2018年05月12日

デクスター・ゴードン ゲッティン・アラウンド

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Dexter Gordon/Gettin' Around
(BLUENOTE)


アタシもいいトシのおっさんですので「おっさんになってもカッコイイ男とは何か?」ということを、結構真剣に考えなければなりません。

まー色々と考えたんですが、見た目に関してはこれはもうしょうがありません。人間歳を取ると皺だって増えるし、髪も抜けてくるだろうし、体形も崩れてくる。こういう物理的なものはしょうがない。

でも、世の中にはそういった加齢と共にやってくる物理的な変化を経てもなお、カッコ良くて魅力的な人というのが居る。そういう人達を観察していると、いくつか”カッコイイおっさん”の条件ってのが見えてきたんです。

色々とありますが、ザックリ言えばこんな感じ↓


・佇まいから全体的に哀愁が滲み出ている

・思慮深く、言葉使いや行動がスマート

・目が死んでない

・頭の回転が早く、ユーモアを絶やさない

・なんだかんだやっぱりオシャレ


全ての条件を満たしている人は、当然ながらなかなかおりません。

が、音楽の世界、なかんづくジャズの世界を眺めておれば、この条件に見合う人達って結構いるんです。

や、昔のジャズマンなんて人生滅茶苦茶人間のオンパレードではあるんですが、それでいてもなおこれら条件をスルッと満たしている人がおりますんで、まぁその、いわゆる世間一般の常識だとか良識とかと、カッコ良さというのは別次元にあるものなんだなぁと思います。

はい、そんなダンディでカッコ良くて、スマートでオシャレで、醸す空気はスーパー哀愁。更にユーモアのセンスも人一倍あるジャズマンの中でも最高のジェントルマンといえばデクスター・ゴードン。


この人の、グッと渋いくぐもったトーンのテナー・サックスから、ちょい遅れたタイミングで放たれるフレーズが、もう最高に男の哀愁とホッとするユーモアに溢れてて、190cmのスマートな長身で、眉間にクッと皺を寄せて吹くその立ち姿、羽織るジャケットの趣味ももうホントたまんないんですね。世界中の35歳以上の男を集めて「いいかお前らこれが男ぞ」と言いたくなるぐらい、同性のオッサンから見ても惚れ惚れするぐらいのイイ男です。


そんなイイ男なもんだから、1986年には何と映画『ラウンド・ミッドナイト』で役者としてスクリーンに登場しております。

映画はフランスに住んでいるアル中ヤク中のジャズマン(実は伝説のテナー吹き)が、一人の若者の献身的なサポートで見事立ち直るのですが・・・というストーリーも、デクスター本人による素晴らしいジャズ演奏もどこまでもほろ苦い、ジャズという音楽のカッコ良さと深すぎる業の両方を見事に描いた映画なんで、これはジャズ好きの方全員に観て欲しいと思うんですが、演技の勉強なんか全然してないはずの生粋のジャズマンであるデクスターが、役者顔負けの渋い声で、ゆっくりと噛み締めるような独自の台詞回しで完璧な”ジャズマン”を、ベテラン役者の貫禄で演じきっていると、映画界でも話題になりました。

まぁ、ジャズマンだからジャズマン演じるのは訳ないんだろうと、アタシら素人は思ってしまいますが、映画の関係者によると、デクスターのあの見事な演技は、実はほぼ”素”らしいんです。

オファーがあった時にデクスターが

「オレ、テナーしか吹いてこなかった男だから演技なんて出来るかどうかわかんねぇよ」

と不安を漏らした時に監督が

「いや、アンタはそのまんまでいいんだ。吹いて歩いて、いつも通り喋ってくれればいい。この映画はジャズの映画だからね」

と言って

「あぁそうか、ジャズの映画か。じゃあそのまんまやるよ」

と、役を意識せずに出演したら、結果として何だか凄い演技になったんだとか。




サウンド、プレイ、立ち居振る舞い、身に着けるもの、全てがジャズの理想を体現していて、1940年代末に「ビ・バップの期待の若手テナー」と評価されつつも、麻薬中毒になって最も大事な20代から30代前半の時期の時期をほとんど棒に振り、その後麻薬は断ち切れたものの、67歳で亡くなるまでの間は、麻薬の代わりに浸っていた酒との縁を切れず、結局肝臓をヤラレてしまう。そういうジャズの”どうしようもなさ”みたいなものも背負ってしまっている人で、その”Good"と”Bad"の絶妙なバランスが、デクスター・ゴードンという人を、存在そのものがジャズとしか言いようのない完璧な(そして少しいびつな)”男”に作り上げたんだと思います。

んで、ここからはジャズ・テナー・サックス奏者としてのデクスター・ゴードンのお話です。

麻薬や酒に溺れる人間的な脆さを持っていても、彼の場合はその音楽にはそういった脆さを一切寄せ付けず、実に余裕とダンディズム溢れる演奏を、死ぬまで貫きました。

特に麻薬トラブルから復帰した1960年代以降のアルバムは、そのどれもが太く豊かに鳴るテナーが、コクと風味とホロ苦さに溢れた人生の物語を訥々と、時にユーモアを交えながら語る、ジャズをそんなに知らない人でも「あぁ、カッコイイなぁ。これがジャズなんだよなぁ」と、どうしても感嘆してしまう、素晴らしい説得力に溢れております。



ハッキリ言ってこの人の場合は、あてずっぽうでえ〜いと選んだアルバムはどれも”当たり”です。

かなりのハイスピードでも揺るがなくアドリブをかっ飛ばせる腕は当然ありますが、敢えてスピード勝負に懸けず独特の後ノリでフレーズを繰り出すそのスタイルで、ミディアム・テンポの曲やバラードで無双の強さを発揮するタイプであり、長いキャリアの中でどれだけジャズが進化しても自分のスタイルは一切崩さず、己の道を黙って貫いたその姿勢、両方のカッコ良さが本当に全部のアルバムから滲み出ているからです。







【パーソネル】
デクスター・ゴードン(ts)
ボビー・ハッチャーソン(vib)
バリー・ハリス(p)
ボブ・クラウンショウ(b)
ビリー・ヒギンス(ds)


【収録曲】
1.Manha de Carnaval
2.Who Can I Turn To (When Nobody Needs Me)
3.Heartaches
4.Shiny Stockings
5.Everybody's Somebody's Fool
6.Le Coiffeur


(録音:1965年5月28日、29日)



キャリアの長い人ですので、アルバムは色んなレーベルに結構な数あります。そして、その水準はどれも軒並み高い、というより、どれも安心して「極上のジャズだね」と聴く人に語らしめる雰囲気の”上質”がみなぎっていますから「この一枚を聴け!」とかそういうのは似合わない。

それでも「何かオススメないっすか?」と言われたら、ゴードンの実に男らしい粋と色気と哀愁にドップリ浸れるワン・ホーン作品がよろしいです。

ブルーノートでリリースした『ゲッティン・アラウンド』は、ヴィブラフォン+ピアノ+ベース+ドラムスのシンプルなバックが作り出すミディアム〜スローテンポのリズムに乗って、朗々と、そして切々と吹かれるテナーから立ち上る”うた”に心ゆくまでウットリできる一枚。

もうとにかく1曲目の『黒いオルフェ』です。

色んな人に、それこそ色んなアレンジでカヴァーされまくっているルイス・ボンファ作曲のサンバ曲で、同名映画(1959年公開)の主題歌。

哀しげなメロディーが胸にくる曲を、ゴードンのむせび泣くテナー、クールに情景を描くヴィブラフォン、押し殺した感傷を少しづつ滲ませてゆくようなピアノと、それぞれのソロリレーが更に胸に来るアレンジにまず引き込まれるんですが、そこからバラード、ミディアム・テンポの小粋な曲と続きます。

で、この「ノリノリの曲をあえて1つも置かず、全曲バラードかミディアム・テンポのナンバーで統一しましたよ」というアルバムの作りが最高で、どの曲も染みるんですね。

明るい曲といえばボサ・ノヴァ・アレンジの『ル・クワフール』が後半に入ってくるんですが、これも明るく軽快なテンポに乗っかるアドリブの心地良さの中にふわっとした切なさが一瞬感じられたりして、もうどこをどう切り取っても上質な大人のジャズ。まるで映画を見ているような、そんな至福です。

派手に吹きまくったり、ノリと勢いで興奮させてくれるジャズももちろん最高ですが、例えば一人でじっくり聴いて「はぁあ、ジャズいいなぁ・・・」と思わせてくれるのはこういったアルバム。

さて、コイツを聴いて、このムードから立ち上る大人の男のダンディズム、言葉より語る哀愁に浸ったら、アタシはかっこいいおっさんになれるのだろうか。いやもうそんな事を考えるのは野暮ってもんですね。これは純粋に聴いて浸りたい。












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2018年05月11日

フロイド・ジョーンズ&エディ・テイラー Masters Of The Modern Blues

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Floyd Jones & Eddie Taylor/Masters Of The Blues
(Testament)



戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの名盤『Smokey Smothers/The Blackporch Blues』をじっくり聴いていたら、しばらくこの泥沼から抜け出せずにおりました。

ブルースといえば、スーパーギタリストが派手な”泣きのソロ”で大暴れするのも、そりゃあもちろん最高なんですが、ドップリとディープなバンド・サウンドで、ブルースという音楽のむせるような泥臭さ、そのスカスカのアンサンブルからむわぁんと立ち上る、まるでドブロクのような濃厚&粗削りなブルース・フィーリングが無尽蔵に漂ってくる、1950年代60年代の”超有名”から一歩引いた職人気質な人達によるダウンホーム・ブルースってもう本当に最高なんです。


さて、ブルースをバンドで演奏し、それをエレクトリックな楽器を使って新しい時代を切り開いたといえば、もちろんマディ・ウォーターズ親分でありますが、当たり前のことながら、マディ親分が「そうだ、エレキギターを使ってみよう」と言って始めた訳ではなく、シカゴではまだアコースティックな楽器を使った、軽快なリズムでジャズ寄りのアンサンブルというのが、当時最も華やかな場であったシカゴの高級クラブで主流だった頃、ミシシッピやメンフィスといった南部から出てきた連中が、路上の雑踏の中や安酒場で聴衆を相手にしていた頃、マディもミシシッピからシカゴに出てきました(1940年代中頃)。

一説によると、ブルースでエレキギターを最初に使いだしたのは、南部のブルースマン達だったと云われております。

狭くやかましいジューク・ジョイントで、とにかくガヤガヤうるさい客をステージに向かわせて踊らせるために、音が割れようが潰れようが、とにかくデカい音を出すためにエレキギターを使ってたんだと。

ともかく何事もタフで荒々しいのが好みの南部の連中がエレキギターという楽器を最初に効果的に使ってブイブイ言わせていたという話は、確かに戦後すぐぐらいの時期の「南部から出てきてすぐのブルースマン達によるブルース」を聴くと、なるほどそうかも知れんわいと思わせるに足りる十分な説得力がみなぎっていたりします。

あのロバート・ジョンソンも、亡くなる直前(1938年)に手にしていたギターはエレキだったといいますから、そらもうみんなこぞって「オゥ、あのデカイ音が鳴るエレキギターってやつくれよ」だったんでしょうね。

とにかく田舎からシカゴに出てきた若者達は、都会の喧騒に挑むように音のデカいエレキギターをかき鳴らし、南部のタフでワイルドなノリを、サウスサイドとかウエストサイドとか、移住者の多い街の路上で次々根付かせていった。

若者だったマディはその中に飛び込み、多くの先輩達と競いながら腕を磨いていったんですねぇ。想像すると何とも素敵なシーンじゃありませんか。

はい、というわけで今日ご紹介するのは、そんなマディの先輩達が奏でていた、元祖エレクトリック・ブルースというものだったかがたちどころに理解出来る、素晴らしい一枚でございます。

まず、シカゴ・ブルースといえばチェスやコブラ、ヴィージェイといったインディーレーベルがシノギを削り、多くのスターを輩出していった1950年代でありますが、そこから少し時代を進めて60年代には、今度はブルースという音楽で金儲けしようというレーベルばかりではなく、音楽として素晴らしいから、これはじっくり付き合いたいという人が立ち上げたレーベルが、新人をプロデュースしつつも、かつて名を馳せたブルースマン達を積極的にレコーディングし、結果として貴重な音源を世に多く残したという現象が起きておりました。

その中で、ブルース研究家として今も著名なピート・ウェルディングという人が立ち上げたレーベルに”テスタメント”というのがございます。

このレーベルこそが「派手じゃないけど気合い入ってるよね」の最たるものでして、特に看板である『マスターズ・オブ・ザ・モダン・ブルース』は、そのどれもが同じデザインの色違いジャケというややこしさながら、内容の濃さで多くのファンを南部直送のダウンホーム・ブルースの泥沼に引きずり込んだ定評のあるシリーズ。

まぁ、ブルースという言葉にちょいとでもピクッとなる人なら目をつぶって片っ端から集めてもまずハズレがないぐらいキョーレツに濃い内容&人選で恐ろしいぐらいのシリーズなんですが、今日はその中からフロイド・ジョーンズとエディ・テイラーのものをご紹介致しましょう。







【収録】
(フロイド・ジョーンズ)
1.Rising Wind
2.Dark Road
3.Stockyard Blues
4.Sweet Talkin' Woman
(エディ・テイラー)
5.Train Fare Home
6.Big Town Playboy
7.Peach Tree Blues
8.Bad Boy
(フロイド・ジョーンズ)
9.Hard Times
10.M0&O Blues
11.Playhouse Blues
12.Dark Road
(エディ・テイラー)
13.Feel So Good
14.After Hours
15.Take Your Hand Down
16.Bad Boy



はい、今かなりの方が「フロイド・ジョーンズ?エディ・テイラー?誰?」とつぶやいたと思いますが、いやもうアナタ方、シカゴ・ブルースを聴いてこの人達を知らんのはモグリですぜ、と、アタシらしからぬ強めな感じで、えぇもう言い切ってしまいましょう。この2人、単純な知名度で言えばまぁBランクCランクぐらいであることは認めざるを得ないんですが、戦後のシカゴ・ブルースの歴史を生きて、そのサウンドの土台を作ったと言っても過言ではない、とんでもなく凄い人達。

まずはフロイド・ジョーンズ。

何と1917年アーカンソー生まれで、年代的にはほとんど戦前の人です。実際幼い頃からチャーリー・パットン、ミシシッピ・シークス、スリーピー・ジョン・エスティスといった、戦前ミシシッピ〜メンフィスで活躍したブルースマン達の演奏を間近で見て育ち、16歳の頃にトラックの運転手をしていた時、偶然知り合ったハウリン・ウルフ(当時23歳)と意気投合してギターを手にして、南部一帯を一緒に回っております。

このキャリアからしてもう凄いんですが、更に1930年代にはサニー・ボーイ・ウィリアムスン(U)やロバート・ジョンソン、ビッグ・ウォルター・ホートンらと知り合い、共演したり一時期行動を共にしたりして、南部では既に実力派として知られる存在であったようです。

残念ながらこの時のレコーディングはありませんが、1945年にシカゴに移り住んで、ストリート・ミュージシャンの激戦区であったマックスウェル・ストリートに立った時は既に「あの南部で有名だったフロイド・ジョーンズさんだ」と、ファンからもミュージシャンからも、ある種別格として見られていたそうで、そのダークな歌声とギターでシカゴの路上から、チェス、ヴィージェイ、JOBといったその当時の新興レーベルまでを演奏とレコーディングでサラッと制し、文字通り戦前の南部から戦後すぐの時期のシカゴでのし上がる、その戦端を切った人と言えるでしょう。

一方のエディ・テイラーは、生まれは1923年とジョーンズよりちょい若いですが、もうアレですよ、シカゴ・ブルースの一番の人気者であり、多くの人が「ブルース」と聞いて「こんな感じ」とすぐイメージするほどのあのギターによるずっずじゃっじゃズッズジャッジャズッズジャッジャのウォーキング・パターンを定型として強烈に世界に印象付けた王者、ジミー・リードの長年に渡る名サイド・ギタリストとしての活躍で大きな功績のある人で、えぇ、何かと酒ばかり飲んでベロンベロンに酩酊してしまうリーダーよりも、ある意味この人があの黄金のパターンを自分で考えて、実際にしっかり演奏していましたから、世界の裏側で戦後のブルースの歴史を作ってきたのは実はマディでもジミー・スミスでもなくてエディ・テイラーだ!とブルースファンに断言される事も多く、実際その通りなんだと言い切って良い人です。

7歳の頃からベースを演奏し(!)、程なく幼馴染のリードと組んで、地元ミシシッピでは「おもろい小僧共」と知られていたようで、例によってチャーリー・パットン、サン・ハウスらの生演奏に刺激を受けて、やがてその影響からギターを手にしてコツコツと腕を磨いてきました。

戦後になって先に移住していた父親に呼ばれてシカゴに移住するんですが、そこからやっぱりマックスウェル・ストリートで人気を博し、特に安定したギターの腕前はレコード会社に「君、ウチのレーベルでギタリストとして契約してくれないか?」と、今で言うスタジオ・ミュージシャンみたいな仕事の声がかかったりしております。

この時まだ出来上がったばかりのヴィー・ジェイにひょっこりやってきたジミー・リードのレコーディングに駆り出され、スタジオで「あれ?お前エディじゃないか?」「おいジミー、お前こそ何やってんだ?え?レコーディング?何てこった、お前のバックをやるように俺は言われてたんだ」と、まさかの偶然でコンビ復活となった嘘みたいな奇跡から、腐れ縁で60年代までコンビを組んだこのコンビは、次々とセールス記録を塗り替えるヒットを放っております。

エディはソロとしても大器晩成型で、60年代以降はモダン・ブルースの”粋”を伝える、ブルースファンの間で評価の高い素晴らしいアルバムを多く残してますし、70年代80年代はブルースフェスなんかでも引っ張りだこの人気者になるんですね。

そんな2人が、1966年にガッツリ手を組んで行ったセッションを収録したのがこのアルバム。

カップリングと言われることもたまにありますが、同じバンドで互いにリードヴォーカルを交代でやっている、正真正銘の同一セッションです。

はい、スロー・ブルース中心に、どこかダークで激しい重みのあるヴォーカルの味で聴かせるジョーンズのトラックと、一転ロッキンでギラついたギターに、丸みを帯びた声ながらもカラッと突き抜けた味わいのあるテイラーのヴォーカルとが織りなす、全く異なる個性が、どれも1960年代の音とは信じられないぐらい、スカスカで乾いた、まるでスピーカーから土煙が出てきそうなほど粗削りなヴィンテージ・サウンド(っつうんだろうか?)を、50年代初頭の路上演奏ばりの質感で生々しく響かせております。

このセッションこそは、もうインパクト云々とかよりも、絶妙なバンド・サウンドとその音の質感だけで最高に深くてロウダウンな演奏をダラーッととことん味わい尽くせる、何かもう「ブルースってこれこれ、細かいことはよーわからんが、とにかくこの雰囲気なんだよ」と言いたくなる見事な職人芸です。

フロントの2人はもちろん、脇を固めるメンバーも、ビッグ・ウォルター・ホートン(ハーモニカ)、オーティス・スパン(ピアノ)、フレッド・ビロウ(ドラム)と、当時のシカゴ・オールスター・メンバーなんです。

テイラーとジョーンズは、共にギタリストなんですが、ここではジョーンズがベース。つまりヴォーカル、ギター、ピアノ、ベース、ドラムスという必要最小限のバンド・サウンドで、しかも音数はグッと少な目で楽器と楽器の音の間もいい感じにとことんスカスカ。更にジョーンズは自分が歌う時はベース弾いてませんから、ジョーンズのズ〜ンとダークな歌のバックで、ギター+ピアノ+ドラムっつう3つの楽器だけがスゲェ密度で鳴り響いております。

大体ダウンホーム・ブルースなんていうのは、音スカスカで、いい感じに荒れてて、ウケを狙わずにダラーッとやるかひたすらロッキンにバシャバシャやるかが最高にカッコイイパターンなんですが、その両方が一枚でこれ、楽しめます。つうか細かいことはいいんです、この雰囲気ですよこの雰囲気。知らない人は今すぐ聴いてください、この雰囲気ですよ雰囲気!(大切なことなのでシメに2回言いました)












”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




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2018年05月02日

スモーキー・スマザース THE BLACKPORCH BLUES

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Smokey smothers/The Blackporch Blues
(Ace)

皆さんこんばんは。

いやぁ2月から多忙とパソコン移転と体調のシャバダバですっかりこのブログの更新ペースも落ちておりまして、読者の皆さんには毎度お待たせをしていて申し訳ないです。

「こんな辺境ブログだから」と、タカをくくっていたら、ある日地元の若い子から

「早くブルースの紹介が読みたいっす」

と、思いも寄らず有難い言葉を頂きました。

ふむっ!

と、鼻息を荒くして、今日は気合いを入れてブルースを紹介しますぞー!!

はい、アタシはアタマの悪い中学生の頃にブルースという音楽を意識し、それ以来自分の全てに欠かせない大切なものとして、40過ぎのオッサンになるまで愛してきました。

しかし、色々と聴いて知っているようで、戦前ブルースから入ってしまっているアタシには、実は戦後のバンドスタイルのブルースに関しては、まだまだフォロー出来ていないところがある。

日々勉強でありますよ。といっても音楽に関する勉強というのは、これは自分が好きな物事をもっと深く、広く楽しむためのものでありますので、やっていてこんなに楽しいことはありません。

という訳で、アタシはラジオを聴いております。

今はインターネットにアクセスすれば、Youtubeという便利なものがあって、知らない音楽も手軽に知る事の出来る時代なんですが、これには落とし穴があって「色々視たけど結局自分好みのヤツの堂々巡りをしている」というのと「せっかく良いものに出会えたのに、映像を視ていると肝心の音楽に集中してその良さをじっくりゆっくり心に刻むことが出来ない」という落とし穴です。

考えてみればアタシがクソガキの頃はネットなんてありませんから、雑誌やレコード屋、先輩や友達の口コミ、そしてラジオなど、ほんっとに少ない情報から、自分の心に響くものをそれこそ必死で探しておりました。

情報が少ないから、当たりと出会った時の感動は深かったです。

や、もしかしたら「ハズレにしないように大事に聴いて行こう」という意識も働いていたかも知れません。

特にラジオは良かったですね、ただ単に曲が流れるだけでなく、その音楽を紹介する人の心のこもったアーティスト紹介や説明があったから、気持ちが自然と前のめりになってウキウキするんですよね。

その時知らなかった洋楽のブルースやブルースロックとは、主にラジオで出会いました。

一番インパクトがあったのは、ジョン・メイオール&ザ・ブルース・ブレイカーズでしたねぇ。。。

おっと、話が脇道に逸れてしまいそうなので、話を戻しましょう。

大人になってから、何だかんだ忙しかったりで、すっかりラジオ聴かなくなったんですけど、地元のスタジオがあるASIVIの壁に貼られていた『永井ホトケ隆のブルース・パワー』の番組宣伝のポスター。






「あ、ホトケさんだ♪ラジオやってんだ〜」と、何気に見ていたら、何とアナタ、この番組が我が地元のあまみエフエムで聴けるというじゃありませんか。


日本のブルース・シーンの最前線の現場で音楽張ってきた、永井ホトケさんがDJをするブルース番組なら、こらもう最高に違いないとアタシは確信し、それ以来毎週日曜の夜10:00の放送時間を逃さないように、夜遊びをせずに聴いております。


戦後シカゴ、ダウンホーム・ブルースの雄、スモーキー・スマザーズの事は、この永井ホトケさんの番組に教えてもらいました。

そう、アタシはこの、戦後シカゴ・ブルースを、知ってるよーで意外に知らんのです。

スモーキー・スマザーズといえば、実はサイドマン(ギタリスト)としては、重要な作品に数多く参加してまして、いわばマディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフといった戦後のシカゴ・ブルースの第一世代、リトル・ウォルター、ボ・ディドリーら第二世代、更にフレディ・キング、マジック・サムといった第三世代が1940年代後半から60年代にかけて、その電気化したタフでワイルドなブルースを次々とその個性で進化させ、発展させて行ったその現場に、セッションマンとして立ち会い続けて来た人なんですね。

だから一応レコードやCDのクレジットなんかを見て「おぉ、ここにも参加しとるんか」と、そのちょっとインパクトのある名前だけに、何となく覚えてはおりました。

けど、根っからのサイドマン気質なのか、或いは個性が百花繚乱する戦後シカゴで、リーダーとして自分を上手に売り込むことが出来なかったのか、或いは単純にスターダムにのし上がって派手に活躍することに興味がなかったのか、単独の作品がほとんどないがゆえに、一般的な知名度を獲得するまでには至らなかった。

生涯に残したソロ名義のアルバムはたったの3枚(このうち60年代のセッションは1枚のアルバムにまとめられてリリースされたので、実質2枚ですな)なのですが、この中で60年代にレコーディングしたアルバムが、実は!実はブルースファンの間で「隠れ名盤」「バンドブルースやるんだったらコレは聴かなきゃダメ」「つうかシカゴ・ブルースのサウンドの美味しいところが全部入ってる」と大絶賛されて、今も伝説として語り継がれているアルバムなんです。これ、アタシ知らなかった。。。






【収録曲】
1.I Can't Judge Nobody
2.Come On Rock Little Girl
3.Honey I Ain't Teasin'
4.You're Gonna Be Sorry
5.(What I Done For You) Give It Back
6.Smokey's Love Sick Blues
7.I've Been Drinking Muddy Water
8.Crying Tears
9.Midnight And Day
10.Blind And Dumb Man Blues
11.What Am I Going To Do
12.I Ain't Gonna Be No Monkey Man No More
13.The Case Is Closed
14.Way Up In The Mountain Of Kentucky
15.Hello Little School Girl
16.Twist With Me Annie (Extended Take)
17.I've Been Drinking Muddy Water (Previously Unissued Alternative Take)
18.Blind And Dumb Man Blues (Previously Unissued Take 1)
19.Honey I Ain't Teasin' (Previously Unissued Take 2)
20.Smokey's Love Sick Blues (Previously Unissued Take 1)
21.Come On Rock Little Girl (Precviously Unissued Alternative Incomplete Take)
22.Midnight And Day (Previously Unissued Take 1 Incomplete)
23.(What I Done For You) Give It Back (Previously Unissued Take 1)
24.I Ain't Gonna Be No Monkey Man No More (Previously Unissued Take 2)
25.You're Gonna Be Sorry (Previously Unissued Take 1)



じゃじゃん、コチラがそのシカゴ・ダウンホーム・ブルースの聖典であります。

「ダウンホーム・ブルースって何じゃい?」と思う方もいらっしゃると思いますが、まぁその、派手なアレンジとかR&Bとかファンクとか、そういうハイカラなことをやらず、ブルース特有の濃い味わいだけで勝負してる感じのブルースだと思ってください。

そうなんです、このアルバムで聴けるバンド・サウンドは、ギターとべースとドラムだけのシンプルな編成で、リーダーのスモーキー・スマザーズも派手なソロを弾きまくったり、声を張り上げてシャウトしたり、そういう派手な事は一切してません。

バンドの音は、シンプルに「ズッズ、ジャッジャ、ズッズ、ジャッジャ」とウォーキングを刻むサイドギターに、弾き過ぎない絶妙なオブリガードで勝負のメインギター(でもバンドサウンドの性格上、こっちがサイドギターに聞こえる)、絶妙な”間”を活かしながら粘るラインをリズムに絡めるベース、たっぷりの隙間を保ちながら、何ともルーズなビートを気持ち良くキメるドラム、たまに入るハープ。で、その上を程良く力の抜けたユル〜く酔った感じのスモーキーのヴォーカルが気持ち良く響き渡る。ちなみに前半の12曲ではベースすら入っていない、ほぼギター2本とドラムだけのアンサンブルなんです(!)

で、アルバム全般特に早い曲もなければ、ギターが歪みまくってエゲツない音とか、そんな感じの強烈に聴く人の耳をかっさらう要素はほとんど入ってない。でも”これだけ”の魅力の何と素晴らしいことか。

その隙間だらけのサウンドの中で、ギター、ベース、ドラムがそれぞれの音やリズムに最も必要なタイミングで互いの音と呼応し、隙間そのものが最高の揺れ心地で”ふわぁん”とグルーヴしている。そしてこのグルーヴ、この飾りのないサウンドの質感じゃないと絶対に立ち上らない濃厚な”ブルース風味”が、アルバムの最初の一音から最後の瞬間まで、ずっと絶えることなく湧き続けてる。

いやぁ、これは本当に素晴らしい!どれぐらい素晴らしいかといえば「ブルース」という音楽にちょっとでも「おーいぇー」となれる人なら、この音の質感だけで酔いしれてしまえるぐらいの味わいの深さと、やっぱりラジオでホトケさんが言ってたように、ブルースやるんなら、派手なギターソロだけじゃなくて、こういったバッキング(ウォーキングと単音オブリガード)だけでどれだけ気持ちいいアンサンブルを作ることが出来るかってのが重要なんだなと、心の底から思えてしまう、ブルース・フィーリング溢れるバンドの音の最高のお手本だなと、心の底から思ってしまいます。

ちなみにこのアルバム、フレディ・キングが前半6曲で参加してるんですが、あの”モダン・ブルース・ギターの神様”であるフレディ・キングが、一切派手なソロ弾いてないんです。えぇぇ!?せっかくフレディ参加してんのに弾きまくってないの?じゃああんまりヤル気なかったんだ残念。じゃなくてーーーー!!ここで聴けるフレディのプレイこそもう最高なんですよ。音数を凄まじく絞った中から、歌とバッキングを最高に引き立てる(「バッキングを引き立てる」って変な表現ですが、そうとしか言えないぐらい絶妙なんですよホント)、センスの塊のようなプレイ、これは耳に穴が空くまで聴きまくってみてください。

こういう”引き”のプレイも最高に上手いからフレディ・キングはグレイトなんです。

実はフレディ・キング、このセッションの時はスタジオで打ち合わせして、全曲でガッツリ参加する予定だったそうなんです。でも、事情があって遅刻してしまいました。

「あぁすんませんすんません、遅刻しやした(汗)あれ?つうかもうレコーディング始まってんの?」

「あぁ、おめぇが来ねぇからもう半分ぐらい終わっちまったなぁ。ぶっつけで出来る?」

「え!?・・・あぁ、まぁ出来るよ」

で、録音したという、どこを切り取ってもブルースな話が残っております。

でも、スモーキー・スマザーズのアルバムでは”引き”を心得た見事なサポート、そして何と、この翌日に自分がリーダーとしてレコーディングした曲が、フレディ・キング一世一代の代表曲であり、その後多くのギタリスト達にカヴァーされたブルースのインストといえばコレ!の『ハイダウェイ』していたりしますが、コレは余談です。


戦後、60年代シカゴ・ブルースのこれ以上なくルーズな空気を、とことん楽しめるスモーキー・スマザーズの『THE BLACKPORCH BLUES』ちなみにアタシはホトケさんのラジオを聴いて「凄い!スモーキー・スマザーズかっこいい!これは1枚だけじゃなくて2枚ぐらい買わねば!!」とイキり立ち、そのまんま勢いで2枚を注文したのですが

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はい、同じアルバムを2枚買ってしまいましたー!!

左が国内オールディーズ・レコードからリイシューされたFederalオリジナル仕様の再発盤、右がAce輸入盤のボーナストラック付き盤です。

タイトルとかよく見もせんで買ったアタシがバカなんですが、それだけ感動して冷静さを失うぐらいだったと、カッコ良く思って頂ければ幸いです。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月27日

ホロヴィッツ ザ・ラスト・レコーディング

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ホロヴィッツ/ザ・ラスト・レコーディング

(Sonny Crassical/SMJ)



ホロヴィッツ晩年のコンサート名盤『モスクワ・ライヴ1986』を聴いていたら、ホロヴィッツ晩年の音源の素晴らしさについてもうちょっと書
いてみたくなりました。

ちょっとコレはアタシの持論でありますが、クラシックでもジャズでもロックでも、あらゆる分野にそれぞれの巨匠とかレジェンドとか言われる人達がいて、その人達はもちろん自分の分野を究極に極めているんだけど、フッと拘りが抜けたように、ジャンル的な垣根を超えた自由を感じさせる演奏をすることがあって、それをアタシは晩年のホロヴィッツに凄く感じてしまいます。

若い頃は超絶技巧と指をペターっと鍵盤にくっつけた独自のタッチから生み出される、演奏の圧倒的なダイナミズムで聴く人を圧倒してきたホロヴィッツ。

しかし、極端に神経質な性格と、それに起因する様々な心身の不調に死ぬまで悩まされ、常に内なるものとの戦いに生きてきた人であります。

恐らく若い頃は、不調を力づくで克服して、全盛期の煌めきを取り戻そうと躍起になって不調にもぶつかって行ったでしょう。でも、歳を取ってから、特に80を過ぎた最晩年の演奏を聴くに「あ、もうダメなものはダメなんだ。しゃーない。じゃあ得意な部分を活かした演奏を、俺は更に磨くわ」という爽やかな開き直りが功を奏した穏やかさの中に、程良い緊張感と研ぎ澄まされた精神の美をかいま見ることが出来るのです。


1989年、ホロヴィッツが86歳の時に録音された『ザ・ラスト・レコーディング』は、先日紹介したモスクワ・コンサートと共に、それまでの音楽人生の陰と陽が見事な調和で混ざり合い、その完璧な深みを宿した音楽の絶妙なコントラストを見せてくれます。

内容的な解説をする前に、この時のホロヴィッツはどんなだったかというと、感情の起伏が極端に激しく、ちょっとでも機嫌を損ねると当たり散らしたり、演奏中だととんでもなく乱雑に弾いて周囲を困惑させたりすることもしばしばだったようです。

あれ?このワガママっぷりってもしかして若い頃と全然変わってない?

いえ、逆に悪化してるんですね。単純に人として見れば、元々の気難しさが爺さんになって更に面倒臭くなった、実に困った人です。実に困った人であるんですが、純粋に音楽に向き合える良い環境で、静かに集中してピアノに向かえば、この世のものとは思えない美しいメロディ感覚と、老人とは思えないほどの恐ろしく粒の揃った力強い音色で、まるで聖人が弾いているかのような音楽を生み出す。

実際『ラスト・レコーディング』は、ホロヴィッツの自宅に録音機材を持ち込んで録音されました。一流の機材が揃ったスタジオではなく自宅での公式作品の録音にしたのは、第一に86歳のホロヴィッツの体力的な事に配慮してのこととは思いますが、やはり慣れた環境でリラックスした演奏をしてもらうことで、ホロヴィッツの良い所を最大限に引き出そうというレコード会社の中の”分かってる人”の上手な気配りの優しさも感じられます。




【ハイドン】
1.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第1楽章 アレグロ
2.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第2楽章 アダージョ・エ・カンタービレ
3.ソナタ第49番 変ホ長調 Hob.XVI:49 第3楽章 フィナーレ : テンポ・ディ・メヌエット
【ショパン】
4.マズルカ第35番ハ短調 作品56-3
5.ノクターン第16番 変ホ長調 作品55-2
6.幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66
7.エチュード変イ長調 作品25-1
8.エチュード ホ短調 作品25-5
9.ノクターン第17番ロ長調 作品62-1
【リスト】
10.バッハのカンタータ第12番 「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」 による前奏曲
【ワーグナー】
11.「トリスタンとイゾルデ」 より 「イゾルデの愛の死」


この、自宅レコーディングは結果的に大成功。ハイドン、ショパンとお得意の小品から、リスト編のバッハとワーグナー(つまり演奏者のセンスと技巧と相当な集中力が試される曲)の選曲は、恐らくホロヴィッツ本人の強い希望によるものでしょう。演奏を聴いてビックリしたんですが、このアルバムからは遺作というと連想される、暗い死の影なんかは全然感じられなくて、若い頃と全然変わらないイケイケで、特有の凛とした芯の強さの音色と、周囲の空気をもごっそり揺さぶるダイナミズムに溢れた演奏を武器に、ホロヴィッツは果敢に楽曲に挑みまくっておるんです。


言っても86歳、そりゃちょっとしたミストーンが出たり、テンポが一瞬ぐらついたりするところもあったりしますが、いやむしろそういうマイナス要素があっても「それがどーした!」と挽回し、逆にカッコ良く聴かせてしまうところがもう最高です。特にショパンの即興曲とかエモーショナルの極みな『イゾルデ愛の死』なんかでは、譜面にはない即興も入れて、かなり大胆に攻めてるんですよ。

冒頭で「ジャンルを超えたカッコ良さ」と書きましたが、そうそう、それはこういうところ。他のジャンルの音楽を取り入れるとか、そういう上っ面じゃなくて、クラシックならクラシックをとことんやって極めた音を出して向こう側へ突き抜ける。その突き抜けっぷりが聴き手の意識にあるジャンルやカテゴライズの壁を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるんです。

ここでホロヴィッツが披露している即興も、変に演奏を崩すためのものではなくて、楽曲を効果的に美しくするために、恐らくは厳選と試行錯誤を重ねた音を弾いているんでしょう。むしろ学問としての側面が巨大になり、楽譜や作曲家の権威が高まって固定された20世紀以前のクラシックの空気を知っている最後の世代だから出来る(ホロヴィッツ自身は20世紀の生まれですが、彼が師事した人達は19世紀の自由な空気を知っていた人達です)、これは正しく洗練されたオシャレと言うべきでありましょう。

レコーディングは1989年の10月20日と11月4日の2回に渡って行われました。

2回目のレコーディングを終えた後もホロヴィッツはとても上機嫌で、更に収録を増やす予定でもあったと言います。

が、その日のうちに急に容態が悪化して食事中に急逝。

技巧的な面で彼より上手い演奏家は、恐らく結構いると思いますが、こんなにも演奏そのもので聴かせる人は今後出てくるかどうかと思ってしまいます。

もし興味を持たれた方がいらっしゃるなら、このアルバムぜひじっくり聴いてください。何度も言っている音そのものの澄み切った美しさと、独自のタッチから繰り出される圧倒的な強靭さを誇るグルーヴが、若い頃から変わらないこの人の魅力ですが、晩年の”間”の取り方は、更に輪をかけて凄いです。










『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月23日

ホロヴィッツ モスクワ・ライヴ1986


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ホロヴィッツ/モスクワ・ライヴ1986

(Deutsche Grammophon Gesellschaft /ユニバーサル)



体調絶賛不良中でございますので、ピアノものしか聴けません。

という訳で、ここ数日はバド・パウエルを聴きまくり、そこからジャズやクラシックのピアノを穏やかに聴いております。

ん?「穏やかに」というのはちょっと違いますねー。


カッコいいピアニストってのは、もちろん「うぅぅっ」ってくるぐらい耽美な音を奏でるんですが、その耽美の中にどうしようもない哀しみだとか、ふとした狂気の部分を感じさせてくれる人が多い。っていうかそういう部分がないと、ただの「綺麗でお上手なピアノね」で終わってしまって思い出に残らない。

これ、アタシだけかなぁと思ったら、周囲のピアノ好きの意見を聞いたり、ネット好きな人のブログレビューなんか読んでおりますと「あ、この人も狂気感じているなー」と思って安心します。

うん、安心していいもんだろうかとちょっと思いますが、そういうもんです。そういうもんらしい。

で、今日はクラシック。

ウラジミール・ホロヴィッツといえば、20世紀を代表する巨匠として、クラシックの世界ではもうレジェンド中のレジェンドであります。

バロックからロマン派、近現代音楽までそのレパートリーは幅広く、どんな時代の曲だろうが、その澄み切って豊かに鳴り響く音色で見事に演奏してしまう。

しかも余りにも独自の解釈で(例えば古典をロマン派っぽく弾くとか)自分流に演奏してしまうので「ホロヴィッツの演奏は、作曲した音楽家でなくホロヴィッツ聴くための演奏なんじゃね?」と皮肉られたりとか、あるコンサートで指揮者と意見が合わず「いや、オレはぜってーこのテンポじゃなくてもっと速くこうだ!」と、演奏中にマイ・テンポに設定変えしてしまい、結局オーケストラも巻き込んでノリノリに仕立て上げ、聴衆からやんやの喝采を受けたとか、また、極度の神経過敏で、そのために体調を崩してしまうこともしばしばで、演奏にはその調子のムラが出てしまうこともあったり、病院から大量に処方された薬を飲みながら、お酒も好きでガンガン飲んでしまい、フラフラになったままコンサートを行ったりと、まぁなかなかにパンクな人です。

もちろんホロヴィッツという人を、アタシはアタシなりに、そういった「天才とか巨匠ならではの破天荒エピソード」で決定的に好きになった訳ですけれど(えぇ、ミーハーです)、そのもっと前、そんなエピソードを知らない時に、アタシはやっぱりその澄み切った、豊かに響く音色の魅力にヤラレてしまいました。

最初に聴いたのは、やはり定番のシューマン『子供の情景』だったと思いますが、ここでびっくりしたのが、音が消え入りそうなほど小さく弾いた時に掠れない。言うまでもなくピアノの音の大小というのは、タッチでの指の力の強弱なんですね。つまり大きな音を出そうと思ったら指に力を入れて、小さく出そうと思ったら指の力を抜いて鍵盤を叩く。

で、当然小さな音を出す時は力を極力抜いている訳ですから、音の輪郭は音量相応に微かな響きになるんですよ。でも、ホロヴィッツの小さな音は、音量は限りなく小さいのに、その音には芯があるどころか凛として粒が立っているんです。

まるで録音時に機械の方をいじって、音量レベルだけを落としたような音ですが、普通に考えて演奏の途中で何回もそんな絶妙な演出を、しかも昔の演奏家がする訳がありません。

本当に不思議なんですが、これ、ホロヴィッツ独自の”技”のようで、どんなに名人と言われるピアニストも、限りなく小さな音でこれほどしっかりと音を響かせることは出来ないんだということを後で知って、もう完全にこの人すげぇとなった訳です。





【D.スカルラッティ】
1.ソナタ ホ長調 K.380(L.23)
【モーツァルト】
2. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第1楽章: Allegro moderato
3. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第2楽章: Andante cantabile
4. ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330(300h) 第3楽章: Allegretto
【ラフマニノフ】
5. 前奏曲 ト長調 作品32の5
6. 前奏曲 嬰ト短調 作品32の12
【スクリャービン】
7. 練習曲 嬰ハ短調 作品2の1
8. 練習曲 嬰ニ短調 作品8の12
【シューベルト/リスト編】
9. ウィーンの夜会 (ヴァルス・カプリース 第6番)
【リスト】
10. ペトラルカのソネット 第104番 (巡礼の年 第2年≪イタリア≫から)
【ショパン】
11. マズルカ 嬰ハ短調 作品30の4
12. マズルカ へ短調 作品7の3
【シューマン】
13.トロイメライ (≪子供の情景≫から)
【モシュコフスキ】
14.火花 作品36の6
【ラフマニノフ】
15.W.R.のポルカ


演奏:ウラディミール・ホロヴィッツ(p)


晩年は衰えたとか、指が動かなくなったとか、色々細かいことを言われてはおりますが、アタシにとってはそんなことはどうでも良くて、要はこの人の豊かな音色が堪能出来る盤だったら、もう何でもいいんです。

という訳でこの人の「音の凄さ」は、コンサートでの生演奏を録音したアルバムでリアルに聴くことが出来ます。

このモスクワ・コンサートは、ホロヴィッツ83歳の時にモスクワで行った、演奏もお客さんの反応も最高の一枚。

ウクライナ生まれで、ずっとアメリカを拠点に活動していたホロヴィッツが、久々に故郷(当時ウクライナはソビエト連邦)に錦を飾る形となったこのコンサート。当然本人は気合いが入ってますし、お客さんにしては「ソビエト圏の伝説の英雄が来る」という期待感でもう胸がいっぱいだったでしょう。

跳ねるように闊達なスカルラッティのソナタから始まって、モーツァルト、ラフマニノフ、スクリャービン、ショパン、シューマンと、過去に名演を残した得意の作曲家のナンバーを総動員してお客さんの期待に応え、それに対するお客さんの拍手や「ブラボー」のやりとりが本当に心温まるんですが、このコンサート、特にモーツァルト以降のホロヴィッツの没入の仕方がもうハンパないんです。

ラフマニノフの前奏曲(嬰ハ短調)からスクリャービンの練習曲が、感情炸裂(でも、音は乱れない)の凄まじいハイライトが、やっぱり名演と言われておりますし、事実名演極まりないぐらい、聴いてるこっちの意識まで根こそぎ持って行きます。

で、そんな根こそぎ持って行かれたままの感情に追撃をかけるようなショパンのマズルカ、切ない!あぁ切ない!!

・・・はいすいません、興奮し過ぎました。もうね、何と言えばいいんでしょう、クラシックとか巨匠のとか、このアルバム聴く時は一切そんなもん頭から外して聴きましょう。音楽です、超音楽です。

ハァハァ、こんな感情丸出しなのに、こんなに美しく乱れないピアノって、もうね、もう何と言えばいいんでしょう。


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2018年04月21日

バド・パウエル ザ・シーン・チェンジズ!

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バド・パウエル/ザ・シーン・チェンジズ 〜アメイジング・バド・パウエル5

(BLUENOTE/EMIミュージック)


本日もバド・パウエルということは、アタシは今絶好調に夏バテしております。

いや、眩暈がですね・・・。まぁいいか。

本日皆様にご紹介しますのは、バド・パウエルのアルバムの中でもダントツの人気、そしてもはや「モダン・ジャズ・ピアノを代表する名盤と語り継がれる作品」と言っても良いのではないでしょうか。バドがブルーノート・レーベルに残した『アメイジング・バド・パウエル』というタイトルを持つ5枚の作品の最後を飾る『ザ・シーン・チェンジズ』であります。

かつて、ジャズ喫茶が全盛の頃、このアルバムがひっきりなしにリクエストされていたと言います。

それこそ気合いの入ったジャズファンから、ジャズはそんなに詳しくないよという人まで次々魅了して大人気を獲得した。

バドのアルバムは、他にも凄い作品というのがいっぱいあったにも関わらず、そして、バドは確かに偉大ではありますが、その頃(日本でジャズ喫茶が全盛だったのは1960年代から70年代)は50年代の名作のリイシューはもとより、新譜として刺激的かつ内容の素晴らしいアルバムもたくさん出ていたにも関わらず、です。

ジャズにおける『ザ・シーン・チェンジズ人気』は、それから80年代、90年代になっても消えることなく残り続けました。

ブルーノートの名盤がCDでリイシューされると、やっぱりこのアルバムや、ソニー・クラークの『クール・ストラッティン』が中心になって、それはそれは売れるんですよ。


しかも、買う人のほとんどが「ちょっとこれからジャズを聴いてみたくて・・・。で、最初に聴くんだったらやっぱりピアノかな?で、これがすごくいいって聞いたんで・・・」という感じで買っていくんですね。

そのあまりにも自然な「何となくコレ」といった感じを見ると、あぁやっぱりこのアルバムの良さはしっかり語り継がれているんだなぁと、感慨もひとしきりだったんです。


その”もの”について、具体的な情報が薄くなるほど時が経過しても”何となくの伝承”として、魅力が知られてるって凄くないですか?

アタシは素直に凄いと思います。


で、このアルバムに何がそんなに人の心を惹き付けるんだろうと考えて、実際聴いてみますと「あぁ、これだ」と、ジャズそんなによくわかんない人でもピンとくる強烈な要素がひとつあります。

それはですね、やっぱり冒頭の『クレオパトラの夢』です。

この曲はミディアム・アップの程良い(聴いた人の耳がしっかりついてこれる)速さで、哀愁たっぷりのマイナー・スケールが走るナンバー。

つまり

”ノリがいいのに暗い”

曲なんです。

あぁ、やっぱりアレだよ。クレオパトラの夢なんて初心者向けで、バドにはもっといい演奏がどーたらこーたら言う人もいますけど、これはいいよ。やっぱりねぇ、アタシも含めて日本人は、こういった哀愁系疾走ナンバーに弱いんだ。この曲は今風に言うところのエモい曲ですよ。元々エモい、つまりダークなカッコ良さが売りのバドなんですが、その中でも特にエモい曲がこの『クレオパトラの夢』だということは、バドが大好きで、アルバム何枚も買って、どのアルバムにもしっかり中毒になったアタシでもこれは認めざるを得ない。

何だかんだ言ってもこのイントロが鳴って曲が走って行くのを聴くだけで、理屈抜きで胸がギューッとなる感じに襲われてついつい追いかけてしまう。

もちろんアタシ個人的に”好き”なバドのアルバムは他にあります。

でも、そういったお気に入りを聴いてもなお、このアルバムを思い出したように聴くと、このアルバム独自の「持ち味のダークさから、ちょっぴり哀しみの成分を抽出して増幅させた感じ」に、ついクラッとなってしまいます。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ポール・チェンバース(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.クレオパトラの夢
2.デュイッド・ディード
3.ダウン・ウィズ・イット
4.ダンスランド
5.ボーダリック
6.クロッシン・ザ・チャンネル
7.カミン・アップ
8.ゲッティン・ゼア
9.ザ・シーン・チェンジズ

(録音:1958年12月29日)



はい、このアルバム独自の”哀しみ”これが日本人特有の「演歌(マイナー調の音楽)に本能的に惹かれる心」を、多分どうしようもなくくすぐってしまうんですね。

アメリカでは、「バドのたくさんあるうちの、まぁ悪くない1枚」ぐらいの評価であり「何で日本ではアレが特別人気なんだ!?」とびっくりされるという都市伝説も聞いたことがありますが、それはすっごく分かります。派手で景気のいいゴージャスな表現と、このアルバムでのバドのピアノ表現は、まるで対極にあったりします。

でも、単純に”暗い”だけじゃあないんですね。看板の『クレオパトラの夢』だって、ノリだけ聴くとシャキシャキとしたテンポでドライブするナンバーですし、バドがこのアルバムのために気合いを入れて作曲したオリジナル曲のほとんどは、ミディアム・テンポなノリのいい曲が多いんです。

だけど全体のイメージが、ジャケットの色合いとピッタリ重なる、そこはかとなく重たいブルーな雰囲気というのが、やっぱり最大のポイントでしょう。

ピアノだけを聴くとバドは非常に調子が良さそうではありますが、ところどころ音が乱れて、グシャッと潰れているところなんかもあります。でも、この”潰れ”を、バドは実にカッコいいジャズ的な”崩し”に持って行くんです。

「バドは天才だ」と、色んな所で書かれていて、その引き合いに初期のバリバリ指が動いていた頃の超絶プレイは出されますが、いやいやいや、ちょいとお待ちよお父さん、アタシはバドの”天才”は、こういう風に無意識でマイナス要素も音として出た時にプラス要因にしてしまう、この体に染みついたセンスの良さにこそあると思います。

このアルバムは、バックのサポートの素晴らしさも特筆モノです。

ベースのポール・チェンバースは、言うまでもなくこの時代、レコーディングにセッションにライヴの助っ人にと一番忙しかった人で、安定したぶっといビートを提供する間違いのないベース・プレイはもちろん、フロントでガンガンやっているピアニストやホーン奏者のアドリブ・メロディを引き立てる歌心溢れるウォーキングがとにかくズバ抜けている人です。

形こそは王道のモダン・ジャズ、つまりビ・バップの定型をしっかりと守るバドですが、アドリブで「どう切り込んでくるか分からない緊張感」ってのが結構あるんですが、アドリブでノリノリになって次々出てくるフレーズに、チェンバースは迷うことなく”この瞬間で一番歌ってるベースライン”をサラッとぶつけてバドのメロディアスな側面をしっかりと引き出しております。

そして、それ以上にバドの個性を引き出しているのが、バドとは長年の付き合いのドラム職人アート・テイラー。

特にミディアム・ナンバーで決まりに決まるビシバシと歯切れの良いスネアとシンバルが、最高に決まっておりますよ。しかもほぼ全編スティックじゃなくてブラシを使っているんですが(バドの指示だといわれております)、これがもう鋭い!

ドラマーのバンドでの重要な役割は、全体のグルーヴを支えて、ソロを奏でるフロントをガンガン煽りまくることだと思うのですが、テイラーのビシバシ決まるドラムは正にそれで、もちろんこの強靭なグルーヴの上でバドがアドリブに集中出来ているのは伝わってきますし、それ以上に”刻むこと”に全神経を動員した結果、バドの全てのプレイがハッキリと浮彫りになって妖艶な輝きを放っておるようであります。


ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う。これはジャズの醍醐味になるイメージの一部でありますが、まだジャズとかよくわからなかった頃のアタシがジャズに抱いていて、そして憧れていたイメージであります。

で、バドを選ぶ「何かよくわかんないけどジャズのカッコいいピアノのやつが聴きたいなぁ」という人の期待も、このアルバムが持つ、ノリノリで切なくて、どこか暗くて夜が似合う、そんなイメージが十分に満たしてくれるでしょう。切なくてカッコイイものに感動する時、選ぶ言葉は「くぅ〜切ない!素敵!」でいいんです。『ザ・シーン・チェンジズ』は、理屈じゃないいくつかの要素だけで、人をコロッと虜に出来る、やっぱり素晴らしいジャズ・ピアノの名作なんです。





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2018年04月18日

バド・パウエル ストリクトリー・パウエル

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バド・パウエル/ストリクトリー・パウエル

(RCA/SMJ)



ストリクトリー・パウエル!あぁ、言葉の意味はよーわからんが、何という胸を打つ言葉の響き、そして俯いて一心不乱にピアノを弾いているパウエルのポートレイトが大写しになったこのほの暗いジャケットの何と美しいことでありましょう。

このアルバムには特別な思い入れがあります。

あれはいつだったか、多分若い頃であります。

みんなそうだと思いますが、訳もなく気分が落ち込んで、一人になると何だか酷く感傷的な気分になって、涙がボロボロ落ちる時期がありました。そう、若い頃です。

特に都会に住んでいて一人、どうしようもなく孤独感にさいなまれ「あぁ、俺はひとりぼっちなんだ」と、すごく寂しくて悔しくて情けなくなってしまう、そんなブルーな気持ちは、あろうことか仕事の休憩時間に襲ってきました。

バックルームでアタシは一人、そしてドア一枚隔てた表(職場)では、同僚さんがお客さんと喋る声や、BGMで流している賑やかな音楽が聞こえます。

この賑やかな感じがいけなかった。

弁当も食べる気にならず、ペットボトルのお茶をボーっと持っているだけで、無性に悲しくなってきます。もちろん理由なんてないのですが、深みにハマッてしまった心は、もっともらしい理由ばかりを求めてしまいます。

いけない、こんな気持ちではいけない・・・。

考えても考えても、いや、考えるから余計に気持ちは落ち込むものです。

その時、ふと、周囲の音が一瞬止まりました。

多分表のCDを変えるためにストップしたのでしょう。

やがて・・・。

軽快な調子のピアノ、ベース、ドラムがジャズを奏でました。

あぁ、こんな気分の時はこういう音楽がいいなぁと、少し気持ちがホッとしましたが、イントロが流れ終わってメインテーマをピアノが奏でた時、妙な違和感が耳に重くのしかかってきました。

不思議・・・曲はゴキゲンなのに、ピアノの、特に左手のタッチが凄まじく粗くて重いんです。その粗くて重いタッチが醸すムードは、その時アタシが抱えていた、訳もなくどん底な不安や寂寥とシンクロして、グイグイと心を惹き付けます。

正直ジャズは好きになり始めた時期だったけど、まだまだその頃は感情を激しく揺さぶってくれるフリー・ジャズにしか、強烈には惹かれておりませんでしたが、このジャズ、何の変哲もないストレートなジャズでしかもピアノ・トリオの演奏なのに凄い。心を激しく揺さぶって、狂おしくかき乱す何かがある。

それはお客さんが中古の状態を確かめるために視聴したレコードでした。

覚えておこうと遠目からチラッと見ましたら、音のイメージにピッタリのポートレイトに、僅かに確認できた”POWELL”の文字。

あれ?バド・パウエル?

そう、知っているどころか何枚か持っていて家で聴いているはずの、あの有名なバド・パウエルです。

帰宅して家に2枚あるバドのアルバム『ザ・シーン・チェンジズ』と『ジニアス・オブ・バド・パウエル』をじっくり聴いてみました。

どちらも彼の代表作として有名なアルバムです。

実際『ジニアス・オブ・バド・パウエル』は、初期の頃の、凄まじいスピードで駆け抜ける前半の収録曲にパンク・スピリッツを感じ、『シーン・チェンジズ』は、曲として気に入ったマイナー・チューンの『クレオパトラの夢』をいいなと思って、ちょっとオシャレな作品として聴いておりました。

しかし、アタシは実はちょっとだけ気付いておったんです。この人の本質は、テクニックとかオシャレではなく、根底にある狂気の部分とか、ジャズという音楽の持つ、暗くて重い”どうしようもなさ”の部分で音楽やってるところなんだろうなということを。

実際に初期の名盤『ジニアス・オブ〜』で感じたのはカミソリのような鋭い狂気、精神的にボロボロになった1950年代後半の人気盤『ザ・シーン・チェンジズ』で感じたのは、この人特有の、どこか重たくて引きずるような情念の魅力でありました。

それはまだぼんやりとした直感的なものだったのですが、この日聴いたバド・パウエルの演奏で、アタシの直感は確信に変わりました。








【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー
2.コスクレイン
3.虹の彼方に
4.ブルース・フォー・ベシー
5.タイム・ウォズ
6.トプシー・ターヴィ
7.ラッシュ・ライフ
8.エレジー
9.ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー
10.波止場にたたずみ
11.ジャンプ・シティ


(録音:1956年10月5日)


この日聴いて、狂おしく虜になってしまったのが『ストリクトリー・パウエル』バドのアルバムでは珍しいRCAというメジャー・レーベルの、たった2枚しかない作品のひとつで、最初に録音されたものだということでした。

そして、中期から後期のバドの持ち味といえる、重く沈んだ音色が奏でる独特のムードが演奏の前面に出た最初のアルバムとされております。


恐らくは彼がこの頃抱えていた精神の病、ドラッグ、アルコールその他もろもろの影響が色濃く出たのでありましょう。RCAの2枚目である『スインギン・ウィズ・バド』よりも好調に走る演奏や、右手の華麗なアドリブのノリは鳴りを潜め、アルバム全編がミディアム・スロウから、盛り上がってもちょっと小走りになる程度のテンポで統一され、それが余計にバドの指から繰り出される重く歪んだ情念の響きを際立たせております。


最初に胸倉を掴まれたのはもちろん1曲目の『ゼアル・ネヴァー・ビー・アナザー・ユー 』でありましたが、アルバムをじっくり聴くと、ポピュラー曲として有名な『虹の彼方に (Over The Rainbow)』の、訥々とした弾きっぷりからジワリと迫る切実な感傷、『ラッシュ・ライフ』の、夕暮れの光景がボロボロと音を立てて崩壊してゆくような滅びの美のようなもの、破れた哀しい恋の感情が歌われる『ゼイ・ディドント・ビリーヴ・ミー』、流れるような気品の中に何とも言えない寂しさが溢れる『水辺にたたずみ』など、さり気ないスタンダード曲が、どれもバドの情念にまみれて本当に素晴らしいんです。

アタシはこのアルバムに激しく心打たれたことがきっかけで、バド・パウエルというピアニストの本当の素晴らしさに気付きました。単純に「調子が良くて、胸のすくような快演を繰り広げているアルバム」でもないし、アドリブも冴えまくっている訳ではありません。でも、この病んだ精神の奥底から訴えてくる音楽衝動の切実さ、これが多分バド・パウエルという人がジャズの中でも大きく語られ、今も虜になってしまう人を増やし続けている理由のような気がします。









”バド・パウエル”関連記事



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月15日

バド・パウエル スインギン・ウィズ・バド

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バド・パウエル/スインギン・ウィズ・バド


忙しさが続くと、肉体的にも精神的にも徐々にすり減ってきます。

いわゆる「ストレスが溜まる状態」なんですね、えぇ、実にいけません。

このブログを読んでいる皆さんのストレスが溜まった時の解消法というのは、きっと好きな音楽を浴びるように聴くことと思いますが、如何なもんでしょう。

アタシは精神のシグナルが黄色く点滅し出したら「あぁ、こりゃヤバイな」と察知して
バド・パウエルを聴きまくるモードが作動してしまいます。

えぇ、バド・パウエルです。

1940年代、若くして颯爽とジャズ・シーンにデビュー、その圧倒的なテクニックと湯水の如く次々湧いてくる煌めきに満ちたアドリブの、他の追随を許さないメロディアスさでもって、天才、神童の名を欲しいままにし、また、デビュー直後に巻き起こったジャズの大革命であるところのビ・バップ・ムーヴメントでも中心的役割を果たし、彼が築き上げたリズムとアドリブのスタイルは、そのまんまモダン・ジャズ・ピアノの究極のお手本として、後続のピアニスト達の演奏法に軒並み影響を与えた、ジャズ・ピアノの申し子のようなバド。

しかし、天賦の才能がありながら、人気や活躍と比例して、元々患っていた精神の病をどんどん悪化させ、更にお約束のようにドラッグやアルコールにも蝕まれ、彼の人としての一生は、決して幸せと言えるものではありませんでした。

更に1950年代以降はかつての超人的なテクニックも影を潜め、録音によってはほぼ彼のその時の精神状態が音に出ているものもあったり、彼の作品は聴いていて決して爽やかに心が晴れるようなものではありません。

ですが、敢えて言わせてもらいます。

アタシにとっては、彼の1950年代以降の作品こそが、テンパッて切羽詰まった精神の崇高な拠り所であり、苦悩して病み葛藤する人間が、一縷の希望のような美の生々しい姿を見せてくれる最高の芸術であります。

そうですとも、本当にキツい時は「癒し」なんていう生ぬるく薄っぺらい価値観をベタベタ塗りたくられた音楽なんぞに用はありません。同じように...いやいや、手前の悩みや苦労なんざよりずっとずっとヘヴィなものにまみれつつも、それでも美しく心の奥底に響いてくれる音楽がいいんです。

1950年代以降のバドについて説明すると、閃光のような速さで超絶技巧フレーズを奏でる右手から、神は去ったかも知れませんが、その代わり左手に悪魔が宿りました。

ちょい大袈裟なたとえかも知れませんが、50年代以降のバドの何がそんなにカッコイイかと言われれば、あの「ガーン」と和音を押さえただけで全てのムードが重く妖艶な輝きを放つ左手のタッチ。

よく「ビ・バップ以降の全てのモダン・ジャズ・ピアニストは、バドのやっている事をまずはまんまコピーして、それから自分達のオリジナリティを確立していった」と言われるほど、バドのプレイ自体は非常にオーソドックスで、理論的にはもはや研究され尽くした感もあるといえばあるんですが、バドの影響を受けたピアニスト達が、誰一人真似できなかったのが、この左手から醸し出されるムードとニュアンスなのであります。

そう、実はアタシはバド聴いて「すげぇな」と心底思ったアルバムは、初期の凄まじいテクニックと才気のほとばしりが生んだアルバムではなく1956年録音のRCA盤『スクリクトリー・パウエル』。

このアルバムでの凄まじく重い、まるで虚無そのものが鳴り響いているかのような左手のプレイを聴いてから、それまで「かっこいいー!」と思っていたバド・パウエルに対する感情は、もうこれを聴かないとどうにかなってしまいそうな程に焦がれてしまいました。つまり”虜”になってしまったんですな。




(ちょっと昔の記事なので短い。このアルバムに関しては改めてレビューしますね)。

バド・パウエルといえば、有名な『クレオパトラの夢』が入ってる”アメイジング・バド・パウエル・シリーズ”をリリースしているブルーノートのアルバムが何といっても人気です。次が初期の演奏からもしっかりと録音していてリリース数も多いVerveです。

RCAにはバドのアルバムはたった2枚しかなくて、しかもジャズ雑誌やガイドブックなどではほとんど話題になってなくて、正直ノーマークでしたが。これはアレなんですね、評論家の間でRCAのバドは「精彩を欠きはじめた頃の作品」として、あんまり評価が高くなかったんです。

でも実際聴くと、50年代中期以降のバドは素晴らしいし、特にその皮切りとなったRCAの2枚は何かこう特別に胸をかきむしられるような狂おしさに溢れてる。それでいて疲れた心身にその狂おしさがジワジワ染みてきて何だか泣けてくる。






【パーソネル】
バド・パウエル(p)
ジョージ・デュヴィヴィエ(b)
アート・テイラー(ds)

【収録曲】
1.アナザー・ダズン
2.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
3.ソルト・ピーナッツ
4.シー
5.スウェディッシュ・パストリー
6.ショウナフ
7.オブリヴィオン
8.暗い夜
9.ゲット・イット
10.バードランド・ブルース
11.ミッドウェイ

(録音:1957年2月11日)

はい、今日は胸をかきむしられるような狂おしさに溢れるRCAのバド、その素晴らしい2作目『スウィンギン・ウィズ・バド』をご紹介します。

録音は1957年、『スクリクトリー・パウエル』の前年であり、この直後にブルーノートで『アメイジング・バド・パウエル』Vol.3からVol.5までの怒涛の録音を行う訳で、つまりバドにとっては色々あって病んでしまったけれど、その中でも創作意欲に満ち溢れた時期の録音といえるでしょう。

トリオ編成でリズムを支えるのは、ジョージ・デュヴィヴィエ(ベース)とアート・テイラー(ドラムス)という、バドにとっては気心の知れた信頼できる仲間です。ズ太い音で安定したリズムを提供しながらも、実はアドリブによるメロディ作りのセンスも優れたデュヴィヴィエと、芯のある繊細さで的確なリズムキープをさせたらこの人!のテイラー。この2人のサポートはバドを心地良くくつろがせ、そして十分な刺激を与えまくっております。

やや早めのミディアムナンバーで、得意のビ・バップ・フレーズをキメまくって疾走するオープニングの『アナザー・ダズン』、デュヴィヴィエの高速ランニングと、ビシバシ叩きまくるテイラーのスネアに煽られて走るピアノに興奮する『ソルト・ピーナッツ』、多分収録はこのアルバムのみの珍しいオリジナル曲『ミッドウェイ』(こういうちょっとマイナー調のナンバーで走るバド最高なんですよ)等、タイトルの「スインギン」に偽りなしのスピード感溢れるナンバーがやはり看板ですが、このアルバムで実は効いているのがバラードとブルース。

特に『ライク・サムワン・イン・ラヴ』でのイントロを聴いてみてください。アタシが散々「バドの左手ヤバイ!」と言ってるのはコレなんです。曲自体はキュートともいえるぐらいにポップな美メロで、実際バドのプレイもとてもロマンチック。でも、これですよ、この主旋律と同時にガラゴロ言ってる左手のアルペジオ、これなんです。このガラゴロが、綺麗なメロディに死ぬほどの哀感をふんだんにまぶした、もう何か切なさの絵巻物みたいな壮絶な”絵”を浮かび上がらせてくれてヤバイんです。

バラードは他にも丁度いい並びで入ってて、その死ぬほどの耽美と虚無と哀感が、感情を振り乱して走るミディアム・ナンバーの後に耳と胸を襲います。あぁ、何でこんなにカッコイイ音楽が、リアルタイムでちゃんと評価されてなかったんだろう。それはさておきでもしもアナタが心身共に疲れてて、そんじょの生ぬるい音にはとても救いなんて求め得ないと思ったら、RCAのバドを聴いてみてください。きっと激しくかきむしられてかきむしられて救われます。

やっぱりギリギリの水際で鳴っている音楽、良いんですよ。






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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年04月07日

デイヴ・ブルーベック・クァルテット ブルーベック〜デスモンド

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デイヴ・ブルーベック・クァルテット/ブルーベック〜デスモンド
(Fantacy/ユニバーサル)


デイヴ・ブルーベックといえば、大ヒットして日本のお茶の間にも「ジャズってオシャレな大人の音楽」という認識を埋め込んだ『テイク・ファイヴ』の人であり、ディズニー曲をジャズアレンジで演奏した作品を出したり、映画や舞台の音楽などを多く手がけたり、とかくポップで親しみやすいジャズを演奏する人の代表格という評価がほぼ固まっております。

アタシもブルーベック、たとえば天気のカラッと晴れた休日の午後なんかに

「あ〜、こりゃいいね〜♪」

なんて言いながらよく聴いてます。

ジャズの人でありながらブルーノート・スケールをほとんど使わず、特有の”ズレ”や”タメ”の成分が薄い、サクサクと流れてゆくようなビートに乗って、濁りのない明快なピアノの音が春の小川の如くサラサラと流れるこの人の音楽は、ジャズとかそんなことを意識しなくても、日々を豊かにしてくれるごくごく当たり前の”音楽”として聴ける。

さもありなん。この人の場合は、ジャズ・ミュージシャンでありながら、そのキャリアの初期から、場末の薄暗いクラブハウス向けの音楽ではなく、レコードに刻まれて各家庭に楽しみをお届けする音楽を趣向していたから。とにかく「成功を夢見て夜の街に飛び込み、現場のセッションでとことん鍛え上げられ、ついでに酒とクスリとバクチと女を覚えた」という典型的な”陰”を持つジャズマンのイメージとは、とことん対照的なところにブルーベックはいるのであります。

その原点は彼の生い立ちにまで遡ることが出来ます。

1920年、カリフォルニア州郊外のそこそこ裕福な農家に生まれた彼の家には、母親の趣味で4台のピアノと蓄音機があり、彼の家のリビングは、家族や遊びに来る両親の友人などが集まってほのぼのと音楽を楽しんでいたようで、その雰囲気が楽しかったブルーベック少年、やがて自分もピアノを覚え、家族やお客さんのために演奏して「上手だね」というお褒めの言葉とご褒美の小遣いを貰うことに喜びを感じておった。と、まぁ実にピュアな少年期を過ごし、すくすくと音楽を身に着けておりました。

彼が大好きだった蓄音機のレコードでは、デューク・エリントン、ファッツ・ウォーラーなどと共に、クラシックやヒルビリー(カントリーの前進)を好み、学生時代になるとジャズではなく、地元カリフォルニアのヒルビリーバンドでピアノを弾いており、この幼少期から学生時代の音楽体験が、彼の表現姿勢そのものを決定付けたような感じが致します。

やがて「本格的に音楽を勉強したいなぁ」と思ったブルーベックは、丁度その時フランスから亡命してきたクラシック音楽の作曲家、ダリウス・ミョーという人に出会います。

実はこの人が凄い人で、クラシック音楽家といえども、杓子定規の考え方を持たないその自由かつ時に批判をも受けるぐらいの独創的な作曲をする人で、フランスではエリック・サティらと共に『近現代音楽の大物』とも言われるほどの人であります。

この師匠と若きブルーベックの間で、どのようなやりとりが行われたかの詳細はあまり残されてはおりませんが、最初からガチガチのクラシック教育ではなく、クラシックもポピュラーも同じように「楽しみのための音楽」として素直に吸収していたブルーベックの自由な感性に、20世紀のクラシック界では”反骨”の部分を担う一人であったミョーが「いいね」とならない訳はありません。恐らくは褒めて伸ばしながら理論的な部分は期待を込めて徹底的に厳しく指導したことと思われます。

その証拠に、ブルーベックのピアノのタッチというのは、曲はポップでサラッとしているのにピアノプレイに関しては「うはぁ、そこまでやるか!」というぐらいに激しくガンガンゴンゴン鍵盤を叩きながら感情を炸裂させることがあるんです。でも、そんな激しいプレイでもトーンもリズムも乱れず、演奏そのものの典雅な味わいが褪せないというのは、やはり音楽と演奏の基礎となる部分が相当にしっかりしているからですね。

で、ブルーベックはミョーのもとで理論的な部分に大いに自身を付けて「よし、俺はジャズとクラシックを融合させた、それまで誰も聴いたことのない音楽を作るんだ!」と野望に燃えます。燃えて燃えて地元の色んなところでオリジナル曲や、スタンダードの一風変わったアレンジのものを演奏しまくるのでありますが、残念なことにこの時点では誰も彼の音楽に共感せず、演奏に理解を示す人もいませんでした。

ずっと人気者だったのに、ここで初めてブルーベックは「理解してもらえない」ということに失望し「こうなったらもうジャズなんか止めてクラシックの作曲家になろうかな」と思い詰めて、師匠のミョーのところに相談に行きます。

「せっかく先生に教えてもらった理論を駆使して個性的なジャズをやっているのに誰も理解してくれません。やっぱりボクにはジャズ向いてないんじゃないかと思うのですが・・・」

と、悩みを申告に打ち明けるブルーベックでしたが、これに対するミョーの答えが素晴らしかった。

「君ね、たかだか理解してもらえなかっただけで何を言ってるの。ボクなんかね”あんなのクラシックじゃない”とか”アイツはふざけてる”とか散々言われてきたし、分今もクラシックの世界にいるカチカチ頭の連中にはそう言われてるよ。冗談じゃない、クラシックだって大衆音楽だろ?ジャズだって大衆音楽だ。だから君がアメリカで作曲を学びたいと思うんだったらアメリカの大衆音楽であるジャズを真剣にやるべきで、そこからたくさん学ぶべきだ。つうか君ほんとはジャズ好きだろ?ジャズから多くを学びたいと思ってるんだろ?」

優れた作曲家であるばかりでなく、音楽の数々の現場を潜り抜けてきた師匠の言葉には、有無を言わさぬ説得力がありました。奮起したブルーベックは、ますます独自の手法を探究することに情熱を捧げ、ナイトクラブでもガンガン演奏を行います。

で、客にウケなかったら「何故ウケなかったのだろう」という反省点を徹底的に吟味して、研ぎ澄まされた実験精神とお客さんウケするエンターティメント精神の両方を信じられないレベルで両立させてゆくのです。



【パーソネル】
デイヴ・ブルーベック(P)
ポール・デスモンド(as)
フレッド・ダットン(b,@〜C)
ワイアット・ルーサー(b,D〜Q)
ハーブ・バーマン(ds,@〜G)
ロイド・デイヴィス(ds,H〜Q)

【収録曲】
1.クレイジー・クリス
2.ア・フォギー・デイ
3.ライオンズ・ビジー
4.サムバディ・ラヴズ・ミー
5.アット・ア・パフューム・カウンター
6.マムゼル
7.ミー・アンド・マイ・シャドウ
8.フレネシー
9.ジス・キャント・ビー・ラヴ*
10.ルック・フォー・ザ・シルヴァー・ライニング
11.マイ・ロマンス*
12.アイ・メイ・ビー・ロング*
13.ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス*
14.ルルズ・バック・イン・タウン*
15.ストリート・イン・シンガポール*
16.オール・ザ・シングス・ユー・アー*
17.不思議の国のアリス*
18.スターダスト*

*ボーナストラック

(録音:@〜G 1951年8月、H〜Q 1952年9月)


一言でいえばブルーベックの音楽は

『ポピュラー・ミュージックとしてのすこぶる聴きやすいジャズ、でも分かる人には分かる実験性の刃を隠し持った音楽』

でした。

ただ、彼のピアノの音は非常に澄み切っていて硬質であり、単独ではポップな曲を演奏していてもどこか厳格な感じになってしまう。そんな時(1948年)初めて8人編成のバンドで共演したメンバーの中に、ブルーベックの理想とする、流麗でどこまでも透き通った音のアルトサックス奏者がおりました。

話をすれば、彼は幼い頃からクラシックやポピュラーをやってきたブルーベックとはまるで対照的に、サックスを手にした時からジャズにどっぷりで、当時大人気だったチャーリー・パーカーのスタイルでクラブのステージにガンガン立ち、更にそこから自分のオリジナリティを確立したいと鍛錬を重ね、自分の持ち味である今のトーンに辿り着いたんだと語ります。

その洗練されたまろやかな音色とは裏腹に、知的な風貌と鋭い眼つき、言葉の節々から感じられる、夜の世界で修羅場を潜ってきた男独特の気性の荒さを感じ取ったブルーベックは「コイツだ!」と思い「一緒にバンドを組まないか?」と声をかけ、男はこれに「あぁいいぜ」と即答します。

この男こそが、この後もずっとブルーベックとコンビを組み『テイク・ファイヴ』を始めとする”ブルーベックの代表曲”の数々も手掛けることになるポール・デスモンドその人であります。

本日ご紹介するアルバム『ブルーベック〜デスモンド』は、1950年代初頭に二人が初めて組んだコラボレーションを収録した実質的なデビュー作で、戦前からポピュラーなスタンダードがブルーベックの軽妙なノリと洗練の中に硬派な味わいを醸す音楽性で見事に料理された傑作アルバムなんです。

サクサクしたノリの良い曲、とことんしっとりとしたバラードの両方で、ブルーベックはいかにも楽しそうにガンガン鍵盤を叩き付け、よく聴くと奇妙にアウトしたフレーズのアドリブを展開していて、デスモンドは淀みの全くない彫刻のような美しい音で美しいメロディを吹いてるんですが、この人の端正なサウンドやフレーズに軟弱さは一切なく、逆に職人ならではの気骨を感じてしまいます。

で、このアルバムの凄いところは「どんなにブルーベックが暴れようとも(特に9曲目『ジス・キャント・ビー・ラヴ』での左手ガンゴンは鬼!)、リズム隊の軽やかなビートとデスモンドの美しいアルトがしっかりと”上質で聴きやすいジャズ”として、難しいことはよくわからずともじっくり聴かせて楽しませてくれるところ」なんです。

ブルーベックといえば『テイク・ファイヴ』以降の60年代のアルバムが、オリジナル曲もたくさんあって人気ではありますが、このアルバムは演奏してる曲がスタンダードばかりなのに、ちゃんとブルーベックとデスモンドの個性が全開で、聴いてるうちに(いや、最初の印象でも)どの曲もこのコンビが書いたオリジナル曲のように思えてしまいます。

アタシは昔からブルーベックに関しては、演奏が上手い人だなぁと思っておりましたが、それ以上の”一筋縄ではいかない強烈な個性”を、このアルバム聴く毎に、感嘆と共に噛みしめております。「テイク・ファイヴ以外で何かないかなぁ」とお思いの方もぜひ。








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2018年04月01日

高田漣 ナイトライダース・ブルース

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高田漣/ナイトライダース・ブルース
(ベルウッド)

またも久々の更新でございます(汗)

前回ライ・クーダーについて書いてから、いろいろと”ナチュラルで心地の良い音楽”について考えておりました。

ブルースやカントリー、フォークなんかを核にして、その周辺にハワイアン、カリプソ、レゲエ(ルーツ・レゲエ)などなど、世界中の音楽のエッセンスを散りばめててゆくといえば、言うはたやすいが実際にやってみるとなると、演奏テクニックはもちろん、扱う全ての音楽に対する深い理解や愛情がないととても自然には出来ないものでございます。

唐突に高田漣のことを思い出したのは、彼もまたスライド・ギターの名手であり、これまでリリースしてきた作品の中ではブルースにカントリー、ハワイアン、テックス・メックス、R&B、アイリッシュなどなど、世界中のありとあらゆる音楽が豊かに響きあってひとつのコンセプトを形成しているというところが、ライと実に共通する、というだけではありません。

やはりこの人もまた。ライと同じようにコアとなる大好きな音楽(音楽体験)があって、それを心の中で大切に大切に持ちながら、聴いてきた世界中の音楽にもその気持ちを伝達させて自分自身の表現に取り入れている。

何だか難しい言い回しになりましたが、つまり音楽が心から大好きな人達なんです。

高田漣は、フォークシンガーの高田渡の息子として生まれ、10代の頃からギタリストとして活動していました。

2世の人といえば、偉大な親の存在を意識し過ぎて壁を越えられないという共通の苦しみがあったりしますが、この人の場合は「親父は親父、俺は俺」と、早い段階から気持ち良くサックリ割り切っていて、お父さんもまたお父さんで「倅は倅、俺は俺」とまた好き勝手やっていたんです。

早い段階からペダル・スティール・ギターをメイン楽器に、色んな人のセッションで、まずはバック・ミュージシャンとしてキャリアを積んだ高田漣。スティール・ギターといえば「ハワイアンの楽器」として知られておりましたが、この人のサウンドはナチュラルな心地良さがありながら、どこかニューウェーブやエレクトロニカに通じる表現の”新しさ”みたいなものがありました。

で、2002年に待望のソロ・デビュー・アルバム『LULLABY』をリリースしましたが、70年代の名曲達をシンプルな編成とペダル・スティール・ギターの魅力でじっくり聴かせるこれが素晴らしい作品で、実力派としての評価を不動のものとしました。

その後も色んなミュージシャンのツアーやレコーディングのサポート、映画音楽の制作や、高橋幸宏、高野寛、原田知世らとのユニット”pupa"など、それこそジャンルを股にかけた幅広い活動を重ね、音楽的にそれぞれ違ったカッコ良さに彩られたソロ・アルバムもコンスタントに制作しております。




【収録曲】
1.ナイトライダー
2.ハニートラップ
3.Ready To Go ~涙の特急券~
4.Take It Away,Leon
5.Sleepwalk
6.ハレノヒ
7.ラッシュアワー
8.文違い
9.思惑
10.バックビート・マドモアゼル

そして2017年にリリースされた『ナイトライダース・ブルース』です。

これがもう何というか、実に素晴らしい。音楽的にはタイトルにある通り”ブルース”が軸になっているし、高田漣のスティール・ギター、ギター(エレキとアコギ両方)、バンジョーの見事な弾きっぷりは堪能出来るし、ブルースを中心に、ロックンロール、カントリー、R&B、ロカビリー、ジャンピン・ジャイヴ、セカンドライン、ハワイアンなどの、アメリカのルーツ音楽の豊かな響きが曲ごとじゃなくて、いろんなトラックの中でごくごく当たり前に溶け合っている。

で、そんな感じの、何というか「音楽の深いとこ」を上質にまろやかに、サウンドで表現してはいるんだけど、その鳴り方が「洋楽聴かない人おことわり」みたいな敷居の高い感じでは全然なくて、むしろごくごく日常のことをサラッとユーモアやホロッとした切なさを交えながら歌われる歌詞(これがブルース!)と張り上げない優しい声の効果で、ブルースとかアメリカン・ルーツ・ミュージックとか、そんなもん全然わかんなくても「これは良い日本語の音楽!」と、誰が聴いても心和む仕様になっているのが、もう何というか本当に素晴らしいんです。

「かわいいあのコに、気がつきゃカードも判子も渡しちゃった〜」

と、軽やかな曲調で歌われるもんだからつい「あらあら(^^;」となってしまう『ハニートラップ』、ジャンプ・サウンドにスティール・ギターか絡んで独自のウエスタン・スウィング×ハワイアン・スウィングみたいですこぶるカッコイイ『Take It Away Leon』(原曲はレオン・マッコーリフの超ご機嫌なウエスタン・スウィング・ナンバーなの〜♪)、セカンドラインの陽気なリズムに乗って満員電車と道路渋滞を歌う、ちょいと切ない『ラッシュアワー』が特にオススメですが、どの曲も良いよ、良いのよ〜♪






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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