2017年11月08日

スティーヴ・キューン・トリオ スリー・ウェイヴス

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スティーヴ・キューン・トリオ/スリー・ウェイヴス
(Contact/Solid)

さて、本日は良い感じに秋の雨がしとしとと降っておりますので、引き続き”アタシの大好きな美しいジャズ・ピアノ”をご紹介致します。

あのですね、えっとですね、アタシには「雨の日はこの人を聴くぞ!」というピアニストがおりまして、それがスティーヴ・キューンという人なんですね。

コノ人との最初の出会いは、ECMというドイツのレーベルに興味を持ったことから始まります。

このレーベルは、それまでアタシが慣れ親しんでいたアメリカのジャズとは明らかに質感の違う、いかにもヨーロッパな、しんとした空気の静寂感と、ミュージシャン達による美学の結晶のような、どこまでも繊細で透明な演奏がとても魅力でした。

有名どころではキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』とかチック・コリアの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』とか、その辺がありますが、アタシの場合は上記2枚他キース・ジャレットの繋がりで色々と知らないアーティストのアルバムを買い集めていって、クラシックの作曲家、アルヴォ・ペルトという人の『アリーナ』という、それまで聴いたことのなかったような無駄のない美と安らぎに満ちた究極の一枚を知ってからというもの、すっかりECMに夢中になっておりました。


(静謐なものが好きな方はぜひともこのアルバムを一度は聴いてみてください)


そんなこんなでスティーヴ・キューンの『リメンバリング・トゥモロウ』というアルバムと出会う訳です。

モノクロの、何の風景か分からないようなポートレイトが、いかにもジャズっぽくなくて、何かありそうな気がしてふと手にしただけだったんですが、そこで聴いたピアノは、いわゆるモダン・ジャズの演奏スタイルからハッキリと”違うどこか”に立脚している、すこぶるクールで研ぎ澄まされた美を感じさせるものでした。




ビートは現代的な感じで、ピアノのフレーズは銀色の抽象画を観ているような、音楽で確実にここではない幻想的な世界を描いているキューン。

で、その後にアート・ファーマーの『ブルースをそっと歌って』。こっちはアート・ファーマーというバリバリに王道なモダン・ジャズ・トランぺッターのバックで、端正な”ジャズ”の4ビートで上品にバッキングしていると思ったら、突如キレて雪崩を起こしたり、冷静にトランペットのソロを引き立てながら、よくよく聴くとかなりトンガッたことをやっている(でも、パッと聴きはとてもエレガントに思える)このピアノ・トリオが、スティーヴ・キューン(p)、スティーヴ・スワロウ(b)、ピート・ラ・ロカ(ds)という、最初期のスティーヴ・キューン・トリオだということを知って、これはもう運命だから、覚悟を決めてこの人の音楽と付き合うしかない。そこまで思いました。

時は1990年代後半、丁度タイミングのいいことに、我が国のヴィーナス・レーベルからも何枚か趣味のいいピアノ・トリオ・アルバムを立て続けにリリースしていたこともあって、”スティーヴ・キューン”という名前はすぐに覚えることが出来ました。

気になったら調べ上げねばならない性格でありますので、バイオグラフィ的なことも本で調べたら、

・1938年ニューヨーク生まれのニューヨーク育ち、ヨーロッパ人だと思ったらバリバリのニューヨーカー

・小さい頃からピアノを習っていたけれど、バリトン・サックス奏者、サージ・チャロフ(ジャズマンよ♪)のお母さんのマーガレット・チャロフという人に習っていたことから、早くからジャズに目覚める。

・10代の頃にはクラブで演奏していたコールマン・ホーキンスやチェット・ベイカーなど、ジャズの”正統派な人気アーティスト”達と共演するなど、実は根っこにはスウィング〜モダンの王道ジャズが深くある。

・このまんまプロとして”趣味良くスウィングする若手白人ピアニスト”としてデビューしても良かったけど、何故か勉強に励み、ハーバード大学に入学して卒業している。理由は「文学を勉強したかったから」。

・卒業後は恐らく文学に毒されたんだろう、1950年代末にオーネット・コールマンやドン・チェリーなど、当時”前衛”と呼ばれていたフリー・ジャズ系ミュージシャンとコンサートで共演。多分感触は良かった。本人も「人とは何か違うスタイルを打ち立ててやろう」と大いに思った。

・で、今度は「革新的なスタイルで常識を打ち破る若手前衛ピアニスト」となるつもりが、スタン・ゲッツ、ゲイリー・マクファーランド、ケニー・ドーハム、ジョン・コルトレーン、アート・ファーマーと、やっぱり当時の王道をゆく大物達のグループに渡り歩いている。

・と、思いきや、スタン・ゲッツ、ジョン・コルトレーンのグループには、入ってすぐに数回のセッションでクビになっている。色んな話を総合すると「やっぱりサイドマンでありながら”何かを美しくブチ壊してやろう”という衝動が勝ってしまい、リーダーの指示に従わなかった」ことが原因らしい。ケニー・ドーハムはよくわからんが、アート・ファーマーはぶっちゃけいい人だったから、アルバムでも割と好きにさせた。その結果が『ブルースをそっと歌って』でのはっちゃけ。

はい、この人の前半生を一言でいえば”ニヒルなインテリの生き方”そのものでしょうね。

何だか音を聴いてバイオグラフィーを読むと、自分の中に表現のコアみたいなもんが、割と早いうちからあって、その中に絶対的な美を見出そうとして突き進んでいた。その突進はちょっとやそっとでは止まらずに(てか止まれずに)、バンドリーダーなどとはそのことが原因で対立したり、問答無用でクビになったりしたけれど、それぐらいでは僕の美への探究は収まらないんだ。なぜなら美しいものが全てだから。こんな感じでしょうね。

表現のために妥協をしない、そういうタイプですので確実に孤独に陥りがちなタイプなんですが、彼には同じような性質を持つ、心強いお友達がおりました。

それが、最初にトリオを組んだドラマーのピート・ラ・ロカたんです。

ラ・ロカについてはもうアタシ、大好きであちこちに書いてますけど、それはともかく彼もまたハッキリとそれと分かるクセを持っている人でした。で、自身も後に司法試験に受かって弁護士になるよーな人でありますので「ボクは曲げないぞー、自分に自信があるから」というような気持ちで、相手がどこの誰であろうが、ドラム・スタイルを変えなかった人ですね。

それがたまたまピタッとハマッたのがドン・フリードマンの『サークル・ワルツ』。ハマらなかったのがコルトレーン・バンドでの活動でしょう。

そう、キューンとラ・ロカは、共にコルトレーンのバンドに参加しましたが、参加してほんの少しで、キューン、ラ・ロカの順番であえなくクビにされてるんです。

これは彼らがヘタクソだったとか、センスがなかったからでは決してなくて、ワン&オンリーな自分の世界観を共に作っていけるメンバーが欲しかったコルトレーンとの相性の問題だったと思います(実際ラ・ロカとコルトレーン唯一の共演盤は、噛み合ってないけど演奏は最高にアツいもんね♪)。


で、コルレーンのバンドをクビになって、バーのカウンターで

「ロカ、君もクビになったのか」

「うん、そうだね。ライヴの後コルトレーンにさ”ピート、ちょっと話がある”って言われるから言ったらさ”分かるかい?俺は君の目指してるのとは違う音楽がやりたいんだよ”なんてジョンはモゴモゴ遠回しに言うんだ」

「そうか、奇遇だねぇ。僕ん時もそうだった。で、君何て言ったの?」

「しょうがないから”僕はスタイルを崩すつもりはありません”って言ったんだ。そしたら”そうか、わかった”つって、カウンターに僕の分のギャラとドリンク代を置いてそれっきりさ」

「一緒だね」

「うん、一緒だ。でもスティーヴ、ジョンがやりたい音楽をやりたいって言うんならしょうがないよね。思うに彼には僕の鋭角なリズムは理解できなかったんだと思うんだよ」

「そうだね、ジョンには理解できない。僕のリリシズムに溢れた哲学的なピアノも、彼には少し難し過ぎたと思うんだよね」

「じゃあ僕達が早過ぎたんだね」

「そうとしか考えられないよね、思うにジョンには罪はない」

「確かに。ところでスティーヴ、君、これから行くアテはあるかい?アート・ファーマーが一緒にどうだ?って言ってるんだよ」

「アートか、彼はジョンよりもオーソドックスな...言い方は悪いが保守的なトランぺッターじゃないのかい?」

「そうなんだが”ある程度は好きにやっていい”ってニコニコしながら言うんだな。知的でスタイリッシュなトリオが欲しいと」

「それはきっと僕達しか務まらないね」

「じゃあ行こうか」

「うん、そうだね」

と、実にポジティヴな展開から(うん、多分・汗)、彼らはアート・ファーマーの新バンドに行きました。

その時2人の隣で(うんうん、そうだ)と頷いていたのが、ベースのスティーヴ・スワロウ。

言い忘れてましたが、この人も”相当”です。

寡黙なくせに、上手に他の音と折り合いを付けながら、いつの間にかウニョウニョとアブストラクトなフレーズでもって、リズムを上手に溶かしながら、演奏全体を”どこへ行くか分からないアンニュイなスリル”の色に染め上げる変態...いや、名人です。

この3人はアレと似てます、ルパンV世のルパンと次元と五エ衛門です。

キューンとラ・ロカはルパン的なところと次元的なところを両方持つ、大胆で突拍子もない人達ですが、スワロウは間違いなく五ェ衛門です。何を考えてるかわかんないけど、することは一番おかしいという・・・。





【パーソネル】
スティーヴ・キューン(p)
スティーヴ・スワロウ(b)
ピート・ラ・ロカ(ds)

【収録曲】
1.アイダ・ルピノ
2.アー・ムーア
3.トゥデイ・アイム・ア・マン
4.メモリー
5.ホワイ・ディド・アイ・チューズ・ユー?
6.スリー・ウェイヴズ
7.ネヴァー・レット・ミー・ゴー
8.ビッツ・アンド・ピーセズ
9.コッド・ピース


とまれ、コルトレーンを経て、ファーマーを経て、3人が

ラ・ロカ「やったね、ファーマーのアルバムはなかなかいい感じだよ」

キューン「やっぱり僕達の表現の方向性に間違いはなかったんだよ、ファーマーも僕達をいい感じでサポートしてくれたよね」

スワロウ「(うんうん、そうだそうだ)」

アタシ(おいお前たち、ファーマーがリーダーのアルバムだぞ...。)

と、天然ポジティヴ最高潮になった時、ようやく満を持して”スティーヴ・キューン・トリオ”として制作/発表したのがこのアルバム。

一言で言うと「やりたい放題」です。

とは言っても、決してフリーで前衛でイケイケでバリバリのことをやっている訳ではない、3人のコンセプトはあくまでも”美”です。

キューンのピアノを中心に、どこまでも硬質で温度のない、まるで精巧なガラス細工のような透明な音楽が、奏でられ、胸が詰まるほどの香気を放ち、そして美しく散らされる。

あぁ、もうね...。何て言いますかね。

アタシは”美しいピアノ”ってのは、たとえばビル・エヴァンスや、昨日紹介したドン・フリードマンみたいに、端正込めた上質なメロディを、丁寧に丁寧に、たっぷりの詩情を絡めて紡いでゆくもんだと思っていたんです。

でもね、キューンの場合は、不意に狂気のスイッチが入って、その美しいメロディを「ガーン!」「バーン!」と破壊しちゃうんですよ。破壊とまではいかなくても、感極まった果てに執拗に同じフレーズをガッコンガッコン繰り返して、空間からどんどん血の気が引いてゆく、そして一通りの「ガーン!」が終わった後の静寂の”間”に、メロディーの残骸がキラキラ美しく舞っている。

いわばこれ”ほろびの美”です。

さっき”不意に狂気のスイッチが入って”と言いましたが、今このスリー・ウェイヴス聴いてると、キューンは最初から狂気全開にして弾いてるし、スワロウもラ・ロカも完全にそれに乗っかってて、狂気×3の完璧なヤバいコンビネーションでこれ、最初から最後まで演奏が流れてく。

ところがどっこいどこをどう聴いても「あぁ、これすごくメロディアスだ...」と、感動のため息しか出て来んのですよね。こんだけ激しく音を散らせているのに、どこにもメロディの破綻はなくて、完璧だとしか思えない。

考えてみればキューンのピアノって、この時期の「ジャズ崩すべぇか♪」な音も、ECMとかでやってた抽象幻想画な演奏も、最近のひたすら甘美なスタンダードも、一切のブレがなく、全部”美しい”の一言にスーッと着地できちゃう。”美しい”と言うには余りにも情感が過ぎて幻想が過ぎて甘美が過ぎるのかも知れませんけど、やはり一言でいえば”美しい”なんです。そう言えちゃうんです。相当に凄いことだと思うんですが、こういうのって一体何て言うんでしょう。


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2017年11月06日

ドン・フリードマン サークル・ワルツ

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ドン・フリードマン/サークル・ワルツ
(Riverside/ユニバーサル)


昨日はボビー・ティモンズ『ディス・ヒア』を皆さんにご紹介しながら、ジャズにおける”ファンキー”とは何か?ということをお話ししましたので、本日はモダン・ジャズが成熟を極めた1960年代、今度はファンキーに代表される”ノリを求めるベクトル”のジャズとは真逆の方向から”鑑賞音楽としての質を重視したジャズ”というものについてお話しましょう。

ちょいとのっけから難しいことをのたまってしまったような気がしますが、コレはつまりアレです。ノリがいいのばっかり聴いてると「あー、何かこうメロディアスなやつも聴きたいね〜」と思うのが人情で、ジャズの世界にもそういうのがあったんですね。クラブでワイワイ言いながら聴くジャズもいいけど、家で静かにレコードで楽しみたいなぁとか、はい、そういうやつです。

具体的にいえば、クラシック音楽の耽美性を、ジャズ・ピアノの表現手法に大々的に盛り込んだスタイル。

とくれば、まず思い浮かぶのがビル・エヴァンスですね。

もちろんクラシックからの影響は、戦前からジャズの中に深く食い込んでおりましたし、モダン・ジャズ黎明期には、レニー・トリスターノというパイオニアがおりますが、エヴァンスはトリスターノの”クール”と呼ばれる水も漏らさないようなストイックな表現に、情緒の甘い毒を上手に絡めて「それを求める人誰もが感動できるようなピアノ表現」というものを大成させたんです。

ジャズ・ピアノの分野では”エヴァンス以降”あるいは”エヴァンス派”と呼ばれる一群がいて、今もこの流れを汲む人達の人気は非常に高いです。良いアーティストはたくさんおりますし、良い作品も多くあります。いずれも耽美でウットリするような美しい表現に秀でた人、多くおります。

知的でカッコ良くて、心の奥底の切ない部分をヒリリと刺激してくれる、そんなジャズ・ピアノが聴きたいという方のために、本日はこの界隈を代表する人の美しいアルバムをご紹介しましょうね、というわけでドン・フリードマンです。

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2016年に亡くなるまで、スタイルを変えることなく活動していた人なので、画像検索したら近年のとっても上品な老ジェントルマンな写真がたくさん出てきます。いいですよね、いかにも芸術家という感じがそのお姿からも滲み出ていて実にカッコイイ♪

この人は”エヴァンス派”の筆頭と呼ばれるピアニストで、耽美なメロディ重視のプレイ・スタイルは正にエヴァンスとの共通点をいっぱい見出すことが出来ますが、年齢的にはエヴァンスと同世代であり、幼い頃からガッツリクラシックを学んでいる(元々ジャズではなく、クラシックのピアニスト志望だった)そのやり方をあくまで自分なりにジャズ表現として寡黙に磨いてきた人であります。

ついでに言えばこの人のピアノ、最初は「お、これはビル・エヴァンスみたいでかっこいいね」となりますが、じっくりと聴けば聴く程、この人にしかないオリジナリティの虜になってしまって、正直アタシは「うん、この人はエヴァンス派というよりは、同時代にたまたま近いスタイルでもって世に出てきたライバルと言っていいんじゃないか」と思っております。



【パーソネル】
ドン・フリードマン(p)
チャック・イスラエル(b,@〜DF)
ピート・ラ・ロカ(ds,@〜DF)

【収録曲】
1.サークル・ワルツ
2.シーズ・ブリーズ
3.アイ・ヒア・ア・ラプソディ
4.イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
5.ラヴズ・パーティング
6.ソー・イン・ラヴ
7.モーズ・ピヴォティング

この人の代表的名盤と呼ばれ、発売から50年以上経った現在も、多くのピアノ・ファンに聴かれ続けているのが、1962年録音の『サークル・ワルツ』であります。

全編美しく滑らかなタッチで奏でられるピアノと、ビル・エヴァンス・トリオ二代目ベーシストとして活躍したチャック・イスラエルの憂いのあるベース、そしてアタシ個人的に好きなドラマーNo.1のピート・ラ・ロカの鋭利な切れ味のドラムによるトリオ編成で、えも言えぬ幻想美に彩られた世界が描かれております。

一言でいえば「知的でロマンチック」たとえば一曲目『サークル・ワルツ』、イントロからどこか物哀しいメロディが躍動しながら立ち上がる瞬間の感動や、ハイ・テンポながらもそのアドリブにはふんだんに抒情が盛り込まれていて、聴く人の意識をどこか知らない”遠く”へ誘ってくれる『シーズ・ブリーズ』、静かなイントロからベース、ドラムが入ると加速して香気を振りまいてゆく『アイ・ヒアー・ア・ラプソディ』と、冒頭3曲だけでも、「はぁ美しい、はぁぁ美しい...」が止まりません。

中盤以降もその詩情の質を高純度で維持しながら、アルバム一枚分の憧憬をじっくり聴かせるフリードマンですが、後半に無伴奏ソロで奏でられる『ソー・イン・ラヴ』がクライマックスでしょう。穏やかなイントロ、急加速するアドリブ、そしてヒリヒリした余韻を残しながら消えてゆく何か...。これぞリリシズム!と、何度聴いても感動がこぼれて上手く言葉になりません。

特に素晴らしいのが、メロディアスに展開してゆくピアノのメロディーに、ピッタリ息を合わせ、歌うようにリズムを変化させてゆく、ピート・ラ・ロカのドラムです。

ラ・ロカといえば、以前にもジョン・コルトレーンの『Live At The Jazz Gallarey』でご紹介したように、個性的な管楽器奏者との共演においては、かなり独自のタイム感で、ある意味”かみ合わないところ”が魅力だったりします。

そんなラ・ロカがアタシはもう大好きなんですけど、このアルバムでのラ・ロカ、やっぱり絶妙な”間”と空白で、独自のアクセントを付けて叩いているんですが、その”間”と”空白”が、ピアノやベースの醸す抒情に、細かいところまでピタッ、ピタッと合わさるんですよ。

エヴァンスと違ってフリードマンの音色は、硬質で情緒に流されないところなんですが、そんなフリードマンの音色とも合った、細くしなやかなドラムの音も、いや本当に素晴らしい。



個人的に、ドン・フリードマンのアルバムで好みのものといえば、このアルバムより更に得意分野である現代音楽の方に踏み込んで、冷たい音で実験的なメロディーを紡いでゆくアルバムの方だったりするんですが、それでもやっぱり『サークル・ワルツ』を時折集中的に聴きたくなって、このアルバムにしかない、ひんやりと儚い抒情に浸りたくなるのは、やっぱりこのアルバムが作品としての”特別な何か”を持っているから。そして、どこをどう聴いても「最高に美しいジャズ・ピアノ作品」として、誰にオススメしても間違いがないからだと思うからであります。
















『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年11月04日

ボビー・ティモンズ ジス・ヒア

6.jpgボビー・ティモンズ/ジス・ヒア
(Riverside/ユニバーサル)


ジャズやブルースなんかが好きで聴いておりますと

「イェ〜イ、ファンキーだね♪」

とか

「く〜、アーシーでたまらん」

とか

「ブルース・フィーリングがあるね〜」

とか

ゴキゲンなやつを聴いていると、ついそういう言葉が口を付いて出てくることがあります。

ブラック・ミュージックに思い入れのある方なら

「うんうん、わかるわかる。ファンキーでアーシーでブルース・フィーリング溢れてるやつはカッコイイよね」

と、大いに賛同してくださるところなんですが、かつてお店に来てくれたジャズ初心者のお客さんに

「何がファンキーなのか全然わかんない、アーシーって何?ブルース・フィーリングってむずかしい」

とツッコまれたことがありまして、あぁ、そうだよね、知らずに使っている専門用語が、初心者の人から見たら何だか難しくて壁が高いような感じに思えることってあるよね。と、大いに反省した記憶がございます。

で、アタシ自身もジャズやブルースやソウルにファンク。その辺を分かったようなつもりで聴いてはおりますが、ふと口から漏れるこれらの言葉が意味する本当のところって何だろうか?と考える日々です。

や、こういったことは理屈ではなく、単純に「これがファンキーだよ」と思うものを聴いて頂ければ良い、それを聴いた人が「イェ〜イ」ってなればそれがファンキーなんじゃないか。大体お前はいつもそうだ、考えなくていいことをいつまでもそうやってウジウジ考えて悩むから、いつまで経ってもロクな大人になれんのだ。

という心の声が、今しがた脳内に響いたような気がしますが、うん、そうですね、心の声氏の言うことも一理あります。

はい、サクサクいきましょう。

とりあえず

『ファンキーとかアーシーって何?』

今日はジャズ編ですね。

ジャズという音楽は、誕生してすぐにブルースという音楽を主な成分として成長してきました。

ブルースっていうのは、アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人達の子孫が、宗教音楽の”スピリチュアル”と共に、心のよりどころにしていた音楽で、言うなればアメリカ黒人の民俗音楽と言えるでしょう。

ブルースは歌とともに、ジャズは管楽器などをメインに添えたインストの多い音楽として、時に寄り添いながら、時に独自の道を歩みながら発展していった訳なんですが、戦後になるとジャズの世界でビ・バップという新しいスタイルが誕生し、ジャズは古い概念を次々と脱ぎ捨てて凄まじいスピードで進化してゆく音楽となり、この時点でその大元であるブルースとは、かなり隔たったところで鳴り響いているものでした。

ビ・バップというのは一言でいえば、コードの複雑化、フレーズの高速化などによって、元々持っていた娯楽性の高い部分をそのままに、鑑賞音楽としての芸術性を高めることにシフトしていったジャズであるといえるでしょう。

これが1940年代半ばから1950年代初頭にかけて行われたんですが、1950年代中頃には、若いプレイヤー達の中から

「なぁ、ジャズがどんどん難しいものになっていったら、お客さんにあんまウケないよなぁ。もっとこう、色んな人が楽しめて、かつ聴いてカッコイイものを作ろうや」

みたいな流れがぼちぼち出てきます。

この中心におったのが、当時”ジャズ・メッセンジャーズ”というバンドでブイブイ言わせておったアート・ブレイキーとホレス・シルヴァーであります。

二人はドラマーとピアニストとして

「キャッチ―で、バンド全体がノレるような曲」

を、ガンガン作って演奏しておりました。

彼らが思うところの「キャッチ―」つまり”バンドの演奏にお客さんが一体になって盛り上がれるイメージ”というのは、実はジャズのステージではなく、彼らが幼い頃から親しんでいた教会でのリヴァイバル、つまりゴスペルのコンサートにその究極があったわけです。

ゴスペルというのは、まず牧師さんが聖書の言葉なんかを引用して、お話をします(これを”説教”といいます)。

段々その説教に熱が入ってくると、自然と歌っぽくなるんですね。

で、そのリズムに合わせてオルガンが「ミャ〜」っとコードを鳴らしたりする。

そうすると牧師さんの説教がますます歌っぽくなる、つうかそこでゴスペルの有名な曲とかのフレーズに説教を合わせて歌う訳です。

そしたら今度はギターやらドラムやらが絡んできて、もう完全に”ライヴ”のノリになってくる。

ここで重要なのはお客さんです。

お客さんは牧師さんの説教の段階で、既に

「そうだ!」

とか

「神よ!」

とか、そういう愛の手を入れて、牧師さんの”ライヴ”に参加しとるんです。

牧師さんが何か言えば、熱狂した聴衆がアツく応える。

これ、ちょっと味方を変えてこんな風にしてみましょう。

「オーイェー、ノッてるかーい!」

「イェ〜イ!」

「お前ら今日は最高だぜ!」

「ワー!」

「オーケー、じゃあ次の曲は〇〇だ。サビのとこ一緒に歌ってくれよな」

「イェーイ!パチパチパチ」

(ズンダカダカダカダカダカダンダン・・・)

(サビ)

「イェーイ〇×▲※!」

「〇×▲※〇×▲※※!!」


・・・ちょっとアレですが、はい、こういうのってよくロックのコンサートとかでも見る光景ですね。

実はコレも、ずーーーーーっと源流をたどってゆくとこのゴスペルの「よびかけ」と「応答」に行き当たります。

これを専門用語で

コール・アンド・レスポンス

といいます。

よくよく聴いてみると、ジャズの曲にはこのコール&レスポンスを上手に演奏の中に取り入れた曲が多い。

例えばメインになるテーマ部分で、管楽器がワン・フレーズを弾いて、それをバックが返すとか、或いは管楽器同士でそれをやって、各自のアドリブに入ってゆくとか、そういった感じで使われますが、とにかくこの、ゴスペル由来のコール&レスポンスがメインテーマの主になっている曲というのは、聴いていて気分がムクムクと盛り上がる、ちょいと一杯クイッとやりながら「イェ〜イ」と、聴いてるこっちも合いの手を入れたくなる曲、つまりファンキーな曲が多い訳であります。


さぁ皆様、実はモダン・ジャズにおいては”ファンキーこの1曲!”というものがございます。

ここまでくればもう勘のいい方ならお分かりと思いますが、モダン・ジャズで最も有名な曲と言われている、アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの『モーニン』です。



このメインテーマ、最初にピアノが奏でるのが”コール”で、その後管楽器が「パー、パッ♪」とやってるのが”レスポンス”。次の小節では管楽器がコールをやってピアノがレスポンスしている。いや、見事ですね、実にカッコイイ。

1950年代半ば以降のハード・バップと呼ばれる音楽が目指していたのは、このワン・フレーズに凝縮されているような

・シンプルで、かつ完成度の高いカッコ良さ

だったんです。

ほんで、今日はこの曲「モーニン」の作曲者、ピアノのボビー・ティモンズのアルバムをご紹介しましょう。




【パーソネル】
ボビー・ティモンズ(p)
サム・ジョーンズ(b,@AC〜H)
ジミー・コブ(ds,@AC〜H)

【収録曲】
1.ジス・ヒア
2.モーニン
3.ラッシュ・ライフ
4.ザ・パーティ・イズ・オーヴァー
5.プレリュード・トゥ・ア・キス
6.ダット・デア
7.マイ・ファニー・ヴァレンタイン
8.降っても晴れても
9.ジョイ・ライド


何で「モーニン」が入ってるアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズのアルバムじゃなくて、ピアノのボビー・ティモンズのアルバムなのか?それはここ数日アタシが「く〜、カッコイイなぁ」と思いながら聴きまくっていたからです。

それと、このアルバムこそがピアノ・トリオという最小限の編成の中に凝縮された”ファンキー”つまり、オシャレでスタイリッシュでかっこいい黒人音楽のカッコ良さが、ジャズを好きな人にも、まだそんなに好きでもない人にも十分に伝わる形でしっかりと楽しめるからなんです。

ボビー・ティモンズは1956年にケニー・ドーハムの”ジャズ・プロフェット”に参加して、その後アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに参加して、名曲名演を数多く残しております。

バンドでの彼は、決して派手に前に飛び出さず、フロントのバックで実に職人魂溢れる、小粋なプレイを身上としておりました。

だから彼がバックでピアノを弾くと、バンド全体の演奏がキリッと締まるんです。

で、このアルバムは1960年に録音された、ティモンズにとっての初めてのリーダー作。

バックにベース、ドラムスを従えたティモンズのプレイはどうなんだろうと言いますと、これが実に粋でイナセな”都会の夜”を思わせる、渋い味わいに満ちた素晴らしいアルバムです。

注目曲はやはり「モーニン」でしょう。

コール&レスポンスで盛り上がるために作られたこの曲ですが、ティモンズはピアノでコールとレスポンスを一人演じながら、濃厚ななブラックコーヒーのようなプレイで聴かせます。

テーマからジワジワと盛り上がるアドリブも、決して勢いに任せたりはせず、じっくりと腰を据えて鍵盤の一打に内側に持っている”ブルース”を込めながら、ジワジワとアドリブで熱く盛り上がってゆく。

いいですねぇ、これですよ、これを”ファンキー”と言わずして何と言いましょう。

とにかくこの曲が聴ければ、それでもうアルバム一枚買うだけの価値があるぐらいの「モーニン」のカッコ良さですが、伴奏なしのソロで弾く「ラッシュ・ライフ」や、バラードの「マイ・ファニー・バレンタイン」なんかも、すこぶる沁みる名演です。

散々”ファンキー”と言っておりますが、アタシはこの人の魅力は、トリオでもフルバンドでも、良い感じの味わいになっている”抑えた音のカッコ良さ”にあると思います。

例えばブルースだったら、粘り気のあるフレーズをしつこく繰り返したり、どこまでも引き延ばすところが味です。でも、洗練と共に進化してきた都会の音楽であるところのモダン・ジャズでは、繰り返せるところや伸ばせるところをどこでキレよく寸止めにするか、つまり引き算で演奏するかが、その演奏者のセンスになってきます。

そういう意味でティモンズは天才的なセンスの塊ですし、彼のピアノそのものに、この時代のモダン・ジャズ(ハード・バップ)のカッコ良さが、とても伝わりやすい形で詰まっております。


ともかく「ピアノでジャズな気分を味わいたい」という方、これは長くお手元に置いておける一枚ですぞ。



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2017年11月03日

琉球新美茶 モリンガ茶



モリンガとは、亜熱帯地方に原生する、わさびの一種です。

古くから健康、美容など、さまざまな効能が言われております。

そう、わさびといえば日本でも殺菌効果のある食材として、昔から珍重されてきましたね。

モリンガの効能は、殺菌・消臭・免疫力アップ・デトックス・アンチエイジング、そして精神安定効果といわれております。

沖縄で生産されている琉球新美茶は、爽健美茶のようなスッとした穀物の香りで飲みやすい健康茶。飲んでいる人からは便秘が改善されたとか、体臭が目立たなくなったとか、そういう効果が報告されてますが、アタシはこのお茶のリラックス効果がいいなと思います。

薬ではないので、飲んだその日からの劇的な効果というよりも、無理なく長く飲み続けているうちに、あれ?体質が変わったぞ。というのが本来だと思います。


ラベル:健康食品 お茶
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2017年11月01日

ミルフォード・グレイヴス Grand Unification

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Milford Graves/Grand Unification
(Tzadic)


『人々は美味しいものが食べたいとか、綺麗な景色が見たいとか、目や口に入れるもののことはとても気にする。だが耳に入れるものに関しては驚くほど無関心だ。目や口に入れるものと同じぐらい、耳に入れる音楽は重要だ』(ミルフォード・グレイヴス)



よく「音楽には特別な力がある」とか「音楽で救われる」とかいう話がありまして、こういう話をすると人はすぐ、やれスピリチュアル系だとか意識高い系だとか言いますが、アタシはこういった話、信じています。

というよりも「特別な力がある」とか、そういう大袈裟な話にしなくても、ホンモノのグッド・ミュージックには、聴く人に「あぁ、これいいね。。。」と、特別な感情を抱かせるものですし、或いは個人個人の思い出なんかと密接にリンクして、人生語る時にはなくてはならないものだったりします。

つまり「音楽には特別な、たとえば人を救うぐらいの力があって当たり前」だと思うんです。

当たり前のことをいちいち言葉で飾って言わなくてもいい。でも、グッド・ミュージックを聴いてたまに胸の内でそういったことについて深く考察してみるのもいいのでは?

という訳で、何でいきなりこういう説教臭いことを書いているのかと言いますと、ミルフォード・グレイヴスを聴いてるんですね。

えぇ、ミルフォード・グレイヴスという人はジャズ・ドラマーであり、特に過激と言われるフリー・ジャズの世界に長年身を置いて、同時にジャンルにはこだわらないパーカッショニストとして、音楽を演奏するということはもとより「音楽と肉体や精神との関係」というテーマを真面目に考察し、体育、哲学、医学とパーカッション・ミュージックとの融合も真剣に、現実的な課題として捉え、積極的な活動をしてきた人です。

1941年にニューヨークで生まれ、60年代にはジョン・チカイ、ラズウェル・ラッド、レジー・ワークマンらと前衛ジャズの画期的なユニット”ニューヨーク・アート・カルテット”を結成し、アルバート・アイラーやジュゼッピ・ローガン、などのアルバムに参加して、一躍”フリー・ジャズの代表的なドラマー”の一人として脚光を浴びておりましたが、彼のドラミングは当初から、激しく感情を炸裂させるパワー・プレイではなく、自由なリズム展開でありながら、独特の柔らかくしなやかな打ち方と”間”を活かした空間全体を大きく呼吸させるような、そんな解放感すら感じさせるプレイが特徴的でした。

1977年には日本のフリー・ジャズ・ミュージシャンらとの共演のために来日して、阿部薫や近藤等則らとレコーディングも行います(この時作成されたアルバムが「メディテイション・アマング・アス」という名盤なんですが、この話はまた後の機会に...)。

そん時に”フリー・ジャズだ!”と、感情に任せてギャー!!とやっている日本のミュージシャン達の音を聴いて一言

「No,Not Free」

つまり、お前たちの音楽は激しくて力強いけれども、そこに自由は感じないんだと。

この話を聞いて「あ、この人はカッコイイな」と思いました。

ただの外国の偉いミュージシャンが日本に来て、エラそうに説教タレたんじゃなくて、音楽の可能性を引き出そうとして放った一言であったことは、それまでのミルフォードのドラムを聴いていたからすんなり理解できました。

「自由」

というものを音楽で表現する時は、それはもう生半可な気持ちではできない、意識を魂の根っこまで集中させて、そこにある不自由の元みたいなものを解き放つ音楽をやらなきゃいけない。という考えで音楽をやっているミルフォードは、人にも厳しいですが、自分自身にはもっと厳しいんです。

『この物質文明の社会においては、精神的なもの霊的なものが疎まれている。あらゆるものが物質的なものとしてとらえられている。例えばリズムがそうだ。それは人間やあらゆる生命体とこの自然、宇宙を反映させた生命力の表われとそのヴァイブレイションの法則なのだ』


ちょっと他の人が言えば実に胡散臭い言葉かも知れませんが(実際アタシも周囲の誰か大したことない素人が言ってたら空手チョップぐらい喰らわせそうになると思いますが)、ミルフォードはこういった自身の思想を具現化するために、規則正しい生活と節制を心がけるところから始まって、音楽理論、歴史、文学、哲学、医学、政治、宗教、物理学に至るまでの全ての学問に音楽のヒントとなることを求め、太鼓の皮の張り方やドラムのチューニングひとつひとつにも「聴く人間の心と体に作用する方法」で行うように気を配っていると言いますからやはり大したもんです。

彼の発言は本当に勉強になり、思考に良い刺激を与えてくれるワードの宝庫なんですが、直接引用するととても次元が高過ぎてそれなりの勉強を要しますので、まとめとして簡単にしたものがコレ↓

『古代アフリカでは、音楽というのは言葉以上のコミュニケーションの手段だったんだよ。嬉しい、悲しい、苦しい、楽しい、その他あらゆる感情を太鼓を使って相手に伝えることが出来た。何故なら文明によって作られた余計なものがなく、みんな自然体で人の心の精妙なゆらぎも理解できていたし、雨が降るとかあそこに動物がいるとか、そういったことも普通に理解できていたからだ。今の文明社会は余計なものが多過ぎて、音楽も抑圧されて死んだ音楽になっているから、そういったものとは真逆にある”生きている音楽”を作ることが僕たちミュージシャンの使命なんだ』




(作家、立松和平との対談で、とてもいいことを言ってます。ちょっと長いのですが時間のある時にでも)





【パーソネル】
ミルフォード・グレイヴス(ds,perc,voice)

【収録曲】
1.Grand Unification
2.Transcriptions
3.Gathering
4.Decisive Moments
5.Memory
6.Know Your Place
7.Intuitive Transformation
8.Transcendence


ミルフォードの「他の人と共演した名盤」はいっぱいあって、特にアルバート・アイラーの「ラヴ・クライ」とか、ジュゼッピ・ローガンの「ジュゼッピ・ローガン・カルテット」なんか本当にカッコイイんですが、彼のパーカッショニストとしての凄さ、表現者としての哲学の深さを聴きたきゃこのパーカッション・ソロ・アルバムでしょう。

全編ミルフォードが様々なリズムを駆使して叩く、アフリカン・パーカションと、彼自身のヴォイス”だけ”なんですが、しなやかなタッチで、まるでメロディ楽器を奏でているような、ストーリー性を持ったリズム、それが演奏の中で様々な形に変化しながら、気が付けば聴く人の意識を優しく包み込んで、えも言えぬ豊かなグルーヴに、知らぬ間に引き込んで躍動させる。

正直「パーカッション・ソロなんて退屈なだけなんじゃないかなぁ・・・」と思っていましたが、それ以前に耳に全然キツくないこのフリーな音楽を、一枚流して聴いた後、特に何も考えてないのに、感想が言葉として出てくる前に、体が何かほんわか喜んでいるんですよ。

音楽聴いて頭で理解する前に体が喜ぶ。

うん、本当は当たり前のことなんですが、それをメロディとか詞とか、他の楽器の装飾とかなーんもなしで、太鼓と声だけで感じさせるミルフォード、本当に凄い。凄いんですよ。

だからこれをジャズだとかフリー・ミュージックだとか、そういう風に意識して聴くのはよろしくないですね。「イカすグルーヴ」とユルく思って聴きましょう。確実に楽しいです♪










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2017年10月31日

ザ・ベスト・オブ・ブラインド・ブレイク

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ザ・ベスト・オブ・ブラインド・ブレイク
(Pヴァイン)

様々なジャンルの音楽を聴き込んでいくうちに、戦前ブルースに行き着いて「気が付けばその泥沼にハマッてしまってエライ事になってしまった」という話はよく聞きます。

実際アタシも18から19の時にある日突然ノイズだらけの古い録音のはずのブルースが、それまでにない生々しさでもってガツーンと聴こえるようになって以来、しばらく”戦前ブルースしか聴けない病”を患ってしまい、往生した記憶がございます。

最初はロックや戦後のブルースのルーツを探究するような気持で戦前ブルースを聴きかじるんですが、そのうち戦後の音楽にはない、戦前モノならではの楽しみや奥深さが楽しくなってしまい、結果泥沼にハマり込んでしまうことになってしまうのです。

では、その「戦前ブルースならではの魅力」とは何でしょうか?

うむ〜、これはもうたくさんあり過ぎて、全部書こうとすると長い上に精神的な重っ苦しい話もふんだんに混ぜられた、かなりイッちゃった文章になると思いますのでまず省略。

もっと音楽好きの皆さんに分かり易く説明するとすれば、戦前モノのブルースには、意外と洗練されて都会的な”陽”の部分に溢れたものがある、ということ。

そのひとつがラグタイムです。

ラグタイムはジャズの元になった音楽のひとつと言われ、大体19世紀頃に誕生しています。

西洋音楽起源の、当時のポップス(長調と単調による、非常にシンプルなもの)を、黒人がピアノで演奏する時、独自のシンコペーション(リズムのズレ、今で言う”アフタービートの黒っぽいノリ”ですねぇ)で、左手が「ボン、パン♪ ボン、パン♪」とリズムを刻めば、右手は主たるメロディーを(チャッチャッチャ♪チャラッチャ♪」と、前のめりにつっかかるように弾くようになり、これが「新しい!」と白人達にも大いにウケて、第一次世界大戦の時なんかは、人が集まる砕けた雰囲気の場所にピアノさえあればコレが演奏され、更に映画の世界ではコミカルな場面では必ず使われるぐらいに大流行した。

これがラグタイムなんですが、後にこの独特のグル―ヴィーな音楽を、ブルースマン達がギターで再現し、このスタイルの名手と呼ばれる人達が1920年代わんさか出てきました。

その代表的なギター名手が、本日ご紹介するブラインド・ブレイクです。

何にせよピアノでは右手と左手を使って、別々のシンコペーションで弾いていくというこのスタイルを、ギターを弾く右手の親指と人差し指(たまに中指も)を使って再現するというのは実に至難の技で、多くのブルースマンが「それっぽく弾ける」レベルでなかなかいい演奏をするのに対し、このブラインド・ブレイクという人は、完璧なリズム感、完全に独立した親指とそれ以外の動きで完璧に再現して、しかも他の追随を許さないオリジナリティを持っている訳で、ハッキリ言ってバケモノなんです。

戦前ブルースにハマりまくっていた時「盲目のブラインド・ブレイクは、特にその凄まじいギター・テクニックとラグタイム・ギターの完璧ともいえる完成度で」と書いてある何かの記事を見付け、早速ベスト・アルバムを買って聴いたら

「すげぇすげぇ、ブラインド・ブレイクも凄いけど、このサイドギターの人も凄いわ!ブレイクの弾くメロディにピッタリ合わせてしかも絶対にブレないしヨレない。恐ろしいリズム感だ!!」

と、興奮したんです。で、そのギタリストの名前を覚えようとライナノーツを読んだら、絶妙なリズムをバンボンバンボン刻んでいるサイドギタリストの事には一言も触れておらずに、ん?おかしいと思って色々と調べたら、実はあの「どう聴いても絶対に2本以上に聞こえるギターは、ブレイク本人が右手親指と人差し指による絶妙なコンビネーションで弾いているのだ」と知って、本気で卒倒しそうになりました。




【収録曲】
1.Blind Arthur’s Breakdown
2.Police Dog Blues
3.West Coast Blues (take 1)
4.Dry Bone Shuffle (take 2)
5.Too Tight Blues No.2
6.Skeedle Loo Doo Blues (take 2)
7.Bad Feeling Blues
8.Let Your Love Come Down
9.You Gonna Quit Me Blues
10.Diddie Wa Diddie
11.Early Morning Blues (take2)
12.Fightin’ The Jug
13.Sweet Papa Low Down
14.Sea Board Stomp
15.Black Dog Blues
16.Hastings St.
17.One Time Blues
18.Panther Squall Blues
19.Georgia Bound
20.Rope Stretchin’ Blues-Part1 (take2)

そん時買ったベスト・アルバムが、Pヴァインから出ていた怒涛の戦前ブルースの巨人達シリーズ『キング・オブ・ザ・ブルース〜』シリーズでしたが、今出ている上記ベスト盤は、その内容と一緒で値段が安くなったスグレ物であります。

例によって写真も一枚しか残っていないし、その生涯についても謎の多い、いや、多すぎるブレイクは、最初女性シンガーのバックでギターやピアノを弾くバック・ミュージシャンでしたが、そのギターの卓越した才能を認められ、ソロ・レコーディングをしてそれが予想外にブレイクした(ダジャレじゃないよ)したと言います。

主な活動地は、1920年代当時ジャズやブルースの最先端が毎晩のように演奏されていたシカゴ。

この地でほとんど独走状態の人気を誇り、後に戦前シカゴ・ブルース界で卓越したギタリストと評されることになるビッグ・ビル・ブルーンジィやタンパ・レッドなどにも直接影響を与えた人ではありますが、1934年に38歳という若さであっけなくこの世を去っており、また、30年代以降にはバンドブルースが隆盛を極め「ひとりジャズ・バンド」とも形容されたブレイクのようなラグタイム・ギターは徐々に演奏されなくなって、彼のスタイルを直接受け継いで今に伝える人はおりません(アコースティックなブルースをやるミュージシャンは時々ラグを演奏します、また、日本ではフォロワーとして有山じゅんじという凄い人もおりますが、いずれもレコードを通しての影響です)。

明るくリズミカルで、スローな曲もほんわかした味のあるブレイクの音楽は、ひょっとしたら最初はブルースに聞こえないかも知れませんが、それはそれで一向に構いません。このノリ、このグルーヴ、そして完璧なまでに洗練された音世界は、ワン&オンリーな音楽として、他のどのジャンルの音楽とも、ブレイク一人で対抗できるとアタシは思っております。

CDの内容についての解説、全然しておりませんが、アタシが何を言いたいのかは、このCDに収録されている彼の強烈無比なラグタイム・ナンバー『Blind Arthur’s Breakdown』『Dry Bone Shuffle』などを聴けば、ズドーンとお分かりになろうかと。


彼の謎に満ちた生涯については、過去にコチラ↓にも書いてありますんで、併せてお読み頂ければこれ幸い♪あ、文体が真面目ですが書いてるのはアタシです、ハイ。。。


”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”




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2017年10月30日

ジミ・ヘンドリックス エレクトリック・レディランド

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ジミ・ヘンドリックス/エレクトリック・レディランド

(MCA/SMJミュージック)

音楽好き、なかんづくロック好きにとって、そしてギターを弾く人にとっては、ジミ・ヘンドリックスといえばそりゃもう神様で、もしかしたらビートルズやストーンズ以上に、必ずどこかでブチ当たる人で・・・と、アタシが今更ここであーだこーだゴチャゴチャ言わなくても凄い人だということは、これはもう世間の常識として定着しておりますし、アタシもここへきて”エクスペリエンス時代のジミヘン”のことを書きながら痛感しております。

このブログのポリシーは

「採り上げたアーティストのことを知らない人に、どれだけ興味を持ってもらえるようなレビューを書くか」

でございます。

だからいくら有名で、洋楽ロックにそこまで興味のない人でも名前ぐらいは聞いたことあるというジミ・ヘンドリックスという人のことも、なるだけ分かり易く興味を持ってもらえるようにその音楽の素晴らしさを書いて行きたいと思うのですが、いざじっくりとジミヘンを集中して聴いてみると、頭で考えていたことが綺麗にすっ飛んで「すげぇ!」「やっぱ天才!」という、そのものズバリではあるんですが、どうも主観的な言葉しか出て来ないので困っております。

そうなんです、端的に言ってしまえば、ジミヘンという人のカッコ良さっていうのは

「他の誰とも似ていない、どれかひとつのジャンルに納めようとしても、必ずどこかからはみ出してしまうその音楽性の広さ」

というのに尽きるんです。

だからよく「ロックギターの神様」と言われ、なるほどそうだと思っても、そのギター演奏の中にはブルースもあり、ジャズっぽいところもあり、ロックともブルースともジャズとも言えないような突拍子もないアイディアがどこかで必ず出てくるので、その最高のほめ言葉ですら、彼を形容するには何とまぁ陳腐なんだろうと、後で必ず思ってしまいます。

だもんで、ジミ・ヘンドリックスという人は、「このようにカッコイイのだ」と、簡単な一言で断言してしまえるアーティストではなく、聴いた端々で「あ、これカッコイイ!」という瞬間がいくつもいくつも出てくるアーティストだと思います。

あぁ、こういう話をするとキリがありませんね〜。

最初にジミヘンを知って25年の間、ずーっと「この凄さの正体は何なんだ?」と思って聴いておりますが、未だに正体が掴めない。でもその”掴めないこと”がアタシの想像力をいつまでも刺激してくれる。素敵ですね。

さて、今日もそんなカッコいいジミヘンのアルバムをご紹介しましょうね。


【収録曲】
1.恋の神々
2.エレクトリック・レディランド
3.クロスタウン・トラフィック
4.ヴードゥー・チャイル
5.リトル・ミス・ストレンジ
6.長く暑い夏の夜
7.カム・オン(レット・ザ・グッド・タイムス・ロール)
8.ジプシー・アイズ
9.真夜中のランプ
10.雨の日に夢去りぬ
11.1983
12.月夜の潮路
13.静かな雨、静かな夢
14.焼け落ちた家
15.ウォッチタワー
16.ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)


ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの3枚目のスタジオ・アルバムにして、ジミヘンが生前にリリースしたスタジオ・アルバムとしては最後の作品になってしまった「エレクトリック・レディランド」です。

人によってはこのアルバムこそジミヘンの最高傑作、ロックでブルースでサイケデリックな世界観と、宇宙レベルの超絶なギター・プレイが奇跡の調和を見せながら最大限の威力で炸裂したジミ・ヘンドリックス芸術の集大成と言う人もおります。

オープニングのワウを聴くだけでほとんどの人が「あ、これジミヘン!」と反応する「ヴードゥー・チャイルド(スライト・リターン)」やボブ・ディランのカヴァー「ウォッチ・タワー」、サイケデリックなジミヘンといえばコレの「ジプシー・アイズ」など、ベスト盤やライヴ盤に入っていてもハイライトとなるような、名刺代わりの強烈な曲ばかり収録されておりますし、確かにセルフ・プロデュースでやりたかったことを自由に表現出来ているような解放感に満ちたギター・プレイ、曲によって必要なサウンドを提供し、演奏の厚みをグッと増す豪華ゲスト陣の参加などなど、このアルバムならではの魅力みたいなものが、彼の作品中では最高潮でありましょう。

アルバムがレコーディングされたのは、例によって前作「アクシス・ボールド・アズ・ラヴ」のレコーディングが終わった直後です。

この頃既にデビューしたイギリスを凌ぐ人気をアメリカで獲得していたエクスペリエンスは、大都市から中小都市まで、アメリカ全土をくまなく回る、かなりハードなコンサート・ツアーを行っておりましたが、そのツアーの合間を縫って、レコーディングは行われました。

で、この頃のジミヘンは、元々の「スタジオに引き籠るのが好き」という性格に更に拍車がかかり、ツアーの合間を見てはスタジオに色んなジャンルのミュージシャンを呼んでジャムセッションを行い、それを新曲のアイディアとして、片っ端からテープに録音しており、それはそのままエクスペリエンスという3ピースバンドの限界も徐々に形にするようになってしまいます。

ジャンルやセッション相手のスタイルに囚われることなく、斬新なサウンド・アプローチで音楽のあらゆる壁を軽々と乗り越えてゆくジミのプレイは、メンバー2人に「ちょっと待て、オレらもうついていけないかも・・・」という不安を抱かせました。

もちろんノエル・レディングもミッチ・ミッチェルも、ジャンルというものに左右されない、素晴らしい適応力を持ったミュージシャンです。

しかし、1968年の時点で、そんな彼らをもってしても、ジミの自由なプレイスタイル、それを具現化するためにスタジオにやってくるあらゆる出自のミュージシャン達とのセッションは大変なものでした。

それはデビューからずっとプロデューサーとして彼らを見てきたチャド・チャンドラーにしても同じことで、急激に注目を集めるジミと彼を取り巻く状況や目まぐるしく移ろう人間関係に嫌気をさしてしまい「エレクトリック・レディランド」制作中にチャドはプロデューサーの座を降りてしまいました。

現に「エレクトリック・レディランド」にゲスト参加しているミュージシャンの顔ぶれだけを見ても、スティーヴ・ウィンウッド、アル・クーパー、ジャック・キャサディ、デイヴ・メイスン、バディ・マイルス、フレディ・スミス、クリス・ウッド、スウィート・インスピレーションズ、ブライアン・ジョーンズ(ギターではなくパーカッションで参加)と、英国ロックからソウル/ファンク近辺までの多彩な顔ぶれです。

「エレクトリック・レディランド」は、ジミの斬新なアイディアに満ちたギターと、ゲスト陣を交えた自由なジャム・セッション風の曲展開、そして崩壊寸前のエクスペリエンスとの、テンションのギリギリの緊張感が「これ以上どこかにバランスが偏ると音楽的に崩壊してしまう一歩手前」のスリルが全編にみなぎっており、それがまたジミの最大の魅力

「何だかわかんないけど凄くカッコイイ!」

というあの感じを無限増殖させるんですね。

さて、ジミヘン初期の”エクスペリエンス時代”の3枚のオリジナル・アルバムを長々と紹介してきました。で、この際だからとこの数日、手持ちのジミヘン関連の全アルバムを聴きまくっておりますが、アタシの場合は「どれが好き?」と言われたら、やっぱり粘り気のあるファンクロックなカラーが強い「バンド・オブ・ジプシーズ」ではありますが「どれが凄い?」と聴かれたら、エクスペリエンス時代の3枚をオススメすると思います。

エクスペリエンス時代のアルバムはどう凄い?と言われたら

「何が凄いのかわからんけど凄いって思えるところが凄いんですよ」

と、やっぱり答えるでしょう。いやもうそう答えるしかないもの。



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2017年10月28日

ジミ・ヘンドリックス アクシス・ボールド・アズ・ラヴ

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ジミ・ヘンドリックス/アクシス・ボールド・アズ・ラヴ

(MCA/SMJミュージック)


はい、台風が近付いておりますが、今日もジミ・ヘンドリックスを皆さんにご紹介しながら、知ってるよーで実はよく分からないこの巨人の魅力について、一緒に考えて行きましょう。

彼のバイオグラフィ的なことに関しては、前回の「アー・ユー・エクスペリエンスト?」のところで書きましたので、そちらをまずはじっくりご覧頂くとして、本日はファーストとくれば順番的にセカンドだろうということで、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス2枚目のスタジオ・アルバム「アクシス・ボールド・アズ・ラヴ」です。

ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスがデビューしたのは1967年で、2枚目となる本作がリリースされたのも1967年。

これはどういうことかと言いますと、このバンドはまずイギリスで前評判も上々の中、アメリカ・デビューも果たした。そいでもって「すげぇよ、誰もこんな音楽聴いたことがない!ウホッ!!」と、アメリカの聴衆もあっという間に沸かせてしまったんですね。

だからアルバムがリリースした後に、すぐさま次のアルバムの制作に取り掛かった。とにかくもうジミ・ヘンドリックス・エクルペリエンスの登場というのは、デビュー・アルバムがリリースされてすぐに「次が聴きたいぞ!」という声が起きるほどのセンセーションだったんです。

そして何よりも、その頃のジミはもう”次”へのアイディアが、アルバム1枚には収まりきれないほどに次々と出てきておりました。

そう、ジミヘンという人がつくづく凄いなぁと、アタシが関心するのは、ロック・ミュージシャンというのはある意味ライヴに比重を置いていて、その日々の集大成みたいな感じでアルバムを作るもんだったりするんですけど、ジミの場合はウルトラハードなツアーの合間を縫って、空いた時間は常にスタジオに入ってセッションを重ねつつ、新しい音の実験に余念がなかったことなんです。

で、スタジオとライヴでテンションのムラがまったくない。

つまりスタジオではまるでライヴのようなリアリティを演奏でダイレクトに感じさせてくれるし、ライヴでもスタジオで綿密に作り上げたサウンドを何事もなかったように当たり前に繰り出す。

今日もやっぱり”天才”という言葉はあまり使わないようにして説明しようと思いますので、この言葉使いませんが、やっぱりその思考回路というのはアタシら常人とは違う次元にあるような気がします。だって、どんだけテクニックがあっても、作曲やアレンジに力(リキ)入れても、いざ生で演奏するとなると、そういうのとりあえず置いといて、ノリと勢いに意識を委ねてしまうのが人間でしょう。

ジミヘンの場合は、ライヴでもスタジオでも明らかに飛んではいるけれども、音楽的にグシャってる領域には絶対はみ出さないんだ。イカレてるけど冷静で、冷静だけどしっかりイカレてるというか・・・。

うむむ、この辺のことを考えてしまうと、もう”ジミの泥沼”とアタシが呼んでいる思考領域に意識持っていかれてマズいことになってしまうので、こういうことはこれから先もジミヘンを聴く毎に取り出して、一生かけてじっくり考えましょうか。答えは出らんと思うけど・・・。

さて、そんなこんなでジミヘンがデビューからソッコーでニュー・アルバムをレコーディングして世に放った1967年、この年ロックの世界ではひとつのキーワードが世間を侵食しておりました。

それはつまり「サイケデリック」という言葉です。

サイケデリックというのは、色々な説がありますが、とりあえずは薬物、特に幻覚作用のあるドラッグでハイになり、その時の視聴覚で捉えたものを表現するアートのことと、ぼんやり理解しておけばいいでしょう。

派手な原色がぐにょーんと混ざりあがったマーブル模様とか、ともかく派手な色彩感とか、音楽ではエコーとかファズとかトレモロアームを使ったギターの「ぐぎょーん」だとか、そういう奇妙に歪んだものです。

カルチャーとしてのサイケデリックは、60年代のアメリカやイギリスのアンダーグラウンドシーンで大いににぎわっておりましたが、それが当時の若者文化そのものの代名詞となったのが、1966年にビートルズがリリースしたアルバム「リボルバー」です。

ドラッグによる幻覚体験を極めて忠実に再現しようと、様々な音響効果を駆使した結果、奇妙な”違和感の快楽”を聴き手に覚えさせる、ビートルズのアルバムの中でも最も実験色の濃いものですが、ロックを代表するスーパー・バンドのサイケデリック宣言(?)によって、時代の潮流は一気に変わり、それまでオーバーグラウンドで健全な音楽をやっていたアーティスト達ですら、程度の差はあれ、何がしらサイケデリックを感じられる作品を世に出すようになりました。

で、そこにタイミング良く登場したのが、過剰とも言える音響効果をバリバリに生み出してフツーに演奏していたジミヘンです。

彼はサイケデリックの申し子であるかのように世間でもてはやされ、また、今もそのように信奉されていることも多いのですが、ジミの場合は、元よりサウンドであり得ない効果を得ることに異様な情熱を燃やしていたし、その幻覚的なサウンドは、サイケが流行っていようがなかろうが、多分関係なかったんじゃないかと思います。

たまたま時代がそうで、そういったトレンドの方が彼の音楽に接近して、彼の求めているもののどこかにピッタリと符合したと。





【収録曲】
1.EXP
2.アップ・フロス・ザ・スカイズ
3.スパニッシュ・キャッスル・マジック
4.ウェイト・アンティル・トゥモロウ
5.エイント・ノー・テリング
6.リトル・ウィング
7.イフ・シックス・ワズ・ナイン
8.ユー・ガット・ミー・フローティン
9.キャッスルズ・メイド・オブ・サンド
10.シーズ・ソー・ファイン
11.ワン・レイニー・ウィッシュ
12.リトル・ミス・ラヴァー
13.ボールド・アズ・ラヴ


いかにもサイケデリックなイラストが施されたジャケットからも分かるように、このアルバムでジミがファーストから行っていた実験的な音作りは更なら深みに到達しております。

1曲目から凄まじいフィードバック・ノイズが炸裂し、楽曲の中では歪みの他に今で言うコーラスやフランジャーなどの先祖となる揺れ系エフェクター”ユニヴァイブ”の使用、2台のテープマシーンを使ったサウンド・コラージュなど、あらゆる最新技術を使ってのやりたい放題なんですが、それでもギター・プレイそのものは決して音楽的な破綻をきたさず、彼の根っこにあるR&Bのフィーリングをたっぷり含んだロックギターであります。

ジミのプレイはよく”宇宙的”と言われますね。

それは収録時間の制限がなければどこまでも無限に即興演奏が出来そうな、スケールの大きなソロ・プレイに依るところはもちろん大きいと思いますが、リフや歌ってる時のバッキングの、丁寧かつメロディアスなフレーズから感じさせるイメージの豊かな拡がりみたいなものにも言えるなぁと、最近アタシは思っております。

そして、音作りにおいてはサイケで型破りな”実験”が行われているにも関わらず、楽曲そのものはポップな親しみやすさ、2分から3分の収録にキッチリ収まる完成度の高さが実はこのアルバム最大の魅力です。

バラード名曲として多くのカヴァーを生んだ「リトル・ウィング」「キャッスルズ・メイド・オブ・サンド」「ボールド・アズ・ラヴ」がやはり楽曲として出色でありますね。そしてノエル・レディングがヴォーカルを取っただけで、いい感じのブリティッシュ・ロックになる「シーズ・ソー・ファイン」など、ギター・プレイだけじゃない作品としての懐の深さがあって、実に飽きさせません。

そんなわけでアタシは相変わらず「ジミヘンってやっぱり何か意味不明の凄さがあるー」と思ってます。それはつまり言葉では言い表せない音楽的な密度の濃さなんじゃないかと思います。







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2017年10月25日

ジミ・ヘンドリックス アー・ユー・エクスペリエンスト?

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ジミ・ヘンドリックス/アー・ユー・エクスペリエンスト?

(MCA/SMJミュージック)

音楽好き、なかんづくロック好きにとって、そしてギターを弾く人にとっては、ジミ・ヘンドリックスといえばそりゃもう神様で、もしかしたらビートルズやストーンズ以上に、必ずどこかでブチ当たる人で・・・と、アタシが今更ここであーだこーだゴチャゴチャ言わなくても凄い人だということは、これはもう世間の常識として定着しております。

うん、ジミヘンはそりゃ凄い、カッコイイ、アタシだってジミヘン聴いて何度「うっひゃー、ありえん!」と叫んだことか、そんな体験をストックするほどのスペースが、心の中にはもうほとんどないぐらい衝撃を受けました。

でもね皆さん、ここでアタシからお願いです。

「ジミ・ヘンドリックスは天才だ!」「エレキギターの偉大な革命家だ」とかいう世間の声は、まだジミヘンを良く知らない、聴いたけどそんなに?って方は、この際思い切って無視して頂きたいのです。

はい、やっぱりジミヘンだろうがジョン・レノンだろうが、やっぱり音楽なんですよ。

何よりも最初に「この音楽いいな〜」ってのが先に来て、次にアーティストにスポットが当たって、天才とか偉大とかグレイトとかそういうのが来て欲しいんですね。単純に音楽が好きな人間としては。

アタシの場合は、ジミ・ヘンドリックスと出会ったのは16の時で、そんとき今も親友してますが、同じ学校でギター弾く男と意気投合して、ヴァン・ヘイレンがどうのスティーヴ・ヴァイがどうの、イジー・ストラドリンがどうのマーシーがどうのと、ギター話に毎日のように明け暮れてたんです。

で、当然ギター話をしてるから、ジミヘンの話にもなります。

でも聴いたことないから

「ジミヘンってヤバいよなぁ、ギター燃やす人だろ?」

ぐらいの知識で盛り上がるしかなかったんですね。

その時、ソイツの家でジャケットに惚れて買ったのが「ジ・アルティメイト・エクスペリエンス」っていうベスト・アルバムで(その時の話はコチラ)、それを聴いた最初の感想は

「正直よくわからん、よくわからんけど何か凄い!」

でした。

何が凄かったのか?乏しい音楽知識と、まだ初心者も初心者なギターの腕前ではそれすらも分からなかったけど、あえて言うなら

「何をどうやって弾いてるのかも、どうやったらこういう音が出るのかもさっぱりわからん!」

だったんです。

よくジミヘンを聴いていきなり雷に打たれたような衝撃を受けたとかいう話を聞きますが、それはもしかしたらアタシなんかよりずっとずっと年上で、ジミヘンの時代とほとんど変わらないギター環境(アンプとかエフェクターとか、そういう技術面での話)の音楽と、キチンと聴き比べることが出来たからなんじゃないかと思うんですね。

少なくとも1990年代以降の音楽機材は、ハイゲインのアンプや物凄いぶっ飛んだ効果音とか出せるエフェクターとかは普通にあったし、録音技術も向上してて、オーバーダビングも、音を派手にするためのイコライジングもほぼ自在でした。

だからむしろその頃高校生のアタシにとっては、ファズのゴワゴワした音とか、アナログディレイのモコモコした音とか、ハイ・トーンでもデス声でもない歌声とか、超高速でもないリズムとか、むしろ「あぁ、昔の音楽だな」としか思えなかったんです。

ちょっと読んでいる皆さんを混乱させてしまうかも知れないけど、ちょっと後からジワジワきたのが

「そんな昔の音だから何か凄い!」

という、何だか不思議な衝撃です。

さて、

さてさてさて・・・。


ここまで読んでいい具合に頭が混乱したそこのアナタ、ジミ・ヘンドリックスを聴いてみませんか?


えぇと、最初で言えば良かったのですが、何でかっつうとジミヘンの魅力って、やっぱり何と言っても「そのわけのわかんなさ」であると、ズバリ思うんですよ。この人のギターを使っての表現の突拍子のなさ、やりたくてしょうがなかったのは分かるけど、何でそうなった感というものは、何十年付き合ってもやはり強烈で、その強烈さというのは紋切型の「天才」とか「革命児」とかそういう言葉の何倍も生々しい説得力があるんです、はい。






【収録曲】
1.フォクシー・レディ
2.マニック・デプレッション
3.レッド・ハウス
4.キャン・ユー・シー・ミー
5.ラヴ・オア・コンフュージョン
6.アイ・ドント・リヴ・トゥディ
7.メイ・ディス・ビー・ラヴ
8.ファイア
9.サード・ストーン・フロム・ザ・サン
10.リメンバー
11.アー・ユー・エクスペリエンスト?
12.ヘイ・ジョー
13.ストーン・フリー
14.パープル・ヘイズ
15.フィフティ・ファースト・アニヴァーサリ
16.ジ・ウィンド・クライズ・メアリー
17.ハイウェイ・チャイル

で、1967年発表の、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのデビュー・アルバム「アー・ユー・エクスペリエンスト?」です。

ジミヘンはアメリカ北部の都市、シアトルで生まれた黒人でありますが、実はお母さんはチェロキー族の血を濃く引くネイティヴ・アメリカンで、その絡みから母方の祖母の住むインディアン居留地で過ごすことが多かったようです。

それゆえに、幼少の頃からブルースやゴスペルにドップリだったというような、同世代かちょい上のブルースマンやソウル・シンガーにあるような、ブラック・ミュージックの強烈なバックボーンは持っておりません。

その代り、彼は少年時代からブルースやR&B、ロックンロールのレコードを熱心に聴き込んでおりました。

後に

「ブルースの基礎をすごく持っているのに、何をやってもはみ出してしまう奇妙なスケール感」

と評される彼のスタイルは、自室でブラック・ミュージックを中心にあらゆるジャンルの音楽を聴きまくり、それを覚えたてのギターでことごとく耳コピしていたからなんだろうなと思います。

10代でアマチュア・バンドを組み、徴兵で行った空軍でもバンド活動をして(この空軍バンドには、後に最後のバンド”バンド・オブ・ジプシーズ”のメンバーとなるベーシストのビリー・コックスがおりました)から除隊。

本格的に音楽の道に進みたかった彼はオーディションを受けまくって、アイク&ティナ・ターナー、リトル・リチャード、アイズレー・ブラザーズなど、当時の人気R&Bミュージシャン達のバックで経験を積みます。

ギターは上手かったのですが、それ以上に派手なアクションでギターを弾くパフォーマンスは聴衆からそれなりに注目を浴び、バンド・リーダーからは「あんまり目立つな」と注意されるといった「何かわからんが面白いヤツ」という彼のスタンスは、既にこの頃には出来上がっておりました。

もちろんジミは自分のバンドもバックミュージシャンの仕事と並行してやってましたが、こっちはどうもパッとしなかったようです。

そんな時に当時人気ロックバンドだったアニマルズのベーシスト、チャス・チャンドラーが「ユーいいね、イギリス行ってロックやらない?」と、声をかけたことが、一大転機になりました。

それまでR&Bの世界の住人だったジミにしてみれば

「ロック?・・・て何ですか、ロックンロールじゃないの?」

「イギリスって・・・行ったことないし、自分黒人っすよ?イギリスで演奏しても受け入れられるんスか?」

ぐらいの不思議な話でしたが、チャドに「まぁまぁ」と一方的に説得されて渡英して、そこで「まあまあ」と行われた「ジミ・ヘンドリックスのバンドのオーディション」を通ってメンバーになったのが、ベースのノエル・レディングとドラムのミッチ・ミッチェルという白人青年2人。

ミッチ・ミッチェルに関しては、そのパワフルでキレの良いドラミングは早くから注目され、セッション・ミュージシャンとして活躍している時にザ・フーの結成時にドラマー候補として名前が挙がったほど。

で、ベースのノエル・レディングですが、彼は元々ギタリストとして、何と17歳の頃からプロとして活躍しちた凄腕で、実はジミヘンのオーディションをアニマルズのギタリスト・オーディションだと思って参加したところ、いきなりベースを持たされて、しかしそれでも完璧なプレイでジミとチャドのド肝を抜いたと云われております。

R&Bで鍛え上げたジミと、直前まで凄腕ギタリストだったベーシスト、そしてロックの正統実力派ドラマーという、全くバックグラウンドの違う3人が(ジミにって)異国であるイギリスで結成した、このバンドが”ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”なんですが、この異色の3ピースが放つサウンドは、最初から同時代のどのバンドとも全く違っておりました。

何がどう違うのか?これはぜひ皆さんに聴いて頂いて、できれば同時代の他のバンドと聴き比べてください。

ジミのギターのサウンドや奏法など、専門的に聴けばそれこそ一冊の本に出来るぐらい色々と出てきますが、これだけは強調しておきたいのが、歌、ギター、ベース、ドラムの4つの音が、セオリー通りの

「歌が真ん中、ギターが横、ベースとドラムが後ろでリズム」

という形ではないんです。

全部の音が同じ場所で、同じ質量で溶け合って譜面のない楽曲を同時に即興演奏しているような自由度の高い演奏でいて、楽曲が

・タテノリの疾走する曲

・ブラック・ミュージックの影響色濃いファンキーな曲

・美しいバラード

と、それぞれ綺麗に際立っておるんです。

しかもそれが、デビュー作の時点でもうほぼ完成された形でアルバムに収まっているという所が、この”ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”というバンドの、恐ろしいほどのカッコ良さなんです。

タテノリの分かり易い曲”だけ”は入っておりませんので、もしかしたらいきなり聴いて分かる人は少数派かもしれませんが、ジミヘンの音楽って、少し置いて最初に「凄い!ヤバい!」がいきなり来て、それから何年か置きに別の角度からの「凄い!ヤバい!」が、何度も何度も飛んでくる音楽ですので、聴く人は一生刺激をもらえることは間違いないです。

アタシももう25年の付き合いになりますが「まぁジミヘンってこんなだよね」とかいうナメた気持ちになったことは一回もないです。てか、そうさせてくれません。なので一生かけてとことんまで付き合うつもりです。








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『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年10月23日

アレステッド・ディベロップメント/ズィンガラマドゥーニ〜踊る大地


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アレステッド・ディベロップメント/ズィンガラマドゥーニ〜踊る大地
(EMIミュージック)

あれは1994年とか95年とか、その辺りの頃だったので、今からもう20年以上前のことになります。

”ラップ”と呼ばれていたヒップホップは、当時オルタナやメロコアと呼ばれていた人気のロックを凌駕する勢いで、急速にメディアに進出しておりました。

その露出の仕方というのは「新しく刺激的な音楽」という側面もありましたが、どちらかというと「流行の不良音楽」というような売り出し方が多かったように思えます。

ワルな黒人が、大音量で重低音を響かせながら、独特のファッションと身の動きで、歌ではない”しゃべり”を次々とリズミカルに吐いてゆく。そしてそのライフスタイルも、ゴージャスなクラブ、そこにまつわる銃や麻薬やその他もろもろの犯罪とリンクして、何だかヤバそうな未知の世界として、彼らの存在はブラウン管に映りました。

実際にヒップホップは、1970年代のニューヨークの下町ブロンクス地区で、その最もヤバいエリアに住む(主に)ジャマイカ系移民の間で”ファンクのレコードに合わせて自由に言葉を繋いでゆくリズムの遊び”として産声を上げてから、ニューヨークやロサンゼルスなどの大都市の、常に犯罪や暴力の危険に曝されるエリアの生活の音楽として、アメリカ黒人音楽の裏の先端をずーっと担ってきた音楽でした。

更に80年代後半から90年代になる頃には、レーガン大統領による”強いアメリカ”政策の失敗により、都市部における貧困の格差は深刻なものとなり、その煽りは元々貧しく不安定だった黒人社会を直撃し、結果貧困から抜け出せない環境にいる若者達は次々とギャングになっていき、彼らが愛好していたヒップホップの中から”ギャングスタ・ラップ”というひとつのジャンルが確立されます。

この頃”ヒップホップ”といえばそのままギャング達のライフスタイルであり、また、加熱していた東海岸と西海岸のギャング・グループの過激な抗争の勢いに乗って、瞬く間にその勢いは全米から全世界へと伝播していき、世界中のいわゆる不良文化みたいなものに大きな影響を与えるようになります。

日本においても、1990年代ぐらいからダボダボの服を着て”ラップ”(当時の呼び方)を聴いてるヤツというのが、ぼちぼち幅を効かせるようになってくるんです。はい、アタシが十代の頃ですね〜。

正直その頃アタシは”俺はロックだぞ”という変な自負もあって、ヒップホップには好意的にはなれませんでした。

「何だよ、チャラチャラしやがって」

というのが正直な感想。



「そんな連中が聴くラップなんか聴くか!」

と。

でもね、本音ではファンクがベースになっているヒップホップのグルーヴィーなサウンドはとっても魅力的だったし、それ以前にレッチリやビースティ・ボーイズとか、限りなくヒップホップなロックバンドは、好きで聴いてた訳なんですよ。もちろんその前の、エアロスミスとランDMCの「お説教」なんてもう最高だと興奮しておりましたから、ヒップホップという音楽が嫌いだった訳ではないんです。要はつまらん意地です。

で、そんなある日

「最近出てきた奴らなんだけど、アレステッド・ディベロップメントってのはお前の思ってるラップと違うから聴いてみなよ、全然チャラチャラしてないよ」

と、友達から教えられたんですね。

話によると、アメリカの南部の田舎から出てきた連中で、オシャレで心地良い音だし、歌詞も平和を訴えてるし、何より深いんだ、と。

最初は「へー、そうかい」ぐらいに思ってましたがね、ソイツの部屋で、淡い夕日が何となくいいムード作ってる時間帯に(注・部屋には野郎2人)、ぼへーっとタバコ吸いながら聴いたアレステッド・ディベロップメントの音は、何だか思ってたヒップホップと全然違う、優しく包み込むような暖かなサウンドで、不思議とじんわりきてしまったんです。



【収録曲】
1.WMFW
2.ユナイテッド・マインズ
3.エイキン・フォー・エーカーズ
4.ユナイテッド・フロント
5.アフリカズ・インサイド・ミー
6.プライド
7.シェル
8.ミスター・ランドロード
9.ウォーム・センチメンツ
10.ドラム
11.イン・ザ・サンシャイン
12.祭壇にひざまずいて
13.回春の泉
14.イーズ・マイ・マインド
15.プレイジン・ユー
16.エッグビーターズ

その時の忘れもしないアルバムが「ズィンガラマドゥーニ〜踊る大地」1994年リリースの、彼らのセカンド・アルバムです。

フロントマンのスピーチを中心に、若者もいて、女性もいて、それから一番衝撃だったのが、ラッパーでもDJでもシンガーでもない”スピリチュアル・アドバイザー”というパートの、白髪白ひげのオッサンがいて、何をやってるかといえば、何だかアフリカっぽい旋律を「アァアァ〜」と歌ったり、詩みたいな言葉のフレーズを朗読してたりするんですけどね、それが怪しくなくて、ゆるやかにアフリカを感じさせるジャズっぽい洗練されたサウンドと優しく知的なラップと絶妙に絡んでてバランスが取れていて、素晴らしくカッコ良かった。

そしてアルバム全体を聴いても、刺々しいところは一切なく、聴いてから何ともおだやかな気分がずっと残りました。友達に「貸してくれ」と言ったのは、言うまでもありません。そして数か月後に、やっぱり自分でも欲しくなってコッソリ買ってしまいました。

激しいロックやディープな戦前ブルースばかりを聴いていたアタシにとっては、どこまでも心身を癒してくれる稀有な音楽であり、また、好きで聴いている音楽の本質みたいなものを、何故か彼らの穏やかなヒップホップ・サウンドが上手く解説してくれるようでいて、不思議な話ですがこの一枚があるが故に他の色んなジャンルの音楽も、より深く好きになれる。そんなアルバムでした。

音楽に与えた影響としては、それまでヒットチャートに上るヒップホップといえば、ギラギラしたギャングスタ系一辺倒だったシーンに緩やかな風穴を開け、90年代後半にエリカ・バドゥやアンジー・ストーンなど、ナチュラルでブラック・ミュージックの深いルーツを感じさせる、いわゆるオーガニックなR&Bを世に出すことに一役買った重要なグループがアレステッド・ディベロップメントだと思います。

でも、そんなことよりもこの優しくて暖かくて、行ったこともないアメリカ南部やアフリカに、奇妙な懐かしさすら覚えさせてくれる、静かな知性に溢れるこのアルバムが、今も自分の心の中で「音楽っていいよな」と変わらず思わせてくれる大事なところにあることの方が、きっと大事なんです。



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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posted by サウンズパル at 19:18| Comment(0) | HIPHOP | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする