2021年03月27日

アストル・ピアソラ タンゴの歴史第1集・第2集

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アストル・ピアソラ/タンゴの歴史第1集〜グァルディア・ビエハ
アストル・ピアソラ/タンゴの歴史第2集〜ロマンティック時代
(Polydor/ユニバーサル)


ピアソラといえば今でこそモダン・タンゴの生みの親、アルゼンチンの国民的英雄、20世紀最高の作曲家などなど、その名前が賛辞と共に形容され、実際に彼の楽曲はタンゴを超えてクラシックやジャズ、ポップスなど様々なジャンルの音楽家によってカヴァーされ、世界中多くの人の耳にそのメロディが刻まれるほどにポピュラーな存在として知られておりますが、その50年に及ぶ音楽活動の半分以上は、広くその真価を認められず苦悩していた時代を抱えておりました。


ザッと語りますればピアソラは最初からタンゴのローカルさ、つまりは「酒場での喧噪の中で人を踊らせるためだけに存在する娯楽音楽」としての部分を、何とか「コンサートホールでの鑑賞に耐え得る芸術音楽」の域にまで高めたかった。そのために好きで聴いていたジャズや留学で学んだクラシックのあれこれをタンゴにまぜこぜして、タンゴ本来のダイナミズムを損ねることなく、研ぎ澄まされた洗練と高い芸術性をプラスするような真面目な活動に専念しておったのです。

ピアソラのそんな活動は、アルゼンチンの文化省や芸術家達からは「お、何か意識が高いことやってるねぇ」と、ぼちぼち認められてはおりました。

が「やっぱりタンゴはええで、踊れるしのぉ♪」と楽しんでいたそれまでのタンゴ好きの大部分からは

「な!?このピアソラっつうヤツのタンゴは何じゃい、踊れんやんけこんなもん!」

「おい、クラシックやないんぞ!何お上品に気取っとるんじゃい!」

と、おおむね否定的な評価を投げつけられておりました。

特にピアソラが故国アルゼンチンに戻ってきて、意欲に燃えていた1960年代は、創作の意欲と世間での悪評との板挟みになって、ピアソラは大いに苦しんだと思います。

古典ファンにも比較的掴みやすく、編成もシンプルだった五重奏団で演奏したと思ったら、今度はその五重奏団にオーケストラを模した様々な楽器を加えた大編成バンドでもって、複雑な編曲の作品をリリースしたり、この時期のピアソラの作品には聴衆も戸惑ったとは思いますが、ピアソラ自身が苦悩と迷いを抱え、かなり参っていたのではないかと思います(作品1枚1枚のクオリティは、それ故に息を呑むほどの緊張感に満ち溢れたものがズラッと並んでおりますが)。

それでも1965年、アルゼンチンの文化交流事業の一旦としてニューヨークのフィルハーモニックホールでの公演を大成功を収め、その勢いをそのままスタジオで再現した『ニューヨークのアストル・ピアソラ』という生涯屈指の名作を作る事が出来たピアソラの快進撃は、これをきっかけに始まるものと一部ではかなり期待されておりました。



ところがこの時期のピアソラには、音楽的な苦悩とは別に、プライベートでの深刻なトラブルがありました。

1942年に結婚していたピアソラ、実は女性には結構だらしなかったらしく、加えて前から奥さんとは政治的な考え方がどうにも合わず、60年代はずっと別居生活を送っていたんですが、何とか弁護士を間に立てて和解しようとしていたのですが、そこに新たな女性が現れて、何とピアソラはその女性と同棲生活を始めてしまいました。おい、和解のための調停の最中に何てことするんだ。

この一件でピアソラは、音楽的な非難以上の非難にさらされ、ますます苦悩に打ちひしがれることとなり、その反動で「曲が全く書けない」という深刻な事態に陥る事になってしまったのであります。

う、うん...。そりゃあアナタそうなりますよとは思うのですが、話はこのまま続けます。

そんな、全く曲が書けなくなってしまったピアソラを見かねたレコード会社は提案します。

「なぁ、曲が書けないんならどうだい?ここでひとつ伝統的な古典タンゴの作品集でも作ってみないかい?」

ところがピアソラは

「いやぁ、俺は自分の曲以外やる気がしないんだよ。大体自分は古典タンゴのマンネリを打ち破るために音楽をやってるんであってゴネゴネゴネ...」

と、やる気を出しません。


ごねるピアソラにプロデューサーは

「いや、おめぇのくだらねぇ女絡みのスキャンダルのせいで今こんな事態になってんだろうが!このまんま契約打ち切られて消えたくなければとっとと古典タンゴの作品集作りやがれ!!」

とキレたのか

「何を言いますかマエストロ。あなたの斬新な感覚でもってこれまでと全く違うあなたにしか出来ないアレンジを施して、埃にまみれた古臭いタンゴを生まれ変わらせるのです!マエストロ、あなたは天才だ。きっとこんな事ぐらい訳もなく簡単にこなせてしまうでしょう」

と持ち上げたのかは分かりませんが、とにかく何となく乗り気でなかったピアソラは、気合いを入れた古典タンゴの作品集
をレコーディングすることになります。

それが『タンゴの歴史』と名付けられた2枚のアルバムです。


タンゴの歴史 第1集/グアルディア・ビエハ


【収録曲】
1.エル・チョクロ
2.オホス・ネグロス(黒い瞳)
3.ラ・クンパルシータ
4.ラ・カチーラ
5.ラ・マレーバ
6.わが悲しみの夜
7.ガウチョの嘆き
8.恋人もなく
9.夢の中で
10.バンドネオンの嘆き
11.ボヘミアンの魂
12.淡き光に


タンゴの歴史 第2集/ロマンティック時代+7

【収録曲】 
1.タコネアンド(靴音高く)
2.グリセータ
3.酔いどれたち
4.ロカ・ボエミア
5.レクエルド(想い出)
6.ボエド
7.影の中で
8.パンペーロ
9.ラ・レバンチャ
10.愛の夜
11.ウノ*
12.スール(南)*
13.マレーナ*
14.ペルカル *
15.私自身の肖像*
16.闇の女グラシエラ*
17.バラとツバメたち*

(*ボーナストラック)



『グアルディア・ビエハ』と名付けられた第1集は、タンゴ創世記と呼ばれる1900年代初頭から1920年代までに作曲された、これはもうアルゼンチン・タンゴのスタンダードと呼ばれ、現代にいたるまでありとあらゆるアーティスト達によって演奏され続けてきた名曲のオンパレード。

アレンジは意外にも奇をてらわずに、シンプルに美しく、原曲の素朴なメロディの良さを隅々まで緊張感がピンと張りつめたピアソラならではの美的感覚でもって最大に引き出したものが多く、非常に深みのあるタンゴ名曲集として、最初から最後までじっくりと聴いて楽しむことが出来ます。

「これなら保守的なタンゴ好きも納得して大人しく聴けるだろう」と、プロデューサーもレコード会社もホッとしたことと思いますが、基本に忠実な演奏をしながらも、ちょっとしたところで独自性を仕掛けとしてぶち込んでくるのがピアソラの恐ろしいところ。

まずは楽器編成ですが、通常の五重奏団に、12本のバイオリンに4本のづつ配されたチェロとヴィオラ、そしてヴィブラフォンにシロフォン、小さいパーカッション類。とどめにコーラスとしてのソプラノ歌手を加えたかなり変則的なオーケストラ編成なんです。この編成の中でピアソラのバンドネオンやアントニオ・アグリのヴァイオリンが際立って美しいソロを奏で、その効果を倍増させるためのオーケストラによるリフがむせるような香気を炸裂させるという、1枚の中でいくつもの時限爆弾が間髪を入れずに炸裂するという中毒性の高い構成にヤラレます。

そして、基本的に原曲に忠実な解釈の中、誰もが知る中の誰もが知るタンゴ名曲『ラ・クンパルシータ』での、原曲の解体ぶりが異様なカッコ良さを放っております。いや、最初聴いた時、これがあの曲だとは、アタシは全然気づきませんでしたが、コードやスケールは全くいじらず、これがこんな風な演奏になるんですねぇ・・・。


そして『ロマンティック時代』と名付けられた第2集は、アルゼンチン・タンゴが音楽としてひとつのピークに達した1920年代から30年代の曲を中心に選曲。

コチラも編成は第1集とほぼ変わらない、研ぎ澄まされた弦楽オーケストラ・サウンドですが、この時代のタンゴは正にピアソラが幼少期から青春時代に影響を受けた作曲家や楽曲がたくさんいるために、ピアソラ自身が「かなり思い入れがある曲を選んだ」と語るぐらいに気合いが入っております。ピアソラが「克服すべきもの」として対峙していた”踊らせるたけのタンゴ”と魂で理解し合い、それへのリスペクトを燃やしながら、徐々に古典タンゴを自らの音楽として構築してゆく生々しいドキュメントを、第1集より更に激しい温度で感じられるような、そんな真剣さがみなぎっております。

この「ピアソラが古典タンゴを演奏するプロジェクト」は、続いて1940年代から50年代、そして60年代へと至る第3集と第4集の4部作としてリリースされる予定ではありましたが、途中でピアソラが「あ、もういいわ。俺、新曲出来そうだわ」となって第3集のレコーディング途中で放棄。

第2集のボーナストラックには、その第3集になるはずだった音源と、スランプ期に書かれたオリジナルが収録されているEP音源が入っておりますが、このEP音源の『私自身の肖像』が、後に『ルナ』として晩年に至るまでの重要なレパートリーなので、ピアソラ好きはお聴き逃しなく。そうでなくともこの独特の沈鬱さが哀愁として昇華してゆくこの曲、たまらなく良いよなぁ。。。
















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2021年03月17日

ニューヨークのアストル・ピアソラ

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ニューヨークのアストル・ピアソラ
(Polydor/ユニバーサル)


今年2021年は、アストル・ピアソラ生誕100周年記念という事で、何かあるんじゃないかと思っていましたが、何とユニバーサル・ミュージックから、ピアソラのポリドール時代の名作や、これまでCD化された事がなかったレア・アルバムが一挙7タイトル再発になりました。

メーカーからのインフォメーションを見てる段階で「おぉ〜、ずっと欲しかったやつだ!」とか「えぇえ!?これはタイトルしか知らなかったぞ!」とかいうものが目白押しで、アタシはもう入手して聴く前から非常に興奮しておりました。

この再発シリーズの中で、アタシも一番欲しかったものは『ニューヨークのアストル・ピアソラ』です。

このアルバムはですね、数あるピアソラの名盤と呼ばれるものの中でも、初期1960年代屈指の素晴らしい出来であると、あちこちで絶賛されているアルバムで、しかしかなり前に国内で一回だけリリースされたっきり、ずっと廃盤だったやつなんですね。確か1990年代の初め頃(今調べたら1992年でした)にピアソラが亡くなって、その少し後に追悼盤として初CD化されたとか何とかで、90年代の終わり頃、といえばアタシがピアソラを「カッコイイ!!」と思い始めていた丁度その時ぐらいまでは、何となく大きなCDショップの店頭には並んでいたと思います。

が、やっぱりその頃は一連のキップ・ハンラハン・プロデュースのやつやら、その辺のリリースされたばかりのアルバムを必死で集めようと思っていた時期で、ほんでもって『ニューヨークのアストル・ピアソラ』が凄くいい(らしい)という事も知らずにスルーしておったんですね。

という訳で、欲しいと思った頃にはもう流通しておらず、随分と長い間淋しい思いをしておりました。

さてさて、そんなアタシの与太はともかくとして、何故このアルバムが名盤なのか?それはやはりピアソラにとって、ニューヨークという街が特別であったからというのが、まず大きな理由として挙げられるでしょう。

ピアソラはアルゼンチンで生まれましたが、4歳の頃に家族でニューヨークに移住。そこで15歳まで過ごしております。

多感な少年時代を過ごした大都会。そこでピアソラは母国の文化よりも先に、ジャズやミュージカルなどの、最先端のアメリカ文化に夢中になります。

ピアソラはアルゼンチンの音楽であるタンゴに、ジャズやクラシックといった外部の音楽から受けた影響を大胆に取り入れ、独自の芸術性の高い音楽へと昇華させてゆくのですが、その原点である原体験が、この幼少から少年期に培われたものであったのです。

その後ピアソラ一家は故国アルゼンチンに戻り、若き青年アストル・ピアソラはこの頃にはもういっぱしのミュージシャンとして、地元のタンゴ・グループにバンドネオン奏者として参加して演奏活動を行っております。当初からピアソラは「タンゴで何か革新的なものをやろう」という志に燃えており、自身が率いるグループで先鋭的な演奏をしていたのですが、これが全く受け入れられずバンドも解散。ピアソラは裏方として古典単語の編曲の仕事などをやりながら、再びの活動の機会を待っておりした。

が、アーティストとして認められない現状に悶々としているうちにタンゴそのものに失望したピアソラは、クラシックの音楽家になるためパリへ留学。

んで、↓に書いてあるいきさつを経て、ピアソラは再びアルゼンチンに帰国して、タンゴの世界へ戻ります。



アルゼンチンに戻ってきたピアソラは、以前にも増して「他の誰にも出来ない革命的タンゴ」の創造に燃えており、早速エレキギターを入れたグループを結成し、クラシックの対位法やジャズから強く影響を受けた即興的要素を大胆に演奏の中に取り入れますが、今度は受け入れられないどころか「タンゴの破壊者」という罵倒や「お前の家に火をつけてやる!」といった脅迫なども浴びせられ、今度は逃げるようにアルゼンチンを離れ、ニューヨークへと舞い戻ります。

世界の文化の中心地ニューヨークで、私はきっとタンゴの革命を成し遂げる!と意気込んだピアソラでありましたが、結局思うように仕事は得られず、更に故郷の父親の訃報がツアー中に届くなど、ピアソラにとってショックな事が立て続けに起きてしまい。結局1960年には再びアルゼンチンに帰国することとなります。

アルゼンチンに戻ったピアソラは、バンドの編成も『バンドネオン、ヴァイオリン、ギター、ピアノ、コントラバス』というシンプルで基本的な編成に立ち返り、この編成で、あくまでタンゴというフォーマットの中で出来る最大限の実験に集中し、ピアソラの評価は徐々に一部の進歩的な音楽好き達によって「みんな彼のタンゴは踊れないなんて言うけど、よく聴いてみたらアレはなかなか大した事をやっとるぞ」というものへとなっていきました。

それでもピアソラは、70年代にヨーロッパで正当な評価を手にするまでは、アルゼンチン周辺の「知る人ぞ知る」音楽家、或いは保守的なタンゴの愛好家からは「前衛かぶれのいけすかないヤツ」として知られるのみでありました。



ニューヨークのアストル・ピアソラ +6

【収録曲】
1.悪魔のタンゴ
2.悪魔のロマンス
3.悪魔をやっつけろ
4.10月の歌
5.マルデルプラタ70
6.トード・ブエノスアイレス
7.天使のミロンガ
8.天使の復活
9.ラ・ムーファ
10.ブエノスアイレスの夏*
11.ゲートルのリズムで*
12.セ・ラムール*
13.トレス・サルヘントス*
14.革命家*
15.アルフレド・ゴビの肖像*

(*ボーナストラック)


それでもピアソラはめげません。元より古典タンゴを心から愛し、表現の技法は完璧にマスターし、その上で真剣に学んだクラシックやジャズのエッセンスを、大胆で緻密なアレンジに、究極に真剣を尖らせて練り込んでいった彼の音楽は、当初からその完成度やダイナミズムにおいては、やはり(単純にタンゴ以外のジャンルを全部ひっくるめても)世界でも群を抜いたものでありました。

『ニューヨークのアストル・ピアソラ』は、正にそんな時期のピアソラと彼の作る”新しいタンゴ”の特異性と、バンドの研ぎ澄まされたチームワークと個々の凄まじいテクニックが最初のピークに達した瞬間を収めた作品であります。

このアルバムは1965年、ピアソラ五重奏団によってレコーディングされたスタジオ・アルバムであります。タイトルは『ニューヨークのアストル・ピアソラ』だし、オリジナルのジャケットにはスペイン語で「ニューヨーク・フィルハーモニック・ホールにて」と書いてありますが、実は録音はアルゼンチンのスタジオの中で行われたという、少々紛らわしい仕様なのですが、どうやらこれはプロデューサーによる「ピアソラはアメリカでこんなに評価されて凄いんだぞ!」と、アルゼンチンの人々に宣伝したいという思惑によって成されたものであるそうです。

が、実際にピアソラはこのアルバムを録音する前に実際ニューヨークのフィルハーモニック・ホールでコンサートを行っており、そのコンサートは”最先端”を求めるアメリカの音楽ファンからは賞賛を以て話題になったものでありました。

少年時代に大きなインスピレーションを受ける原体験をしたことと、大人になって果敢に挑んでも思うような成功に繋がらなかった、そんな両極端な経験をしたピアソラにとって、ニューヨークでのコンサートの成功は、言い表せないぐらい嬉しく興奮する出来事であったのでしょう。その興奮は、アルバムでも十分に表れております。

五重奏団のメンバーは、ピアソラ(バンドネオン)、アントニオ・アグリ(ヴァイオリン)ハイメ・ゴーシス(ピアノ)、オルカル・ロペス・ルイス(ギター)、キチョ・ディアス(コントラバス)です。

ピアソラの片腕として、時にピアソラ以上に鋭くロマンチックなリードで演奏を一気に華やかなものにする、”ピアソラの相棒”と称されたアントニオ・アグリと、激しく唸るベースラインでピアソラがこだわった”リズム”の核となるキチョ・ディアスのコントラバス、演奏の中ではバックを支える屋台骨でありますが、実はそのエレキギター奏法には、ジャズのバッキングやアドリブによるオブリガードなど、物凄く斬新なテクニックをさりげなく散りばめたオスカル・ロペス・ルイス、クラシックを極め、初期ピアソラのコンセプトを完璧に理解し、演奏に深みとドラマ性を持たせたハイメ・ゴーシスのピアノ、このキャリアも出身ジャンルも微妙に違うメンバー達が、それぞれの個性を発揮しながら、演奏がぶっ壊れるギリギリを瞬時に見極めて、尋常ならざる煌めきの瞬間を、いくつもいくつも炸裂させていて、もう冒頭の『悪魔のタンゴ』のオープニングから心臓がドキドキしてしまう程。

アルバムのコンセプトも『天使と悪魔』をモチーフに、清浄と妖艶が際どいコントラストで歌詞のない物語を壮大なスケールで描いております。しかも、どの曲どの演奏も溶けそうなほど官能的。


ピアソラが初期60年代に残した作品の数々は、今の時代の私達にとっては本当に素晴らしい魂の結晶である芸術作品でありますが、その時のピアソラといえば、狭い世間からの黙殺や悪評にじっと耐えながらひたすら未知の音楽を信じて作り続けていたんですね。そんな事を考えながらこの時期の作品を聴くと、やはり胸にグッと熱いものがこみ上げてくるのです。












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2021年02月13日

ピーティ・ウィートストロー ザ・デヴィルズ・サン・イン・ロウ

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ピーティ・ウィートストロー/ザ・デヴィルズ・サン・イン・ロウ
(Pヴァイン)


