2018年06月01日

ロイ・ブキャナン Roy Buchanan

625.jpg
ロイ・ブキャナン/Roy Buchanan
(Polydor/ユニバーサル)



高校の頃、一本のビデオを片手に上機嫌で帰って来た親父が、テレビの前にドカッと座るなり

「おい、今日はコレ見るぞ」

と、言うやビデオをセットして勝手にチャンネルを変え、缶ビールをプシュッと開けました。

アタシは昔から大河ドラマっ子でしたので

「何すんだやめろ」

と、思ったのですが、もちろんウキウキになってる親父にそんな事言っても聞かないのは分かり切ったことなので黙っていました。

「お前ブルースつったらコレよコレ、コォレを見らんと話にならん」

とか何とか言いながら、雑な手付きでリモコンをギシャギシャやっておりますので

「ほーん、ブルースかぁ、そんならまぁ見るか」

とか思って、まぁ観ることにしました。


そのビデオは、アルバート・コリンズとロニー・マックとロイ・ブキャナンによるブルース・コンサートの映像でした。

もちろんその頃は3人の名前も全然知らなかったのですが、興奮して横で「イェ〜イ♪」とか言ってテーブルを叩く親父の横で、アタシも釘付けになって観ておりました。


10フレットだか12フレットだか、とにかくあり得ないポジションにカポを付けて、長い指で弦をカキーンと引っ掻いて、あり得ない太さの音を叩き出す、オマケに長い長いシールドを引っ張って客席を練り歩き、客席の椅子に座って弾くという驚愕のパフォーマンスが最高に楽しかったアルバート・コリンズ、フライングvを派手に聴きまくり、最もノリのいい曲が多くてその頃のアタシには一番音楽的な親しみを感じたロニー・マック(後で「あの人はスティーヴィー・レイ・ヴォーンが若い頃夢中になってた人なんだよ」と知って凄く納得)、そしてロイ・ブキャナン。


ロイ・ブキャナンだけ”そして”と書いたのには訳があります。

そう、何事にも派手で豪快なアルバート・コリンズとロニー・マックに関しては、あぁこのファンキーな感じは確かにファンキー大好きファンキー人間な親父が機嫌良くなるわ〜。と納得もしたし、そのファンキー人間の血を引いているアタシも一発目からグッと来ましたが、一人だけテンションの違う、終始何やら深刻そうな顔をして、歌もサラッとしてて声も張り上げない、曲調もどことなく寂し気な感じのロイ・ブキャナンだけはどーにもとっつきにくいというか、ぶっちゃけよくわかんなかったです。

しかし、ホンモノというのは、いつも後から徐々に気になってしまうものであります。

そのビデオはアタシもなかなか気に入ったので、親父がいない時も一人でコッソリ観ておりました。

テレビの部屋にギターとギターアンプなんかも持ってきて、ちょっとでも盗めるところがあれば盗んでやろうとしてたんですね。

で、アルバート・コリンズとロニー・マックの所は真剣に観ながらギターで耳コピとかしてたんですが、ロイ・ブキャナンはまぁ何かよくわかんないから、ギターで好きなフレーズ弾きながらテロテロ”ながら聴き”をしていたところ、急に!本当に急になんです。

ノン・エフェクトでザリッと歪んだテレキャスの音、そのチョーキングや早弾きやピッキングハーモニクスやボリュームつまみを使ったハーモニクス奏法や、アーム付いてないのにまるでジミヘンのアーミングみたいな音を出す奏法や、実に考えられるギターのテクニックみたいなものが全部詰まった演奏の奥の奥からつんざくような叫びと言うんですかね、そういった静かだけど激しい感情の凄まじいものがいきなりザクッと耳に刺さって、その時初めてロイ・ブキャナンという人のプレイに釘付けになってしまいました。


気になって調べたら、何とこの人は、エリック・クラプトン、ジェフ・ベックをはじめ、世界中のロックの名だたるギタリスト達が尊敬し、そのテクニックを必死で盗んだ人で(ジェフ・ベックがテクニック面で大きな影響を受けた事は有名)、何とブライアン・ジョーンズが亡くなった後にローリング・ストーンズのギタリストとして参加して欲しいとオファーされた程の、超凄腕のギタリストだった事が判りました。

しかし、それだけの凄腕&世界中のロック・レジェンド達から賞賛され尊敬される程の人でありながら、ヒットを連発するスターダムな存在にはなり得なかった。そのため『世界最高の無名ギタリスト』という、有難いんだか有難くないんだかよーわからん呼び名まで持っております。

彼が売れなかった理由は、性格的に繊細過ぎたとか、流行に乗ったり合わせたりするのが苦手だったとか、色々と言われておりますが、要するにギターを弾く事は大好きで、自分のプレイを聴いた人が喜んでくれる事は望むところだったのですが、ロックスターとか華やかでスキャンダラスな世界の雰囲気というのがどうにも合わなかったんでしょう。

ローリング・ストーンズからの正式な加入要請も「いや、自分そんなガラじゃないんで・・・」とあっさり断っておりますし、80年代の最も脂の乗った30代後半から40代前半という時期を「何か音楽ビジネスってのが嫌んなっちゃった・・・」と引退状態で過ごし、それでも頑張って85年には復活するんですが、1988年、48歳の時に路上で泥酔して潰れていたところを警察に保護され、その留置所の中で首を吊って自殺・・・。


彼の音楽には、繊細で華やかな場が苦手だったというより他に、何かこう不幸な人間の背負う宿命みたいなものを静かに受け入れているような、そんな気がしてなりません。

他の追随を許さない超絶テクニックを持っており、プレイそのものは確かにちょっとでもギターをかじっている人には「凄い!」と絶句させる程の強烈なインパクトを持ちますが、その音からはどこか暗い宿命を背負い、それを静かに受け入れているかのような、そんな哀しさを常に感じてしまうんです。

そしてそれ故にどうしようもなく惹かれます。






【収録曲】
1.スウィート・ドリームス
2.逃亡者
3.ケイジャン
4.ジョンズ・ブルース
5.幽霊屋敷
6.ピートズ・ブルース
7.メシアが再び
8.ヘイ・グッド・ルッキン



ロイ・ブキャナンは1939年にアメリカ南部アーカンソーに、牧師の子として生まれました。

クラプトンやジェフ・ベック、ジェリー・ガルシア、ジョージ・ハリスンといったロック・レジェンド達に敬愛されているから、きっと彼らより相当年上なんだろうと思ったら、意外とそんなに離れておりません。

9歳でギターをはじめ、15歳ですでにプロとして活動しており、様々なバンドでいわばセッションマンとして腕を磨き、その中には後の”ザ・バンド”の前進となるホークスもありました(ちなみにザ・バンドのロビー・ロバートソンもロイから多大な影響を受けていることを公言しております)。

1972年、33歳という遅咲きのデビューを果たした時は既にアメリカでは知る人ぞ知る存在で「いや、あんだけの腕があるのにデビュー遅すぎるだろ」とミュージシャン達の間では歓迎と共に激しいツッコミも挙がったとか何とか。

で、今日のオススメはその1972年にリリースしたソロ・デビュー作『ロイ・ブキャナン』なんですが、ブルースとカントリーの両方に深い影響を受け、それを自分ならではのスタイルで消化し、そこに更なる独自のテクニックを加えて作り上げた彼のスタイルは、この時点でもう完璧に出来上がっていて、作品としての完成度はとても新人の1作目とは思えないぐらいに高いです。


ブルースをやってもフレーズの泥臭さやチョーキングでの情緒だけに流れることなく、クールにソロを組み上げてゆく、カントリーをやってもピッキングハーモニクスなど、それまでにあまり使われなかった技巧を凝らし、とにかくジェフ・ベックが”何をやってもジェフ・ベックのギター”であるように、この人もまた”何をやってもロイ・ブキャナン”と分かる弾き方のクセがあり、とにかく1曲の中に持てる技の全てをぶっこんでくるんですね。

その神業が拝めるのが、カントリー曲代表の『ケイジャン』とブルース曲代表の『ジョンズ・ブルース』なんですが、まぁとにかく聴いてください。根っこの部分は流石にホンモノとしか言いようのないカントリーであり、ブルースなんですが、そこで繰り広げられているギタープレイは、ジャンルも「誰々っぽい」という安直な形容も超えております。

そして、やっぱり「あぁ、ロイ・ブキャナンだなぁ」という、情念が一瞬の激しさと、永遠のようなヒリヒリとした哀しみの空気を纏って消えてゆく哀愁のスロー・ナンバーに心惹かれます。

この作品では冒頭の『スウィート・ドリームス』と7曲目の『メシア再び』これはもう祈り、深く美しい祈りとしか言葉が出てきません。


とにかくロイ・ブキャナンを聴いていると、そのギター・プレイに込められたテクニックの凄さと、それを上回る情感の豊かさと、更にそれを上回る音楽全体に漂う静かな絶望みたいなものに圧倒されて聴き入って、そして言葉が出なくなってしまうのです。

言葉が完全に出なくなってしまいましたので、今日はここらへんで、おやすみなさい。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:01| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月31日

リコ・ロドリゲス アンリリースド・アーリー・レコーディングス:シャッフル&ブギー 1960

625.jpg

リコ・ロドリゲス・アンド・フレンズ/アンリリースド・アーリー・レコーディングス:シャッフル&ブギー 1960
(Federal Records)


このクソ梅雨時のジメジメした時期に素敵なイベントにおでかけして

「あぁ、思い出した思い出した、コレ好きなんだ!」

と、ジャマイカ・オーセンティック・スカの巨匠、リコ・ロドリゲスの代表作を紹介したら思わぬ反響がありました。

「いや〜、私も実はスカとか聴いてみたかったのですが、正直スカタライツぐらいしか知らなくて、他にどんなのを聴けばいいのかと悩んでましたー」

おぉ、おぉ、いいですね、素晴らしいですね。ありがとうございます。このブログはジャンルを問わず音楽の素晴らしさを、それもなるべく紹介したアーティストや作品を知らない人に聴いて頂くとすごく嬉しいブログです。こういう風に読んでくださった方が音楽との出会いに繋げてくださると、もう書いてる方も冥利に尽きるし、やる気も出るってもんです。

リコ・ロドリゲスの音楽は、その音楽的な仕組み云々はさておいて、音楽が醸し出す壮大な愛と平和のフィーリングみたいなもんが素晴らしい。

同じ事はボブ・マーリィにもオーガスタス・パブロにも言えることですが、さて、アタシが前回紹介した『マン・フロム・ワレイカ』




http://soundspal.seesaa.net/article/459661895.html

を聴いて、もしかしたら「これスカじゃないじゃーん、もっと泥臭いやつが聴きたーい」と思う方もいるかも知れません。いるかも知れませんので今日は

「リコ、それだけじゃないもん」

と言える初期の泥臭い音源を紹介します。


はい、リコ・ロドリゲスの出回っている音源というのは、実はイギリスに渡って、しかも売れないでくすぶっている時期から復活してのものが非常に多いのです。

長い雌伏の時代、彼が音楽的にも精神的にも鍛練を重ね、桃源郷とも言っていい素晴らしい音世界を作り上げたのは、これは紛れもない事実でありますが、オーセンティック・スカの観点から音源を探せば、やっぱり初期、それもジャマイカに居た頃に仲間達と試行錯誤でジャマイカに元々あったカリプソや、アメリカのジャズやR&Bなどから受けた影響を捏ね上げてスカという音楽を徐々に形作っていったその頃の演奏というものがどうしても聴きたくなってきます。

という訳で、最近発掘された貴重な貴重な初期音源がコレです。





【収録曲】
1.South Of The Border(Rico Rodriguez)
2.Monaco Boogie(Rico Rodriguez)
3.I've Got A Secret (Hortense Ellis)
4.Sirent (Rico Rodriguez)
5.Funny Thing To Say(Federal Singers)
6.You'd Better Marry Me (Federal Singers)
7.Sinclair Special(Rico Rodriguez & Herman Hersang)


1960年に録音された未発表音源集、ということは当然彼がジャマイカに居た頃で、まだソロ名義のLPとかも全然出していなかった頃の、これ本当に貴重な音源でありますね。

ディスコグラフィを見れば、リコのレコーディング・キャリアは1959年にスタートしたのを確認できますが、それはローランド・アルフォンソをフィーチャーした”マタドール・オールスターズ”での、つまりはサイドマンとしての録音で、その後ソロとしてリコの名前が出てくるのは「Moonlight Cha Cha」という曲が「多分1960年か61年なんだけど、リリースされてたかどうかよくわからない」というシロモノであり、えぇ、これには事情がありまして、つまりそのジャマイカという国では「カネのかかるLPよりとにかく7インチのシングル盤」という趣向があって、ここまでは5o年代のアメリカン・ミュージックとほぼ一緒なんですが、ジャマイカの場合はとにかく音源の管理とか記録とか、そういったものがほとんど省みられることはなかったんですよ。

いやほんと、その昔買取りにもちょろっと関わってたことあったんですが、ジャマイカ盤はほんとヒドかったですね。

ジャケットがないのはまぁ普通で、ラベル見て判断するんですけど、ラベルにはきったない字でアーティスト名を殴り書きしてあって曲名が書いてないとか、ドーナツ盤の穴がズレてる(!)とか、プレスミスでA面とB面の曲が一緒とか・・・まぁ分かりやすい範囲でそんなことはザラにありました。

これがもし国内盤や、アメリカ、イギリス、ヨーロッパのレコードだったらもう不良品として大問題になるところですが

「ジャマイカ盤だからいいんだ」

と、先輩達はみんな冷静でフツーに受け止めて値段付けてました。

まぁそんなお国柄ですから、アーティストの未発表音源は鬼のように埋もれてるはずであり、しかも埋もれていたとしてももうどこにあるか分からずそのまんま消えてるとか、倉庫のボロボロの段ボールの中に無造作に投げ込まれている(床とかに散らばってるかもしれん)「表記一切ナシ」のレコードの山から、恐らく泣きたくなるほどの苦労の末に、このリコの音源は世に出てきたんだと思います。

内容はリコ・ロドリゲス名義のものが3曲、リコがバックに付いたフェデラル・シンガーズの曲が2曲、そしてアルトン・エリスの妹(か姉)のホーテンス・エリスの曲と、ハーマン・ハースサングとのコラボ曲が1曲ずつの計8トラック収録されており、そのいずれもが、まだ形になる前の、R&Bの香りが色濃いヴィンテージ・スカ。

1曲目『South Of The Border』は1939年に公開されたアメリカ映画の主題歌です。原曲はカントリー・シンガーのジーン・オートリーが歌い、後にフランク・シナトラが軽妙なジャズジャズとしてカヴァーしてヒットしたことから、ジャズの演奏が多いのですが、ここではゆったりとしたルンバのリズムに乗って気持ち良〜く鳴り響くトロンボーンのまろやかな美しさに酔いしれます。

2曲目はオリジナル曲『Monaco Boogie』50年代アメリカで流行したシャッフル・ビートですね。このテのリズムが後のロックンロールに発展して行きます。短いソロを弾くギターもどことなくブルース風ですが、スチャスチャと裏を刻むギターのカッティングがスカ。この曲もインストで主役はリコのトロンボーンです。

ホーテンス・エリスがそのチャーミングな豊かさを持つ声で魅了する『I've Got A Secret』も、リズムはユルめの裏打ちシャッフルで、コード進行や曲の展開が完全にブルース。いや、聴いてみたらほとんどブルースでいいぐらいなんですが、この「もうちょっとでスカになりそうでならない感じ」

再びリコのソロ名義5曲目『Sirent』も、シャッフル・ビートのブギウギです。ほわーんとトロンボーンが勢い良くイントロを吹いてから、若干長めの間奏を挟んでのソロが、ジャズやブルースの影響を感じさせつつしっかりとしたオリジナリティがあって良いですね。


フェデラル・シンガーズの6曲目『Funny Thing To Say』と7曲目『You'd Better Marry Me』はグッとポップな初期ロックステディのそのまんまステディな雰囲気が良いですね。ちょっとおどけた声の男性シンガーが歌うEに、その男性シンガーと女性シンガーが「結婚するの?しないの?」のコミカルな掛け合いを聴かせるF、いずれもヴォーカルに千鳥足で絡む酔っ払いのような絶妙なトロンボーンです。

ラストの『Sinclair Special』は、リコのトロンボーンによるアドリブと、コクのあるブルージーなギターの絡みが良い感じにユルくアツいインスト・ロックステディの、これはもう名演ですね。こういうもっさりしたリズムの塊がスピーカーから「もわっ」と跳ねてくる感じがアーリー・スカ/ロックステディの醍醐味であります。ところで初期ジャマイカん・ポピュラー・ミュージックのカリスマとして「ハーマン・ハーシング&ザ・シティ・スリッカーズ」を率いていたハーマン・ハーシングはずっとオルガン奏者だと思ってましたが、もしかしてこのギター???


レコーディングに関しては相変わらず謎も多いのですが、ありそうでなかなかない、ジャマイカ時代のリコ・ロドリゲスがまとまって聴ける貴重なCDとして、また、スカになる前のスカがどんな感じだったか分かりやすく知ることが出来る一枚として、このアルバムはリコファンやスカファンにぜひ持ってて欲しいとは思いますが、単純にイカしたR&Bとして、ブラック・ミュージック好きがダラ〜っと聴いても全然楽しめると思います。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 23:58| Comment(0) | レゲエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

リコ マン・フロム・ワレイカ

DYn21eUU8AAAXmz.jpg

リコ/マン・フロム・ワレイカ
(Island/ユニバーサル)


日曜日はSUSU-MUCHOにて、開店12周年のライヴに行ってきました。

チエコビューティーさん、ワダマコトさん(カセットコンロス)TICOさん(リトルテンポ)の3人による”にゃーまんず”のライヴがありまして、楽しんできました。

思えばこの方達というのは、1990年代アタシがまだハタチそこらの小僧だった頃に、ダブやルーツレゲエの素晴らしい世界に誘ってくれた人達であります。

や、この方達だけではなく、90年代にルーツレゲエやスカのバンドで手堅い支持を集めていた人達は、好きな音楽や影響を受けた音楽について、色んなところでとても愛情たっぷりに語ってくださっておりました。


「レゲエという音楽は、ジャマイカの黒人が、ラジオから流れてきたアメリカのジャズやR&Bから影響を受けて生み出した音楽なんだ」

と理屈では知っておりましたが、実際に音を聴いたらスカは分かるけどレゲエはもうボブ・マーリィって人が偉大過ぎて、正直ソウルやR&Bとの繋がりまではよく見えなかった。

でも、この人達が雑誌なんかで全然しらなかった”ボブ・マーリィー以前のレゲエやスカやロックステディ”を紹介しているのを読んで「ほうほうなるほど」とアルバムを探し、実際に聴いてみて、色んなミュージシャンを知ることができました。

レゲエの前にスカがあったのは何となく知ってましたが、その間にロックステディという、ジャマイカ版のスウィートなR&Bなる音楽があることを知り、そこにアメリカ50年代のR&Bやジャンプ、ジャイヴの深い影響を感じることが出来て感動したことなんかを思い出して、今この記事を書いております。

えぇ、始まる前のDJタイムからピースで柔らかな自由に溢れた素敵な夕方から夜の時間でした。

そういえばジャマイカのオーセンティック・スカのアーティストで、アタシが好きだったやつ誰だっけ?とぼんやり考えたら、その頭の中のぼんやりの中から、良い具合の気温と湿度でほわわわんと鳴っているトロンボーンの音が聞こえてきました。

そうこれこれ、スカっていえばイギリスの2トーンスカの連中がやっていたシャキシャキしていたヤツもカッコイイし、どちらかといえばアタシの原体験(中学の頃のレピッシュから幼児期に観た”ホンダ・シティ”のCMでやってたマッドネスまで)はこっちの方だったんだけど、ジャマイカの古いスカの、あのボヘ〜ンとした感じといえばこれだよね、リコ・ロドリゲスのどこまでもユルくて優しい歌心に溢れたトロンボーンが最高だよね。

と、気候のうだりに任せ、ダラダラとやっておるのに最高な音楽が、グルーヴィーでちょっとユルいジャマイカの古い時代のスカであります。

さて、本日ご紹介するアーティストは、そんな訳でリコ・ロドリゲス。

えぇと、ジャマイカのスカのことを「オーセンティック・スカ」といいますが、この人はそのオーセンティック・スカの最初期から活躍する人で、2015年に亡くなるまで、第一線で活躍しつつ、色んな世代の人にスカやレゲエの楽しさを伝導しつづけてきた人であります。

ジャマイカ人の母親とキューバ人貿易商の父親の間に、1934年キューバの首都ハバナで生まれたリコは、幼い頃から暴れん坊で、カトリックの学校兼矯正施設に預けられ、この事が彼の一生を決定付けます。

この施設の方針は「問題児達が社会に出て、食うのに困って犯罪に走らないようにキチンと手に職を付けさせよう」というものでありましたが、ご存じのようにジャマイカという国は経済がとても貧しくて治安も悪く、正規の労働者として働いても結局は貧困にあえいでしまってギャングになってしまうということが普通にあったりして、じゃあ食うのに困らない職業は?となると、これはヒットを飛ばして成功したミュージシャンとか、とにかくデカく一発当てる芸能の仕事が良いから、施設の子達には音楽教育を受けさせて、ミュージシャンとして成功させよう!

