2019年05月19日

渥美幸裕 ニッポンノオト2.0

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渥美幸裕/ニッポンノオト2.0
(NIPPON NOTE RECORDS)



突然ですが「邦楽」って言うといわゆるジャパニーズ・ポップスやロックなんかを思い浮かべますが、更に伝統的な和楽器を使って演奏する音楽やいわゆる民謡などのことを「純邦楽」って言うんです。

この分野、アタシなんかは民族音楽の流れで聴いたりするんですが、やっぱり「音楽」というよりは「伝統芸能」として知られているから、世の音楽好きの皆さんにはなかなか馴染みが薄いことと思われます。


いや〜、でもこの辺の音楽ってすっげぇ面白いんですよ。

ちょいと昔に奄美でもトランス・ミュージックが流行った時、お店に来るお客さんと雅楽とか 瞽女(ごぜ)さんの唄とか聴きながら「これをトランスミックスしたらヤバいよね!」とか、そういう話で盛り上がったりした事があって、で、武満徹が作った邦楽とクラシック(現代音楽)の素晴らしいクロスオーバーであるところの名曲『ノヴェンバー・ステップス』とか、純邦楽ではないけれど、アジアの民俗楽器を大胆にジャズ・インプロヴィゼーションのフィールドで仕様したマッコイ・タイナーの『サハラ』とか、あの辺をお店でかけあがらワイワイ盛り上がった覚えがありますが、そう、逆に流行やヒットチャートなどから離れた所にある「日本古来の音楽」というのは、アタシら現代人の感覚から見たらどこかエスニックな情緒を感じる「アジアの音楽」であると同時に、やはり遺伝子レベルで不思議な懐かしさを感じる音楽になっておるのかも知れません。

しかし、一口に「日本の伝統音楽」と言いますが、その原型は古代から徐々に形作られていったという雅楽をはじめ、元祖ポップスといえる「今様(いまよう)」、能楽やそのルーツとなった猿楽や田楽、歌舞伎や浄瑠璃、それに絡んでの長唄や地歌、筝曲、などなどなど、長い歴史の中で、時代の流れや人々の生活スタイルに沿って、日本の音楽もまた、新しいものを生み出したり、枝分かれして進化していったりと、今に至るポピュラー・ミュージックと何ら変わらない道を辿って来た訳です。


日本の伝統音楽から「伝統音楽」っていう、何だかよくわからんが高級で有難いものっぽく思える肩書を取っ払って聴けば「日本の音楽」はとってもパンクでアナーキーで面白い(!)

そんなこんなで純邦楽と呼ばれている日本の音楽について知れば知る程、普段好きで聴いてるポピュラー・ミュージックへも良い刺激となってそっちも色々と楽しく聴けたりするんです。

あぁ、こういう話は楽しいなぁ、誰かもっと詳しい人からお話を伺えないかしら、と思っておりましたら、先月「渥美幸裕さんというギタリストの方が、日本の古典音楽に凄く詳しいよ。お話しない?」とご紹介を頂きまして、奄美市内の喫茶店でたくさんお話を伺いました。


渥美さんは元々スタジオ・ミュージシャンとしてジャズやポップスのフィールドで活躍しておりましたが、お父様が筝(琴)の演奏家だったということもあり、ある日自分自身のルーツである日本の古典音楽の探究に乗り出したという経歴をお持ちの方であります。

伺ったお話は、アタシが思う「純邦楽」の範疇を大きく超えて「古代日本に入って来た音楽のルーツ」の話から「一括りにされている伝統音楽だが、それぞれを見てみると、実は全く新しいものを取り込んで、時代時代で確実にアップデートされてきている歴史がある」という、非常にスケールの大きなお話を、とてもわかりやすく噛み砕いた語り口であり、とても楽しく実りの多いものでありました。

そう「アップデート」という言葉がひとつの大きなキーワードだったんですね。

その中で渥美さんご自身の活動についてのお話を伺うに、今現在その「伝統音楽の枠組みとして存在する日本の古典音楽をアップデートする試みに取り組んでいる」ということで、その内容というのが、アタシも普段から「こういう日本の音楽があったらなぁ」と、ぼんやり夢想していたことそのものだったので、まずはその活動を専門的な言葉を使ってどうこう言うよりも、実際の音源を皆さんには聴いて頂きたいと思います。






NIPPON NOTE 2.0

【収録曲】
1.鈴の段 -超訳三番叟-
2.越天楽 (唱歌バージョン)
3.金と銀
4.いぞみ
5.京の四季 春夏
6.越天楽
7.東山の月
8.天照 -超訳三番叟-
9.秋の嵐
10.揉の段 -超訳三番叟-
11.さくら変奏曲
12.胡飲酒
13.座標 001
14.平穏歌



上記リンクはアマゾンのストリーミングです。CDはオフィシャル・ホームページからお求めください
http://atsumiyukihiro.net/index.html#profile



『ニッポンノオト2.0』というタイトルのこのアルバム、文字通り雅楽から能楽、長唄、唱歌まで、日本の伝統的なものからそれぞれの音楽に着想を得たオリジナル楽曲が、文字通りアップデートされた斬新なアレンジで、目一杯浸るように楽しめます。

じっくりと時間をかけて何回も聴きました。

非常に惹かれたのは、単純に「伝統音楽に現代の音楽を掛け合わせたものではない」という事です。

よく、民謡や純邦楽の、ロック風だったりジャズ風だったりするアレンジを被せたものは世に出ております。

それはそれで楽しいものもあるのですが、双方のやっている事に対する理解の壁というものが往々にして立ちはだかり、大味、或いは消化不良になってしまうものが多かったりするんです(そこへ行くと生粋のアメリカン・ミュージックに潔く斬り込んでいった国本武春はすげぇカッコイイ訳です。おっと余談)。




サウンドは純邦楽の楽器の”そのまんま”のサウンドに、渥美さんのギターや、エレクトロニカのアレンジが溶け合って鳴っております。

これだけ書くと邦楽のエレクトロニカアレンジかと思われるでしょうが、ここで鳴っている音は全て「音楽」という同じ地平で溶け合って響き合っております。

古典楽器の演奏に、異物としてのギターやエレクトロニカを掛け合わすのではなく、恐らくリハーサルの段階から厳しく音を精査して、独自の”間”を持つ日本の音楽と同じように、引き算でギターを鳴らし”間”の効果を最大に活かす効果としての電子音やドラムのリズムを作り込んでいるのでしょう。

雅楽は、その音の荘厳な響きの中から華麗な空白が立ち上がり、三味線浄瑠璃や地歌は「ベン」と三味線が鳴ったその瞬間に、美しい闇がそこに零れて情景を拡げます。そんな空白や闇は、ドカドカと足し算で音を加えてしまっては聴く人に認識されないままに埋もれてしまう。ところがここではどうでしょう。空白も闇も、更に現代を生きる私達の感覚に近いものとしてリアルに姿を現します。

伝統として意識してもしなくても、日本人である私達の感覚や記憶といった、目に見えない部分に直接届いて揺さぶったり宥めたりしてくれる音楽。あ、これが「ヴァージョンアップ」というやつなのだなと、今日に至るまで50回は深くうなずいたと思います。

音楽って、本来目には見えないものですよね。そういう意味でこのアルバムに収められている音楽は、形容をスッと外した純粋な「今の音楽」だと思うのです。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2019年04月15日

在りし日のヴェトナム 1937-1954

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在りし日のヴェトナム 1937-1954
(ライス・レコード)


「知らない音楽をYoutubeで探す」という事を覚えて、以後好きな音楽からの関連関連でずーっとサーフィンしながら色々聴いております。

そんなこんなである日、とってもオシャレでセンスのいいヒップホップを見付けたんですよ。

中国語のような、でも何か違う東南アジアっぽい感じのラップと、涼やかなトラックの相性の妙がこらもうすこぶるカッコ良くてですねぇ。

で、調べてみたらどうやらこのグループはベトナムのヒップホップユニットらしいぞという事になっております。

おお、ベトナムか。そういや東南アジアはそれぞれ複雑な歴史を抱えていて、その過程で音楽も根っからある民俗の強烈なやつと西欧のポップソングが入り乱れた、なかなか独自の凄いのが生まれておったよな。

と、その昔カンボジアのサイケ(クメールルージュに蹂躙される前のアメリカ文化からの影響を受けたロック)ってむちゃくちゃヤバかったという衝撃体験を思い出し、それならばベトナムはどうであったかという気持ちがムクムクと膨らみ、ワールド・ミュージックといえば何かと頼りにしているライス・ミュージックからのコンピレーション・アルバム『在りし日のヴェトナム』を聴いております。

結論から言いますと、1930年代から50年代半ばのベトナムの音楽は思っていた以上に先進的でヤバい!ということなんですが、まぁその前にちょいとこの国の歴史と地理をおさらいしてみましょう。

ベトナムという国は、インドと中国の間にぽっかり突き出たインドシナ半島の右側を南北に細長い領土を有して存在する国であります。

この国は古くから王朝が存在し、北は中国、南はフィリピンやインドネシアなどとも近い。つまり南北で文化風習が違ったりするのです。

古くは秦の始皇帝の時代に中国と深い関わりを持ち、高い文明の影響を受けながら独立した王朝が生まれたり、中国に服属しながら更に文化や経済システムを吸収したりと、長い歴史の中でしたたかに命脈を保ってきました。

やがて近代になるとフランスがこの地を植民地として支配し、第二次大戦の頃は日本軍も駐留するようになって、そこに社会主義勢力も密かに根付き、3者入り乱れの泥沼の果てに終戦。と思いきや、戦後はそのまま冷戦の更なる泥沼に巻き込まれ、最終的にはベトナム戦争を経て社会主義国として統一され、現在に至ります。

政治的な事はさておき、音楽的に見ると古代からの中国由来のものと、元々の東南アジア的なものが常にクロスオーバーしながら民俗音楽の下地となり、それが原型を保ちながらフランス経由でのヨーロッパ音楽を呑み込み、社会主義国としての統一を見るまでの間、ベトナムの音楽は他のどの地域にもない独自のクセの強いごった煮感を楽しませてくれる、実に楽しく奥深いものであったといえると思います。




在りし日のヴェトナム 1937〜1954

【アーティスト/収録曲】
1.アンサンブル・ホアイ・チュン/この古いチュニックをまとって
2.ゴック・バオ/ 爪
3.ゴック・カン&グエン・ティエット/月下の白米
4. マン・ファト/もしあの道を行くのなら
5.チャウ・キー/山国の女
6.ゴック・バオ/絹の糸、愛の糸
7.ホアン・トラン/帰路
8.ゴック・バオ/音楽万歳
9.ゾアン・マン/夢想
10.ゴック・バオ/香江の歌
11.ゴック・バオ/人生のために愛する
12.チュ・ヴァン・トゥック&ミン・リー/2つの家族の水牛
13.ウト・トラ=オン/亡命の怨恨
14.イエン・フー村のフオン・ジアト/経典
15.ナム・カン・ト/女戦士の親密な感情
16.アイ・リエン&キム・チュン/金雲翹


さぁ、こんな風にサラッと解説しても、その幅広く奥深い往年のベトナム音楽の魅力を伝えるには、なかなかに難しいものがありますので、これはぜひ皆さんにこのコンピレーションをちょろっとでも聴いて頂きたいものです。どの曲もLPより古いSP盤からの音源で「シャーシャー」と混じるスクラッチノイズが、ノスタルジックな想いを掻き立てます。

南曲か拾って解説します。

まずは1曲目、アンサンブル・ホアイ・チュンは、戦前に欧米で流行した男性複数による甘い感じのグループ・ヴォーカル。ゆったりしたのどかな曲調はアジアの田園地帯が似合いますが、アレンジはモダンなオーケストラで、ジャズっぽい洗練さも感じさせるなかなかに粋なもの。

続く2曲目はゴック・バオさん。全16曲入ってるこのコンピの中で5曲もセレクトされているところを見るに、戦前から戦後にかけて、恐らくはベトナムの国民的歌手だったと思うんですが、この人も声がとても素朴で優しく、聴いてるだけでほわ〜んといい気分になってきます。優しく語り掛けるような歌い口と、軽〜く弾むような曲調は、これはもう間違いなくフランスのシャンソンからの影響だと思うんですが、メロディやバックの楽器は実に中国歌謡っぽい。その全く正反対の持ち味が何だか合ってるから凄いんですね。ギターのみをバックにした11曲目『香江の歌』のじんわりと深い歌唱は世界レベルでファンが増えていいぐらいの名唱であります。

ゴック・カン&グエン・ティエット『月下の白米』は、びっくりしたんですがコレがラテン。でも、曲がアジアンで男女の掛け合い(女声メイン)のかな〜り怪しげなムードとか、バックで鳴ってるクラリネット(?)の醸すエスニックな雰囲気とか、あぁ、これこれこのテのアジアのコンピではこういうのを期待してたんですよ!と思わず握り拳にぎっちゃいます。

そして7曲目、ホアン・トランの『帰路』、おお、これは全く正統派なタンゴ!他の「〇〇風」な楽曲は、ことごとく”地”の感じが混ざってカオティックな良さがあるんですが、コチラは編成もバンドネオン、ピアノ、管弦楽団でむちゃくちゃ洗練された、カルロス・ガルデルみたいなアルゼンチン・タンゴの古典的なヤツみたいな上質なカッコ良さです。

いきなりハワイアン・ギターのようなラップ・スティールが鳴り響き、高音女性ヴォーカルが見事なアジア旋律を歌い上げる9曲目、ゾアン・マン『夢想』も、そのジャンルレス民族レスな響きがとてもいい感じに遠くへ連れていってくれます。こっちのヴォーカルはどこか詩的で聴けば聴くほどしみじみした良さがありますな。


後半はより民俗っぽいものが全面に出た曲が多く、圧巻はタイトル通りの仏教のお祈り、イエン・フー村のフオン・ジアト『経典』ウト・トラ=オンの『亡命の怨恨』。トリップ感強烈な2曲ですが、特に凄いのがウト・トラ=オンでしょう。

このコンピそのものが、西洋からの影響も織り交ぜたポップなもので成り立っているような感じがしますが、これに関してはバックの楽器(琴と胡弓?)も、それに合わせて「びよん、びよよん」と歌ってるような、語ってるような、いや、これこそ「朗詠」と呼ぶべきか。そんな不思議な不思議なウトトラおじさんの声の起伏は、耳で追いかけるうちに、確実に”ここでないどこか”へ誘われてしまいます。

ネットで調べれば色々と情報に出会える時代であり、ベトナム音楽もネットを通じて知ることが出来ましたが、ここに収録されているアーティストの情報は、実は日本語のネット検索ではほとんど出て来ません。うんうん、そういうのがいいんですよ。本当にまっさらの”知らない音楽”どんどん聴いて豊かになりましょう。







『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年10月17日

フォークストーン Ossidiana

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Folkstone/Ossidiana
(Universal)


色々な音楽を聴きますが、不意に「これを集中的に聴きたい」というものがありまして、アタシにとってはそれはヨーロッパの古い音楽(俗にいう古楽)だったりします。

バグパイプとかリュートとか、ハーディ・カーディとかクルムホルンとか、そういういわゆる現代のポピュラー音楽ではちょっと見ない独特の郷愁をくすぐる音色を持った不思議な楽器が織りなすアンサンブルには、やっぱり他では聴けない味があり、そしてやっぱりどこかDNAに直接訴えかけるような、不思議な懐かしさを覚えたりするんです。

純粋な古楽や中世音楽アンサンブルの演奏ではなくても、たとえばロックやポップスでも、ちょいとバグパイプがアレンジの中に入ってたりするとキュンとなります。

そして、このテの音楽というのは、日本では極端に情報が少なかったりするんで、音盤やアーティストを探すにもなかなかに難しい。

だからジャケ買いなんかでえーいと買ってみて、ハズレなんてのもよくありました。

そんな中で、もうかれこれ10年以上前になりますかね、ふとしたことでオーダーシートに乗っていた『Tabra Rasa』というバンドが、古楽器を使ってヨーロッパの古い民謡なんかをやってるよと訊いて「おぉ、それは面白そうだ」と買ってみたら大当たり。

えぇ、実は”このテ”のCDの中で初めてちゃんとした”アタリ”が、そのタブラ・ラサだったんです。

そのタブラ・ラサというバンドが一体何者だったのか、その後ネットなどにも情報が全くなくて、今も謎なんですが、その中でも特に気に入った曲がありました。

『In Taberna』という曲ですね。

どんな曲から後程説明しますので、まずコレを聴いてください。






この曲です。色んな人が色んなアレンジで演奏している動画がyoutubeにたくさんあったので、これは有名な伝承歌みたいなもんだろうと思ったら、『カルミナ・ブラーナ』という中世写本に掲載されている、とてもポピュラーな曲でした。

ここで『カルミナ・ブラーナ』にピンときた人も多いかと思います。

そう、クラシックで有名なカール・オルフによる歌曲集『カルミナ・ブラーナ』は、実はこの中世写本に記載されていた詩篇を元にしたものなんです。

中世写本とは、文字通り中世(11世紀〜13世紀頃)に書き写された書物のことであり、まだ印刷技術が発達していなかった時代のベストセラーというのは「どれだけ書き写されたものが広まったか」というところの勝負でありました。

その時代は、日本もそうでしたが、本というものは字が読める人達、すなわち一部の教養のある人達のものであります。

こういったものを扱ったり、または写本にいそしむ人達がまとまっているところというのは、ズバリキリスト教会の修道院。

修道院で学ぶ修道士は、今でいう超エリートの学生であり、彼らはせっせと神学に関する論文を写したり、政治や経済、哲学などの書物も熱心に書き写し、それを他の土地の教会に送ったりするのが日課でしたが、世俗の、つまり土地の領主や貴族、あるいは富豪などの求めに応じて、世俗の書物も書き写したり、或いはそれをこっそり自分達が楽しむために保管していた、ということもまぁ日常的にあったようです。

『カルミナ・ブラーナ』は、ドイツの修道院で発見された古い写本であり、その内容は、教訓を書き記した真面目なものもありましたが、酒や恋や博打といった、実にくだけてユーモアたっぷりな内容のものも多く、19世紀に編纂され「中世流行歌集」として発表され、それが更にアレンジを加えられて歌曲になっていった。と。

『In Taberna』は、そんな中にあった酒宴の俗歌であります。

歌詞は「豪快に酒を飲んでバクチをやって、すっからかんになっても呑むぞ呑むぞ呑むぞ!」みたいな内容なんですね。なるほど中世の人々はこういった歌を酒場で合唱しながらバカ騒ぎしてたのかと、なかなかに楽しい気分になってきます。

で、youtubeで『In Taberna』を検索しておりますと、上記動画のように、当時のアレンジを再現するような感じの、オーソドックスな演奏も多かったのですが、意外に最近の音楽、特にヘヴィメタルな演奏の中に古楽器を大胆に導入してやっておる最近のバンドも多いようで



その中でこの”Folkstone”という人達と出会いました。




かなりヘヴィにアレンジしてあって、聴く感じでは歌詞も曲調も大幅に変えている『In Taberna』ですが、しっかりとバグパイプなどの古楽器はメインとして使っているし、衣装も中世をしっかり考証した皮のやつで、気合いの入り方は尋常じゃない。演奏も上手いし、ヴォーカルも何というか、気取ったところがなくて、真剣にこの音楽が好きでやっているのが伝わってくるストレートな歌いっぷりが良いですね。

うひょー、このバンドかっこいいわ〜♪と、アタシはソッコーで気に入りました。

調べたら、いや、調べても困ったことにこの人達がどこの何者であるかがなかなかハッキリと説明されたホームページとかレビューは出てきません。


う〜ん、確かに何というか「欧州の土着全開!」だから日本で需要がないのは分かる。でも、もうちょっとこうこのテの音楽にハアハア言ってる人はいてもいいのになぁ・・・。

と、若干寂しい気持ちをグッと抑えながら情報収集に明け暮れること何日か。


・フォークストーンはイタリアのバンドである。

・2014年に自身のレーベルからアルバムをリリースし、界隈では結構知られている。

・こういったジャンルの音楽は”フォークメタル”といって、元々はブラックメタルとの関係から生まれてきた。

・何でかっつったら、ブラックメタルには「反キリスト思想」と「ペイガニズム」というキリスト教以前の多神教信仰の時代への回帰を唱える思想があるから

・フォークメタルはペイガニズム思想の影響が強いから、北欧神話とかバイキング伝説とかケルト民話に因んだ歌詞や曲が多いし、実際古楽器も使ってるからフォークなんだよ

とか、色々と知らなかったことを知ることが出来ました。

アタシにとっては「ほほぉ・・・」となることばかりですが、多分「お前今頃フォークメタル知ったのかよ」となっている、気合いの入ったメタルファンの方はもちろんこのブログをお読みになっているかと思います(ひぃぃごめんなさい)。





Ossidiana

【収録曲】
1.Pelle Nera e Rum
2.Scintilla
3.Anna
4.Psicopatia
5.Asia
6.Scacco al Re
7.Mare Dentro
8.E Vado Via
9.Istantanea
10.Supernova
11.Dritto al Petto
12.Sabbia Nera
13.Ossidiana



で、相変わらずフォークストーンが実際どんなバンドなのか、詳しい情報をアタシは未だに掴んでいないのですが、困った時のyoutube様でミックスリストなんかを連日観ているぐらい、すっかりハマッてしまいました。

いや、本当に素晴らしいと思ったのは、この方たち、中世の衣装も古楽器も「メタルやってる俺達は古いものへのリスペクトだって忘れてねぇぜ」という、一種のPRとかじゃなくて、ライヴでもレコーディングでも、ガッツリ”それ”を貫き通しているところ。

で、2017年リリースの『Ossidiana』で、メジャーのユニバーサルから配給をスタートさせました。

もうこれぐらい気合いの入った人達だから、メジャーになろうが何になろうが、音楽性には変わりはありません。

相変わらずヘヴィなサウンドに、何事もなかったように絡み合ってナチュラルに鳴り響くバグパイク等の古楽器、そう、何もかもが、たとえばアメリカやイギリスのロックやメタルが、当たり前に『ヴォーカルとギターとベースとドラムスの音楽』であるのと同じように、『ヴォーカルとギターとベースとドラムスと、たくさんの古楽器』の音楽なんです。


ルーツに対するリスペクトは素晴らしく深いとは思いますが、この音楽がいわゆる”当たり前”になった最先端の手法とか技法とかアレンジとか流行とかに対する強烈なアンチテーゼに思える瞬間がいっぱいあって、単なるノスタルジーとかミクスチャーなカッコ良さ以上のものを、アタシはヒシヒシと感じます。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年11月23日

ソル・ホオピイ Classic Hawaiian Steel Guitar 1933-34

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Sol Hoopii/Classic Hawaiian Steel Guitar 1933-34
(OJC)

こんな季節に何事かと思われるかも知れませんが、今日はハワイアンです。

ハワイの音楽といえばハワイアンですね。今、フラダンスをやっている人がかつてなく多くなってたり、また、昭和の昔からハワイアンのテイストを取り入れた「憧れのハワイ航路」のヒットを皮切りに、夏のビアホールの定番といえば生バンドが演奏するハワイアンがBGMの定番だったり、我が国では昔からハワイ人気、ハワイアン人気というものがあって衰えを知りません。

やっぱりアレですね、ハワイには戦前から日系移民が多くおりますし、王国だった頃は当時のカメハメハ大王が、アメリカやヨーロッパに対抗するために日本の皇室と縁組をして仲良くなろうとしたとか、そういう歴史もありまして、更に気候や風土は違えど、やっぱり島国ということで、お互いに本能的な親近感みたいなものが湧くんじゃなかろうかと思うんですがどうなんでしょう。

日本から行く観光客が多いのも、気候が穏やかとか治安がいいとか、そういうことだけじゃないと思うんですよね。「何となく安心する」のその「何となく」の部分はもっと掘り下げて考えてみたい。という訳でアタシはよく、戦前とかの古い時代のハワイアンを聴いてるんです。


さてこの「ハワイアン」なる音楽、ほとんどの人はハワイの伝統音楽だと思っておりますが、実は少々歴史が複雑であります。

元々ハワイにはフラという重要な文化があります。

これは元々は王宮のみで披露される芸能であり、神事でありました。

原初のフラを伴奏する音楽というのは、歌と打楽器だけの非常にシンプルなものだったそうですが、19世紀という割と早い段階で、西洋音楽の要素を取り入れてモダン化したんですね。

ハワイというところは1700年代に発見されてから、事あるごとに植民地化したい欧米列強の標的にされておりましたが、歴代の王様が非常に聡明な人が多く「ヨーロッパ人の平和的な移住は認めるけれども武力侵攻は認めない」という政策を貫き、実にしたたかにそれを実行したんです。

だから西洋の文明や文化は、ハワイにはしっかりと根付いております。で、19世紀以降のモダン・ハワイアンが更にモダンなポピュラー音楽になるのは1900年、アメリカによる完全な併合が成ってからのことであります。一気に移住してきたアメリカ人によってジャズやカントリーなどが持ち込まれ、ハワイの音楽家達もこぞってこれらの音楽の要素をハワイアンに取り込んで演奏するようになりました。

そのひとつの象徴がスティールギターであります。

ハワイアンバンドには必ずといっていいぐらいに使われる、あの横に寝かした状態でバーをスライドさせ、キュイ〜ンと独特のトロピカルな風情を醸してくれるあの楽器は、元々はギターを膝に置いてナイフをスライドさせる、ブルースのスライドギターから影響を受けて誕生した楽器なんです。

はい、かなーり前置きが長くなってしまいましたが、本日ご紹介する人はソル・ホオピイ。戦前の1920年代から30年代にかけて大活躍し、ハワイアンの歴史の中でスティールギターの演奏を最初に確立した人であります。

ソル・ホオピイは1902年ホノルル生まれのネイティヴ・ハワイアンです。

音楽一家(何と21人兄弟!)に生まれ、生計のために3歳からウクレレを手にして十代の頃にはもうギターを弾いていて、その頃には彼の弾くギターは膝に置いてナイフをスライドさせるスタイルだったと言います。

その頃の仕事は、豪華客船の専属バンドでギターを弾くことであり、それが評判になって何とそのままサンフランシスコに渡り、現地のカントリーバンドのメンバーになりました。

アメリカでみっちりカントリーの技法を覚え、ハワイに帰ったソルは、仲間とトリオ編成のバンドを結成。このトリオがまた、ジャズにカントリーに何でもござれ。しかもハワイの伝統的な古典歌謡などもしっかりとレパートリーの中に入れて、ハワイにいるどの人種、どの界隈の人のリクエストにも間違いなく応えられる驚異的な演奏技術とアレンジセンス、そして音楽的に底無しの懐の広さを持っており、地元ハワイはもちろん、アメリカでも大人気になったんです。



(フラとブルースの融合、その名も「フラ・ブルース」)





【収録曲】
1.I Like You
2.Drifting and Dreaming
3.I Want Someone to Love Me
4.King's Serenade
5.King Kamehameha (take A)
6.Kolo Pa
7.Don't Stop Loving Me
8.Akaka Falls
9.My Little Grass Shack in Kealakekua Hawaii
10.Weave a Lei - Flower Lei
11.An Orange Grove in California
12.Aloha Beloved
13.The Lei Vendor
14.On Our Parting Day
15.There's Nothing Else to Do In Ma-La-Ka-Mo-Ka-Lu
16.My Hawaiian Queen
17.Midnight's Near
18.Hula Girl
19.Hula Blues
20.Under the Tropical Moon
21.Ten Tiny Toes - One Baby Nose
22.Oh! Lady be Good!
23.King Kamehameha (take B)
24.It's Hard to Say Good-Bye


このCDは、ホオピイが1933年から34年、つまり全盛期に残した音源集であります。

聴いてびっくりなのが、まずそのスティール・ギターのテクニックです。

アンプもない時代でしたから、ギターでソロを取るというのは大変なことだったんですが、ホオピイのギターは単音で弾くメロディも、弾きながらのバッキングも、このまんま一流のジャズ・オーケストラのソロイストになれるんじゃなかろうかと思うぐらいに完璧です。この時代で彼のテクニックに対抗できる人といえば、ブルースではロニー・ジョンソンブラインド・ブレイク。ジャズでは白人ギタリストのエディ・ラングにフランスのジャンゴ・ラインハルトぐらいではないでしょうか。

ハワイアンとして、もちろん楽しくまったりも聴けますが、アタシのよーに戦前のブルースやジャズ、カントリーとか、そういうアコースティックなルーツ・ミュージックがたまらなく好きな人間の探究欲みたいなのも、楽しく聴きながら幸せに満たしてくれる素晴らしい演奏です。つまりハワイアンに興味がないけど、アンプラグドな音楽が好きな人にはぜひ聴いて欲しい人がソル・ホオピイですし、フラやハワイアンが好きな人にとっては「これが原点なんだ!」と新鮮な感動に浸りながら、一生穏やかに付き合っていける音楽だと思いますので、超絶オススメしておきますね♪

それにしてもソル・ホオピイのスライド奏法、1920年代に入る前には既に確立されてたと言います。シルヴェスター・ウィーヴァーによってブルースのスライドギターがレコーディングされたのが1923年だから、もしかしたらホオピイはアメリカでブルースマンに直にスライド奏法を学んだことになりませんかい?そうなってくるとブルースの誕生近辺にもこの人は深く関わってるということになりそうですが、そこら辺を示す資料は今のところありません(逆に彼の演奏がブルースマン達のスライド奏法に影響を与えたという話はわんさか出てきました、ワォ!)。ふむぅ・・・。



(シルヴェスター・ウィーバーによる”スライドギター最初の録音”についてはここに書いております)





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年09月24日

ミリアム・マケバ 1955-1962

6.jpgミリアム・マケバ/1955-1962
(オルターポップ)


「クイーン・オブ・アフリカン・ソウル」「アフリカン・ポップスの女王」として、広く知られるミリアム・マケバ。

「いや、そんなこと言われても誰?」という方でも、この人の最大のヒット曲となった『パタパタ』を聴けば「あー、流行ったね」「そういえば学校の創作ダンスとかで流れてたわ」と、なることうけあいです。

アタシも「パタパタ」は知っていて、というよりも何か聴いたことあるぐらいにずっと思っていて、この歌を歌ってる人が誰かということにさほど興味もなく過ごしていたんですが、2000年代の始め頃に、畠山美由紀さんがヴォーカルをやっているユニットでダブル・フェイマスというのがあって、このグループの音楽がとってもトロピカルで、アフリカやカリブの空気感満載でとっても良いなぁと感動していた時、たまたまこんな音楽をある場所で耳にしたんです。




「わ、これなんかすごいダブルフェイマスっぽいぞ!でもこれ、ジャズのようでもあるし、50年代のR&Bのコーラスグループっぽいよなぁ。でもすごく惹かれる、とっても気になる・・・」

と思ってたら、これこそアフリカン・ポップスの女王、ミリアム・マケバの初期音源なんだよ。彼女の音楽は当初洗練されたアメリカン・ミュージックの影響をすごく受けていた、極上のアフリカン・ジャズなんだよということを知って、それから一気に彼女の声、その伸びやかで極楽気分に溢れた歌と音楽の虜になってしまいました。

「アフリカ」といえばいろんな部族がいて、パーカッションや民俗楽器を使った非常にプリミティヴなものももちろんカッコ良くて、周囲のアフリカ好きの人達も、どっちかというとそういうものを好む人が多いのですが、50年代から70年代にかけてのアフリカ都市部の音楽、特にアメリカのブラック・ミュージックと深いところで共鳴しているポップスの素晴らしさといえば、もう一言では語り尽くせぬほどの魅力があるんです。

歴史的な事をちょいと説明すると、アフリカという地域は、長いことそのほとんどが欧米の植民地でありました。

この流れに変化が起きるのが第二次世界大戦が終わった後で、イギリスやフランスの植民地だった地域は、様々な問題を抱えつつも次々と独立して行きます。

人々は抑圧された体制から解放され、その自由を謳歌するために、或いは謳歌そのものとして自分達の音楽を高らかに歌い上げます。

ここらへんはジャマイカにおけるレゲエの誕生とも少々リンクしている話ですが、これらの国々では、元から合った部族の音楽に、西欧諸国で流行したポップスが絶妙に混ざり合って、また、ラジオやレコードを通して入ってきたアメリカの音楽、特に何となくお同胞意識を抱いていたアメリカ黒人達の音楽、つまるところのR&Bやジャズなんかを自分達なりの解釈でもって演奏したり歌ったりして、更に洗練させたり、独自性を加えてみたりして「アフリカのポップス」というものが、徐々に形作られていく訳でございます。

ミリアム・マケバは、南アフリカの生まれであります。

南アフリカといえば、アフリカの国々の中でも割と早い段階(1931年)に正式な独立を果たした国でありますが、一方で少数の白人が黒人を物心両面で支配下に置く、悪名高いアパルトヘイト政策をずっと続けてきた国で、彼女の音楽人生もまた、この国の不条理な事情とは無関係ではありませんでした。

貧しい家に生まれ、貧しさ故に親が犯した犯罪(密造酒販売)によって生後すぐに刑務所に収監されるという波乱万丈な人生のスタートを切る彼女ですが、そんな逆境にもめげず、人気ジャズ・バンドのヴォーカルとしてデビュー、その後突き抜けるようなポジティヴな歌声がすぐに人気を博して、1950年代の半ばには、彼女を中心といたヴォーカル・グループ”ザ・スカイラークス”が結成され、この時にレコーディングした曲の中に、彼女の生涯の代表曲となる”パタパタ”も入っております。

デビュー後のミリアムの人気は、この頃アフリカのみならず、アメリカにまで及んでおりました。

類まれまるその歌唱力は、ブロードウェイの耳に留まり、何とミリアムは1959年にアメリカに招かれて、ミュージカル「キングコング」に、主演のシンガー役で大抜擢を受けます。

そのまま世界ツアーに出た彼女は、ロンドンで名優であり大人気シンガーのハリー・ベラフォンテと親しくなり、この大物から

「どうだい、アメリカでデビューしないか?」

と、誘いを受け、成功への更なる大飛躍へと踏み出すのですが、彼女にはここで悲劇が起こります。

1960年、ミリアム28歳の時にお母さんが亡くなり、その葬儀に出るために帰国をしようとするのですが、南アフリカの政府は彼女のパスポートを失効とし、帰国を拒否してしまうのです。

これの理由は分かりませんが、恐らくは歌手として世界の舞台で活躍しようとしているミリアムの動向に不安を覚えた政府が、差別的な理由でもって彼女のパスポートを取り上げたんだろうと言われております。

それから2年後、やむなくアメリカにいたミリアムですが、国連に招かれて、そこで母国のアパルトヘイト政策に関して批判的な証言を行い、これに激怒した南アフリカ政府は、彼女の市民権と帰国する権利を永久に剥奪し、ミリアムは二度と母国へ帰れなくなってしまいまが、この悪意ある対応に激怒したアフリカやヨーロッパ諸国の国々が、次々と「世界市民として受け入れる」と、彼女にパスポートを発行。

彼女の名前は一気に「差別と闘う勇敢なシンガー」として、世界から称賛の的となります。

でも、彼女の偉いところは「自分はあくまでシンガー」と芸に真剣に取り組み、人々を嬉しく楽しくさせるような音楽を真摯にやっておったところです。

ジャズやソウルなど、アメリカのブラック・ミュージックの伝統から流行までも広く呑み込んで、それをアフリカのエッセンスで無理なく鮮やかに彩った彼女の音楽は、実にオリジナリティの塊であり、大好きだったエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンらからの影響を感じさせつつも、他の誰とも似ていない、伸びやかでその声の余韻の中に深い慈愛を感じさせる歌声は、世界中の人々の心を掴みました。

ポピュラー音楽の頂点とされるグラミー賞を受賞し、リメイクした「パタパタ」の大ヒットで、押しも押されぬ世界のトップシンガーとなってもなお、彼女はその芸を深めることへの努力を惜しまず、60年代、70年代、80年代とその歌声に更なる深みを刻んでゆくのです。

アメリカやベルギー、ギニアなどを活動拠点にしていた彼女は、南アフリカのある活動家の支援に本格的に乗り出します。そう、後に南アフリカ大統領となるネルソン・マンデラの支援です。

1988年、ロンドンにあるウェンブリー・スタジアムにおいて行われた「投獄中のマンデラの70歳を祝うコンサート」が行われ、ボブ・ディラン、スティーヴィー・ワンダー、キース・リチャーズ、マイルス・デイヴィス、リンゴ・スター、ホイットニー・ヒューストン、ブルース・スプリングスティーン、ボノ(U2)、ピーター・ガブリエル、ランDMCなどなど・・・ありとあらゆるジャンルの大物ミュージシャン達が集結したこのコンサートでミリアムも歌い、こういった世界的な動きの中で南アフリカのアパルトヘイト政策は終わりを迎えるのでありました。

ちなみにこのコンサートの司会を務めたのは、ミリアムを世界に知らしめるきっかけを作ったハリー・ベラフォンテであります。

さて、ようやく30年近い漂白の身から晴れて南アフリカへ帰国したミリアムは、歌手活動を続けながら、差別や貧困、またはアフリカ社会で深刻な問題となっているHIVの問題など、あらゆる事柄に関係するチャリティーに本腰を入れました。

彼女が亡くなったのは2008年、76歳の時でしたが、この最期となったのがイタリアで行われたマフィア追放キャンペーンのステージで「パタパタ」を歌い終わった直後に心臓麻痺を起して帰らぬ人となっております。

信念の人だったのでしょうね。








【Disc-1:APARTHEID IN JOHANNESBURG】
(THE MANHATTAN BROTHERS)
1.LAKU TSHUNI ‘LANGA
2.TULA NDIVILE (SADUVA)
3.BABY NTSOARE
(THE SKYLARKS)
4.ORLANDO
5.OWAKHO
6.OLILILI
7.INTANDANE
8.PULA KGOSI SERETSE
9.KUTHENI SITHANDWA (DAY O)
10.NDIYA NXILA APHA E-BHAYI
11.BAYA NDI MEMEZA
12.VULU AMASANGO
13.UMBHAQANGA
14.NOMALUNGELO
15.TABLE MOUNTAIN
16.HUSH
17.MTSHAKASI
18.UTHANDO LUYAPHELA
19.PHANSI KWALOMHLABA
20.LIVE HUMBLE
21.SINDIZA NGECADILLACS
22.NDIMBONE DLUCA
23.NDAMCENGA
24.UNYANA WOLAHLEKO

【Disc-2:AFRICA’S QUEEN OF SOUL】
1.ROCKIN’ IN RHYTHM
2.INKOMO ZODWA
3.EKONENI
4.DARLIE KEA LEMANG
5.SOPHIATOWN IS GONE
6.MAKE US ONE
7.BACK OF THE MOON
8.QUICKLY IN LOVE
9.MAKOTI
10.THEMBA LAMI
11.UYADELA
12.YINI MADODA
13.NDIDIWE ZINTABA
14.UILE NGOAN’ A BATHO
15.SIYAVUYA
16.PHATA PHATA
17.MIRIAM’S GOODBYE TO AFRICA
(EXILE IN NEW YORK CITY)
18.JIKELE MAWENI (THE RETREAT SONG)
19.SULIRAM
20.QONQONTHWANE (THE CLICK SONG)
21.UMHOME
22.OLILIL

【Disc-3:NEW YORK】
1.LAKU TSHUNI ‘LANGA
2.MBUBE (THE LION SLEEPS TONIGHT/ WIMOWEH)
3.THE NAUGHTY LITTLE FLEA
4.WHERE DOES IT LEAD?
5.NOMEVA
6.HOUSE OF THE RISING SUN
7.SADUVA (TULA NDIVILE)
8.ONE MORE DANCE
9.IYA GUDUZA
10.KILIMANDJARO
11.ZENIZENABO
12.NTJILO NTJILO
13.UMQOKOZO
14.NGOLA KURILA
15.THANAYI THANAYI
16.LIWA WECHI
17.NAGULA
18.CARNIVAL (“ORFEO NEGRO” THEME)
19.NIGHT MUST FALL
20.LOVE TASTES LIKE STRAWBERRIES
21.CAN’T CROSS OVER


さらっと解説するつもりではありましたが、やはりミリアム・マケバという人の歌は、その波乱万丈の人生に裏付けられていると思いましたので、彼女の人生をざっと振り返って書かざるを得なくなりました。

このアルバムは、彼女が南アフリカでデビューした直後から、ニューヨークに拠点を置いた60年代初頭までの音源を選りすぐった素晴らしい初期ベストであります。

スコーンと明るい、アフリカン・ジャズ/R&Bのディスク1から、独自のジャズ・アレンジでスタンダードやアフリカン・ポップスを唄ったDisc-2,3どれも最高に聴き応えのある、本当にグッとくる、何だか聴いてるだけで心を自然と豊かにしてくれそうな、イカした音楽が目一杯詰まっております。

彼女の声の魅力は本当に奥深く、特に初期の声は大ファンだったというエラ・フィッツジェラルドからの影響が大きく、伸びやかで雑味のない声ですが、結構ドスの聴いた低音や、パンチの効いたシャウトも自在にこなすそのテクニシャンぶりには思わずうなってしまいます。

あと、この人の声はどこまでも優しくて、時にポロッと哀しみが漏れる瞬間が(特にフレーズの最後の、声が伸びて消え入る辺り)あって、アタシは毎回それにヤラレてます。

ミリアム・マケバはアフリカからやってきて、多くのジャズやソウルやR&Bのシンガーに影響お与えた人でもあります。特にニーナ・シモンとエリカ・バドゥは彼女から多くの表現の糧を得たんじゃないかなと思いますが、そこはお聴きになる皆さんの耳で直に確かめてみてください。

3枚組で聴き応え最高で、しかも国内盤なのでライナノーツもあります。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 19:25| Comment(0) | 世界の民族音楽など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする