てるようなヴォーカル、ゴリゴリうるさいベースにバシャバシャうるさいドラム、そうこれはアレだ、自分が思う”パンク”という音楽でありしかもその中でもとにかく荒削りなガレージとかそういうヤツだ。

粗い

汚い

エグい

カッコイイ

でも

カッコつけてるヤツの音楽じゃない

つまり血がたぎる!!

アルバム「ウェルカムバック・ズボンズ」を聴いて1ヶ月ぐらは、その初期衝動の塊そのものな、ひたすら磨かれず削られているサウンドを、ひたすら60年代型のガレージパンクだと思って聴いてました。

でも、よくよく聴いてゆくと、一見荒削りなサウンドの中に16ビートファンクのリズムが散りばめられてたり、ブルース、しかもいわゆる王道の”渋いブルース”ではない、タフで荒々しい南部のエレクトリック・パンクなブルースを思わせるスライドギターのフレーズが飛び交ってたり、ハモンドオルガンとギターのアドリブっぽい掛け合いが、ガレージではなくサイケデリック・ロックのそれと同じトリップ感を醸していたり、まぁよくもよくもこれだけシンプルでまっすぐに暴走しているかのような音楽性の中に、色んなルーツ・ミュージックの興奮作用を、しかもヤバイ方の原液だけを抽出して混ぜ込んだなぁと、頭の方もしっかり感心させてもくれるんです。

90年代といえば、いわゆるミクスチャーロックが花開いた時代です(ズボンズのこのアルバムは97年)。

でも、その頃”ミクスチャー”といえばヒップホップとハードロックを掛け合わせたやつをすればミクスチャーだろうとかいう、やや安直に考えてもそれが出来るぐらいに、スタイルというものが確立されておりました。

ズボンズの音楽って、よく聴いたらガレージとサイケとブルースとファンクの濃厚なミクスチャーだったりするんですが、この力強いサウンドには、そんな安直を蹴り飛ばして笑いながら踏みにじれるリアリティがあります。当たり前だけど今聴いても鼻血が出そうになるぐらい興奮します。もうカテゴリ的なアレは「いつまで経っても鼻血が出そうになるぐらい興奮するやつ」でいいんじゃないかと。







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月17日

友川かずき 桜の国の散る中を

1.jpg
友川かずき/桜の国の散る中を
(キング/SHOWBOAT)


洋楽はもちろん大好きですが、時折息を吸うように日本語の歌を心身に取り入れたい時があります。

アタシはどちらかというと言語というのは、活字で取り込むタイプです。

しかし相当に飢えてしまいますと、もう取り込むなんて生易しい方法では何もかも足りないという時がある。

そういう時は、まるでピストルから撃ち放たれた弾丸のような、剥き出しの痛みや激しさを孕んだ言葉、そのどうしようもない”強さ”を持った歌を聴きます。

で、友川かずき(現:友川カズキ)です。

この世のあらゆる抒情と憤怒と悔恨を呑み込んで、それを血ヘドのように吐き出す強烈なヴォーカル、そして、それと同等かそれ以上の破壊力を持つ彼の言葉。

その歌からは、何かを表現したいとか、こういう音楽をやりたいとか、そういった前向きな欲求に基づく衝動ではなく、もっと何かこうどうしようもない内側と外側の衝動に潰される寸前の自我が、まるで断末魔の悲鳴を挙げているような、そんな”ギリギリ”をずっと感じております。

あのね、カッコイイもの、価値観を粉砕してくれるもの、窮屈な意味から良い感じに外れてしまっているものを、アタシは割と簡単に”パンクだ”と言いますが、そういう条件からも友川かずきの音楽を棲家としている情念ははみ出してしまう。

1975年にフォークシンガーとしてデビューした人ですが、当然流行の青春フォークのカテゴリに当然入るはずもなく、現在に至るまでこれはずっと”孤高のパンクシンガー”だと。

色んな音楽聴いてきて、それぞれにグッと感動してきたんだけれども、この人ほど「これは○○だね」と、ジャンルで括れない人はいないし、だからといって無節操に色んなサウンドを観に纏ってきている人でもない。むしろサウンドに関しては自らが激しく掻き鳴らすアコースティック・ギターを中心としたシンプルなもので、その時々で編成が変わるだけです。でもパンク、ゆえにパンク。




【収録曲】
1.口から木綿
2.おどの独白
3.赤子の限界
4.問うなれば
5.点
6.闇
7.犬
8.桜の国の散る中を(会田哲士君の霊に捧ぐ)
9.囚われのうた


今現在も精力的な活動をしていて、出してるアルバムは結構な数になりますが、ハッキリ言ってこの人の作品はどれを聴いても衝撃です。

本日アタシが聴いていたのは、1980年リリースの5枚目のアルバム『桜の国の散る中を』。

1970年代後半に友川は、現在も共に音楽活動をやっている頭脳警察のドラム&パーカッション奏者、石塚俊明と出会って意気投合。そのサウンド表現をより先鋭的なものにしつつ、深く関わっていた演劇の世界からも多くのインスピレーションを得て、作品や楽曲の完成度を高めており、この作品は正にそんな時期に作られたアルバムです。

プロデュースは石塚俊明で、バックにはギター、ピアノ、ベース、ドラムを中心に、コーラスや和楽器(尺八等)など、様々な音を配した、非常に日本土着の”地の感じ”の強いサウンドであります。

そこに乗り、中心で炸裂する友川自身の声、歌、歌詞がもう何と言いますか、残酷で美しい。

特に中盤からの『問うなれば』『闇』『犬』『桜の国の散る中を』『囚われのうた』からの怒涛の展開は、もう何度も何度も耳から叩き込んで脳裏に埋めて、心で何度も噛み締めました。春、花、死、海、そういった根源的なものがどうしようもなく日本的なものを生々しい鮮やかさで描くイメージと、寄せては返す冬の荒波のような音・・・。

勢いレビューが感覚的な文体になってしまっているのは、かれこれ20年以上前に友川から受けた死んで生き返ってしまうほどの衝撃を、まだ上手く消化出来ないでいるからです。


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2018年01月12日

レイ・ハラカミ Unrest

1.jpg
rei harakami/unrest
(Rings)


当時はアタシもリリースされる新しい音楽や古い音楽を、ただ夢中で追っかけてすげーすげー言ってただけでしたが、今になって考えてみると1990年代というのは、新しい手法で作られる音楽も、伝統的な手法への回帰を高らかに謳う音楽も、皆「今のリアルな音」というのもを表現の芯の部分に持ちながら、それぞれのジャンルが試行錯誤と切磋琢磨の程良い緊張感に満ちていたと思います。

だから自分がハマって購入するジャンルというものはあっても、その周辺で、例えば仲の良い友達とかがハマッているジャンルの音も聴かせてもらっては刺激をもらうというのは、音楽を聴く上でごく当たり前のことだったんですね。

とりわけアタシの周囲は、テクノに強烈にハマッてる人が、どこに行っても一定数おりました。

テクノに関しては

「何かアレだろ?打ち込みの繰り返しリズムの上で、電子音がピコピコ言ってるようなやつだろ?」

ぐらいに思っておりましたが、友達から

「いや違うよ、コレ聴いてみろよ!」

と言って聴かされたものがいっぱいあって、その中で

「なるほど、これはちょっと並の感性じゃないかも知れない。つうかテクノとかどうとかじゃなくて普通にカッコイイ音楽として聴けるぞ」

と思ったアーティスト達の中から、エイフェックス・ツイン、スクエア・プッシャー、ケン・イシイの名前を覚えました。

これも今にして思えば、なのですが、80年代は音楽が中身の質の部分はとにかく、出来るだけ新しく、いろいろ出来る機材を導入して、最先端の音を作ろうという考えの元に、テクノロジーを使った音楽というものが、シーンの表舞台で華やかに鳴り響いていたような気がしますが、これが90年代に入ってくると、進化というものに留意しつつ、その中で「新しい音楽」を奏でるために敢えて最先端よりも個性を確立することを選ぶアーティストが、ぼちぼち表舞台にも出てきた時代だったのだと思います。

で、テクノ・シーンの話になるんですが、外から見たら単なる”無機質な打ち込み音楽”でしかなく、恐らく中で音楽を作ってる本人達も「あぁそれで結構だよ」という意識があったのかも知れません。

テクノやハウスといった音楽は、あくまでクラブ・カルチャーの中の現場でその音を浴びて踊る人達のための音楽という認識があり、世に出される作品というのは、アナログレコードにジャケットすらない白とか黒とかの愛想のないプロモ盤のようなものばかりであり、事実それらは「今度クラブでこういう音楽流すから」というアーティスト達の無言の意思表示でもありました。

ところが90年代以降、この流れに変化が起こります。

世界でも日本でも”実力派”と呼ばれる、ポップスでもクラブでもファンを持つシンガー達によって、テクノ出身のアーティスト達が作成したトラックが使われたり、また、シングルのカップリング曲でリミックスと呼ばれるDJの録音アレンジが施されたものが、ポップスファンにも普通に鑑賞されるようになり、徐々に「生音楽(って言うのか)と電子音楽」を隔てる壁が薄くなってくるという現象が常時あちこちで起こっていたんですね。

今日ご紹介するレイ・ハラカミという人なんですが、この人はそんな時代を代表する電子音楽家で、もしかしたらこの人が生み出した音楽こそが、そんな時代を先頭きって切り拓いていったのかも知れません。

電子音だけど非常に繊細で透明で、その抽象的な表現の中にしっとり切ない”歌”を持っている。

この人の音楽を一言で言い現わすとこんな感じになります。

テクノと呼ばれるジャンルの中でも、リズムに特化せず、メロディというよりも”音と音との響き合いの隙間”に浮かび上がるフレーズを軸に音楽を展開し、特種な浮遊感の中でそれを泳がせるような、いわゆるアンビエントな質感で出来た音楽のことを『エレクトロニカ』と呼びますが、この人はその分野の世界的なアーティストです。

1996年に、ケン・イシイの変名ユニット『Flare』に収録されているリミックスを手掛けたことによってデビューしましたが、この時既に独特の”間”のある心地良い電子音で個性を発揮して、テクノ界隈のみならず、日本のロックやポップスのミュージシャン達の間で「京都から凄い人が出てきた!」と話題になっていたようです。

レイ・ハラカミは、後に矢野顕子、くるり、UA、ナンバーガール、GREAT3などなど、J-POPの名だたるバンドやシンガー達から依頼を受け、プロデュースやバックトラックの作成、リミックスなどで多くの名曲名演奏を生み出すことになります。

そのバックトラックは、敢えて旧式のMIDI機材を中心としたシンプルなサウンドを、逆再生という非常に古典的な手法で使うというスタイルを軸にした、電子音なのにどこかぬくもりのある質感を大事にしたもので、加えて過度に音を詰め込まない、モコモコしたアナログな音質、主旋律のどんなメロディにも美しく絡むメロディアスなトラックなどが「これはもうテクノとかエレクトロニカとか言うよりも、21世紀のポピュラー音楽の主流になる音なんじゃないか?」と各方面で絶賛され、レイ・ハラカミという名は世界的にも稀代のトラックメイカーとして知られることになるんです。

残念ながら活動が絶頂にあった2011年に40歳の若さで急逝してしまうんですが、それでも彼が作り出した”最先端よりも遥かなもの”であるところの音楽は、時代によりかからない、孤高の優しさと深さに満ち溢れているんです。






【収録曲】
1.on
2.more elbow
3.dessert
4.wreck
5.rho
6.pass
7.vice versa
8.code
9.after bonus (bonus track of this reissue album)
10.objective contents
11.bioscope
12.unrest

個人的にはUAの『閃光』とか矢野顕子とのユニット"yanokami"とか、くるりの『ばらの花』のリミックスとか、J-POPのズバ抜けた名曲が多い人ですが、レイ・ハラカミのソロ名義でその原点のサウンドが聴けるのが、このファースト・アルバム『Unrest』です。

彼のアルバムの中では最も”テクノ”と言っていいかも知れないこのアルバムの音楽は、基本王道といっていいミニマルな打ち込みが主となっております。楽曲そのものはどれも抽象的で幻想的ですが、独自の、いや、ワン&オンリーといっていい、ヒュッと胸をかすめて消えてゆくようなペーソスがふんだんに盛り込まれた音の質感、これが繰り返し聴いているうちに、本当に意識の奥底にジワジワと染み込んで、そして時折思い出したように切なくさせてくれて、これがとてもいいんです。

よく日本人が作るこういったエレクトロニカな音楽は、禅とか俳句とかに喩えられたりしますし、確かにレイ・ハラカミの音楽が持つ独自の情緒とか、和の音階じゃないのに和な感じのするトラックは、そういう風に評価されてなるほどと思いますが、静謐でメロディアスだからといって、決して内側に小さく入り込んでいるだけじゃないんですね。どんなに哲学的でもその音が持つ可憐な明るさみたいなものは、確実に外に向かってると思います。

そういうところがポップスと上手く溶け合ったんですよね、というよりこの人は最初からポップスを作っていたのかも知れません、使った機材がたまたま電子機器だっただけで。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年11月19日

INU メシ食うな

1.jpg
INU/メシ食うな
(徳間ジャパン)


みなさんこんばんは、気温も寒くなって機嫌が良いので、今日は”そもそも”についてお話しようと思います。

考えてみればそもそもアタシが音楽にハマッたきっかけは、小学校6年の頃に聴いたブルーハーツです。

音がどうとかスタイルがどうとか、アタマの悪い小学生にはそもそもそんなことは分かりません。

ただ、歌詞が良かったんですね。

そもそも思春期だったんです。

思春期といえば、友達関係とか異性のこととか、そういう事に思考がのめり込む時期で、アタシも一丁前にそういうことで悩み始めておりました。

そもそもアタシのいけないところは、手前のクダラナイ悩みにも、すーぐ世の中という、手前には手に負えないスケールのことを持ち出して、必要以上に深刻になってしまうことでありまして、ええ、最初にそういったことを具体的に思考に絡めて、よせばいいのに悩み苦しんでおったのが実に小学校から中学校に上がるか上がらないか、そのぐらいの時期だったんじゃないですかね。

その時に聴いたブルーハーツの歌詞というのが、アタシにとっては救いであり天啓であり、キリスト教徒にとっての聖書とか、中国共産党員にとっての毛沢東語録とか、アントニオ猪木ファンにとっての赤いバスタオルとか、猫にとってのマタタビとか、そういうものだったんですね。

で、親父に

「この音楽は一体何ていう音楽だ?」

と訊いたら、親父は

「パンクだ」

と言うのです。

そもそもパンクというのは、世の中の体制みたいなものにノーを唱えるメッセージみたいなもんが必要なんだ、と。

アタマの悪い小学生ながら、ほほぉと思いまして、アタシはパンクにのめりこんで行く訳です。

パンクロックというのは、1970年代のイギリスで誕生したんだと言われ、イギリスのパンクも聴きたかった訳なんですが、そもそもブルーハーツの歌詞に感動したお子様なので、英語の歌詞は分からないからとりあえず日本語のパンクを聴かせてくれやと、オススメされるままにアナーキーとかスタークラブとか、ラフィンノーズとかもよぉ聴いとりました。

その頃丁度バンドブームというのがあって、ラフィンノーズは2コ上とかの先輩達が「ゲット!ゲット!ゲットグローリー!」とか言って盛り上がってました。

アタシもその中に恐る恐る混ざってみたりしたこともありましたが、いやちょっと待て、そもそもこの”パンクロック”というのは、みんなで仲良く一緒にをーをー言う種類のパンクロックだ。そもそもアタシが好きなのは、何かこうもっと個人的なアレのヒリヒリしたところにチクッとくるようなものが欲しいんだ。と思いまして、田舎ということもあり「パンクロックは家で一人で聴く音楽」に、早々と認定してしまい、それについて学校とかではっちゃけることはあんまなかったです。

そもそもアタシは暗い人間です。

学校を適当に切り上げて、ウキウキで家に帰ってきたら自転車で街に出てCDとジュースとお菓子を買って、家で聴く。たまに友達と街で会えば、そりゃ遅くなるまで適当なことで盛り上がったりもしましたが、そもそも心はいつも我が家の自室のCDラジカセと共にあるよーなクソガキでした。

例えば夜の10時とかに帰ってきても、サッとメシ喰って、ジャッと風呂浴びて、部屋に籠って爆音で音楽を聴くと。

それを面白がって見ていたのが母親で「これを聴きなさい」とオススメしてくれたカセットテープには、スターリン、レピッシュ、PINK、BUCK-TICK、筋肉少女帯、そして町田町蔵のバンド”INU”なんかが入っておりました。

そもそも母親は、そういうカセットにしれっと遊佐未森なんかを入れるヒドい人なんでありますが、この人の「これ、パンクよ」と言うバンドやアーティストの曲は、大体どれも「仲間ををーをー言わない歌詞/音楽」だったりして、非常に好感が持てたのですが、特に「これがいいの!」と熱を上げていたのがスターリンと町田町蔵です。

今は作家の町田康として、素晴らしい小説や随筆をたくさん書いておられる人なんですが、そもそもこの人はパンクロッカーで、高校時代からもうバンド組んで関西では名の売れた人だったんですよ。



【収録曲】
1.フェイド アウト
2.つるつるの壷
3.おっさんとおばはん
4.ダムダム弾
5.夢の中へ
6.メシ喰うな!
7.ライト サイダーB(スカッと地獄)
8.インロウタキン
9.305
10.メリーゴーラウンド
11.気い狂て


INUですねぇ。

このアルバムは町蔵が”INU”としてリリースした唯一のアルバムです。はい『日本のパンクロックの黎明期の名盤』と呼ばれております。

名前がそもそも『町田町蔵』なんていうイカツい名前でパンクロッカーと言うんですから、アタシはてっきり何か物凄いゴツい声の、坊主頭で人相も凶悪で、上半身裸のプロレスラーみたいな人を想像していたんですが、ご本人のルックスは非常に端正なお兄さんで、ヴォーカル・スタイルも思ってたより全然ゴツくない、ついでに言えば音楽的にも拳振り上げて全力疾走する、いわゆるパンクロックというよりも、その後のニューウェーブの、物凄い硬派なヤツみたいな感じで、音楽的な完成度みたいなものが、あ、これは高いなと、そもそも音楽的な完成度とかそういう高度なことは分からなかったくせにそう思ったんです。

メンバーはとても流動的だったようですが、北田昌宏の緊張感溢れるギターが凄くて、町蔵の内へ内へと沈み込んで爆発する狂気のヴォーカルがギットギトに描く世界観と異常な親和性でリンクして、もう怖いぐらいなんですよ。

そう、このアルバムの「凄いなこれ」と思わせるところには、特有の”怖さ”というものがあります。

町蔵の歌詞は、この時代から(確かこれ書いた時はまだ十代だったと思う)実に文学的でやぶれかぶれで、内から湧き出るむき出しの言葉を、音程とか共感すらもどうでもいい、そんな潔さで聴き手の意識にぶつけてきます。

そもそも一人称が”俺達”になりがちな(言葉としてではなく態度として)ロックにあって、終始一貫して一人称”俺”なんですよ。


沢山の人間が居て 俺はその中の一人
定まらぬ視線の中で みんなお互い窒息寸前
ええ加減にせんと気い狂て死ぬ



大衆、世の中、世間・・・まぁ何でもいいんですが、そういった実に曖昧でやたら大きなものに、ガリガリの上半身を曝して包丁握って自爆しに行く。仲間なんぞいらん、勝手にやらかして勝手に死んだるわい!どの歌詞からも、そういったヒリヒリしたメッセージがガンガン飛んできて、あぁ、これはパンクだなと、納得なんか出来なくても、叫び、振り絞り、呻き、呟く町蔵のヴォーカルには、安直な”みんなでがんばろう”みたいなものを、吹き飛ばして切り裂いて、足で踏みつけてグチャグチャにする、凄まじい呪詛として、アタシの脳裏には写りました。

そもそも凄まじいネガティヴの力です。でもこのINUのサウンドと町蔵の怨念ヴォーカルには、クールでスタイリッシュなUKパンクから、そのまんま影響を受けた”パンク”にはない”パンク”を感じてしょうがないんですよ。

そもそも音楽に必要なものって、こういう正当な怒りなんじゃないかと、大人になってどうでもいい物分りの良さを身に付けたつもりのアタシは、今冷静に思っています。



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2017年11月10日

渦 ジャズとペプシ

昨日はちょいとお昼に時間があったので、窓を開けて寝ておりましたら、日差しが強くて何か顔がジリジリ熱い!というので目が覚めてしまいました。

・・・ほんとにね、もうね、11月ですよ奄美。

そんなことはどうでもよろしい、アタシは今日もそんなバテバテにめげずにグッド・ミュージックを紹介います。

ここんとこアレですね、秋なので感傷モードに入ってしまってピアノばっか聴いておりましたら、心の中に「あぁぁ!ロック聴きてぇ!!」という衝動が湧き上ってまいりました。いいぞいいぞ、で、何聴くよ?

と自問してみたら、導き出された答え

「うん、ロックつっても60年代とか70年代のクラシックスからちょいと離れて、最近の日本の、活きのいいバンドが聴きたいな。何つうか、こう青い勢いがあるような、そういうイカシたやつ」

ほうほう、青い勢いですかぁ。普段ロクなこと言っていないアタシですが、たまにはいいことを言うもんですな。

そんな感じで自分に感心しながら、最近のインディーバンドの音源などを「あれもいいこれもいい」と鑑賞していた折、特に心にグッときたのがコレ



あの〜”エモい”って言葉あるじゃないですか。

その言葉、今どんな意味で使われてるか、おじちゃんはよくわからんのですが、多分アタシの解釈では

「エモーショナルで内省的な、そこはかと哀愁漂うことがら」

だと思っとるんですね。

それって、そのまんま日本のロック、特に2000年以降のロックバンド達が出す音そのものだと思うんです。

で、今日ご紹介するのは”渦”というバンドです。

2015年に都内で結成されて、翌年に5曲入りミニ・アルバム『ジャズとペプシ』をリリースして、さっきの動画は今年、つうかつい来週の11月12日に(注:2017年現在)にリリースされる予定の4曲入り『ゴーグル2』
より最新の曲(「トレイラー」)なんですが、これ、いいですよ。シングルコイルのキラキラした鳴りの2本のギターが幻想を淡く紡いでゆく、パステルなサウンドカラーに繊細なヴォーカル、粘りのある音でキッチリビートを提供しながら、でもしっかり小技を効かせているベース、そして演奏の中心にドッシリあって、素晴らしくパワフルな、芯の座った音のドラム。

ほとばしるのは、淡く甘酸っぱい空気と、音楽が好きでたまんなくなって演奏をやっているその勢い。あぁ、いいねぇ、音楽ってこうだよねぇと、ジャンルやスタイルとかそういうもの以前にクッと胸が熱く押されるあの感じ。



6.jpg
【収録曲】
1.ソーリー
2.愛しのインディーガール
3.ドルフィン
4.ジャズとペプシ
5.オバケは走る


実はアタシ、去年この「ジャズとペプシ」を入手して以来、ジャズを聴いてブルースのCDをセットするまでの合間に、60年代から90年代の洋楽ロックを聴いてる合間に、そう、合間合間に挟んでよく流していました。

ピュアな衝動と、優しい歌詞の世界観が、どの音楽ともすごく合うことに、ちょいとビックリ♪

”渦”現在都内中心にライヴもガンガンやっております。

イベントの情報やCDのご案内はコチラ↓の公式ページからどうぞ!
https://banduzu.jimdo.com/














『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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