2018年01月09日

永井ホトケ隆のブルースパワー・ラジオ・アワー

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永井ホトケ隆のブルースパワー・ラジオ・アワー
(Pヴァイン)

このブログは”奄美のCD屋”が、有名無名古今東西に関係なく良い音楽を紹介しようと、割とイキリ立って実際耳にして「これは本当にいいぞ!」と感じたものを紹介しているブログです。

その音楽を知っている人はもちろん、その音楽を知らない人にこそ、出会って衝撃を受けたりジワッと深く感動して欲しい。そして願わくば、このブログを読んで新たな音楽に出会う皆さんが、それぞれの人生をもっと豊かなものにするために、音楽というものをじゃんじゃん活用して欲しい。そういうささやかな願いを込めて書いております。

というわけで、アタシの大切な音楽として”ブルース”という音楽があります。

ブルースは今のロックやR&B、ポップスなど、アメリカやイギリス原産のポピュラー・ミュージックの最も大きなルーツのひとつとして、音楽を語る時絶対にハズせないという、音楽史的観点から言うところの重要度や影響の大きさもさることながら、やっぱりあらゆる音楽の、精製前のネタといいますか素と言いますか、そういったものであると思うんです。

ルーツだから崇めなさいとか、そんなことを言う人には耳を貸さなくてもいいと思います。やっぱり大事なのは音楽としてどうなんだ、感動出来るのか、ということなんですが、イエス、ブルースという音楽は、古き良き時代の空気を濃厚に纏いながらも、その実その音楽から醸し出される深いコクや味わい、人間の感情のコアの部分にうごめくもののリアルな息遣いのようなものを、誕生から100年以上経った今の時代にも余計な装飾ナシでキッチリと聴く人の耳と心に届けてくれる素晴らしい”今の音楽”です。

ブルースを聴いて、そのカッコ良さにシビレて、そして自分自身もブルースという音楽を必死で聴き狂い、挙げ句歌ったり演奏してしまうような人がいて(はぁいアタシです♪)、そういったのめり込み方を”ブルースに憑りつかれる”とか言いますが、今日ご紹介するCDは、我が国日本において”ブルースに憑りつかれた男”が何とブルースを紹介するラジオ番組を、そのまんまパッケージングしたという正気の沙汰とは思えない素晴らしい企画のコンピレーションなのであります。

日本に”ブルース”というものが入ってきたのは、実は戦前なんですが、B.B.キングやマディ・ウォーターズなど、いわゆるブルースマンと呼ばれる人達が本格的に紹介され、レコードもお店に並ぶようになったのは大分後で、1970年代が始まるか始まらないかぐらいの頃だったと思います。

丁度ビートルズ旋風が吹き荒れて、そこから若者が大量にロックに目覚めた時期ですね。

そんな60年代末から70年代初頭に

『ロックバンドをやっていた時聴いたブルースにシビレるぐらいの衝撃を受け』

た人達が、我が国におけるブルース第一世代としてシーンを牽引し、今も最前線で大活躍していて、この世代の方々が素晴らしいと思うのは、自分で演奏して楽しむだけじゃなく、ブルースという音楽を知って欲しい!楽しんで欲しい!と、書籍や雑誌での執筆やメディアでのブルースの紹介を、凄く分かり易く丁寧にしてくれているというところにあります。

本日ご紹介する永井ホトケ隆さんも、そんな日本を代表するブルースマンであり、積極的にブルースの魅力を世に紹介している偉大なブルース伝道師の一人です。

元々大学時代にロックバンドをやっていましたが、在学中に耳にしたブルースに衝撃を受け「コレだ!」と思って翌年の1972年、自身のバンド”ウエストロード・ブルース・バンド”を結成。ブルースの拠点として盛り上がっていた大阪で、憂歌団や上田正樹、山岸潤史らと関西のブルース・シーンを築きつつ、東京で活躍する妹尾隆一郎、吾妻光良、小出斉らとも親交を深め、様々なセッションやライヴイベントの主催をするだけでなく、ギター教則本の執筆にも力を注ぎ、日本でブルース人口を広めることに大きく貢献します。

この人の功績は本当に書ききれないほどいっぱいあるんですが、今現在、演奏活動以外で最も注目を浴びているのが、ラジオのパーソナリティであります。

青森県弘前市のFMアップルウェーブにて『BLUES POWER』というラジオ番組を、2008年から開始。

この番組は永井ホトケさんが、毎回解説と共にブルースを流し、その魅力や実際に体験した貴重なエピソードを語る番組として放送を開始して以来、ジワジワと人気が盛り上がり、今は青森や東北だけでなく、全国のコミュニティFMなどから聴けるようになりましたが、何と、アタシが住んでいるあまみエフエム”ディ”でも日曜日の夜10時からの番組として放送されてるんですね〜♪

番組タイトルは、ホトケさんが最初に結成したバンド、ウエストロード・ブルース・バンドのファースト・アルバムのタイトルからで「聴けばブルースが好きになる」のコンセプト通り、主に一人のブルースマンやブルースウーマンにスポットを当てて、そのアーティストの素晴らしさ、音楽のカッコ良さ、人間的な魅力、そして自らミュージシャンであるホトケさんは、演奏スタイルなどについても、非常に丁寧に、愛のある関西訛りの喋りで、かなり掘り下げて解説してくれます。

しかもその解説が、全然マニアックじゃないんですね。「とにかく聴いてもらおう、知ってもらおう」と、物凄く考えておられて、ブルースマンの面白いエピソード(ホント人としてぶっ飛んでる人達ばかりなので、最高なエピソードばっかなんですよブルースマンは)を中心に、知らない人が聞いても楽しく夢中に聞かせてくれるんです。

もちろん選曲も最高で、代表曲と言われるような有名曲から「そんなにヒットした曲じゃないけどこれは凄い演奏なんですよ」というレアなものまで、番組の中で1曲丸々しっかりとかけてくれる。


【収録】
1.ザ・ブルース・パワー/I BELIEVE
2.DJ Talk about “Mojo Hand”
3.ライトニン・ホプキンス/MOJO HAND
4.DJ Talk about “Riding In The Moonlight”
5.ハウリン・ウルフ/RIDING IN THE MOONLIGHT
6.DJ Talk about “Roll ‘N’ Roll”
7.ジョン・リー・フッカー/ROLL ‘N’ ROLL
8.DJ Talk about “Keep On Drinkin’”
9.リトル・ブラザー・モンゴメリー/KEEP ON DRINKIN’
10.DJ Talk about “Swingin’ The Boogie”
11.ジェームス”ピート”ジョンソン/SWINGIN’ THE BOOGIE(SUNSET ROMP)
12.DJ Talk about “Hey Hey Baby”
13.Tボーン・ウォーカー/HEY HEY BABY
14.DJ Talk about “Blue Shadows”
15.B.B.キング/BLUE SHADOWS
16.DJ Talk about “Talkin’ Woman
17.ローウェル・フルスン/TALKIN’ WOMAN
18.DJ Talk about “Match Box Blues”
19.ブラインド・レモン・ジェファーソン/MATCH BOX BLUES
20.DJ Talk about “The Sky Is Crying”
21.エルモア・ジェイムス/THE SKY IS CRYING
22.DJ Talk about “Little By Little”
23.ジュニア・ウェルズ/LITTLE BY LITTLE
24.DJ Talk about “Easy Baby”
25.マジック・サム/EASY BABY
26.DJ Talk about “I Can’t Quit You Baby”
27.オーティス・ラッシュ/I CAN’T QUIT YOU BABY
28.DJ Talk about “I Feel So Good”
29.J.B.ルノアー/I FEEL SO GOOD
30.DJ Talk about “Kansas City”
31.ウィルバート・ハリソン/KANSAS CITY
32.ブルース・ザ・ブッチャー/VOODOO MUSIC



ただ、ひとつだけ不満があるとすれば、30分番組なので、楽しく深いトークとゴキゲン極まりない選曲で、気持ちが最高にノッてきているうちに、あっという間に番組が終わってしまう。

ブルースが好きで、或いはホトケさんのこの番組でブルースのカッコ良さに目覚めた人は、きっと次の回まで淋しい気持ちで過ごすんじゃないかと思います(はぁいアタシです)。

だもんでこの番組をもっと楽しみたい!ブルースをもっと好きになりたい!という人、はたまた番組を聴いてみたいけど、夜は大体家にいないという人のために、何と『ブルースパワー』番組そのまんまの内容を忠実に再現して、しかも収録時間もたっぷり長いCDが、2015年に番組放送7周年記念盤としてリリースされました!

これはもう細かい事は言いません、聴きましょう。

収録されているのは、ブルースといえばこの人のこの曲!ぐらいの有名曲がたっぷりと、興味はあっても"最初の1枚"としてはなかなか手が伸ばし辛い戦前ブルースが3曲(特に戦前ピアノのリトルブラザー・モンゴメリーと、ジャズにも大きな影響を与えたジェームス・ジョンソンのブギウギ・ピアノの2つを入れたのはホント素晴らしい!)、そしてホトケさんの「この人絶対カッコイイから聴いて!」という愛を強く感じるシカゴの個性派&社会派シンガー、JBルノアーや、実はマルチ楽器奏者のR&Bシンガー、ウィルバート・ハリソンなど、渋いところも解説付きで聴けるのも有難いところです。

収録曲は番組同様全て丸々1曲がキッチリ手抜きなく入っておりますので、このCDは全くブルースのCDを持っていない人のための、これ以上ない入門用コンピレーションとしてオススメです。

また、ブルースをある程度聴き込んだ、またはこれに入ってる曲は大体持ってるよという人にとっては、ホトケさんの解説を聴くだけでもお釣りがくるほどの価値があります。

実際数々の現場でブルースマンのぶっ飛び行動や、人としての暖かさや奥深さにたくさん触れてきたホトケさんが語るエピソードの数々は、ブ厚いディスクガイドや本と同様かそれ以上の価値があり、既に知っている(持っている)ブルースのCDやレコードを、今の100倍深く楽しませてくれるでしょう。これはアタシが保証します。

あんまりホトケさんのトークの中身を書くとネタバレになりますので書きませんがひとつだけ、ブルースマンというのは、若い人がブルースを歌ったり演奏することを、自分の事のように喜んでくれる人達
なんです。

日本人だからとか白人だからとか、そんな事は関係ない、みんな心にブルースを持っている。だから俺達は魂込めてブルースをやってきたし、それを若いヤツらが受け継いでくれるのは嬉しいよ。

というような、ホトケさんが本当に嬉しそうに語るブルースの巨人達の暖かいエピソードを聞いて、アタシはブルースが好きで本当に良かったし、ブルースという音楽がますます好きになりました。

ブルースマン、自分の事なんかより、ブルースを聴いてもらう、知ってもらう、そして好きになってもらう事の方が大事なんですよ。

そしてそんな巨人達のスピリッツを引き受けるかのように、全国をツアーしながらブルースの魅力を伝えることに全てを惜しまない永井ホトケ隆さん、最高にカッコいいブルースマンです。




↓そして『永井ホトケ隆のブルースパワー』大好評につき、2018年1月25日に第2段がリリースされます!これも聴くぞー!!みんな聴いてー!!





”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”



『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月08日

DNA on DNA

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DNA on DNA


1970年代末期のアメリカ、ニューヨークの最先端であり最前衛の音楽をまとめたコンピレーション『ノー・ニューヨーク』の衝撃は、広く世界に、ではなく、世界の音楽や芸術シーンに深い衝撃を与えました。

パンク、或いはロックという音楽の側面からいえばこれはある意味イギリスのロンドンで起こったパンク・ロックのムーブメント以上にジャンルやカテゴライズの壁をぶち壊し、音楽のあらゆる要素が計画的無秩序に裁断され、粉砕されたその美しく危険な残骸を残骸のまま輝かせた、ということになりましょうか。

や、実はこのノー・ニューヨークというコンピに収録されたバンド達の演奏は、過激で暴力的でありながら、その表現の根幹には知性を感じさせるものが多いんです。

だから聴いてると、心と体は

「うをー!カッコイイ!ぎゃー!!」

と、ストレートに反応してしまいますが、頭の中にはどこか哲学的文学的な思考というのがループします。

一番最初に衝撃を受けたのは「ヴォーカルのやつが絶叫してサックスを吹く」というコントーションズでしたが、それとは別に「こんなにハチャメチャなのにクール!」と、これまた価値観や常識に捕らわれた脳味噌に回し蹴りを喰らわせてくれたバンドが"DNA"でした。

とにかくもうアート・リンゼイのキョーレツ極まりないノイズ・ギターです。

「ギャリギャリギャリギャリ!!」と耳をつんざくような凄まじく尖った雑音、どこをどうやって押さえて、どんなエフェクター使ってるのか?まず聴いた時にそんなことを思いましたが、何と、聞くところによるとアート・リンゼイ氏は12弦ギターに弦を11本だけ張って、それらの弦をまったくチューニングしないでムチャクチャに掻き鳴らしてるんだとか。

えぇぇ恐ろしい、何それ怖い・・・。

と、アタクシ狂喜しました。

そもそもこのDNAというバンドが、オリジナル・メンバーの3人(アート・リンゼイ、ロビン・クラッチフォード、イクエ・モリ)が3人共、楽器をマトモに弾けない”超”の付く初心者。

それぞれの話をすると、リンゼイ氏はDNA以前はパンクバンドでヴォーカルなどやっていたそうですが、元々は詩作に精を出す文学志向の青年で、ドラムのイクエモリは日本人ですが「ニューヨークの前衛シーンが面白いと聞いて・・・」ぐらいのノリで、ガッツリNYの過激なロックシーンを見たいという本気の青年(レックと言う人で、この人は帰国してフリクションというバンドを結成、日本のアンダーグラウンド・シーンのカリスマになりました)に付いていっただけなんですね。

で、ニューヨークには、音楽や文学、アートや演劇など、とにかくジャンルに関係なく過激で面白いもの、それまで誰もやってなかったようなことをやろうという若者達のパーティーがよく行われていて、そこでリンゼイ氏がメチャクチャなギターを弾いているバックで「おい、誰かドラムやってくれ」ということになり、”たまたま8ビートらしきものが叩けた”イクエ・モリを「君いいね、バンドやろう」と、リンゼイ氏とロビンが声をかけたことが始まりと言われております。

で、その声をかけたロビン・クラッチフォードは、一応キーボードを弾いてたけど、もちろん両手使ってちゃんと弾ける訳ではなくて、1本の指で鍵盤をガー!っと押さえてたと。

そんな連中がバンドをやる訳です、出す音は自ずと客観的に見れば”常識に囚われない/斬新な音楽”になります。

結成した78年にシングルを出し、続いてプロデューサーのブライアン・イーノの肝入りで『No New York』に参加。

この時の演奏が、マンハッタンの片隅でしか知られてなかったDNAの名をアメリカ東海岸の地下シーンに轟かし、しかもその評判は音楽(ロック)界隈ではなく、やっぱりアート界隈で「最高じゃねぇか!」「素晴らしい、価値観への新たなる挑戦だ!」と話題になりました。

ところがその直後に新しいバンドを結成したいという理由からロビンが脱退。

で、後任のメンバーとして、ベーシストのティム・ライトという人が加入します。

名の知れたパンク・バンド”ペル・ウブ”の結成メンバーであり、唯一ちゃんと楽器が出来るティムの参加は、DNAの音楽の質を一気に高めました。

リンゼイ氏もイクエ・モリも、流石に文学やアートに造詣が深いだけあって、素人とはいえ、そのセンスは並外れております。

ハチャメチャとはいえ「ここでこういうタイミング、こういう間で放ったら効果的である」ということをキチンと考えているフシが伺えるリンゼイ氏のギターはもちろん、イクエ・モリのドラムも「バスとスネアでリズムの軸を刻んで、タムやシンバルでオカズを入れる」というドラムのセオリーに則らず、タムタムで軸のビートを刻んだり、とにかく予測不可能なパターン度外視のリズムも本当に素晴らしく「これは磨けば確かなものになる」と、ティムは直感でそう思ったのでしょう。




【収録曲】
1.You & You
2.Little Ants
3.Egomaniac's Kiss
4.Lionel
5.Not Moving
6.Size
7.New Fast
8.5:30
9.Blonde Red Head
10.32123
11.New New
12.Lying on the Sofa of Life
13.Grapefruit
14.Taking Kid to School
15.Young Teenagers Talk Sex
16.Delivering the Good
17.Police Chase
18.Cop Buys a Donut
19.Detached [Early Version]
20.Low
21.Nearing
22.5:30 [Early Version]
23.Surrender
24.Newest Fastest
25.Detached
26.Brand New
27.Horse
28.Forgery
29.Action
30.Marshall
31.New Low
32.Calling to Phone


アルバム『DNA on DNA』は、そんなDNAの、最初期のシングルや、6曲入りたった10分ぐらいのデビュー・ミニ・アルバム『A Taste of DNA』と、ライヴ音源も含む編集ベストであります(リリースは2004年)。

ベストとはいえ、1978年の結成から84年の解散まで、短い期間で残した彼らのスタジオ音源の全てが入っておりますので、これはもうこれさえ持っていればOKぐらいの決定盤でしょう。

初期の野放図なカオス演奏もカッコイイけど、やはりティム加入後の、ほとんどの曲を2分弱とか3分以内に収めた、無駄のない深淵な演奏が絶品です。炸裂する初期衝動の中に奥深い知性をたたえながら、どこまでも聴き手の想像力を刺激して止まない”間”がたゆたう演奏は、俳句にも喩えられるほどに研ぎ澄まされた芸術性をやはり有しております。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月06日

ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ BUY

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ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ/BUY
(ZE/Pヴァイン)

パンク小僧にとっては永遠の憧れの作品のひとつとして『No New York』というコンピレーションがありました。

これはですのう、アタシはアタマの悪い高校時代に、例によって雑誌の記事でイギリスやアメリカのパンクの歴史みたいなものを特集したページがあって、それをパラパラと読んでいたら出てきたんですね。

『ノー・ニューヨーク』というタイトルからして何かこう激しいものを感じますね。まずそこが気に入って、細かい文字を読んでみたら、これはお前凄いんだぞと。ここに入ってる4組のバンドはノーウェーブと言って、70年代後半のニューヨークで、まず流行していたファッションパンクやニューウェーブへのアンチであり、既存のあらゆる音楽にノーを突き立てる、他のどのパンクよりも精神が過激で、音楽的な”ちゃんとした形”を根本からぶっ壊しててとにかくヤバイんだぞと。お前らとにかくパンク好きだったら、オリジナルパンクやハードコアもいいけど、ここまで聴かんとパンクの精神を理解したとは言えんのぞと。

まぁそんな書き方はしてませんでしたが、内容的にはそんな感じでした。

アタシも大概アタマが悪いので

「カッコイイからってピストルズやクラッシュの成り恰好ばかり真似したよーなのはパンクじゃないんじゃ、音楽的にどんだけイカレたことやるかっつうことにアホみたいに命かけてるよーなタワケが真のパンクスなんじゃ」

と、それはもうピュア真っ盛りでそんな風に思い込んで(つうかほとんど思い詰めて)音楽聴いてましたから、この雑誌の特集ページの『No New York』に関する一文は、それこそ天から降りてきた神の声か何かみたいにビビーンと来たんです。

このコンピレーションに絡む逸話として気に入ったのが、DNAというバンドのアート・リンゼイというギターの人は、チューニングがまるでデタラメなギターを、まるでデタラメのまんま弾きまくってるという話と、コントーションズというバンドでサックス吹きながらヴォーカルやってるジェームス・ホワイトというヤツは、演奏中に客席に降りて行ってとりあえず客をぶん殴る。で、殴り返されるから目の下にいつも青アザが出来てた。

という話でした。

おおお、パンクじゃ!つーかこのジェームス・ホワイトってヤツは本当のイカレ野郎だ!聴きたい!ノーニューヨーク聴きたい!コントーションズ聴いてみたい!!

と、思って、当時親父の経営するサウンズパルに行って

「ノーニューヨークくれ!!」

とイキリ立ったんですが

「あー、あれはない。ずっと廃盤じゃ」

と言われ、マジで心がポッキリ折れてしまいました。

その頃はパンクつっても、イギリスのパンクか初期ハードコアぐらいしか知らんかったので、そのノーウェーブとかいうやつをどうしても聴きたかったんですが、No New Yorkは1978年に一度リリースされたっきり一回も再発されず、その頃(90年代前半)にはもう伝説とか幻の作品として語られているような、レア盤の代名詞みたいなものだったんですね。

なので、アタシがノーニューヨークを本当の本当に初めて聴いたのは、大人になってから。

1997年にLPとCDで初めての再発が成され、これは当時アタシが丁稚をしていたレコード屋さん界隈でもすごく話題になって、店長から「ノーニューヨークを買う人は早めに予約してください」と指示が出たぐらいだったんです。

アタシ、もちろん予約して買いました。

さて、ワクワクドキドキで手にして、家に帰って針を落としたノー・ニューヨーク、いやもう全部の曲が予想より攻撃的で、予想以上に暴力的で、予想を遥かに超えて他の「パンク」と呼ばれているどの音楽との全然似てなくて、しばしアタシも正気を失ってしまうぐらい興奮してました。

どれぐらい興奮してたかというと、正座したままピョンピョン飛び跳ねるぐらい興奮してました。

冒頭に入ってたのが”ジェームス・チャンス&ザ・コントーションズ”!

あれ?確か雑誌の紹介では「ジェームス・ホワイト」ってなってたはずなのに、ジェームス・チャンス?まぁいいか、一緒名前だ。と一瞬ゆらっとなりましたが、いやもうこれ、バカ。

バカスカうるさいドラムと、ギャリギャリやかましいギターをバックに、思いっきり調子のずれたサックス、気合いを振り絞ったというより、ガラの悪いあんちゃんを、適当に吊るして締め上げたかのような捨身の絶叫系ヴォーカル。うほっ!




【収録曲】
1.Design To Kill
2.My Infatuation
3.Don’t Want To Be Happy
4.Anesthetic
5.Contort Yourself
6.Throw Me Away
7.Roving Eye
8.Twice Removed
9.Bedroom Athlete
10.Throw Me Away (Live)*
11.Twice Removed (Live)*
12.Jailhouse Rock (Live)*

*ボーナストラック


で、コンピレーションでカッコ良かったんだから、当然オリジナル・アルバムも探して聴くでしょうということで、都内の中古屋さんを探したら、ノー・ニューヨークの幻ぶりに比べて実にあっさりと、それほど高くもない値段で発見出来たジェームス・チャンス&ザ・コントーションズの、これがファースト・アルバムです。

内容は、オリジナル・アルバムだからコンピと違うとか全くそんなことなくて、初めて聴いて衝撃を受けた時のイメージそのまんまの、弾けてぶち壊れて、激しく調子が外れたまんま何かに全力でぶつかって、その都度粉々に砕け散る、絶好調の自己破壊サウンド。

これパンク? イエス、これパンク。

とはもう固く固ーく思うのです。たとえば90年代に出てきたマッチョで分厚くヘヴィなサウンドのハードコアなんかと比べたら、音の質感はうっすいカミソリみたいにヨレヨレのヘロヘロ。ただ、その分表現の仕方がぶっ壊れてるので、リアルタイムの音と比べても鬼気迫る狂気みたいなもんは遥かに上です。つうか何かと比べようがないです、良い意味でバカ過ぎて。

で、アタマの悪いアタシがすっかりハマって「これがパンクじゃあうひゃひゃひゃひゃ!」と聴きまくったのは言うまでもありません。

でも、彼らのとことん”自己破壊&巻き込み型の他者破壊”な表現のコアとは別に、音楽、特にリズムの方をよくよく聴くと、ロックにありがちな8ビートは一切使ってないんですよね。

サックスやギターの上モノがとにかくズッ外れてるし、ヴォーカルは絶叫だから気付かなかったんですが、リズムはむしろファンクなんです。

大体パンクでサックスなんか吹いてるところからしてフツーではないとは思ってましたが、彼らの音楽性というのは実に多彩で、いやその、ニューヨークというところは大体色んな人種の色んな音楽が集まるところだし、音楽以外にもアートや演劇など、あらゆる前衛芸術がこんずほぐれつやりあって、地下シーンから生まれるものは大体のっけからミクスチャーなものだということは理屈では分かっておりますが、コントーションズのミクスチャーぶりは、余りにもそのパンクな表現とマッチし過ぎていたのでうっかり見過ごすところでありました。

ノーウェーブっていうのは、当時パンクから派生したポップス路線のロックとして人気だったから、そういった商業主義的なものはクソだ、んなもんいらねぇという気持ちでもって名付けられたと聞きましたが、コントーションズ聴いていると、それ以上に気持ちいいBGMとかオシャレアイテムになっちゃったジャズとか、当初のソウルやファンクの反骨精神を失ったディスコ・ミュージックまでも射程に捉えて、全部の音楽のダメな部分に中指おっ立てておった。これはそういう音楽なんじゃなかろうかと、そのサウンドに心底興奮すると共に、その恐るべき反逆精神に心底ゾクッとする訳です。

それより何よりジェームス・チャンス、今もうすっかり60代半ばのいいおじいちゃんになってるのに、未だ”この”スタイルで現役です。それが一番おそろしい・・・。





『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月05日

エアロスミス 野獣生誕

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エアロスミス/野獣生誕
(ソニー・ミュージック)

さー正月も終わってまた忙しい日々の始まりです(や、正月は正月で忙しかったのですが)。

気合いを入れるにはやはりガツンとこうロックですよね、しかも色々と凝って派手な方向に行くやつではなく、なるだけシンプルに不器用でカッコイイやつがいい。

で、エアロスミスです。

え、エアロスミス!? 何を言うんだい、エアロスミスって言えば超大御所で最高に派手でロックンロールからバラードまで、何でもカッコ良くこなせるスーパーバンドじゃないか。

という声も今聞こえました。

はい、そうです。エアロスミスは今や洋楽ファンでなくても「あ、あのアメリカの凄いバンドね」と、何となく知っている。ヴォーカルのスティーヴン・タイラーが、ハリウッド女優リブ・テイラーのお父さんということでも有名です。

でも、実はエアロスミス、実は売れっ子になるまでに結構時間がかかってきております。

アタシの記憶ではリアルタイムのエアロスミス体験といえば、高校時代に新譜を予約して買った1993年の『ゲット・ア・グリップ』。

それ以前には89年の『バンプ』またはバラード名曲『エンジェル』が入ってる87年の『パーマネント・バケーション』この辺りを聴く洋楽小僧が多かったです。えっと、確か「あのガンズ・アンド・ローゼスに大きな影響を与えた実力派バンド」とか、そういう紹介のされ方で、洋楽を聴いてガンズやスキッド・ロウ、エクストリーム、その辺の売れているハードロック系のバンドを聴いてる人達が、一部「じゃあ70年代のハードロックも聴くか」ぐらいの感じでエアロスミスまで手を伸ばしている。そんな感じでした。

音を聴く限りでは、1980年代後半のアルバムは非常に洗練されていて、やはりベテランの凄味みたいなものが出ています。

どの雑誌でも名盤と紹介されていたのは、1976年にリリースされた4枚目のアルバム『ロックス』なんですが、この辺まではキャッチーさよりも硬派なロックンロールバンドの味が強くて、90年代の派手な音に慣れたアタシら高校生の中では「初期のエアロスミスもかっこいいよね」と「う〜ん、何かピンとこない」という人とに分かれていたような気がします。

でも、実はアタシが好きなエアロスミスは『ロックス』より前の時期なんですよね。分かり易くドラマチックな曲よりも、何だか分からないけどカッコイイ曲が、ちょい汚く録られたラフなギターの音と共にうねってるこの感じ。