戦前に撮影されたブルースマン達の白黒、あるいはセピア色の写真を見るのが好きです。

ほとんどの写真は、当たり前ですが画質も粗く、顔の細かい部分が潰れてしまってぼんやりしていたり、またはあからさまに加工されているのがあったりして(ブラインド・レモン・ジェファソンのあの写真が、実は体の部分が絵だったというのとか、色々ありますネ)、確かにそれは古い時代の未発達な技術の産物だったりするんですが、そういった粗い画質やあからさまな加工が、確かにいた被写体の実像を、どこかこの世ではない異世界の存在と、見る人に感じさせる。そう思いながら戦前ブルースマン達の写真を眺めていると想像がどんどん拡がって実に飽きません。音質の悪さやノイズの多さで籠った声や、SP盤に録音する際に早めた回転数によって演奏スピードが上がり、ピッチが不自然に上がった音によって醸される違和にすらも、同様に”この世ならざるどこか”を感じる事があります。

十代の頃は、それこそ「知らない世界を知ろう」とばかりに、ロバート・ジョンソンの2枚組CD『コンプリート・レコーディングス』のブックレットを皮切りに、ブルースのガイドブックなんかを買っていくうちに、数々の印象的な白黒のポートレイトを目に焼き付けましたが、その中に一人、何かのガイドブックに載っていた、ダブルのスーツをパリッと着こなし、ブルースの象徴ともいえる金属製のリゾネーターギターをかまえ、何とも鋭い目付きとふてぶてしい笑みを浮かべた不穏な表情で写っている男の写真にアタシの目は釘付けになり「誰だこの人は?どんなブルースを歌うんだ?」と、ずっと思っておりました。

その男こそがピーティ・ウィートストロー。セントルイスを拠点に活躍したシティ・ブルースの人であり、ロバート・ジョンソンには作曲法や歌い方、そして歌詞でもって多大な影響を与えた、と。

そして、彼は自分を売り出すために『悪魔の養子』とか『地獄の保安官』と自ら名乗ったんだとか。そしてこの写真で見る彼のルックスが、アレですよ、ほれ、映画『クロスロード』に出てくる”悪魔”の風貌と何だかとてもよく似てると思ったんですね。

おぉ!つうことはこの人こそ正にロバート・ジョンソンが「クロスロードで悪魔と取引した」とかいう伝説の、なんつうか元ネタっぽい話の人なんではないか!と、頭の悪い高校生だったアタシは早速興奮し、ピーティ・ウィートストロー聴くべとCDを探し回ったんですが、1990年代の始まり頃ってのは戦前ブルースなんてものは田舎ではなかなか入手出来ず、2曲入ってるという情報を頼りに入手したのがオムニバス盤の『RCAブルースの古典』。




写真だけを見て想像していたのは、物凄いアクセントトを付けてバリバリにスライドとか弾きまくっているような感じでしたが、この人のメインの楽器はピアノ。そしてシティ・ブルースと言うだけあって、楽曲もデルタブルースとかのそれに比べると割と淡々とした、落ち着いたものでありました。

が、その重く暗いものを言葉や声の内に含ませながら、そこらへんに乱暴に吐き捨てるようなべらんめぇなヴォーカルの魅力(魔力と言うべきか)には想像以上のインパクトをズシンと感じてしまいました。

ピーティ・ウィートストローという人は、やはり戦前のブルースの人らしくその人生は謎に包まれております。生年は1902年とハッキリしておりますが、生まれはテネシー州という説と南部アーカンソーという説があり、また、1941年に39歳という年齢であっけなくこの世を去っており、例によって残された写真もリゾネーターギターを持った1枚しかないようであります(もう1枚、昔のレコードでココモ・アーノルドとのカップリング盤で使われているのがあったと思うのですが、それがピーティー・ウィートストローの写真かどうかちょっと分かりません。知ってる方いたら教えてください)。

色々と本を読んでも、ネットで検索しても、その実彼のパーソナリティなこと、特に「アイツはこういうヤツで、こんな事をやっていた」みたいな情報が極端に少ないんですね。けれども1930年から1941年までに何と161枚のレコードを出していたという事は、やはりちょっとしたスター並みの人気で、それこそ色んな逸話がガサゴソ出てきてもおかしくはないのですが、ほとんどありません。「自分の誕生日を祝う飲み会のその日、酒が足りなくなって友人らと車に乗って別の酒場目指して走っていたところ、停止していた貨物車に激突して即死」という死亡時のエピソードだけが不気味なリアリティで持って突出しているだけであります。

そのヴィジュアルや音楽的なインパクトと裏腹な、実在した人物としての存在の曖昧さが、これまた戦前ブルースの深い闇のようなものを感じさせるからたまんないんですね。実に魅力の尽きない人です。



ザ・デヴィルズ・サン・イン・ロウ

【収録曲】
1.Don't Feel Welcome Blues
2.Tennessee Peaches Blues
3.Ain't It A Pity And A Shame
4.Long Lonesome Drive
5.The Last Dime
6.Numbers Blues
7.Doin' The Best I Can
8.The Rising Sun Blues
9.Good Whiskey Blues
10.Slave Man Blues
11.King Spider Blues
12.King Of Spades
13.Johnnie Blues
14.No Good Woman (Fighting Blues)
15.When I Get My Bonus (Things Will Be Coming My Way)
16.Meat Cutter Blues
17.Remember And Forget Blues
18.Little House(I'm Gonna Chase These Peppers)
19.Peetie Wheatstraw Stomp
20.Working On The Project
21.Shack Bully Stomp
22.What More Can A Man Do?
23.Gangster's Blues
24.Bring Me Flowers While I'm Living


そんな謎めいた大物、ピーティー・ウィートストローのアルバムは、Documentから全7枚という驚異のボリュームで完全音源化されておりますが、とりあえずどんな音楽をする人だったかを知るにはPヴァインから出ている国内盤CDがオススメであります(これでも全24曲という凄いボリュームです)。

収録曲はほぼほぼキャリアの初期から後期に向かって順を追って聴けます。前半はピアノ弾き語りにギターのみを付けた、1920年代から30年代前半まで流行したシティ・ピアノ・ブルースのオーソドックスな形式で、べらんめぇながら奥底にじわっと滲む情緒や情念をヒリヒリと染み渡らせる、この人ならではの個性が全開。

伴奏もロニー・ジョンソンやビッグ・ビル・ブルーンジィなどの超一流どころを従えていたピーティー、そのギタリスト達のツボを押さえた見事なプレイも楽しめます。個人的にはヴォーカルと呼応するもう一人のヴォーカルのように絶妙な間と合いの手を入れるケイシー・ビル・ウォルデンのスライド(GH)にゾクゾクきました。

中盤からは30年代半ばから本格的に流行したブギ・ウギ・ピアノやストンプを取り入れ、よりダイナミックなピアノに拍車がかかり、更に後半亡くなる直前のセッションではグッと洗練されたジャズ的フィーリングが、これがもうたまんなくカッコイイんですね。ロニー・ジョンソンの軽妙なギターに乗せてゆったり歌う『What More Can A Man Do』、コルネットとドラムスを従えた『Gangster's Blues』で「おお!」となり、トドメはテナーサックス参加の『Bring Me Flowers While I'm Living』。南部生まれのゴツゴツしたブルース・フィーリングが洗練されたテナーの寄り添いによって時空に溶けて行くかのような不思議な感覚をも覚えさせてくれるこの感じ、CDが終わった後もしばらくほぅ〜っとなってしまいます。


ピーティ・ウィートストローは、その裏声混じりの「フ〜ウェ〜(ル)」という、その後ほとんどのシンガーが真似をした歌い出しのフレーズといい、僅か10年程の活動期間の間にスタイルを結構変えているのに、ワン・アンド・オンリーのヴォーカルの持ち味によって、表現の1本太い筋みたいなものが終生ブレなかった人でもあります。こういう人がいるから戦前ブルースはやめられません。


















”ブルース入門編 〜初心者のための優しいブルース講座〜”


『音のソムリエ 高良俊礼の音楽コラム』

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