という、ファンキーな理由で音楽教育に力を入れておりました。

リコは10歳ぐらいまで印刷の授業を受けておりましたが、やがて音楽を志すようになり、サックスにするかトロンボーンにするか迷いましたが、何となく吹いてみたトロンボーンが上手かったので、トロンボーンを選択し、スクールの中で頭角を現します。

学校は一応職業訓練の一環として、音楽だけじゃなくて職工や整備士の技能も教えており、リコもトロンボーンをやりつつ整備士見習いとして働いておりました。この時地元のプロ・オーケストラから声がかかって音楽家デビュー、タレント・オーディションにも受かって前途は洋々たるものでありました。

丁度時代は1950年代後半、植民地だったジャマイカが、イギリスからの自治を認められる西インド連邦に加入したことによって、独立の機運が一気に高まったその頃、1930年代に発生し、一度徹底的な弾圧によって勢力を潜めていた”ラスタファリズム運動”が、再び若者達によって支持を集めており、リコもラスタとなり、弾圧を逃れた山奥に住んでいたラスタ達のコミューンで生活するようになります。

コミューンの中でラスタの修行をしつつ、音楽の仲間達と出会いながらセッションを重ね、更に音楽性を豊かにしていったリコは積極的にレコーディングをして、1960年にはスカのシーンでジャマイカを代表するミュージシャンの一人とまで言われるようになります。

転機が訪れたのは1961年、ミュージシャンとして更なる挑戦をしたいと強く思うようになったリコは、英国へ旅立ちます。

もちろんラスタ・コミューンの仲間達は強く引き止めましたが、これを振り切って渡英すると、イギリスのジャマイカン・コミュニティで彼は大歓迎を受けてヒットを連発、そして当時イギリスで勢いのあったモッズ(オシャレで反抗的なイギリスの若者達)やスキンズ(ゴリゴリに硬派で反体制的なイギリスの若者達)から、スカやレゲエへの興味があり、リコはジャマイカ以上の人気を誇り、ミュージシャンとしての大成功を収めるに至りました。

しかし、良い事は長く続きません。

やがてイギリスでのレゲエの人気は下火になり、活躍していたレゲエやスカのミュージシャン達は徐々に生活が困窮して、リコですらその例に漏れず、塗装工や工場でのアルバイトなどをして、何とか食い繋ぐ日々を余儀なくされました。

リコの復活は、意外なところからもたらされることになります。

そう、低迷を続けるレゲエ界に救世主の如く現れたボブ・マーリィの世界的なブレイクが、それまで不遇をかこつていた世界中のレゲエやスカのアーティスト達に、再び仕事を与えました。

ボブの人気というものは、もちろんそれまでのジャマイカでの長い下積みに裏付けられたものではありますが、それ以上にアメリカやイギリスの超大物アーティスト達が彼の神かがりなパフォーマンスを讃え、その歌詞やラスタファリズムの思想にも深く共鳴したことに依る所が大きく、故に彼の人気は決して一過性のブームに終わるものではなかった。

長くジャマイカとイギリスの現場で活動してきたリコにも、ボブの人気が”本物”であることは身に染みて分かっておりました。


彼はこのチャンスに何とかスカやレゲエといったジャマイカのオーセンティックな音楽を、再び世界に認識させようというミュージシャンとしての本能と、ジャマイカ人の思想の根幹であるラスタファリズムをもっと世界の人々に知ってもらおうというラスタの信仰心から、積極的に行動を起こします。

盟友トゥーツ・アンド・ザ・メイタルズと共にアルバムを制作し、そのバンドをほぼそのまま引き連れてレコーディングした渾身のアルバムが、1975年リリースの『マン・フロム・ワレイカ』です。







【収録曲】
1.ディス・デイ
2.ランブル
3.ルムンバ
4.アフリカ
5.マン・フロム・ワレイカ
6.ラスタ
7.オーヴァー・ザ・マウンテン
8.ガンガ・ディン
9.ダイアル・アフリカ



ワレイカとは、リコが住んでいたジャマイカのラスタ・コミューンのことであります。

『70年代のスカ名盤』『インスト・レゲエの傑作』と評されるこのアルバムは、リコが自身のルーツであるオーセンティックなスカの手法に、70年代型のレゲエのビートからの影響、つまりゆったりした幅の広い”揺れ”が醸す何とも豊かなグルーヴ、そして彼自身の根幹であるラスタファリズムの思想に彩られております。


とにかくメインとなるトロンボーンの音が美しく、かつしっかりとしたコクがあって、聴くだけで心穏やかになれるような雰囲気に満ち溢れており、また、ギター、オルガン、ベース、ドラムが中心となるシンプルだけど曲によって細かくリズムのアプローチを自在に変えているバックがまた見事なんです。

バンドの演奏で、しかもインストだったら、どれだけ派手に盛り上げるかが競われたりしますが、リコを中心としたバンド・サウンドは、あくまで楽曲のメッセージを言葉なしで聴く人に伝えるためというコンセプトがしっかりとあり、そのため派手な演出は一切ありません。ただ、しっかりとした意志を持つ美しいメロディーが、リズムに合わせてどこまでも自然に腰が動くバッキングに乗って、最初から最後まで穏やかに響くが故に、飽きさせずじっくりと聴かせる、そんな特別さがあります。

個人的にはジャズをガーッと聴いて、名人や達人たちの至高のソロ芸を堪能しまくった後に聴くと、この全く逆のベクトルを持つアプローチがすこぶるクールで、別の意味で高度な音楽に聞こえてきて5倍ぐらい良い思いをします。

そして、彼の静かにアツい演奏に込められた深いメッセージ。

これはラスタファリズムという思想がどういうものかよく分からなくても、とことん穏やかで他の音楽にはない独特のピースフルな雰囲気からタップリと伝わってきます。そう、平和です。表現の中に込められた意味は細かく色々ありましょうが、それらは突き詰めるとやはり「平和は尊い」ということになる。

かといってただ戦争反対な平和メッセージではなく、リコの思想にはジャマイカやアフリカでの、未だに続く欧米資本からの搾取や差別に苦しむ人達の悲しみも反映しております。

「アフリカ」という曲が入っていて、このスピリチュアル・ジャズにも通じるおおらかな音の拡がりがアタシは大好きなんですが、この曲は、1960年に暗殺によって殺害されたコンゴ独立の英雄である政治家、パトリス・ルムンバの死を悼むナンバーです。

パトリス・ルムンバについて詳しく解説したいところですが、これ書くとアフリカの鉱物資源を巡るヨーロッパのドス黒い利権の搾取という深いテーマで延々と長くなりますのでコチラでは省略しますが、これは皆さんぜひ検索して考えてみて欲しい問題です。

アタシはリコ・ロドリゲスという人の生きざまや考え方、そしてそれが何の暴力性も持たず、穏やかに反映されている音楽、最高にカッコイイと思います。

これから夏になってくると、やっぱりレゲエが聴きたくなって手を伸ばす人も多く出てくるでしょう。その時はこのアルバムもユルく加えてピースな気持ちになってもらいたいですね。平和が一番です。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 20:47| Comment(0) | レゲエ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

625.jpg

ポール・ゴンザルヴェス ゲッティン・トゥゲザー!

(JAZZLAND/OJC)


楽器を演奏している人同士で話をしていると

「上手い/下手」

の話になってくることがよくあります。

いわゆる演奏技術、テクニックの話でありますね。

これはとても大事な話で、つまり要するにテクニックというのは

「音楽を聴かせる技術」

のことでありますから、大いに議論して自分も「上手い」に近づけて行こうと。

ここまでは分かる。

でも、時々これが行き過ぎて

「上手い/下手」

しか話題にしない人がたまーにおります。

アタシはテナーサックスを吹きますが、奄美にはほんとバンドで管楽器やってる人少ないんで「サックスやってるよ」という人の所には喜んで行きますし、ネットとかでアマチュアのサックス吹きの人がどんな話をしてるんだろーなとか思ってワクワクしながら会話を覗いたりしますが、まぁたまにそういう人がおりまして、ゲンナリすることがあるんですね。

こういうの人はそんなにいないだろうと信じてはおりますが

「50年代とか60年代のジャズの人達ってヘタクソじゃないですかー。今だったらコルトレーンとかソニー・ロリンズがあの頃やってたことぐらいアマチュアでも出来るんですよねー」

みたいな書き込みをたまに見ると、それはそれは悲しくなっております。

あぁ、この人は音楽に全然興味なくて、ただ「ユビガドレダケウゴクカ」しか興味ないんだな。何で楽器やってんだろう?