確かに70年代の音は、当時のキラキラにエッジの立った90年代のハードロック/ヘヴィメタルのサウンドと比べると迫力に欠けるとか最初は思ってましたが、自分が実際エレキギターを買って、それを安物のトランジスタアンプに繋いで音を出すと、やっぱりコレに近い音になって、自分が思う”生”な感じがすごくする。で、そんな音で弾くなら、メタルの重圧高速リフよりも、こういうロックンロールなリフの方が何故かしっくりきました。

そんなこともありましたが、やはり一番大きかったのは、ガンズです。

ガンズのアルバムの中では一番ラフで荒削りなヤバい空気がみなぎっているデビュー前のデモ&疑似ライヴを集めたミニ・アルバムで『GN'ライズ』という素晴らしい作品がありますが、コレでカヴァーされていたのがエアロスミスの『ママ・キン』。



ガンズの『ママ・キン』は、何と言いましょうか、一言で言えば究極の「オラオラ、ロックンロールだぜ!」な感じです。



あ〜かっこえぇ・・・。


「この曲エアロスミスのカバーよ」

「マジか!?どのアルバムに入ってんだ?」

「ファーストらしい」

「うぉー買う!」

で、1も2もなく『ママ・キン』目当てで買ったのが、1973年リリースの、エアロスミス記念すべきファースト・アルバム『野獣誕生』。



【収録曲】
1.メイク・イット
2.サムバディ
3.ドリーム・オン
4.ワン・ウェイ・ストリート
5.ママ・キン
6.ライト・ミー
7.ムーヴィン・アウト
8.ウォーキン・ザ・ドッグ


「とにかくママ・キン」で買ったので、ものすごーく期待は高かったです。

そして本家本元エアロスミスの『ママ・キン』は期待通りカッコ良かった(!)

や、元がシンプルなロックンロールですから、ガンズのあのカヴァー・ヴァージョンは、実はエアロスミスのオリジナルにほとんど忠実なものだと知っただけで、そりゃもう嬉しくて、やっぱりギターをすぐにアンプにぶっこんで、この死ぬほどかっこいいロックンロールなリフを絶対耳コピしてやろうと夢中になりました。

そしてもうひとつびっくりしたのがエアロスミスの代表曲である、バラードの『ドリーム・オン』がこのアルバムに入っていたこと。

へぇぇ、エアロスミスのファーストっていえば、ゴリゴリしたロックンロールナンバーしか入ってないと思ってたのにこれは凄いと思ってたら、この曲最初に売り出した時は全然注目されず、3年後にシングルカットされてようやく売れて、そのヒットが今の人気に繋がるきっかけになったんだとか。

はい、エアロスミスも最初の頃は「ボストンにいいバンドがいる」ぐらいの知名度以上のものを獲得することは出来ず、このアルバムもあちこちで雑だのヘタクソだのローリング・ストーンズの単なる物真似と酷評され、セカンド・アルバムまではほとんど売れず、レコード会社からも契約を打ち切ると言われてたんですね。

確かにこの頃のエアロスミスの音はチープで、演奏もめちゃくちゃ上手いという感じもしません。どっちかというと、街のちょいワルなあんちゃん達が一生懸命ロックやってるような、そんな感じは確かにあります。でも、それとカッコイイということは違うんですよね。

アタシはこのアルバムの泥臭さ、制作にお金がかけられなかったがゆえのチープな質感、でも「何かこう突き抜けてやろう」というメンバー達の気合いや、恐らく地元のライヴハウスやっているそのまんまのワクワクするようなノリをレコーディングスタジオにそのまんま持ち込んだかのような曲やアレンジのこの感じ、もうたまんなく大好きなんです。これぞロックです。

特にブレイクのきっかけとなった3枚目以降は、演奏もびっくりするぐらい上手くなって行きますので、この時期の味はやっぱりこれでしか楽しめません。

で、このアルバムの看板はやっぱり『ママ・キン』と『ドリーム・オン』なんですが、あれからブルースとかソウルとか、色々通過して改めてこのアルバム聴いてみると、最初聴いた時は特にカッコイイというよりは「何かいいね」ぐらいだった他の収録曲の、さり気ないブルースやR&Bのテイスト(あとサザン・ロックな感じもすごくする)にやみつきになってしまいます。

特に看板の2曲に挟まれた『ワン・ウェイ・ストリート』これは7分ある長い曲ですが、 軽快なブルース・ナンバーで、ミディアム・テンポの粘る曲調と、頭と間奏鳴り響くイカしたブルース・ハープ(多分スティーヴン・タイラーが吹いてる)が、おぉ、こんなにカッコ良かったんだ!と、新たな発見で繰り返し聴いております。

 昔、先輩に

「いいアルバムってどんなアルバムなんすかね」

と訊いたことがあって、その時先輩が

「何年か後になって、最初は別に気にも止めなかったような曲がめちゃくちゃカッコ良く感じるアルバムはいいアルバムだよなー」

と言った言葉を、今噛み締めてます。名盤とか物凄いインパクトがあるとかじゃないけど、これは間違いなく”良いアルバム”です。








『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2018年01月03日

ザ・ユタ・ヒップ・クインテット

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span style="font-size:large;">ザ・ユタ・ヒップ・クインテット
(BLUENOTE/EMIミュージック)

当ブログをお読み頂いております音楽好きの皆様、新年あけましておめでとうございます。

サウンズパルの店舗を閉じて、このブログを開始してから早いものでもうすぐ4年になりますが、その間お店の常連さんや、遠方にお住まいのお客さんに「ブログ見てるよ」「アマゾンで買い物する時はアンタのブログのリンクから行くことにするよ」等々、有り難い言葉を頂いてきました。

そして、最近はツイッターで知り合った音楽好きの皆さんから、ブログの感想を頂いたり、リクエストなども頂いたりして、とにかく忙しい合間でも、何とか時間を作ってブログの更新だけはサボッたらいかんなぁと、俄然気合いが入ります。

このブログの目的は、音楽の素晴らしさ、特に読者の方が知らないアーティストの作品を「お、何か面白そうだな♪」と手に取って頂くことにあります。最近の音楽といえばネットでの無料配信などが徐々に主流になりつつあるとも聞いておりますが、レコードやCDという、アーティストや制作側が丹精込めて作った”作品”の素晴らしさというのはやはり確実にあって、アタシ自身もそれに随分と励まされたり良いインスピレーションを貰ったり、色々な思い出を乗っけさせてもらったり、とにかくこんなポンコツな人間でも、人生を豊かにしてもらってるんだなぁと実感しておりますので、古い奴だとか何とか言われようが、音楽作品の素晴らしさを今年も出来るだけ多く語って行くつもりです。

皆様どうかひとつ「あぁ、アイツがまたトサカに火が点いて盛り上がってるぞ」とでも何でも結構ですので、おもしろおかしくお付き合いくださいませね。

という訳で本日も素晴らしい音楽作品の紹介です。

昨年末からレビューを連続投下して、キャーキャー盛り上がっておりますユタ・ヒップなんですが、はい、彼女が生涯で残したオフィシャルなアルバム全4枚の最後(実は録音としては一番最初)の作品『ザ・ユタ・ヒップ・クインテット』であります。

何でこの最初に録音されたアルバムを最後に紹介するんだという話なんですが、実はこのアルバムだけ、リリースはブルーノートなんですが、録音は彼女が渡米する前にドイツで行われたものなんですね。なのでアルバムの雰囲気もメンバーも、彼女自身のピアノ・プレイも、他のアルバムとは随分気色が違います。なのでこのアルバムは、まずはトリオでの演奏を聴いて、そこにホーンが加わったやつを聴いて「あぁユタ・ヒップってこんな人なんだ」ということを頭に入れて聴いて欲しいという、アタシのささやかな勝手です。あいすいません。

そんな事を言っておりますが、実はアタシが個人的に一番好きなユタ・ヒップといえばコレなんです。や、他のアルバムが悪いってことじゃない。ヒッコリー・ハウスもウィズ・ズート・シムズもモダン・ジャズのアルバムとしては最高だし、彼女の楚々としているけど、実は芯の部分に相当熱いものがある個性は十分に記録していて、どれを聴いてもはぁぁカッコイイ・・・とため息を漏らさずにはおれないのです。

それに、本場アメリカのジャズに憧れて、単身やってきたニューヨークで、懸命に本場の音を演奏すべく努力して、実際それを完璧にモノにしててかつバド・パウエルやホレス・シルヴァーの物真似に終わらないオリジナリティを炸裂させているという意味で、やはりヒッコリー・ハウスの2枚はジャズファンならば必携でありましょう。ユタ・ヒップの最高傑作はどれかと訊かれたら、やっぱりこの2枚を挙げます。

それを考慮してもなお、この『ユタ・ヒップ・クインテット』が何故アタシの琴線を盛大に鳴らすのかといえば、それは上手く言葉では言えませんが、あえて言えば、地元ドイツで共にジャズという音楽に真剣に向き合って切磋琢磨している仲間達と、気負いのない”素”の演奏を繰り広げる彼女の、ありのままの優しさや厳しさを聴くことが出来るから、とでも言いましょうか。




【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
エミル・マンゲルスドルフ(as)
ヨキ・フロイト(ts)
ハンス・クレッセ(b)
カール・ザンナー(ds)

【収録曲】
1.クレオパトラ
2.ドント・ウォーリー・バウト・ミー
3.ゴースト・オブ・ア・チャンス
4.モン・プチ
5.ホワッツ・ニュー
6.ブルースカイズ
7.ローラ
8.ヴァリエーションズ

(1954年4月24日録音)


とにかくその「ブルーノートだけどブルーノートとは違うのだよ」な、演奏を聴いてみましょう。

えぇと、何がブルーノートと違うのか、そもそもブルーノートの音って何だよ?って人も多いと思いますのでちょいと説明を・・・。

アメリカのニューヨークにあるブルーノート・レコードは、ドイツ人でありながら大の黒人音楽マニアだった(ジャズだけじゃなくてブルースやゴスペルも大好き)アルフレッド・ライオンという人が、その耳と直感を頼りに、有名無名関係なく「これはいいぞ!」と思ったアーティストをスタジオに呼んで、衣食住の世話すらしながら、やりたいようにやらせつつ、作品としての完成度やトータルバランスなどにこだわりを発揮したレコード会社なんです。

当時レコードなんてのは「ミュージシャンには録音の謝礼金だけ払えばいい、どんな個性を持ってようがひと山なんぼで売れるようなやつを作ればいいんじゃね?芸術性?アーティストの個性?それはまぁそこそこ・・・」というのが当たり前でしたが、ブルーノートはこれの最後の部分で妥協せず、アーティストの個性をとても大事にしました。

その上でアルフレッド・ライオンが求めるものは「自然なファンキーさ(つまり”黒っぽさ”)」です。

律儀で健気なユタさんは、そんなライオンの期待に懸命に応えようとして、ブルーノート録音の3作では、元々持っていた知的で端正なピアノ・スタイルに、創意工夫を重ねたファンキーさをプラスしたんですね。結果としてそれは大成功を納めたんだと思います。

で、ドイツ録音の本作です。

このアルバムで彼女とそのバンド達のスタイルは、徹底してクールで端正です。

たとえればアタシの大好きなレニー・トリスターノがその叡智と理論を終結させてストイックに作り上げた”クール派”のサウンドのそれに近い。



キッチリと乱れのない”4”をサクサクと刻んでゆくハンス・クレッセのベースとカール・ザンナーのドラムスが的確に繰り出すリズムに乗って、甘みや”オーイェー”な感じがほとんどないカチッとしたコードワークと、淀みなく流麗なソロを重ねてゆくユタのピアノは、ほとんどトリスターノ直系の洗練美でありますし、ソフトな音で理知的に起承転結をコントロールして、クラシカルな対位法を上手に取り込んだハーモニーで乱れなく展開してゆくエミル・マンゲルスドルフとヨキ・フロイトのサックスの絡みなんかも、ほとんど50年代のトリスターノ・グループでのプレイをお手本にしたとおぼしき雰囲気が伺えます。

ユタさん、その辺どうなんでしょうかね?

「はい、貴方が仰るように、このアルバムはレニー・トリスターノのクール・ジャズの手法と類似する表現とよく言われます。音楽を演奏する時に、まず理論としてそのリズムやメロディ、そしてハーモニーがどのような役割を果たすかはとても重要で、私達は演奏の前や後にその事についての議論をよく行っておりました。ただ、私達はヨーロッパの人間で、黒人特有のシンコペーションというものに感覚としての理解が足りない。そこを考えるとトリスターノの的確な論理に基づいた表現は、理に適うものとしてお手本にはしやすかったのだと思います。ただ・・・残念ながら私はトリスターノの音楽はあまり好きではありません。あぁごめんなさい、せっかく良いところを引き出そうと訊いてくださったのに。こんなだから私は駄目なんですね・・・」

あぁ、ユタさんごめんなさい。えぇ、とても丁寧に説明してくださってありがとうございます。よく分かりました。あの・・・そんなに落ち込まないでくださいね。

はい、落ち込んでいるユタさんの代わりに簡単に説明すると、彼女自身はこういった理知的な、いかにもヨーロッパという感じのジャズではなくて、もっとハード・バピッシュな演奏をしたかったんだと仰ってます。この方はそれほどにブラック・ミュージックとしてのジャズへの憧れを真剣に持っておったんですね。

しかし当時のヨーロッパ、特にドイツのミュージシャン達と演奏して妥協のない演奏をするとなると、やはりこのスタイルしかなかったんだと。

彼女の中にはもやもやしたものがあったとは思いますが、それでもこのアルバムが持つ凛とした美しさ、ヨーロピアン・ジャズの”粋”を37分という短い時間に一瞬のタルみもなく凝縮出来る技量は群を抜いているように思えます。もしも彼女が渡米せず、ヨーロッパにとどまったままこのスタイルで作品を発表し続けていても、ユタ・ヒップという人はジャズの歴史に確実に名前を残す人であったでしょう。

そうでなくともこのアルバムが持つキラキラした美しさの中で華やかに湧いている「ジャズって楽しいね、音楽最高だ」という嬉々とした雰囲気、これはやっぱり特別という表現以外ありません。ちょっと洒落たものを聴きたい時も、じっくりと対峙して聴きたい時も、それなりにちゃんとしたものを返してくれるアルバムって、ありそうでなかなかないですもん。






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2017年12月30日

ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ

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ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ

(BLUNOTE/EMIミュージック)

はい皆さん、2017年もあっという間で残り僅かとなっておりますが、如何お過ごしでしょう。

アタシはいつもと変わらず、働いたり動き回ったりしながら、いつもの倍ぐらいドタバタしています。

この数日、ユタ・ヒップについて書いております。ということは集中的に聴いている訳なんですが、いやぁ、こんな年末の忙しない時だからこそ、彼女のひとつひとつの音に丁寧に感情を乗せて奏で、かつしっかりとスイングしてドライブするピアノがやけに沁みて泣けてくるのです。

さて、その実力に見合ったキャリアを積むことなく、故郷ドイツから単身渡米し、名門ブルーノートに3枚の新録アルバムと、ドイツ時代に録音した1枚のアルバムをリリースしながら、2年にも満たない活動にひっそりと終止符を打ったユタ・ヒップの、今日は最後のアルバム『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』を皆様にご紹介します。

ライヴ・アルバム『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』の内容に確かな手応えを感じていたブルーノート・レコードは、1956年7月、この女流ピアニストのスタジオ・アルバムを制作を考えておりました。

が、ユタは確かにピアニストとしてはオーソドックスなバップ・スタイルの中に、秘かに光る個性を持ちながらも、アメリカではまだまだ知名度が十分とは言えず、その上ピアノ・トリオというフォーマットでは、どうにも"押し"が弱く、ブルーノートでの1昨目のスタジオ・アルバムは、人気ホーン奏者と組ませた、少し賑やかな編成で行こうということになりました。

そこで白羽の矢が立ったのがズート・シムズです。

ズートはユタと同じ歳の1925年生まれで、まだハタチそこらの頃からウディ・ハーマン、スタン・ケントンといった大物白人オーケストラを渡り歩き、王道のスイング・テナーのスタイルでは、50年代当時の若手では最強と呼ばれておりました。

ジャズのスタイルがスイングからモダン・ジャズへと劇的に進化した後の1956年になっても、ズートはスタイルをほとんど変えることなく、時代の先端でソニー・ロリンズやスタン・ゲッツら同年代のモダン・テナーのスター達とも余裕で渡り合え、かつ豊かな暖かみに溢れた音色で、バラードやブルースもしっかりと聴かせることの出来る、真の実力派でありました。

資料によるとユタとズートは同い歳で、人見知りのユタもズートとは打ち解けて「一緒に演奏出来たらいいね」と楽しく交わしていたのがきっかけでこのセッションが実現したと書かれています。

多分実際は、当時人気と実力が絶頂にあり、かつ、ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオン好みの"味のある黒いスイング感"を持っていたズートの作品を何とか作りたかったブルーノート側が

「う〜ん、ズートのレコード作りたいんだよなぁ。でもズートは今Prestigeとの契約があるし、リーダー作は無理か。・・・そうだ、ユタがズートと一緒にアルバム作りたいとか言ってたよな。丁度いいや、彼女のスタジオ盤にはホーンが欲しかったところだし、ユタ・ヒップのアルバムにズートがゲスト参加したってことにすればいいんじゃね?」

と、思い付いたんじゃあないかとアタシは思っております。






【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ズート・シムズ(ts)
ジェリー・ロイド(tp)
アーマッド・アブダル=マリク(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.ジャスト・ブルース
2.コートにすみれを
3.ダウン・ホーム
4.オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ
5.ウィー・ドット
6.トゥー・クロース・フォー・コンフォート
7.ジーズ・フーリッシュ・シングス
8.ス・ワンダフル


(1956年7月28日録音)


で、内容なんですが、そんなブルーノートの思惑がチラチラ見えるぐらいに、見事なまでにズートが主役の作品に仕上がっております。

確かにこの当時は、ピアニストのリーダー作でメンバーのサックスやトランペットが目立ってることは(楽器の性質上)よくあったし、ユタも共演者差し置いてガンガン前に出る果敢な性格ではありません。

必然的にズートは目立ってしまうんですが、実はこのアルバム、トランペットでズートのかつてのバンドメンバーだったジェリー・ロイドという人も参加した2管編成なのですよ。

でも、トランペットやピアノに比べて、明らかにズートのテナーの音が、大きめに録音されてるんですね。

ズートの音は元々太くずっしりした、存在感のある音なんですが、それを考慮してもかなり意図的に目立たせようとしている録音であります。

「さぁ、大きな声では言えないが、あのズート・シムズのアルバムをブルーノートが作ってみたよ。ピアノは売り出し中のユタ・ヒップ。何?聴いたことないって?まぁ聴いてくれ、このコはドイツから来た女の子なんだが、ホレス・シルヴァーみたいな、なかなかに力強いファンキーなプレイをするんだぜ」


と言わんばかりです。

結果として、ブルーノートの「(表向き)サイドマンのズートを全面に押し出す録音」は大成功でした。

とことん豪快で、とことん男らしい優しさに溢れた、ズートのプレイが作品全体の舵取りをして、そこにしっかり寄り添うシンプルなバッキングと、ソロの時の繊細な煌めきに溢れたユタの機知に富んだピアノ、その横で控え目ながら味のあるジェリー・ロイドのトランペット、後ろでズ太い音でしっかりとした弾力あるウォーキングを刻むアーマッド・アブダル=マリクのベース、堅実な4ビート職人、エド・シグペンのドラムが無駄なく鳴り響く、実にバランスの取れた、飽きの来ない編成の妙が終始味わえます。

どの曲もこの時代のモダン・ジャズとして、または味わいの逸品揃いのブルーノートの作品として最高の出来ですが、1曲目のブルース曲『ジャスト・ブルース』と、バラードの『コートにすみれを』が出色ですね。
『コートにすみれを』は、ジョン・コルトレーンが初リーダー作の『コルトレーン』で、ジャズ史に残る名演を残していますが



繊細な音で訥々と愛をささやいているかのようなコルトレーンとはまるで違う、ふくよかな中低域を活かし、饒舌ながら余分な装飾のない、実にセンスの塊のようなズートのアプローチもまた、ジャズ・テナーの歴史に残すべきバラード名演と言えるのではないでしょうか。

ミデァム〜スローぐらいの、聴くにも味わうにも、心地よくノる分にもこのアルバムは最高です。

ユタにとっても、この作品は恐らく上出来で、これをステップにアメリカのジャズ・シーンで華麗な活躍を続けて行くはず・・・だったのですが、ユタはこのセッションの直後に

「アメリカに来て凄い人達の凄いプレイを目の当たりにして、私はすっかり自信をなくしてしまった」

という言葉を残してシーンから消え、二度と音楽の世界へカムバックすることはありませんでした。

ユタは音楽を止めてドイツにも帰らず、ニューヨークの裁縫工場で縫い子として働きながら、絵を描いて生活していたようですが、その後幸運には恵まれず、2003年独り暮らしの粗末なアパートでひっそりと息を引き取りました。享年78歳。

50年代ジャズの、都会的なセンスに溢れた彼女の作品は、どれもそれぞれに違った良さがありますが、改めて聴くとどれも共通する、ほんのりとした、哀しみが沁みます。





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2017年12月27日

ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.2

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ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.2

(BLUENOTE/EMIミュージック)


ユタ・ヒップという人は、ドイツからスカウトされてやってきて、1950年代のキラ星の如く輝くモダン・ジャズの名盤がズラッと並ぶBLUENOTEにおいて、ライヴ盤2枚を含む3枚のアルバムをひっそりと残し、わずか2年にも満たない活動を静かに終えてジャズの世界から姿を消した幻の女性ピアニストでありますが、その確かなピアノの実力、儚い哀愁をヘヴィな音色と強靭なグルーヴで織り交ぜたかのような唯一無二の個性でもって、決して”通好みの味わいあるミュージシャン”では終わらない強烈な存在感をジャズの歴史に刻み付けております。

前回ご紹介しました『ヒッコリーハウスのユタ・ヒップVol.1』は、そんな彼女がアメリカで初めて得た仕事、つまり彼女のピアノに惚れ込んでアメリカのジャズ界に連れてきた評論家レナード・フェザーが契約を取り付けたステーキのお店”ヒッコリーハウス”で行っていた定期ライヴの前半のステージを収めたライヴ盤です。

で、今日皆さんにご紹介する『ヒッコリーハウスのユタ・ヒップVol.2』は、同じ日の後半のステージを収めたライヴ続編なんですが、これがまたVol.1とは違った雰囲気で実に素晴らしい内容。



「何で1枚にまとめなかったの?Vol.1の評判が良かったから、後になって余った曲を集めてVol.2を作ったの?」

という読者の方からの声が、今微かに聞こえましたので、そこんところからちゃんと説明しますね。

まず、このヒッコリーハウスのユタ・ヒップ、Vol.1もVol.2も、作品として同じ時期にリリースされたものです。

何でわざわざ分けたかと言いますと、これは単純にこの時代のレコードの収録時間の関係上、2枚に分けざるを得なかっただけで、決してVol.2が後から出てきた没テイクを寄せ集めたものでもなければ、色気を出したレーベル側が、あざとく企画した続編でもありません。

そもそもがこのシリーズは『Vol.1』が前半の『Vol.2』の、同日同ステージの演奏を編集ナシで丸々収録したものであり、どういうことかというと

「ユタ・ヒップのライヴは素晴らしいから、これはどの曲もボツにせず、全部を発売すべきだと思う。何、収録時間が1枚に収まらない?だったら2枚に分けてリリースすればいい。多少売れ行きにムラはあるかも知れんがそんなことはどうだっていい。素晴らしい彼女の演奏を余すところなくジャズファンに聴いて欲しいんだよ」

という、ブルーノートのオーナー、アルフレッド・ライオンの粋で真摯なはからいなのであります。

そうなんです、ライヴ盤といえば今でこそツアー中のいくつかの演奏の中から出来の良いものをセレクトしたり、中の音にちょちょっと修正をかけたりして作られるものもあったりしますが、アルフレッド・ライオンという人はとことん現場主義で、良いと思ったら採算を度外視しても全曲収録したレコードをシリーズとして作り、かつまどろっこしい編集や、売るための細工なんぞは一切しない人でした。

何故、ドイツから来たばかりのほとんど無名のピアニストに周囲はそれほどまでに惚れ込んだのか?

それはアタシも惚れ込んだクチですから、演奏を聴いてくださいとしか言えませんが、この日のヒッコリーハウスでのライヴが、2枚の作品となってまで全ステージを収録したのかということに関しては、また別の理由があります。




【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ピーター・インド(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.風と共に去りぬ
2.アフター・アワーズ
3.ザ・スカーラル
4.ウィル・ビー・トゥゲザー・アゲイン
5.ホレーショ
6.アイ・マリード・アン・エンジェル
7.ヴァーモントの月
8.スター・アイズ
9.イフ・アイ・ハッド・ユー
10.マイ・ハート・ストゥッド・スティル

1956年4月5日録音


実は楚々とした気品の中に、どこか狂おしくて秘めた破壊衝動すらも感じてしまいそうな、奥深い感情のあれこれが渦巻いているかのような『Vol.1』と、エンジンがかかってグイグイ重く疾走するドライブ感でもってスイングする『Vol.2』は、雰囲気がまるで違います。

例えれば、恥ずかしがり屋で人見知りなユタさんと飲みに言ったとします。

繊細で控え目で、とにかく自分に自信がなかったと言われる彼女の性格ですから、まずはこう言ったことでしょう。

「あ、いや、私はお酒そんなに得意ではないんです。あ、話も聞いてるのは好きですがいざ喋るとなるとダメなんですよね。それと、私そんなに面白くないから・・・」

でも、彼女はとても慎重に言葉を選びながら、訥々とではありますが、その内容は真実の説得力に満ちたとても深い言葉が美しく煌めいている。そんな会話にいつしか同席している人はすっかり聞き手に回ってしまっい、気が付けば

「この人の話、もっと聞いていたい」

と、強く願うようになってしまっていた。


これが『Vol.1』です。

「あ、ごめんなさい。私の話・・・面白くないですよね。何か深刻な話ばかりしちゃってすいません・・・」

と言いつつも、酒は結構弾んでいて

「すいません、ウォッカください(5杯目)」

となってからが『Vol.2』です。

内気で知的な雰囲気は全く変わらず、酔いが心地良く回ったのか、彼女は次第に饒舌になってきます。

その言葉には気品が溢れ、どこか陰のある薄倖の魅力を常に漂わせながらも会話はリズミカルになって行き、意外にも低く、ドスの効いた言葉の力強さが前に出てきます(これ、最高にドライブする左手のフレージングのことを言ってます)。

彼女の魅力はでも、どんなに饒舌になっても、どんなに酔いが回っても決して大声を上げたり下品な内容にならないところで、どんな言葉もしっかりとその知性で選び抜かれた、余計な装飾や誇張のない、シンプルな真実が持つ芯の強さに溢れたものでありました。

そして彼女の仲間達、つまり優しく彼女の話を頷きながら聞き、お酒をそっとオーダーしたり、ツマミが切れたら運んで来たり、彼女が椅子から転げ落ちないように、しっかりと支えられる位置を近過ぎず遠過ぎない実に絶妙な距離でキープしているベースのピーター・インドとドラムのエド・シグペン。

えぇい、もう何か面倒臭いんでたとえ話終わりでストレートに演奏の話に戻しますが、このバックの2人のプレイがまた見事なんですよ。

方や”クール派”と呼ばれたレニー・トリスターノの愛弟子として、そのキッチリタイトなグルーヴに、まるでリズムマシーンのように正確な”4”を黙々刻むベーシストとして、一方は名手オスカー・ピーターソンやビリー・テイラーなど、軽やかなスウィング感が売りのピアニストとの相性抜群な、シャッシャと小粋なブラッシュワークで、演奏を心地良く飛翔させて加速させる知性派ドラマーとして名が知られた二人ですが、ここではインドは意外にもブイブイと弾力のある音で前に出て弾きまくり歌いまくってるし、シグペンも軽めのブラッシングではありますが、いつもよりリキが入ってビシバシやってハッスルしています。

とにかくもう、ユタさんの左手の強靭なグルーヴ感なんですよね。

バド・パウエルに憧れて、ホレス・シルヴァーに大きく影響を受けて、実際グルーヴィーなアップテンポの曲では独特の力強く粘る左手のラインが”まんま”だったりしますが、これだけ”ゴリッ”と骨太に走ってて、どこか儚さとか切なさを感じさせるのは、やはりこの人ならではのどうしようもないぐらいにこびり付いた個性だと思います。

インドとシグペンも、とにかくその左手に感化されまくって本気で飛ばしておりますよ。ライヴで火が点いたトリオの演奏としては、もう最高峰ぐらいの素晴らしく一体となったグルーヴであります。

ミディアムテンポの『ラ・スカラール』がもうとにかくバリバリで凄いです。聴いてください、いや、お聴きなさい。

あと、相当に濃いけどこの人のピアニストとしての本音、つまり”私はこうありたいのよ!”って部分は、2曲目のスローブルース『アフター・アワーズ』が悶絶モノの出来です。白人だとか女だとか、そういうの関係ない、誰が弾こうが感情を死ぬほど込めたらブルースはこんぐらいドロドロになるという美しい(えぇ、あえて)見本のようなブルースです。これもぜひ聴いてください。いた、お聴きなさい。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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2017年12月26日

ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.1

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ヒッコリーハウスのユタ・ヒップ Vol.1

(BLUENOTE/EMIミュージック)

冬になると聴きたくなるピアノといえば、そう、この人を忘れてはいけません。

モダン・ジャズ華やかかりし1950年代半ばにドイツからやってきてブルーノートに何枚かのアルバムをそっと残し、そして失意のうちにジャズの世界から静かに姿を消した哀しみの女流ピアニスト、ユタ・ヒップ。

確かな実力を持ちつつ、決してテクニックを派手に見せつけない楚々とした魅力のあるフレージング、そしてノリのいい軽快なナンバーを弾いてもどこか憂いを帯びた独特の音色。

ユタ・ヒップが作品を残したBLUENOTEの1500番台というシリーズは、それこそ全部のアーティストの全部の作品が”かっこいいジャズのお手本”と言っていいぐらいにファンキーでオシャレな名盤がズラッと揃っておるのですが、その中でも「ユタ・ヒップ」という文字があれば、何かこう「イェ〜イ♪」ではなく「キュ〜ン」と胸を締め付けられます。

アタシなんかは本日ご紹介する「ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ」のジャケットを見て、このジャケに写ってる清楚な感じの白人女性をてっきりモデルさんだろうと思って「やっぱりブルーノートのジャケットは粋だよねぇ」なんてはしゃいでおったのですが、中身を聴いて自己紹介をするしとやかな声に続いて出てくる、さり気ない重みと哀愁のあるピアノに、最初からすっかり恋に落ちたクチです。

ユタとの出会いはバド・パウエルの『クレオパトラの夢』を聴いて、あの暗く重たい哀愁が、美しい旋律に引きずられながら転がってゆくの狂おしさが、あぁなんつうか凄くカッコイイなぁ、こんな感じのピアノもっとないかなぁと思っていた丁度その時だったんですね。

だからよく「ユタ・ヒップは革新的なスタイルを作った訳でもなくて全体的に地味だが好きな人は好き」みたいな紹介のされ方をした文章を見るんですが、アタシに言わせればてやんでぇなんです。

新しいスタイルを作ることがジャズじゃないし、影響を与えた人間の数で、そのアーティストの音楽的な価値が決まる訳ではありません。確かにユタはほんの少ししかアメリカのジャズ・シーンにいなかったし、そのスタイルも憧れだったバド・パウエルの影響からほとんど出ることはない、いわゆるオーソドックスなバップ・ピアノというやつではありますが、いやいや、音楽を聴きましょうよ。

この人みたいに内に秘めたものをフレーズに託して、情感豊かに鍵盤を転がせる人はちょっと他に見当たらないし、聴いた後にじわっと広がる儚い余韻の味わいというのがやはりどう聴いてもワン・アンド・オンリーの魅力があるんです。もちろんたった2年間のアメリカでの活動の中で残した数枚のアルバムは、どれも良質と言っていい味わいの深い逸品揃いなのです。

1925年にドイツのライプチヒで生まれたユタ・ヒップは、少女時代にジャズの魅力に目覚め、仲間達とバンドを組んで演奏を行ってましたが、時のナチス政権によってジャズは退廃芸術として弾圧の対象となっておりました。

けど、仲間達とこっそり集まっては外に漏れないようにジャズを聴き続けていたんですね。

やがて戦争が終わり、彼女の未来には希望の光が差し込みますが、この時ユタは決して許されない悲しい恋に落ち、私生児を身ごもって出産します(ユタが父親の事は一切口にしなかったので詳細は不明ですが、恐らくは進駐軍の黒人兵士との間の子ではないかと言われております)。

息子を生まれてすぐに養子に出し、全てをふっきるかのようにジャズにますます没入してゆく彼女は、やがて1950年代になると自分のバンドを率いるようになって、ドイツ全土でそこそこ名の知れた存在になり、その評判を聞きつけたアメリカのジャズ評論家レナード・フェザーがドイツに渡り何度も説得した上でアメリカに呼び寄せるという幸運に恵まれました。

が、実はユタはとてもあがり症で自分に自信が持てない性格のため、レナード・フェザーにほとんど強引に口説き落とされはしたものの

「自身がないから・・・多分少しだけ向こうに居てすぐに帰ると思う。それに私・・・私みたいな人間はきっと音楽だけで生活して行くことは出来ないと思うの。アメリカは都会だし、きっと私以上のピアニストなんていっぱい居るに決まってるわ・・・」

と、かなり後ろ向きだったようです。

不安がるユタに、何とかジャズ・ミュージシャンとしての本格的な活動を続けて欲しいとレナードは手を尽くしました。

まず、ニューヨークの多くのクラブハウスが集まる”西52丁目”地区にある、ライヴも出来るステーキの店”ヒッコリー・ハウス”のレギュラー出演者として彼女を出すように交渉し、これを承諾させ、更にブルーノート・レコードのオーナー、アルフレッド・ライオンに

「いやぁ、ドイツから凄いピアニストを連れて来たんだ。女の子なんだけどこれがバドみたいで凄く上手いんだ。アル、同じドイツ人だから贔屓してくれって言ってるんじゃない。アンタが音に公平なのはオレだってよく分かってる。まずは一度聴いてみてくれないか」

と、彼女を紹介。

レナードの言うように、音に関しては公平で厳しく、何よりも同じドイツ人だからと仕事の上でえこひいきするというような馴れ合いは、ドイツ人は大嫌いです。しかしそんなライオンをして「彼女のピアノいいね、ウチでレコード作るよ」と言わしめたユタ・ヒップ。



【パーソネル】
ユタ・ヒップ(p)
ピーター・インド(b)
エド・シグペン(ds)

【収録曲】
1.イントロダクション・バイ・レナード・フェザー
2.テイク・ミー・イン・ユア・アームズ
3.ディア・オールド・ストックホルム
4.ビリーズ・バウンス
5.四月の思い出
6.レディ・バード
7.マッド・アバウト・ザ・ボーイ
8.エイント・ミスビヘヴン
9.ジーズ・フーリッシュ・シングス
10.ジーパーズ・クリーパーズ
11.ザ・ムーン・ワズ・イエロー

1956年4月5日録音


で、この『ヒッコリー・ハウスのユタ・ヒップ』は、彼女がニューヨークへ来た最初の仕事をそのまま録音したアルバムです。

多分「あの性格ならスタジオでは緊張して本領を発揮できないだろう」と読んだライオンの彗眼でしょうね。その読み通り、このアルバムでは気負いも飾りもない、彼女の素の演奏が、しかも実際のステージでの演奏を順番すら変えずそのまま収録して『Vol.1』『Vol.2』という素晴らしいライヴ盤に仕上がりました。

今日ご紹介するのは、まずはVol.1の方です。

編成はユタのピアノに、ピーター・インドのベース、エド・シグペンのドラムス。

インドは当時最も革新的な集団として知られたレニー・トリスターノのバンドでリズムを支える知性派で、エド・シグペンの方は”ザ・トリオ”と呼ばれるオスカー・ピーターソン・トリオのレギュラー・メンバーを務める実力派中の実力派、特に2人共”ピアニストがリーダーの場合の引き立て方”というのを知り尽くしている、ユタにとっては最高の人選ですね。

実際、ステージを通してインドのキリッと締まった的確なウォーキングと、シグペンの繊細でメロディアスのブラッシュワークが、本当に素晴らしいサポートをしています。

そしてこのアルバム、全編に渡ってある種独特の重みを感じさせながらも見事にスイングして、美しいメロディもしっかりと過不足なく聴かせるユタのピアノの素晴らしさは余すところなく発揮されております。

聴きどころは前半のマイナー系疾走ナンバーの狂おしさが炸裂する『テイク・ミー・イン・ユア・アームズ』
と、しっとり落ち着いた哀しみをとことん聴かせる『ディア・オールド・ストックホルム』でしょう。

もちろん彼女にとっては”大好きなジャズ”を目一杯演奏してるんですが、この2曲には何というかそれだけでは終わらない凄みがみなぎっています。もう一度言いますが決して派手に弾きまくるタイプではないだけに、そしてアドリブも凄く丁寧に丁寧に弾いて、決して勢いに任せて熱くなるタイプではないだけに、秘めているものの重さ、あやうさみたいなものがキリキリと迫ってくるのです。はぁカッコイイ・・・。




『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

サウンズパル店主高良俊礼の個人ブログ
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2017年12月25日

ローラ・ニーロ イーライと13番目の懺悔

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ローラ・ニーロ/イーライと13番目の懺悔
(ソニー・ミュージック)

はい、相変わらず”歌”というものについてガラにもなく真面目に色々考えております。

ここのところのアタシのテーマは”ブルースとローラ・ニーロ”なので、前回のデビュー・アルバム『モア・ザ・ア・ニュー・ディスカバリー』に続きまして、本日は1968年にリリースされたセカンド・アルバム『イーライと13番目の懺悔』について書きたいと思います。

前にもちょっとお話しましたが、ローラ・ニーロという人は、まるで歌という生き物が人間の姿をしているかのような、言ってみれば化身のような存在です。

大体シンガーとかミュージシャンというのは、優しいとか激しいとか、声が綺麗とかパワフルだとか、何かに特化した形容詞で語られることが多く、実際聴いてみたら「あ、その通りだ」と思うことも多いのですが、ローラ・ニーロに関しては不思議なことに「ローラ・ニーロは〇〇なシンガーだよ」と、一言で形容するのはなかなか難しく、例え出来たとしても、その形容詞から彼女の個性や存在感、または歌に込められた底無しの情感や情念といったものがスーッと抜けて行く。

無理矢理形容してしまえば、彼女の声はとても澄んでいて妖しく濁っていて、繊細な感情表現とパワフルなエモーションの塊が同時に滲み出ながら吐き出されていて、明るいけどどこか闇があり、複雑な思考とストレートな感情の吐露が同じ瞬間に同じ言葉をつぶやいて叫び、つまり彼女の声は聴く人の魂のための子守唄であり、彼女自身の叫びである・・・。と。かなり無理矢理な感じになってしまいますが、実際に彼女の歌を聴くと、この全部を「あ、なるほど」と思えてしまう。そういう特別なシンガーなんです。



【収録曲】
(Disc-2)
1.ラッキー
2.ルー
3.スウィート・ブラインドネス
4.ポヴァティ・トレイン
5.ロンリー・ウィメン
6.イーライがやって来る
7.タイマー
8.ストーンド・ソウル・ピクニック
9.エミー
10.ウーマンズ・ブルース
11.ファーマー・ジョー
12.ディセンバーズ・ブードア
13.懺悔
14.ルー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
15.ストーンド・ソウル・ピクニック (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)
16.エミー (デモ) (Previously unreleased) (ボーナス・トラック)

(Disc-2)
1.ラッキー (MONO)
2.ルー (MONO)
3.スウィート・ブラインドネス (MONO)
4.ポヴァティ・トレイン (MONO)
5.ロンリー・ウィメン (MONO)
6.イーライがやって来る (MONO)
7.タイマー (MONO)
8.ストーンド・ソウル・ピクニック (MONO)
9.エミー (MONO)
10.ウーマンズ・ブルース (MONO)
11.ファーマー・ジョー (MONO)
12.ディセンバーズ・ブードア (MONO)
13.懺悔 (MONO)
14.イーライがやって来る (シングル・ヴァージョン) (MONO)
15.セイヴ・ザ・カントリー(国を救え) (シングル・ヴァージョン) (MONO)


『イーライと13番目の懺悔』は、ちょろっと聴いて深く不思議な感動を、ヒリヒリした感傷の疼きと共に覚えたローラ・ニーロという人のことをもっと知りたくて、アタシが最初に買ったアルバムです。

黒の背景に黒髪の、何とも言えない知的な憂いを感じさせる表情の女性だけが大写しになったポートレイト、このジャケットだけで「あ、これは買いだ」と思ってなけなしのカネをはたいてレコードを購入し、想像よりもやはり素晴らしくバラエティに富んだ飽きの来ない内容に夢中になった思い出深い一枚なんです。

楽曲はファースト・アルバムより更にジャズ的な洗練を推し進めたような感じで、都会的なジョニ・ミッチェル、雨の日の透明なジャニス・ジョプリン、或いは感情の振れ幅が凄まじいキャロル・キング、のような感じと言えるでしょうか。明るいのにどこかエキセントリックな狂気、あぁまた形容詞の泥沼にはまり込んでしまう・・・。

このアルバムからもR&Bを代表するコーラス・グループ、フィフス・ディメンションがカヴァーした大ヒット曲『スウィート・ブラインドネス』や『ストーンド・ソウル・ピクニック』、そしてカヴァー・ヒットの大家といえばの3ピース・ロック/ポップス・バンド、スリードッグナイトがヒットさせた『イーライがやってくる』など、ソングライターとしての凄まじさを証明するポップス名曲がたくさん入っているし、かの鬼才ポップスター、トッド・ラングレンが「イーライと13番目の懺悔は僕が一番影響を受けたアルバムなんだ」と語るなど、”凄いよ”ということの裏付けにはかかせませんが、そんなことすらアルバムを聴いて彼女の歌を聴きながら、めまぐるしく展開する凄いアレンジの曲が持つ、ソウルもジャズもたっぷり入っているけど(サックスには何とズート・シムズも参加している!)、そのどちらからもカッコ良く飛翔しているグルーヴに身も心も任せながら「はぁあ・・・くぅぅ・・・」と悶えて聴くのが正解です。

それにしてもこの声、そして誰にでも受け入れられそうな(実際他人がカバーして大ヒットとなった)曲をたくさん作っていながらも、全てが個性的過ぎてリアルタイムではあまり多くの人に理解されなかったというローラの音世界。

その素晴らしさ、それ以上に感情の一番脆いところをダイレクトに揺さぶってくる”歌”や”音”が持つエモーションはどう言葉で表現したらいいんでしょう。分かりませんね、未だに分かりません。その底知れぬ、安易な形容を美しく拒絶するローラの魅力は怖いぐらいです。だからいつまでも飽きることなく聴き込む度に聴き惚れてしまいます。






『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
posted by サウンズパル at 19:08| Comment(0) | ロック/ポップス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

清水翔太 SNOW SMILE

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清水翔太/SNOW SMILE
(ソニー・ミュージック)

のっけから手前の話で恐縮ですが、たまにイベントなどに出て下手なサックスを吹いたり歌を歌ったりします。

で、生で他の人の歌や音を色々と聴いて、目の前にいる人達の音や言葉の世界にズブズブとのめり込んでいると、ふと「音とは何ぞや」「歌とは何ぞ」という深淵な思考に入ってしまうことがよくある訳です。

特に「歌」ってのは凄いですね、人間が声を出して、そこに言葉を乗せてそれをメロディーに乗っけると物語が出来上がってしまう訳ですから、アレ、凄いですよね、何でしょうね、と思いつつ、ここんとこブルースのことやローラ・ニーロについて書いておりますが、うん、やっぱり「歌」について考えるとこれはもうとりとめもない。恐らく永遠のテーマだと思います。

これは何もライヴで生の歌唱を聴いてるだけのことではなくて、ふと流れてる音楽を耳にした時もスイッチが入る時があるんですね。

で、そういう時のスイッチをよく押してくれる最近のシンガーといえば清水翔太です。

不思議なんですよねこの人の声は、力強い質感で聴いてる人の心をグッと鷲掴みにするタイプとは正反対の、とても優しくて繊細な高い声、でも一旦気持ちの中にスッと入ってきたらもう離さない、そういう芯の強さがある声なんです。

聴いた印象としては90年代の洋楽R&Bのあの爽やかさです。

そして日本語歌詞をそのグルーヴィーなサウンドに自然に乗せることの出来る独特の語感。

普通洋楽テイストのJ-POPは、ノリやメロディへの"収まり"を重視する余り、歌詞の意味が犠牲になることが多いんですが、この人の歌唱はとにかく言葉を大切に大切に、胸の奥底から掬って吐き出している感じで、メロディやサウンドの心地良さに耳を傾けていたら、いつの間にか言葉の意味が入ってきて、これは大変に良いと思って聴いています。

調べてインタビューなどを追いかけて読んでいたら、やはり90年代のR&Bやソウル・ミュージックには並みならぬ愛着があり、特にそれらの音楽が持つメッセージ性を大切にしたいと、その穏やかな歌声とは裏腹なアツいテンションで語っていて、こういった人が今の日本の音楽シーンで、若い人達のカリスマとして支持を集めている、最高じゃないかと、心は踊りますね。






【収録曲】
1.SNOW SMILE
2.側に...
3.DREAM -JAZZIN'PARK A LONG AUTUMN NIGHT REMIX-
4.SNOW SMILE -INSTRUMENTAL-



今日はせっかくクリスマスなので、そんな清水翔太のクリスマス・ソングを。

メロディは上質なR&Bです、そして雰囲気も最高にメロウなので、流して聴きながら雰囲気を味わうのも良いですが、歌詞も甘いだけじゃない切なさがフワッと溢れててこれまた良いのですよ。

クリスマスという特別な日に「ただいま」「おかえり」の日常の安らぎを求めるストーリー、まるで切ない映画のワンシーンを切り取ったような歌ではないですか。









『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』
posted by サウンズパル at 11:48| Comment(0) | クリスマス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする