2016年03月04日

アリ・ファルカ・トゥーレ Radio Mali

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Ali Farka Toure/Radio Mali
(Nonesuch/elektra)

西アフリカのマリ共和国、この国は非常に豊かな音楽の地であり、グリオーという吟遊詩人文化があり、コラ(竪琴)やンゴニ(三味線のような四弦楽器)といった、独自の弦楽器文化がある土地であります。

そんな中「マリのブルースマン」として世に現れ、世界中の多くの人々にその人間味溢れる唄と独特のギターの魅力と共にマリ音楽の素晴らしさを広く知らしめたのがアリ・ファルカ・トゥーレであります。

有名なのはアリが世に出るきっかけとなった1995年のライ・クーダーとの共演作なんですが、文字通り”ブルースマン”としての彼の表現のコアな部分に触れるアルバムとしては、弾き語り中心のシンプルな編成で深〜い味わいがたまんない「ラジオ・マリ」がオススメです。



レイディオ・マリ

【収録曲】
1.Njarka
2.Yer Mali Gakoyoyo
3.Soko
4.Bandalabourou
5.Machengoidi
6.Samariya
7.Hani
8.Gambari
9.(njarka) Gambari
10.Biennal
11.Arsani
12.Amadinin
13.Seygalare
14.Terei Kongo
15.Radio Mali
16.Njarka (excerpt)


1970年〜1978年、ラジオ放送用の音源です。

マリという国は実に音楽に力を入れている国で、1960年代に独立をしてから、何と政府が主体になって自国の伝統音楽も新しいポピュラー・ミュージックも「才能があるミュージシャンがいる」となればとにかくマーケティング、コンサートや作品制作などにも予算を惜しまずに「どんどんやれ!」と、ミュージシャン達を支援していたんです。

何でも当時の国の偉い人の思想には「我が国が欧米と肩を並べる一流の国になるには、経済やインフラなどはもちろんだが、それ以上に文化だろ!」というのがあったようで、特に新しいものに敏感な若者達が自分達で新しいマリの文化を作っていくことが出来るのならば、それは伝統音楽じゃなくても構わない。ポップスでもジャズでもロックでも何でもやりたいよーにやれば良い。と、文化的な一切にとても寛容であったといいます(何て素晴らしいんだ、どっかの国の偉い人達は爪の垢でも煎じて飲めばいい)。

その中から出てきたのがサリフ・ケイタです。言うまでもなくアフリカン・ポップスの頂点を極める偉人でありますが、その話は長くなるからまた今度ね(汗)

で、アリ・ファルカ・トゥーレです。

「アフリカのブルースマン」と言われているのにはちゃんと訳があって、彼は若い頃にラジオからジョン・リー・フッカーのブルースを聴いて「すっげぇ!俺、これになる!!」と決めて音楽の世界に入ったようで、その音楽は伝統的なマリ音楽独自のエッセンスを軸に、ジョン・リー・フッカーやロバート・ピート・ウィリアムス、スキップ・ジェイムス、ミシシッピ・フレッド・マクダウェルといったブルースの中でもとりわけクセやアクの強い、南部フィーリングを濃厚に持つカントリー・ブルースマン達からの影響が色濃く感じられます。アリの声をオクターブ低くしてドロッドロにしたら確かにジョン・リーみたいになるでしょう。

ただ「ブルースに影響を受けたからそれをまんまやる」というのではなく、ギターのアクセントやメジャーとマイナーの間を浮遊感たっぷりに自由に泳ぎながら、ワン・コード、或いは2コードの繰り返しが生み出すトリッピンなノリはアフリカそのものであり、いわゆる「ブルース」というよりも、この人にしかない「ブルースが一周して帰って来たらこうなっちゃった」な感じがたまらなくいいんです。




(これはブルースでしょう)







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2016年01月06日

イクンガ&ミスター・サムシング・サムシング ディープ・スリープ

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イクンガ&ミスター・サムシング・サムシング/ディープ・スリープ
(オルターポップ)

いきなりアタシの話で申し訳ありませんが、ブルースに目覚め、フリー・ジャズに狂って本格的にブラック・ミュージックなるものにハマッてからというもの、どこかでそのルーツたる音楽、つまりアフリカン・ミュージックというものを聴いておかねばならないな、という気持ちがあって、でも何を聴けばいいんだろうか・・・と思いつつ、色んなものに手を出しておりました。

それこそリアルタイムで「アフリカン・ポップス」と広く知られているようなものから、どこかの部族がやっているお祭りの音のクッソ悪いフィールド・レコーディングのやつまで、もう色んなものを聴きましたが、どうにも素直に”ピン”とくるものがない。

そんなモヤモヤは、アタシの「ルーツという幻想を求めて聴く」という、まぁ純粋にカッコイイものを探すんではなしに、どこかお勉強みたいなノリで「アフリカの音楽はこうでなきゃいけないんだ」という、視野の狭さからくる勝手な思い込みのせいでした。

そんなアタシに

「アンタなぁ、ジャズとかブルースの理想を安直にアフリカに求めなさんな。アメリカのブラザー達は何百年か前にアフリカから奴隷として連れていかれてアメリカで苦労したんや。で、今のアフリカのブラザー達が直面しとるのは今のアフリカの問題よ。どっちがどうとかじゃなくてそれぞれ人には事情ってもんがあるんでぇ」

と、クソかっこいい独自のグルーヴ渦巻くサウンドとキョーレツな政治的メッセージを突きつけて渇を入れてくれたのがフェラ・クティという人でありました。

ジャズやファンクなど欧米のブラック・ミュージックからの影響を存分に受けつつも「でも、アフリカ人であるオレらのアイデンティティはこうだ!」と言わんばかりの”アフロ・ビート”のカッコ良さには、今でも背中に溶岩吹き付けられたみたいな興奮を覚えてなりません。

優れたミュージシャン/バンド・リーダーであるだけでなく、思想家としてもアジテーターとしてもズバ抜けた実力とカリスマを持つフェラ・クティの音楽は、後進のアーティスト達に多大な影響を与えたことは間違いありませんが、その中から

「いや、師匠(フェラ)の表現はそうだったかも知らんけど、オレはもっと違う手法があってもいいと思う」

と、独自の道を追求して頭ひとつ抜けた存在になっている存在が、詩人のイクンガでしょう。

イクンガは師匠であるフェラ・クティの音楽、特に政治的、精神的なメッセージ性の強い歌詞に注目して、ノリノロのアフロビートに、一見すると正反対のベクトルかと思える深淵なポエトリー・リーディングを融合させて”アフロ・ポエット”という独自のジャンルをひとりで作り上げた、80年代〜現在に至るナイジェリア音楽シーンの”孤高”といっていい存在のミュージシャンであります。

アタシはこの人のことを雑誌(ミュージックマガジンだったかな?)の紹介記事で知りました。

正直フェラ・クティの”扇動”ともいえる激しいサウンドと、アジテーションのようなヴォーカルに「ぐわぁ!!」となっていたので、イクンガの「アフロ・ポエトリー」は全く想像が出来ませんでした。

しかし、考えてみれば、レゲエの世界に”ダブ・ポエトリー”という独自のジャンルを作ったリントン・クウェシ・ジョンソンという人がいて、その人が全く合うはずはなかろうと思っていたレゲエのリズムの上で、静かな知性と幽玄の美とが交錯する音世界を作り上げていて、アタシもそれには十代の時すごくヤラレましたので、期待はしてたんです。






【収録曲】
1.DNDABP
2.爆弾
3.アバンクワ
4.お前は美しい
5.ディープ・スリープ
6.DNDABP(radio edit)
7.爆弾(radio edit)
8.アバンクワ(radio edit)


実はイクンガという人は、詩人として80年代からその名が知られていて、主に大学生などの間でその作品がムーヴメントを引き起こすほどに社会情勢の中心にいた人なんですが、彼は医師として生計を立てる傍らで、朗読のコンサートを行ったり、フェラ・クティの息子、フェミ・クティのバンドの前座で出演したりと、その活動は断片的なものであったんです。

90年代までは「知る人ぞ知る」存在だったのが、ようやく重い腰を上げてミューシャンとして活動を始めたのが2004年になってからで、今のところ「たった2枚のアルバムのうちの貴重な一枚」と言われているこの「ディープ・スリープ」も、レコーディングのためにカナダのアフロ・ファンク・バンド”ミスター・サムシング&サムシング”と組んで綿密な打ち合わせの末にようやく楽曲を仕上げたという念の入れようなのです。


で、フェラ・クティのそれよりも更に洗練され、無駄を省いたストイックなサウンドのミスター・サムシング・サムシングのバックに乗せて訥々と社会問題を提起するイクンガのパフォーマンスは”静かな凄み”が終始みなぎっている凄いものです。

詩人であるイクンガは「歌詞の内容とサウンドが合っていないとダメなんだ、詩もサウンドに妥協して軽薄なものであってはならない」という姿勢を貫いております。

産油国ナイジェリアの貧困と欧米資本との根深い癒着問題を歌う「DNDABP」、強国批判(ここで批判しているのは欧米の未だに植民地主義的な途上国への態度)から戦争経済、強者のためのグローバル化への怒りを込めた「爆弾」、医者(精神科医)としての見識から、本当の知識、知恵とは何かを絶妙な韻を踏んだポエトリーで切々と説いている「アバンクワ」、自己と他者、或いは都会的な視点とローカルな視点の両方を持つことの意味を祈りのようなサウンドと朗読に込めた「お前は美しい」、「無意識の中の意識にこそ目を向けなさい」と、これまた心理学的な観点からの説得力のある覚醒を促す「ディー」など、このアルバムから一貫して感じられるのは深くよどみない”知性”そのものです。

アフリカの音楽に興味のある人は恐らくたくさんいると思います、その興味の中に「取って付けたような”らしさ”がギラギラしているもの」や「お勉強的なノリ」はちょっとどうかな?と、一歩進んだ深い疑問をお持ちの方はフェラ・クティやこのイクンガの音楽に触れてみることをオススメします。

両者は極端なぐらい「動」と「静」ですが、その根底にあるアツさ、問題提起の力強さは間違いなく”ホンモノ”です。




(「爆弾〜Di Bombs〜のPVです)



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2015年12月25日

国本武春&ザ・ラストフロンティア アパラチアン三味線

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国本武春&ザ・ラストフロンティア/アパラチアン三味線

(武春堂/シャミレコーズ)

浪曲に関しては恥ずかしながら二代目広沢虎造ぐらいしか知らず、親父が持っていたカセットを聴きながら

「赤城の山も今宵限りィーーーー””」

と、例のドス声で物真似をするぐらいの知識しかなかったアタシでしたが、ある日テレビでロックアレンジの浪曲、浪曲!?・・・浪曲!!

の「忠臣蔵」を観て血がアツくなると共に大爆笑してしまいました。

「まぁこの国本武春という人の今風の浪曲の何てポップで楽しいこと」

と。

はい、浪曲師の国本武春さんといえば、1990年代に新進気鋭の若手のホープとして、浪曲というものを「今ある音楽」をそれこそ何こそ使って、エンターティメントとして楽しく世のお茶の間に届けてくれた人なんですね。

ある年齢層より下の世代の方には、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」の”うなりやベベン”と言った方がピンとくるかも知れません。

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このキャラクターの濃さにして、このポップさ。

一言でこの人を言い表せる人は、恐らくいないんじゃなかろうかと思います。

そして、それからテレビで観る機会も多くなり、その三味線演奏家としての腕の凄さに、アタシはブッ飛ぶことになります。

「ロック三味線」

という触れ込みで「スモーク・オン・ザ・ウォーター」などのロックの名曲を三味線でバッキバキに弾きまくっているのを聴いて更にブッ飛ばされます。

あのね、伝統芸能の人が一番やっちゃいけないのは

「中途半端なポピュラー音楽とかワールド・ミュージックとのコラボ」

なんですよ。

いかにも優等生然としたイケメンイケ女が、どこを目指しているのか分からない衣装を着せられて、観ているこっちが恥ずかしくなるようなステージというのは、これはまぁよくあります。

コノ人達がまた音楽知らないんでしょうね「お稽古事」としてしか音楽をやってないもんだから、ポップス曲のカヴァーなんかの、聴いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいの凄惨なものが日曜の朝っぱらからお茶の間を凍り付かせる・・・なんてことが、まぁ今でも多々ありますが(笑)

国本武春さんの三味線は、その辺の優等生芸能とはハッキリと質が違います。

どんなアレンジであろうがどんなジャンルであろうが常に「本気」なんですよ。

三味線のあらゆる伝統的なテクニックを駆使して洋楽にチャレンジしていても、それが全然「俺様伝統芸能」みたいな鼻に付くところがなくて、また「洋」の雰囲気に呑まれることもなく、しっかりと「和」で鳴っている。

とびきりにご機嫌なアルバムをここいらで皆さんにひとつご紹介いたしやしょうかい(←感化されて浪曲風)


おっとその前(めぇ)に動画がありやしたねぇ



「本気」の和三味線が、アタシの大好きなカントリー/ブルーグラスとこんなに素敵にマッチングしておりますよ♪




【収録曲】
1.Appalachian Shamisen
2.Are You Missing Me
3.Tiger Creek
4.Lonesome Dreams
5.Lonesome Yokocho
6.It Was Your Love
7.Eureko’s Breakdown
8.I’ll Never Shed Another Tear
9.Ninja Rag
10.Little Girl And The Dreadful Snake
11.Earl’s Medley
12.This World Is Not My Home
13.Dream of A Geisha
14.Pray For Asia (アジアの祈り)
15.Rawhide
16.Shami and Bird
17.Pancake Rag


2006年リリースの「国本武春&ザ・ラストフロンティア」という、これはもうガチなブルーグラスバンドとしての作品です。こぉれが大変にゴキゲンで実に聴いてて溜飲が下がる。

いっときますがこのアルバム「三味線が主役でバックがカントリー」とかいう失礼なアルバムじゃござんせん。

国本師匠はあくまで「ラストフロンティアのメンバー」として、ギターやバンジョー、マンドリンといったブルーグラスの定番楽器と同じ土俵で「フツーに三味線」でやっております。三味線の名手であることは言うまでもなく「ブルーグラス」という音楽に特別な愛とリスペクトがなければ、この節妙なバランス感、この最高なスイング感は絶対にありえんでしょう、いや、ありえんよ。

自身のレーベルから色んな作風のアルバムを出していて、色んなスタイルで三味線を唄わせておる国本師匠でありますが、やっぱりね、本気でロックもブルースもカントリーも浪曲も「同じように大好き!」だったんだと思います。その姿勢がね、最高にロックですよ♪





(昨晩東京の友人”三味線の黒師匠”に教えてもらいましたバディ・ガイとの魂のセッション!)


(古典の傑作として「南部坂の別れ」アタシぁこれ好きなんです)


55歳といえば、浪曲の世界では「まだまだ若手」ですよね・・・謹んでご冥福をお祈りします。


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2015年12月21日

《アイルランド》アイリッシュ・パイプの魅力

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《アイルランド》アイリッシュ・パイプの魅力
(NONESUCH/ワーナー)

え〜、アイルランドの音楽というのは、いわゆる民族音楽やワールド・ミュージックにハマっている人以外でも、ファンの多い「聴く人の層の厚い音楽」だと思います。

その背景にはやっぱりエンヤやチーフタンズ、ケルティック・ウーマンなどの人気歌手やグループが「ケルト音楽」というものをポップにアレンジして、独自のポピュラー・ミュージックにして広く世に知らしめた、或いはパンクやロックの流れでポーグスやU2といったバンド達が、或いはハッキリと、或いはそこはかとなく「アングロサクソンとは違うのだよアングロサクソンとは!」という主張をその音楽の中に盛り込んで主張した等々・・・色々な要素がありましょうが、決定的なのはやっぱりアイルランドやブリテン島北部に根強く残るケルト音楽、はたまたケルト文化の名残りというものは、どこか私たち日本人が空想する「ヨーロッパのおとぎ話のイメージ」というものを強く想起させてくれるからなんだと思います。

んで、幼い頃に絵本なんかで親しんだ「世界むかしばなしの世界」とか「風の谷のナウシカ」をはじめとするスタジオジブリ初期の記憶が、どこか私たちの心の中の「懐かしさ」を感じさせる回路にこうピーンと反応する。

実を言いますと、今現在この地球上には純粋な「ケルト人」というのは存在しておりません。

ここらへんは人種や宗教が複雑に入り乱れるヨーロッパの歴史のお勉強になるんですが、ケルトという民族は8世紀から9世紀にかけて侵入してきたノルマン人(いわゆるバイキングですな)に一度滅ぼされ、更にブリテン島やアイルランド島をはじめ、ヨーロッパ各地を支配したノルマン人はそれぞれの地域において土着化して混血を繰り返し、ブリテン島では元々いたアングル人が更に侵入してきたゲルマン系のサクソン人と交わって独自の「アングロ・サクソン系民族」というものを作って繁栄するんですが、アイルランドに住むノルマン人とケルトの末裔達の混血民族(あーややこしい)は、アングロ・サクソンの支配を潔しとせず、度々抵抗を重ねて、実質支配を何度も受けながら、その中でさっきも言ったように「俺たちはヤツらブリテン島の連中とは違うんだ!」と、もう独自文化を意地で継承しておったんです。

はい、アイルランドの歴史は複雑過ぎてややこしいので、大分はしょっておりますが、大体こんな感じです。

だもんでアイルランドには、人種としての「ケルト」は消えても、文化としての「ケルト」は細々と残りました。

その典型がアイリッシュ・ミュージックであり、んでもってイギリスの支配下に置かれた北アイルランドの人々が後に飢饉から逃れるためにアメリカ大陸に大量に移り住んでカントリー・ミュージックの素になる音楽を作って・・・という風に、実はアイリッシュ音楽は、今のポピュラー・ミュージックとはその成立の一番最初の時点から、実は切っても切れない深い因縁で結ばれてるんですけど、そこまで書いちゃうと本当に長くややこしい文章になってしまいますので、今日は触れないでおきます(でも、頭の片隅に「カントリー・ミュージックのルーツはアイルランドのトラッドなんだぜぇ」ってことは頭の片隅にでも入れといてください)。

さて、そんなアイルランドの音楽、「タン、タン、タンタンタン」と、弾むような”5”のリズム(これは奄美の八月踊りのリズムとも似通ってます)と、ゆったりとしたテンポの上をそよ風が撫でるようにメロディーが流れてゆくタイプの2つの曲調に大きく分かれますが、どちらも「繰り返し」のメロディーが基本です。

そこで長年アイリッシュ・ミュージックを演奏する人たちに親しまれてきたのが、ご当地を代表する”吹きもの”の楽器が「アイリッシュ・パイプ」と「ホィッスル」であります。

はい、「アイリッシュ・パイプ」というのはこれはいわゆる「バグパイプ」ですね。


(こちらは日本におけるバグパイプの第一人者、加藤健二郎さんによる、スコットランド・スタイルの演奏です)

アイルランドに限らず、スコットランドやイングランド、それからフランス、イタリア、スペイン、更にはトルコ辺りまで、様々な呼び名で広く使われておりますが、とりわけアイルランドとスコットランドでこの楽器は非常に重要なのであります。

特にアイルランドでは「アイリッシュ・パイプ」という呼び方に並々ならぬこだわりがありますので、現地で、もしくはアイルランドの人がコレを吹いておるのを見て間違っても「バグパイプ!」と言わないように。「何ぉ!?スコットランド人なんかと一緒にするない!!」と、怒られます(半分はジョークですが半分はマジです)。

一方の「ホィッスル」というのは、これはあのお巡りさんやスポーツの審判が「ピピーー!」と吹くアレではなくて、いわゆる「笛」全般のことを言います。


(コチラも日本人。ホィッスル演奏家hataoさんによる見事な演奏です)

別名を”ティン・ホィッスル”と言いまして、今は樹脂製やプラスチック製など様々な素材のものが使われておるようですが、基本はブリキで作られたシンプルな構造のヤツで、キィに合わせて色んな大きさのものを複数吹き分けるのがアイルランド・スタイルです(ブルース・ハープの笛版と思って頂ければよろしい)。

で、前置きがかなり長くなりましたが、本日ご紹介するアルバムは、この「アイリッシュ・パイプ」と「ホィッスル」の名手で、今もアイルランド音楽界では伝統を継承し、シーンを牽引している名手(物凄い有名人)、ティンバー・フュレーによる「ほぼ独奏」(ギターの伴奏がCのみで軽く付くぐらい)のコアなアルバムです。







【演奏】
ティンバー・フュレー(アイリッシュ・パイプ&ホイッスル)
エディー・フュレー(ギター)

【収録曲】
1.レイキッシュ・バディ
2.金持ち鬼婆
3.キャッスル・テラス
4.マダム・ポナパルト
5.牛の乳をしぼる若い娘
6.フィンのお気に入り
7.ピーター・バーンのファンシー
8.オロークのリール
9.ロイズ・ハンズ
10.ブランクスティ・デイヴィー
11.りっぱな薔薇のしげみ
12.エディーのファンシー
13.銀の槍

内訳は全13曲中9曲がパイプ、4曲がホィッスル。

どの曲も「これぞアイリッシュ・ミュージックの核、ケルトの伝統の真髄」と言いたくなるほどの、混ぜ物(今風のアレンジとか華美な伴奏とか)一切ナシ!で「最近のアイルランド・ポップスから聴いてケルト音楽の深いやつを聴いてみたくなった」という人の期待には120%応えて余りあるでしょう。

また、サウンズパル店頭に立っていた時は、音楽を作っている人がサンプリングソースとしてこのCDを買う人が結構いました(皆さん試聴して「こういうの欲しかったんだよ」と仰ってました)。




(最近のフィンバー・フュレーさん、実際は吹きものだけじゃなくて弦楽器も唄もやるマルチなアーティストなんです♪)


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2015年11月05日

ジャワの宮廷ガムラン1

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《ジャワ》ジャワの宮廷ガムラン1
(Nonsuch/ワーナー)

1980年代の「ワールド・ミュージック・ブーム」と、90年代の「ヒーリング・ブーム」で、一躍世界的に有名になったのが、インドネシアやバリ島などで演奏される民俗楽器「ガムラン」。

「ガムラン?何それ」という人は、恐らく今や日本ではほとんどおりますまい。

いや、名前は知らなくても、この音を聴けば

「あぁ、知ってる!」

となると思います。


(コチラは洗足学園音楽大学のガムラン・フェステバルの動画です)

そうそう、コレ。

エスニック系の雑貨屋さんや、或いはアジアンエステのお店なんかでかかっている率が高いので、お香の匂いと共に条件反射的に思い出す方も多かろうと思います。

「ガムラン」とは、インドネシア語で直訳すると「叩く物」という意味であり、鉄筋状のものからパーカッション状のものまで全部をひっくるめた「打楽器でリズムとメロディを構成するアンサンブル全体」がガムランであり、そのガムランひとつひとつの名称も、それぞれ細かく色々とあるのですが、大体民族音楽のCDで「ガムラン」といえば、動画にあるように「座って演奏する鉄琴みたいなもんが主役の音楽」と覚えておけばよろしい。

で、その「ガムラン・ミュージック」でありますが、ザックリ大きく(本当にザックリですが)分けて

・ジャワの宮廷音楽としてのガムラン



・バリ島の大衆芸能としてのガムラン

の2つがあります。

両者は同じような楽器を使っていても、ジャワのものは”静”バリのは”動”にそれぞれ特化していて極端な違いがあるのです。

で、本日ご紹介しますのは、ジャワの”静のガムラン”。

はい、1971年にジャワのジョグジャカルタ地方を治めておりました王様(地方領主)のパク・アラム8世という人が

「ノンサッチ・レコードのスタッフがガムラン音楽を録音したがっている」

という話を聞いて

「You達ガムラン録音したいの?何ならウチに来ちゃいなよ。明日ボクの誕生パーティーだから、何ならそこで演奏するやつ録っちゃいなよ。」

と、流石に王様らしい太っ腹なところを見せて世界初のレコーディングが叶ったという伝説的な一枚であります。

あの〜「ノンサッチ」というレコード会社は、世界中の民俗音楽をレコーディングしてたんですが、それはレコードにして売るというよりも「貴重な資料として録音保存しよう」という主旨で動いておった会社なんですよ。

もちろん当時はまだ「ワールド・ミュージック」なる言葉もないし、欧米人があまりよく知らない地域の音楽をレコードにしてもチャートを賑わせられるほどの話題にもならなかった時代です(この音源が録音されたのは1971年)。

ところがノンサッチが1970年代初頭に世界の民俗音楽をレコーディングして、それぞれ「その音楽を知るための基礎となる音盤」をリリースしていたおかげで、後にワールド・ミュージックがブームになった時、その素晴らしさに目覚めた人たちが「その原点」を探してノンサッチの音盤を集めまくって、それぞれの音楽に関する本当に基本的な情報も手に入れることが出来た訳ですから(ノンサッチは解説も充実しております)、その功績は計り知れないものがあると言えるでしょう。

さて、王様の「You達来ちゃいなよ♪」の一声に甘えさせてもらったノンサッチのレコーディング・スタッフは、録音機材を持って王様の家「パク・アラマン王宮」へと赴きます。

そこで彼らを待っていたのは、絵に描いたような王宮の中で立派な籐の王座にて寛いでいる王様と、盛装した楽団や歌手、踊り子達でありました。

「おぉ、すげぇ・・・」

と、圧倒されたスタッフに、王様

「Youたちこの宴の最初から最後まで録音していいからね」

というわけで、このCDには、ジャワの王様の「誕生を祝う宴の音楽」の最初から最後までノーカットで録音されております。

演奏はひたすら優雅でゆった〜りしたテンポのもので、ムシ暑い東南アジアの気候を、そのテンポとガムランの澄み切った音色がひたすら心地良くほぐしてくれるもの。

いや〜、こんな音楽をゆった〜り寝そべりながら聴けるなんて極楽♪ な内容であります。



【収録曲】
1.クワタン:プスポワルノ
2.グンディン:テジョノト~ ラドゥラン:スンボウォ~ ラドゥラン:ブラヨン
3.グンディン:マンドゥルパティ~ ラドゥラン:アグン・アグン
4.ブバラン:ウダン・マス

ひたすら心地良い、極上の天然な”癒しの音楽”であることは間違いないのですが、これが決して単調ではなく、ガムランの絶妙なアンサンブルを中心に、男女の混声合唱や竹笛、弦楽器などのそよぐような調べがまた良い意味の柔らかいアクセントになっていて、「聴くぞ〜」と気合いを入れて聴いても飽きさせません。


そこらへんは「売らんがための録音はしない」ノンサッチのレーベル魂ですね。いや、実にお見事♪

独特の”間”と、ゆるやかに流れるような曲構成は、琉球古典民謡と何か通じるものも感じます。

やっぱり同じアジアだからどこかで文化が交差していた時もあったんでしょうね。



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