と。


何を言いたいかと言いますと、つまりそういう人は、ポール・ゴンザルヴェスの素晴らしさに「ウホッ、いい!このテナーいいよぉぉぉぉ!!」と悶絶することなく一生を終えてしまうんだろうなと。そういうことです。

ポール・ゴンザルヴェス、1950年代半ばからの(つまり後期の)デューク・エリントン楽団の花形テナー・サックス奏者、顔は甘めのイケメン、その繰り出すフレーズは、意外にもワイルドで逞しい。が、私生活では酒とおクスリが大好きで、その影響かステージで自分のソロの順番になっても気持ち良く眠りこけていたり、ステージに上がる時足元がヨロっときてずっこけ、デュークに「お前もう帰れ」と言われてそのまま退場するなんてことは日常茶飯事。

テナー・サックス奏者としては「オーネット・コールマンやコルトレーン、エリック・ドルフィーよりも先に調制を逸脱した革新的なフレーズで吹いた」つまりスケールの常識から大胆にはみ出すような、自由かつ斬新なフレーズでソロを吹いたと一部でかなり評価が高いが、エリントン・ファンからは

「いやー、そいつはどうかな?あのオッサン、日頃のへべれけがそのまんまあのスーダラなフレーズになっただけで、本人は革新的なことやろうとかいう気持ちはあんまなかったかもよ」

と、愛情溢れる笑顔で語られる、永遠の愛すべき三枚目キャラ。


そう、そのテナー・サックスの、ふにふにとどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよくわからない。よく聴くと、いやよく聴かなくても音程が気分良くヨレながら、やっぱりふにふにとどこから飛んできてどこへ飛んで行って、どこへ着地するかよく分からない、でもビシバシと空中を浮遊する”キメ”を的確にキャッチして、聴いてる人をその名人芸に「おぉ・・・」と言わせるその見事なヨレっぷりとキメっぷりのメリハリは、さながら酔拳の達人の名人芸を見るかのようなのであります。


ポール・ゴンザルヴェスを聴いておるとですね、1920年生まれという意外な若さが持つモダンな感覚(ジャズ特有の渋さってやつでさぁ)と共に、ジャズという音楽がタフでラフでルーズな大人の、最高の娯楽音楽だった時代そのものが音楽として鳴っているような、そんな感慨を受けるんです。

大体ジャズなんてガキの頃から勉強もスポーツもしたくねぇ、仕事なんかもっとやりたくねぇ、楽器ぐらいしか能がねぇヤツが、手っ取り早くカネを稼げて、朝はダラダラ好きなだけ眠って昼間っから酒飲んで、女とイチャイチャしたいからやるような”職業”だったんです。

ポール・ゴンザルヴェスは、音楽にも生き様にも、顔にもファッションにも、そういった”愛すべきダメダメ”なヤツ特有のムードとかエスプリとかペーソスが素晴らしく満ち溢れてるんですよねぇ。あぁ、できればオレもこうなりてぇって思わせる何かが・・・。



【パーソネル】
ポール・ゴンザルヴェス(ts)
ナット・アダレイ(cor,ACDF)
ウィントン・ケリー(p)
サム・ジョーンズ(b)
ジミー・コブ(ds)

【収録曲】
1.Yesterdays
2.J.and.B.Blues
3.I Surrender Dear
4.Hard Groove
5.Low Gravy
6.I Cover The Water Front
7.Gettin' Together
8.Walkin'

(録音:1960年12月20日)


ポール・ゴンザルヴェスは、そんな感じで割とキッチリしたデューク・エリントン・オーケストラ(そりゃそうだ、アメリカを代表する超一流ビッグバンドだもん)でも、その特異なキャラクターと個性的なプレイスタイルで人気でありました。

ダメなところも含めてファンにも愛され、メンバーにも愛され、そして何よりボスのデューク・エリントンに愛されておりました。

20年代既にNo.1ビッグバンドの地位と他の追随を許さない強固な音世界を作り上げたエリントンのビッグ・バンドが、それからおよそ30年経っても音楽シーンの中で求心力を失わず、刺激的な存在で居続けることが出来たのは、アタシはゴンザルヴェスのような超個性を歴史やスタイルに縛らずに活躍させたエリントンの器のデカさがあったからだと思います。

で、ゴンザルヴェスですが、ステージ以外の行動にも良い感じで好き勝手が許されてたのか、ソロや他の人のバックとかでも、割と仕事を選ばずに自由に動いていて、レイ・チャールズのバックとか、マイルスが全面バックアップしたことから名盤となったミシェル・ルグランの『ルグラン・ジャズ』とか、クインシー・ジョーンズの出世作『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』なんかにもしれっと参加しております。

で、ソロ・アルバムも多く、これがいい感じにハズレがない、というよりも、この人のスーダラとキメのメリハリが、どのアルバムでも楽しめる、っていうかソロでやりたい放題にさせたらもうコイツこの人は「やっちまえー」で最高なのです。


楽しめる人はどれ聴いてもしっかりと楽しめますが、ウィントン・ケリー、サム・ジョーンズ、ジミー・コブというハード・バップ屈指のしっかり者を集め、人なつっこいナット・アダレイのコルネットを脇に従えた贅沢な編成で、そのテナーの個性、素晴らしい浮きっぷりを堪能できる1960年の『ゲッティン・トゥゲザー』をまずはオススメとして挙げましょう。

実はこのアルバムは、ポール・ゴンザルヴェスの数あるソロ作の中でも、最も”渋く、コクのある一枚”だとアタシ思います。

アタシは散々この人のテナーをスーダラだと書いてきましたが、ただズ太いだけでなく、ふわっとした男性らしい優しさに溢れたトーンで吹かれるバラードや、ちょいとユルめのテンポのブルースっぽいナンバーは、気品すら感じさせる見事な演奏です。


『Yesterdays』での、どこからともなくフラッと表れて儚く消えてゆくソロ、『I Cover The Water Front』の切々とした表現に、アタシは特に惹かれて「こういう風に吹きたい」と憧れますが、やっぱりこういったニュアンスを出せるようになるには、まだまだ技術も足りないし、何より人生経験が足りないなぁと、結構切実に思ってしまいます。

そう、ニュアンスです。

ゴンザルヴェスのフレーズは独特の捉えどころになさがあって、音程もフラついてたりしますが、やっぱりこの「どうしようもなくジャズ」の雰囲気を醸し出すことが出来て、それを聴く人にも深く豊かな味わいと共に感じさせる技術というのは、指がどれだけ動くかとか、ピッチがどれだけ正確かとか、そういうことと対極にありながら同じぐらい大事な演奏技術。

もしかしたら、というよりこれは「絶対にそう」と言い切っていいと思いますが、ゴンザルヴェスは独自のニュアンスを出すために、あえて常識的な正しさをかなぐり捨てて吹いていたんだとしみじみ思います。故にこの人の演奏はいつも素敵な音に酔わせながら「表現って何だろうね」という根源的な問いをふわっと問いかけてくるのです。

何か真面目にまとめてしまいましたが、ジャズが好きでジャズの空気を愛する人には、この人の個性と味わいを知って楽しんでほしいなと強く願います。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
posted by サウンズパル at 23:10| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

レヴァランド・ゲイリー・デイヴィス Complete Early Recordings


625.jpg
Rev.Gary Davis / Complete Early Recordings


アコースティックのブルース・ギターというのは、エレキとはちょっと違った特別な演奏テクニックが必要になります。

それはですね、つまり

「親指でベース音を刻むと同時に他の指でテロテロアルペジオとか単音オブリガードとかを弾かなきゃいけない」

というやつです。

ギターを演奏しない、或いはギター・プレイには興味がないという人のために説明しますと

「1本のギターなんだけど、2本同時に鳴っているように何となく聞こえるやつ」

ですね。

ブルースやカントリーという音楽を意識して聴くまでアタシは、ギターといえばコード押さえてジャカジャカしてればいいもんだと思ってましたが、単純なコードカッティングのジャカジャカじゃないあのギターに魅せられてからというもの、元々どうも体質に合わなかったピックを捨て、親指と人差し指と中指を使って、何とかあの”1本だけど2本に聞こえるギター”を覚えたくて、もう狂ったように毎日弾いてましたが、結局親指と他の指を上手く別々に鳴らすことが出来ぬまま、高校を卒業してしまいました。


結局、上京して毎晩家でギターを練習していたら、その”親指と人差し指の分離”はある日いきなり、本当にあっけなく出来るようになるんですが、その前にアタシ、教則ビデオを買いまして、これはアコースティックのブルース・ギターを志す人ならほぼ全員がお世話になっているステファン・グロスマンという人の教則ビデオなんですが、その中で「ゲイリー・デイヴィスさ、彼は凄いんだ」「こういった弾き方はゲイリー・デイヴィスだね」とか、事ある毎に出てくるゲイリー・デイヴィスって人が、当然気になる訳です。

そしたら別のビデオが欲しくなります。

今度は教則ビデオじゃなくて、ホンモノのブルースマン達が演奏しているのを集めたやつなんですが、それにたまたま「Rev.Gary Davis」という人の演奏動画が収録されておりました。

これが凄かったですね、多分自宅で録ったっぽい映像だったんですが、サングラスに背広着たオッサンが、椅子に座ってギター弾いて歌ってる。

歌われてる単語の節々から「あ、コレはスピリチュアル(黒人霊歌)だな」とは分かるんですが、何か葉巻とかくわえて真面目な感じではないんですね。

『Rev.』ってのはレヴァランド、つまりアメリカでは牧師さんとかに付ける尊称だったんですね。つまり訳すると『ゲイリー・デイヴィス師』みたいな感じで、おぉ、この人は牧師さんか!と思ったんですが、牧師さんにしては何かブルースとかも歌ってるし、葉巻くわえてるし、全体的にガラ悪いし・・・こりゃ業界では完全に”アウトな人”で最高だなおいと。

まぁそんなことより、その映像で驚愕だったのは、やっぱりこの人のプレイですね。どっしり構えて、何かくつろぎまくって歌ってるし、ギターも見た感じ適当にテロテロやってる風に見えるんですが、その声もギターも凄かった。えぇ、もうとにかく凄かった。

張り上げても張り上げなくてもガンガン響く声、そして、親指と人差し指完全分離な上に、ハイポジションもリズム刻みながらスイスイ弾いている、あぁごめんなさいね、ギターやってる人以外には「何それ?意味わからん」なこと、アタシは今書いてると思うんですが、そう、ギターやってるアタシにも「何それ?意味わからん」なギターだったんです。

ラグタイムで凄いとか、単音弾きで凄いとか、そうじゃなくてその両方が何事もなかったように当たり前に同時に鳴り響いているその凄さ。

あぁ、そりゃあの教則ビデオの人が凄い凄い言うよな、わかる、わかるよ、うん、何がどーなってるかさっぱりわかんねーけどわかるよ。

と、アタシは激しく頷いたもんです。

ブルースに限らず、音楽の楽しさって、如何に”知らない感動に触れてそれを拡げてゆくこと”だと思うんですが、戦前ブルースのそれは、かかっている謎や不思議のベールが厚いだけに、楽しさは格別なんですね。

気になって調べたレヴァランド・ゲイリー・デイヴィス、南部サウス・カロライナ出身で、幼い頃から色んな楽器を演奏していたけど、失明してからはキリスト教に傾倒し、やがてギターやバンジョーを持って各地を歌い歩く説教師になったと。

説教師というのは教会で説教をする牧師さんとは違って、教会の教えを説きながら各地を旅する人であります。色んなところで神の教えを説きますが、この人達の目的は「神の教えを知らない人に伝導すること」ですので、街の広場とか路地とか、不特定多数の人が集まる所が主な活動の場でありました。

