ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年09月06日

ブギー・ウィズ・キャンド・ヒート

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キャンド・ヒート/ブギー・ウィズ・キャンド・ヒート
(ユニバーサル)

前回に引き続き、アメリカが生んだゴキゲンなブルース・ロックの元祖、キャンド・ヒートをご紹介します。

えっと、ファースト・アルバムをやりましたんで、今日はアタシにしては珍しく(?)順序よく、セカンド・アルバムをご紹介しましょうね。

時は1967年、アメリカでは西海岸発のヒッピー文化の盛り上がりと呼吸を合わせるように、カジュアルでやかましくてフリーダムな若者の、若者による若者のための音楽、そう”ロック”が一大ムーブメントを巻き起こしておりました。

よく「ロックンロールとロックの違いって何なの?」という、実に良い質問を頂くことがありますが、細かく言えばいくらでも細かく答えられるこの究極の問いに

「うん、ロックンロールって50年代にカッコ良くスーツやジャケットを着こなしてやるバンド音楽で、ロックってのはTシャツにジーンズ着てやってもいいんだぜ!ってのを世界で初めて言ってみせたカジュアルなバンド音楽だったんだ」

と、割とサックリ答えるようにしてます。

そうなんです、Tシャツとジーンズってのは、言ってみれば肌着と作業着で、50年代までは「そんなもんで人前に出るんじゃない!」と言われた服装なんですよ。

でもロックは

「そういう常識を打ち破ろう!」

というところから出てきてるんですね。

で、最初はそういう反抗から来ている若者ファッションは”サイケデリック”というキーワードでもって、段々カラフルでオシャレなファッションになり、ここで”カジュアル”というオシャレの定義が完成してゆく訳です。

考えてみれば英国ではビートルズを筆頭に、軍服をモチーフにした衣装なんかでみんなビシッとキメているバンドが多かったのですが、アメリカの若者意識の中には「アレと正反対のことをやって、オレ達のオリジナルなカルチャーを作るぞー!」という考えもあったのかも知れません。

ロックのその初期のサウンドやスタイルを見聞きしていると

「イギリス→オシャレでまとまっている」

「アメリカ→ワイルドでやさぐれとる」

という図式があてはまるのも、こういった若者意識の違いなんですね、えぇ多分。

で、キャンド・ヒートは、そんな”Tシャツにジーンズ”の西海岸ヒッピー連中のカリスマでありました。

ライヴでは彼らのタフで荒削りなサウンドでハイになることを求めてやってくる、ヒゲぼーぼーなヤツ、頭から靴まで奇抜ファッションに身を固めたヤツとか、とにかく男女問わずぶっ飛んだヤツらがそのサウンドに敬意を表し

”キング・オブ・ブギー”

と、いつしか彼らのことを呼ぶようになりました。

大体ヒッピーになるような人達は、ええとこの坊ちゃんとかお嬢ちゃんが多くて、ブルースなんて聴いたことなかったんですね。そんなところにキャンドヒートの強烈に泥臭いブルースのカバーなんかにガツーンとヤラレた日にゃあでしょう。

西海岸近辺で人気者になったキャンド・ヒートは、そのままの勢いで、ウッドストックとモンタレー・ポップ・フェスティバルという2大フェスに出演し、そこでもワイルドなパフォーマンスで聴衆を圧倒。

どっちかというとこの2大フェスに出たことが、彼らの人気を決定的なものにして

「キャンドヒートって知ってる?」

「おぉ、アイツらやべぇ!オレこの前のモンタレー行ったんだよ!アイツらのやってる音楽、ブルースなんだってな」

「マジか?ブルースって黒人が昔やってた音楽じゃなかったのか?」

「そうなんだけど違うんだ。いや、オレらが知らなかっただけで、ブルースってヤバかったらしいぜ」

「どうヤバいんだよ」

「え?どうって、とにかくブギーだよ!バカになってノリまくって踊りまくる音楽だって話だ」

と、ブルースやブギーに対する正しい認識も、アメリカの”それまで健全だった若者”に広めてゆくことになります。



【収録曲】
1.イーヴル・ウーマン
2.マイ・クライム
3.オン・ザ・ロード・アゲイン
4.ワールド・イン・ザ・ジャグ
5.ターペンタイン・モーン
6.ウィスキー・ヘデッド・ウーマンNo.2
7.アンフェタミン・アニー
8.アン・アウル・ソング
9.マリー・レヴォー
10.フライド・ホッケー・ブギー


キャンドヒート人気がそんな感じで盛り上がっている頃に、ドカンとリリースされたのが、このセカンド・アルバムであります。

前作は愛とやさぐれが目一杯籠ったブルースのカヴァ―でありましたが、今回は渾身のエグ味溢れるオリジナル曲を書き上げております。

そしてファーストをリリース直後に早速メンバー・チェンジがあって、アドルフォ・デ・ラ・バラという実力派と呼ばれたドラマーが参加してるんですが、まぁこの人のドラムが実に安定感があって、粘り気のあるビートを繰り出してくるドラムで、単純に演奏の上手さで言えば、全く見違えるようにバンド・サウンドにまとまりが出ております。

しかし、中心メンバーであるフロントのボブ・ハイトのクセの強いヴォーカルとブルースハープ、そしてアル・ウィルソンのクセになるスライドギターの魅力は、例えバンドの音がキッチリとまとまったグルーヴを出すようになってもちっとも大人しくなりません。どころか安心して好きにできるリズムを得て、それぞれの持つ勢いとテクニックを存分に発揮しておりますね。

アルバムそのものは、ロック・テイストが強くなりつつ、楽曲自体は彼らのトレードマークである”ブギー”が主体です。つまりミディアムからちょい速いテンポに乗って、シンプルなリフでガツガツとノレるブルースロックです。

ドロドロとした呪文のようなヴォーカルと鋭いギターソロ、ねっとりとしたハープが絡む@から、マディ・ウォーターズ「フーチ・クーチ・マン」スタイルの楽曲として、アレンジもスライドギターのソロもかなりキてるA、アル・ウィルソンのほよほよ脱力したヴォーカルが泥臭いバックと不思議な溶け合いで中毒性の高いBから、フリー・セッションなラフさでグイグイのせてくるEIなどなど、パンチの効いたブルースとサイケデリックなロック・サウンドとのごく自然な(でも十分イカレた)融合な味わいがたまんなくイイです。

にしても相変わらず「綺麗にまとめてやろう」なんて気持ちが微塵もないところに、総じてアタマの悪い感じのタフでラフでワイルドな、アメリカンロックの真骨頂を見ますね〜。

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2017年09月04日

キャンド・ヒート(Canned Heat)

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キャンド・ヒート(Canned Heat)
(ユニバーサル)

60年代にイギリスの若者達が、アメリカのちょい昔のブルースやR&Bを「カッコイイ刺激的な音楽」として聴き狂い、バンドやってる連中はそれらのブラック・ミュージックのサウンドを競って自分達の演奏スタイルの中に取り込んで行きました。

こうやって誕生したのがブルースロックです。

ジョンメイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズを皮切りに、ヤードバーズ、そしてローリング・ストーンズといったイギリスのバンド達が、本国アメリカではとっくに昔の音楽となっていたブルースを、最先端の”ロック”として生まれ変わらせたんです。

一方ブルースを生んだ国、アメリカの若者達の中でも、ブルースは流行の音楽でこそなかったものの、南部のローカルバンド達にとっては重要なレパートリーであり、そして都市部の熱心なファンの間では、古いブルースのレコードは、熱心にコレクションしてじっくりと聴き込むための大切なツールでありました。

やがてイギリスでブレイクしたブルースロックが逆輸入される形でアメリカに上陸、ここで多くのミュージシャン志望の連中に刺激と衝撃を与え、アメリカでも「ブルースをロックでやるとカッコイイ」という価値観がジワジワと浸透してゆくのです。

元より、両国の白人青少年の間では、ブルースに対する認識には若干の違いがありました。

イギリスでは”オシャレでワルでクレイジーな音楽”という認識、アメリカではそれプラス”自分達のルーツのひとつとして見直されるべき音楽”という認識があったんですね。

ブルースを、特に戦前の古いブルースを熱心に愛好する都市部の若者達はそういった思いに突き動かされて、戦前に録音を残したブルースマン達を南部へ探しに行って”再発見”し、彼らをステージへと上げるように尽力しました。

そうやって”フォーク・ブルース・リヴァイバル”という空前のブームが起こり、一方でアメリカはアメリカの、フィーリングとスピリッツに溢れたブルースロックがそのまま”ロック”へと進化して・・・という、現在へと脈々と受け継がれる流れを生むのですが、本日はそんなアメリカのブルースロックの立役者、いやもうこの人達を抜きにしてはブルースロックもアメリカンロックも語れんでしょうというキャンド・ヒートというバンドをご紹介致します。

キャンド・ヒートは実は日本ではあんまり有名じゃありません。

ロックという意味ではジミヘンやジャニス・ジョプリン、ドアーズなど、強烈なカリスマと独自の音楽性を持った人達に存在として圧倒され、ブルースロックという意味では王道のシカゴ・ブルース・スタイルで多くのファン心を掴んだポール・バターフィールドに、それぞれ知名度は劣ります。

しかし、キャンド・ヒートの初期のアルバムには、このバンドならではの古いブルースへの深過ぎる愛と、洗練なんぞクソくらえなローファイ&やぶれかぶれなオリジナリティに満ち溢れた、たまらん味わいがあります。

喩えれば90年代以降にアタシ達にブルースのカッコ良さを、ロック・サイドから教えてくれたローファイでダーティなジョン・スペンサーやベック、G・ラヴ&ザ・スペシャルソースなんかの音楽性の元をたどって生けば、絶対にこの人達にブチ当たるんじゃないかと。そんぐらいやさぐれとりますし、何というか非常に好感の持てる、独特の”オタク臭”がするんですよ。




【収録曲】
1.ローリン・アンド・タンブリン
2.ブルフロッグ・ブルース
3.素敵な悪魔
4.ゴーイン・ダウン・スロー
5.ナマズのブルース
6.ダスト・マイ・ブルーム
7.ヘルプ・ミー
8.ビッグ・ロード・ブルース
9.ザ・ストーリー・オブ・マイ・ライフ
10.ザ・ロード・ソング
11.リッチ・ウーマン
12.オン・ザ・ロード・アゲイン (オルタネイト・テイク) (ボーナス・トラック)
13.ナイン・ビロウ・ゼロ (ボーナス・トラック)
14.TVママ (ボーナス・トラック)


1960年代中頃に、アメリカは西海岸の大都市ロサンゼルスで、熱心なブルース・レコードのコレクターであったボブ・ハイト(ヴォーカルとブルースハープ)とアル・ウィルソン(ヴォーカルとギター)が

「なぁ、ブルースやりたくね?」

「やりてぇ」

という気持ちだけで結成し、バンドの名前を戦前の”元祖クロスロード伝説”を持つブルースマン、トミー・ジョンソンの代表曲から取ったのがキャンド・ヒートです。

何が偉いってアナタ、この時代バンドやってる連中のブルースといえばやっぱりシカゴ・ブルースで、マディ、ウルフ、ボ・ディドリーにチャック・ベリー、はたまたB.B.キングだった時代に

「戦前のミシシッピ・デルタのブルースがよぉ」

と、(主に)アコースティック弾き語りのブルースマン達の音源を幅広く聴き込み、しかも単なるリスニングオタクにとどまらず、そのディープなフィーリングと演奏法を自然と出来るようになるまで楽器で覚え込み、更に単なるコピーじゃなくて、それをバンド・サウンドでやってみせたってのが、コノ人達の素晴らしいところなんですよ。

「ローリン・アンド・タンブリン」「ナマズのブルース(キャットフィッシュ・ブルース)」「ビッグ・ロード・ブルース」などなど、戦前から歌われている生粋のディープ・サウス・ブルースの名曲達が、野太いヴォーカルとハープ、絶妙な”間”とシンコペーションでギャインギャイン暴力的に鳴り響くスライド・ギター、まとめる気なんて何もないヤケクソな弾きっぷり/叩きっぷりなんだけど、実は粗削りでワイルドなウルーヴをしっかり生み出しているベースとドラムでリアルに蘇っている様を体験してください。

この後、どんどんオリジナル曲もやるようになって、演奏のクオリティもグッと上がるキャンド・ヒートでありますが、やっぱりローファイ&やさぐれた雰囲気上等のこのファーストは味わいの塊であります。スタイリッシュなブリティッシュ・ブルースロックとは真逆のアホッぽさ最高です。

ブルースが好きで、好き過ぎてついバンドまで組んでしまったこの愛すべきバカヤロウ達の魂を聴いてください。



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2017年09月02日

白刀豆粒100% 280錠

アタシは物心付いた時から蓄膿症なんです。

鼻が詰まる、鼻水が出る、そして厄介な頭痛。

蓄膿症の頭痛は、眉間とか顔の奥からズーンと重たく痛くて、頭痛くて集中力が欠けたり、大事なことが頭に入らなかったり、ひどい時は吐き気までくる、本当に厄介なヤツなんですよ。

病院治療は膿を出すための薬液注入のネブライザーと、手術です。

手術はやったことないですが(怖い)ネブライザーは通うと確かに効果があります。

でも、蓄膿の問題は、アタシの場合は骨の構造らしく、しばらくするとまた膿が溜まってしまって、また症状が出ます。

かといって今は病院に通う時間もない・・・。

だから「白刀豆」。

なた豆は悪いものを排出する効果があるとされ、漢方薬でも使われております。

「お通じをよくして、鼻炎や蓄膿に効いて、口臭も抑えるよ」

と言われた健康食品のなた豆茶とか、今も根強い人気ですね。

サプリの白刀豆粒もいい感じです♪



こういったサプリはあくまで健康補助食品ですから、病院の治療や薬みたいに「劇的に効いた!」「すぐ治った!」という効果でなく

「飲み続けて徐々に改善されて、悩みの種だったキツい症状が、気付いたら出なくなっていた」

というものを期待しましょう。

でも、考えてみたら「劇的によくなった!」よりも「徐々に楽になった」というのが一番いいんですよね。
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2017年08月30日

ジョン・コルトレーン ライヴ・イン・ジャパン

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ジョン・コルトレーン/ライヴ・イン・ジャパン
(Impulse!)


奄美では一昨日が旧暦の七夕。

七夕というのは今では短冊に願い事を書く祭り、みたいになっておりまして、小さな子供達がそれぞれ純粋なお願いを書く姿というのは、それは微笑ましいものでありますが、ここ奄美での”旧の七夕”は、お盆の時に天から帰ってくるご先祖様が、我が家の場所を見失わないようにと、長い長い笹竹にきらびやかな飾り付けをして目印にするものでございます。

この際、願い事の短冊はほとんど飾られることはありません。

無言で風にそよいでいる、色とりどりの七夕飾りというのは、何とも言えない風情があってよろしいものでございますね。

で、7月17日に亡くなったコルトレーンを偲んで、彼の素晴らしい音楽を世の人らに広く知らしめようと(といってもこんな辺境ブログに来る人なんて極めて少数だとは思いますが・汗)特集をしております。

そいでもって毎年この旧暦の七夕からお盆の時期に、コルトレーンを集中的に聴くことになるんですが、特に晩年の演奏は、何とはなしにあの世の香りがするというか、どこか別次元の安らぎに満ちているというか、そんな感じがしますので、奄美大島の、無言で風に揺れる七夕飾りに、コルトレーンの音楽をBGMとして脳内で被せてみたりすると、これがとてもしっくりくる。

もちろんコルトレーンは日本人じゃないし、多分旧暦の七夕なんて知らなかったんでしょうが、まぁそういう情緒というか心の風景的なものは、感じる人の心の中では境界もなく溶け合うんだなぁと「大コルトレーン祭」最終日の今日、しみじみと思っております。

さて、じゃあ心の中で日本的な精神世界とコルトレーンの”ジャズな精神世界”がシンクロしたところで、そんな日にふさわしいアルバムを今日は皆さんに紹介致しましょう。

コルトレーンは生涯で1度だけ日本に来て演奏しております。

60年代以降「ジャズの大物は日本に来て稼ぐ」というのが、割と常識っぽくなってきて、実際何度も来日しているジャズマンは多いのに、コルトレーンほどの有名人、コルトレーンほど日本ウケするアーティストがたった1回しか来日してないなんて(!)と、ちょっとでもジャズに詳しい方はびっくりするかも知れません。実際アタシもびっくりしました。

理由はやっぱりコルトレーンが40歳という若さで亡くなってしまったこと。デビューしてブレイクして、日本でも有名になるまでに、やや時間が足りなかったということ。めまぐるしく音楽性を深化させてゆくコルトレーンに、実はリアルタイムのジャズファンの中では、やはり賛否両論の”否”の声も結構あったということが大きいと思います。

あの〜、アタシはハタチそこらの、コルトレーンにハマりだした頃に、当時リアルタイムでジャズ熱心にジャズ聴いてた人達に話を訊いたことあるんですが

『やっぱり60年代はまだまだ”ファンキー”がジャズ好きのほとんどだったよね。アート・ブレイキーとかキャノンボール・アダレイとか、ミルト・ジャクソンの何だっけアレ?あぁ、モダン・ジャズ・カルテットね。マイルスは別格として、そういう”黒っぽくて分かりやすいジャズ”が人気があった。コルトレーン?いやいや、コルトレーンとかミンガスとかモンクはね、ニュージャズって呼ばれてたの。あの辺聴くヤツらは熱心なんだけどどこかおっかないなって、ちょっと距離置いてたね。だからその辺がジャズ喫茶なんかで好まれるようになったのは70年代だろうね、元々のジャズ好きの中に寺山修司とか白石かずことかね、演劇とか文学とかでもちょっと前衛なやつを好む連中が増えて・・・そいつらがジャズのとこにもやってきてあーでもないこーでもないとやりだしたのはコルトレーン死んじゃった後だよ。少なくとも60年代にはあんまりなかったなぁ、新宿以外ではね(笑)』

ということらしいです。

だから1966年7月の、ほぼ15日間に及ぶコルトレーンの日本ツアーも、正直このちょっと前に来ていたビートルズみたいに「凄く盛り上がって行く先々で旋風が巻き起こった」という訳にはいかなかったみたいです。

加えてこの時にマッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズが抜けた”新生ジョン・コルトレーン・バンド”のアルバムはまだ日本で発売されておらず、ファラオ・サンダース、アリス・コルトレーン、ラシッド・アリというメンバーの名前を見ても

「何?コルトレーンのツアーはマッコイとエルヴィンが来られなくなっちゃったから代役ばかりじゃねぇか。メンバーほとんど知らないやつらばっかりだぞこれ!」

と、色々と誤解もあって集客はままならず。

しかし、たとえ集客もまばらな会場であっても、強行軍のスケジュールで心身共にヘトヘトであっても手を抜いた適当なプレイでお茶を濁すコルトレーンではありません。

この『ライヴ・イン・ジャパン』という素晴らしいアルバムに刻まれた、一瞬たりとも気が抜けることがない渾身の生演奏は、それこそコルトレーンの全ライヴ音源の中でも屈指、いやいや、その高い芸術性において、これは人類の遺産として歴史にその名を深く刻まれて然るべきものであると言えましょう。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss,as,per)
ファラオ・サンダース(ts,as,bcl,per)
アリス・コルトレーン(p)
ジミー・ギャリソン(b)
ラシッド・アリ(ds)


【収録曲】
(Disc-1)
1.アフロ・ブルー
2.ピース・オン・アース

(Disc-2)
1.クレッセント

(Disc-3)
1.ピース・オン・アース
2.レオ

(Disc-4)
1.マイ・フェイヴァリット・シングス

(Disc-5)
1.記者会見
2.3大学の学生による共同インタヴュー
3.プライヴェート・インタヴュー



この時期のコルトレーンは、もう定型の”ジャズ”という表現から大きくかけ離れ、リズムもメロディーも、その約束事の呪縛から徹底的に解放を目論んで、結果それが成功している演奏スタイルであります。

ラシッド・アリの「空間断裁細切れ不定形パルスビート」が、まるで滝のように流れれば、コルトレーンは滝壺に飛び込んでえいやぁとお経を唱える行者の如く、テナーやソプラノで長時間の壮絶なソロを繰り広げます。

そのコルトレーンのソロからバトンタッチしたファラオ・サンダースのソロはといえば、更にテンションキレッキレの「ガァァアァアアア!!」「ギョォオオオオオ!!!」と、ほとんどフレーズというよりも絶叫そのものなフリークトーンの盛大なかけ流し。

そんな中でアリス・コルトレーンのピアノは、フリーフォームっぽいけど、とても思慮深さに溢れた美しい音をパラパラパラパラ・・・と空間に敷き詰める。

ジミー・ギャリソンのベースは、そんなバンド・サウンドの中心で動じずにゴリッゴリッと骨太なビートを定型/不定形豪快に織り交ぜて渾身の力で放出する・・・。

とにかく全部の音が尋常ならざる”気”の塊なんです。よく”フリージャズ”って言われるように、それぞれの音は定型のメロディーからもリズムからも、まるでバラバラのように思えますが、これらが同じ空間で鳴り響いていると、やっぱりひとつの音楽として、聴けるんです。

コルトレーンのライヴは”長い”ということで有名ですが、このライヴ・イン・ジャパンの演奏も1曲が凄まじく長い(!)一番短い曲で25分ぐらいで、テーマからアドリブに突入していたら、もうこれは演奏というよりもひとつの”行”、精神や肉体、或いは意識のどの辺のギリギリまで行けるか、コルトレーンは何かとてつもなくデカいものに果敢に挑んでいるような気がしますが、聴く方のテンションもそれにグイグイ引きずられ、アタシはこのコルトレーンの演奏を「長い、ダルい」と思ったことはありません。

コルトレーン・グループの演奏、とてつもなく自由で、尋常ならざる”気”の塊ではあるんですが、そして特に2本のサックスが雄叫びを上げるところとかは、間違いなく過激で瞬間的な破壊力が炸裂してはおりますが、やっぱりどの曲も、演奏そのものは、えもしれぬ安らぎに向かって一丸となってゆくような、そんな多幸感が満ち溢れているような気がするのです。

特に「ピース・オン・アース」この祈りの空気が充満したイントロからもう「あぁ、音楽ってこんなに美しいものなんだ・・・」という、どこから来てどこへゆくのか分からない、正体不明の感動に、これほどまでに襲われる演奏はありません。

音楽で本気で世界を救おうと、それこそ命を削って演奏していたコルトレーン、その素晴らしい演奏を、今年も皆さんに紹介できたこと、そしてもしかしたらここを読んだ皆さんの中で「コルトレーン聴いてみようかな」と思ってその音盤と出会う人がいるかも知れないこと、嬉しく思いながら今年の「大コルトレーン祭」これにてフィナーレでございます。来年もどうぞおたのしみに。






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2017年08月29日

ジョー・ヘンダーソン イン・ン・アウト

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ジョー・ヘンダーソン/イン・ン・アウト
(Bluenote)

ジャズの歴史には、1960年代のコルトレーンブレイク後に出てきた、いわゆる”ポスト・コルトレーン”という若手サックス奏者達がおりました。

まずはコルトレーンが所属していたImpulse!レコードで活躍していた、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダースといった人達で、彼らはコルトレーンの演奏スタイルというよりは、その演奏から感じられる神秘的な部分や、60年代の”時代の闘士”のように言われていたカリスマ性などにシンパシーを覚え、自己の存在やパフォーマンスを磨いていった人達であります。

一方で、ジャズのメインストリームに位置し、モダン・ジャズの数々の名盤を作り上げてきたBLUENOTE、ここで気鋭の活躍をしていた”ポスト・コルトレーン”の人達もおりました。

代表的なのが、ウェイン・ショーターとジョー・ヘンダーソンであります。

この人達は、コルトレーンの神秘的なムードや、その昔盛んに言われていた”精神性”みたいなものはとりあえず置いといて、その”テナー・サックスなのにズ太く泥臭い方向へ行かない、シャープでソリッドな質感の演奏”をひたすら自己のスタイルに取り込んで、そこからオリジナルな個性を築いていった人です。

特にこの2人に関しては、50年代末にマイルス・デイヴィスが大成させた”モード”の使い手でありました。

モードってのは一体どんなものなのか?それを説明するとややこしい音楽理論の話になってしまいますので今回もザックリ行きますと「要はスケール(音階)を自由に使え。ただし演奏が壊れない範囲でセンスよく」という考え方でありまして、マイルスは自由なメロディ展開を促すために、曲からコードそのものを大幅に削減してしまった。で、そんなマイルスのバンドで一緒にモードの開発にいそしんでいたコルトレーンは、逆にコード・チェンジを細かく激しくした上で、更に速く激しい自分のソロを限界まで敷き詰めちゃった。

で、大事なのは、彼らがそんな新しい理論を発明しちゃったよ。ということではなくて

「ほうほう。で、そのモードってやつをすることによって演奏はどうなっちゃうの?」

という方ですよね。

一言で言うと

「マイルス達の演奏には、クールで都会的な独特の浮遊感が出てきて、何だかそれまでのジャズと違って知的な質感になった」

「コルトレーンの演奏は、アドリブの体感速度が急上昇して、更にどこへ飛んでいくか分からないスりルが加味された」

ということになるんです。

それまでの、たとえばビ・バップやハード・バップ等のモダン・ジャズだと、テーマ→アドリブ→盛り上がり→テーマみたいに、曲の起承転結がハッキリしておりました。

コードに合ったスケールを使って演奏すれば、それはおのずからそうなるんですが、モードなら”和音にちょっとでも関係ある音なら何でもOK、着地しなくてもセンス良くキメたらOK”ですから、縦にピシャッとハマるはずの音がすら〜っと横へ伸びてったりする。それがとてもクールで新しい”感じ”に聞こえる。

まぁ多分この抽象的でヘタクソな説明で「おぅ、わかるぜぇ」となる人はあんまいないと思いますんで、もっと簡単にいえば

「今っぽくて頭のよさそうな音楽に聞こえる種類のジャズは、モード奏法使ってるかもだぜ♪」

と、言ってシメます。はい、何事も理屈よりフィーリングが大事です(苦)

で、今日皆さんにご紹介するのは、そんな”コルトレーンのフォロワーにして、モードの使い手”ジョー・ヘンダーソンですね。

この人は、一言でいうと「とっても面白い人」です。

ゆらゆらフラフラして、終始どこへ行くか分からないフレーズが、いきなり”キメ”のところで最高にキャッチ―なフレーズに化けたり、音に情念をほとんど込めずに淡々と弱い音で吹いてるなーと思ったら、聴いたあと何か不思議な感触を耳に残してくれる。でもそれが具体的になんなのかは結局分からない。

うん、とにかくクセはあるしアクもあるんだけど、まるでイカのようにその音色やフレーズが掴めない。でもその”掴めなさ”こそが個性で、故にとっても面白いと、聴く人に思わせてくれる、そんな稀有な個性を持っておる人であります。

そのフレーズ展開からは、コルトレーンから強い影響を受けているのは分かるのですが、よくよく聴くと「あらゆる点でコルトレーンとは逆のことをやってる人」とも言えます。

例えば音色。

マウスピースを深くガッと加えて、サックスから出てくる音にどれだけの感情をぶっ込めるかで勝負しているような、とにかく熱い、暑い、厚い音を出すのがコルトレーンだとしたら、ヘンダーソンのトーンは「あれ?」っていうほど軽やかなんです。

どんなに感情が高ぶっても、盛り上がる展開でも、音量は一定でフレーズが感情に乗っからない。

えぇ?じゃあ機械的でつまんないじゃん?

という人もいるかも知れませんが、それがその逆で、常に一定の音量、あえて抑揚を抑えたフレーズは、楽曲の核を見事に引き立たせて、アドリブは掴みどころがないのに、素材本来の味で唸らせるオーガニック料理職人みたいな、不思議なナチュラル感をこの人出すんですよ。



(↑ホレス・シルヴァーの「ソング・フォー・マイ・ファーザー」という有名な曲がありますが、コレのソロを聴いてください。凄くかっこいいです)



【パーソネル】
ジョー・ヘンダーソン(ts)
ケニー・ドーハム(tp)
マッコイ・タイナー(p)
リチャード・デイヴィス(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.イン・ン・アウト
2.パンジャブ
3.セレニティ
4.ショート・ストーリー
5.ブラウンズ・タウン


アルバムとしてまず面白いのは、マッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズという、憧れのコルトレーンのバックをメンバーに迎えて、1964年にレコーディングした「イン・ン・アウト」。

64年といえば、マッコイとエルヴィンが、コルトレーンのバックでバリバリに活躍してた頃。

「オレらの大将と似たよーなプレイするっていうジョー・ヘンダーソンってヤツなんだけど、一緒に演奏してみたらドカンとまっすぐな大将と真逆のウネウネクネクネしたテナー吹いて、アレ面白いなー」

と、二人は思ったはずです。

両名ともユニークな構造を持つ変化球尽くしのヘンダーソンのオリジナル曲、良心的なハードップでファンキーなケニー・ドーハムの曲で、いつもの”コルトレーン風味”全開でガンガンやってますが、”ふにくね”なヘンダーソン、堅実なドーハムのデコボココンビのボケと柔らかい突っ込みみたいなアドリブの応報に楽しく乗ってるような感じがしますし、コルトレーンのバックでやってることとほぼ同じことやっていながらも
コチラは妙にスタイリッシュでおしゃれーな感じがするんですよね。

最初から最後まで、とにかくポップな”掴み”には溢れてるんですが、結局何がどうカッコイイのか、ギリギリの所で言葉にさせないヘンダーソンの、優しい呪いがかかったような、そんな世界は何故だかやみつきになってしまいます。


ところで「サックスでずっと一定の音量をブレずに出す」って、実は一番難しいことなんですよ。それをしれっとやってのけている、更に音量ほぼ一定でありながら演奏が全然無機質にならないって、アンタ実は相当凄いんじゃないか・・・。と、最近アタシは畏敬の念でジョー・ヘンダーソン聴いてます。

コルトレーンの単なるエピゴーネン、ではないよなぁ・・・。

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