ディープなコラム こちらにも書いてます♪

2017年08月06日

マディ・ウォーターズ The Complete Plantation Recordings

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Muddy Waters/The Complete Plantation Recordings
(Chess/MCA)


小説や漫画とかで、いわゆるスピンオフというやつですか。主人公達の物語が始まる前の世界を書いた作品というものがありますね。あぁ、この出来事が原作のあの場面に繋がっていくんだ。とか、主人公の師匠の若い頃はこんなだったんだ・・・とか。

そういう風に、どんな物語も「それ以前のストーリー」というものがございます。

それは音楽の世界でも同じで、偉大なミュージシャンとか、巨人とか帝王とか呼ばれるようなアーティストにも、下積みやブレイク前の時代というものがあるわけですね。

ブルースの世界で「とてつもない巨人」といえば、これはもうシカゴでエレクトリックなバンドブルースの時代を切り開いたマディ・ウォーターズです。ギラギラに黒光りするエレキギターのスライドを弾きながら、貫禄いっぱいに野太くブルースを歌う王者マディ。

そもそも歌がどうとかギターがどうとか、そんなことよりも彼の内側から湧き出てくる膨大な質量のブルースの凄味、その底無しの説得力に、アタシらはもう息を呑んで圧倒されるしかないのですが、もちろんそんなマディも、シカゴに出てくる前はミシシッピの片田舎の農場で週末にギターを弾き、サン・ハウスやチャーリー・パットン、そしてロバート・ジョンソンといった先輩ブルースマン達がやってくると嬉々として演奏を聴きに行き、その歌の表現やギターの演奏法を見て学んでいた時代というのがあったんです。

1942年のある夏の日、ミシシッピ州のストラーヴァル・プランテーション(農場)に一人の紳士がやってきました。

彼の名は民俗学者アラン・ロマックス。

父のジョン・ロマックスと共に、主に政府や連邦議会図書館からの依頼を受けてアメリカ全土を旅しながら、各地に暮らす様々な人種の音楽をレコーディングしていたアランは、今回も国会図書館から

「南部の黒人音楽をレコーディングしてきてほしい」

という依頼を受けたのでした。

アランはこの時、当初からその噂を耳にしていた人物のレコーディングをしようと、その男を探しておりました。

その男の名はロバート・ジョンソン。

「とてつもなくギターが上手い」

「悪魔に魂を売った男だから関わらない方がいい」

「どんな曲でも一度耳にしたら弾けてしまう不思議なヤツだ」

ミシシッピ周辺の酒場やジューク・ジョイントに行けばロバート・ジョンソンの噂がささやかれ、それはロマックス親子のニューヨークのオフィスにも南部から届いてきておりました。

その亡霊のような不思議な存在感を持つブルースの化身のような男の声を、アランは何としても歴史の記録として残しておきたかったのですが、南部に入り、ミシシッピで聞き込みをしている時に

「旦那、ロバート・ジョンソンを探してるんだって?生憎だがヤツは死んだよ。・・・殺されたんだ」

というショッキングな事実を聞かされます。

「何だって!?ちくしょうせっかくレコーディングに来たのに・・・」

と、ガックリのアランでしたが、親子二代で培った”探し屋稼業”の血が、彼を手ぶらでニューヨークにすごすごとは帰らせませんでした。

それならロバート・ジョンソンのようなスタイルでブルースを歌うヤツを探し出してソイツを録音してやろう!と、執念を燃やしたアランは周辺で更に聞き込みを開始。

「あぁ、そういうヤツやら一人いるね。ストーヴァル農園に行ってみな、マディ・ウォーターズって呼ばれてる男がいいスライドを弾くぜ」

という情報をようやく得て、勇んでその農園に車を走らせたアラン。

農場の食堂で、周囲の「誰だ?」「警察か?」「密造酒のガサか?」という警戒の目に晒されて待っていたところに、がっしりした体格の、やたら風格のある一人の男が入ってきます。

「おい、何か妙な旦那がお前を探してるって・・・」

「何だって?」

「レコーディングがどうとか言ってるんだが、よくわかんねぇ。とにかく面倒はごめんだぞ」

「・・・あぁ」

そんな感じでヒソヒソと若いモンと話してアランのテーブルにその青年はゆっくりと腰掛けました。

「ようこそ旦那、俺の名前はマッキンリー・モーガンフィールド。ここいらじゃ”マディ・ウォーターズ”って呼ばれてるちったぁ知られたギター弾きでさぁ。で、今日は何の用ですかい?」

南部黒人の皆がやっているようにうやうやしくへりくだり、しかし警戒の目と威圧感を緩めない、一目で”できる男”の貫禄を、全身とその態度から漂わせている若き日のマディに、アランは「あぁ、コイツはタダ者ではない」と直感したアラン。

持参したギターを見せて「まぁ一杯どうだ」とバーボンを勧めながら丁寧にレコーディングをしたい旨を話しました。

密造酒の取り締まりか、身に覚えのない犯罪の嫌疑だろうと最大限に警戒していたマディは、アランの持ってきたギターとその真摯な説明を聞いてようやく警戒を解き、杯を重ねつつ生い立ちやブルースのことなど、アランの事細かい質問に、しっかりした言葉と態度で丁寧に答えたといいます。

都会からやってくる白人の音楽関係者も、最新式の録音機材(SP盤)も、マディにとっては生まれて初めて目にするものでありました。





【収録曲】
1.Country Blues(version1)
2.Interview #1 -
3.I Be's Troubled
4.Interview #2
5.Burr Clover Farm Blues
6.Interview #3
7.Ramblin' Kid Blues
8.Ramblin' Kid Blues
9.Rosalie
10.Joe Turner
11.Pearlie May Blues
12.Take A Walk With Me
13.Burr Clover Blues
14.Interview #4
15.I Be Bound To Write To You(version1)
16.I Be Bound To Write To You(version2)
17.You're Gonna Miss Me When I'm Gone(version1)
18.You Got To Take Sick And Die Some Of These Days
19.Why Don't You Live So God Can Use You
20.Country Blues(version2)
21.You're Gonna Miss Me When I'm Gone
22.32-20 Blues


そんなこんなで1941年4月、後にシカゴ・ブルースのボスマンとなり、ブルースの歴史を大きく変えたマディ・ウォーターズの初めてのレコーディングが、農場の食堂で行われました。実にこの時マディ・ウォーターズ28歳。

もちろんこの時点でマディはシカゴに出て音楽で生計を立てることなど考えておらず、アラン・ロマックスもまた、この男が後にブルースを代表する大スターになるなんて思ってもおりませんでした。

もちろんこの頃のマディは、近隣では名が知れ渡ってるとはいえ、昼間は農作業に勤しむアマチュア・ミュージシャン。

アランもまた、レコード会社の人間ではなく、レコーディングの目的はあくまで

「南部の日常に生きる黒人音楽をありのまま、資料として記録すること」

でした。

しかし、これが結果として大成功でした。

マディのスタイルは、ロバート・ジョンソンというよりもむしろ、更に前のサン・ハウスやチャーリー・パットンからのストレートな影響が濃厚な、タフで野太い純正デルタ・ブルース。

セッションはアラン・ロマックスによるマディのインタビューを挟んでの弾き語りに始まって、当時コンビを組んでいたギター&フィドル奏者サン・シムズをメインにしてのストリング・バンド形式のものや、チャールズ・ベリーのセカンド・ギターを付けたものなど、実に戦前のミシシッピ・デルタ地帯で日常的に歌われ、演奏されていたであろうブルースやバラッド(ブルース以前のフォークソング)の見本市のよう、バラエティ盛りだくさんの内容であります。

弾き語りでは後のヒット曲となる「l
Feel Like Going Home」や「l Can't Be Satisfied」の元になる演奏が聴けるだけでなく、エレキ持ってバンド組んで以降は"ここ一発"のリフやソロの時にタメて斬り込むスタイルになったギターが、アコースティックでは唄のバッキングを、パーカッシブなサン・ハウス・スタイルでガツガツ弾かれているところに注目してド肝を抜かれてください。

当たり前ですがマディ、ギター凄まじく上手いです。


そして「リアルな戦前ミシシッピ・ブルース」という意味では中盤のサン・シムズを中心にしたセッションが素晴らしい。

曲調はのどかで牧歌的ですらあるのに、演奏の冒頭からガラの悪い掛け声、これが演奏中にも度々出て来て、なんというか雰囲気最高なんです。

戦前ブルースといえば、戦後のフォーク・ブルース・ムーヴメントの折に再発見された人達の、渋かったり飄々としてたりのイメージから、何となくのどかで静かなイメージを勝手に抱いてましたが、このガラの悪さ、音だけじゃなく罵声奇声でガンガン煽りまくる演奏スタイルに

「あぁ、やっぱりブルースは昔からヤクザな連中のヤバい音楽だったんだな」

と、嫌でも納得してしまいます。

ちなみにサン・シムズは、戦前はチャーリー・パットンの相棒としてコンビを組んでいた人で、演奏中にガヤやセリフを言うことの多かったパットンとは、即興の掛け合いでもって、今で言うフリースタイルのようなガヤ芸をジューク・ジョイントでしょ炸裂させてたんでしょう。うん、ガラ悪くて最高です。


映画『キャデラック・レコード』は、マディのこのレコーディングの場面が出て来て、この時の録音盤でマディが初めて"自分の声"を聴いて、音楽で身を立てる決意をしてシカゴへ旅立った、という描かれ方をしています。

事の真偽はともかく、マディはこのレコーディングの後すぐにシカゴへ出ております。

もし、ロバート・ジョンソンが死んでおらず、マディがアラン・ロマックスと出会わず、レコーディングが行われてなかったらブルースの歴史は戦後まるで違う展開になっていたでしょう。




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2017年08月05日

ローランド・カークのコルトレーンを聴け!

今年の『大コルトレーン祭』も、おかげさまで盛況です。

え?「ブログにダラダラ書いてるだけなのに盛況も何もないだろう」ですって?

いや、はい、まぁアタシ一人で盛り上がってもいるのですが、記事中に貼ってあるアマゾンの商品リンク、これでですね、コルトレーン買ってくれる人が去年よりいらっしゃるんですよ。

このリンクはいわゆるアフィリエイトといいまして、このリンクからアマゾンに飛んでお買いものをすれば、アタシの方に「これが売れたよー」と、通知が来る仕組みでありまして、そして誰かがこのブログ経由で買い物をしてくれたら(紹介しているものでなくても)、アタシにいくらかの小銭が入る仕組みになっております。

そのいくらかの小銭は、コツコツ貯めていつかお店を再開しようと目論んでおりますので、どうか皆さん、宜しくお願いします。

それはそうと、アタシが『大コルトレーン祭』をこうやってブログでやって、それをツイッターとかフェイスブックに「更新したよー」と投稿しますと、フォロワーさん達がリツイートしてくれたり、お気に入りしてくれたり、えぇ、それだけでも嬉しいんですが、与太文を読んでくださった上でコルトレーンについてのアツい想いを語ってくださる方々との会話、これが嬉しい。

で、コルトレーンが好きな方というのは、音楽や社会のことにとても真摯に目を向けて考察されている方が多いですよね。

コルトレーンの音楽も、彼自身の音楽やあらゆる出来事に対する真摯な姿勢から出来ております。そう考えるとやはりアタシは、この世の中にコルトレーンの音楽を紹介しつづけることで、真摯と誠実の種を蒔きたいな、いや、蒔かなきゃならないな、全然影響力のないただの田舎者ではありますが、それでもこのブログをきっかけにコルトレーンを知った人がいて、その人がコルトレーンの音楽と出会ったことがきっかけで、人生豊かにしてくれたり、周囲に良い影響を与えることが出来るとか、そういう風になったらきっと世の中平和ではないですか。

や、コルトレーンに限らず、良い音楽にはそういうユルく深い影響力が、政治とか宗教とかそういうものよりも全然あると思いますんで、えぇ、ブログ頑張ります!


というわけで今日の大コルトレーン祭なんですが、今日はちょいと趣向を変えまして

「コルトレーンの曲がこんなにカッコ良くカヴァーされてるよ♪」

というのをご紹介しましょう。

コルトレーンは、もちろんジャズの先輩達からも

「お、アイツやってるな」

と、一目置かれる存在でありましたが、それ以上に後輩達から「兄貴、兄貴」と(?)ものすごく慕われた人でありました。

性格的には一見寡黙でストイック、友達とワイワイやってると思ったら、サックス持って別室で黙々と練習して戻ってこないとか、そういう神秘的なカリスマを持っていると思いきや、プライベートで付き合う仲になると、案外子供みたいにカワイイところがあったり、実は抜けてる部分も結構あったり・・・(^^)

そんな人、慕われるでしょうね。

で、コルトレーンの周囲には、新しい音楽を作ってやろう!という熱情に燃えた、ちょっと変わった若者達が、60年代以降チラホラと出入りするようになります。

その中の一人がローランド・カーク↓


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見た目バケモノですが、実際にバケモノです(汗)

カークはコルトレーンより10歳ぐらい年下ですが、コルトレーンがマイルス・バンドに加入したその頃に、19歳で才能を発揮してブイブイ言わせてましたから、どちらかというと同期みたいな気軽な間柄だったんですね。

カークは盲目というハンディキャップがありましたが、その分非常に勉強家でありました。

特にブルースやR&Bなど、ルーツ・ミュージックへの探究心が凄いカークとコルトレーンは若い頃から気が合って、よくツルんでたそうです。

1963年のある日、西海岸のクラブで演奏していたコルトレーン・カルテット。

その凄まじい演奏が盛り上がりに盛り上がり、客席も巻き込んで熱気ムンムンだったその時、客席にたまたまいたローランド・カークが何の前触れもなくステージに乱入。

コルトレーンもメンバーも

「お、カークやないけ♪」

と、喜んで熱演で迎えました。

コルトレーンが、この時の必殺技だった長い長い長いソロを繰り広げると、カークはニヤニヤして更に長い長い長い長いソロで応報。

しかも、カークのロング・ソロは、彼独特の循環呼吸という技を使っての、音がずーっと途切れない奏法です。

コルトレーンびっくりして、楽屋で

「おい、あんなすげぇノン・ブレスのソロ、お前どうやってんの?」

と訊いたところ

(きたよコルトレーンの”音楽質問攻め”)

と、ニヤリほくそ笑んだカーク

「あぁ、オレは目が見えねぇから生まれつきこういう特殊能力が備わってんのよ」

と答えて、二人とも大爆笑したと云います。

仲良しですね、2人とも実にカワイイ。

そんな仲良しの二人でしたが、レコードでの共演はついに行われませんでした。

60年代半ば以降、どんどん先鋭化してへヴィな方向へ突き進んだコルトレーンと、ソウルに接近し、よりポップで大衆音楽なものを指向したカークとでは、元から進むべき道は違っていたのかも知れません。

でもカークは己の内側の深いところを真摯に突き進むコルトレーンを尊敬しておりました。

そんなカークの、コルトレーンへのリスペクトが刻まれているレコードが『ヴォランティアード・スレイブリ』







コルトレーンが亡くなった翌年の1968年に出演したニューポート・ジャズ・フェスティヴバルでのライヴが後半に収録されているのですが、ここに「ア・トリビュート・トゥ・ジョン・コルトレーン」というトラックがありまして、これが

「ラッシュ・ライフ」
「アフロ・ブルー」
「ベッシーズ・ブルース」

という、コルトレーン初期から晩年までの愛奏曲のメドレーなんです。

これがもう名演!

バラードから始まって勇ましさの極みの「アフロ・ブルー」もう何ですかこれ、カークはソプラノ・サックスではなく、マンゼロ(サクセロ)という1920年代に少量生産された珍しい楽器で吹いております。

この音はソプラノと同じキーらしいですが、いわゆるソプラノ・サックスより何だか原始的な温かみのある音がしますね。強いて言うならモロッコの民俗音楽のジャジューカでベーベー吹かれるチャルメラみたいな、そういう土着っぽい響きあります。

こんなサウンドに、コルトレーンの民俗調マイナーワルツの名曲「アフロ・ブルー」がハマらない訳がありません。

コルトレーンが乗り移ったかのように、無心でバラバラバラー!と細切れフレーズを撃ちまくるカーク、ド肝を抜くほど凄いです。ピアニストのロン・バートンも、最初「誰?」と思いましたが、こちらにもマッコイが憑依しております。

コルトレーン者を自称しておきながらこんなこと言うのも何ですが、アタシはカークのこの演奏を聴いて

「あ、あ、アフロブルーって凄い曲じゃねぇか!ちくしょー、オレは今まで何聴いてたんだ!!」

と思って「ライヴ・アット・バードランド」を、大慌てで聴き直しました。ここだけの話ね(汗)

「アフロ・ブルー」が最高潮に盛り上がってエンディング、わーい。となってきたところに間髪を入れずにスウィングする「ベッシーズ・ブルース」の盛り上がりもまた凄いんですよ。カークといえばソウルやR&Bのカヴァーが大変に素晴らしく、そういう人だとばかり思っていたら、まさかのコルトレーン、しかも本人以上に本人っぽい魂の熱演にもう撃ち抜かれたままですが、コルトレーンもカークも、やっぱり根底に持っている”ブルース”で強烈に繋がってたんだなと思います。

彼らの”ブルース”は形式だけをなぞったものではなくて、もっともっと血の源流みたいなところまで行って吐き出してくるみたいな・・・上手くは言えませんが、もしかしたらこの60年代から70年代のジャズが、あぁ凄いカッコイイなと思えるその一番大事な要素、それが両者の持つ、お飾りじゃない奥底のブルース・負イーリングだと、アタシはしみじみ思います。

そうそう、このアルバムの”コルトレーン”は、後半のメドレーだけじゃなくて、実は前半スタジオ録音での「小さな願い(I Say A Little Prayer)」でも出てきます。

この曲は知る人ぞ知る有名なバカラック・ナンバーですね。でも、アドリブであの「至上の愛」が出てきます。何の前触れもなく、当たり前のようにバカラックの、ポップスの神様みたいな曲の中に、コルトレーンの、ポップスとは一番程遠いと思われてる曲を「え?ポップスだろ?」とぶっこんでくるカーク、やっぱりカッコええですもんね。







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2017年08月01日

ジョン・コルトレーン ライヴ・アット・バードランド

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ジョン・コルトレーン/ライヴ・アット・バードランド
(Impulse!)

八月に入りました。

「大コルトレーン祭」は、毎年コルトレーンの命日の7月17日から8月の31日まで

「ジョン・コルトレーンという本気の音楽やってた人のアルバムを聴いて、みんなで豊かな音楽ライフを満喫しようぜ」

という、軽い気持ちで始めた企画であります。

店頭でこの祭をやっていた頃は、それこそそれまでコルトレーンなんて聴いたことなかった人や、そもそもジャズにあんまり興味がなかった人とかも

「お、今流れてるこれ誰?かっこいいね」

「ヤバイっす、飛ぶっす!」

と、まぁそれぞれが様々な反応をしてくださってコルトレーンという”一生モノの音楽”を、その時見付けてくれた。

嬉しかったですね、すごく嬉しかったです。

で、アタシが何故、数あるミュージシャンの中から、コルトレーンをこうやってピックアップしているかということなんですが、まず深い理由として、やっぱり世の中のあらゆる音楽という音楽は、それ聴いた人の心を豊かにしたり、様々な事柄について考える深いきっかけになったり、或いはどうにもならない生きづらさみたいなものを感じてる人の痛みや苦しみに寄り添うようなものだなということ。

もちろん他にも素晴らしい音楽は新旧東西問わず無限にありますが、コルトレーンってそこんところ、つまり「あぁ、いい音楽を聴いたなぁ」とか「あぁ、深い音楽を聴いた」とかいう感動を、ある意味で一番分かり易く伝えてくれる人なんじゃないかと思ったんです。

明るく楽しく、憂さ晴らしをしてくれるような音楽ももちろん結構だし、アタシ自身も大好きなんですが、たとえば悲しくてどうしようもない時に聴くコルトレーンの切々としたバラードとか、息を呑むような凄まじい迫力の演奏とか、これ本当に”効く”んですよ。

ジャズがどうとか、そういうことをとりあえず置いといても、コルトレーンの音楽は「何かを訴える音楽」として最高に深いしカッコイイものだと思いますので、もし、このブログを読んでいてコルトレーンなんて知らないという人がおりましたら、アタシはそういう人のためにこそ書いております。どうか何かのはずみででも結構ですのでコルトレーン、聴いてみてくださいね。決して「軽い、つまんない」とは思わせませんので。

はい、ちょいと能書きが長くなりましたが、今日もそんなディープで切実なメッセージに溢れたコルトレーンのアルバムを紹介しましょう。

コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと組んだオリジナル・カルテットが、結成から少し時間を経てチームワークもばっちりになってきた頃の1963年、当時ニューヨークでは名門と呼ばれた老舗ジャズクラブ”バードランド”で行われたライヴを収録した『ライヴ・アット・バードランド』。

実はコルトレーン、この前の年にエリック・ドルフィーもいたクインテットでバードランドに出演していて、この時の演奏を収めたアルバムも↓として後年リリースされましたが



コルトレーンの生前に、所属していたレーベルから出された公式な”バードランドのライヴ盤”といえばコレなんです。

何といっても必殺マイナー調ジャズ・ワルツのスピリチュアルな名曲『アフロ・ブルー』が入ってますし、ソプラノ持った激しいコルトレーンと、テナーで吹かれる甘いだけじゃない深い味わいのバラードが一枚のアルバムで両方じっくり堪能できます。

つまり「コルトレーンってどんな感じ?」という軽い感じのお問合せにも、素晴らしい演奏でズバッとお答えできる、なかなかにスグレた一枚なんです。

この時期のメンバーによる”黄金のカルテット”には、他のバンドにはない、ちょっと聴いただけで「あ、コルトレーンのカルテットの頃のだね」とすぐに分かるハッキリとしたサウンドがありました。

つまり

コルトレーンのテナーとソプラノは鳴り響く太く鋭い音色で、アツくそして凄まじい速さのアドリブを空間に叩き付ける。

マッコイのピアノはマイナー調のスケールを、力の限り鍵盤に打ち込むように放つ展開と、右手でハッとするような美しいフレーズを転がすように奏でる”押し”と”引き”で聴く人の心をガンガン揺さぶってくる。

ギャリソンのベースは、屋台骨としてアンサンブルに必要なルート音を堅実に提供しながら、特に弦を引っ掻くように「ゴリッ!ゴリッ!」と鳴らして、そのエモーショナルなプレイに凄まじい熱気がこもっている。

そしてバンドの要のエルヴィンのドラム。たとえば10分だったら10分、20分だったら20分の演奏時間の中で常にアクセルを緩めない渾身の一打。ただパワフルなだけじゃなくてその強烈な音を、コルトレーンのアドリブに合わせて細かく変化させることも出来る、まるでリズムそのものに意思があるかのような生々しいドラミングです。

これらメンバーの音が、独特の荘厳で重厚な響きを持った曲の中で一体になって重なり合い、高温で溶け合い、楽曲、メロディ、リズム全部が激しく互いを刺激し合うアンサンブルになるんです。

・・・ふぅ、ちょっとアツくなって説明っぽくなり過ぎましたが、つまりは熱く、重く、切なく狂おしいのがこのバンドならではの音世界。

聴いてるうちに凄まじく揺さぶられます、でももっともっとガンガンに揺さぶってほしくて、コルトレーンを聴きたくなるんです。そして聴いているうちにコルトレーンの激烈な演奏には何か重要なメッセージが込められるんじゃないかといった具合に、体感と思考が更にガンガン揺さぶられます。





【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

【収録曲】
1.アフロ・ブルー
2.アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3.ザ・プロミス
4.アラバマ
5.ユア・レディ


さぁ、一曲目の「アフロ・ブルー」から、このアルバムはそんなコルトレーン・カルテットの”揺さぶり”が全開です。

「アフロ・ブルー」は、大ヒットした「マイ・フェイヴァリット・シングス」と似た構造を持った、マイナー調のジャズ・ワルツ。

コルトレーンのマイナー展開は不思議ですよね、哀しげなメロディーなのにリズムとテンポが非常に力強く、まるで北アフリカとか中東とか東欧とかその辺の民族音楽を聴いてるかのようなトリップ感に溢れております。

90年代以降クラブDJのリミックスネタとしてよく取り上げられ、ダンスフロアで人気の定番になったエピソードを出すまでもなく、何というか人の心の「哀愁で踊りたい」という本能に火を点けるんですね。コルトレーンは。

そしてこのアルバムのもうひとつの聴きどころは2曲のバラード

「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」は、初期の名作といわれる『ソウルトレーン』で録音されて以来、コルトレーンがお気に入りとして色んなライヴで演奏してきた曲。

流れるような美しいメロディがすーっと耳に入ってくるスタンダード・ナンバーですが「エンディングでの長い無伴奏サックス・ソロ」が、コルトレーン演奏の醍醐味です。

ここでもラストで無伴奏に突入します、そして、そこからの展開が、もうめくるめくスケール・アウトとふと原メロディに戻る瞬間との波状攻撃で素晴らしいんです。

そしてもう一曲のバラードの『アラバマ』。

これはいわゆるバラードの、甘く愛を奏でる趣旨とはまるで違う、重く悲しく、静かな怒りを秘めた痛切なバラードです。

このアルバムが録音された年に、アラバマ州の黒人教会で、ミサの最中にダイナマイトが投げ込まれ、4人の女の子が犠牲になったという痛ましい事件が起こったんです。

この事件はアメリカ全土を深い悲しみと怒りに包みました、そして日頃から音楽で世界を平和にして、差別とか対立のない世界にしたいと真剣に考えていたコルトレーンにも大変なショックを与えました。

ただ、コルトレーンの場合はこういった痛ましい事件を受けて「あぁ悲しいね」だけでは収まらない、悲しみも怒りも絶望も、一曲のメロディとアドリブの中に全て込めて吹いています。

これはアタシなんかがどうこう言うより、聴いて頂いた方が早い。とにかくコルトレーンという人の、この曲に限らず音楽全般にどんなメッセージを込めていたんだろうかという部分が切実に沁みてきて皆さんに訴えかけると思います。

この日の客入りは少なかったらしく、拍手もまばらで歓声もほとんど聞こえないんですが(これがこのアルバム唯一の不満な点です)、当時のアメリカでクラブでの客入りって多分こんな感じが普通だったんだろうなと思うと切なくなってしまいますが、どこまでもアツく盛り上げる曲と、思考の奥深くに沈み込む曲と、全身全霊で吹き切るコルトレーン本当に凄いです。

この日の生演奏を間近で聴けたお客さんは、どれほどの衝撃を受けただろう、そしてどれほどの”考えるきっかけ”を感じただろうと思います。







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2017年07月31日

ジョン・コルトレーン クル・セ・ママ

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ジョン・コルトレーン/クル・セ・ママ
(Impulse!)


前回はコルトレーン、記念すべきImpulse!第一作目の『アフリカ/ブラス』をご紹介しましたが、皆様本日はアタシが思う「コルトレーン流のアフリカ」が、更にディープな領域に立ち入って見事炸裂した、うん、コルトレーンの作品の中でも一番”アフリカ”を感じさせるアルバム『クル・セ・ママ』をご紹介いたします。

はい、曲毎に録音の日付が違ったり、メンバーが入れ替わったりしておりますが、このアルバムの収録曲がレコーディングされたのはいずれも1965年です。

1965年って何?って言いますと、あのですね、コルトレーンがマッコイ、ギャリソン、エルヴィンと一緒にバンドを組んでから5年経ったということなんですよ。

その5年間でコルトレーンは「次、また次!」と、どんどん音楽的な変化を求めて、レコーディング毎にそれを何らかの形にしてきた。もうそのコルトレーンの”変化を求める気持ち”というのは凄まじいものです。

で、そういやオレは5年前にインパルスと契約した時に「アフリカ」って曲を吹き込んだ。でもまだオレはあの時点ではまだまだ一般的なジャズのやり方でしかアフリカを表現出来てなかったよな。あれからオレはアフリカ音楽も本気で勉強したし、思想も歴史も学んだし、カルテットのメンバーもあの頃と比べて腕を上げている。そうだ、もっぺんオレが思う”アフリカ”を曲にしてレコードに残したい。うん、だったらすぐにスタジオに入るぞ。

と、コルトレーンはまるで水泳で息継ぎをするように思考を巡らせてスタジオ入りしたことでありましょう。

コルトレーンが思いを巡らせて、コンセプトを更に煮詰めた”アフリカ”これを通常のカルテットで演奏すると、まだまだフツーのジャズになってしまう(や、あくまでコルトレーン基準の”普通”です)から、今回も助っ人が必要だ。

と、呼ばれたのが、アフリカン・パーカッション奏者で、当時ジャズ周辺ではアフリカンアメリカンの民俗活動家、詩人、または思想家として一部ミュージシャン達から尊敬されていた人なんだそうです。

ジェンベと呼ばれるアフリカではポピュラーな打楽器を叩きながら、アフリカの言葉と英語を織り交ぜたスピリチュアルな詩に節を付けて唄うそのスタイルを、コルトレーンはそのまま演奏の中心にして、どちらかといえば自分達カルテットはそこに混ぜてもらおうと、ルイスに作曲も依頼します。

これがタイトル曲の「クル・セ・ママ」。

レコーディングに当たっては、ルイスのパーカッション、エルヴィンのドラム、そしてこのセッションのために連れてきたフランク・バトラーのドラムスとパーカッションと3つの打楽器がリズムを強調。更にコルトレーンが個人的に気に入っていた若手サックス奏者のファラオ・サンダース(後に正式にグループに参加)のテナーと、カルテット初期の頃にヴィレッジ・ヴァンガードのライヴなどに招いて、バスクラやベースを吹いたり弾いたりしてもらい、民族っぽい雰囲気を醸し出すのに大貢献したドナルド・ギャレットも加えた8人編成で、この大作は演奏されております。

演奏の主導権を握るのは、完全にジュノ・ルイス。

彼のパーカッションが合図となって打楽器群のリズムが打ち鳴らされ、ベースがどんより響き、マッコイのピアノがまるでアフリカの竪琴のようにリフとも効果音とも言える美しい音を断片的に鳴らす。そしてコルトレーン、ファラオ、ギャレットが荘厳なテーマ・メロディーを合奏している中で、ルイスのアフリカ語の詩「クル・セ・ママ(母の讃歌)」が、静かに、そして徐々に熱を帯びながら語られて唄われる。

ファラオの”キュルキュルキュル!”という、ゴツいマシーンのエンジンブレーキみたいな独特のテナーの吹き鳴らしも、ギャレットの不穏に炸裂するバス・クラリネットも、これはもう完全に”ノれるジャズのソロ”じゃあないんです。

西洋音楽の調制や規律からは最初からアウトした感じの、もう完全に民族音楽のような、喩えれば人や動物の声に近いフレーズで、これが歌と呼応していて、本当に「あぁ、豊かな音楽だなぁ」と、何度聴いてもしみじみ思わせるんですね。

続いての「ヴィジル」は、うって変ってジャズマンとして、一人のテナー吹きとして、エルヴィンのドラムだけをバックに・・・というか、アドリブとアドリブの対等で激烈な一騎打ちで興奮させてくれます。

コルトレーンにとってエルヴィンは、かけがえのない”触発の素”でありました。

「バックでエルヴィンが叩いてくれたら、それだけで次々とアドリブが出てくるんだ」

と、誰彼構わずそう語り、エルヴィンを絶賛していたコルトレーンの気持ち、これ聴くとすごく分かります。バックがドラム(リズム)だけというのは、つまり他に和音やルート音を奏でる楽器がない分、自由にハチャメチャにやれる訳です。ここでのコルトレーン、フリー・ジャズとまではまだ行きませんが、凄まじく暴れています。エルヴィンも定型こそ崩してませんが、こんな自由なドラムったらないです。

そして「コルトレーンのスピリチュアル・バラードの極み」と、今や若い人達に愛されていて、カヴァーやリミックスなんかも多い「ウェルカム」。

これはカルテットでの演奏ですが、いわゆるジャズのバラード特有の、甘さとか、ムーディーな夜の雰囲気とかとは、何かこう全く別の世界ですね。

コルトレーンのテナーの音はふくよかで優しく、マッコイ以下バックの演奏はしっとりとまとまっています。けれどもその”まとまってる感”を何かが飛び越えて、もう精神世界と言うしかないところから音が鳴ってる。そんな曲です。



【パーソネル】

(@)
ジョン・コルトレーン(ts)
ファラオ・サンダース(ts)
ドナルド・ギャレット(b-cl,b)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
フランク・バトラー(ds,perc)
ジュノ・ルイス(perc,vo)

(A)
ジョン・コルトレーン(ts)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

(B)
ジョン・コルトレーン(ts)
マッコイ・タイナー(p)
ジミー・ギャリソン(b)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)

1.クル・セ・ママ
2.ヴィジル
3.ウェルカム

実はサウンズパル店頭で『大コルトレーン祭』をしていた時、このアルバムがぶっちぎりで売れたアルバムだったんです。

「これは面白い!」

「カッコイイ!」

と、試聴して買ってくれたのは、いずれも若い音楽好き。

特に

「ジャズはメインで聴く訳じゃないけど、ジャズも好きですねー、カッコ良ければ何でもOK」

という方々に、あぁコルトレーンの音楽ってこうやって聴き継がれていくんだなぁ・・・と、激しく感動したことを今もしっかりとアタシは覚えております。

コルトレーンの音楽は、もちろんジャズとしてカッコイイんだけど、ジャズファン以外の音楽好きを巻き込む”何か”を、常に発してるんですよね。その”何か”とは何か?

うん、アタシも実はいまだによくわかんないんで、コルトレーンを飽きずに「あぁいいなぁ」「かっこいいなぁ」と思いながら聴くことが出来てます。





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2017年07月30日

ジョン・コルトレーン アフリカ/ブラス

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ジョン・コルトレーン/アフリカ ブラス
(Impulse!)


1961年4月、コルトレーンはこれより67年にあの世へ旅立つまで専属となるインパルス(Impulse!)レコードと契約を交わします。

Impulse!は、1960年に大手映画会社系列の、ABCパラマウントレコードのジャズ専門レーベルとして設立されたばかりの気鋭の新興レーベルで、61年に若手敏腕プロデューサーとして知られていたボブ・シールがレーベルの責任者に就任。

ボブ・シールという人は単なるやり手のプロデューサーというだけでなく、自らも楽器を演奏するミュージシャンであり、作詞作曲もする(ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」の作者が彼だということは実はあんまり知られていないっす)人で、ジャズに関してはコルトレーンのような”新しいジャズ”から、スウィング時代のトラディショナルなものまで幅広く聴くことの出来る人でありました。

当時コルトレーンが所属していたメジャー・レーベルのアトランティックは、もちろん彼に良いレコーディング環境を与え、ブラック・ミュージックに関心が深い分、彼のやりたいこともある程度は理解してくれて良心的なサポートをしていましたが、コルトレーンの「新しい音楽」、つまりこれから彼が志向してゆくであろうアヴァンギャルドな路線に関しては、ちょいと難色を示しておりました。

アトランティックとしてはその前の年に契約した”ニュー・ジャズの旗手”と呼ばれたオーネット・コールマンの第一作目「ジャズ来るべきもの」が、当時としては破格の25000枚売れたのに、既にオーソドックスなジャズのビッグネームとしてある程度名が知られていたコルトレーンを前衛化させるのは嫌だったみたいです。

「う〜ん、君の場合は何つうかフツーにやっててもそこそこ売れるんだからさ。あんまり売れそうにないものはやめてくれよ。オーネットみたいに売れるか売れないか、フタを開けてみないと分からないようなバクチはあんまり打ちたくないんだ・・・」

というのがレーベル側の恐らく本音だったことでしょう。

コルトレーンは常に「今後の方向性」を悶々と考えて、その可能性が見えた道に、一直線に突き進むタイプの人であります。う〜ん、せっかく自分のレギュラーバンドも組んでこれからモダン・ジャズよりもモードよりも、もっとこうなんつうか誰もやったことがない新しくて深い音楽をやりたいんだけどなー・・・。

と、悩んでおったところにボブ・シールがニコニコしながらやってきて、コルトレーンの話をよく訊いて理解を示し、結構な額の契約金(これ大事)を提示して、コルトレーンをImpulse!レコードの専属ジャズマンとして引き抜きました。

道が決まればまっしぐらに突き進むのがコルトレーンです。古巣のアトランティックとの契約条件とかもよく確認しないままに、ボブと新作の話ですっかり盛り上がって、契約の一ヶ月後にはもう新しいメンバーとコンセプトを携えて、Impulse!が用意したスタジオに何事もなかったようにテナーを持って入っておりました。

コルトレーンとボブ・シールが、契約の時にどんな話で盛り上がったのか、その詳細は残念ながら分かりませんが、とにかくこの時期のコルトレーンの頭にあったものは

1.精神的なルーツに回帰するような音楽、つまりアフリカをテーマにした曲を作りたい

2.できればその世界観を強固なものにするためのオーケストラ・アレンジも付けてほしい

3.アレンジャーはなるだけ自分のコンセプトを理解する、新しい感覚を持った人間に頼みたい。あぁ、やっぱり感覚だけじゃなく、当然譜面や理論には恐ろしく強いやつがいい。できれば管楽器の心得があるやつで、ついでに言えば真面目で性格のいいやつにお願いしたい。


うん「1」と「2」はまぁわかる、でもお前「3」は要求ハードすぎるんじゃね?そんなセンスもよくて理論に強くて性格もいいヤツなんかその頃のジャズマンにいるかよ・・・・!


1.jpg

あ、いた・・・。


というわけで、コルトレーンの記念すべきImpulse!初レコーディングのアレンジャーとして白羽の矢が立ったのは、アルト・サックス、バス・クラリネット、フルートを吹きこなして誰も真似の出来ない超個性的なアドリブを繰り広げ、更に音楽理論にめちゃくちゃ強く、しかも”アイツはぶっちゃけいいヤツ”と一部ミュージシャン仲間の中で評判だったエリック・ドルフィー。

音楽的に「求めていたもの」の遥か先を行くアイディアを持っていたドルフィーとの迎合は、コルトレーンにとっては最高に幸福なことであり、また、最高に刺激的なことでありました。

加えてアクやクセの強いジャズマンの中にあって、演奏面ではアクやクセの塊のような人でありながら、性格は至って温厚、誰の話もよく聞き、決して諍いを起こさず、かつ酒や麻薬、女性のことでは一切問題を起こさない紳士であったドルフィーは、スタジオに集まったコルトレーンのメンバーやブラス・セクションのオーケストラメンバーを上手にまとめ、レコーディングはコルトレーンやボブ・シールの想像以上に和やかな雰囲気の中、意欲に満ち溢れた音楽を演奏することが出来ました。

5月と6月、二回に渡って行われたレコーディング・セッションで出来上がったアルバムがコチラ『アフリカ/ブラス』。



【パーソネル】
ジョン・コルトレーン(ts,ss)
マッコイ・タイナー(p)
レジー・ワークマン(b)
アート・デイヴィス(b,@B)
エルヴィン・ジョーンズ(ds)
(Orchestra)
ブッカー・リトル(tp)
フレディ・ハバード(tp,A)
ジュリアン・プリースター(euphonium)
チャールズ・グリーンリー(euphonium,A)
ジュリアス・ワトキンス(french-horn)
ドナルド・カラード(french-horn)
ボブ・ノーザン(french-horn)
ジミー・バッフィントン(french-horn,A)
ロバート・スイスヘルム(french-horn)
ビル・バーバー(tuba)
エリック・ドルフィー(as,fl,b-cl)
ガーヴィン・ブッシェル(piccolo,reeds)
パット・パトリック(bs)

【収録曲】
1.アフリカ
2.グリーン・スリーヴス
3.ブルース・マイナー

文字通りコルトレーンが、いや、この時代の知的探究心に溢れた黒人ミュージシャン達が、魂のルーツを求めて探究に燃えていたアフリカと、それを鮮やかに、そしてディープに彩る先鋭的で美しいブラス・セクションのアレンジが、いわゆるカギカッコの付いた”ジャズ”からコルトレーンの音楽を最初に解き放った一枚となって仕上がっております。

楽曲と、コルトレーン・カルテットの演奏の骨組みはあくまでそれまでのモード・ジャズの洗練された質感を大事にしつつ、リズムを野太く強調したツイン・ベースに、ワン・コードのリフから自在に変化して、まるでジャングルを駆ける動物の雄叫びのような音を効果的に散りばめながら、コルトレーンのアドリブがどんどん世界を押し広げてゆく「アフリカ」。

今度は美しいメロディに寄り添うように優雅に鳴り響きながら、アドリブの熱気に合わせるように全体をドラマチックに盛り上げるオーケストラ・アレンジに、ソプラノで哀愁のメロディーを感情の動きに連結させて吐き出す「グリーン・スリーヴス」。

そしてコルトレーンが大事にしていた”ブルース”のエッセンスが、ハジケたアドリブとアドリブで煮立つのを、今度はカッチリとした「進化系ビッグバンド」のようなブ厚い”鳴り”のオーケストラが見事に渋みでもって引き立てる「ブルース・マイナー」。

コルトレーンの演奏はコチラでもアツく完璧です。そしてこれだけ派手に鳴っているのに、そのコルトレーン・カルテットの演奏に、かなり激しく入り込んだりする瞬間もあるのに、一切邪魔せず引き立てに徹してるドルフィー指揮のオーケストラの圧力も心地良いです。

この時点でのコルトレーンの”アフリカ的”は、さほど民族チックなやつではなく、すこぶるカッコイイJAZZの一環として聴ける、ストレートな魅力に溢れたものであります。Impulse!第一作目は、コルトレーンにとっての「新しい音楽」の第一歩を、ジャズの歴史と音楽の歴史の両方に、確かに力強く刻み付けたものであります。

で、そんなコルトレーン、うっかり

「あ、アトランティックとの契約、そういえばまだあと1枚残ってた」

と、数日もしないうちにエリック・ドルフィーとフレディ・ハバードを連れてアトランティックのスタジオで

「えぇ、すいませんねぇ・・・」

と、アルバム『オレ!』をレコーディングします。

何か、かわいいぞコルトレーン。


(『アフリカ/ブラス』のアフリカンな雰囲気と『オレ!』のスパニッシュ・モードそれぞれのカッコ良さをじっくり聴き比べるのも一興です♪)



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