普通にお話をするだけでは、興味ない人は誰も聞いてくれませんから、必然的に楽器を持ってスピリチュアルを歌い、説教もするというスタイルになる訳です。

戦前に活躍した人で有名な人といえばブラインド・ウィリー・ジョンソンですね。








とにかく戦前の説教師には、凄腕のギタリストが多かったといいます。そして、ゲイリー・デイヴィスもその一人です。

で、この人の別の意味で凄いところは、教会とか福音とかゴスペルとか一辺倒じゃなくて、ブルースもフツーに歌って、カロライナや東海岸のブルースマン達ともツルんでいたところ。

彼の弟子と言われているブラインド・ボーイ・フラーという人が、戦前のイーストコーストを代表するブルースマンであることは、ファンんは周知の事実なんですが、まぁそんな感じでこの人はキリスト教の教えを伝える人でありながら、それだけにガチガチにならず、俗世にもしっかりと足を付けておった。

「おい、説教師さん、アンタブルース歌っていいの?」

「ブルースも逆の意味で真実だからな、間違っちゃいねぇよ」

「え?ブルース歌った後にスピリチュアル歌うの?それは流石にマズイんじゃない?」

「うるせーな、ネクタイしめて神様に敬意払えば問題ねぇよ」







【収録曲】
1.I Belong To The Band - Hallelujah!
2.The Great Change In Me
3.TheAngel's Message To Me
4.I Saw The Light
5.Lord, Stand By Me
6.I Am The Light
7.O Lord, Serach My Heart
8.Have More Faith In Jesus
9.You Got To Go Down
10.I Am The True Vine
11.Twelve Gates To The City
12.You Can Go Home
13.I'm Throwin' Up My Hand
14.Cross And Evil Woman Blues
15.I Can't Bear My Burden By Myself
16.Meet Me At The Station


かといってゲイリー・デイヴィスが不真面目な人ではなかったという事は、彼のスピリチュアルとブルースが、的確なテクニックに支えられた極めて(つかハンパなく)高度なものという事実に触れれば分かります。

この人は戦前にもいくつか録音を残しましたが、戦後フォーク&ブルース・リヴァイバルの時にようやく世に出てくるまで、基本的には路上を主な活動の場として、華やかな所には一切出なかった。だからステファン・グロスマンがニューヨークの路上で歌ってる彼を見て声をかけた時、あの伝説の説教師が酷く貧乏な暮らしをしていた事にびっくりしたといいます。

戦後に結構な数の録音を残し、そのどれも水準を落とさず、ハッキリ言ってアルバムに当たりはずれがない人ですが、個人的にやはり好きなのは戦前(1935年)に録音された音源を集めたこのYazoo盤です。

ビデオで観て、その「凄いことを何でもないよという風にアッサリやっている貫禄」に衝撃を受けたアタシですが、いやいや、動画は入り口に過ぎなかった。ビデオではくつろいでやっていたゲイリー・デイヴィス、音盤では凄まじい本気です。

どの曲も軒並み「ストリートでこんな風にやってる人がいたら、たまんなくなって踊り出してしまうだろうな」というぐらいリズミカルで、弾き語りというのが信じられないぐらいブ厚いグルーヴが溢れかえっているんです。

えぇ、ギターは想像以上に凄くて、リズムを刻みながらペケペケと単音の高速フレーズやチョーキングを交えたり、その何でもアリぶりに、聴いてしばらく何も考えられないぐらいです。

そして歌ですね。ガラガラと野太い声で、空間そのものを揺るがすような魂のシャウト、シャウト、シャウトがもう、もう、もう、なんです。

「ブルースとゴスペルって、歌詞違うだけで音楽的には一緒だよね」とか、アタシはその昔ナメたことを言ってましたが(物理的にはきっとそうなんでしょうが)、ゴスペルの人達のシャウトは、単なる叫びじゃなくて、聴く側の心の内側からの歓喜を促すような、そんな不思議で独自の味わいがあるということを、ゲイリー・デイヴィスの歌に教えてもらいました。






”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 13:35| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

戸川純 私が鳴こうホトトギス


戸川純 私が鳴こうホトトギス


625.jpg
戸川純 with Vampilla/私が鳴こうホトトギス
(Virgin Babylon Records)


今日は柄にもなく恋について話してみたいと思います。

恋って何でしょうね?

もう40も過ぎたオッサンが真面目に考えてみて・・・、いや、涙も枯れた中年だからこそ、冷静に考えられるんじゃないだろうかと考えた結果

「それは、自分自身の全く知らなかった価値観を感情に与えてくれた人への感謝と感動」

なんじゃないかと思うに至りました。


これはもう昭和の頃の話なんですが、アタシが初めて恋をしたのは、大好きだった映画『グーニーズ』の主題歌を歌うシンディ・ローパーです。

確か小学校の3年か4年生の頃だったと記憶しています。

とても心が荒れていて、何をするにも気分が悪かった時にたまたまテレビで見たシンディ・ローパーが、真っ赤に染めた髪の毛を振り乱して歌う姿に自由と解放の喜びを始めて感じました。

それから十代になり、出会ったのが戸川純でした。


更に”荒み”をこじらせていた厄介な思春期に、今度は自由だけじゃない、あの複雑な表情の中に抱える重たくて暗いものを感じさせながらも、トロ〜ンとした気だるい雰囲気と口調からは想像出来ない、キュートだったり激しかったり、または純粋に(それは不純なものがないという本来の意味で)、綺麗だったり、もう聴いているこっちの感覚がまるで付いていけないほど心を揺さぶってうち震えさせてくれる歌唱に、それまで抱いたことのない感情を無理矢理開かされた、そんな気持ちになりました。

戸川純という人は、その頃(80年代)のひとつの象徴みたいな人で、可愛くて整ったアイドルがたくさん出てきて、それがオニャン子クラブでもう破裂しかけていた時に、少なくともアタシには、たった一人で壊れてしまいそうな程不安定な存在感と、いわゆるウケやその他を狙ったアイドルとはまったく逆の、内側から溢れる知性や感受性とかそういったものの力だけでテレビに出ているのを見て、密かに「この面白いお姉さんカッコイイなぁ」とは思っておりました。

それが”特別”に変わるまでには、少し時間があったかも知れません。

一丁前に音楽に目覚めてから、ミュージシャン/アーティストとしての戸川純を知ってからは、それはもう、まごうことなき”恋”でありました。

歌の話に戻りますが、戸川純の歌はぶっ飛んでいます。

ソロ名義の鋭くポップな作品や、大正昭和の頽廃ムードの溢れる”ゲルニカ”や、パンク/ニューウェーブの”はっちゃけ”が哲学的な歌詞と混然一体となったヤプーズ、どれも戸川純ですが、まぁどれも見事に芸風から歌い方まで違う。

違うけど、歌詞もパフォーマンスも、歌声も、全体的に狂気、それもただ暴力的で攻撃的なものではない、言葉にすると妙だけど、優しくて純粋な狂気を感じさせるという面では、この人の表現は一貫しています。

好きである余り行き過ぎてしまう、純粋であるがゆえにはみ出してしまう、その行き過ぎてはみ出した部分が彼女の声を離れてこちらの胸の奥底に届く時、ヒリッとした痛みを感じるんですね。

痛みなんてものは痛いに決まってるんですが、この痛みは不思議とその頃のアタシの心の中の痛い部分に優しく染み込んで切なく溶けてゆく、そういう決して前向きではないんだけど、美しい痛みだと感じておりましたし、今も感じております。

ここら辺の細かいところは、これからこの人の過去の作品をレビューする上で、もっと細かくしつこく書いて行こうと思います。

大切なのは今現在であります。

まぁそれから色々あって、音楽も色々聴きまくって、戸川純という人のことは、美しい思い出になりかけてたんですが、2016年のある日、たまたまラジオを聴いていて、相変わらずトロ〜ンとした独特の声を聴いて、アタシはラジオのボリュームを目一杯上げました。

あの、夢中になっていた時期と何っっにも変わっていない戸川純!今もライヴしてて、しかも番組内で視聴者からのお便りが、10代とか20代とか、そういう若い人達のばかり(!)

あぁそうだったんだ、今もこの人の歌は、痛みを抱えている若い人達の心に届いて、そして多分その人達に生きて行く勇気を与えてるんだなぁと思って、そしてそのラジオ番組を聴いているアタシも、あの夢中になっていた時期と何っっにも変わらない気持ちで、彼女の話す一言一言をじっと聞きながら、感動と感謝を噛み締めておりました。







【収録曲】
1.赤い戦車
2.好き好き大好き
3.バーバラ・セクサロイド
4.肉屋のように
5.蛹化の女
6.12階の一番奥
7.諦念プシガンガ
8.Men’s Junan
9.わたしが鳴こうホトトギス
10.怒濤の恋愛


新作のアルバムを出していたんですよ。

Vampilla(ヴァンピリア)というバンドに頼み込んで、バックを務めてもらって過去のセルフカヴァーと、新曲(タイトル曲)も含めたアルバムを作ったから、ぜひ聴いてくださいね。昔の曲やってるけど、もうヴァンピリアのアレンジが凄く凄くてカッコイイからと、戸川純に言われたらそりゃ聴かない訳ないじゃないですか。

で、聴きました。

あぁ・・・! これ!!!!

ヴァンピリアというバンド、ほんっとに恥ずかしいことに知らなかったんですが、この人達はノイズからテクノからハードコアからメタルからアンビエントまで、幅広いとかいう言葉では言い尽くせない知性と凶暴性で呑み込んで独自の「世界」を音楽で作ってきたバンドです。

凄く大所帯なんですが、プロフィールを見たら元ボアダムスの吉川豊人とか、ルインズの吉田達也とかが絡んでいるバンドじゃないですか。

サウンドの方は、例えば過去の作品では、割とカッチリしたバックの上で、戸川純の変幻自在で詩情とエモーションを絶えず繰り出すヴォーカルが、グングン浮き上がる感じだったのが、ヴァンピラは、編曲自体が思いも寄らぬ伸縮ぶりを発揮して、彼女のヴォーカルとピッタリ呼応している感じです。

ビートもちょっと普通じゃないし、ロック、クラシカル、民族調、エレクトロニカと、様々な成分がそれぞれ寄り添ったり煽ったり、あるいは同時に炸裂したり、本当に生き物みたいな生々しさを持ってます。

これ聴いて、時代がやっとこの人の独自の表現と、それによって創り出される世界と寄り添えるようになったんだというのが、とりあえずシンプルで正直な感想。

多分これだけじゃ読者の方はよく分かんないと思うので、無理矢理たとえを持ってくると、文学性とパンクスピリッツを増幅させたビョークですよ。や、ビョークだけじゃないし、決して”似てる”というのじゃないけれど、どちらも痛みと共に声を表出するけれども、聴く人に不思議な浄化作用をもたらしてくれるという意味で、共通するシンガーなんじゃないでしょうか。


それぞれの楽曲に関しては、過去のアルバムを紹介しながらじっくり書いていきたいので、まずは聴いて頂きたいとしか書けないのですが、このアルバム、凄いですよ。「昔有名だった人が、セルフカバーで懐メロやってる」とかそういうのとは真逆です。

80年代に異才として輝いたワン・アンド・オンリーの表現者が、あの時の衝動そのまんまに、2010年代に更に深く、更に鋭く尖った感性で今の音楽シーン(とかホントどうでもいいんですが)に殴り込んでことごとくぶっ潰せるぐらいの強さを持った新作です。

そして、聴く人の心には、歌詞と歌唱から来る”美しい痛み”が素晴らしく染みます。

心を揺さぶる真実の感動を求めている方価値観に、それまでなかった感情を与えてくれることでしょう。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
ラベル:パンク 戸川純
posted by サウンズパル at 22:23| Comment(0) | 日本のロック・ポップス・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

サン・ラーについて(職場の若い子との会話)

DSC_0538.JPG




職場の若い子 「高良さん、今日は何聴いてるんですか?」

俺「サン・ラーだ、かっこいいだろう」

職場の若い子 「何か、昔のアメリカの映画音楽みたいでいいですね」

俺 「そうだ、サン・ラーはジャズも演奏するが、こういった音楽はリズム・アンド・ブルースって言うんだけどそういうのもやるし、何でもやる」

職場の若い子 「凄いですね、何でも出来たんだー」

俺 「それだけじゃないんだ、手作りのキラッキラの衣装をバンドの何十人もいるメンバー全員で着て、歌うし踊るし劇もやる」

職場の若い子 「すごーい、何でそんな全部やるんですか?」

俺 「うむ、宇宙の調和と安定のためだよ」

職場の若い子 「へ?」

俺 「この人は土星からやってきたんだよ」

職場の若い子 「土星?」


俺 「うむ、正しくは土星からやってきた古代エジプト人の子孫だ」

職場の若い子 「ほんとなんですか?」

俺 「本人がそう言ってるから間違いない。地球の人類は色々と間違ってるから、音楽を通してもっと正しく生きなさいとメッセージを送るんだと。そういう活動をしている」

俺「音楽とかパフォーマンスだけじゃないんだよ。この人は政治とか歴史とか科学とか医学とか、とにかくあらゆる学問に通じた人で、ライヴでは"講義"ってのもあった。物凄い知識を総動員して、じゃあ人類は何をすればいいのかをちゃんと説明してる」

職場の若い子「それ、みんな理解出来るんですか?」

俺「進み過ぎて理解は出来なかっただろうね。でも、この人が喋る内容は整然としててデタラメじゃないんだ。それだけは解るから、最初見た目とかでバカにしてた人も、何となく真面目に聴くようになる。実際バンドもアホみたいに演奏上手いからね。ミュージシャン達にもそこは尊敬されてた。ね、今鳴ってるこの音楽も分かりやすくて全然変じゃないでしょ?」

職場の若い子「うん、ジャズってもっと難しくて分かりにくいと思ってました。でもこれはポップで雰囲気がいいです」

俺「雰囲気がいい!それよ。何かいいなって思った時点で心が安心する」

職場の若い子「しますします!こういうのラジオとかで聴いたら何かいい感じ」

俺「それが宇宙の安定よ。ほら心って宇宙でしょ?」

職場の若い子「心?・・・宇宙だ!ほんとだ凄い!ヤバい!!」

敬愛するミスター・サン・ラー、今日地球の若者が1人正しく導かれました。

スペース・イズ・ザ・プレイス!




本日車内で聴いていたサン・ラー『シングルス』のアルバム詳細はコチラ↓







”サン・ラー”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
posted by サウンズパル at 23:54| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

サン・ラー ジョイフル・ノイズ(DVD)


DYn21eUU8AAAXmz.jpg

サン・ラー/ジョイフル・ノイズ
(アップリンク)


地球の皆様こんばんは。

本日5月22日は何の日でしょう?

そう、迷える地球人を正しく導くために土星からやってきた古代エジプト人の子孫であります、われらがサン・ラーの誕生日・・・おっと”地球に降臨した日”であります。

このブログを熱心にご覧になっておられます賢明な皆様には、サン・ラーが正しく地球人類を導くために土星からやってきて、そして間違いなく導かれた人というのが存在する(はぁいアタシです)ことは、もうご存知でありましょう。

アタシもサン・ラーの素晴らしい音楽と、それを楽しく裏付けるワン&オンリーのかっこいいパフォーマンス、そしてサン・ラー自身の知的でぶっ飛んだ蘊蓄に富んだ、その宇宙哲学に惚れ込んで以来、音楽とあらゆる芸術を包括したその平和思想に、古代中国の伝説的な王であり、薬学や商売の神として知られる神農との共通点を多く見出したアタシは、サン・ラーを聴くこと、サン・ラーの表現を楽しむこと、そしてサン・ラーの深淵な哲学を理解しようと努めることを『宇宙神農道』と名付け、日々鍛錬しております。

えぇ、えぇ、こういった事はまじめーに考えるよりも、ネタとして楽しんで頂いた方が楽しいから、今までアタシが書いたことも、これからアツく書き記して行くことも、賢明なる音楽好きの皆様は、ぜひ健康的にネタとして楽しみながら読んでください。

さて、サン・ラーとは一体何者で、どういう人なんでしょうね。非常に気になりますね、ワクワクしますね。

音楽的に説明すれば、サン・ラーはジャズをやる人です。

そのジャズを、ピシャッと決まった正統派のスウィング・スタイルからモダン・ジャズ、歌モノ入りのR&B、エレキギターやシンセサイザー炸裂のファンク風、はたまたフリーク・サウンドの阿鼻叫喚なスタイルまで、とにかく「およそ考えられる音楽の手法すべて」を駆使して自在に演奏出来る、優れたビッグ・バンドのリーダーであり、一流の鍵盤楽器奏者です。

1940年代後半にジャズ・ミュージシャンとしての活動を始めたと言われている彼は、1993年に土星に還る(この星の言葉で言うところの死去する)まで、常にジャズという音楽の最前線で演奏しながら、多くの先鋭的かつ革新的なミュージシャン達とは全く違う独自のやり方で、メインストリームに属するものでもあり、アンダーグラウンドに属するものでもある、あらゆる可能性に満ち溢れた演奏を繰り広げ、時に音楽というカテゴライズからも自由に飛び出した、新たな表現手法を生み出してきました。

有名なジャズ・ミュージシャンで彼の影響を受けたのは、ジョン・コルトレーンを筆頭に、枚数にいとまがありませんが、ジャズ以外でもジョージ・クリントンやアース・ウインド&ファイアー、フェラ・クティ、MC5、ジャイルス・ピーターソンなどなど、R&B、ロック、アフリカン・ミュージック、ハウスなどのアーティスト/DJで彼を崇拝して、その音楽的遺産から多くを得ている人は数知れず(デトロイト・テクノはジャンルそのものの源流にサン・ラーがいるとすら言われています)。

1960年代から70年代までは、彼の自由な表現に対する理解はまだ薄く、その派手で風変わりなアーケストラの手作り衣装やダンスや寸劇もあるステージでのパフォーマンス、そして真面目な顔で宇宙の摂理を語るサン・ラーを「変人」と決めつけることで、ずっと彼をアングラとかキワモノとか世の中は言ってきましたが、時代が変わり、彼の音楽がその時代のちょっと先を行く音楽のある部分を先取りしてやっていた事や、彼の語る宇宙の摂理や平和(調和)を説いたメッセージが、よくあるデタラメなスピリチュアリズムとは違い、歴史や科学や世界中の宗教の思想を深く研究した上で丁寧に考え抜かれてきた、地に足の付いた哲学だという事が、残されたインタビューや発言の分析から知られてくると、ジャズというジャンルに囚われない「音楽は音楽」で自由に楽しもうという人々に、本当に真剣に支持され、そして再評価されてきたのです。


アタシも最初にサン・ラーと出会った時は、その派手で奇抜な衣装を見て笑いました。

インタビュー記事を読んで、自分は土星人であるとか、地球人は正しく導かれなければいけないとか、そういったことを真剣に語るサン・ラーに「おぉ、ぶっ飛んでるのぉー」と思ったものです。

で、演奏を聴いて(最初に聴いたのは『Space Is The Place』↓)





「これは・・・凄い!最高にイカレてるけど最高にちゃんとしてる!!」

と、衝撃を受けた訳です。


そんな事を言っても、まだ実際にサン・ラーの動いて演奏をする姿を見たことがなかったうちは

「すごくカッコいい音楽」

のうちでしかなかったんです。

が!


本当の意味での衝撃は、ビデオ映像で”サン・ラーの動く姿”を見た時だったんです。




サン・ラーはよく

「我々の演奏は、ただ耳に入ってくる音楽だけではない。衣装も演奏で、ダンスも演奏、ステージの上での誰かが喋ってメッセージを発してもそれは演奏だ」

というような事を言います。

それは意地悪な言い方をすれば、とっても理想的な理屈です。

ちょっとカッコいいバンドがそういう風に言えば、そりゃあ全部がそう思えるだろうと。

で「どんなもんかのー」とビデオで見たサン・ラーの演奏


・・・!!

・・・・・・!!!!

一言で言えば、彼らの音楽は絶対にあの衣装でなければダメだし、この音楽にこの衣装でなければ、この歌ったり踊ったりのステージはあり得ないし、サン・ラーがこの音楽をやっていて、こういった衣装を着て、こういうパフォーマンスを素晴らしいクオリティで見せてくれるから「宇宙が」とか「地球人は」とか言っても、全然嘘くさくならんのです。









それでもまだ「サン・ラーなんて変わったことやってる変なオッサン」だと思ってる人は、この最高のドキュメント・ムービーを見てください。

のっけからその深淵な宇宙哲学を、まるで大学教授のような知的な口調で語るサン・ラー、そして演奏シーン、共同生活しているアパートでの、びっくりするほど真剣なリハーサル、みんなで経営している駄菓子屋に訪れる子供たちとの、心温まるふれあいのシーン、もう何て言えばいいんでしょうね、これほどまでに音楽の本質と共に、アーティストとして生きる人々全部に共通する本質をありのまま(しかもマイナスな過激さは一切なく)ピュアな形で撮りきった音楽ドキュメンタリーってありません。

今はyoutubeがあるから、サン・ラーのライヴ映像はいくらでも観られますが、このドキュメントは字幕付きは動画で出回ってませんし、何より音楽はもちろん最高ですが、ビジュアルも思想も音楽と同じぐらい深い感動を与えてくれるサン・ラーの素晴らしさは、字幕付きのこのDVDで全ての音楽的にじっくりと堪能してもらいたいと思います。

「サン・ラを知ってからロックが楽しく聴けるようになった。だって今の90年代のロックがやれそうでやれないようなことまで何十年も前にサン・ラがやってるもんね」

とは、あるバンドマンの言ですが、その後に

「突き抜けてカッコイイことやってるヤツを聴くと、コレをやらなきゃいけないって思うよね。でもサン・ラの凄いところは”別にやらなくてもいい”って思わせてくれるところだと思う。あれしろこれしろ、こう感じろとは聴く人に絶対押し付けない。オレらは自由に楽しんでるからお前も好きにやれって感じ?自由過ぎてカッコイイわ」

と、言ってくれたことを思い出して、あ、サン・ラー信者のアタシが長々書いてきた今までの文章が、この2言で全部綺麗にまとめられたと思っています。そんなサン・ラーはやっぱり突き抜けております。





”サン・ラー”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 18:35| Comment(0) | ジャズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

ビッグ・ビル・ブルーンジィ シングス・フォーク・ソング

625.jpg
ビッグ・ビル・ブルーンジィ/シングス・フォーク・ソング

(Smithonian Folkway/ライス・レコード)


さて、ビッグ・ビル・ブルーンジーでございます。

はいはい、戦前から戦後を通して”ブルースの都”であります北部の大都会シカゴ。このシカゴで戦前にスターとして君臨し、あのマディ・ウォーターズを見出して色々と面倒を見たボスマンとして知られておりますことは、このブログの読者の皆さんは既にご存知でありましょう。

マディ親分がまだ親分じゃなかった頃のビッグ・ビルとの交友は、ホントに心温まるヒューマンドラマです↓




で、そのビッグ・ビル、非常に面倒見が良かっただけじゃなくて、ギタリストとしても驚愕のテクニックを持っていて、例えば戦前ブルースの世界では”神クラスのギターピッカー”といえば単音ソロのテクニックがまず人外で、その他リズム感や歌伴におけるアプローチも完璧な人としてロニー・ジョンソンという人がおりまして、一方で一本のギターでピアノの右手と左手を同時に弾きこなしてしまうラグタイムギターの化け物として、ブラインド・ブレイクという人がおりました。

まずこの二人が、戦前ブルースのギターにおける絶対的な二本柱なんですね。同時代のあらゆるブルースマンは、この2人のレコードを聴いて、その驚異的なギター・テクニックに衝撃を受け、多かれ少なかれ影響を受けておったんです。

で、ビッグ・ビルは、その二本柱の一人であるブラインド・ブレイク、この人と一緒に共演して、楽しく対抗できる程の腕前の持ち主でありました。

全く狂わない正確なタイム感で、まるで2本のギターが同時に演奏をこなしているようなラグタイムに、単音チョーキングでほろ苦く甘酸っぱい味を出せる、バラードでのソロの妙味が堪能出来る戦前録音は、これはもう全ブルースギターを志す人にとってバイブルと言って良いものでしょう。




このように、戦前シカゴで実力派としてその名を轟かせたビッグ・ビルでしたが、戦後は皮肉にも自分が見出したマディ・ウォーターズが全く新しいエレクトリック・バンド・ブルース・スタイルをシカゴのスタンダードとして、その波に押し出されるような形でシーンの表舞台から静かにフェイドアウトして行きました。

「ブルースの電気化に対応できなかった」と言われることもあるビッグ・ビルでありますが、実はエレキギターを使ってブルースを演奏する先駆者でもあったのです。聴いてみると甘いチョーキングを活かしたなかなかにオシャレなサウンドでいい感じなんですが、戦後のラウドでワイルドなサウンドを求める聴衆には、その良さはなかなか伝わらなかったと言うべきか。とにかく戦前から戦後のブルースの橋渡し的役割を終えたビッグ・ビルのサウンドは、1940年代の終焉と共に、伝説となって行ったのです。

1950年代、黒人聴衆達はラジオやジュークボックスから流れるワイルドなブルース、そして最新のリズム・アンド・ブルースに夢中になっておりました。

流行からは遠ざかっていたビッグ・ビルでしたが、実はそのままミュージシャンを辞めてしまった訳ではありません。1951年にはメジャー・レーベルのマーキュリーと契約、ここでベースのみをバックにしたほとんど弾き語りに近い演奏や、管楽器などを入れたジャンプ風アレンジなど、様々な音楽的な試みを行っておりますが、この時の契約は短期間で終わり、レコード・セールスではなかなかパッとしなかったそうですが、彼には別の方向から再起のチャンスが回ってきます。

それは、初めてのヨーロッパ・ツアーで行った白人聴衆の前での生演奏であります。

実は当時ヨーロッパでは、ちょっとしたトラディショナル・ブームが沸き起こっており、アメリカでは既に時代遅れと言われていたディキシーランド・ジャズのバンドがあちこちで結成されたり、古い時代のブルースやゴスペルも求められておったのです。

1951年のヨーロッパ・ツアーでビッグ・ビルは、ディキシーランド・ジャズと楽しく共演したり、アコースティック・ギターを持っての弾き語りを行いました。

どちらもシカゴのクラブでは「何だそんな古臭せぇ音楽!」とバカにされて終わるようなオールド・スタイルです。

しかし、ヨーロッパの聴衆はこれらの演奏を純粋に楽しんで、そしてアコースティックなブルースも真面目に聴いてビッグ・ビルに喝采を送りました。

アメリカでははしゃぎたい客のためにダンスビートを提供したり、ワイワイガヤガヤのクラブの中で、如何にして聴衆を楽しませるかに心血を注いでいたビッグ・ビルは、このヨーロッパの観衆達の態度に「なんじゃこりゃあ」とびっくりしました。びっくりしましたが、肌の色も文化も違う彼らが自分の音楽に真剣に接し、また自分自身の事も黒人としてではなく、一人のアーティストとして扱ってくれる、この事に言い知れぬ感動を覚えます。


他のブルースマンなら

「なぁ、ヨーロッパの連中は不思議だよなぁ。じっと真面目に聴いてるから、良かったのか悪かったのかちっともわかんねぇ」

となるかも知れません。

が、ビッグ・ビルにはその状況を理解し、受け入れるだけの教養がありました。


彼は他のブルースマン同様、音楽で食えるようになるために様々な仕事をしておりましたが、その中でひとつポーターという高級寝台車の荷物係をやってたんです。


このポーター、制服がカッコ良く、かつ所作や喋り方に品がある上に、危険な肉体労働ではないということで、労働者階級には憧れの職業なんですが、この高級寝台車を制作運用していた会社がプルマン。

鉄道の職員は普通鉄道会社の人員なんですが、ポーターのような他の汽車にはない職業の人員は、プルマンが直接雇った人達なんですね。で、雇われていたのはほとんど黒人です。このプルマンという会社が、当時としては珍しく、労働者の待遇も真剣に考え、ポーター達のほとんどが労働組合に参加し、会社と対等に賃金や休暇についての交渉を行う事も出来ておりました。

こういった経験があったから、ビッグ・ビルはヨーロッパの白人聴衆の反応は、雰囲気で察する事が出来たし、また、音楽の世界へ行っても自ら音楽家組合の中心メンバーとしてブルースマン達のために色々な活動を行い、また個人的にもマディ・ウォーターズのような才能ある若者に仕事の世話をしたり、とにかく元々の性格だけではない”出来た人”の振る舞いがしっかりと経験として身に付いておったんです。


「これは!」と思ったビッグ・ビルは、何と大幅な方向転換を行います。

つまり、アコースティック・ギターを手にして、その昔南部で覚えた古いブルースやバラッド、スピリチュアルなんかを歌う、つまり、それまでブルースマン達は常に新しいもの新しいものとスタイルを進化させていくのが当たり前だったんですが、ここで彼は誰もやったことのない「古いスタイルへの回帰」というものを大胆に行いました。

これは恐らく、音楽の歴史が始まって以来初の事だったと思います。

周囲は「何だって古いスタイルに回帰するんだい?」と不思議に思い、誰も理解出来なかったと言います。

が、賢明な彼には分かっていました。今までやっていた自分のブルースは、もう黒人の若い連中には見向きもされない、ブルースだって今新しいリズム・アンド・ブルースに勢いは押されてどこまで続くか分からない。黒人社会ではブルースは思い出したくない暗い過去でもあるんだ、あぁ、南部生まれのオレにはよく分かる。もしもブルースを埋もれた砂の中から引き上げて、音楽として評価してくれる連中がいるとしたら、それは白人の若い連中だろう。と。





【収録曲】
1.バックウォーター・ブルース
2.ジス・トレイン
3.アイ・ドント・ウォント・ノー・ウーマン
4.マーサ
5.テル・ミー・フー
6.ビル・ベイリー
7.アルバータ
8.ゴーイン・ダウン・ジス・ロード
9.テル・ミー・ホワット・カインド・オヴ・マン・ジーザス・イズ
10.ジョン・ヘンリー
11.グローリー・オヴ・ラヴ


ビッグ・ビルの読みは見事に的中し、ヨーロッパでの好評の勢いはそのままに、1950年代中頃から徐々にアメリカでも西海岸やニューヨークのインテリな若者達の間で盛り上がっていた「ルーツ・ミュージック再評価」の流れに彼は見事に乗ります。

で、60年代、ロックンロールのムーブメントが終わるとその反動で一気にフォーク&ブルース・リヴァイバルの波が押し寄せ、戦前に活躍していた伝説のブルースマン達が次々と再発見されてシーンを沸かせることになるのですが、彼は残念ながら1958年にガンのためこの世を去り、そのリヴァイバルの先駆者として多くの人に記憶されることになります。

50年代のビッグ・ビルは、白人プロデューサーやコンサート・プロモーターらの要請で、ギター弾き語りで古いスタイルの曲をできるだけトラディショナルなスタイルでやってくれとか、彼自身の設定を「ミシシッピの小作農兼ブルースマン」ということでやってくれとか、そういった本来の彼ではないことを演じさせられる音楽活動でもありました。

ところがビッグ・ビル、こういった要請にも嫌な顔ひとつせずに「あぁいいよ、出来るよ」と、キッチリ応えていたそうです。

戦前のシカゴ・ブルースの顔と呼ばれ、ひとつの歴史とスタイルを作り上げてきたほどの人があっさりと過去を捨て「白人の求めるブルースマン」を、全くの虚構を混ぜて演じる事に、本心ではこれはどんな人でも穏やかではないと思うのですが、そういった多少の無茶も何のその、実に活き活きとしたパワフルな声の張りと、泥臭さの中にしれっと潜ませた高度なテクニックのギターの醍醐味が聴けるのがこの時期のビッグ・ビルの素晴らしいところです。

オススメとして今日皆さんに聴いて頂きたいのが、1956年にスミソニアン・フォークウェイズで録音した弾き語りをまとめた『シングス・フォーク・ソング』。

細かいこたぁ言いません、このアルバムのシンプルな弾き語りの中で上質な蒸留酒の如く香り立つ深南部の香りと、シティ・ブルース要素はほぼ抑えて派手には弾いていないとはいえ、オブリガードやちょっとしたフレーズ運びの中に無限の”粋”を感じさせる職人的神業ギターのカッコ良さに聴き惚れて欲しいのです。

実は戦後になってトラディショナルなスタイルになってからのビッグ・ビルの作品は、ブルースファンには作為的なイメージがあるのか、あまり評判がよろしくありません。

はい、アタシも「演じさせられてるのはホンモノじゃないなぁ」と聴かず嫌いをしておったんですが、ブルースマンとして生きるために何にでもなってきた、そして何者を演じることも出来るしっかりとした技量があったビッグ・ビルの真髄を、ちゃんと聴こうではありませんか。


『フォークソングの話をするヤツがいて、ブルースの話をするヤツがいる。全く別扱いだ、くだらんね、どっちも(オレらにとっちゃあ)フォークソング(民族の歌)で一緒なのにな。馬が歌ってるわけじゃあるまいし』


『同じブルースを持った人間なんて一人としていやしないね。ブルースってのは生れつきのもんさ、人生の何かだよ。死んだヤツからは、ブルースは出てこない』

−ビッグ・ビル・ブルーンジィ







”ビッグ・ビル・ブルーンジィ”関連記事






”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 17:25| Comment(0) | ブルース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月19日

アルゼンチンのタンゴ

DYn21eUU8AAAXmz.jpg

アルゼンチンのタンゴ
(Naxos)


クラシック・ギターの音色が好きです。

「パラン」と「ポワン」の絶妙な中間、あの美しくふくよかな弾力でコーティングされた、どこか遠くへ連れて行ってくれそうな、静かな哀愁を湛えた音。

いわゆる鉄弦のアコースティック・ギターとはまた違って、ナイロン製の柔らかい弦だからこそのこの音色、これがいいんですよね。

その昔は”ガット”と呼ばれる羊の腸を弦としていたことから”ガットギター”とも呼ばれるこの楽器は、エレキやアコギも全部ひっくるめて「ギター」と呼ばれるものの最初の形だそうです。

その原型はインドやペルシャ方面から、徐々にその形を変えてイベリア半島、つまり今のスペインにやってきて、長い時間をかけてギターという楽器になって行ったと。

ちょっと歴史的な事になりますが、スペインっていう所は、今でこそバリバリのヨーロッパで、バリバリのキリスト教国でありますが、その昔はイスラム教徒が支配していた時期も結構長くて、北アフリカ経由で今で言うアラブ諸国やインドからの移民も多く、彼らがギターの原型をこの地で生み出し、フラメンコなどの音楽も作って、独自の文化を育んできたんですね。

クラシックギターが、旋律の中でその豊かな余韻を伸ばす時、こちらの心の中にも郷愁がきゅ〜んと伸びて、何とも胸を締め付けられる感覚になりますのは、その音色が出来上がるまでの悠久の歴史みたいなものが、知らず知らずのうちにこっちの心に響くからなんだろうなぁとか、勝手に思っております。

そんなクラシックギターの音色、存分に楽しめるものとしては、もちろんクラシックの、特にスペインの作曲家の作品なんかがとてもいいんですが、近年になって『クラシックギターで聴くアルゼンチン・タンゴ』というものが密かに盛り上がっていて、えぇ、これが大体ギター1本とかで演奏されているのが多いので、ギターをじっくり聴きたいという方には、とってもオススメできるんですよ。

え?クラシックなのにタンゴ?タンゴってあのバンドネオンとか使ってやるやつでしょ?それに何だか社交ダンスのイメージがあって、ギターで演奏するってのはあんまり想像できないんだけど大丈夫かぁ?

と、お思いの人は多いと思いますし、アタシも最初はそんな風に思っておりましたが、これが大丈夫なんですね。

タンゴという音楽は、元々アルゼンチンの酒場で生まれた、娯楽音楽です。

当初タンゴの大きな目的は、もちろんその場にいる人達を踊らせることでありましたが、徐々に進化するにつれて、ホールでの鑑賞にも耐えうる芸術音楽として世界に認知されるようになりました。

その最大の功労者は、クラシック理論も極めたタンゴ・マエストロ、アストル・ピアソラであります。


ピアソラが作った、リズムとハーモニーの粋を尽くして作りこんだ楽曲は、1990年代以降クラシック演奏家達の愛好するところとなって、ヨーヨー・マやクレーメルらによる『プレイズ・ピアソラ』系アルバムがリリースされると、これが好評を博し、今やクラシックのコンサートでは、盛り上げるに欠かせないレパートリーとして、タンゴ曲が演奏されるなんてことが当たり前になりました。

ヴァイオリンやチェロ奏者が録音したタンゴが世界的に受け入れられているのを見て「これはいいな!」とやる気を起こしたのが、クラシック界のギター奏者達なんです。

何でかというと、クラシックの重要レパートリーといえば、ほとんどがオーストリアやドイツなど、交響楽が発達した時代の有名作曲家達のものです。

そこにギターが入り込む余地というのはほとんどなく、レパートリーに出来るものといったらやはり最初からギターのために作られたスペインの作曲家の曲か、ルネッサンス期の主にイタリアの音楽、そしてバッハぐらいのものという選択肢の少なさに、ギター界(ってあるのかな?)は悩まされておったんですね。


ピアソラの曲やタンゴの曲は、ギターでも演奏出来るし、その哀愁溢れる楽曲は、クラシックギターの音色とピッタリの相性です。

それに元々スペインの植民地で、タンゴを作った人達もスペイン系移民ということで、これはもうタンゴとクラシックギターの親和性というのはナチュラルに高い訳でありますよ。







【収録曲】
1.凧が飛ぶ夢(ブラスケス)
2.決闘のミロンガ(モスカルディーニ)
3.最後のグレーラ(ピアソラ)
4.リベルタンゴ(ピアソラ)
5.想いのとどく日(ガルデル)
6.帰還(ガルデル)
7.ミリタリー・タップ(モレス)
8.メランコリコ(フリアン・プラザ)
9.ノスタルヒコ(フリアン・プラザ)
10.南(トロイロ)
11.ティリンゴたちのために(モスカルディーニ)
12.アディオス・ノニーノ(ピアソラ)
13.ブエノス・アイレス午前零時(ピアソラ)
14.ハシント・チクラーナ(ピアソラ)
15.勝利(ピアソラ)
16.ラ・レコータ(コセンティーノ)
17.わが愛のミロンガ(ラウレンス)
18.ミロンガ・デル71(ビターレ)

(演奏:ビクトル・ビリャダンゴス)


クラシックギターの良質な音盤を、素晴らしく掘り下げた深い内容で世に出しているレーベルといえば、香港の”Naxos"です。

セールス的には大丈夫かと思ってしまうぐらい、マイナーな作曲家のものなんかも惜しげなくリリースしてくれるこのレーベルはクラシックギター好きには実に有難く、かつ「有名/無名に関係なくいい音楽聴きたいぞ」というシビアな欲求も満たしてくれる、本当に素敵なレーベルなんですが、ここが「クラシックギターで聴くアルゼンチンタンゴ」の決定盤ともいえるアルバムを出しております。

はい、粋なジャケットに『アルゼンチンのタンゴ』というまんまなタイトルが付いたこのアルバム。

完全にギター1本で、アルゼンチンのタンゴがたっぷり楽しめる。しかも、演奏しているのはアルゼンチン生まれアルゼンチン生まれのクラシックギター奏者、ビクトル・ビリャダンゴス。地元でタンゴという音楽の空気や意味が、骨の髄まで染み込んでいることはもちろん、それを理論も技術もしっかり極めたクラシックギターのやり方で聴かせてくれる名人が弾いておりますから、これはもうギター好きにとっては願ったり叶ったりな内容でないはずがございません。

アタシは正直最初「うん、お目当てのピアソラの”リベルタンゴ”が入ってるから買ってみたけど、ピアソラ以外の作曲家ほとんど知らんなぁ、いいのかな、大丈夫かな」とかなり不安だったんですが、これがピアソラに一切劣らない、狂おしい抒情に溢れた名曲揃いで、個人的にこのアルバムをきっかけに、ピアソラ以外のアルゼンチン・タンゴの(日本では)あんまり知られていない素晴らしい作曲家達を知ることに繋がりました。

演奏は、タンゴの情熱を上質な”憂い”に仕立て上げてじっくり聴かせる素晴らしいものです。

ビリャダンゴスは、流石に名手と呼ばれるだけあって、感情に流されず、奥底にあるエモーショナルを旋律の深いところに込めて弦を弾くことに関しては余人の及ばない領域ですね。「しっとりと聴かせる」の幅をまずしっかりと定めて、その中でヒリヒリとしたタンゴならではの感情の高ぶりを無駄のない、後から余韻がじんと染みる表現で丁寧に聴く人の耳と心に染み込ませてくれるので、聴いてて疲れないし、どの曲も飽きません。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
http://ameblo.jp/soundspal/
posted by サウンズパル at 16:20| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする