2021年03月17日

ニューヨークのアストル・ピアソラ

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ニューヨークのアストル・ピアソラ
(Polydor/ユニバーサル)


今年2021年は、アストル・ピアソラ生誕100周年記念という事で、何かあるんじゃないかと思っていましたが、何とユニバーサル・ミュージックから、ピアソラのポリドール時代の名作や、これまでCD化された事がなかったレア・アルバムが一挙7タイトル再発になりました。

メーカーからのインフォメーションを見てる段階で「おぉ〜、ずっと欲しかったやつだ!」とか「えぇえ!?これはタイトルしか知らなかったぞ!」とかいうものが目白押しで、アタシはもう入手して聴く前から非常に興奮しておりました。

この再発シリーズの中で、アタシも一番欲しかったものは『ニューヨークのアストル・ピアソラ』です。

このアルバムはですね、数あるピアソラの名盤と呼ばれるものの中でも、初期1960年代屈指の素晴らしい出来であると、あちこちで絶賛されているアルバムで、しかしかなり前に国内で一回だけリリースされたっきり、ずっと廃盤だったやつなんですね。確か1990年代の初め頃(今調べたら1992年でした)にピアソラが亡くなって、その少し後に追悼盤として初CD化されたとか何とかで、90年代の終わり頃、といえばアタシがピアソラを「カッコイイ!!」と思い始めていた丁度その時ぐらいまでは、何となく大きなCDショップの店頭には並んでいたと思います。

が、やっぱりその頃は一連のキップ・ハンラハン・プロデュースのやつやら、その辺のリリースされたばかりのアルバムを必死で集めようと思っていた時期で、ほんでもって『ニューヨークのアストル・ピアソラ』が凄くいい(らしい)という事も知らずにスルーしておったんですね。

という訳で、欲しいと思った頃にはもう流通しておらず、随分と長い間淋しい思いをしておりました。

さてさて、そんなアタシの与太はともかくとして、何故このアルバムが名盤なのか?それはやはりピアソラにとって、ニューヨークという街が特別であったからというのが、まず大きな理由として挙げられるでしょう。

ピアソラはアルゼンチンで生まれましたが、4歳の頃に家族でニューヨークに移住。そこで15歳まで過ごしております。

多感な少年時代を過ごした大都会。そこでピアソラは母国の文化よりも先に、ジャズやミュージカルなどの、最先端のアメリカ文化に夢中になります。

ピアソラはアルゼンチンの音楽であるタンゴに、ジャズやクラシックといった外部の音楽から受けた影響を大胆に取り入れ、独自の芸術性の高い音楽へと昇華させてゆくのですが、その原点である原体験が、この幼少から少年期に培われたものであったのです。

その後ピアソラ一家は故国アルゼンチンに戻り、若き青年アストル・ピアソラはこの頃にはもういっぱしのミュージシャンとして、地元のタンゴ・グループにバンドネオン奏者として参加して演奏活動を行っております。当初からピアソラは「タンゴで何か革新的なものをやろう」という志に燃えており、自身が率いるグループで先鋭的な演奏をしていたのですが、これが全く受け入れられずバンドも解散。ピアソラは裏方として古典単語の編曲の仕事などをやりながら、再びの活動の機会を待っておりした。

が、アーティストとして認められない現状に悶々としているうちにタンゴそのものに失望したピアソラは、クラシックの音楽家になるためパリへ留学。

んで、↓に書いてあるいきさつを経て、ピアソラは再びアルゼンチンに帰国して、タンゴの世界へ戻ります。



アルゼンチンに戻ってきたピアソラは、以前にも増して「他の誰にも出来ない革命的タンゴ」の創造に燃えており、早速エレキギターを入れたグループを結成し、クラシックの対位法やジャズから強く影響を受けた即興的要素を大胆に演奏の中に取り入れますが、今度は受け入れられないどころか「タンゴの破壊者」という罵倒や「お前の家に火をつけてやる!」といった脅迫なども浴びせられ、今度は逃げるようにアルゼンチンを離れ、ニューヨークへと舞い戻ります。

世界の文化の中心地ニューヨークで、私はきっとタンゴの革命を成し遂げる!と意気込んだピアソラでありましたが、結局思うように仕事は得られず、更に故郷の父親の訃報がツアー中に届くなど、ピアソラにとってショックな事が立て続けに起きてしまい。結局1960年には再びアルゼンチンに帰国することとなります。

アルゼンチンに戻ったピアソラは、バンドの編成も『バンドネオン、ヴァイオリン、ギター、ピアノ、コントラバス』というシンプルで基本的な編成に立ち返り、この編成で、あくまでタンゴというフォーマットの中で出来る最大限の実験に集中し、ピアソラの評価は徐々に一部の進歩的な音楽好き達によって「みんな彼のタンゴは踊れないなんて言うけど、よく聴いてみたらアレはなかなか大した事をやっとるぞ」というものへとなっていきました。

それでもピアソラは、70年代にヨーロッパで正当な評価を手にするまでは、アルゼンチン周辺の「知る人ぞ知る」音楽家、或いは保守的なタンゴの愛好家からは「前衛かぶれのいけすかないヤツ」として知られるのみでありました。



ニューヨークのアストル・ピアソラ +6

【収録曲】
1.悪魔のタンゴ
2.悪魔のロマンス
3.悪魔をやっつけろ
4.10月の歌
5.マルデルプラタ70
6.トード・ブエノスアイレス
7.天使のミロンガ
8.天使の復活
9.ラ・ムーファ
10.ブエノスアイレスの夏*
11.ゲートルのリズムで*
12.セ・ラムール*
13.トレス・サルヘントス*
14.革命家*
15.アルフレド・ゴビの肖像*

(*ボーナストラック)


それでもピアソラはめげません。元より古典タンゴを心から愛し、表現の技法は完璧にマスターし、その上で真剣に学んだクラシックやジャズのエッセンスを、大胆で緻密なアレンジに、究極に真剣を尖らせて練り込んでいった彼の音楽は、当初からその完成度やダイナミズムにおいては、やはり(単純にタンゴ以外のジャンルを全部ひっくるめても)世界でも群を抜いたものでありました。

『ニューヨークのアストル・ピアソラ』は、正にそんな時期のピアソラと彼の作る”新しいタンゴ”の特異性と、バンドの研ぎ澄まされたチームワークと個々の凄まじいテクニックが最初のピークに達した瞬間を収めた作品であります。

このアルバムは1965年、ピアソラ五重奏団によってレコーディングされたスタジオ・アルバムであります。タイトルは『ニューヨークのアストル・ピアソラ』だし、オリジナルのジャケットにはスペイン語で「ニューヨーク・フィルハーモニック・ホールにて」と書いてありますが、実は録音はアルゼンチンのスタジオの中で行われたという、少々紛らわしい仕様なのですが、どうやらこれはプロデューサーによる「ピアソラはアメリカでこんなに評価されて凄いんだぞ!」と、アルゼンチンの人々に宣伝したいという思惑によって成されたものであるそうです。

が、実際にピアソラはこのアルバムを録音する前に実際ニューヨークのフィルハーモニック・ホールでコンサートを行っており、そのコンサートは”最先端”を求めるアメリカの音楽ファンからは賞賛を以て話題になったものでありました。

少年時代に大きなインスピレーションを受ける原体験をしたことと、大人になって果敢に挑んでも思うような成功に繋がらなかった、そんな両極端な経験をしたピアソラにとって、ニューヨークでのコンサートの成功は、言い表せないぐらい嬉しく興奮する出来事であったのでしょう。その興奮は、アルバムでも十分に表れております。

五重奏団のメンバーは、ピアソラ(バンドネオン)、アントニオ・アグリ(ヴァイオリン)ハイメ・ゴーシス(ピアノ)、オルカル・ロペス・ルイス(ギター)、キチョ・ディアス(コントラバス)です。

ピアソラの片腕として、時にピアソラ以上に鋭くロマンチックなリードで演奏を一気に華やかなものにする、”ピアソラの相棒”と称されたアントニオ・アグリと、激しく唸るベースラインでピアソラがこだわった”リズム”の核となるキチョ・ディアスのコントラバス、演奏の中ではバックを支える屋台骨でありますが、実はそのエレキギター奏法には、ジャズのバッキングやアドリブによるオブリガードなど、物凄く斬新なテクニックをさりげなく散りばめたオスカル・ロペス・ルイス、クラシックを極め、初期ピアソラのコンセプトを完璧に理解し、演奏に深みとドラマ性を持たせたハイメ・ゴーシスのピアノ、このキャリアも出身ジャンルも微妙に違うメンバー達が、それぞれの個性を発揮しながら、演奏がぶっ壊れるギリギリを瞬時に見極めて、尋常ならざる煌めきの瞬間を、いくつもいくつも炸裂させていて、もう冒頭の『悪魔のタンゴ』のオープニングから心臓がドキドキしてしまう程。

アルバムのコンセプトも『天使と悪魔』をモチーフに、清浄と妖艶が際どいコントラストで歌詞のない物語を壮大なスケールで描いております。しかも、どの曲どの演奏も溶けそうなほど官能的。


ピアソラが初期60年代に残した作品の数々は、今の時代の私達にとっては本当に素晴らしい魂の結晶である芸術作品でありますが、その時のピアソラといえば、狭い世間からの黙殺や悪評にじっと耐えながらひたすら未知の音楽を信じて作り続けていたんですね。そんな事を考えながらこの時期の作品を聴くと、やはり胸にグッと熱いものがこみ上げてくるのです。












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posted by サウンズパル at 23:09| Comment(0) | ラテン/ブラジル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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