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2017年01月18日

ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・クァルテット

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ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・クァルテット
(Prestige/ユニバーサル)

はい、本日も”ジョン・コルトレーンと並ぶ”といわれるモダン・ジャズ・テナー・サックス界の雄、ソニー・ロリンズです。

大体アタシは夏になると「大コルトレーン祭」をやっております。そん時はもう朝から晩まで見事なコルトレーン漬けになりますので、必然的にロリンズを聴くのは「コルトレーンの季節」が終わった、秋から冬にかけてが多い。

あ、はい。「何じゃそりゃ?意味わからん」と思ってる方も多いと思いますが、ごめんなさいね。あんまり深い意味はないんで「あぁ、コイツにとってはそんなもんなんだろーな」ぐらいに思っててくだされば幸いです。


幸いついでに、サクサクと本日のロリンズオススメ盤を紹介しましょうね♪

「ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・クァルテット」という少々長いタイトルの、1枚の作品があります。

アタシもロリンズを知ってすぐの頃は「長いタイトルだなぁ」としか思ってなかった。

しかし!

これが、その後50年、いや60年以上も「モダン・ジャズ・テナーの巨人」として頂点に君臨する(2017年の時点でまだ現役。えぇぇえ!?)ソニー・ロリンズの、記念すべき初リーダー・セッションも含む、非常に重要かつ中身もすこぶつカッコイイ名盤であるんです。

はい、サクサクいきますよ〜。

まず@〜Cが、1953年10月7日の「ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・クァルテット」のセッション。

ミルト・ジャクソン、ジョン・ルイス、パーシー・ヒース、ケニー・クラークの4人が組んだバンドが「モダン・ジャズ・クァルテット(通称MJQ)」で、これもまたモダン・ジャズでは知らない人はいないぐらい人気のグループなんですが、結成したばかりのそのMJQと、デビューしたばかりのロリンズを組み合わせた、元祖夢の企画なんです。

そしてD〜K、コチラはケニー・ドリュー、パーシー・ヒース、アート・ブレイキーと、当代きっての名手をガッツリバックに揃えた(ヒースは何とMJQ結成前)、ロリンズの記念すべき本格的な初リーダー作。オマケのように入ってるLは、同じくモダン・ジャズ黎明期の名人ドラマー、ロイ・ヘインズに、何とピアノでマイルス・デイヴィスが参加した、正真正銘の初セッション録音(リーダーという訳ではなかったみたい)です。

後半2つのセッションはいずれも1951年。

51年といえば40年代後半から一部のヒップな若いジャズマン達のものだったビ・バップが全体に浸透し、いよいよジャズが「モダン・ジャズ」と呼ばれて盛り上がっていた丁度その時。

ロリンズは何とこの時19歳です。



【パーソネル】
(@〜C)
ソニー・ロリンズ(ts)
ミルト・ジャクソン(vib)
ジョン・ルイス(p)
パーシー・ヒース(b)
ケニー・クラーク(ds)
(D〜K)
ソニー・ロリンズ(ts)
ケニー・ドリュー(p)
パーシー・ヒース(p)
アート・ブレイキー(ds)
(L)
ソニー・ロリンズ(ts)
マイルス・デイヴィス(p)
パーシー・ヒース(b)
ロイ・ヘインズ(ds)

【収録曲】
1.ザ・ストッパー
2.オール・モスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
3.ノー・モウ
4.イン・ア・センチメンタル・ムード
5.スクープス
6.ウィズ・ア・ソング・イン・マイ・ハート
7.ニュークス・フェイド・アウェイ
8.タイム・オン・マイ・ハンズ
9.ディス・ラヴ・オブ・マイン
10.シャドラック
11.スローボート・トゥ・チャイナ
12.マンボ・バウンス
13.アイ・ノウ

はい、ここまで書いて

「モダン・ジャズって何よ?ロリンズ19歳でデビューしたとか言ってるけど何がそんなに凄かったのよ?」

と、お思いの方、多くいらっしゃることでしょう。サックリとご説明しましょうね。

まず、ビ・バップとかモダン・ジャズとか言っておりますが、これは物凄く乱暴にまとめてしまえば「ジャムセッションでの意地悪」がそもそもの始まりであります。

1920年代後半から30年代にかけて、実はジャズという音楽は、基本の形が早々と整っていたんです。

音楽というのは、大体がリズムと和音(コード)とメロディーで出来ておりますね。

ジャズの場合は、西洋起源の「長調(メジャー)と短調(マイナー)」のポピュラー音楽に、ちょっとだけ濁った響きの音(最初セブンス、後にナインスなど独特のコードをプラス)を加えて、拍子のカウントをずらした、いわゆるシンコペーションという、これまた独特の取り方でリズムを刻む。

