2015年10月20日

アマリア・ロドリゲス 幻のファースト・オリジナル・アルバム

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アマリア・ロドリゲス/幻のファースト・オリジナル・アルバム
(ライス・レコード)

カルロス・ガルデルのところで、タンゴの成り立ちみたいなものについて書いていたら、どうしてもそれとシンクロする、ファドのことを書かねばと思い、えぇ、書くことにします。

皆さんはポルトガルという国はご存知ですよね?

そう、スペインの横っちょにある小さな国ですが、かつて大航海時代と呼ばれた時代、スペインと共に世界中の海へ繰り出して、その派遣を争っていた、強力な海洋大国だった国であります。

今は、ワールドカップに出場する度に、ブラジルやスペイン、アルゼンチン、ドイツ、イングランドといった強豪達とサッカーでその覇を競っている国、と言った方が世間の理解は早いのかもしれません。

さて、アルゼンチンの港町で生まれたタンゴと同じように、ポルトガルのファドは生まれました。

「ファド」という言葉は「運命・宿命」というものを意味するポルトガル語です。

その言葉が指し示すように、ファドの調べは美しくもあり、陽気な曲であっても独特の”憂い”を持っているものが多く、聴く人の心を切々と打つものが多いです。

本日ご紹介するのは唯一無二の存在感とその強力な歌唱力で、今なお多くのファンの心をうち震わせてならない”ファドの女王”アマリア・ロドリゲスであります。

もちろんアマリア以前にも”ファディスタ”と呼ばれる歌手は男女問わず名高い名手は多く存在し、アマリア以後も素晴らしい歌手はたくさんいるのですが、やはりファドはアマリアを置いて語ることはできない。

というのも、それまでポルトガルの「民謡」でしかなかったファドを、世界中に知らしめ、一躍有名にしたのがアマリアなのです。

その影響力は、タンゴやシャンソンといった「ファドとは限りなく出自を近くする音楽」へと及び、また、かつてポルトガルの植民地であり、同じポルトガル語を話す国であったブラジルのサンビスタ(サンバのシンガーたち)、更には日本でも、ちあきなおみを筆頭に”アマリアの唄うファド”から影響を受けたものを言えばキリがありません。

さて、そんなアマリア、何がどう凄いのかと言いますと、彼女の声です。

またまたアタシの話で申し訳ないのですが、ふとしたはずみでファドのオムニバス盤を買ったことがありまして、その時はちょうど”戦前ブルースしか聴けない病”でもあったということで、ほとんどがSP盤か古いレコードからの録音であったノスタルジックな音楽に

「あぁ、いいねぇ・・・」

と浸っておりました。

その時いきなり、いきなりですよ。

もの凄い情念と、もの凄い透明感という、通常ならばまず同じ次元に存在しないはずのものが、たった一人の女の人の”声”の中に存在しているという、あり得ない歌声を聴きました。

それが、1950年代初頭に録音された、若き日のアマリア・ロドリゲスの歌声だったんです。

そん時はまだファドという音楽が何たるか、また、アマリア・ロドリゲスというシンガーがどんぐらいのもんなのかまっっっったく知らない時ですよ。

一聴で、そのオムニバス盤の中に入ってる他の十数曲が霞むほど、アマリアの歌声は”濃厚”でした。そして”切ない”を通り越して狂おしいものでした。

それから必死で色んなレコード屋さんのワールド・ミュージック・コーナーにも足を向けるようになって、アマリアのCDを(輸入盤中心に物凄い数あるのを見て、その時やっと「あぁ、この人有名な人だったんだ」とやっと気付いた次第、遅いよ俺!)片っ端から購入しては聴いておりました。

まだ世界に名が知られる前の初期音源集(オムニバスに入ってたのと同じ音源)や、リスボンの小さなカフェで行われたライヴの超名作「カフェ・ルーゾのアマリア・ロドリゲス」も買ったし、晩年になってより歌声に深みと重みが加わったEMI盤・・・とにかく「買うもの全部が当たり」だったことに、いちいち驚愕していた覚えがありますな。

ところでそんなアタシも「これ欲しい」と思いながら当時は中古ですらお目にかかることがなかった「幻のファースト・アルバム」と呼ばれた作品が、何と国内盤で復刻しております。



【収録曲】
1.Eu Disse Adeus a Casinha
2.Fado Nao Sei Quem Es
3.Maldicao
4.Cuidado Coracao
5.Ai Lisboa
6.Marcha Da Mouraria
7.Foi Deus
8.Eu Queria Cantar-Te Um Fado
9.Maria Da Cruz
10.Confesso
11.Vamos os Dois Para a Farra
12.Los Asituneros


これですね、1958年にフランス・コロンビアからリリースされて「ポルトガルの歌姫」から「世界のアマリア」に、彼女を押し上げた、もう名盤中の名盤なのですよね。

「世界リリース」とはいっても、バックには”いつもの2メンバー”のドミンゴス・カマリーニャ(ギターラ)とサントス・モレイラ(ヴィオラ、といってもヴァイオリンのおっきいアレじゃなく、ポルトガル・ギターのこと)だけを従えた、極めてシンプルで無駄のないもの。

このレコーディングの直前にアマリアは、パリ・オランピア劇場でコンサートを行い、これの評判があっという間に世界中に広がったので、これは二重の意味で”凄い音源”と言っていいと思います。


これはもう聴いてください、それ以上何も言うことはありません。






(Eu Disse Adeus a Casinha)

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2015年07月07日

シャーリー・コリンズ Two Classic Album Plus

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Shirley Collins Two Classic Album Plus

(Real Gone Music)

いきなり個人的な話で申し訳なくてアレなのですが、ふと自分の「音楽生活」を振り返ってみたら、それはつまるところ「ルーツへ向かう旅」であるような気がします。

中学の頃にブルーハーツを聴いて「音楽ってカッコイイ」と思ったら、ブルーハーツが影響を受けたロッカーや、ブルースマンに興味を持ち、その中でカッコイイものと出会ったら「この人達が影響を受けた音楽って何だろう?」と、気になって気になって、それらを掘り下げてどんどん聴いているうちに、「ブルースのルーツとは何か?」とか「フォークの根っこのところにあるのは一体?」という、割とシリアスな問いが心の中を悶々と巡るようになったのが、たしか18からハタチぐらいの頃。

んで、戦前ブルースと平行して「ボブ・ディラン以前のフォーク」も聴くようになってました。

「トラッド」という言葉を知ったのは、ちょうどその頃です。

この言葉、簡単に要約すると「古謡」という具合になるんでしょうが、要するにアメリカのフォークやカントリーというのは、その昔海を越えて大陸からやってきたアイルランド系移民の音楽が、黒人の歌うブルース(の原型の音楽、名前はまだない)に影響を受けて徐々に形作られていったんだよ。と。何かの本には書いてありました。

アイルランドといえば「ケルト音楽」ですよね。

その頃はエンヤやチーフタンズが世界的に有名になり、アイルランド島やブリテン島で細々とその伝統を守っていたケルティック・ミュージックにも専門家以外からの注目が集まっていた時代でありました(90年代半ば)。

「うぉお、フォークのルーツにはケルトのトラッドがあるのかー!」

と、単細胞脳で考えて、色々と聴いてみたんですが、何というか、やっぱりもうその時代には今風のアレンジですっかり「ワールド・ミュージックの色」に染められた音楽ばかりが市場に出回っていて、「うぅん、悪くはないんだが、俺が求めてるやつはもっとこう、古い時代の飾りのないラディカルなものなんだ・・・」と、思ってやや意気消沈していた時に出会ったのが、シャーリー・コリンズさんの「Sweet England」というアルバムです。



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コレ、アタシの私物なんですけど、この「女の人がバンジョー持ってるジャケ」を見て、中身とかもようわからんままジャケ買いしました。

つうか「トラッド系、コレがハズレだったらもう諦めよう」と、思ってたんです。

内容はズバリ「このジャケの通りの音楽」でした。

シャーリー・コリンズの清らかな、でもマイナー・キーの曲歌わせたら”凄み”感じられる声と、ほぼ彼女の奏でるバンジョーのみ。で、曲は多分全部が英国に古くから伝わる本当に純朴なこれ民謡。

そうそう、これこれ、こういうのが俺聴きたかったのよ!

アイルランドじゃないけど、このアルバムからはどこまでも「ケルト」を感じます。

厳密にいえば「ケルト人」というのは、古代にイギリスやアイルランド、そして今のフランスからドイツ辺りまで広く栄えた民族ですが、歴史上早い段階で姿を消していて、今現在のケルト音楽を演奏している人たちも「かつて自分達が住んでいた土地に居た、独自の文化を持つ部族」への憧れでもって、ケルト・ミュージックを演奏していると云いますから、アタシがシャーリーさんの唄や音楽性から感じた「ケルトの印象」というのは、多分フィーリング的に間違ってはいないと思います。

後になって、実はアメリカにフォーク・リヴァイバルがあったように、イギリスでも「トラッド・ムーヴメント」が、アメリカより10年ぐらい早くやってきており、シャーリー・コリンズは、そのムーヴメントの中心的シンガーだったとか、彼女と共演したギタリストのデビー・グレアムという人が色々と凄い人で、この人の影響からジミー・ペイジがアコースティックではあんなプレイをするようになったとか、まぁ色々と今まで自分が聴いてきた音楽との”繋がり”を再発見してまた感激するんですが、いや「ルーツに向かって聴く」ってのは、保守的なように見えて実に音楽的には広くて遠いところまで行けるいつまでも最先端な聴き方でありますので、興味ある向きはこの聴き方、参考にしてください。


さてさて、その「Sweet England」ですが、単品では今廃盤になってます。

でも、その代わりどころの騒ぎではない凄い2枚組が、今信じられない低価格で出ています。




Disc-1
「Sweet England」(1959)
1.Sweet England(Roud
2.Hares on the Mountain
3.Hori-Horo
4.The Bonny Irish Boy
5.The Tailor and the Mouse
6.The Lady and the Swine
7.Turpin Hero
8.The Cuckoo
9.The Bonny Labouring Boy
10.The Cherry Tree Carol
11.Sweet William
12.Omie Wise
13.Blackbirds and Thrushes
14.A Keeper Went Hunting
15.Polly Vaughan
16.Pretty Saro
17.Barbara Allen
18.Charlie
19.Dabbling in the Dew(from.「Folksongs Today」1955)

Disc-2
「False True Lovers」 (1960)
1.I Drew My Ship
2.The Irish Boy
3.The Spermwhale Fishery
4.Dennis O'Reilly
5.My Bonny Miner Lad
6.Just As the Tide Was Flowing
7.Bobby Shaftoe
8.Richie Story
9.The Unquiet Grave
10.The Swapping Song
11.Poor Old Horse
12.The False True Love
13.The Foggy Dew
14.Mowing the Barley
15.Scarborough Fair
16.The Cruel Mother
17.The Bonny Cuckoo
18.The Queen of May
19.Died for Love
20.Higher Germanie(from「A Jug of Punch」1960)
21.My Bonny, Bonny Boy(from「A Pinch of Salt」1960)
22.Long Years Ago(from「A Pinch of Salt」1960)
23.Space Girl(from「Rocket Along」1960)


アルバム「Sweet England」と「False True Lovers」が丸々それぞれのCDに、しかも更にボーナストラックがプラスされてるんです。

コンパイルされてるアルバムに関しては、これはもう英国トラッドの基本中の基本ですが、ボーナストラックが、「ついで」どころじゃない素晴らしい曲です。「ルーツ・ミュージック」という言葉に少しでもピンと来る方、これはあるうちに!


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2015年06月18日

ケパ、ザバレタ、エタ、モトリク 地獄のジャバラ

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ケパ、サバレタ、エタ、モトリク 地獄のジャバラ
(オルターポップ)

スペインはバスク地方の伝統音楽「トリキティシャ」!

と、言ってもほとんどの人は 「??」 だと思います。

まずは皆さんが知っているスペインという国なんですが、ほら、去年だったかカタルーニャ州が独立するとかしないとかいう話があったでしょう。

これは「自分達は元々カタルーニャ国だったから独立させろや」という話でありましたが、バスク地方は主に「バスク人」という人々が暮らし、独自の言語や文化を持っている自治州(1978年に制定)であり、実際は方ルーニャよりも独立志向とか民族意識みたいなものが強いところなんです。

北はフランス国境に接するバスクは、音楽的にも文化的にもフランスの影響が非常に強いです。

先ほど申し上げた「トリキティシャ」という音楽も、ボタン式アコーディオンやタンバリン、で男女が楽しく踊るための、割と俗っぽい庶民のダンス・ミュージックであり、マイナー調のテーマと、メジャー・スケールのAメロという、実に不思議な曲構成を持っておる(一部完全にメジャーなのもありますが、基本「マイナー&メジャー」の組み合わせです)ことを除けば、フレンチ・ミュゼットと実によく似ております。

心躍らせる軽快なアコーディオンとカスタネットのリズムにウキウキとさせながらも、深いところに「哀愁のヒリヒリくる痛み」を柔らかく残してくれるトリキティシャの魅力は、これはもう聴いた人なら誰もがクセになるものと思います。

そんな素敵なトリキティシャですが、実はバスク人ともども、その時代時代のスペイン中枢からは、度々規制の憂き目に遭っております。

スペインという国は厳格なカトリックの国です。

これにも歴史があって、一時期イスラーム勢力がものすごく強くなって、北アフリカから海を渡ってスペインがあるイベリア半島を席捲していた時代があるんですね。

それを危険視したカトリックであるスペイン国王や、それをバックアップするヨーロッパ諸国、ローマ教皇庁などが「イベリア半島を異教徒から取り戻そうぜ!」と、大軍を編成して武力で取り返した訳です。これをレコンキスタと言います。

スペインといえば、大方の人は「フラメンコ!」と思い付くと思いますが、アレは実はスペイン南部、アンダルシア地方に残っていたイスラム教徒たちの音楽が元になって、ああいう独特の哀切溢れるメロディと激しく情熱的なリズムが徐々に出来上がったものであるとも言われております。


ふー、歴史や民族のお勉強はややこしいですね(^^;

なのでとりあえず話をバスクに戻します。

一般的に言われておるバスク人の性格は「陽気であけっぴろげ」であり、男女が楽しく腕を組んだりしながら踊るトリキティシャは、そんなバスクの人たちの性格をそのまんま象徴する音楽であります。

ところがさっきも言ったように、イスラームとの過酷な抗争を経て、もうガッチガチのカトリック国になっちゃったスペインの支配者から見れば「男女が腕を組んで踊るなんてけしからん、不信心である!」ということにされてしまって、度々「トリキティシャやめぃ!」と、お触れも出ておりますが、それはまぁ罰則もユルいものでした。

バスク人やトリキティシャを徹底的に取り締まったのは、実は1930年代から70年代まで続いたフランコ独裁政権なんですね。

独裁者というのはどこのお国でも「自分とこの国の民族はまとまらんといかんのだ、よそ者や少数民族は多数派と同化するかよそへ行け!」と、まぁ考えるものでございます。

で、バスク人にも「同化せぃ、そしてトリキティシャとかいう卑猥な音楽なんぞやめぇ!」と、厳しく通達して、官憲にマークさせるんですが、バスク人達は表向きそれに従いながら、山間部などでこっそり宴を開いてはトリキティシャに興じてその文化伝統を守っておったんですね。

長年独裁者として君臨していたフランコが引退すると、スペインにも自由な空気が流れはじめます。

1978年のバスク州の自治権確立と共に、トリキティシャにも「自由にやっていいぞい」という国王からのお墨付きが与えられます。

そこで、ケパ・フンケラという「天才」が出てきます。

そのボタン・アコーディオンの超絶な早弾きで、次々と新しいダンス・ビートや伝統的な民謡のメロディーの斬新な解釈を生み出す彼に「バスクの革命児あらわる!」と、世界中から注目が集まりました。これが1987年のこと





【収録曲】
1.きれいだけど食いしん坊
2.やぁやぁ友よ
3.ウリオンド
4.ソリョ村のサン・マルティン祭り
5.地獄のジャバラ
6.レカルデ,ただで踊っておくれ
7.国境なんかいらない
8.ビスカヤめぐり
9.このいまいましい世界に
10.ビルバオの汚染に加えて
11.シュシュナ
12.アンボト山からオイス山へ


このアルバムは、そんなケパがデビューした当初、1987年リリースの実質的なファースト・アルバムです。

アタシは確か「ケパ・フンケラ、デビュー10周年記念特集」とか何とかの記事を確かミュージック・マガジンか何かで読んで「ふむ、スペインのバスク人の民俗音楽、面白そうだわい」と思って、この「地獄のジャバラ」を買いました。

「地獄のジャバラ」とは、その余りにも凄すぎる彼のアコーディオンさばきに、同胞のバスクの人たちが、純粋に「すげぇ!かっこいい!」という意味と「いや、あんな派手なのは本来のバスク音楽とは違う!」という両方の評判を受けたケパが面白がって付けたものらしいです(ちなみに彼自身が運営するアコーディオン教室も「地獄のジャバラ」だとか・・・)。

しかし、そのタイトルとは裏腹に、その音楽はどこまでも軽快でグルーヴィー。

あ、グルーヴィーといっても、ブラック・ミュージックや今風のクラブ・ミュージックのそれとは全く違うノリなので、そこらへんはまだ未聴の人にぜひ感じて頂きたいです。

このデビューの後に、バンドにエレキギターとかドラムとか、つまりバスクの伝統楽器以外の楽器も取り入れて、演奏もどんどんモダンで革新的なものにしていったケパでありますが(一部では「バスクのピアソラ」とも言われてまして、あぁなるほどそうかもと思います。音楽性はまるで違いますが)、このアルバムで聴ける純粋な「バスクの人々のための、素朴な”楽しみ”としてのトリキティシャ」は、ヨーロッパ民族音楽の深い世界をちょっとでも知りたい向きにはまずもってオススメであります。

車運転しながら聴くとすごいアガるんですよね〜♪ あ、でもスピードには注意です(^^


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2015年06月09日

ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン 法悦のカッワーリ(1)

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ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン 法悦のカッワーリ(1)
(ビクター)

民族音楽好きなら避けて通れない音楽として、パキスタンの「カッワーリ」というものがあります。

その”カッワーリ”を代表する名歌手であり、パキスタンの国民的英雄というのが、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンであります。

どんな人なのかというと、こんな人です

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はい、避けて通ろうにも、ぶつかってしまいそうなぐらい立派な体躯をした、デカいオッサンです。

しかし、この人ね、もう本当に、本当に、ほんっとうに凄い人なんですよ。

何が凄いかって、とにかく「声」

普通に「唄」もやるんですが、その声量と音域の広さ、それぷらす”上手く言葉では表現できないあれこれ”が凄いし、とにかくブッ飛んでるし突き抜けてるんですね。

ここまで読んで「何を言っておるんだコイツは」と思う人も多かろうと思います。はい、いきなりパキスタンだのカッワーリだの、ヌスラットだのいわれてもよーわからんですよね。

ちょいと解説を致しますれば、「カッワーリ」というのは、パキスタンの伝統音楽で、特に「声」を最重要な「楽器」と考える音楽であります。

この音楽を一言で言えば「天然トランス」です。

インド音楽が好きな人は、シタールとかタブラとか、インド声楽などを聴いて、あの辺りの音楽が「トリップとトランスである」ということは何となくフィーリングで感じて頂けるかと思います。

そもそもがパキスタンという国はイスラム教の国であります。

歴史というのは複雑なもんで、インドがイギリスの植民地から独立する時に、まぁガンジーという偉い人やその優秀なブレーン達、もっと前にはスパス・チャンドラホースなんていう人たちが、まぁ頑張ったんです。

で、そのガンジーさんの「無抵抗主義」という静かな革命運動が実を結んでインドは念願の独立を果たしました。

ところが、インドという国はとっても内情が複雑なんです。

今もカーストとか、東西南北で色々と文化風習が違うとか、色々あるんですが、独立の時一番問題になったのが「宗教」でした。

インドの独立当初は、ヒンズー教が多数派で、その次ぐらいに信者数が多かったのが、イスラム教シーア派です。

ガンジーは各宗派の指導者とか部族の長老とかと「何とか一緒に仲良くやろうや」と説いて回ったんですが、イスラーム教というのはみなさんご存知の通り「神はアッラーのみ」という信仰があります。

それがいいとか悪いとかでなく、イスラム教のインド人たちにとっては

「いや、アンタらには申し訳ないが、ワシらには先祖代々大切にしておるワシらの信仰があって、これはどうしても譲れんところなんだ。国の宗教をイスラームにせんというのなら、ワシらはどこか北の端っこの方にでもイスラム教の国を作って独立するから、そうさせてくれんか」

と、言って、まぁ色々とあって今でも色々とありますが、パキスタンはインドからイスラム教の国として分離独立をしました。

はい、歴史のお勉強はややこしくて難しいですね。

でも、世界の民族音楽を楽しむには、どうしても歴史ってのは大事になってくるし、その国の歴史を知っておるのとおらんのとでは「楽しめる度」が全然違ってきますんで、一応「そういうことがあったんだ」と、頭の片隅にでも置いとってもらったらおじちゃんは嬉しいです。

さて、ここから音楽的に大事な話になってくるんですが、イスラーム国家というのは、基本的に「音楽は神に捧げる神聖なものなのであって、娯楽や世俗のものなどはけしからん」というポリシーを持っております。

だから、まぁ国によって多少の温度差はあるんですが(スンニ派の国はシーア派より大体ユルいけど、これ話すと長くなるからカットカットね)、とにかくパキスタンも「音楽=ガチの宗教音楽」です。

その中でカッワーリは、特に重要な儀式音楽で、由緒ある歌い手や演奏家の一族が代々受け継いでゆく神聖なものとしてパキスタンでは認識されております。

ヌスラットは、その「ハーン」という苗字からお察しの通り、代々神聖なカッワーリ界を統率する名族の長(日本で言えば歌舞伎の市川団十郎みたいなもんですかね)として、幼い頃から歌い手として多くの儀式やステージで、メイン・ヴォーカル(って表現、正しいんだべか・・・)として活躍しておったんですが、そのズバ抜けた歌唱力と、聴衆を引き込む強力なカリスマ性で、若い頃より「1000年に一人の逸材」とか、そういう風に言われておった人です。

イスラム教シーア派というのは、摩訶不思議な宗教でございまして、コーランの教えの他に、何というか「それ、イスラムよりずっと昔の土着的な何かだろ!」と突っ込みたくなる神秘主義を教義の真ん中に「ズン!」と置いております。

このスーフィズムというのは、音楽をとっても重要視してるんですよね。

原本は読んでないので何とも言えんのですが、同じリズムを延々と繰り返しながら、自己の精神性を限りなく神の領域にまで高めることによって大宇宙の神秘に触れるレベルまで覚醒することが出来るみたいなことが説かれておるようです。

ヌスラットが何故”凄い!”のかといえば、そのスーフィズムの究極である「繰り返し」を繰り返しながら、徐々に声色を変化させていって、最終的には「これ、声かよ!?」と思わせるぐらいの領域にまで、ぶっ飛ぶところです。

イスラム教徒でもない不信心なアタシが、最初にヌスラット聴いて「やべぇ、人間じゃねぇ」と思ったからこれは間違いない。

ヌスラットという人の凄いところは、そのカッワーリにエレキギターとかシンセサイザーとか、打ち込みとかも持ち込んで「伝統音楽カッワーリ」を、「パキスタン知らん、カッワーリ何それ?」な世界の多くの人々に「何かパキスタンのカッワーリってヤバい!!てかヌスラットとかいうオッサンの声凄過ぎ!!!!!!」と思わせたところでありましょう。

挙句は海外のDJに自分の曲のリミックスなんかも作らせてます。いや、あの、宗教音楽・・・。と思うところなんですが、ヌスラットに言わせれば

「神を讃えている内容の音楽だから、ロックになろうがハウスになろうが何ら問題ない」

だそうです。

えぇ、イスラーム教、特にシーア派の人たちには、何というか「神を讃えてれば何だってオッケー」みたいな、厳しい中にある、それこそ宇宙的な規模のユルさがあるから、それがアタシ好きなんです。

興味持った方、ヌスラットのCD、どれでもいい、聴いてみてください。

大体10分ぐらい「我慢」して聴いてみてくださいね、急にキますから・・・。






【収録曲】
1.NAMI-DANAM (ナミー・ダーナム)
2.ALLAH MUHAMMAD CHAR YAR (アッラー・ムハンマド・チャール・ヤール)
3.DATA SAHAB DE DAWARE (ダーター・サーハブ・デー・ダワーレー)
4.YADAN VICHHRI SAJAN DIYAN (ヤーダーン・ヴィチュレー・サジャン・ディヤーン)


さて、このCDは世界のワールド・ミュージックの”基本”をしっかり押さえて長年定評のある「JVCワールド・ミュージック・シリーズ」として、1987年に世に出された、いわば定番のロングセラー作であります。

他のアルバムでは「エレクトリック・カッワーリ」とも言うべく斬新なことも色々やっておるヌスラットでありますが、ここでは伝統的な編成(手回しオルガン、パーカッション他、生楽器)をバックにやっておりますので、純粋な民族音楽好きでまだヌスラットを聴いたことない人には、まずもって基本中の基本としてオススメして、かつて奄美大島では「ヌスラットとかいう天然トランスのヤバいオッサン」の名を多くの人の心に、そのカッワーリの強靭なナチュラルビートの破壊力と共に刻み込んだアルバムでございます。

スーフィズムは、トルコの音楽やモロッコのジャジューカ(あのブライアン・ジョーンズがハマッたやつです)とかにも深く関わっている、もう本当に知れば知るほど面白い思想でありますが、そのお話はいずれまた。。。

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2015年01月29日

ダニエル・コラン フレンチ・カフェ・ミュージック~パリ・ミュゼット2・セーヌ川左岸のロマンス~

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ダニエル・コラン with ドミニック・クラヴィク フレンチ・カフェ・ミュージック~パリ・ミュゼット2・セーヌ川左岸のロマンス~

(リスペクト・レコード)

【収録曲】
1.パリの橋の下
2.恋は水色
3.ラ・セーヌ
4.男と女
5.バラ色の人生
6.詩人の魂
7.マリー・ミュゼット
8.サン・マルタン運河
9.パリ・カナイユ(パリ野郎)
10.パリの屋根の下
11.ミロール
12.小さな三つの音符
13.ラ・メール
14.パリの空の下
15.夢で会いましょう


惜しまれつつも2011年に引退したフレンチ・ミュゼット、アコーディオンの巨匠、ダニエル・コランの作品は、どれもフランスならではの上質な雰囲気の中に、スパイスとして程良い緊張感が効いた作品ばかりで素晴らしいのですが、本日オススメしたいのは『フレンチ・カフェ・ミュージック」のシリーズの中でも、親しみ易い優雅な展開の曲を選りすぐった「パリ・ミュゼット2〜セーヌ川左岸のロマンス』です。

「ミュゼット」というのは、フランス(主にパリ)の庶民の音楽。

テレビの旅番組なんかで、よくパリの街角にアコーディオン弾きが立って演奏しておる場面なんかが出てくるのを皆さんご覧になったことがあると思いますが、アレがミュゼットです。

さて、ボタン・アコーディオンを軽快に操りながら、情感豊かな”ミュゼット”を魔法のように奏でるダニエル・コランの音楽、まずは聴いていただきましょう↓


Daniel Colin, Dominique Cravic and Claire Elziere - Rendez-vous au loin du reve

どうです?皆さん思い浮かべる「フレンチ・カフェ・ミュージック」とピッタリなイメージでしょう(♪)

本作では盟友であり、ギタリストのドミニック・クラヴィクと共に、女性ヴォーカリスト、クレール・エルジエールをフィーチャーして、全編ミディアム〜スローな曲を中心に、”唄うアコーディオン”も存分に堪能できる、フレンチ・ミュージックの入門にゃ最適な一枚です。

おうちで読書をしながら、家事をしながらでも十分に楽しめますよ〜。

コランの作品はたくさんあって、もっとハイ・テンションで「ターボ」と言われた超絶技巧が楽しめるものや、ジャズをオシャレにアレンジしたものなど、オススメしたいのはたくさんありますが、まずはコレからどうぞ♪




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