ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年05月09日

スティーヴ・モーズ ストレス・フェスト

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スティーヴ・モーズ/ストレス・フェスト
(ソニー・ミュージック)

で、本日は一気に時代は飛んで、スティーヴ・モーズです。

や、このブログをご覧の読者さんの反応はきっと

「スティーヴ・モーズ?」



「あぁ、リッチー・ブラックモアの後釜でディープ・パープルに入った人ね」

の2種類かと思います。

もしかしたら

「お、復活後のカンサスでギター弾いてた職人じゃないの」

と、嬉しい反応をしてくれる人が・・・。ん、100人中7人ぐらいはいるかも知れません(汗)

そう、スティーヴ・モーズは、知る人ぞ知るギター職人。いつでも安定したテクニック、そしてハードロックからプログレ、ジャズ・ロック、カントリーまで、どんなスタイルでも完璧に弾きこなせた上で、独自のテクニカルな味付けが出来る、一言でいえば

「本当にギターの巧い人」

です。

トレードマークのメカニカルな速弾き、表現力豊かなハーモニクス奏法や、ギターシンセを駆使したギター・オーケストレーションの分野においても”代表格のひとり”と言ってもいいでしょう。

問題は、そんな器用な人だから、器用貧乏なイメージがあって、熱心にテクニックを追究しているギター弾き以外の知名度が決定的に低いこと(あー)。

でも、アタシは思います。

「それでいい、スティーヴ・モーズはギター弾きにだけ人気があればそれでいい。ギターが上手くなりたい人だけが彼のプレイを聴けばいい。そういう人はきっと彼の演奏から何かを得ることが出来るだろうから」

と。

そもそも今紹介しているこのシリーズは”ギター・レジェンド・シリーズ”なのです。

出来ればギターを弾かない人にも、広くフツーに興味を持って頂きたいところではありますが、そういうのは、ガチのブルースの人達や、70年代ロックの名盤達がきっと担ってくれるだろう。そんなことよりも”ギター弾きによるギター弾きのためのギターの事しか考えてないようなアルバム”が、シリーズの中に一枚ぐらいあってもいいじゃないか。それがアナタ、スティーヴ・モーズの「ストレス・フェスト」だよ。と。

はい、ちょいと強気に出てしまっておりますが、実際”テクニカルな90年代以降のテイストに溢れたギター”というものにとことん特化したこういうアルバムが、シリーズの中にちょこんとあると、何だかアタシ、嬉しくなってきてるんです。

スティーヴ・モーズは1954年アメリカのオハイオ州生まれ。十代の頃にテレビで見たビートルズに感動してギターを始め、ロックンロールやカントリー、ロカビリーなどをコピーしまくります。

15歳で自分のバンドを組み、高校時代にクラシックギター奏者のフォアン・メルカダルという人の演奏を聴いて感動し(何か感動してばっかりだなオイ)「オレ、本格的に音楽勉強するよ」と、マイアミ音楽大学に進学しますが、この時の同級生に、ジャコ・パストリアス、パット・メセニー、ブルース・ボーンスビーといった天才達がおり、彼らとツルみながら、モーズ少年はよりキチガイじみたバカテクにオリジナリティを見出す道を模索することに没頭し、卒業後高校時代に組んでいたバンド”ディキシー・グリッドの名を改めた”ディキシー・ドレッグス”を結成します。

このバンドは、プログレッシヴ・ジャズ・ロックを愛好する人達を中心に今でも評価が高いインスト主体のバンドであります。

このディキシー・ドレッグスは、独特のユルさと緊張感を併せ持つサウンドで、ダラダラ聴きつつもハマると結構クセになりますので、気になる方はCDも出てますし、動画も結構ありますんで、ぜひ聴いてみてください。

おっと、スティーヴ・モーズの話に戻ります。

その後演奏活動の限界を感じたモーズは、1984年にディキシー・ドレッグスの活動を休止。”スティーヴ・モーズ・バンド”を結成して、独特のフュージョン・テイストのハードロックというスタイルを開花させ、好きに弾きまくります。

でも「ねぇ、お前が好きに気持ちよく弾いてるだけのインスト・アスバムは売れないよ」とでも言われたのか、85年のセカンドではヴォーカリストも迎えた大人のアメリカン・カントリー・ハードロックとでも言うべきアルバムを出しますが、こういうのが気に入らなかったのか、同時期に加入していたカンサス(人気のプログレバンド)との掛け持ちでの、「レコーディング→ツアー→レコーディング」という生活に嫌気が差したのか、あっさり音楽を止めて、何と航空便のパイロットに転職します。

パイロットって・・・。

でも、やっぱりギターが好きな彼は、収入の良いパイロットを1年ちょいであっさり辞めて、今度はソロ・アーティストとして復帰。



(ギター・レジェンド・シリーズ)

【収録曲】
1.ストレス・フェスト
2.ライジング・パワー
3.アイズ・オブ・ア・チャイルド
4.ナイトウォーク
5.ブレイヴ・ニュー・ワールド
6.4・ミニッツ・トゥ・リヴ
7.ジ・イージー・ウェイ
8.グラッド・トゥ・ビー
9.デリケイト・バランス
10.リヴ・トゥ・ライド
11.ピード・キング


でも、一部のギターファンから彼は熱狂的に迎えられ、80年代後半から90年代と、活動は非常に充実しておりました。

ソロとして好きなスタイルで演奏する一方で、かつての仲間達に声を掛け、ディキシー・ドレッグスを復活。更に1994年にはリッチー・ブラックモアがプイッと辞めてしまったディープ・パープルに、リッチーの後任として加入。

ディープ・パープルは、特に「第五期」と呼ばれる90年代の再結成後のパープルは、良くも悪くもリッチーのカリスマと存在感とオラオラで成り立っていたバンドでしたが(や、トミー・ボーリン時代のパープルもなかなかいいんだよ、と言えばまた違う話になってしまうのでまたいつか・・・)、ここでリッチーの後釜として

「上手い、センスいい、性格もいい」

の3拍子揃えた彼のプレイは、当初の予想以上に素晴らしいものでした。

で、モーズは今もディープ・パープルに所属しながら、世界中のファンに「ギターの素晴らしさ」を伝え続けています。

このアルバム「ストレス・フェスト」は、それこそパープルに加入して革新的名盤と呼ばれる「紫の証」のリリースと丁度同じ時期にリリースされた、トリオ編成のインスト作品。

パープルで綿密かつ大胆なアレンジに相当神経を使っていた時に、シンプルな編成でとことん好きなプレイを楽しんでいるモーズのリラックスした、でもソロとなると恐ろしい程に正確かつ高速なフレーズがぶっ飛ぶ、これもまた”本気”の作品。

演奏はディストーションをガッツリかけたハードロックなトーンでもって、フュージョン風のスタイルを貫いておりますて、ギターは”弾きまくり”と”大人の余裕”がめまぐるしく交錯します。うん、一言気持ちいい♪

ずっといい味を出しているデイヴ・ラルーの「全然重低音じゃないファンクベース」の、うっすい音でパキパキ言うチョッパーがまたいいんですよね。

ちょっと滅茶苦茶な喩えかも知れませんが、このアルバム


「リラックスして気合いを入れてギターを聴きたい」

人にはとにかくオススメです、うん、聴けばその意味も分かります。


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年05月08日

チャーリー・クリスチャン オリジナル・ギター・ヒーロー

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チャーリー・クリスチャン/オリジナル・ギター・ヒーロー
(ソニー・ミュージック)

突然ですが皆さん、ジャズのギターって凄く難しいんですよ。

いや、そんなことはお前に言われなくてもわかっとる、ジャズに限らずギターは難しいんじゃい、ナメんなニワカが。という意見は重々承知しておりますが、例えばアタシのようにロックやブルースでギターに親しんだ人間にとっては、独特のコードやら、タダでさえ面倒臭い(失礼)ギター・ソロを、アドリブでしかもテクニナルに弾かなきゃならないジャズギターは、もう何度チャレンジしても「うむむ、よくわからんぞ」というものでありました。

ジャズの歴史を紐解くと、ジャズのギターが難しいのはそりゃそうで、例えばその初期の頃にソロ楽器だったトランペットやサックス、クラリネット等の楽器がスイスイと奏でるフレーズを、ギターの指板でもって再現するというのがそもそもの始まりだったようで、そのテクニック的にはもの凄い高度な熟練が必要な管楽器のソロ・フレーズを、ひたすら右手のピッキングと左手のフィンガリングでフォローしようというのは、コレ最初から難易度がものすごく高いんですね。

大体管楽器というのは単音に特化しておりますから、和音が吹けない代わりに、指運なんかはちょいと集中的にスケール練習をすれば、初歩的な早吹きは出来てしまいます。

それに比べてギターは元々が和音楽器、つまり左手は決まった形を抑えて右手はジャカジャカやればそれで一応の伴奏が出来る訳ですから、最初はそんな頑張ってソロを弾く必要はなかったんです。

それに、ジャズの世界でギターがソロ楽器としてスタートしなかった決定的な理由がもうひとつ、それは音量の問題です。

戦前のアメリカのジャズはビッグバンドが主流。しかも、ギターアンプが現場に出てきたのが1930年代も後半になってようやくですので、それまでは本格的なビッグバンドに在籍しているギタリスト達は、生音でひたすらちゃっちゃかちゃっちゃかとリズムを刻んでいるだけの存在であったんです。

で、1930年代後半に「エレキギター」という革命的な、ギタリストにとっは新型兵器とでも言っていい道具が登場します。

アンプにコードを差し込んで、ボリュームを上げればそれだけで管楽器に負けないぐらいのデカい音が出せるという訳ですから、これはもう世のギタリスト達にとっては魔法の道具でした。

そんなエレキギターを使いこなし、ジャズ・ギターの世界にて本格的な「ソロ楽器」としての演奏法を生み出し、今に至るまでのジャズ・ギターの歴史の根幹を築いたのが、本日ご紹介するチャーリー・クリスチャンでございます。

1916年生まれのチャーリー・クリスチャン、ジャズの世界でエレクトリック・ギターを最初に極めたレジェンドでありますが、ほぼ同じ年代で、1911年生まれのT・ボーン・ウォーカー(ブルース)、レス・ポール(カントリー)という、それぞれのジャンルでのエレキギターのパイオニアがおるということは、頭の片隅に入れといてもらいやしょう。この二人は実際に非常に重要な絡みがありますので。。。

で、クリスチャンはアメリカ南部のテキサスで生まれ、盲目のブルースマンだった父親の影響で、兄弟達と共に楽器を始めた彼は、まずトランペットを極め、そして十代の頃にギター、ピアノ、ベース、ヴォーカル、更には何とタップダンスや野球に至るまで、その非凡な才能を発揮しまくって、生活していたオクラホマ近辺だけでなく、南部一帯に「凄いギターを弾く小僧がいる」と噂になり、共演したテディ・ウィルソンやメリー・ルー・ウィリアムスといった先輩格のミュージシャン達も「彼のギターは本当に素晴らしい」と、口にするようになりました(2人共30年代を代表する凄腕のピアニストです)。

この頃のクリスチャンは、恐らく17とか19とか、そんな年齢だったでしょうが、単なるコード弾きだけでそんなに人を感動させるということはありえないことなので、少人数のセッションの時は「オレにもソロ弾かせてくれよ」と申し出て、当時絶大な人気のあったロニー・ジョンソンのスタイルで、華麗なアコースティック単音ソロを弾いていたのだと思われます。

で、この頃に同じステージでタップダンスのコンビを組んでいたのが、後に「モダン・ブルース・ギターの父」と呼ばれるT・ボーン・ウォーカー。

本業がギタリスト、しかも後にそれぞれのジャンルでエレキギターの草分けとなる者同士の2人が、副業のタップダンスで同じステージに立つなんて、何だか面白い話ですが、実際にあった話なんだそうです。

この時楽屋で2人はギターについて語ったかも知れません。もしかしたら楽屋にあったギターを弾き合って互いのプレイを讃えあったのかも知れません。もしくは共通のヒーローだったブラインド・レモン・ジェファソンの話にも花を咲かせたのかも知れませんね。

おっと、話が脇道に逸れました。

ギターで評判になり、”仕事”としてはマルチにどんな楽器でもこなせたクリスチャンに、決定的な転機が訪れたのは1939年、彼が23歳の時です。

相変わらずオクラホマを拠点に、ローカルバンドで活動していたクリスチャンの評判を聞いて、敏腕音楽プロデューサーのジョン・ハモンドという人が、彼をある目的でスカウトしようとやってきました。

この人はビリー・ホリディ、ロバート・ジョンソンを見出し・・・と言っても凄さはあんま伝わらんと思いますが、後にアレサ・フランクリン、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーンを世に送り出したといえば、少しは凄い人だと思ってもらえるでしょうか、とにかくその凄いスカウトマンが”ハタチそこらの凄いギタリスト”として評判だったチャーリー・クリスチャンの演奏をはるばるオクラホマまで聴きに来て、彼が当時まだ珍しかったエレキギターを使って繰り出す斬新で刺激的なギター・フレーズに一発で衝撃を受け「はい、OK」と、演奏が終わったチャーリーに

「君、今からロサンゼルスに行ってこの男のオーディションを受けなさい」

と、メモを渡しました。

そこには何と、当時”キング・オブ・スウィング”と言われて人気絶頂だったクラリネット奏者でバンドリーダー、ベニー・グッドマンの名前と会場の場所が書かれておりました。

実はジョン・ハモンドは、ベニー・グッドマンのアドバイザーでもあった訳です。

クリスチャンはロスに飛ぶ訳ですが、実はベニー・グッドマンは、その前にハモンドが連れてきたギタリストの採用に全く乗らず、あっさり蹴っております。クリスチャンなんか当時都会では全く無名のタダの黒人の若者に過ぎない訳ですから、当然大スターのベニー・グッドマンは興味なんか持ちません。

そのままクリスチャンだけを行かせても

「僕、オーディション受けに来たんです!」

「あ、そ。出口はあっちだ」

となるのは目に見えていたので、ハモンドはあれやこれや工作して、何とコンサートの真っ最中に台所から飛び入りするようにクリスチャンに指示を出します。

いきなりそんなことを言われて「え、でも楽器ないし・・・」と焦るクリスチャンに協力して

「面白そうな話じゃねぇか、なんならオレのギター貸すぜぇ。あ、コイツエレキギターってんだ、弾き方分かるかい?」

と、助け舟を出したのが、当時カントリーの世界で初めてエレキギターでブイブイのソロを弾いていたレス・ポールだったと云われています。

そんなこんなでベニー・グッドマンのステージに潜入したクリスチャン、食事に行っていた大スターが戻って来ましたら、何だか知らないヤツがステージの上でギターを持っている。何だ、年端も行かないガキじゃないか、どうせ目立ちたがりの田舎者だろうて、ひとつソロでも無茶ぶりして恥をかかして追い出してやれ、と、いきなり十八番の「ローズ・ルーム」をおっぱじめます。

関係者がヒヤヒヤと見守り、聴衆は優雅に食事を楽しみながら、恥知らずな若者がステージで失態を演じるのを期待しながら冷ややかな目で観ておりました。

やがて「ローズ・ルーム」、グッドマンのいかにも洗練を極めた優雅なソロが、微かな余韻を芳香と残して終わり、クリスチャンのギター・ソロへと順番が回って来ます。

それを受けたクリスチャンは、何ということか御大の吹くクラリネットと比べても全く遜色のない、美しく気品と機知に溢れた見事なソロを、それまでほとんどの人が聴いたことのないエレキギターという新しい楽器の新鮮な音色で、予定の枠を超えてとめどなく弾き続けている。

聴衆は食事の手を休めてその音に聴き入り、惜しみない拍手喝采を送ります。

本気になったグッドマンは、クリスチャンのソロの合間にまた見事なクラリネットで応報、更に自分のソロの後半になると、クリスチャンに「おい、続けろ」と目で合図を送るのです。

かくして3分の予定が何と45分になった「ローズ・ルーム」は伝説の名演と呼ばれ、クリスチャンの名もアメリカ全土に知れ渡り、当然この23歳の若きギタリストは、たった一度のプレイでベニー・グッドマンの心を射止め、晴れてバンドのレギュラー・メンバーの座を獲得するのでありました。

その一ヵ月後にはグッドマン・セクステットの一員として憧れの大都会、ニューヨークの住人となったクリスチャンは、一流の証、カーネギー・ホールのステージでも演奏し、更にミントンズ・ハウスでもって同年代のディジー・ガレスピー、セロニアス・モンクらと共に夜な夜なセッションを繰り広げ、後にビ・バップと呼ばれるモダン・ジャズの誕生にも関わることになりますが、1942年、25歳の春の日に肺結核によってあっけなくその生涯を終えております。


(ギター・レジェンド・シリーズ)

【パーソネル】
ベニー・グッドマン(cl)
フレッチャー・ヘンダーソン(p)
ライオネル・ハンプトン(vib)
チャーリー・クリスチャン(g)
アーティ・バーンスタイン (b)
ニック・ファトゥール(ds)

【収録曲】
1.セヴン・カム・イレヴン
2.ホーリー・キャッツ
3.グッド・イナフ・トゥ・キープ
4.フライング・ホーム
5.ボーイ・ミーツ・ゴーイ(グランド・スラム)
6.ベニーズ・ビューグル
7.ゴーン・ウィズ・ホワット・ウィンド
8.ブレックファースト・フュード
9.アズ・ロング・アズ・アイ・リヴ
10.ロイヤル・ガーデン・ブルース
11.ローズ・ルーム
12.シックス・アピール(マイ・ダディ・ロックス・ミー)
13.ティル・トム・スペシャル
14.アイ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー
15.ウェイティン・フォー・ベニー(ア・スムース・ワン)
16.ブルース・イン・B
17.ソロ・フライト


「もしも長生きしていたら」

ということが、天才らしく盛んに言われる人ではありますが、その演奏において彼は「ジャズ・ギターで出来るカッコイイことの基本」は、恐らく全てやり尽くしてしまったと言えます。

現にケニー・バレル、タル・ファーロウ、グラント・グリーン、ジョー・パス、ウェス・モンゴメリーからジョージ・ベンソン、ジョン・スコフィールド、パット・メセニー、アラン・ホールズワースに至るまで、およそ「ジャズ・ギタリスト」と名乗る全ての人の演奏には、クリスチャンからの絶対的な影響が、その話し言葉に近いフィーリング豊かなピッキング/フィンガリングから流れてくるのです。

で、若くして亡くなったチャーリー・クリスチャンには「ソロ・アルバム」というのがありません。

ええぇ!?何で?今クリスチャンのアルバムを紹介しておいてそれ!?

と、お思いの方、多いと思います。

はい、実はこのアルバム「オリジナル・ギター・ヒーロー」も含め、彼が生前に残したアルバムは全て(ミントンハウスのチャーリー・クリスチャンは、公式なレコーディングでもないし特定のリーダーを置かないセッション・アルバムでございますから・・・)ベニー・グッドマン・セクステットにおけるサイドマンとしての参加作なのです。

1938年から亡くなる前年の1941年まで、このバンドでクリスチャンが残した楽曲は全部で98テイク。これを多いと見るか少ないと見るかは置いといて、とにかくコレが”ジャズ・ギターのパイオニア””エレキギターの革新者”チャーリー・クリスチャンの全てなんです。

メンバーを見てください。ベニー・グッドマンにライオネル・ハンプトン、フレッチャー・ヘンダーソンと、それぞれがビッグバンドを率いて、しかも絶大な人気を誇った大物中の大物がフロントに顔を揃えている中で、20代半ばの若きギタリストの音の何と力強く、気品と貫禄に溢れていることか。

ぶっちゃけ「どうせサイドマンなんだろ」と、最初はアタシも思っておりましたが何が何が、小編成ながらその一音一音に、30年代スウィング・ジャズの”粋”の全てを凝縮したようなバンド・サウンドの中で、やっぱりソロになると空気が一気に輝きだすそのメロディアスなギターの神髄を、未聴の人はぜひ聴いてちょうだいなと。

「天才」「革命家」と、アタシゃ散々言ってきましたが、実はクリスチャンのプレイはノリや勢いや大胆さだけで衝撃を与えるものじゃあない。むしろそういう「消費される刺激」の地平からは一番遠いところにある、いつまでも上質な光沢が色あせないものなんだなぁと、今丁度「ローズ・ルーム」を聴きながらほんわり考えています。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年05月06日

ザ・ジェフ・ヒーリー・バンド ヘル・トゥ・ペイ

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ザ・ジェフ・ヒーリー・バンド/ヘル・トゥ・ペイ
(ソニー・ミュージック)


只今せっせと書いております、ソニーから出た税込み¥1080のイカした企画「ギター・レジェンド・シリーズ」お楽しみ頂けてますでしょうか。

このシリーズで再発されているものは、アタシ個人的にはもちろん、ブルースや70年代のロックにハマるきっかけとなったアルバムや、ギターにのめり込むきっかけとなったギタリストのアルバムが多く、もうきゃっきゃしながら記事を書いておりますが、もちろんそれは単なる思い出補正だけでなく、改めて聴き返しても、そのアーティストや作品の持つ魅力というものが何にも勝っているからだろうと思いますので、今正にギターを弾いている方がもしこのブログを読まれておられますならば「何かギターのカッコイイやつ聴きたいな〜」と思った時の参考になさってください。

さて、本日ここで紹介致しますのは、このシリーズの中でも最も異色のギタリストと言っていいでしょうカナダが生んだ盲目の天才、ジェフ・ヒーリーであります。

はい、最初で大風呂敷を広げて申し訳ないのですが、彼の演奏自体は実に正統派。ブルースに影響を受けたロックの王道そのものなんでございますが、異色というのはこの弾き方です↓

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ギターを膝に置いて弾くこのスタイル

「おっ、スライドギターか!?」

と、思わせて、コレで速弾きからコード・カッティングまで、何でもこなすからぶっ飛びです。

ジェフがこの独特のスタイルになったのは、やはり盲目であるが故。

1歳の頃に癌を患い、視力を失ってしまった彼は、その後ギターを手にした時、全て耳コピの独学で覚えたといいます。

左手の親指まで広く使ったフィンガリングは、自然と自由度の高い独特の奏法を生み出し、地元カナダでバンド活動を始めてからは「ギターを膝に置いて物凄いテクニックで弾くヤツがいる!」と話題になり、22歳でデビュー。

このデビュー作がまた、適度に泥臭いブルース・ロックで最高なんですが、デビュー翌年の89年に、当時大人気だったパトリック・スウェイジ主演の映画(「ロードハウス肩〜孤独の街」)に「主人公の仲間で盲目のギタリスト」というまんまな役で出演したら、コレが結構な話題となって、アメリカで知られることとなりました。

でもって、その人気の余波を受けて1990年にリリースされたセカンド・アルバム「ヘル・トゥ・ペイ」を、本日はご紹介します。





(ギター・レジェンド・シリーズ)
【収録曲】
1.フル・サークル
2.アイ・ラブ・ユー・トゥー・マッチ
3.アイ・キャント・ゲット・マイ・ハンズ・オン・ユー
4.ハウ・ロング・キャン・ア・マン・ビー・ストロング
5.レット・イット・オール・ゴー
6.ヘル・トゥ・ペイ
7.ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
8.サムシング・トゥ・ホールド・オン・トゥ
9.ハウ・マッチ
10.ハイウェイ・オブ・ドリームス
11.ライフ・ビヨンド・ザ・スカイ


はい、デビュー・アルバムでは自身のルーツであるブルースやサザンロック・テイストのサウンドの中で、その縦横無尽なギターの醍醐味を楽しませてくれたジェフ・ヒーリー。

本作ではよりポップで音楽的な幅を拡げた彼の、セカンドにして激しさと、成熟すら感じさせる懐の深い曲と歌とギターの持ち味が花開いておりますね。


2曲目「アイ・ラヴ・ユー・トゥー・マッチ」では、この人が参加すること自体がもうギタリストとしての保証書みたいなもん、のマーク・ノップラーが、ビートルズのカヴァーであるところの7曲目「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」には何とジョージ・ハリスンが参加しており、それぞれ粋なギターに絡む粋なギターで華を添えております。

楽曲はブルース・スプリングスティーンっぽい、弾けたスタイルのアメリカン・ロックに、ブルース/カントリーの哀愁溢れるバラードです。

本人の声の渋さもあって、もうアルバム5枚ぐらい出した中堅ロックスターみたいな貫禄ですが、聴いて一発ですぐにそれと分かるアタック強めでどこまでも伸びてゆくやんちゃなギター故に、タダのポップなアルバムでは終わらせてくれません。

聞くところによるとジェフ・ヒーリーは、この時期のライヴではフェンダー・ジャパンの入門モデル"スクワイヤ"のギターに、アンプもマーシャルの、練習スタジオにあるJC、エフェクターに至っては、マルチエフェクター全盛のご時世(1990年)に、安物のコンパクト・エフェクターをポンポンと繋げただけのセッティングで、凄まじい音出してたんだとか・・・。

そうなんです、この人のプレイ聴いてると、ロックだからとかブルースだからとか、曲がポップだとかそんなことはどうでもよくて、どんな曲でもどんなアレンジでも、鋭くて芯のあるギターが「ギュイーン!」と鳴り響く快楽に、耳を奪われるって最高だなー!ってなるのです。



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年05月04日

スティーヴィー・レイ・ヴォーン ライヴ・アライヴ

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スティーヴィー・レイ・ヴォーン/ライヴ・アライヴ
(ソニー・ミュージック)

さて、中学の頃に「アトランティック・ブルース・ギター」というオムニバスを購入して、アタマが悪いなりにブルースについてはいっぱしに分かった気になっておったアタシ。

大好きだったのは、やはり前半に収録されていた弾き語り系のディープなブルースマン達の音源だったんですが、高校に入ってエレキギターというものを買って自分でいじくるようになってまいりますと、この耳が若干変わってきます。

エレキギターというものには、独特の快楽がありますね。

それまでイトコの兄ちゃんから貰ったアコギでじゃんじゃかやっているうちは分からなかったんですが、あの、単音で「キュイーン」とやる、そうそれです、チョーキング。コレが実に気持ちのいいもんだと、実際にエレキギター(グレコのレスポールカスタム黒)を買って、アンプに突っ込んで弾いてみて初めて分かった。

もちろんその頃は超の付く初心者で、ソロなんかとても弾けたもんじゃあございません。なので見よう見まねのハッタリで「キュイーン、キュイーン」とだけやっておりました。

その時にふと思ったんですよ。

「これはもしかしてブルースいけるんじゃ?」

そこで・・・そん時はパンクやメタルに夢中になっておったんですが「そういや家にあったぜぇブルースのCD♪」と、思い出して「アトランティック・ブルース・ギター」を聴いてみたんです。

で、とりあえずB.B.キングとか、名前は知ってるけど、最初に聴いた時は良いとも悪いともピンとこなかったモダン・ブルースマンの人達の演奏をじっくり聴いてみることにしました。

そしたらそれまで全く意識してなかったレジェンド達の”泣きのギター”がグッときて

・・・・とはなりませんでした。

まぁその、高校生とはいえ、まだまだアタシはアタマの悪い十代であることに変わりはなかったんです。まだまだ激しさだったり速さだったり、そういう刺激の強い音楽が最高だと、どこかで思っておったんでしょう。B.B.もT・ボーンも「何か渋いな」とは思っても、そのギター・テクニックを手前のモノにしようなんてまだまだ思えず、というか「こういう風に弾けたらカッコイイとは思うんだけど、はて、何をどうすればいいのかよく分からない」というのが正直なところ。てれ〜っと適当に流しながらしばらく途方に暮れていたんです。

が、トラックが進んでいよいよコレが最後という20曲目、ここに収録されていたスティーヴィー・レイ・ヴォーンの「テキサス・フラッド」のライヴ・テイク。

コレが、最初に感動した「モダン・ブルースのギター・プレイ」でありました。

何がどうとか言われると、未だに返答に困ってしまいますが、ライヴ録音というリアリティ溢れる録音環境とか、その中でほとんどソロん時はアドリブでガンガンに盛り上がってゆく熱を帯びた演奏、そして何よりダイレクトにガツーンとクる、ギターの音そのものの強さ、そんなものに一気に「うわー!凄い、こんなにカッコ良かったんだ!!!」と、コロッと。もうコロッといってしまいました。

で、この演奏が入ってるスティーヴィー・レイ・ヴォーンのライヴ・アルバムが欲しくて、親父に訊いたら

「おー、レイ・ヴォーンだったらライヴは確か1枚だけ出しとるなー」

と、探して取り寄せてくれたのがコチラ。




(ギター・レジェンド・シリーズ)
【収録曲】
1.セイ・ホワット
2.エイント・ゴナ・ギヴ・アップ・オン・ラヴ
3.プライド・アンド・ジョイ
4.メアリー・ハド・ア・リトル・ラム
5.迷信
6.アイム・リーヴィング・ユー
7.コールド・ショット
8.ウィリー・ザ・ウィンプ
9.ルック・アット・リトル・シスター
10.テキサス・フラッド
11.ヴードゥー・チャイル
12.ラヴ・ストラック・ベイビー
13.チェンジ・イット


はい、今でこそスティーヴィー・レイ・ヴォーンのライヴ音源は色々出揃って、動画もたくさん観ることが出来るようになりましたが、生前に彼が残した唯一のライヴ・アルバムといえばもうコレ。

中身は85年7月16日のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルと、86年7月17日/18日のテキサス州オースティンのオペラ・ハウスに7月19日の同じくダラスのスターフェストでの演奏を収録したものであります。

レイ・ヴォーンって人は、とにかく現場での盛り上がりを大事にする人で、自身もノッてくるとギターソロなんかアドリブでガンガンぶっ飛ばす人なんです。

だからライヴでは、スタジオアルバム収録の曲は必然的に長くなりますので、このアルバムも収録時間長いです(LPの頃は2枚組だった!)。

「スティーヴィー・レイ・ヴォーンのライヴはアレ、アドリブでソロ弾いとるからね」

この親父の一言が、アタマの悪い高校生だったアタシの興奮に火を点けて、もう夢中にさせてくれました。

だってほれ、ロックの曲つったらイントロがあってー、歌があってー、決められたギターソロがあってー、歌があってー、エンディングでー、と、流れ完全に決まってるもんだーってアタシ思ってましたから。

それがアドリブで、その場でひらめいたフレーズ弾いてるってんだから、もうギター弾き出しのぺーぺーの小僧には、あぁ、これはスティーヴィー・レイ・ヴォーンって人は神か天才か何かだ、って思いますよね。

で、1曲目はインストだし、2曲目のスロー・ブルースも、歌までに長めのソロがあるから「こ、これがアドリブかー!」と大興奮して、ちょいと話は飛びますが、翌月にレイ・ヴォーンのデビュー・アルバム「テキサス・フラッド〜ブルースの洪水」を買って収録曲を聴き比べてみたら本当にソロも曲の長さも違って

「お、お、おー、すげー!」

と。

もうアホですねぇ・・・

でも、そんなパンクとメタルと歌謡曲しか知らないような、1年生なギター小僧にとって、レイ・ヴォーンは初めての「ギターヒーロー」として、ギターのカッコ良さ、その基本と究極を、本当にたくさん教えてくれました。

実はこのライヴ、オーバーダビングの部分が多かったり、レイ・ヴォーン自身が「あの時は体調悪くてね・・・」とインタビューで言ってちゃったことが必要以上にネガティブに解釈されて今に至る感があるんですが、そんなこたぁしゃらくせぇことです。

ギターのキレ、特に「Pride And Joy」「Texas Flood」ジミヘンのカヴァー「Voodoo Chile」からの「Love Struck Baby」の、アドリブonアドリブの畳み掛ける凄まじい展開に、ブルースやギターが好きな人で興奮しない人はおらんでしょう。

死後にレイ・ヴォーンのライヴ作品や映像が次々リリースされても、このアルバムの価値は変わりません。みんなで聴こう♪


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2017年05月03日

ベスト・オブ・ブルース・ギター(アトランティック・ブルース・ギター)

スティーヴィー・レイ・ヴォーンのことを書いていたら、ふとこのアルバムについて思い出しました。




その昔「アトランティック・ブルース・ギター」というタイトルで出ておりましたブルースのオムニバス盤です。

まだブルースのことなんかよくわからない、頭の悪い中学生の時に、親父に薦められるままに購入したんですが、このオムニバスに入っていたミシシッピ・フレッド・マクドウェルの凄まじさにまずヤラれ、それからブラインド・ウィリー・マクテルジョン・リー・フッカーTボーン・ウォーカーB.B.キングアルバート・キングギター・スリムなどなど、ブルースの有名どころの名前のほとんどは、最初にこのアルバムで覚えました。

アタシにとっては(今も)素晴らしい教科書のような一枚です。

で、このアルバムの最後に入っていたのがスティーヴィー・レイ・ヴォーン。

ブルースの、そりゃもう神様みたいに凄い人達のプレイの中にあって、コノ人のプレイはヒーローでした。

はい、そんな感じのことを思い出しながらレイ・ヴォーンのことを書き進めております。

あ、この「アトランティック・ブルース・ギター」は、再発の時に「ベスト・オブ・ブルース・ギター」というタイトルになったみたいです。

今は中古しか出回ってませんが、ブルースに興味のある方はもちろん、結構レアな音源(ライヴだったり)も多いので「いや、ほとんど持ってるよ」という方もぜひ見つけたらゲットして聴いてみてくださいな♪
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