つまり

「メジャーとマイナーを濁った響きで崩し、シンコペーションでリズムを刻んで、ソロイストがその上をアドリブでメロディー展開していけばジャズ」

という、今なお「ジャズ」という音楽を簡単に説明する時に使って全然OKな公式が、戦前にもう出来ておった。

作曲家や演奏家は「その上で独自の工夫を凝らす」ことで、ジャズは洗練と熟成への道を10年ぐらいかけてゆんわり歩いてたんですね。

ここに第二次世界大戦という出来事が起きて、若いミュージシャン達も兵隊に行ったりして、よほどの人気バンドであってもビッグバンドを維持するのが難しくなってきた。

だからミュージシャン達は小さな編成でやらざるを得なくなって「アドリブの個人技」と「ビッグバンドの迫力に対抗できるスピード感」に興味と感心を払うようになったんです。

で「なんか新しいことやろうぜ」と、思い立った連中の中で、とりわけ楽器が上手くてセンスのある連中が、わざと展開を難しくしたり、テンポを鬼のように早くしたり、不協和音ギリギリの難しいコードをの中にぶっこんだりして、ジャムセッションを繰り広げていました。

この、難しかったり早かったりする新しいジャズが「ビ・バップ」です。

楽器が上手くてセンスのある連中は、他の連中をやっつけるためにこの技法を編み出したと言われています。

さてさて、この「新しいジャズ」の演奏で、最も人々の度肝を抜いたのが、アルト・サックスのチャーリー・パーカーという人なんです。

彼の登場によって、それ以降のサックス吹きがみんなパーカーみたいになっちゃったと言われる程影響力があり、そのフレーズは鮮烈なものでしたが、パーカーが編み出したその奏法を、テナー・サックスでほぼ完璧に吹きこなし、かつそれだけじゃない、何かこう、テナーの新しくてカッコイイ表現をやってくれそうな予感を、聴く人にビンビン感じさせていたのがこの時期の、ハタチそこらの若いロリンズです。


ふー・・・。

さっくり行くつもりが、分かりやすく説明しようとするとどうしても回りくどくなってしまうのは、アタシの筆力不足もありますが、この時代のジャズはそんぐらいめまぐるしく進化していて、ミュージシャンの層も厚かったと思っていただければ幸いです。

演奏を聴いてみましょう。

どのセッションでもこの時代一流の凄いメンツをバックに、ロリンズは堂々たる吹きっぷりで、なおかつ音もズ太く、淀みなくスラスラ出てくるアドリブに圧倒されます。

そしてこのアルバムの真の聴き所、そしてロリンズを心底「凄い」と思わせる秘密兵器は、皆さん、バラードですよ。

アタシはこのアルバムに入ってる「イン・ア・センチメンタル・ムード」という曲が大好きなんです。

きっかけは、作曲者のデューク・エリントンが、何とジョン・コルトレーンと一緒に演奏しているヴァージョンを聴いて、泣くほど感動したからなんですが、このロリンズの「イン・ア・センチメンタル・ムード」には、ひたすら繊細でキュンとくるコルトレーンのそれとはまた違う、オリジナルのエリントンのヴァージョンで、ジョニー・ホッジスのアルトが紡ぐ、優雅で幻想的なそれとも違う、実に男らしい優しさと憂いと色気に満ち溢れた、このアルバムでのロリンズの演奏を耳にして男泣きしました。

これは"渋い"どころじゃない、いや、こんなふくよかでドラマチックなバラードは、熟練の名手でもそうは吹けんじゃないか。もちろん若造は言うに及ばず何ですが


・・・本当にハタチそこらの新人が吹いてんのか!?そこまで思います。今でも思います。

えぇ、ロリンズのアルバムの中でも、デビュー作ではありますが、聴けば聴くほどに深まる味わいはびっくりするほどふんだんに散りばめられていると思います。






(「イン・ア・センチメンタル・ムード」何というスケールの大きな素晴らしいバラードでしょう)



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2017年01月17日

ジャニス・ジョプリン パール

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ジャニス・ジョプリン/パール
(ソニー・ミュージック)

1970年10月4日、ロサンゼルス、ハリウッドのホテルにて、アルバムレコーディングのため滞在していたジャニス・ジョプリンは、ヘロインのオーバードーズにより、27年の短い生涯を不意に終えました。

彼女が何度か入れ替えたバンドの中でもお気に入りの”フル・ティルト・ブギー・バンド”と共に行ったレコーディング・セッションは好調で、残るは「生きながらブルースに葬られて」という曲の歌入れと、アカペラのヴォーカルを仮録音した「メルセデス・ベンツ」のアレンジを決めるのみだったと云われております。

1968年に本格的にデビューして、世界情勢と熱くリンクして盛り上がるロック・ブームやヒッピー・ムーヴメントも追い風となり、彼女は一躍”時代の歌姫”のようなスターダムな存在になりました。

小柄な体で、全身全霊を振り絞ってソウルフルにシャウトするその規格外のヴォーカルと、音楽性の奥底にしっかりと根付くブルースの強固な存在感で、その声を耳にしてそのパフォーマンスを見た人は、ほとんど彼女のとりことなって行く中、ジャニス本人はどんどん変わってゆく周囲の環境の中にどう自分自身を置けばいいのか悩み、またそれを打ち消すように激しいパフォーマンスと酒とドラッグに、追われるようにのめり込んでいったと、伝記は物語っております。






【収録曲】
1.ジャニスの祈り
2.クライ・ベイビー
3.寂しく待つ私
4.ハーフ・ムーン
5.生きながらブルースに葬られ
6.マイ・ベイビー
7.ミー・アンド・ボビー・マギー
8.ベンツが欲しい
9.トラスト・ミー
10.愛は生きているうちに


ジャニスの1970年代の幕開けを告げるはずだったアルバム「パール」が発売されたのは、死の翌年の1971年1月のことでした。

前のバンド(コズミック・ブルース・バンド)は、ホーン・セクションも入ってソウル/R&B色を強めた編成でしたが、このバンドではホーンは使わず、その代わり2台のキーボードを加えたロック〜カントリーテイストがやや強くなったサウンドに乗ったヴォーカルのエモーションは、デビュー当時から一切変わりません。

このアルバムの看板曲である1曲目「ジャニスの祈り(Move Over)」は、激しくも美しい名曲。アルバム買った当初はこればっかリピートして聴いていましたが、徐々に「寂しく待つ私」「ミー・アンド・ボギー・マギー」など、ジャニスの優しい声が聴ける曲がたまらなく好きになりました。

ジャニスが遺したスタジオアルバムはどれも最高なんですが、とりわけこの「パール」はじっくり聴かせるアルバムです。オルガン2台の暖かい響きもまた染みますね。











(「Move Over」イントロからグッと持ってかれます)




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2017年01月16日

アート・テイタム〜ベン・ウェブスター・クァルテット

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アート・テイタム〜ベン・ウェブスター・クァルテット
(Pablo/ユニバーサル)

鍵盤に指がタッチした瞬間に「ふわぁっ」と拡がる、上質なフィーリング。

その可憐でいて力強いソロが終わると同時に「ス・・・ススス・・・」と、たっぷりの吐息の中に目一杯の男の哀愁を詰め込んで鳴らされる、優しい優しいテナー・サックス。

あぁ・・・いいなぁ・・・、こんなのが聴きたかったんだ・・・。

もう何百回針を落として聴いているはずなのに、聴く度に泣かされる。そして、聴いた後はまるで恋の病にでもかかったかのように、ポーっとして言葉が何も出てこなくなる。

これですよ。

「ジャズってなぁに?」

って訊かれたら、色んな答え方、色んなたとえがそれこそ出てはくるのですが

「ジャズを聴いた時、すごくいいなぁと思うんだけど、どこか切なくなって胸が苦しくなる。そんなのが聴きたい。ある?」

って訊かれたら、アタシはもう何も言わずにこのアルバムを聴いてもらいます。

ピアノのアート・テイタムと、テナー・サックスのベン・ウェブスター。

それぞれ戦前のスウィング・ジャズが華やかだった頃から活躍し、どちらも素晴らしいテクニックと、独特のサウンドの”強さ”で、イケイケの名手の名を欲しいままにした、いわばその時代のスーパーヒーローです。

そんな2人が、晩年ともいえる1956年に、スタジオで再会し、繰り広げたこのセッションは、人生の酸いも甘いも知り尽くした男たちによる、静かで深い音楽がゆったりした時空を漂うバラード・アルバム。

アタシは普段から、これはモダン・ジャズだのビ・バップだの、フリーだのフュージョンだの何だの言いますが、コレに関してはそんな細かくてしちめんどくさいカテゴライズなど一切不要です。

ただもう上質な音と空気に酔いしれて、聴く人すべてが言葉を失えばいい。遠い目をした先に淡く浮かぶジャズの切なさ、秘めた狂おしさの幻影を、名手達が奏でる音のその向こうに見ればいい。そう思います。





【パーソネル】
アート・テイタム(p)
ベン・ウェブスター(ts)
レッド・カレンダー(b)
ビル・ダグラス(ds)

【収録曲】
1.風と共に去りぬ
2.オール・ザ・シングス・ユー・アー
3.ジョーンズ嬢に会ったかい?
4.マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ
5.ナイト・アンド・デイ
6.マイ・アイデアル
7.ホエア・オア・ホエン
8.風と共に去りぬ(別テイク1)
9.風と共に去りぬ(別テイク2)
10.ジョーンズ嬢に会ったかい?(別テイク)


ひとつだけ、テイタムのピアノについて述べさせてください。

このアルバムは、ほぼミディアムスロウのバラードアルバムなんですが、テイタムのピアノは、”美しい”とは言っても、決して綺麗なメロディや上辺の情緒に流れていません。

むしろガンガンに速いフレーズを繰り出して弾きまくっているんですが、何がどうなってそうなっているのか、演奏全体がとても優雅で気品に満ちた空気で覆われています。これは本当に何がどうなっているのか解りません。戦前のスイング時代を生きてきた人にしか出せない香気です。

あと、レッド・カレンダーのベースとビル・ダグラスのドラムスの、絶対に目立とうとしないけど、実はものすごくしっかり演奏の屋台骨を支えているリズムも見事です。こういうサポートは、技術があるから出来るといった類いのことではありません。





(いつ聴いても涙腺にクる「オール・ザ・シングス・ユー・アー」です。この音色、この”間”この雰囲気、もう何も言うことありません)



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2017年01月14日

テキサス・ナイフスライド・ギター・ブルース

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ランブリン・トーマス、オスカー・ウッズ/テキサス・ナイフスライド・ギター・ブルース
(Pヴァイン)

ブルースギターの尽きせぬ魅力のひとつがスライドギターでありますね。

今はほとんどが指にボトルネックをはめたスタイルが主流になっておりますが、その原型を辿ると、ギターを膝の上に置いて、ナイフを滑らせる「ナイフ・スライド」というスタイルに行き着きます。

ナイフ・スライドがどれぐらい古いのか?誰が最初に始めたのか?というのは今もってブルースの歴史の藪の中でありますが、少なくとも弾き語りブルースマンのレコードとしては一番古いシルヴェスター・ウィーヴァーという人が、1923年には「ギター・ブルース」のタイトルでレコーディングした曲で、その頃には既に奏法として定着してたと言えるでしょう。

さてさて、このナイフ・スライド、最初の頃どこで拡がったのか?といえば、これはテキサスです。

「え?スライドといえばミシシッピ・デルタでしょ?テキサスって意外だなぁ」

と、思われる方も多いかも知れませんが、どうやらスライドギターは、テキサスにほど近いルイジアナ州のシューヴリポートという街で盛んになり、そこから西へ行ってテキサスで一気に拡がり、東へ行ってミシシッピのデルタ地域で進化したという見方が出来そうです。

今日ご紹介するのは、そんなルイジアナ州シューヴリポートで流行り、テキサスに広まったその当時の空気を感じさせるナイフ・スライドの名手二人のコンパイル盤。

スタイルとしては至極シンプルで、やや陰影の濃い味のあるブルースを聴かせるランブリン・トーマスと、ブルースからラグタイム、ジャズバンドとの共演まで多彩な芸を持つオスカー・ウッズ。

特にランブリン・トーマスに関しては、残された全録音ということもあり、歴史的にも貴重な音源なんですが、それだけでなくやはり戦前ブルースの"ナイフ・スライド"という独自のスタイルの楽しさがギッシリ詰まった素晴らしいアルバムなんですよ。




【収録曲】
(ランブリン・トーマス)
1.So Lonesome
2.Hard To Rule Woman Blues
3.Rock And Key Blues
4.Sawmill Moan
5.No Baby Blues
6.Ramblin'Mind Blues
7.No Job Blues
8.Back Gnawing Blues
9.Jig Head Blues
10.Hard Dallas Blues
11.Ramblin'Man
12.Poor Boy Blues
13.Good Time Blues
14.New Way Of Living Blues
15.Ground Hog Blues
16.Shake It Gal
(オスカー”バディ”ウッズ)
17.Red Nightgown Blues
18.Davis's Salty Dog Blues
19.Evil Hearted Woman Blues
20.Lone Wolf Blues
21.Don't Sell It-Don't Give It Away Blues
22.Baton Rouge Blues
23.Jam Session Blues
24.Low Life Blues
25.Token Blues
26.Come On Over To My House Baby Blues


まずは前半16曲収録のランブリン・トーマス。

戦後90年代まで活躍した、ジェシー・トーマスというブルースマンがおりますが、そのお兄さんです。

1902年(頃)にルイジアナ州ロンガスポートという街に生まれ、ほどなくシューヴリポートに行き、こことテキサス州のダラスとを行き来しているうちに、ブラインド・レモン・ジェフアソンやテキサス・アレクサンダーら、同地のブルースマンらと交流を深め、1928年から32年にかけて散発的にレコーディングを残しております。

その短い生涯(1940年代に旅先のメンフィスで病没)のほとんどを放浪の旅に費やした彼のブルースは、芸名通り"旅"にちなんだ苦悩や悲哀を朴訥な唄い口と、ヴォーカルに静かに寄り添う内省的なギターに、じんわりくる個性を感じさせます。

「職を求めてぶらぶらしてたら放浪罪で捕まった」

など、生活者ならではのブルーなテーマを扱った歌詞を、語りかけるように唄えば、ギターがそのメロディを追いかけるように、シンプルなコール&レスポンスの繰り返しが、この人の唯一ともいえるスタイルです。

しかも唄っている間は派手なバッシングは鳴らさず、場合によってはギター弾かないことすらありますので、かなり原初的といえば原初的、聴きようなやよっては相当にヘヴィ。バンドブルースに鳴れた耳には、いきなり喉元に錆びたナタでも突き付けられたような戦慄を覚えるのではないでしょうか。

一方、後半の10曲で、打って変わって派手で華麗なナイフさばき(?)で楽しませてくれるのが、オスカー"バディ"ウッズ。

この人は1900年頃、シューヴリポート生まれとされておりますが、正式な事は判っておりません。

しかし、1930年に白人ヒルビリー歌手、ジミー・デイヴィスのバック・ギタリストとしてレコード・デビューしてから、自己名義での録音の合間にグループでの録音もちょこちょこ残していることなどから、戦前のテキサス〜ルイジアナ近辺では、かなり名の売れたギタリストであり、放浪生活で何とか食っていたランブリン・トーマスとは対照的に、そこそこ羽振りの良い生活をしていたんじゃないかと思われますが、1940年に民俗学者のアラン・ロマックスに発見され、インタビューを受けた時には

「街角やジューク・ジョイントで演奏して生計を立ててるヨ。景気?良くないね、こんな生活をもう15年は続けてるなァ・・・」

と、語っていたようで、実際のところはよく判りません。

しかし、軽やかでどこか都会的な洗練と華やかさを持つ、例えば同じ30年代に活躍した、大都会シカゴのタンパ・レッドなんかにも通じそうな音楽性と、カラッとした明るい唄いっぷりは、なかなかどうして景気の良い感じがします。

ジミー・デイヴィス名義の「ミッドナイト・ガウン・ブルース」なんかもう、軽快なラグタイムですし、曲の展開に合わせて速度を上げて演奏をリードするところなんか、なかなか斬新ですし、管楽器(コルネット)も入るジャジーな後半もかなりセンスよく、この人の尋常でない芸の広さと懐の深さを感じさせます。


しかし、ランブリン・トーマスとオスカー・ウッズ、ほぼ同じ時代の同じ地域を中心に活躍した人ですが、こんなにも正反対&ほとんどスタイルに共通点が見られないというところがまた戦前ブルースの"ひとり1ジャンルぶり"ですね。本当に素晴らしいです。










(内へ内へ沈み込んでゆくランブリン・トーマスと)



(明るく豪快な味わいのオスカー・ウッズ♪)




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2017年01月13日

ボニー・レイット ギヴ・イット・アップ

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ボニー・レイット/ギヴ・イット・アップ
(ワーナー)

「電光石火の恋に落ちる」

という言葉がありますね。

その人を見た一瞬で、もう電流を走ったような衝撃が走って惚れてしまう。

アタシは大体が惚れやすい人間です。

十代の頃なんかね、そりゃもうヒドかった(汗)

人を見ても音楽を聴いても映像を見てもすぐに惚れてしまうアタシ、どれだけの人に恋をしたかわかりません。

今日はひとつだけ、そんな十代のアタシの恋の話をします。

深夜の音楽番組を、毎週熱心に見ていたアタシ。その頃有難かったのは、洋楽の古いロックのビデオをよくセレクトして流してくれたことですね。

クラプトンやジミヘン、レッド・ツェッペリン、サンタナなんかはそんな深夜の音楽番組で知りました。


とまれ上に挙げたビッグネームな方々は、音知らなくても親父から名前ぐらいは聞いていたので「おお、これがそうかぁ・・・」と思ってふむふむしてたんですが「名前を聞いたことない凄い人」が出てくる時が、一番興奮しましたね。

で、ある日のこと、赤毛の女の人がストラト持って、中指にボトルネックはめてスライドギターをぎゅいんぎゅいん弾いているのをいきなり見ました。

当時は女の人が泥臭いブルースのギターを弾いてるなんて、そんなの一度も見たことなかったし、しかもその弾きっぷりとハスキーな声を目一杯張り上げて唄うその思い切りの良さに、一発で惚れましたね。えぇ、ものの見事に恋に落ちました。

その人がボニー・レイット。

70年代にデビューして、当時からブルース、しかも最高に濃いミシシッピ・デルタ・ブルースに傾倒してスライドギターをガンガンに弾くアメリカの女ロッカーであるということを、翌日親父に教えてもらいました。

んでもって、そのスライドギターの神髄を、南部へ行ってミシシッピ・フレッド・マクダウェルに弟子入りして直に教えてもらったということは、ちょっと後になって知りました。


(この人、当時アタシも初めて買ったブルースのオムニバスに入ってたそのキョーレツなスライドに夢中になってました)


つまりこのお方、レコードで聴いてブルースを身に付けたとか、そういうのじゃなく、女だてらに度胸ひとつで南部まで行き「危ないから女子供は絶対に行くな」とさえ言われてた、深南部のブルース・コミュニティの中にガンガン入って行き、そこのまぁボスみたいな人に「お前はオレの娘だ!」ぐらいに気に入られてホンモノのブルースを極めてロック界に殴りこみをかけた方です。

カッコイイですよね、そりゃ惚れますて。

以後、アタシはボニー・レイットを”姐さん”と呼び、勝手に慕って今に至ります。




【収録曲】
1.ギヴ・イット・アップ・オア・レット・ミー・ゴー
2.あなただけが
3.アイ・ノウ
4.誰かに恋をするなら
5.ラヴ・ミー・ライク・ア・マン
6.トゥー・ロング・アット・ザ・フェア
7.アンダー・ザ・フォーリング・スカイ
8.あなたの想いどうり
9.ユー・トールド・ミー・ベイビー
10.ラヴ・ハズ・ノー・プライド

そんなあれこれが、高1の頃の話ですよ。

小遣いもらってやや鼻息を荒くしながら学校帰りにサウンズパルに寄って、親父に「ボニー・レイイット(と、当時呼んでた)のCDどれがいい?」と訊いたらオススメされたのはこのセカンド・アルバムです。


もう一発目のスライドでぶっ飛びましたね。

乾いた音と、何かよくわからんけどリズム感が「ブルースも弾けるわよ」じゃなくて、もう完全に「アタシゃブルースだよ!」と、強烈に自己主張してて、これはカッコよくてフィーリングも溢れてるスライドギターの素晴らしいお手本です。

ハスキーで気風のいい声もまたいいんですよね。もちろん姐さんの曲は、ドロドロにブルースな曲ばかりではなくて、カントリー風味の小粋な曲とかキャロル・キングばりのしっとりしたバラードもあって、全てのアメリカン・ルーツ・ミュージックの根っこを感じさせるその音楽性は実に幅広いんですが、その幅の広さが軽くならずにしっかりとソウルを根付かせるエモーショナルな声のとりこにもなりました。えぇ、今もしっかりと惚れてますとも。


ちなみに”人”としてのボニー・レイット姐さんも、難民や社会的弱者を支援する活動や、ビジネスのことをよく知らないミュージシャン達がレコード会社やプロダクションに搾取されている現状を訴えて、ブルースマンにちゃんと印税が入るようにあちこち直談判に走り回ったり、心も熱い人です。





(「Give It Up」ライヴです!姐さんカッコイイ!!)



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